2021 年 107 巻 8 号 p. 652-660
Hydrogen absorption behavior and microstructural change of carburized JIS SCr420 steels containing different amounts of retained austenite in rolling contact fatigue were investigated. The thermal desorption analysis confirmed hydrogen desorption at the second-peak between 423 and 623 K after rolling contact fatigue. The hydrogen concentration at the second-peak increased with number of cycles in the rolling contact. This increment was larger when using the steel with a higher amount of retained austenite before the fatigue test. The increment of hydrogen concentration at the second-peak was large even when the introduction of new dislocations due to the martensitic transformation of retained austenite was considered to be small. The activation energies of desorption for the second-peak hydrogen were calculated to be 50.6 kJ·mol−1 for the steel with 10.4% retained austenite and 55.8 kJ·mol−1 for the steel with 4.9% retained austenite. The activation energies of cathodically charged 0.8%C steels with 10.9% and 6.0% retained austenite, simulating carburized layer before the test, were 36.2 and 42.2 kJ·mol−1, respectively. This means that the activation energy of hydrogen desorption increased during rolling contact. The absorbed hydrogen during the rolling contact fatigue was likely trapped in more stable trapping sites related to the retained austenite which were formed under cyclic stress.
軸受は,自動車,鉄道,産業機器など,幅広い分野で重要な構成部品として利用されている。特に,自動車の足回りや駆動ユニットに使用される軸受においては,小型・軽量化のニーズが高く,軸受用鋼には高強度化が求められている。軸受の転動疲労における損傷形態は,表面起点型と内部起点型に大別される1)。表面起点型はく離は,潤滑油中に混入した異物や金属接触が原因で生じる。一方,内部起点型はく離は,転がり接触直下のせん断応力が高い領域で,酸化物等の非金属介在物の存在や転動疲労中の組織変化が原因で生じる。近年,軸受使用条件の過酷化に伴い,転動疲労中の組織変化の一種である,白色組織(White Etching Area, WEA)変化が原因のき裂発生,早期はく離が問題となっている2–5)。白色組織は,転がり接触下で繰り返し応力が作用し,転位の再配列,セル形成が生じることで生成する微細組織であると考えられている6,7)。また,白色組織は,水素添加材を用いた転動疲労試験で再現8,9)されており,鋼材中の水素と関連した組織変化であると考えられている。
軸受の転動疲労寿命向上を目指す上で,早期はく離の一因となる白色組織の形成挙動を理解する事は重要である。白色組織形成は鋼中水素と関係した組織変化10–12)であると考えられており,水素は潤滑油の分解や,潤滑油中の水分により発生すると考えられる。そのため,転動疲労中の鋼材への水素侵入挙動や侵入水素のトラップサイトを理解する事は重要である。しかし,過去に転動疲労部への水素侵入挙動を詳細に検討した例はほとんど無い。
そこで本研究では,二円筒転がり疲労試験機を用い,転動疲労の繰り返し数を種々変化させ,白色組織形成の前段階での水素侵入挙動と微細組織の経時変化を調査した。併せて,侵入水素のトラップサイトが残留オーステナイト(以下,残留γ)である可能性を調査するため,サブゼロ処理の有無により残留γ量を変化させた試験片を作製し,残留γ量の違いが水素侵入挙動に及ぼす影響を調査した。
供試材には,機械構造用合金鋼であるJIS-SCr420を用いた。化学組成をTable 1に示す。真空溶解で作製したSCr420から,熱間鍛伸で直径35 mmの丸棒を作製し,試験部が直径26 mmの二円筒転がり疲労試験用小ローラー試験片を採取した。試験片を1203 Kで真空浸炭した後,353 Kの油槽中へ焼入れを行った。浸炭による全硬化層深さは1.4 mmであった。浸炭後に453 Kで焼戻しを施した試料をSpecimen A,残留γ量を低減する目的で,浸炭後にサブゼロ処理を実施し,473 Kで焼戻しを施した試料をSpecimen Bとした。Specimen Bは母相のマルテンサイトと比較し軟質な残留γの量が少ないため,硬さを揃える目的でSpecimen Aと比較し高い温度で焼戻しを行った。
| C | Si | Mn | P | S | Cr | Al | N | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SCr420 | 0.21 | 0.25 | 0.74 | 0.002 | 0.001 | 1.05 | 0.024 | 0.011 |
転動疲労試験には,二円筒転がり疲労試験機を用いた。転動疲労試験の概略図をFig.1に示す。大小2つのローラーのうち,直径26 mmの小ローラーが試験片であり,直径130 mmの大ローラーにより荷重を付与する。相手材の大ローラーには,焼入れ焼戻ししたJIS-SUJ2を用い,ヘルツの最大接触応力2700 MPa,相対すべり率-40%,小ローラーの回転速度1500 rpm,油温363 Kの条件で二円筒転がり疲労試験を実施した。潤滑油には市販のオートマチックトランスミッション油を用い,二円筒の接触部に毎分1Lの量を噴射した。小ローラーと大ローラーの接触幅は約6 mmである。繰返し数は,5×105~2×107回の間で変化させ,いずれの試験条件でもはく離が生じる前に試験を停止した。

Schematic illustration of two-roller rolling contact fatigue tester.
二円筒転がり疲労試験後の小ローラーを組織解析と水素分析に供した。水素分析用の試料は疲労試験終了後すぐに試験機から取り外し,水素脱離防止のため,水素分析開始までの間液体窒素中で保管した。
2・3 組織解析疲労試験前後の小ローラーについて,硬さ,ミクロ組織,転位密度,および残留γ量を調査した。硬さは,ビッカース硬さ試験機を用い,浸炭表層から0.1~2.0 mm位置を試験荷重300 gfで測定した。ミクロ組織は,走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した。SEMおよびTEM観察用試料は,電解研磨により作製した。転位密度は,X線回折法で得られたα-Feの(110),(200),(211)の回折ピークから,修正Williamson-Hall法で平均コントラストファクターを求め,修正Warren-Averbach法で算出した13)。なお,SEM観察,TEM観察,転位密度算出のためのX線回折は,本試験条件での最大せん断応力深さ近傍である,転がり接触面から深さ200 μm位置で実施した。残留γ量は,X線回折法にて測定した。X線回折測定は,浸炭表層から0, 0.1, 0.2, 0.3, 0.5 mmの深さ位置で行い,5点の平均値を試料の残留γ量とした。
2・4 水素分析水素分析は,ガスクロマトグラフを検出系とした昇温脱離分析(Thermal desorption analysis, TDA)で行った。転動疲労試験後の小ローラーから,大ローラーとの接触面を含む直径26×5 mmLの半円柱状の試料を切り出し,アセトン洗浄後,室温から873 Kまでの間を100 K・h-1の一定速度で昇温し,試験片から放出される水素を5 minに1回の間隔で分析した。
Fig.2に浸炭層の硬さ分布を示す。狙い通り,Specimen AとSpecimen Bの硬さ分布はほぼ同等であった。Fig.3に転動疲労試験前,5×105回,9×106回,2×107回試験後の残留γ量の平均値を示す。転動疲労の繰り返し数増加に伴い残留γ量が減少したのは,転がり接触応力を受けることで残留γのマルテンサイト変態が生じたためと考えられ,試験前の残留γ量が少ないSpecimen Bの方が,転動疲労に伴う残留γのマルテンサイト変態量が少ないことが明らかとなった。

Hardness profiles of the specimens A and B.

Change in volume fraction of retained austenite before and after the rolling contact fatigue test.
Fig.4にSEMで観察した試験前の金属組織を示す。組織はラスマルテンサイトが主体であり,マルテンサイトラス間に微細な残留γも確認された。Fig.5にSpecimen Aの試験前,および2×107回試験後のTEMによる転位下部組織の観察結果を示す。試験前には,転位が高密度で一様に分布する様子が観察された。一方,2×107回試験後には,試験前と同様に転位が高密度で分布している領域と,矢印で示すようなセル組織が形成している領域が混在する様子が観察された。Specimen Bの転動疲労試験前後の組織変化もSpecimen Aと同様であった。X線回折測定の結果から算出した転位密度は,Specimen Aの転動疲労試験前が1.7×1016 m-2,2×107回試験後が9×1015 m-2 ,Specimen Bの転動疲労試験前が1.5×1016 m-2,2×107回試験後が7×1015 m-2であった。Specimen AとSpecimen Bで,転動疲労試験前後の転位密度がほぼ同等であること,転動疲労試験により転位密度が減少し,転位密度減少量もほぼ同等であることが明らかとなった。

SEM micrographs before the rolling contact fatigue test. Arrows represent the regions where retained austenite existed.

TEM micrographs of dislocation substructure in specimen A before the rolling contact fatigue test and after 2×107 test cycles. Arrows represent the regions where dislocation cells formed.
Fig.6にSpecimen AおよびSpecimen Bの転動疲労試験前,9×106回,2×107回試験後の試験片で測定した水素の昇温脱離分析結果を示す。試験前には,300~450 K,および623~873 Kにかけて水素の放出が確認された。一方,9×106回,および2×107回試験後には,300~423 K,623~873 Kにかけての水素放出に加えて,423~623 Kにかけて水素の放出が確認された。これらの転動疲労試験前後の水素放出ピークについて,本報では,水素放出温度が低い方から,第1,第2,第3ピークと呼ぶこととする。Specimen A,Specimen Bともに,繰り返し数の増加に伴い,第2ピークのみが増加することが確認された。第1ピークと第3ピークについては繰り返し数増加に伴う変化は認められなかった。転動疲労試験後に第2ピークのみが増加したことから,第2ピーク水素は転動疲労によって試験片に侵入した水素であると言える。Fig.7にSpecimen AおよびSpecimen Bの転動疲労試験の繰り返し数と第2ピーク水素量の関係を示す。試験初期の残留γ量が少ないSpecimen Bの方が,繰り返し数増加に伴う侵入水素の増加率が低いことが確認された。第1ピークの水素について,Takaiら14)は,伸線加工した共析鋼を用いた研究結果から,原子空孔や転位の応力場にトラップされた水素であると推察しており,本検討の第1ピーク水素は転位にトラップされた水素と考えられる。一方,本検討の第2ピーク水素のトラップサイトとしては,過去の報告例から,転位芯15)や残留γ16)の可能性が考えられる。

TDA profiles of hydrogen before and after the rolling contact fatigue test.

Relationship between the absorbed hydrogen concentration at the second peaks and the number of cycles.
ここで,侵入水素の存在位置を調査するため,Specimen Aの9×106回試験後の試験片(直径26.0 mm)の直径を24.6 mm,および23.0 mmに削り,それぞれの試験片の第2ピーク水素量を調査し,試験片を削る前の第2ピーク水素量を100として残存水素率を算出した。なお,試験片の減肉は,研削と電解研磨で行った。9×106回試験後の摩耗量は約10 μmであり,研削と電解研磨による減肉量に対して微小である。Fig.8に試験片の半径方向の減肉量と残存水素率の関係を示す。減肉量の増加に伴い残存水素率が減少し,半径を1.5 mm削った試験片には水素がほとんど存在しなかった。このことから,本検討の転動疲労試験条件では,侵入水素は浸炭による硬化層深さと同じ転がり接触面から深さ1.5 mm位置までの間にトラップされていることが明らかとなった。

Relationship between the normalized hydrogen concentration of the specimen A and the thickness reduction in radius.
次に,第2ピーク水素の安定性を調査するため,Specimen Aの転動疲労試験後の試験片を室温で30日間放置した後の水素の昇温脱離分析結果をFig.9に示す。室温で30日間放置したことで,第1ピークの水素は消失した。一方,第2ピークの水素は試験直後と比較してあまり変化しないことが確認された。

TDA profiles of hydrogen of specimen A preserved at room temperature for 30 days after the rolling contact fatigue test.
TEM観察および転位密度測定の結果から,転がり接触下で繰り返し応力を受けることで,転位の再配列,セル形成が生じ17),その結果,転位密度が減少したと考えられる。
また,Fig.3に示すように,残留γの減少量は試験前の残留γ量が多いSpecimen Aの方が大きかった。この機構は,以下のように推定される。Specimen Bでは,熱的に不安定なγ相がサブゼロ処理によってマルテンサイトに変態したため,Specimen Aと比較して熱的に不安定な残留γが少ないと考えられる。γ相の熱的安定性と塑性変形に対する安定性は厳密には異なる可能性があるが,Specimen Bに含まれる残留γは塑性変形に対しても安定であると推察され,転動疲労後もマルテンサイトへの変態量が少なかったと推定される。一方,熱的に不安定なγ相を多く含むSpecimen Aでは,不安定な残留γが転動疲労に伴う塑性変形により容易にマルテンサイトへ変態する18)ため,繰り返し数に伴う残留γの減少量が大きかったと考えられる。
4・2 転動疲労時の水素トラップサイト4・2・1 転位芯転位芯と水素,転位芯と炭素の結合エネルギーはそれぞれ42 kJ・mol-1 19),および63.6 kJ・mol-1 20)であるため,転動疲労前の組織では,転位はCに固着されており,転位芯の水素トラップ能は低いと予想される。一方で,転動疲労時に繰り返し応力がかかることで残留γのマルテンサイト変態が生じ,Cに固着されていないフリーな転位が導入されることが予想される。そのため,転動疲労時の水素トラップサイトが転位芯である場合,水素をトラップ可能な転位は,転動疲労中に導入されたCに固着されていない転位であると考えられる。しかし,Fig.3およびFig.7の結果より,Specimen Bの9×106回試験後から2×107回試験後にかけて残留γ量が変化しない,すなわち,残留γのマルテンサイト変態による新たな転位の導入が少ないと考えられる場合にも第2ピーク水素量が増加することが確認された。さらに,転位芯にトラップされた水素は,サイトコンペティション効果により炭素と入れ替わるため,1週間の室温放置で減少することが報告されている15)。今回の検討で,第2ピーク水素のトラップサイトが転位芯である場合,室温放置により転位芯の水素と炭素がサイトコンペティション効果で入れ替わり,鋼中から脱離することも予想されたが,Fig.9の結果より,転動疲労試験材の室温放置によって第2ピーク水素があまり変化しないことが確認された。これらの結果から,転位芯は第2ピーク水素のメインのトラップサイトでは無いと考えられる。
4・2・2 残留オーステナイト第2ピーク水素量が転動疲労試験前の残留γ量に依存したこと,残留γのマルテンサイト変態による新たな転位の導入が少ないと考えられる場合にも第2ピーク水素量が増加したことから,転動疲労試験によって侵入した水素の主なトラップサイトは残留γに起因したものであると考えられる。残留γ起因の水素トラップサイトとしては,残留γ内部,あるいはマルテンサイト/残留γ界面がトラップサイトである可能性が考えられる。
転動疲労の繰り返し数増加に伴い残留γ量が減少するにも関わらず,侵入水素量が増加する理由については,BCC金属と比較しFCC金属の水素固溶量が高いためであると考えられる。Takaiら21)は,電解水素チャージしたInconel625を用いFCC金属の水素吸蔵特性を調査しており,Inconel625の水素吸蔵量は最大230 mass ppmと非常に高いことを報告している。仮に,FCC金属である残留γの水素吸蔵量が,Takaiら21)の報告と同程度である場合,残留γを4%含有する鋼(Specimen Bの2×107回試験後の残留γ量)への許容水素量は230×0.04=9.2 mass ppmと概算することができる。一方,本検討の転動疲労試験で侵入した水素は,Fig.8の結果より,転がり接触面から深さ1.5 mmまでの間にトラップされていたことから,例えば,Specimen Bの2×107回試験後の侵入水素量0.08 mass ppmは,転がり接触面から深さ1.5 mmまでの鋼材重量で計算すると0.38 mass ppmとなる。このため,本検討の転動疲労試験での侵入水素量に対し,残留γの水素トラップキャパシティの方が十分に高い可能性が考えられる。すなわち,繰り返し初期の段階では残留γに起因したトラップサイトに水素が充分に吸収されておらず,繰り返し数の増加に伴い残留γに起因したトラップサイト中に水素が吸収されていくために,繰り返し数の増加に伴い第2ピークの水素量が増加する機構が推定される。繰り返し数の増加に伴い残留γ量は減少するが,転動疲労で変態しなかった安定的な残留γが水素トラップサイトとして寄与したと考えられる。Fig.10に転動疲労時の残留オーステナイトによる水素トラップ挙動の模式図を示す。

Schematic illustrations of the hydrogen trapping behavior by retained austenite in rolling contact fatigue.
水素脱離の活性化エネルギー(以下,Ea)から第2ピーク水素のトラップサイトを推定するため,2×107回試験後の試験片を用い,式(1)に示すChoo and Leeの手法22)を用いて昇温速度を0.014, 0.028, 0.056 K・s-1と変化させ,水素放出ピーク温度の昇温速度依存性からEaを算出した。
| (1) |
φ:昇温速度(K・s-1)Tc:ピーク温度(K)R:気体定数(J・K-1·mol-1)Ea:活性化エネルギー(J・mol-1)
昇温速度を変化させ測定した水素の昇温脱離分析結果をFig.11,Tc-1とφ/Tc2の関係をFig.12に示す。転動疲労試験後のEaは,Specimen Aで50.6 kJ・mol-1,Specimen Bで55.8 kJ・mol-1であった。上記のEaは,Sekineら23)が報告したマルテンサイト/残留γ(10%)二相鋼の30~46 kJ・mol-1や,Takaiら21)が報告したInconel625(FCC金属)の46 kJ・mol-1に近い値であるものの,やや高い。Takaiら21)は,FCC金属単相鋼においてTDAでの水素放出は拡散律速であり,Eaは見かけの水素拡散の活性化エネルギー(以下,ED)となることを報告している。本検討の残留γ含有鋼においても,水素が熱エネルギーを得てトラップサイトから脱離した後の拡散が残留γ中の拡散の影響を強く受ける場合,EaはEDに相当する可能性がある。Specimen AとSpecimen Bの水素トラップサイトが転動疲労試験で変態せずに残った残留γである場合,残留γ量の少ないSpecimen Bの方がEaが高い理由として,残留γ内部とα/γの界面で水素のトラップエネルギーが異なる可能性や,残留γサイズの差が影響している可能性が考えられる。一方,転位芯による水素のトラップエネルギーは42 kJ・mol-1 19)と報告されており,転動疲労試験後のSpecimen AおよびSpecimen BのEaよりもやや低い。従って,転位芯は本検討での侵入水素の主なトラップサイトでは無いと考えられる。

TDA profiles of hydrogen at three different heating rates after 2×107 cycles of the rolling contact fatigue test.

Relationship between ln (Φ/Tc2) and 1/Tc after 2×107 cycles of the rolling contact fatigue test.
ここで,Specimen A,Specimen Bの転動疲労試験前のEaを調査するため,浸炭表層部を模擬した0.8%C鋼(0.78C-0.26Si-0.73Mn-0.99Cr-0.028Al,mass%)を1203 Kで加熱,焼入れ後,453 Kで焼戻しを施した試験片,およびサブゼロ処理後に473 Kで焼戻しを施した試験片を作製した。試験片の厚さは0.5 mmである。サブゼロ無しの試験片の残留γ量は10.9%,サブゼロした試験片の残留γ量は6.0%であった。これらの試験片をSpecimen AおよびSpecimen Bの転動疲労試験前とみなし,電流密度2 A・m-2,30 g・L-1のNH4SCN溶液で48時間水素チャージした後に,昇温速度を変化させて水素の昇温脱離分析を行った。侵入水素量は,残留γ 10.9%材で10.1 mass ppm,残留γ 6.0%材で7.9 mass ppmであった。昇温速度を変化させ測定した水素の昇温脱離分析結果をFig.13,Tc-1とφ/Tc2の関係をFig.14に示す。残留γ10.9%材のEaは36.2 kJ・mol-1,残留γ 6.0%材のEaは42.2 kJ・mol-1であった。Fig.13の水素放出ピーク温度がFig.6やFig.11と異なるのは,試料厚さが異なる影響と考えられる。転動疲労試験前の浸炭表層部を模擬した0.8%C鋼で算出したEaは,Sekineら23)の報告したマルテンサイト/残留γ(10%)二相鋼のEaに近い値であることから,残留γに起因した水素トラップ挙動が反映されていると考えられる。0.8%C鋼についても,転動疲労試験後の場合と同様,残留γ量が少ない場合の方がEaが高かった。また,0.8%C鋼のEaは,転動疲労試験後のEaと比較し低い値であった。

TDA profiles of hydrogen of 0.8%C steels at three different heating rates.

Relationship between ln (Φ/Tc2) and 1/Tc in 0.8%C steels.
以上の結果を踏まえて,Table 2に本検討における転動疲労時の水素トラップ挙動と微細組織変化を整理した。本研究では,転動疲労によって侵入した水素のトラップサイトは残留γ起因のものであると推定した。一方で,転動疲労試験後のEaは,γ起因の報告値や本検討の0.8%C鋼のEaより高いことから,繰り返し応力を受けることで,無負荷の場合と比較し,より安定的なトラップサイトが形成され,そこへ侵入水素がトラップされた可能性が示唆される。
| Specimen A | Specimen B | |||
|---|---|---|---|---|
| Before the Test | After 2×107 Test Cycles | Before the Test | After 2×107 Test Cycles | |
| Retained Austenite (%) | 10.4 | 6.4 | 4.9 | 4.0 |
| Dislocation Density(m−2) | 1.7×1016 | 9 ×1015 | 1.5×1016 | 7×1015 |
| Absorbed Hydrogen Concentration at the Second Peak (mass ppm) | 0 | 0.14 | 0 | 0.08 |
| Activation Energy(kJ·mol−1) | N/A | 50.6 | N/A | 55.8 |
サブゼロ処理の有無により残留オーステナイト量を変化させたSCr420浸炭材を用い,転動疲労過程での水素侵入挙動と組織変化を調査した。その結果,以下の知見を得た。
(1)転動疲労の繰り返し数増加に伴い,残留γ量が減少した。サブゼロ処理を行い,初期残留γ量を少なくした場合の方が,転動疲労に伴う残留γのマルテンサイト変態量が少なかった。
(2)TEM観察の結果,転動疲労前には,転位が高密度で一様に分布していた。一方,転動疲労後には,試験前と同様に転位が高密度で分布している領域と,セル組織が形成している領域が混在した。また,転動疲労後,転位密度は減少した。
(3)昇温脱離法による水素分析の結果,転動疲労後の場合でのみ,423~623 Kにかけて水素の放出(第2ピーク)が確認され,転動疲労の繰り返し数増加に伴い,第2ピーク水素量のみが増加した。サブゼロ処理を行い,初期残留γ量を少なくした場合の方が,水素侵入量が少なかった。
(4)第2ピーク水素量が転動疲労試験前の残留γ量に依存したこと,残留γのマルテンサイト変態による新たな転位の導入が少ないと考えられる場合にも第2ピーク水素量が増加したことから,転動疲労試験によって侵入した水素の主なトラップサイトは残留γに起因したものであると考えられる。
(5)Choo-Leeの手法を用いて算出した転動疲労試験後の水素脱離の活性化エネルギーは,サブゼロ処理無し(残留γ 10.4%)材で50.6 kJ・mol-1,サブゼロ処理(残留γ 4.9%)材で55.8 kJ・mol-1であり,転動疲労前と比較し,転動疲労後には水素脱離の活性化エネルギーが高くなった。繰り返し応力を受けることで,無負荷の場合と比較し,より安定的な水素のトラップサイトが形成された可能性が示唆された。