Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Hydrogen Embrittlement and Fracture Surface Morphologies of Tempered Martensitic Steels
Yukito HagiharaTeruo KawakitaAkira EndoKenichi Takai
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 106 Issue 3 Pages 174-182

Details
Abstract

Hydrogen embrittlement behavior of tempered martensitic steels has been investigated using a conventional strain rate test (CSRT) for circumferential notched specimens with various notch tip radii. For smaller notch tip radii (below 0.8 mm), hydrogen-charged specimens initially fractured near the notch tip. In contrast, for larger notch tip radii (above 1 mm), hydrogen-charged specimens initially fractured near the center of the specimen; the crack then propagated and failure occurred. The cracks of hydrogen-charged specimens with smaller notch tip radii occurred on the load-displacement curves of uncharged specimens, and the load remained constant regardless of the increase in displacement. These specimens showed quasi-cleavage (QC) and/or intergranular (IG) fracture morphologies. The results indicated that QC and IG fracture modes were stable. Although fracture morphologies changed from dimple to QC to IG with increasing hydrogen content, the critical hydrogen content was identical regardless of the notch tip radii. Fractography of hydrogen-charged specimens with larger notch tip radii unloaded just after the maximum tensile load clearly indicated that QC fracture was stable since it originated at several points, propagated and then coalesced. The relationship between stress triaxiality and critical equivalent plastic strain used for dimple failure could also be considered applicable to QC fracture. The presence of hydrogen in specimens decreased markedly under the critical equivalent plastic strain in this relationship.

1. 緒言

焼戻しマルテンサイト鋼の水素脆化破面は,大きくはディンプル,擬へき開(Quasi-cleavage:以下QC),および粒界(Intergranular:以下IG)破面に分類される1,2)。同じ高強度鋼でも水素濃度の増大や引張試験速度の低下に伴ってディンプルからQC,IGへと破壊形態は遷移する35)

ディンプルは延性破壊に現れる典型的な破面形態であり,マトリックスと強度特性の異なる第二相粒子の界面でのはく離による空洞の生成から,成長,合体のプロセス(Micro-void coalescence,MVC)をとる。水素の存在によってき裂発生抵抗および進展抵抗は低下する6)。マルテンサイト鋼におけるQC破壊は水素が存在しない場合にも起こる。それは高張力鋼に見られる脆性的な破面で,主として平坦な脆性破面から構成されているが,必ずしも{001}のへき開面とは限らず,平坦な破面がせん断で連結されることが多い破面である6)。水素存在下で得られるQC破面は水素と無関係で得られるQC破面と形態的には類似しているが,脆性破壊ではなく,力学的には延性破壊に近く,ひずみ支配型の破壊と報告されている1)。EBSDによる結晶学的解析においても,水素起因のQCを含む破面は{011}であり,へき開とは本質的に異なると報告されている7)。一方,マルテンサイト鋼のIG破壊は旧オーステナイト粒界面上における脆性的な破壊である。そのメカニズムとしては水素による粒界および原子間の凝集力の低下によって引き起こされ8),破壊起点の局所応力が限界値に達したところで破壊すると考えられている。

同じ成分系の鋼材でも熱処理によって鋼材強度が変わり,水素脆化破面も異なる。SCM435鋼の熱処理を860°C×60 minで焼入れ後,460×110 min焼戻しでTS 1300 MPa,あるいは360×120 min焼戻しでTS 1500 MPaにした場合,粒界に板状の炭化物が生成して水素脆化破面としては粒界破壊9)を呈する。この場合,通常ひずみ速度試験速度で行う環状切欠き試験片のCSRT法によって求めた遅れ破壊特性9)は低ひずみ速度で行うSSRT法によって得られた結果10,11)とほぼ一致し,切欠き先端近傍の局所的な第一主応力の最大値とそこの最大集積水素量の関係で表され,切欠き形状によらない材料特性となることを示した9)。一方,980~880°C×11 s焼入れ後,745~645°C×6 s焼戻によってTS 1100 MPaにした鋼材を用いた環状切欠き試験の遅れ破壊形態はCSRT法とSSRT法で異なり,CSRT法ではQC,SSRT法ではIGとなった12)。負荷速度が遅いSSRT法の場合,転位と水素の相互作用1315)によって水素脆化が促進されたためと考察されている。また,粒界の強化をはかったボロン添加ボルト用鋼においてもCSRT試験ではQC破壊16),SSRT試験ではIG破壊11)が報告されている。

CSRT法とSSRT法による破面形態の違いに関しては,クロスヘッド速度を系統的に変えて定量的に調べられている35)。環状切欠き試験の水素量を0~7 mass ppm,クロスヘッド速度を0.0025~50 mm・min-1に変え,粒界強化した高Si鋼材ではクロスヘッド速度の低下に伴ってQC破壊から擬粒界破壊に遷移し,粒界を強化していない低Si鋼においてはQCからIG-like,さらにはIG破壊になることを示した。なお,粒界ファセット上にtear-ridgeを多く含む破壊をここでは擬粒界破壊(IG-like)17)と分類した。

これまでの研究において,マルテンサイト鋼の水素脆化破面が水素量,負荷速度によって遷移することを明らかにしたが,本研究ではCSRT法によって水素量と共に環状切欠き形状(応力集中係数)を大きく変え,破壊発生点が切欠き先端か試験片の中央部かの違いを含め破壊形態の遷移を調べた。また,QC破壊に着目して途中除荷試験によって水素存在下でのQC破面の成長過程を検討した。

2. 実験方法

2・1 供試鋼および試験片

供試鋼には1283 Kで高周波焼入れ,798 Kで高周波焼戻しを行い,引張強さ約1400 MPaに調整した径9 mm(D9鋼)および径5 mm(D5鋼)の2種類の焼戻しマルテンサイト鋼を用いた。その化学成分および機械的特性をそれぞれTable 1およびTable 2に示す。供試鋼の金属組織を走査電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真をFig.1に示す。焼戻しマルテンサイト組織であり,旧オーステナイト粒の平均粒径は8.9 μmであった。

Table 1. Chemical compositions of steels used (mass%).
SteelCSiMnPSCu
D90.331.660.700.0070.0050.03
D50.291.620.660.0140.0040.05
Table 2. Mechanical properties of steels used.
SteelYS (MPa)TS (MPa)EL (%)
D91420146211
D51457149310
Fig. 1.

Microstructure of tempered martensitic steel specimen observed by SEM.

水素脆化特性に関しては,試験片表面と中心の水素濃度が均一になる平衡状態まで陰極電解法でプレチャージした環状切欠き引張試験片をCSRT法9)によって調べた。D9鋼については種々の切欠き形状を有する試験片で水素量増加に伴う破壊形態の変化を,また,D5鋼については破壊形態のうち擬へき開破壊に着目し,その進展特性を検討した。

Fig.2に示すように,D9鋼の試験片直径D=9 mmに対して環状切欠き部の直径をd=6 mmとし,切欠き先端半径をR=0.1,0.25,0.8,3,5 mm(応力集中係数をそれぞれ4.9,3.3,2.1,1.4,1.3)とした環状切欠き試験片を準備した。R≦0.8 mm場合,ひずみは切欠き先端に集中し,切欠き先端近傍で破壊が発生するが,R≧1 mmになると切欠きのごく先端を除いて切欠き断面部においてひずみはほぼ一様となる18)。このような力学条件の違いによる破壊形態の変化を調べた。また,D5鋼についてはD=5 mmに対してd=3 mmとし,R=1,1.6,3,10 mmに変化させ,試験片中央部から発生する破壊形態の遷移について検討した。

Fig. 2.

Geometry and dimensions of CSRT notched round bar specimen.

2・2 水素添加方法

陰極電解水素チャージ法を用いて水素添加した。D9鋼については,電解溶液として30°Cの0.1N-NaOH,あるいは触媒毒として0.3 g/Lないし3 g/LのNH4SCNを添加した3%NaCl水溶液を用い,電流密度を変えることで水素量を広範囲に変化させた。D5鋼については,30°Cの3%NaCl+3 g/L NH4SCN水溶液で電流密度3.82 mA/cm2を基本として水素チャージした。触媒毒を添加した場合には,溶液の劣化を考慮して24 hごとに溶液を交換した。CSRT試験の場合,水素量を試験片内に均一に吸蔵させるために水素チャージ時間と水素量の関係を求め,水素量が平衡に達する時間チャージすることで試験片表面と中心の水素濃度の均一化をはかった。

2・3 CSRT試験

陰極電解法を用いて水素が平衡に達するまで試験片にプレチャージし,試験中に水素拡散を無視できるクロスヘッド速度1 mm/minでCSRT試験を行った。環状切欠き試験片を用いたCSRT試験に際しては,荷重-伸び曲線を記録した。D9鋼については環状切欠き部をはさんでナイフエッジを接着し,その間の変位をクリップゲージで測定した。切欠き端部の変位(Crack Mouth Opening Displacement:CMOD)を測定したため,微小な亀裂の進展挙動を感度よく識別することができる。

一方,D5鋼については試験片端部のねじ部間の変位を測定し,ロードセルによる荷重に対して荷重-伸び曲線を記録した。さらに引張試験中における環状切欠き部の径の変化を測定し,後述するように径変化からひずみを算定した。D5鋼においては最大荷重到達後に荷重低下を伴って破断に至ったが,荷重低下過程において除荷し,200°Cで脱水素処理した後,-196°Cの液体窒素中で破断させることで水素脆化破面の成長過程を調べた。

2・4 水素分析法

水素分析にはガスクロマトグラフィ型の昇温脱離分析法(TDA)を用いた。CSRTにより破断させた試験片を約10 mmに切断し,アセトンを用いて超音波洗浄を行い乾燥させた後に水素分析した。昇温速度を200°C/hとし,室温から600°Cまで昇温し,300°C以下で放出された水素量を評価に用いた。なお,試験片を600°Cまで昇温する過程で得られた水素放出速度から,石英管内に試験片を入れたまま冷却し,再昇温して得られたバックグラウンドの水素放出速度を差し引いたものを縦軸の水素放出速度として表示した。

3. 実験結果および考察

3・1 水素濃度変化に伴う破面形態の遷移

D9鋼を用いて,水素量と応力集中係数を変え,破壊発生点が切欠き先端か試験片の中央部かの違いを含め破壊形態の遷移を調べた。30°Cの3%NaCl+0.3 g/L NH4SCN水溶液中にて電流密度10 A/m2でチャージ時間を変化させた際の昇温脱離法で得られた水素放出曲線をFig.3に示す。300~400°Cで放出された水素量はほぼ0 mass ppmであり,今回測定された水素量に対して無視できる量であった。いずれのチャージ時間でも水素放出ピーク温度はほぼ140°Cである。これより,水素の存在状態はチャージ時間によらずほぼ同じとみなすことができる。Fig.4Fig.3で得られた水素量と水素チャージ時間の関係を示す。D9鋼の環状切欠き試験片の場合,72 h以上でほぼ一定となる。電流密度を変化させて72 hチャージしたD9の水素放出曲線をFig.5に示す。電流密度を変化させても水素放出ピーク温度は140°Cあたりにあり,電流密度を上げることで水素量は増大する。

Fig. 3.

Hydrogen evolution curves of D9 specimens under various electrochemical charging times in 3%NaCl + 3 g/L NH4SCN solution.

Fig. 4.

Variation of hydrogen content of D9 specimens with electrochemical charging time in 3%NaCl + 3 g/L NH4SCN solution.

Fig. 5.

Hydrogen evolution curves of D9 specimens hydrogen-charged electrochemically under various current densities for 72 h in 3%NaCl + 3 g/L NH4SCN solution. (Online version in color.)

水素量を変化させた環状切欠き試験片について,CSRTで得られた荷重-クリップゲージ変位の関係を切欠き形状ごとにFig.6(a)~(e)に示す。水素未チャージ材(0 mass ppm)の最大荷重は切欠き先端半径が大きくなるに従って低下する。これは切欠き先端が鈍化することで拘束の程度が小さくなることによるものである。一方,水素チャージ材では,水素未チャージ材の荷重-伸び曲線と同じ履歴を通って,水素量の増加とともに早期に破断に至る。Fig.6(a)のR0.1 mm,およびFig.6(b)のR0.25 mmの水素量がほぼ2 mass ppm以下の場合,水素未チャージ材の荷重-変位曲線上で破断するが,それ以上の水素量になると亀裂発生後,顕著な荷重の増加無しに大きな変位の増分を伴って破断する。Fig.6(c)のR0.8の場合には,水素量が3 mass ppmより多い場合に同様な現象が認められる。荷重の増加や減少を起こさず,荷重が維持されたまま環状切欠き部のクリップゲージ変位が増加する現象は亀裂の進展に伴うものであり,荷重が維持されたまま亀裂が進展することは,この亀裂進展が安定的であることを示している。不安定的な破壊の場合には変位が維持された状態で荷重は瞬時に低下するため,水素未チャージ材の荷重-変位履歴上で破壊することになる。後述のFig.8に示すように水素量が2 mass ppmの場合には主破面はIGであることから,IG亀裂は脆性的というよりは安定的に進展する破壊形態といえる。

Fig. 6.

Load-clip gage displacement curves of D9 specimens evaluated by CSRT; (a) R=0.1 mm, (b) R=0.25 mm, (c) R=0.8 mm, (d) R=3 mm and (e) R=5 mm. (Online version in color.)

これらの試験結果で得られた水素脆化破面はQCないしIGであり,両破面とも安定的に進展することが明らかとなった。なお,本試験結果のIG破面の一部に延性の様相がみられ,IG-like破壊も含まれるが,ここではIGに含めてIG破壊と表記する。高水素量ほど低い荷重で亀裂の安定的成長の現象が現れており,最終破断に至るまでに亀裂の進展量も大きいことを示している。破壊発生部はQCないしIGであるのに対して最終破断はディンプルであり,切欠き断面部の応力が延性破壊強度(引張強さ)に達した時点で破断する。Fig.6に示したように荷重が維持された状態でクリップゲージの変位量の増分量は,水素量の多い方が大きいことことについて考察する。破面の観察結果より,起点近傍にはIGやQCが存在する場合でも最終的な破断はディンプルである。したがって,変位の増分量はディンプル破壊条件によるものである。後述のFig.8に示すようにディンプル破壊(MVC)の破壊応力はほぼ一定であり,水素量の影響をほとんど受けない。水素量の増加に伴ってIG破壊発生荷重は低下するが,その荷重でディンプル破壊するには切欠き部の実断面応力がディンプル破壊強度に達したところで起こると考えられることから,より大きな亀裂進展が必要となる。したがって,高水素量の場合には低応力でQC,IGが発生するため,切欠き断面が延性破壊強度条件に達するまでには大きな亀裂成長が必要となり,Fig.6に示したように大きな変位の増大が見られる。なお,Fig.6(d)のR3およびFig.6(e)のR5においては,いずれの水素量でもほぼ水素無しの荷重-変位曲線上で破壊する。

R0.1,R0.25およびR0.8の亀裂発生部は切欠き先端近傍であり,R3およびR5の発生部は試験片中央部であった。また,水素量が0.3 mass ppm以下では,破面のSEM観察によりディンプルであった。それ以上の水素量になると,Fig.7(a)に示すようにR0.1の試験片では切欠き先端からQC破壊,また,2 mass ppmを越すような水素量の場合,Fig.7(b)に示すような延性の様相を呈するIG破壊である。一方,R3,R5の場合にはFig.7(c)に示すように,水素量5 mass ppm程度まで試験片中央部においてQC破壊で,その周囲はディンプルある。このようにR0.8 mm以下の切欠きにおいては,切欠き先端の応力ないしひずみの最大値近くで,IGないしQC破壊が発生するのに対して,R3 mm以上の切欠きの場合には,広範囲の水素量において一様な応力状態となる切欠き中央断面部でQC破壊である。

Fig. 7.

Fracture surfaces at the notch tip of D9 specimens (a) R=0.1 mm with H=1.49 mass ppm showing QC fracture, (b) R=0.1 mm with H=3.59 mass ppm showing IG fracture and (c) R=3 mm with H=0.44 mass ppm showing QC fracture.

水素量と切欠き部の最大公称応力ないし公称破壊応力の関係をFig.8に示す。前述したように破壊の発生位置は,切欠き先端半径が1 mm未満の場合には切欠き先端部近傍であり,切欠き先端半径が3 mm以上の場合には試験片中央部であった。そこで破壊発生部における破面形態について粒界破壊が観察された場合はIG,擬へき開破壊が観察された場合にはQC,いずれも観察されなかった場合はMVCとし,図中の表のように分類した。切欠き先端半径1 mm以下の場合の破面は水素量0.3 mass ppm以下でディンプルであり,破壊応力はほぼ一定である。水素量0.3~2.3 mass ppmになると破面はQCとなり,破壊応力は水素量に伴って低下傾向である。さらに水素量を増やすと破面はIGとなり,破壊応力は大きく低下する。一方,R3,R5の場合にはそれぞれ水素量3および5 mass ppmあたりまで,破面はQCを呈し,破壊応力は水素量によらずほぼ一定となる。IG破壊は凝集力低下メカニズムによる最大応力支配型の破壊とみなすことができるが,R3,R5の場合には切欠きによる応力集中が小さく応力支配型の破壊に至らず,くびれタイプの破壊様式となり,試験片中央部におけるQC亀裂発生,成長による破壊形態となったと推察される。

Fig. 8.

Variation of fracture nominal stress of D9 specimens with hydrogen content for CSRT test.

Fig.8に示したように,水素量の増加とともにディンプルからQC,IGへと破面形態が遷移する。ディンプルとQCの限界水素量の境界は0.2~0.3 mass ppm程度であり,試験片の切欠き先端半径にあまり依存しない。一方,QCからIGへの限界水素量は2.2 mass ppmあたりになるが,切欠き先端半径がR=0.1 mmの場合にはやや限界水素量は小さい。しかし,全体的には水素量で破面形態が変化するとみなすことができる。なお,R≧1 mmの試験では4 mass ppmを超すあたりまでQCであり,これはIG破壊を起こす応力条件が満たされないためと考えられる。

水素存在下におけるIG破壊の場合,局所水素濃度と局所最大応力の関係は切欠き形状によらず単一の関係で表され911),材料特性値である。そこで,切欠き先端近傍の応力解析を有限要素法,ABAQUS-CAE ver.6.7を用い,二次元軸対称モデル,最小メッシュサイズ0.5 μm,要素数は全て15000として行った。解析結果をもとに切欠き先端の最大応力と水素量の関係をFig.9に示す。CSRT法で得られた結果であるため,水素量は試験片内で均一と考えられ,したがってこの水素量は破壊発生点の集積水素濃度とみなすことができる。集積水素濃度と局所最大破壊応力の関係はディンプルおよびQC破壊の場合には切欠き先端半径によって異なる関係にあるが,IG破壊の結果はFig.8と比べてばらつきは小さくなり,単一に近い関係となる。IG-like破壊についてもIG破壊と同様に限界応力に基づく破壊形態となることが示唆される。

Fig. 9.

Variation of local maximum fracture stress at the notch tip of D9 specimens with hydrogen content for CSRT test.

3・2 擬へき開破壊の進展挙動

D5鋼を用いて,擬へき開破壊の進展挙動について検討した。R1,R1.6,R3およびR10の試験片について,水素添加有り無しの引張試験片で得られた荷重-伸びの関係をFig.10(a)~(c)に示す。Fig.10(a)は水素未添加材,Fig.10(b)は30°Cの3%NaCl+0.3 g/L NH4SCN水溶液中にて電流密度38.2 A/m2で48 h電解チャージした水素添加材の荷重-伸びの関係を示したものである。両者の曲線を合わせて表示したものをFig.10(c)に示す。Fig.10(a)より切欠き先端半径が大きくなるに従い最大荷重は低下し,Fig.10(c)の水素添加有り無しの比較より,水素添加材の荷重-伸び曲線は水素未添加材のそれと同じ履歴を通り,早期に破断に至ることがわかる。

Fig. 10.

Tensile load-displacement curves of CSRT of D9 specimens: (a) without hydrogen charging, (b) with hydrogen charging and (c) with/without hydrogen charging. (Online version in color.)

R3試験片に0.78 mass ppmの水素を添加し得られた破面のSEM観察結果をFig.11に示す。Fig.11(a)は破断面の全体写真である。試験片中央部の赤丸内が水素脆化破面を含む領域であり,その周りはシャリップ(SL)である。Fig.10(b)の荷重-伸び曲線に示されるように,破断は最大荷重到達後にくびれを生じてから起こる。これらの結果から,変形に伴って切欠き部にくびれが進行し,試験片中央部で破壊が発生・進展して,切欠きとせん断で連結し,そこがシャリップとなったと考えられる。Fig.11(b)の拡大写真から,赤丸で囲ったQC破面が複数箇所で観察される。これより,QCがいくつかほぼ同時に発生し,これらが連結し周りがディンプルになったと推察される。

Fig. 11.

Fracture surfaces of D5 specimens with R=3 mm showing QC area surrounded by dimple (H=0.78 mass ppm); (a) over-all image and (b) magnified image in HE area. (Online version in color.)

QC破面の成長過程をより詳細に実証するため,Fig.12(a)の模式図に示すように水素チャージしたR3試験片を最大荷重到達直後の(A)点,および破断直前の(B)点で除荷し,200°Cで脱水素処理後,液体窒素温度に冷却して1 mm/minの速度で破断させた。それぞれの条件で得られた破面の SEM写真をFig.12(b)および(c)に示す。QC破面の領域を赤い線で囲って示す。(b)の最大荷重到達直後に比べ(c)の破断直前の方が,QC破面の輪が大きく,発生箇所も多い。これらの結果より,QC破壊はいくつかの箇所で発生したQC破面が成長し,連結して最終破断に至ることが示された。

Fig. 12.

(a) Schematic diagram of experimental procedure to clarify QC fracture process of D5 specimens with R=3 mm, (b) fracture surface unloaded just after (A) point of maximum load and then tensile-tested until failure in liquid nitrogen and (c) fracture surface unloaded just before (B) point of fracture and then tensile tested until failure in liquid nitrogen. (Online version in color.)

これまでの結果より,焼戻しマルテンサイト鋼のQC破壊は延性的な関与が大きいことが分かった。そこで,IG破壊が最大応力支配型であるのに対してQC破壊はひずみ支配型であるため,QC破壊をひずみ支配型の延性破壊でよく用いられる応力三軸度σm/σeqと破壊時ないし最大荷重時のひずみεfの関係で検討する。ここで,σmは平均応力,およびσeqはvon Misesの相当応力である。相当塑性ひずみ(equivalent plastic strain or effective plastic strain:有効塑性ひずみ)は次式で与えられる。

  
dεeq=[29{(dε1dε2)2+(dε1dε3)2+(dε2dε3)2}]12(1)

環状切欠試験片の場合,1を軸方向の塑性ひずみとし,23をそれと直行する方向の塑性ひずみとすると,軸対称性により横方向ひずみ23は等しいので,

  
dε2=dε3=12dε1(2)

となる。式(1)(2)より

  
εeq=29[(3dε2)2+(3dε2)2]=2dε2=2ln(d0d)(3)

ここで,d0は初期の試験片直径である。一方,最小断面部中央の応力三軸度σm/σeqは次式で評価される18)

  
σmσeq=13+ln(d4R+1)(4)

ここに,dは破壊時の最小断面部の直径,またRは切欠半径である。式(4)から明らかなように,切欠半径が小さくなると最小断面中央部の応力三軸度は大きくなる。Fig.9に示した実験結果を破壊時の試験片直径を用いて式(3)と式(4)で算定した応力三軸度と相当塑性ひずみとの関係をFig.13に示す。水素未チャージ材,チャージ材いずれの場合も応力三軸度が高くなると,限界相当塑性ひずみが低下する。この関係は次式で表される19)

  
εf=αexp(βσmσeq)(5)
Fig. 13.

Relationship between critical equivalent plastic strain (εf) and stress triaxiality (σmeq) of D5 specimens with and without hydrogen.

ここで,αβは正の定数であり,水素未チャージ材ではα=2.62,β=2.97,水素チャージ材ではα=0.56,β=2.46となる。本試験結果では係数αは水素チャージによって1/5程度にまで低下し,水素脆化の影響が顕著である。

以上より,水素添加した焼戻しマルテンサイト鋼で得られるQC破壊に,ディンプル破壊に対して用いられる限界相当塑性ひずみと応力三軸度の関係を適用可能であることが示された。さらに,水素添加は限界相当塑性ひずみを低下させることから,QC破壊はディンプルの延長上の破壊として議論できることを示唆している。

4. 結論

高周波焼入れ・焼戻しマルテンサイト鋼を用い,切欠き先端半径を変えた環状切欠試験片のCSRT試験(クロスヘッド速度1 mm/min)によって水素脆化特性を調べ,以下の知見が得られた。

(1)切欠き形状と破壊発生点の関係に関しては,切欠き先端半径が小さい(0.8 mm以下の)水素添加材の場合,破壊は切欠き先端近傍で発生するのに対し,大きい(1 mm以上の)場合には,試験片の中央部から亀裂が発生し,進展して破断に至る。

(2)切欠き形状と破壊形態の遷移の関係に関しては,切欠き先端半径が小さい(0.8 mm以下の)水素添加材の場合,水素未添加材の荷重-CMOD曲線上で亀裂発生後,荷重がほぼ維持されたままCMODが増加しQCないしIG破壊することから,これらの破壊は安定的である。また,水素量の増加に伴いディンプルからQC,IG破壊へと遷移し,その境界の水素量は切欠き形状によらずほぼ一定である。

(3)水素起因のQC破壊に関しては,切欠き先端半径が大きい(1 mm以上の)水素添加材を最大荷重まで予負荷し除荷,200°Cで脱水素後に液体窒素中にて破壊した破面を観察した結果,複数個所でQC破壊領域が観察され,その周囲はディンプルである。さらに,破断直前まで予負荷すると,QC領域が増大する。すなわち,水素起因のQC破壊は複数の箇所で発生し,これらが進展して互いに合体することでQC破壊に至ることがわかる。また,ディンプル破壊に対して用いられる限界相当塑性ひずみと応力三軸度の関係がQC破壊にも適用でき,水素の役割は限界相当塑性ひずみを大きく低下させることである。

文献
 
© 2020 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top