Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Transformations and Microstructures
Influence of Initial Crystal Orientation and Carbon Content on Rolling Texture in 3 mass % Si steel
Yukihiro Shingaki Minoru TakashimaYasuyuki Hayakawa
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 5 Pages 367-374

Details
Abstract

Influence of the initial crystal orientation and carbon content on rolling texture was investigated using quasi-single crystals in 3.2 mass% Si steel. These specimens had {110}<001> and {110}<113> crystal orientation which were known for the near surface texture of the hot-rolled band.

In the case of the ultra low-carbon specimens, initial {110}<001> rotated to {111}<112> after 66% reduction cold rolling and initial {110}<113> rotated to near {211}<124>. It was thought that the crystal rotation from {110}<113> to near {211}<124> caused by an activation of {110} slip system which had the second largest schmid factor. {211}<124> was not known for the stable rolling texture, however {211}<124> intensity in present experiment was extremely strong. In addition, {211}<124> has geometric character that if it rotates by an activation of one slip system, it will revert to the initial crystal orientation {211}<124> by an activation of another slip system.

In the case of the specimens containing carbon, {110}<001> rotated to {111}<112> and {100}<011> caused by deformation twinning. On the other hand, {110}<113> rotated to {211}<113>-{111}<112> during the cold rolling. The deformation twinning was also observed. It was thought that the crystal orientation in the deformation twinning rotated to near {111}<112> by an activation of {110} slip system.

1. 諸言

電磁鋼板は軟磁性材料として広く利用される材料であり,その磁気特性を改善するために数mass.%のSiを含有した鉄鋼製品である。また,良好な磁気特性を得るために鉄の磁化容易軸が<001>であることを利用した集合組織制御を行っている。例えば方向性電磁鋼板は,ほぼ全ての結晶粒が{110}<001>に配向した集合組織を持ち,圧延方向に極めて良好な磁気特性を示す。

方向性電磁鋼板の持つ尖鋭な{110}<001>集合組織は二次再結晶によって形成されるが,その起源は,熱延後の鋼板表面近傍の組織にあるという報告例がある15)

通常,熱間圧延板はロール摩擦の影響の大きい鋼板表面から単純圧縮変形に近い板厚中心部まで,板厚方向に集合組織が変化することが知られており,表層近傍の組織の内,特にせん断変形の影響を強く受ける領域に{110}を有する組織の存在が確認されている49)。特に3 mass%Si鋼の熱間圧延実験では鋼板の表層近傍に{110}<001>と{110}<001>をND軸周りに回転させたような集合組織を持つことが明らかにされている8)

熱間圧延で表層近傍に形成された{110}<001>は,せん断成分の少ない冷間圧延においては安定方位ではないため,冷間圧延が行われれば結晶回転が生じる。単結晶を用いた実験によれば,初期方位を{110}<001>とする組織は,冷間圧延によって{111}<112>まで結晶回転し,再結晶焼鈍によって再び{110}<001>となることが知られている1020)。再結晶焼鈍後に{110}<001>が再び形成される理由として,冷間圧延中に形成されたせん断帯の中に{110}<001>の再結晶核が形成されるといった報告1315)や,遷移帯中に初期方位が残留するといった報告がなされている16)。上述のような組織の形成過程を経ることで,熱間圧延で形成された{110}<001>は,冷間圧延,再結晶の間もその結晶方位が継承されるメカニズム(Structure memory)が働き,最終的に二次再結晶の核として機能すると論じられている15)

しかし,これまで述べてきたように実際の熱間圧延によって形成される集合組織は{110}<001>だけではなく,{110}<001>からND軸周りに広がりを持っているため,そのような結晶方位を対象とした組織形成過程の検討は大変興味深い。実際Siを3.1 mass%以下含有する鋼を用いて,{110}<229>と{110}<112>を初期方位とする実験が実施されており,比較的良く似た方位を初期方位としているにもかかわらず,圧延後に形成された集合組織が異なるといった結果が報告されている21)

一方で,冷間圧延時の集合組織の形成には鋼中の炭素の存在状態が影響を及ぼすことが知られている。Konishiら20)は,初期方位を{110}<001>や{001}<110>等とする低炭素鋼板の炭化物の析出状態を熱処理によって変化させ,圧延集合組織への影響を検討した。Iidaら22)は3.3 mass%Si鋼の多結晶を用い,微細炭化物が存在する場合,圧延加工時,転位のタングルが生じやすく複雑な圧延組織が形成されることを述べている。また著者ら17)は3.2 mass%Si鋼,初期方位{110}<001>の粗大結晶を用いた実験において,鋼中の炭素量を11 mass ppmと210 mass ppmとし冷間圧延を行った場合,炭素をより多く含有する鋼で双晶変形が生じやすいことを報告した。{110}<001>結晶に圧延を行った際に生じる双晶は,圧延の初期段階において形成され,双晶内の結晶方位は元の方位とΣ3の対応関係を持つため,{411}<122>に近い方位を示す。続く圧延によって圧延安定方位の{100}<011>近傍の組織となる1718)。その後に圧延を行っても双晶内の組織は安定方位として保存され,66%圧下後の圧延集合組織には双晶起因の集合組織として{100}<011>が確認される。

実際に一般的な方向性電磁鋼板の製造工程も,炭素を含有した鋼に冷間圧延を行うため,方向性電磁鋼板における集合組織形成を考える際,鋼中炭素存在下での検討は必要不可欠と考えられる。

しかし,熱延板表層近傍で見られるような初期方位に対して炭素を含有させたうえで,圧延集合組織形成を検討した研究例は少ない19)。そこで3 mass%Si鋼の粗大結晶を用いて,初期方位と鋼中炭素濃度を変更し,冷間圧延によって形成される圧延集合組織について検討を行うこととした。

実験に先立ち3.2 mass%Si鋼に対して熱間圧延と熱延板焼鈍を行い,得られた鋼板の表層近傍の集合組織の1例をFig.1に示した。Fig.1においてもMatsuoka8)の検討と同様に{110}<001>からND軸周りに回転した方位に集積が見られており,{110}<001>からND軸周りに25°回転した{110}<113>周辺に比較的強度の高い領域が認められた。そこで本研究では,冷間圧延の初期方位として{110}<113>に着目し,{110}<001>を初期方位とした場合の圧延集合組織形成過程と比較し検討を行うこととした。

Fig. 1.

The Example texture of the near surface of the hot-rolled and annealed steel sheet containing 3.2 mass % Si. (ODF: φ2 = 45 degrees section).

2. 実験

2・1 実験方法

集合組織の形成過程を調査する上で結晶粒界の影響を除き,初期方位や鋼中炭素の影響を評価するには単結晶試料を用いることが望ましい。そこで本実験では二次再結晶法により結晶粒を粗大化させた素材を供試材として用いることとした。

3.2 mass%Siを含有する鋼を用い二次再結晶法により{110}<001>との方位差が3°以下となる直径20 mmほどの結晶粒径を有する板厚0.3 mmの鋼板を作製した5)

得られた鋼板は,Fig.2に示すように,<001>が圧延方向と平行になるよう切り出した供試材A-1,A-2と<001>が圧延方向と25°傾くように切り出した供試材B-1,B-2の4種類準備した。それぞれ,A-2とB-2に対しては浸炭処理を施し,炭素量の異なる試料とした。浸炭処理前後の供試材の鋼中成分をTable.1に示す。

Fig. 2.

Schematic drawing of specimens whose initial crystal orientations were {110}<001> and {110}<113>.

Table 1. The Chemical Composition of Specimens.
SiMnC
Specimen AA-13.20.050.001Base
A-20.021Carburized
Specimen BB-10.001Base
B-20.019Carburized

全ての供試材は,Si鋼での過去知見2324)をもとに鋼中の炭素を固溶炭素とするため,DryN2雰囲気中で900°Cに加熱し40°C/sとなる冷却を施した。Fig.3に供試材A-1とA-2,初期方位の異なるB-1とB-2の試料長手方向平行断面をSEM観察した結果を示す。浸炭処理を行なった試料で極微細な析出物が観察された。Fig.3のA-2で観察された析出物は,A-1とA-2の違いが鋼中の炭素濃度以外にないため,炭化物であると推定された。鋼中炭素を完全に固溶炭素のみとすることは出来なかったが,観察された炭化物が極微細,かつ少量であることから,鋼中炭素の多くは固溶であるものと推定した。同様の析出物はA-2ほど明確ではないもののB-2にも少量認められた。少量析出した炭化物については結晶系の特定を十分に行うことが出来なかったが,ε炭化物25)に分類されると考えている。またA-2,B-2の見た目の違いは観察の際のエッチングの程度によるものである。析出物が炭化物であることを確認するため全ての素材の一部分を,400°Cで5分の時効処理を行い,再びSEM観察を行った。Fig.4は浸炭処理を行った供試材A-2と供試材B-2の観察結果であるが,それぞれ<110>ないしは<100>に平行な方向に粗大化しており,析出物は炭化物としての特徴を有していることが確認された。また炭化物は板厚方向に均一に析出していたことから,浸炭処理で懸念される板厚方向の濃度勾配は900°Cの熱処理による溶体化の処理により概ね均質化されているものと考えられた。一方,浸炭を行わなかった供試材は時効処理前後で変化が認められないことも併せて確認した。

Fig. 3.

SEM images of the longitudinal cross section of the secondary recrystallized grains in base and carburized specimens.

Fig. 4.

SEM images of the longitudinal cross section of specimens after 400°C×5 min. aging.

これらに,室温で圧下率66%の冷間圧延を施し,圧延後の組織をEBSD(Electron back scatter diffraction)で観察した。測定にはTSL社製OIMを搭載したHITACH S-4300を用い,粒界の影響を受けないと考えられる伸長後の結晶粒の中心近傍を対象とした。また圧延集合組織はX線回折により評価した。X線照射範囲についても可能な限り,1つの結晶情報となるよう実施したが,1~3つの結晶が対象となっている場合がある。測定は{100},{110}と{211}の3つの極点図を測定し,それらを用いたODF(orientation distribution functions)の算出も行った26)。試料の圧延対称性を考慮したODFとしたため,計算に用いた{100}極点図も併記する。

3. 実験結果

3・1 圧延組織に及ぼす初期方位の影響

Fig.5に鋼中炭素がほとんど含まれていない供試材A-1と供試材B-1の圧延後の集合組織(ODF(Bunge表示 φ2=45°断面))を示した。{110}<001>を初期方位とする供試材A-1の圧延集合組織の主方位は概ね{111}<112>であった。これに対し,初期方位を25°傾けた供試材B-1では,{211}<124>近傍に強く集積した集合組織を示した。

Fig. 5.

(upper) The ODFs of φ2 = 45 degrees section with the peak intensities and (lower) {100} pole figures of cold rolled specimens with the reduction rate of 66 pct. And the schematic drawing of Euler space with locations of important crystal orientations.

{111}<112>は{110}<001>単結晶の圧延組織として得られる圧延最終安定方位の一つとして知られているが,{110}<113>を初期方位として得られた{211}<124>近傍は圧延の安定方位としての知見はほとんど報告されていない。

圧延後の組織をEBSDで観察し,得られたIQ(Image Quality)マップをFig.6に示した。圧延後の組織はいずれもほぼ均一な変形をしており,剪断変形や遷移帯などの変形帯組織や変形双晶といった不均一変形に起因する組織は観察されなかった。このことから,ほぼ一定のすべり変形により,それぞれの集合組織が形成されたと考えられた。

Fig. 6.

Image Quality maps of cold rolled specimens measured by EBSD.

3・2 圧延組織に及ぼす鋼中炭素と初期方位の影響

Fig.7に浸炭により鋼中炭素濃度を約0.02 mass%とした試験片(供試材A-2,B-2)の圧延後の集合組織(ODF(φ2=45°断面))を示した。{110}<001>を初期方位とする供試材A-2の圧延集合組織の主方位は,炭素を含有しない場合同様,概ね{111}<112>であり,副方位として{100}<011>近傍の集積が認められた。これに対し,初期方位を{110}<113>とした供試材B-2は,{211}<113>~{111}<112>近傍に広がった集合組織を示していた。

Fig. 7.

(upper) The ODFs of φ2 = 45 degrees section with the peak intensities and (lower) {100} pole figures of cold rolled specimens with the reduction rate of 66 pct.

Fig.8はEBSDで観察した圧延後の組織のIPFマップである。いずれの圧延後の組織もFig.6に比べて不均一な変形が生じていることは明らかである。また初期方位によらず変形双晶に起因する組織が観察された。A-2で観察された双晶内の結晶方位は,マトリクスとは違い,{100}面を示す赤い色合いを示していたが,B-2で観察された双晶内の結晶方位は一様ではなく,マトリクス同様複数の色を呈しており,双晶内の組織も結晶回転していることが示唆された。

Fig. 8.

The Inverse Pole Figure (IPF) maps of specimen A-2 and B-2.

4. 考察

4・1 鋼中炭素が存在しない系での初期方位の影響

一般に鋼板は圧延によって厚み方向に薄くなるよう圧縮されるとともに,圧延方向に伸長,幅方向に若干拡幅する。実験の評価は試験片幅中央部の限定された範囲で行っていることから,幅広がりの影響は非常に小さいものとして考察を進めることとする。

初期方位が{110}<001>の供試材Aにおける圧延集合組織の形成は最もシュミット因子(SF)が高いすべり系である(112)[111]もしくは(112)[111]が活動し,結晶はTD//<110>軸周りに35°回転,{111}<112>近傍の集合組織を有する組織となる。この際に考慮したシュミット因子(SF)はSF=cosθsinφで算出し,外部応力は板厚方向の圧縮,θは外部応力とすべり面の法線方向のなす角,φは外部応力とすべり方向のなす角とした。{110}<001>から{111}<112>まで結晶回転したのちは逆方向の結晶回転を持つすべり系が複数活動し,安定方位として維持される1019)

同様に{110}<113>を持つ供試材Bについて検討してみる。{110}<113>においても,最もシュミット因子が高いすべり系は(112)[111]もしくは(112)[111]である。このすべり系が活動して変形が生じた場合,圧延方向と約29°ずれた<111>軸方向に伸長し,結晶方位は<110>軸周りに結晶回転することになる。この時生じる結晶回転では,すべり方向である<111>軸と圧延方向のなす角をND方向から投影した角度は25°のまま変化しない。

そこでFig.9(a)に,{110}<113>を基準とし,<110>軸周りの回転角を横軸として,各結晶方位での{110}系,{112}系の24のすべり系のシュミット因子を算出し,内数値の高い8つのすべり系を図示した。図からも分かる通り,最もシュミット因子の高い(112)[111]が活動すると,10°結晶回転するまでシュミット因子は徐々に上昇した後,下降に転じ,続く結晶回転とともに徐々に小さな値となる。この際(112)[111]は結晶回転が35°進むまでは,全てのすべり系の中で最もシュミット因子が高い状態を保つことが分かる。このように考えると{110}<113>は,単一のすべり系で結晶回転し,圧延安定方位の一つである{111}<011>に到達すると考えられる。Taokaら12)による実験でも{110}<113>に比較的近い{110}<112>を初期方位とした場合は,αファイバー(RD//<011>繊維組織)が圧延後の結晶方位となることが述べられている。しかし,これはFig.5で得られた結果と異なっている。

Fig. 9.

A schematic drawing of crystal lattice rotation using individual slip systems, {112}<111> and {110}<111>. And the dependence of Schmid’s factor of {110} and {112} slip systems on rotation angle from {110}<113>. (Online version in color.)

そこでシュミット因子が(112)[111]の次に高いすべり系である(101)[111](もしくは(011)[111])に着目する。(101)[111]が活動した場合,結晶は<112>軸周りに回転するため,若干ではあるが結晶回転とともにすべり方向である<111>軸は圧延方向と平行となるように変化する。

先ほど同様,Fig.9(b)として,{110}<113>を基準とし,<112>軸周りの回転角を横軸として,各結晶方位での{110}系,{112}系の全てのすべり系のシュミット因子を算出し,高い数値を持つ6つのすべり系について,そのシュミット因子の変化を示した。{211}<124>近傍は圧延最終安定方位として一般的ではないが,Fig.9(b)によれば<112>軸周りに回転したとすると,32°結晶回転したところで,ほぼ{211}<124>近傍となること,またそれ以上回転しようとすると,別のすべり系が活動しやすくなり,揺り戻されるように方位が維持される可能性があることが分かる。

実際に{110}<113>が<112>軸周りに32°結晶回転する様子を<001>極点図で示すとFig.10のようになる。実験で得られた極点図と比較すると極めてよい一致をしており,本実験においては,シュミット因子最大の{112}系ではなく{110}系すべりが活動したと推定される。

Fig. 10.

Crystal rotation behavior of specimen B-1 which has the initial crystal orientation {110}<113> using {110}<111> slip system.

また上述した通り,圧延が行われた場合,鋼板は板厚方向に薄くなりながら圧延方向にも伸長する。このような観点からすべり方向として圧延方向が優先されるようシュミット因子に補正をかける考え方も提唱されている。Hashimotoら27)は,板の伸長する方向がRD平行となるほど有利となるよう重み付け係数mを設定し,シュミット因子に補正をかけたS値を提唱している。Fig.11は初期方位{110}<113>とし,横軸を重み付け係数mとして算出した(101)[111]と(112)[111]のS値の比を縦軸に表したものである。図では重み付け係数mを高めると,(101)[111]の値が(112)[111]に近づいていき,mが1を超えるところで値が逆転することが分かる。このことは,板が圧延方向に伸長しようとする場合,{110}すべりが生じたほうが有利であることを示している。Hashimotoらは重み付け係数m=1/3を推奨していることを鑑みると,数値の逆転に必要であったm>1は非常に大きい。本実験では供試材に多結晶でなく単結晶に近い粗大結晶を用いているため,一つの結晶粒の伸長方向が試料形状に強く反映されることとなる。このような実験条件により伸長方向による拘束が強く働いた可能性は否定できない。

Fig. 11.

Effect of crystal geometric value “m” on S value of {112}<111> and {110}<111> slip systems.

上述の議論に加えて,供試材がSi鋼であったことも{110}すべり系が優先された理由として考えられる。Opinsky and Smolvchowsky 28)はFe-Si合金において{110}面上の臨界分解剪断応力が他のすべり面のそれより小さいといった報告を行っており,Takeuchiら29)は4.4%Si鋼において,{112}系すべりよりも{110}系すべりが優先される傾向があることを報告している。Kamijo30)は,相対的分解剪断応力という指標を導入し,5%程度{110}系すべりへの応力が高まったように算出すると実験と一致することを述べている。

重み付け係数mに加えて,本質的にSi含有鋼では{110}すべりが優先されるとし,本実験での{112}系と{110}系のシュミット因子が近接していることを考慮すると,初期方位{110}<113>とする結晶において,{110}系すべりによって結晶回転が生じたということは十分理解することが出来る。

またZhangら21)の検討では,{110}<229>を初期方位とした場合,圧延集合組織の中に,極めて強度は低い{113}<361>といった結晶方位が認められること,その方位集積挙動はVPSC(Viscoplastic Self-Consistent)モデルを用いたシミュレーションにより再現可能であることを述べている。本実験のように鮮鋭な集合組織が得られているわけではないが,非常に類似の変形挙動を捉えているものと推測される。

今回得られた結果は,粗大結晶を用いた本実験特有の変形挙動として成立し,多結晶体であれば生じない可能性もあるが,実験に近い拘束条件が整えば,工業的に取り扱っている鋼板内でも生じうる変形挙動であると捉えている。

4・2 浸炭した系での初期方位の影響

Fig.5Fig.7の圧延後の主方位同士{111}<112>を比較すると,浸炭し鋼中に炭素を含有する系の集積度が低くなっていることが分かる。Fig.8のEBSD像からも,変形は一様なすべり変形で生じていることはなく,変形双晶を含め,様々な変形組織が確認できる。これらの結果からも明らかなように,同じ初期方位を有する結晶組織であっても,鋼中に炭素が存在することによって,圧延時に生じる変形挙動は大きく異なる。

{110}<113>を初期方位とした場合,鋼中炭素の影響がない状態で圧延が行われれば,{110}系すべり系が活動し,{211}<124>近傍に強い集積を示すことが予想されるが,全く同じ初期方位であっても鋼中に炭素が存在する場合は,1つの結晶粒内に変形双晶,変形帯等の複数の変形組織によって区切られたような変形組織となり,区切られた各部分は,それぞれ異なる方位に結晶回転していた。試料全体としてRD方向の伸長を担うよう,まるで多結晶での変形のように,{110}系と{112}系のそれぞれが活動したような組織となっており,結果として{112}<131>~{111}<112>近傍に広がる集合組織を形成したものと考えられる。

鋼中に炭素の存在しない供試材A-1と炭素が存在する供試材A-2の圧延後組織を比較した際の特徴的な違いは変形双晶が形成されていることと,集合組織(ODF)に変形双晶に起因する{100}<011>近傍組織が副方位として確認されることである。鋼中炭素が存在する場合に,変形双晶が生じやすい理由としては,固溶炭素や微細炭化物の影響を受け転位によるすべり変形が生じにくくなり,相対的に双晶変形が優先されるためと考えている17)。この際,双晶は圧延の初期に生じることが確認されている1718)

初期方位が異なる場合においても,鋼中に炭素がいることで圧延初期に変形双晶が形成されると推定し,初期方位を{110}<113>とした場合の双晶内の結晶方位について考察を行ってみる。

Fig.12に初期変形の違いによって生じる変形双晶の模式図を示す。すべり変形とは違い,双晶が生じる面は{112}に固定されており,生じる結晶回転も決まっている。したがって,初期方位が決まっていれば双晶変形が生じた後の双晶内部の結晶方位は一義的に決まる。初期方位が{110}<001>であれば前述のように双晶内に形成される方位は{100}<011>に比較的近く,圧延が進むと{100}<011>近傍として方位は維持され,Fig.7の集合組織の副方位として観察される。一方,初期方位が{110}<113>であった場合,双晶内は{100}<013>近傍({411}<113>)となる。{100}<013>は圧延安定方位である{100}<011>近傍とは違い,続く圧延工程で結晶方位は維持されず結晶回転が生じる。双晶内の組織についても,4・1で行ったように幾何学的にどのすべり系が活動しやすいかをシュミット因子によって評価すると最大値を取るのは{112}系であるが,ここでも圧延によって圧延方向に伸長しなければならないという拘束条件,もしくは高Si鋼においては{112}すべりよりも{110}すべりが優先されるといった理由により,{110}系すべりが活動すると仮定し,双晶内の結晶方位を回転させると,双晶内の結晶方位はほぼ{111}<112>となることが分かる(Fig.13)。結果として,初期方位を{110}<113>とした場合にはFig.8のように変形双晶に起因した帯状組織が観察されているにもかかわらず,Fig.7の集合組織としては明確な副方位が確認されなかったものと考えられた。

Fig. 12.

A schematic drawing of crystal orientation in the twin structure.

Fig. 13.

Crystal rotation behavior in the twin structure using {110}<111> slip system.

実際の製造過程においては鋼中炭素が存在した状態での組織形成が行われる。鋼中炭素がある場合,初期方位は{110}<001>,{110}<113>のいずれであっても集合組織は見かけ上,{111}<112>近傍に集積しており,その主方位の強度も似た値を示しているが,内部で生じている変形は大きく異なっており,同試料に対して再結晶焼鈍等を行った際には,そのミクロ組織の違いが影響となって出てくる可能性がある。

5. 結言

3 mass%Si鋼を用いて圧延集合組織に及ぼす初期方位と鋼中炭素の影響を調査した。初期方位には熱間圧延と続く焼鈍によって鋼板表層近傍に形成される{110}近傍組織に着目し,{110}<001>と{110}<113>を対象とした。

鋼中に炭素がない系では,{110}<001>を初期方位とした場合,圧延安定方位である{111}<112>に集積した。一方,{110}<113>を初期方位とした場合は{211}<124>近傍に集積した。{211}<124>近傍は圧延最終安定方位としては一般的ではないものの,形状や結晶方位による拘束条件がある場合,もしくは{110}系すべりが優先的に活動する場合に集積し,圧延安定方位となる結晶方位であると考えられた。

鋼中に炭素が存在する場合は,初期方位{110}<001>のとき,{111}<112>とともに変形双晶に起因する{100}<110>が認められた。両方位とも変形方向が圧延方向と一致する圧延安定方位であった。一方,{110}<113>を初期方位とした場合は{211}<113>~{111}<112>近傍に広がった集合組織を示した。{110}<113>を初期方位とした場合にも変形双晶は生じるが,双晶内の結晶方位は圧延により{111}<112>近傍まで結晶回転していると考えられた。

初期方位を{110}<113>とした場合は,シュミット因子が最も高い{112}すべり系よりも{110}すべり系が優先される傾向が認められた。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top