Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Mechanical Properties
Effect of Temperature on Stress–Strain Curve in SUS316L Metastable Austenitic Stainless Steel studied by In Situ Neutron Diffraction Experiments
Noriyuki Tsuchida Rintaro UejiTadanobu Inoue
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 107 Issue 9 Pages 741-750

Details
Abstract

In situ neutron diffraction experiments during tensile deformation were conducted to investigate the effect of temperature on the tensile properties of JIS-SUS316L steel from the phase stresses of austenite (γ) and ferrite (α) phases and the kinetics of deformation-induced martensitic transformation (DIMT). The 0.2% proof stress and tensile strength increased with decreasing deformation temperature, and the maximum uniform elongation was reached at 223 K. The temperature of the maximum uniform elongation in metastable austenitic stainless steels is related to the mechanical stability of γ and showed good correlation with the Ni equivalent. The estimated phase stress of γ at a given true strain increased with decreasing temperature; however, the temperature dependence of the twinning-induced plasticity effect of the γ phase was small. The phase stress of α was almost independent of temperature between 138 K and 223 K. The effect of temperature on the mechanical properties of the SUS316L steel was largely affected by the transformation-induced plasticity effect, which was related to the kinetics of DIMT according to in situ neutron diffraction experiments.

1. 緒言

準安定オーステナイト鋼は,TRIP(Transformation-induced plasticity)効果によって機械的特性の向上が期待できる15)。変形による加工誘起マルテンサイト体積率の変化と関係するオーステナイト(γ)の加工誘起マルテンサイト変態挙動は,TRIP効果において重要な役割を果たす。これまでにTRIP効果と加工誘起変態挙動の関係については,化学成分6,7),試験温度35,8,9),ひずみ速度5,8,10,11)などの観点から研究が行われてきた。これらの研究では,γの加工誘起変態挙動と同様に,構成相の変形挙動についても検討が行われている。比較的積層欠陥エネルギーの低いオーステナイト鋼においては,塑性変形中に変形双晶も観察される1214)。Tsakiris and Edmonds12)は,高Mnオーステナイト鋼を用いて広い温度域での機械的特性を議論し,変形双晶と加工誘起変態の両方が観察されたことを報告し,Nakadaら13)は,冷間加工および冷間引き抜き加工したSUS316鋼を用いて,加工誘起変態挙動に及ぼす変形双晶の影響について検討した。これらの研究結果より,加工誘起変態挙動と変形双晶は,試験温度に大きく依存することが明らかとなった12,14,15)。機械的特性の温度依存性と加工誘起変態挙動,変形双晶の定量的な関係を明らかにすることは非常に重要であり,変形双晶と加工誘起変態挙動の影響を考慮した,応力-ひずみ曲線の計算に関する様々な研究も報告されている1418)。Tsuchida19)は,変形双晶による強化を推算する定量的なモデルを提案したRemyの研究16)を元に,室温におけるSUS316L鋼の真応力-ひずみ曲線の記述について検討し,引張変形中の変形双晶の体積率変化を用いて計算した真応力-ひずみ曲線は実験結果とよく一致することを報告した。しかしながら,この計算モデルで真応力-ひずみ曲線に及ぼす変形双晶と加工誘起変態挙動の両方の影響を考慮することは難しい。これらふたつの影響を明らかにする手段のひとつとしてその場中性子回折実験2023)があり,準安定オーステナイト鋼における引張変形中のγとフェライト相の相応力と加工誘起変態挙動を推算できる。相ひずみを用いて推算される相応力は,複合組織鋼における構成相の平均応力を示し,通常格子定数の変化から計算される2022)。SUS316L鋼の機械的特性の温度依存性は,相応力と加工誘起変態挙動に及ぼす温度の影響を解析することで議論が可能となる。

以上のことから,本研究では,SUS316L鋼を用いて様々な試験温度での引張変形中のその場中性子回折実験を行った。SUS316L鋼の機械的特性の温度依存性は,γと加工誘起マルテンサイト(α)相の相応力の観点から議論し,加工誘起変態挙動はその場中性子回折実験結果から解析した。さらに,様々な温度における真応力-ひずみ曲線を,相応力と加工誘起変態挙動を組み入れたマイクロメカニクスに基づく計算モデルを用いて計算し,真応力-ひずみ曲線の計算結果から,SUS316L鋼の機械的特性の温度依存性に影響する重要因子について議論を行った。

2. 実験方法

本研究では,市販のJIS-SUS316L鋼(0.015C, 0.56Si, 0.92Mn, 12.2Ni, 17.6Cr, 2.06Mo(mass%))を用いた。この鋼板は,1373 Kで600 s保持後,水冷の溶体化処理を行った19)Fig.1に,SUS316L鋼の光学顕微鏡写真を示す。線分法により求めた平均オーステナイト粒径は12.2 μmである。これより,平行部幅5 mm,平行部長さ25 mm,厚さ1.5 mmの引張試験片を準備し,ギア駆動式引張試験機を用いて123 Kから373 Kでの様々な温度において,初期ひずみ速度3.3×10-4 s-1にて静的引張試験を行った4,5,23)。この時,試験温度の制御は恒温槽を用いた。

Fig. 1.

Optical micrograph of JIS-SUS316L steel.

223 Kと123 Kでは,様々なひずみを加えた試験片を準備し,SEM-EBSDによる組織解析を行った。EBSD解析はFCC相とBCC相に対して行い,スキャン間隔は0.1 μmとした。EBSD法からは,測定点とこれに接する第一近接点の平均の方位差である,kernel average misorientation(KAM)値を求めた。この時,最大の方位差は5°として計算を行った。

引張変形中のその場中性子回折実験は,日本原子力研究開発機構の大強度陽子加速器施設(J-PARC),物質・生命科学施設(MLF)にある,工学材料回折装置「匠」を使用した2123)。中性子回折実験用に,平行部幅4 mm,平行部長さ25 mm,厚さ1.5 mmの引張試験片を準備した。匠には一対の90度散乱検出器バンクを完備しており,入射ビームに対して45°方向を引張軸にすることによって,引張方向(Axial)と引張方向に垂直方向(Transverse)の面間隔を同時に測定した。引張変形は,弾性変形領域では段階的に負荷をかけ,300 s保持して回折ピークを測定し,塑性変形域では2×10-5 s-1にて変形を加えた。本研究では,匠に設置した引張試験機に冷却装置を取り付けることで,138 Kから373 Kの様々な温度での引張試験を行った。

回折パターンから,γα相の格子ひずみ,相ひずみと体積率を計算した。SUS316L鋼の変形前の組織はγ単相であり,引張変形中に一部が加工誘起マルテンサイトに変態する。本研究では,α相を加工誘起マルテンサイトの結果として取り扱うこととした23)。格子ひずみ(εhkl)は,ピーク解析結果に基づき,次式を用いて変形前後の格子面間隔の変化より計算した2022)

  
εhkl=dhkldhkl0dhkl0.(1)

ここで,dhkld0hklは引張変形中と変形前の格子面間隔である。γd0hklは変形前のピーク解析結果から得られるが,SUS316L鋼では変形前にα相は存在しないため,ピーク解析によってd0hklを求めることは難しい。本研究では,αd0hklは次式を用いて推算した23)

  
Vγεγγph.+Vαεαγph.=0,(2)

ここで,εγr-ph.εαr-ph.はそれぞれγαの残留相ひずみであり,VγVαγαの体積率である。式(2)は,マクロ応力は各相の相応力と体積率により計算されるという考えに基づいており,中性子回折法による応力測定において用いられる24)εαr-ph.εγr-ph.VγVαより計算できるため,変形前のαの格子定数(a0α)は,計算により得られたαの格子定数から求めることができる。各結晶粒におけるαd0hklは,a0αから計算できる。ここで,εγr-ph.VγVαを求めるために,いくつかの真ひずみにおいて引張変形を断続的に停止し,除荷後に600 s保持して回折パターンを測定した。また,γαの相ひずみは,各相の格子ひずみの平均値として整理した。引張方向と引張方向に垂直方向の相ひずみを用いて,引張方向に対する相応力(σph.axial)を次式を用いて推算した22,23)

  
σaxialph.=Eph.(1+νph.)(12νph.)[(1νph.)εaxialph.+2νph.εtransverseph.].(3)

ここで,Eph.νph.はそれぞれ各相の弾性定数とポアソン比である20,21,25,26)VγVαはその場中性子回折実験から得られた積分強度を用いて計算した21,22)

3. 結果と考察

3・1 SUS316L鋼の引張特性に及ぼす温度の影響

Fig.2に,様々な温度でのSUS316L鋼の公称応力-ひずみ曲線を示す。0.2%耐力と引張強さは温度低下により増大し,均一伸びは223 Kで最大値を示した。Fig.3には,試験温度に対する0.2%耐力,引張強さと均一伸びの関係を示す。ここでは,SUS304鋼4)の機械的特性の温度依存性も合わせて示した。同じ温度での0.2%耐力と引張強さはSUS316L鋼の方が小さく,均一伸びの温度依存性はいずれもある温度で最大値を示した。均一伸びの最大値はSUS316L鋼の方が小さく,最大の均一伸びを示す温度はSUS316L鋼の方が低かった。Fig.4は,様々な温度における真応力-ひずみ曲線と加工硬化率の変化を示す。同じ真ひずみにおける加工硬化率は,温度低下により増大し,223 Kにおいては引張変形とともに徐々に減少し,真ひずみが約0.5まで大きな加工硬化率を維持した。173 K以下では,加工硬化率は一旦減少が止まり,再び増大した4,5,14)。このような加工硬化率の温度依存性は,様々な準安定オーステナイト鋼において報告されており25),機械的特性と密接に関係している。

Fig. 2.

Nominal stress–nominal strain curves of SUS316L steel obtained from tensile tests at various temperatures. (Online version in color.)

Fig. 3.

0.2% proof stress, tensile strength, and uniform elongation as functions of deformation temperature in SUS316L steel. (Online version in color.)

Fig. 4.

True stress (σt) and work-hardening rate (t/dεt) as functions of true strain at various temperatures in SUS316L steel. (Online version in color.)

Fig.5と6に,SEM–EBSDにより測定した,223 Kと123 Kにおける様々な真ひずみでの逆極点図と相マップを示す。同じ真ひずみにおける変形双晶の体積率は,温度低下により増加した。図における黒線は,方位差15°以上の大角粒界を示す。γ相中の真っ直ぐな形態を持つ大角粒界は,変形双晶境界であると判別できる。SUS316L鋼の場合,X線回折実験結果より,243 K以下で加工誘起変態が起こることが確認されており19),同じ真ひずみでのVαは温度低下により増加した。この時,加工誘起マルテンサイトの多くは,変形双晶を伴うγ粒から生成していた。塑性変形は変形下部組織を導入し27),KAM値で示される局所方位差は塑性ひずみの増加とともに大きくなる28)Fig.7に,123 Kと223 Kにおける真ひずみに対するγ相の平均のKAM値を示す。同じ真ひずみにおける平均KAM値は,123 Kの方が大きく,これよりγ相の加工硬化は温度低下によりわずかに大きくなり,123 Kと223 Kでは加工硬化挙動が変化したことがわかる。

Fig. 5.

Inverse pole figure maps and phase maps at various true strains (εt) deformed at 223 K. (Online version in color.)

Fig. 6.

Inverse pole figure maps and phase maps at various true strains (εt) deformed at 123 K. (Online version in color.)

Fig. 7.

Average KAM as a function of true strain at 123 and 223 K. (Online version in color.)

3・2 様々なオーステナイト系ステンレス鋼における最大の均一伸びとオーステナイトの加工安定性の関係

次に,均一伸びの温度依存性について議論する。準安定オーステナイト鋼の均一伸びは,通常γの加工誘起変態挙動に依存し2,4,9),加工誘起変態挙動はγの機械的安定性と密接に関係する。Fig.8に,様々な準安定オーステナイト鋼における試験温度に対する均一伸びの関係を示す4,5,23)。最大の均一伸びとそれを示す温度(Tmax)は鋼種によって異なり,Fig.8における均一伸びはγの機械的安定性だけでなく,αの強度とも関係している23)。SUS316L鋼については,5種類の準安定オーステナイト鋼の中で均一伸びの最大値は一番小さく,Tmaxは一番低かった。次に,Tmaxγの機械的安定性について議論した。ここでは,γの機械的安定性の指標として,Ni当量とMd30を用いた6,29,30)Fig.9には,Ni当量(a)とMd30(b)に対するTmaxの関係を示す。Ni当量とMd30は,それぞれ次に示すSangaら29)とMasumuraら30)の式を用いて算出した。

  
Nieq.(%)=Ni+12.93C+1.11Mn+0.72Cr+0.88Mo0.27Si0.24Ti0.07Co+0.19Nb+0.53Cu+0.90V+0.70W0.69Al+7.55N(4)
  
Md30(K)=756555C528N10.3Si12.5Mn10.5Cr24.0Ni5.6Mo(5)
Fig. 8.

Uniform elongation as a function of temperature in various metastable austenitic stainless steels3,4,23). (Online version in color.)

Fig. 9.

Temperature at the maximum uniform elongation as a function of Ni equivalent26) (a) and Md3027) (b) in various metastable austenitic stainless steels3,4,23). (Online version in color.)

ここで,添加元素の単位は,mass%である。TmaxはNi当量の増加とともに,または,Md30の減少とともに低下した。Fig.9における5種類の試料について,Ni当量は様々な準安定オーステナイト鋼のTmaxを整理する上で適切だと思われる。これまでに報告された様々な研究15,9)において,TRIP効果により優れた均一伸びを得るための加工誘起変態条件として,γは変形の初期は安定であり,変形の後半で徐々に加工誘起マルテンサイトに変態することが好ましい。これらの定性的な条件1,2)について考えると,Ni当量はγが変形初期に安定であることの指標と関係するため,Ni当量はMd30と比べてTmaxとの関係性が高いと考えられる。準安定オーステナイト鋼におけるTmaxγの機械的安定性の関係については,対象とする鋼種を増やしてさらに検討する必要がある。

3・3 様々な温度における引張変形中のその場中性子回折実験

Fig.10に,138 Kで変形したSUS316L鋼の代表的な中性子回折パターンを示す。SUS316L鋼における引張方向の回折パターンにおいては,γαに加えて,イプシロン(ε)マルテンサイト相のピークが確認された。εマルテンサイト相のピークは,垂直方向の回折パターンには有意には認められず,その体積率も5%未満であったため,SUS316L鋼の引張変形挙動はγαの相応力より議論を行った。また,αのピークは123 Kにおける引張変形前においても確認されなかった。Fig.11に,引張方向における,様々な温度での真ひずみに対するγ(a)とα(b)の相ひずみを示す。同じ真ひずみにおけるγの相ひずみは,試験温度低下により増加し,αについては温度によらずほぼ同じであった。223 Kにおけるαの相ひずみについては,真ひずみ0.4以上でピークが観察され,引張方向のVαは10%以下であった。相ひずみのエラーバーは,回折パターンにおける各ピークの半値幅に相当する。よって,223 Kでのαの相ひずみにおける比較的大きなエラーバーは,加工誘起マルテンサイトが小さな粒で,体積率も少ないことが起因していると思われる。

Fig. 10.

Examples of diffraction patterns obtained from in situ neutron diffraction experiments during tensile deformation at 138 K in SUS316L steel.

Fig. 11.

Phase strains of austenite phase (a) and ferrite one (b) as a function of true strain in SUS316L steel at various temperatures in the axial direction. (Online version in color.)

Fig.12に,式(3)で推算した様々な温度における,γ(a)とα(b)の相応力と真ひずみの関係を示す。Fig.12において,相応力はプロットで,実線は次に示すLudwikの式31)を用いた計算結果である。

  
σt=σ0+Kεtn(6)
Fig. 12.

Estimated phase stress of austenite (a) and ferrite (b) vs. true strain in SUS316L steel obtained from in situ neutron diffraction experiments at various temperatures. (Online version in color.)

ここで,σ0, K, nは定数であり,Fig.12で用いた各定数の値はTable 1に整理した。γの相応力について,σ0は温度低下により増大し,σ0の温度依存性はFig.3に示した0.2%耐力のそれとほぼ一致した。式(6)におけるKnの値は,試験温度によらず同じであった。変形双晶は373 Kでは観察されなかったため,式(6)におけるK εt nで示される,各温度と373 Kの加工硬化成分の違いはTWIP(Twinning induced plasticity)効果と関係する16,19)Fig.4,12(a)Table 1で示したようにγのTWIP効果が確認され,373 Kから296 Kで均一伸びは約20%向上した19)が,TWIP効果の温度依存性は小さかった。α相については,相応力とσ0Knの大きさは試験温度にはほとんど依存しなかった。試験温度は加工誘起変態挙動に大きく影響するにも関わらず,αの相応力は大きく変化しなかったことは注目すべきである。SUS316L鋼におけるαの相応力はだいたい2–2.5 GPaであり,これはSUS304鋼の結果とほとんど同じであった23)。加工誘起マルテンサイトの相応力における温度依存性が小さいという結果は,そのメカニズムは明らかになっていないが,本研究における重要な結果の一つである。強度と温度の関係に関するこれまでの研究から考えると,本結果はαマルテンサイト相の強度が非熱的応力に支配的であることを示している。結晶粒微細化強化は非熱的応力の増大に寄与する32,33)ことはよく知られており,これはマルテンサイト組織における微細結晶粒が加工誘起マルテンサイトにおける支配的な強化メカニズムのひとつであることを意味するのではないか,という推論に繋がる。しかしながら,このような議論は今後マルテンサイト強度を熱活性化過程の観点から検討するべきである。SUS316L鋼における相応力の温度依存性は,それぞれ単相鋼の場合での温度依存性とは異なる結果であった。これはγα相間の相互作用とそれぞれの体積率変化が関係していると思われる。準安定オーステナイト鋼におけるγαの相応力について議論を進めるためには,さらなる実験結果が必要である。

Table 1. Values of σ0, K, and n in eq. (6) for austenite and deformation-induced martensite at various temperatures.
T (K)AusteniteDeformation-induced martensite
σ0Knσ0Kn
1383401033.50.716003090.30.762
173280
223240
296200
3731801000.00.7

Fig.13に,138, 173と223 Kにおける真ひずみに対するVαの関係を示す。実線は,Matsumuraら34)によって提案された次式を用いて得られた計算結果を示す。

  
Vα=1Vγ01+(k/q)Vγ0εtq,(7)
Fig. 13.

Volume fraction of deformation-induced martensite as a function of true strain estimated using in situ neutron diffraction experiments in SUS316L steel at various temperatures. (Online version in color.)

ここで,Vγ0は変形前のγ体積率,kqは定数34)であり,様々な温度でのkqTable 2に整理した。同じ真ひずみでのVαは温度低下により増加した。式(7)は,SUS316L鋼の加工誘起変態挙動を正確に記述できるが,kqの値から加工誘起変態挙動の温度依存性について議論することは難しい。そこで,次式を用いてFig.13における加工誘起変態挙動の温度依存性について検討した35,36)

  
lnVγ0lnVγ=A+kε,(8)
Table 2. Constants in eqs. (7) and (8) at various temperatures.
T (K)Eq. (7)Eq. (8)
kqk'A
13815.31.802.95−0.2
1737.351.791.77−0.13
22314.23.111.47−0.34

ここで,Ak'は定数であり,k'γの機械的安定性と関係し,k'の値が大きいほどγの機械的安定性は減少する36)。様々な温度でのk'Aの値もまた,Table 2に整理した。Fig.13における点線で示したように,式(8)もまた加工誘起変態挙動の計算に用いることができ,温度低下によってk'の値は大きくなった。

中性子回折実験から得られた,様々な温度でのγαの相応力と加工誘起変態挙動について詳細に議論するために,SUS316L鋼の真応力-ひずみ曲線をマイクロメカニクスに基づくsecant法18,34,37,38)を用いて計算した。secant法に基づくTRIP鋼の計算方法の詳細については,過去の研究18,34,37,38)において報告している。γαの真応力-ひずみ曲線の計算においては式(6)Table 1に示した値を用い,加工誘起変態挙動の記述は式(7)34)を用いた。Fig.14に223 K(a),173 K(b),138 K(c)における,真応力-ひずみ曲線の計算結果と実験結果の比較を示す。計算結果は,実験結果とおおよそ一致した。ここで,その場中性子回折実験から得られた相応力と加工誘起変態挙動から,SUS316L鋼の真応力-ひずみ曲線と機械的特性の温度依存性について議論を行った。Fig.14においては,各温度でのγの相応力を点線で示した。Fig.12Table 1から議論したように,γ相のTWIP効果に及ぼす温度の影響は小さく,αの相応力は138 Kから223 Kの間では温度にはほとんど依存しなかった。Fig.14における真応力とγの相応力の差は,加工誘起変態によるTRIP効果と関係し,その大きさは温度低下により大きくなった。これは,αの相応力が温度にはほとんど依存しなかったことから,加工誘起変態挙動が密接に関係している。その場中性子回折実験結果から解析した相応力と加工誘起変態挙動より考えると,様々な温度での0.2%耐力はγの相応力,つまり,式(6)におけるσ0の大きさと一致する。Vαと加工誘起変態挙動は,SUS316L鋼の引張強さと均一伸びの温度依存性に影響をおよぼしている15)。SUS316LとSUS3044)の機械的特性を比較すると,同じ温度での引張強さはSUS316Lの方が小さく,273 K以下ではSUS316Lの方が均一伸びが大きかった。これはFig.9で議論したように,γの機械的安定性6,29,30)が関係している。同じ温度での引張強さの違いは,SUS316LとSUS304の各温度でのαの相応力は同じであると仮定すると,Vααの相応力から説明できる。これらの結果から判断して,γの機械的安定性の違いによる加工誘起変態挙動は,SUS316LとSUS304のTRIP効果に重要な役割を果たしている。つまり,これら2鋼種の機械的特性に及ぼす温度の影響は,おおよそ加工誘起変態挙動によって決まると考えることができる。この結論は,本研究から得られたαの相応力は2種類のオーステナイト鋼でほぼ同じであり,温度にほとんど依存しないという結果に基づくものである。しかしながら,γ相のTWIP効果に及ぼす温度の影響と,SUS316LとSUS304のγの相応力の違いについては明らかとなっていない。よって,この課題についてはさらなる検討が必要である。

Fig. 14.

Calculated true stress–true strain curves and measured ones in SUS316L steel at 223 K (a), 173 K (b), and 138 K (c). Here, the estimated phase stress of the austenite phase is also shown as a dashed line. (Online version in color.)

4. まとめ

本研究では,γαの相応力と加工誘起変態挙動の観点からSUS316L鋼の引張特性に及ぼす試験温度の影響を明らかにするため,引張変形中のその場中性子回折実験を行った。主な結論は,以下の通りである。

(1)123 Kから373 Kの温度範囲での引張試験において,0.2%耐力と引張強さは温度低下により増大し,均一伸びは223 Kで最大値を示した。

(2)準安定オーステナイト鋼における最大の均一伸びを示す試験温度は,γの機械的安定性に依存し,Ni当量と良い整合性を示した。

(3)同じ真ひずみにおけるγの相応力は,温度低下により増大した。しかしながら,γの加工硬化挙動に及ぼす温度の影響は小さかった。αの相応力は138 Kから223 Kの範囲では温度によらずほとんど同じであった。中性子回折実験結果から推算した各相の相応力と加工誘起変態挙動より計算した真応力-ひずみ曲線は,実験結果とおおよそ一致した。

謝辞

本研究遂行に当たり多大なるご協力をいただいた,兵庫県立大学の富田光希氏,日本原子力研究開発機構,J-PARCセンターの相澤一也博士,ステファヌス・ハルヨ博士,川崎拓郎博士,ゴン・ウー博士に心より感謝申し上げます。中性子回折実験は,日本原子力研究開発機構のJ-PARC/MLFビームライン(Proposal No. 2018P0010)にて実施した。

文献
 
© 2021 The Iron and Steel Institute of Japan

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top