2020 Volume 106 Issue 8 Pages 581-590
For industrial effective use of low-density energy such as factory exhaust heat or solar heat utilization, development of large heat storage with fast heat exchange technology is required. Especially in cold regions such as in Hokkaido, the demand for heat in winter is large, and attempts to use large-scale, high-temperature unused waste heat from steel manufacturers and pulp factories to medium temperature zones such as hot water supply and air conditioning will become increasingly important in near future. Also, in automobiles and factories, the heat engine needs to be cooled during operation and must operate within a certain temperature range. However, if the heat engine is cooled down after it is stopped, it must be heated again as it restarts. Therefore the technology to suppress the temperature drop of the system by the application of heat storage and regeneration technology is expected. Previously, water or aqueous liquids were used for heat storage with heat exchange to suppress temperature drop of the system, however, only the sensible heat can be used for heat storage. For else, polymer phase change substances are used instead. However, high heat transfer characteristics could not be obtained as for their poor fluidity. This paper reports on the thermal properties of phase change emulsions as functional fluid that have both heat storage and fluidity for heat exchanging, moreover, basic characteristics of heat sinks modelled by metal powder additive manufacturing using a copper alloy with high thermal conductivity for the system application.
工場排熱や太陽熱利用など,低密度エネルギーの工業的有効利用のためには,限られた熱エネルギーを蓄えるための蓄熱技術,およびそれらの熱を素早く利用するための高速熱交換技術の開発が必須である。特に北海道など寒冷地では冬季の熱需要は大きく,製鉄工場や製紙工場などからの大規模で高温の未利用排熱を,給湯や空調などの中温度帯へ利用する試みは今後ますます重要になると考えられる。このような場合の多くは,排熱の排出源と利用先に,時間的または空間的に不一致が見られることが多いため,それらの不一致を解消する蓄熱および熱輸送技術が必要となる。我々の研究グループでは,これまでに流動性を有するスラリー状の潜熱蓄熱物質を提案し,その対流伝熱特性1–3)および実際に大規模なシステムに搭載した際の蓄熱特性ならびに省エネルギー性能について詳細な検討4,5)を行ってきた。こららの検討により,流動性を有する潜熱蓄熱物質が熱利用システムにおいて高い省エネ性を有していることを明らかにした一方,熱伝達においては固液二相流となることから,流れの不均一性に起因する潜熱蓄熱物質の体積,滞留によって,必ずしも伝熱を促進するものではないことが明らか6)にされている。したがって,これらの流動性を有する潜熱蓄熱物質を利用したシステムの展開においては,これまでにない新たな熱交換機構およびその機器の開発が重要となる。また,凝固および融解を繰り返す熱交換デバイスの運用には,凝固の過冷却がしばしば問題となる。特に微細な相変化物質が懸濁するような系においては,過冷却度が10 K以上になることも報告7)されており,流動性を有する潜熱蓄熱物質を蓄熱媒体とする際には,その過冷却を低減させることがシステム効率および運用の安定性の面から重要となる。
一方,寒冷地に限らず自動車や工場などでは,熱機関は運転時には冷却が必要であり,一定の温度範囲内で運転する必要がある。しかし静止後に熱機関が冷却されてしまうと,再始動時には再び加熱する必要があることから,温度低下抑制が重要であり,付加技術として蓄熱再生技術の導入が期待されている。これまでは,温度低下抑制のため,水や水溶液系の液体による熱交換や蓄熱を利用8)していたが,蓄熱量が顕熱分しか活用できず,また,高分子系の相変化物質を利用する場合には,流動性が悪く,高い熱伝達特性が得られなかった9)。これらを効果的に熱交換する現状の機材は見当たらず,新たな熱交換デバイスが必要とされている。
本研究では,これらの蓄熱デバイスに向けた蓄熱と流動性を兼ね備えた潜熱蓄熱物質として,水に不溶な相変化物質を水中に懸濁させた相変化エマルションを提案し,その作製手法の確立および安定性の評価を行った。特に,過冷却の低減を目的として,界面活性剤添加による過冷却解除に関する検討を行った。また,これまでに検討がなされていない,60°C近傍の比較的高温域に相変化点を有する相変化エマルションについて,様々な作製条件と作製された相変化エマルションの特性を明らかにすることを目的として検討を行った。以上の相変化エマルションの基礎的物性検討に加え,相変化エマルションを熱媒体とした新たな熱交換デバイスの構築を目的として,二重管式熱交換器による基礎的な熱交換実験を行った。さらに,これまでに得られた知見を踏まえ,設計自由度の高い金属粉末積層造形法による銅系熱交換デバイスを設計・製作し,その伝熱特性を評価した。
水と油など互いに不溶な二つの液体をはげしくかきまぜると,一方の液体(分散相)が他方の液体(連続相)の中に細粒状に分散する。このような操作を乳化(emulsification)といい,生じた分散系をエマルションと呼ぶ。エマルションにはタイプがあり,水を連続相,油を分散相とするものがO/W(Oil-in-Water)型エマルション,その逆がW/O(Water-in-Oil)型エマルションとなる。このように生成されたエマルションは,界面活性剤添加によるミセルによって形作られた分散相液滴の粒子径によって,粒子径が10~200 nmのものは“ナノエマルション”,200~105 nmのものは“エマルション”と一般的に分類される。
O/W型エマルションのうち,油相を相変化物質とするものを相変化エマルションと呼ぶが,従来,この潜熱蓄熱材としてアルカン系相変化物質が用いられ検討10–12)が行われてきた。アルカンとは一般式CnH2n+2で表される鎖式飽和炭化水素である。アルカンは分子中のCH2の鎖が長いほど融点が高く,潜熱蓄熱技術の利用場面毎の必要に応じてアルカン系材料の種類を選ぶことで,相変化温度を選べるため潜熱蓄熱材料として利用価値が高い。加えてアルカン系材料は総じて同程度の融解熱量を持つので,アルカン系材料の種類を変更しても同程度の蓄熱容量が望めるという利点をもつ。
我々の研究グループでは,潜熱蓄熱技術の高度化および新たな熱機能性流体の提案を目指し,エマルション内の分散相をアルカン系相変化物質に置き換え,さらにその大きさをナノサイズまで微細化した相変化ナノエマルションを開発13,14)し,その熱物性および安定性に関して検討を加えてきた。
一方で,ナノエマルションの作製手法については,化粧品化学の分野で多種多様な方法が提案15)されているが,エマルションの工業利用という観点から見た場合の,長期安定性や簡便性を踏まえた作製手法は示されていないのが現状である。
2・2 相変化エマルションの作製方法一般的に,エマルションの作製方法は,機械的手法と界面化学的手法に分けることができる。機械的手法は,高剪断力型もしくは高圧型のホモジナイザーにより,分散粒子を微粒化するものであり,大規模大量生産に適した手法である。一方,界面化学的手法は,乳化剤(界面活性剤)の親水性・親油性バランス(HLB値)を調整し,温度あるいは添加物により界面活性剤の会合体であるD相を得て乳化するものであり,大規模な装置を必要とせず,生成にかかるエネルギー消量を小さくすることができる。本研究では,界面化学的手法であるD相乳化法によりエマルションを作製した。なお,本研究で対象とするエマルションは,連続相が水であるO/W型のエマルションである。
D相乳化法は,Sagitaniら16)により開発されたO/Wエマルションの生成手法であり,非イオン界面活性剤-油-水系に,水溶性の多価アルコールを添加してHLB値を調整し,D相およびO/Dゲルを得てエマルションを生成する手法である。O/Wエマルションの基本構成成分は界面活性剤・油・水であるが,D相乳化法では第4の成分として多価アルコールを用い,O/Wエマルションを形成させる。D相乳化法の乳化プロセスをFig.1およびFig.2に示す。Fig.1は,O/Wエマルションの構成成分をそれぞれ四面体の頂点に置き,それぞれの配合比率はそれぞれの頂点を100%とし,その対辺を0%としたものである。D相乳化法はまず,水と多価アルコールと界面活性剤を含んだ溶液(Fig.1(a)点)に,油相を分散させることによってO/Dゲルエマルションを形成させる(同(b)点)。そしてこのゲルエマルションを水で希釈することにより(同(c)点),O/Wエマルションを生成する。本研究により生成されたエマルションの外観をFig.3に示す。
Diagram of D-phase emulsification method.
Procedure of emulsion generation. (Online version in color.)
Appearance of emulsion made by D-phase emulsification method.
本稿で生成するエマルションは連続相を精製水,界面活性剤には上述の非イオン界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(ナカライテスク製,35703-75,純度100%,HLB値15.0)を使用する。この界面活性剤は商品名Tween80とされ販売されているため,本稿ではこれ以降Tween80と記述する。また多価アルコールには,1,3-ブタンジオール(ナカライテスク製,05921-45,純度98.0%以上)を使用した。相変化物質である分散相には,テトラデカン(ナカライテスク製,33009-45,純度99.0%以上,融点5.7°C),n-ヘキサデカン(ナカライテスク製,07819-45,純度98.0%以上,融点18.2°C),およびパラフィンワックス(ナカライテスク製,26029-05,含有量100%,融点51.7°C)を選定した。なお,本稿においてテトラデカンを質量分率で10%含んだエマルションを10% emulsion(tetra),20%含んだエマルションを20% emulsion(tetra),n-ヘキサデカン10mass%のエマルションを10% emulsion (hexa),20%含んだエマルションを20% emulsion(hexa),パラフィンを質量分率で10%含んだエマルションを10% emulsion(para),20%含んだエマルションを20% emulsion(para)と表記する。
2・3 相変化エマルションの高温域への適用に関する検討相変化エマルションを潜熱蓄熱物質とする場合には,使用する温度領域に応じてエマルション内に分散させる相変化物質を選ぶ事が出来るメリットがある,一方で,従来様々な温度領域のアルカン系材料のエマルション生成の研究が行われてきたが,これまでの研究は冷熱蓄熱を目指したものが主であり,工場からの低質排熱温度レベルの50°C~90°C程度の温度範囲に相変化点を持つ相変化エマルションの研究17,18)は少ない。そこで本研究では,パラフィンを分散相としたエマルションについて,その安定的作製条件を見いだすため,エマルション中の粒度分布を測定するとともに,相変化温度および潜熱量の測定を行った。
高温域のための相変化エマルションの作製手順および作製のための各添加物は,第2節で述べたD相乳化法によるものに準じる。また,連続相も精製水とする。一方,分散相にはパラフィンワックスを選定した。この物質はキャンドルやろうそく染めの材料,ダンスフロアのすべり止めなどに用いられており,融点が46.1°Cのものから68.3°Cのものまで幅広く存在することから,相変化物質としてエマルションに用いる際,幅広い温度帯に適用することが可能となる。本研究では融点51.7°Cのパラフィンワックスを相変化物質として選定した。また,パラフィワックスは常温において固体のため,エマルションの作製時にはオイルバススターラー(アズワン株式会社製,OIL BATH STIRRER OBS-200AM)により温度管理を行った。なお,我々の研究グループによる過去の研究19)において,D相乳化法による相変化エマルション作製の際の温度依存性を検討している。それらの知見を元に高温エマルションの作製時の攪拌過程などに低温エマルションとか若干異なる工夫を加えている。
本研究においてD相乳化法で作製した,テトラデカンを相変化物質とする低温相変化エマルションおよびパラフィンを相変化物質とする高温相変化エマルションについて,生成後のそれぞれの分散相変化物質の粒子径をレーザ回析・散乱法を用いた粒度分布測定装置(日機装株式会社製:現・マイクロトラックベル社,9320-HRA)を用いて測定し,生成直後,1日後,3日後,8日後に粒径を測定し粒度分布それぞれの粒度分布を比較した。なお,エマルション生成の際のそれぞれの物質の配合条件はSagitaniら16,20)の文献を参考にTable 1のとおりとした。
Tween80 | 1,3-Butanediol | Tetradecane | Water | |
---|---|---|---|---|
10% emulsion (tetra) | 4 | 2 | 10 | 84 |
20% emulsion (tetra) | 4 | 2 | 20 | 74 |
10% emulsion (para) | 4 | 2 | 10 | 84 |
20% emulsion (para) | 4 | 2 | 20 | 74 |
測定結果をFig.4に示す。図中の横軸が粒子径,縦軸が頻度分布である。またTable 2に生成直後(0 day)と8日後(8 days)の粒子径分布を示す。なお,表中のD10,D50,D90はメジアン径を示し,頻度の累積がそれぞれ10%,50%,90%となる径を示す。またMVは体積平均径を示す。
Transition of particle distribution of (a) 10% emulsion (tetra), (b) 20% emulsion (tetra), (c) 10% emulsion (para) and (d) 20% emulsion (para). (Online version in color.)
D10 | D50 | D90 | MV | ||
---|---|---|---|---|---|
10% emulsion (tetra) | 0 day | 0.950 | 2.508 | 9.147 | 4.075 |
8 day | 0.959 | 2.534 | 10.67 | 5.477 | |
20% emulsion (tetra) | 0 day | 1.008 | 2.045 | 5.259 | 2.684 |
8 day | 1.040 | 2.130 | 5.739 | 2.904 | |
10% emulsion (para) | 0 day | 1.074 | 49.88 | 103.8 | 48.29 |
8 day | 1.169 | 74.50 | 141.5 | 74.07 | |
20% emulsion (para) | 0 day | 1.008 | 2.045 | 5.259 | 25.24 |
8 day | 0.975 | 2.258 | 121.2 | 39.61 |
これらの測定結果より,emulsion(tetra)については,粗大粒子が一部見られるものの,概ね一山の粒度分布を示し,粒度分布は経過日数に対してほぼ変化せず非常に安定していることがわかる。また,10% emulsion(tetra)と20% emulsion(tetra)を比較すると20% emulsion(tetra)の方が平均粒子径が小さいことが分かる。また,emulsion(para)については,2 μm付近と100 μm付近にピークを持つ二山の分布を示し,粒度分布は経過日数とともに2 μm付近の粒子が100 μm付近に移行していく形で粗大化していくことがわかる。これはパラフィンが複数の成分の混合物であることなどから,粒子同士の合一または凝集が生じているが,界面活性剤とのバランスにより,2 μm付近および100 μm付近の粒子が安定であるためと考えられる。また,10% emulsion(para)と20% emulsion(para)を比較すると,20% emulsion(para)の方が平均粒子径が小さくなっていることがわかる。
2・4 界面活性剤添加によるエマルションの過冷却挙動エマルション中に分散した相変化物質は,単体の場合の凝固過程に比べ大きな過冷却を起こす9)ことが知られている。この理由の一つは,エマルション中の相変化物質が独立して細粒状に分散しているため,過冷却状態を解除による結晶化が伝播させにくいためである。これの問題に対しMatsuiら21)は,n-パラフィンに界面活性剤を添加することで過冷却が抑えられることを見いだし,またKatsuragiら22)は機械的手法によって生成したO/Wエマルション中のn-ヘキサデカンにショ糖脂肪酸エステルを添加することで過冷却抑制効果を評価している。しかしながら,D相乳化法によって生成されたエマルション中の相変化物質の過冷却抑制および解除に関する研究はほとんどなされていない。そこで本研究ではn-ヘキサデカンを分散質とした場合の相変化エマルションの過冷却度の同定と界面活性剤添加による過冷却挙動の変化について検討を行った。過冷却度の同定は示差走査熱量計DSC(リガク製,Thermo plus EVOII/DSC8230)によって,融解温度および凝固温度を測定することにより行った。本測定に用いた相変化エマション中に含まれるn-ヘキサデカンは重量分率で10%とした。なお,DSCで設定する温度範囲は25~-5°Cまでの冷却過程および-5~25°Cまでの昇温過程とし,それぞれについて昇温速度および降温変化速度を1 K/min.と設定し測定を行った。本実験において作製された相変化エマルションの各成分の重量割合をTable 3に示す。
Tween80 | 1,3-Butanediol | n-hexadecane | Water | |
---|---|---|---|---|
10% emulsion (hexa) | 4 | 2 | 10 | 84 |
ここでは,10% emulsion(hexa)に2種類の界面活性剤を添加した場合の過冷却度への影響について実験的に検討を行った。使用した界面活性剤は,ショ糖ラウリン酸エステル(三菱ケミカルフーズ製,P-170,結合脂肪酸純度約80%)およびショ糖ステアリン酸エステル(三菱ケミカルフーズ製,S-170,結合脂肪酸純度約70%)の2種類であり,それぞれ重量割合で1,3,5%を添加した。それらの結果をFig.5および6に示す。図の横軸は温度であり,図中の下側右矢印線が昇温過程(固液相変化)の熱量差を,上側左矢印線が降温過程(液固相変化)の熱量差をそれぞれ示す。なお,TcおよびTmは,それぞれ凝固開始温度および融解開始温度を示し,本研究における過冷却度は,TmとTcの温度差として定義している。図よりいずれの界面活性の添加および添加量の条件においても界面活性剤を添加しない場合に比べて過冷却度が小さくなることがわかる。また,添加割合が1から5%と増加するに従って過冷却度が小さくなっていることがわかる。P-170を5%添加した場合には過冷却度を12.8 K抑制でき,S-170を5%添加した場合には過冷却度を12.7 K抑制できることがわかった。
DSC curve of 10% n-hexadecane emulsion with P-170 surfactant. (Online version in color.)
DSC curve of 10% n-hexadecane emulsion with S-170 surfactant. (Online version in color.)
前節までの検討により,本研究において相変化エマルションの作製手法が確立され,基礎的な安定性および過冷却制御の可能性に関する知見が得られたことを述べた。その結果,本研究で作製した相変化エマルションは,低温から高温域においても安定的に熱媒体としての特性を有していることがわかった。本節では,本研究で作製された相変化エマルションを熱媒体として,熱交換器を介した熱交換実験を行った。まず始めに,基本的な二重管式熱交換器を用いて相変化エマルションと温水との熱交換挙動を検討した。次に,レーザ金属粉末積層造形法(いわゆる金属3Dプリンター)により相変化エマルションの特性に適した熱交換器を設計・製作し,その熱交換特性の把握を行った。
3・1 二重管熱交換器による熱輸送特性評価Fig.7に,本実験で用いた実験装置系統図を示す。本実験装置は主に,二重管熱交換器,二重管熱交換器の内管を流れるエマルション流動系,外管を流れる温水流動系から構成されている。二重管熱交換器はステンレス製の二重管(長さ3.7 m)をコイル高さ230 mm,幅130 mm,11巻きの形状に加工したものであり,外管は外径10 mm,内径8 mm,内管は外径6 mm,内径4 mmの諸元となっている。また,熱交換全体は発砲ウレタンフォームに浸漬せされ断熱が施されている。エマルション流動系は生成した相変化エマルションを貯留するエマルションタンク,相変化物質が融解した熱交換器通過後のエマルションを回収する回収タンク,およびチューブポンプ(アズワン製チュービングポンプ,1973)より構成されている。なお,エマルションタンクは相変化物質の固相状態を保つため,低温インキュベーターに設置され相変化温度以下の7°Cに保持されている。温水流動系は恒温槽(アズワン製ウォーターバススターラー,WBS-80AM)で50°Cに温められた温水を供給する。なお,内管および外管の入口および出口には,それぞれの温度を測定するためのT型熱電対が計4カ所取り付けられている。なお,本実験では,供試相変化エマルションとして,n-ヘキサデカンベースの20% emulsion(hexa)を用いた。また,温水の流量および相変化エマルションの流量をそれぞれ100 mL/min.および40 mL/min.に設定した。
Schema of testing apparatus of heat exchange experiment.
Fig.8に,内管および外管の流体入口(Entrance)および出口(Exit)温度の測定結果を示す。図の横軸は内管および外管にそれぞれの流体を流し始めてからの経過時間を示す。また,図中のhighは高温流体としての温水の,またlowは冷温流体としての相変化エマルションの結果を表す。図より,どちらの流体においても入口温度は実験開始直後急激に変化し,その後一定の温度勾配を示す傾向が見られた。また,それに遅れる形で出口温度の変化も追従する傾向が見られた。なお,実験開始約4分後に温度変化は定常状態に達し,それ以後の温度変化は見られず,両流体の出口温度もほぼ同じ温度で推移することがわかった。
Temperature distribution of entrance section and exit section. (Online version in color.)
これらの各温度の挙動より,熱バランスから高温流体が失った熱量を算定した結果,81.1 Wと見積もられた。事前の予備実験により,両流体が水の場合において同じ条件での実験を行っている。その結果両流体が水の場合の熱交換量は同様に75.4 Wと見積もられ,その差5.7 Wがエマルション中の相変化物質の相変化に起因するものであると推察される。以上のことから,熱媒体に相変化エマルションを用いた場合,流動および温度条件が同じであっても熱交換を促進できることがわかった。
3・2 銅系合金粉末焼結により造形されたヒートシンクの提案と熱交換特性金属粉末積層造形法において,銅系合金粉末はレーザ吸収率が低く,熱伝導率が高いといった原因から高密度な造形物が得られにくい材料であることが知られている23)。ここでは,粉末床溶融方式で造形した青銅粉末積層造形物において,造形物の機械的性質について報告する。使用した青銅粉末は,Cu-10Sn(福田金属箔粉工業社製,Bro-At-200)を用い,金属粉末積層造形装置(松浦機械製作所社製,Lumex Avance25)によりレーザ焼結による積層造形にて造形を行った。レーザ照射条件の異なる4種類のS-1からS-4の試験片を作製した。それらの外観をFig.9に示す。それぞれの試験片断面を研磨・エッチング処理後顕微鏡にて観察・撮影し,画像処理ソフト(株式会社イノテック製,Quick Grain Pro)にて空隙と健全組織を二値化し,それぞれの面積比から空隙率を算出した。得られた空隙率とレーザ照射条件の関係をTable 4に示す。それぞれの試験片は旋盤による表面処理後,引張試験を行った。その結果をFig.10およびFig.11に示す。Fig.11中には同程度の錫を含むリン青銅鋳物(CAC502)の引張強度24)についても合わせて示す。これより,金属粉末積層造形品の引張強度はいずれも,CAC502のそれより大きいが,空隙率5.1%となると空隙率が1.4%以下のものに比べて20%以上低下していることがわかった。
Appearance of modelled samples using Cu-alloy powder. (Online version in color.)
S-1 | S-2 | S-3 | S-4 | |
---|---|---|---|---|
Laser power (W) | 160 | |||
Laser diameter (mm) | 0.1 | |||
Laser overlapping rate (%) | 0 | 25 | 0 | 25 |
Scanning velocity (mm/sec.) | 266 | 427 | 533 | 1067 |
Void ratio (%) | 0.4 | 1.2 | 1.4 | 5.1 |
Strain and Stress curves of modelled with different void ratio. (Online version in color.)
Tensile strength of modelled by Cu-alloy powder with different void ratio. (Online version in color.)
以上の検討結果より,引張強度が落ちない空隙率1.4%以下にて青銅粉末を用いた熱交換器の造形を行った。造形物の外観およびその断面概略図をFig.12に示す。幾何学的な断面形状を有する対向流型の熱交換器となっている。これらを用いて熱交換試験を行い温度効率の算出を行った。低温側の流体温度は4~12.7°C,高温側の流体温度は13.5~21°Cに設定し,それぞれの流体は循環式恒温槽にて所定の温度に設定した。熱交換実験を開始後,各出口の温度が安定した3分間における熱交換量に対する温度効率として整理した。なお温度効率ηは,高温側温度効率をηH,低温側温度効率をηLと表し,低温側入口温度TLin,低温側出口温度TLout,高温側入口温度THin,高温側出口温度THoutとして式(1)および(2)にて算出した。
(1) |
(2) |
Appearance of heatsink modelled by metal 3D printer using Cu-alloy powder and its design schematics. (Online version in color.)
これらの結果を同様の形状を有するステンレス系のヒートシンクとの温度効率の比較試験結果をあわせてFig.13に示す。横軸に熱交換量,縦軸それぞれの温度効率を示す。これらより銅系合金粉末積層造形により作製されたヒートシンクは,ステンレス系金属粉末を用いたヒートシンクに比べて温度効率において平均で29%向上していることがわかった。金属粉末積層造形物の熱伝導率は同一造形条件の場合,金属粉末材料の熱伝導率に近い値が得られる25)ことから,これらのヒートシンクの効率の差は主に金属材料の熱伝導率の差によるものと考えられる。
Thermal efficiency comparison of heatsink using SUS based powder with Cu-alloy powder. (Online version in color.)
本研究では,幅広い温度域に適応可能な相変化エマルションの作製手法の確立および安定性の評価ならびにシステム展開の際に課題となる過冷却解除に関する検討を行った。また,相変化エマルションを熱媒体とした新たな熱交換デバイスの構築を目的として,設計自由度の高い新たな銅系熱交換デバイスを設計・製作し,その伝熱特性を評価した。これらの検討の結果,本研究の範囲内において以下の結論を得た。
(1)テトラデカンおよびパラフィンを分散質としてそれぞれ重量分率10%および20%添加し用いたエマルションの生成方法を確立し,それぞれの粒度分布とその安定性を測定した。
(2)テトラデカンおよびパラフィンを分散媒として使用した場合,分散質が重量分率10%のものより20%のものの方が体積平均径が小さいことがわかった。
(3)テトラデカンを分散質として用いた場合は,パラフィンを分散質として用いた場合に比べて平均粒子径が小さく,またエマルションの安定性も高いことがわかった。
(4)n-ヘキサデカンを分散質として10%含むエマルションの過冷却度を測定し過冷却度14.7 Kを確認した。
(5)エマルション中のn-ヘキサデカンにあらかじめショ糖パルミチン酸エステルを油相に対して濃度1.0~5.0 mass%で添加した場合においては,結晶化温度が上昇し,添加しない場合と比べて過冷却度を12.8 K抑制することが確認できた。
(6)エマルション中のn-ヘキサデカンにあらかじめショ糖ステアリン酸エステルを油相に対して濃度1.0~5.0 mass%で添加した場合においては,結晶化温度が上昇し,添加しない場合と比べて過冷却度を12.7 K抑制することが確認できた。
(7)二重管式熱交換器を用いた伝熱実験により,相変化エマルションを熱媒体とした場合には水単相の場合に比べ熱輸送量が大きくなることがわかった。
(8)銅系合金粉末を用いたヒートシンクを金属粉末積層造形装置により作製し,その温度効率を測定した。その結果,金属粉末積層造形によく使用されるSUS系材料での造形ヒートシンクと比較し,約29%温度効率が向上することがわかった。
本研究の一部は,日本鉄鋼協会「環境・エネルギー・社会工学部会 未利用熱エネルギー有効活用研究会」の助成を得て行われたものである。ここに記して謝意を表する。また金属粉末積層造形において,北海道立総合研究機構の戸羽篤也 主査および鈴木逸人 研究員の両氏には多大なる協力を戴いた。重ねてここに深謝の意を表する。