2020 年 106 巻 2 号 p. 59-60
日本国内の製鉄所は,建設されてから40年~50年以上が経過し,老朽化が進んできている。装置産業である鉄鋼業において,今後も競争力を維持していくためには設備の適切な維持管理が必要であり,これまでにも高炉やコークス炉といった主要な生産設備については,定期的な老朽更新がなされてきている。一方,原料コンベアや各種配管,クレーンなどの基盤インフラ設備については,目視点検や部分的なセンシングに基づくメンテナンスがなされてきているものの,老朽化の進行に伴って対象範囲が増大しており,現行の部分的な監視だけでは設備の安定稼働を支えるのに十分であるとは言えない。このため,メンテナンス不足に起因したトラブルを根絶できていないのが現状である。製鉄所を今後も安定稼働させていくためには,抜本的には基盤インフラ設備に対しても老朽更新が必要となるが,大きな投資と期間を要するため,監視範囲の拡大・高密度化が喫緊の課題となっている。また,老朽化程度を判断するためには,“監視”に加えて“異常”あるいはその“予兆”を検出することも肝要である。
このような背景のもと,日本鉄鋼協会「計測・制御・システム工学部会」では,基盤インフラ設備を対象とした監視技術の高度化を目指し,研究会I「適応的エリアセンシング手法を用いた知能化設備異常診断」を発足し,2016年度~2018年度の3年間の活動を行ってきた。本特集号はその成果について報告するものである。成果の詳細については各論文で詳しく報告されているが,ここでは,研究会の全体フレームおよび成果・展望について簡単に紹介する。
研究会の狙いに関して,基盤インフラ設備を対象に,現状の部分的な監視技術では検出が困難な設備の異常部位や異常状態を,広範囲にわたって効率良く診断できる技術の実現を最終目標として設定した。そして,トータルシステムを念頭に置きつつも,要素技術として,(1)カメラによる微小変位高精細エリアセンシング,(2)設備老化モデルによる設備の老化と病気の峻別,(3)データ学習による時系列データの変化点検出,を研究開発項目として研究会活動を進めた。
ここで,基盤インフラ設備の診断ニーズとして,腐食,疲労き裂,火災などが挙げられる。このうち,火災については,サーモビュワーによるエリアセンシングが可能である。腐食については,減肉,変形,振動が測定対象であり,減肉についてはUT(超音波探傷)による精密測定が可能であるが,エリア(面)で測定する技術は実現されていない。変形については,レーザスキャナによって広域測定可能であるが,変形が生じる前に検出できることが望まれるところであり,そのためには振動測定からの推定が有用であると考えられる。しかしながら,振動を測定する方法については,加速度センサを用いる点測定のみであるというのが現状である。さらに,疲労き裂についても状況は腐食とほぼ同様である。そこで,研究会では,振動を遠隔からエリアセンシング可能な技術,ならびにそのデータから異常状態を診断・検出可能な技術の実現を狙うこととした。なお,本研究会での診断は広域一次スクリーニングの位置付けであり,異常を検出した後はUT等による精密診断を行うことが望ましい。
研究会活動により,原料コンベアの微小振動を遠隔からエリアセンシングできること,レーザスキャナによりコンベア形状の3D点群データを抽出できることが確認された。さらに,モデルベースアプローチによって原料コンベアの老化と病気を峻別できる可能性を確認するとともに,データベースアプローチによって時系列データから未知の異常データを検出できる見込みを得た。今後は,製鉄所における実用技術開発のフェーズに移行することになる。エリアセンシング技術については,小型可搬な装置の開発と揺らぎなどの外乱に対する対策が課題である。さらに,診断のためには振動データから腐食やき裂を検出できる技術が必要であり,そのためには3D形状データに基づくモデルベースアプローチおよび/あるいはデータベースアプローチによる診断技術の確立,さらにはトータルシステムの構築が課題になってくると考えられる。
これらの課題に対する実用的な技術開発を目指して,日本鉄鋼協会「制御技術部会」からの推薦により,研究会II「エリアセンシング技術による製鉄所設備診断(主査:石井抱・広島大,副主査:伊藤友彦・JFEスチール(株))」が2019年度から3年間の予定でスタートしている。この研究会では,製鉄所全域スマートモニタリングを目指して,現実の製鉄所の基盤インフラ設備を対象とした技術開発と評価が行われる計画である。
このような技術開発を通して製鉄所全域スマートモニタリングが実現されれば,現行の目視点検あるいは部分的なセンシングから,より広範囲で高密度な診断ができるようになる。原料コンベアや各種配管,屋外のクレーン,煙突などの老朽化部位を,足場を組むことなく遠隔から診断できるようになれば,診断コストが大幅に削減されるとともに,より多くの箇所の診断が可能になる。また高所での作業を削減できれば安全面でのメリットも得られるだろう。さらに,エリアセンシング技術は,基盤インフラ設備だけでなく,圧延機やテーブルローラなどの生産設備にも適用できるものであると考えられ,今後の展開が期待される。本研究会の成果が,国内鉄鋼業の設備維持管理に関わる研究・開発のさらなる進展の一助になれば幸いである。
最後に,本特集号の実現に際して,ご尽力いただいた日本鉄鋼協会と編集委員会の皆様に心より厚く感謝申し上げる。