鉄と鋼
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特集号「インフラ構造物の経年劣化に対する維持管理の最適化に向けて」
金属上に形成した水膜中の酸素拡散挙動に及ぼす水膜厚さと温度差の影響
坂入 正敏 谷口 雅也
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2021 年 107 巻 12 号 p. 1029-1035

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Abstract

One of the controlling factors for atmospheric corrosion is oxygen diffusion behavior in thin solution layer formed on metals. The oxygen diffusion limiting current in thin solution layer formed on Zn electrode was measured electrochemically to clarify the influence of solution layer thickness, temperature difference in the solution layer on the oxygen diffusion behavior. A solution of 10 mM NaCl was used as electrolyte to form solution layers. The solution layer thickness was controlled by masking adhesive tape with through holes. The environmental temperature, TE, was controlled by circulating temperature-controlled water and the sample temperature, TS, was controlled by a Peltier device. At TE = TS, the oxygen limiting current was independent of solution layer thickness. At TE < TS and the solution layer thickness thinner than 0.6 mm, the oxygen diffusion limiting current increased with thinning of the solution layer. The results suggest that TE and TS are also take into account as estimation of steel corrosion rate at snowy and cold region.

1. 緒言

構造用鋼の多くは大気環境で使用される。日本の大気環境は沖縄のような亜熱帯気候から北海道のような亜寒帯湿潤気候まで幅広く,温度や湿度などの環境条件が大きく異なる。そのため,大気腐食に着目した多くの研究がある112)。一方,北海道は冬期に低温になり積雪がある積雪寒冷地である。日本の積雪寒冷地は国土面積の約60%ほどであり,これらは日本海側に広く分布している13)

金属材料の大気腐食は電気化学反応であるため,北海道のような低温地域において融雪塩の影響がなければ金属材料の腐食速度は遅いと考えられてきた。しかし,JST東アジア共同研究事業(e-Asiaプロジェクト)「環境因子の影響理解に基づいたアジア地区における構造材料の腐食マッピング」(2012年度~2015年度)の報告から,気温が10°C以下において温度が低下すると腐食が進行しやすくなることが報告された14,15)。Omodaらは,電気抵抗式腐食センサを用いて炭素鋼の腐食量の継時変化を1年間測定することにより,高塩害環境においては低温でも100~200 µm/yと非常に速い腐食速度であることを報告した16)。Esmailyらは,相対湿度を95%,CO2濃度を400 ppm,温度を-4~22°Cに制御した範囲で亜鉛の曝露試験を行った結果,-0.5~22°Cの温度範囲においては,亜鉛の腐食速度は温度に依存せずほとんど同じであることを報告した17)。以上のことは,積雪寒冷地が温度から予想されるより厳しい腐食環境であることを示している。その理由として,Fig.1に示すように(a)降雪により材料表面に積もった雪が,(b)太陽光によって温められた金属板上で水膜を形成し,(c)その水膜を通じて酸素の供給が加速されるためと考えられる。一方,積雪に含まれるイオンは場所により異なる。Yamaguchiらは,北海道における酸性雨の観点から積雪の成分を長期にわたり測定し,日本海側沿岸の雪には硫酸イオンや硝酸イオンなどが太平洋側沿岸地域より多く含まれていることを報告している18)。このことは,雪が溶けることにより形成する水膜中の組成も場所により大きく異なり,水膜下で起こる腐食も地域依存性が高いことを示唆している。

Fig. 1.

Schematic representation of (a), (b) formation of solution layer on metals by snow fall and sunlight, and (c) corrosion under formed solution layer.

Fig.2に中性溶液を用いた場合の典型的なFeの分極曲線を模式的に示す。金属材料の腐食は,電気化学反応でありアノード反応とカソード反応が釣り合った状態で進行する。Fig.2においてアノード部分分極曲線とカソード部分分極曲線を外装した交点となる。H+イオン濃度が低い中性の溶液において,カソード反応は酸素還元反応が主体となる。Fig.2に示すように,カソード方向に分極すること電流が電位により変化しない領域が測定される。この時,カソード電流(カソード反応速度)は,溶液/金属界面への酸素の拡散速度により支配される。この状況におけるカソード電流を酸素の拡散限界電流と呼び,カソード反応速度は酸素の拡散速度に依存することになる。酸素の拡散速度が変わることは,Fig.2の平坦部の電流値が増減することに対応する。腐食している金属において,アノード反応(金属の溶解反応)が充分に速い場合,カソード反応速度が腐食速度を支配することになる。つまり,腐食電流(腐食速度)は酸素の拡散限界電流と等しくなる。一方,大気腐食環境では,降雨や積雪,温湿度の変化により金属表面は濡れと乾きを繰り返しているため,金属材料表面に形成される水膜の厚さは常に変化する。この厚さ変化により酸素の拡散速度が変わることで,拡散限界電流は増減を繰り返す。このことは,酸素の拡散限界電流を調査することが大気腐食挙動の解明に繋がることを意味し,大気腐食に影響を及ぼす因子を特定する上で,水膜厚さと酸素の拡散限界電流の関係が重要であると言える。この視点から,厚さを制御した水膜でカソード分極測定を行うことにより,水膜が薄くなるにつれて拡散限界電流が増大することが報告されている1922)

Fig. 2.

Schematic representation of effect of oxygen diffusion limiting current on corrosion current.

e-Asiaプロジェクトの報告から,気温が10°C以下になると腐食速度が高くなることが分かってきたので温度も重要であると言えるが,酸素の拡散挙動に及ぼす水膜厚さと温度の影響に関する研究例2327)は少ない。本研究においては,積雪寒冷地における金属の大気腐食挙動を解明するため,金属上に形成した水膜中における酸素拡散挙動に及ぼす水膜の厚さや温度勾配の影響を調査することを目的とする。

2. 実験方法

2・1 試料と溶液

予備実験から炭素鋼を用いて安定に測定できなかったため,大気環境で耐食性の高いZn板28)を20×50 mmに切り出して試料に用いた。前処理としてSiC耐水研磨紙で#2400まで流水中で研磨後,高純度水中およびエタノール中でそれぞれ300 s超音波洗浄を行なった。前処理した試料は直径6 mmの開口を有する樹脂テープを用い,1~0.2 mmの範囲で厚さを変えて表面を被覆した。なお,水膜の厚さを目視により制御していること,使用したテープの厚さの精度などを考慮すると制御精度は0.05 mm程度である。溶液には10 mM NaClを用い,開口部にのみ溶液を満たすことで厚さを変えた水膜を試料上に形成した。

2・2 電気化学測定

電気化学測定として動電位分極測定を行った。測定装置の模式図をFig.3に示す。対極にはPt線,参照電極にはAgClを電解によりAg線に形成したAg/AgCl電極を用いた。論文中の電位は飽和KClのAg/AgCl電極基準に変換して示した。なお,再現性を確認するため同一条件で数回の測定を実施した。浸漬電位を600 s測定した後,浸漬電位からカソード方向へ20 mV/minの電位走査速度で動電位分極を行った。測定時の環境温度,TE,は断熱容器内で,ウォーターバスを用いて不凍液を循環することにより制御した。試料温度,TSはペルチェ素子を用いて制御した。寒冷地においては,太陽光で熱せられた金属板は環境より温度が高くなる。このような寒冷地の温度条件を考慮した環境温度TEと試料温度TSの組み合わせをTable 1に示す。

Fig. 3.

Schematic representation of electrochemical test setup.

Table 1. Combinations of environmental temperature and sample temperature.
Environmental temperature, TE (K)Sample temperature, TS (K)
298298
278278
271271
278298
271298
271278

3. 結果

3・1 温度と水膜厚さの影響

溶液として10 mM NaClを用い,TE=TSとして温度を変えて電気化学測定を行った。Fig.4に水膜厚さを1 mmに制御して得られたカソード分極曲線を示す。分極開始電位(浸漬電位)は,温度が低下するに従って貴側に変化している。温度に関係なく分極を開始すると急激に電流が大きくなり,その後ほぼ一定の値を示すようになる。Zn電極における酸素の還元は2段階で起こることが報告されている22,29)。本論文では,分極開始直後に見られる電流の平坦部分であるFig.4の-1.08 Vから-1.12 Vの平均的な電流値を酸素の拡散が律速になっている電流(拡散限界電流)とする。

Fig. 4.

Cathodic polarization curves under 1 mm thickness 10 mM NaCl solution at TE = TS.

Fig.5に拡散限界電流の平均値と水膜厚さの逆数との関係を示す。いずれの温度においても,水膜厚さに関わらず拡散限界電流はほぼ変化しない。298 Kと278 Kを比較すると,水膜厚さに関係なく,278 Kの拡散電流値は298 Kより小さい。一方,氷点下である271 Kにおいても298 Kや278 Kの拡散限界電流と同様の傾向を示している。271 K程度の温度であれば,酸素の拡散速度は常温とほぼ同じであることを示唆している。

Fig. 5.

Changes in limiting current with reciprocal of solution layer thickness at TE = TS.

3・2 温度差と水膜厚さの影響

寒冷地で使用される鋼構造物や金属材料は,太陽光により暖められるため,TEとTSは異なる。そこで,TEとTSの組み合わせを種々変えて電気化学測定を行った。Fig.6に膜厚さを1 mmに制御して得られた,カソード分極曲線を示す。TE=TSと同様に,電位を変化しても電流の変化しない領域(酸素の拡散限界電流)が得られている。TE=TSと同様に-1.08 Vから-1.12 Vの電流値を酸素の拡散が律速になっている電流(拡散限界電流)として求めた。Fig.7に拡散限界電流の平均値と水膜厚さの逆数との関係を示す。水膜が0.6 mmより厚い場合,温度の組み合わせにかかわらずほぼ同じ値を示している。一方,いずれの温度の組み合わせにおいても,水膜厚さが0.6 mmより薄くなると水膜厚さの逆数に従って拡散限界電流は大きくなっている。さらに,水膜が0.6 mmより薄い領域において,拡散限界電流は温度の組み合わせの影響を受けている。具体的には,同じ水膜厚さにおいて,TS=298 KとTE=271Kの拡散限界電流が最も大きく,TE=271 KとTS=278 Kの拡散限界電流が最も小さい。これらの結果は,水膜が薄くなると水膜の両界面(大気/水膜と水膜/金属)における温度の差が水膜中における酸素の拡散速度に影響を与えることを示唆する。

Fig. 6.

Cathodic polarization curves under 1 mm thickness 10 mM NaCl solution at different TE and TS.

Fig. 7.

Changes in limiting current with reciprocal of solution layer thickness at TE< TS.

Fig.6Fig.7の結果は,腐食が水膜中の酸素の拡散により支配されている大気腐食環境の場合,環境温度と材料温度に差があると低温地域の腐食速度が,高温地域の腐食速度より大きくなる可能性を示唆している。

4. 考察

4・1 温度差のない水膜中の酸素拡散挙動

水溶液中の酸素の溶解度はそれほど高くないため,酸素還元によるカソード電流は容易に酸素の拡散限界電流に達する。酸素はカソード反応により消費されるため,亜鉛板表面における酸素濃度は0 mgL-1と仮定し,Nernstの拡散モデルが成立するとき,拡散層内の濃度勾配は直線的である。Fig.8に水膜の断面と水膜中の酸素濃度を模式的に示す。酸素の拡散が律速となっており水膜が拡散層より厚い場合,金属側からの距離に従って酸素濃度に勾配が生じている拡散層,一定の酸素濃度である中間層,環境の影響を受ける表面層が存在すると予想される。電極(単位面積)に到達する酸素の流束joは拡散係数Dと溶存酸素濃度CSとの積に比例し,拡散距離δに反比例するため,拡散限界電流jlimは,joに比例することから次式により表される。

  
jlimjO=DCsδ(1)
Fig. 8.

Schematic representation of oxygen diffusion at same TE and TS.

ここでDは水膜の温度に依存するため,水膜厚さによらず同じであると仮定できる。TE=TSより,水膜内部に温度勾配は存在しないと考えられる。拡散係数と溶存酸素濃度の温度依存性をTable 2に示す。温度が低下すると溶存酸素濃度は上昇する一方で,酸素の拡散係数は低下する。Fig.5からTE=TSにおいて水膜厚さが同じ場合(式(1)δが同じ条件),温度によらず酸素の拡散限界電流は変化していない。このことから,いずれの温度においても式(1)のD×CSが一定となったため,拡散限界電流が変化しなかったことが示唆される。一方,Fig.5から,TE=TSにおいて酸素の拡散限界電流が水膜厚さに依存していない。この理由については,さらなる実験と検討が必要である。

Table 2. Oxygen diffusion coefficient and oxygen content in aqueous solution at different temperatures.
T271 K278 K298 K
D (T)D (271 K)<D (278 K)<D (298 K)
CS (T)CS (271 K)>CS (278 K)>CS (298 K)

4・2 温度差を有する水膜中の酸素拡散挙動

拡散限界電流が測定されている際のTE<TSの例として,TE=271 K,TS=298 Kに制御した際の水膜が厚い場合(左図)と薄い場合(右図)の水膜の状況と水膜中の溶存酸素濃度分布をFig.9に模式的に示す。TE=TSの場合と同様に,酸素の拡散限界電流が測定される条件において,酸素はカソード反応により消費されるため亜鉛板表面における酸素濃度は0 mgL-1と仮定する。4・1で述べたように酸素の拡散が律速となっており水膜が拡散層より厚い場合,酸素濃度に勾配が生じている拡散層,一定の酸素濃度である中間層,大気の影響を受ける表面層が存在すると予想される。水膜が薄くなると,中間層がなくなり表面層と拡散層の2層構造になると予想される。表面層は環境と接しているため環境温度の影響を受ける。一方,測定環境に一定時間保持後に測定してから測定を開始したこと,拡散層と中間層内に温度勾配があると対流が生じて温度の均一化が発生すると考えられることから,拡散層と中間層の温度は試料温度の影響を受けてTSと同じ298 Kであると言える。そのため,表面層の酸素濃度は水膜厚さに関わらず環境温度(TE=271 K)における濃度,CS(271 K)に,中間層の溶存酸素濃度はTS=298 Kにおける濃度,CS(298 K)になる。拡散層の酸素濃度は,Fig.9の水膜中の溶存酸素濃度分布図に示すようにZn電極からの距離に従って直線的に変化する。各層のDについても,CSと同様に温度の影響を受けると考えられる。

Fig. 9.

Schematic representation of oxygen diffusion in different thickness solution layer at combination of TE and TS.

水膜が厚い場合,Fig.9に示すように酸素の拡散速度に影響するCSとDは,TSの影響を受ける。それぞれの温度依存性はTable 2に示したようになる。しかし,Fig.7において水膜が厚い場合,酸素の拡散限界電流はTEとTSの影響を受けなかった。このことからD×CSは,温度が変化しても一定だったことが示唆される。

水膜が薄い場合,Fig.9水膜中の溶存酸素濃度分布図において水膜内の酸素濃度に傾きが生じる位置におけるCSは,表面層のそれであるためTEの影響を受ける。Table 2に示した様にCSは温度が低下すると増加するため,Fig.9水膜中の溶存酸素濃度分布図で傾きが大きくなる。酸素の拡散速度に寄与するDは前述したようにTSの影響を受ける。TSと水膜厚さが同じ場合,式(1)からTEが298 Kから271 Kに低下すると酸素の拡散限界電流が大きくなることを意味する。一方,TEと水膜厚さが同じ場合,TSが298 Kから278 Kに低下すると,拡散層のDも小さくなる。そのため,式(1)からFig.7に示されたように酸素の拡散限界電流は小さくなったと考えられる。

水膜が薄くなるに従って酸素の拡散距離は短くなるが,TE,TSが同じ組み合わせにおいては酸素の拡散速度に影響するCSとDは変化しない。式(1)の右辺は水膜厚さに依存して変化することになり,酸素の拡散限界電流は水膜厚さが薄くなるに従って大きくなる。このことが,Fig.7で0.6 mmより薄い領域においてTE,TSが同じ組み合わせの場合に水膜が薄くなるに従って電流が大きくなった理由と考えられる。

本論文の結果は,金属表面に降り積もった雪が太陽光により温められることで水膜が形成した場合,氷点より低い温度でも金属の腐食は進行すること,形成する水膜の厚さによっては寒冷地における腐食速度が温暖な地域より速いことを示唆している。

5. 結言

環境温度と試料温度を種々組み合わせ,厚さを変えた水膜下でカソード分極測定から酸素の拡散限界電流を求めた。その結果,以下の結論を得た。

(1)環境温度と試料温度が等しい場合,酸素の拡散限界電流は温度の影響を受けない。

(2)環境温度が271 Kで試料温度が278 Kと298 Kの場合,水膜が0.6 mmより薄くなると酸素の拡散限界電流は大きくなる。環境温度が同じで水膜が0.6 mmより薄い場合,試料温度が高くなると酸素の拡散限界電流は大きくなる。

(3)試料温度が298 Kで環境温度が298 Kより低い場合,水膜が0.6 mmより薄くなると水膜厚さが薄くなるに従って酸素の拡散限界電流は大きくなる。水膜が0.6 mmより薄い場合,環境温度が低くなるに従って酸素の拡散限界電流は大きくなる。

謝辞

本研究は,2017年度と2020年度北海道ガス大学研究支援制度の援助により実施された。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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