鉄と鋼
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論文
パーライト鋼の疲労き裂進展挙動に及ぼす初析セメンタイトの影響
安藤 佳祐 大坪 浩文田川 哲哉
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2022 年 108 巻 10 号 p. 739-750

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Abstract

The influence of pro-eutectoid cementite on fatigue crack growth behavior was investigated using various pearlitic steels containing from 0.64 to 1.21 mass%C. The fatigue crack growth rates of the hypo-eutectoid and eutectoid pearlitic steels hardly changed, while that of the 1.21 mass%C steel having a large amount of pro-eutectoid cementite (θ) was accelerated especially in the high stress intensity factor region. Scanning electron microscope (SEM) observation revealed that fatigue fracture surface in the 1.21 mass%C steel more frequently contained islanded brittle fracture surfaces than that in other steels. In the 1.21 mass%C steel, the total area fraction of brittle fracture surface was notably increased with an enhancement in maximum stress intensity factor (Kmax) due to crack extension. More detailed SEM fractographies were performed comparing between before and after etching in order to identify microstructures beneath the brittle fracture appearances on the fatigue fracture surface of the 1.21 mass%C steel. As a results, it was suggested that the pro-eutectoid θ was involved in the formation of brittle fracture. Based on these investigations, the accelerated fatigue crack growth behavior of hyper-eutectoid steel was discussed in terms of static brittle fracture induced by pro-eutectoid θ near the crack tip.

1. 緒言

鉄道レールにおいては,耐摩耗性が第一に要求されるため,パーライト組織鋼が用いられている。近年,輸送効率向上のために貨物の重載化や運転速度の増加が積極的に進められており,過酷化する使用条件に対応するため,鉄道レールには更なる耐久性と寿命向上が望まれている。レール寿命は,摩耗と疲労の二つの損傷形態により律速される。耐摩耗性の改善には材料の高硬度化が有効であると理解されており,これまでにパーライトラメラー間隔の微細化13)やセメンタイト(以下,θと表記)分率の増加4,5)といった組織制御が指向されている。一方,疲労損傷は,摩耗に比較して損傷が局所的であるために発見が難しく,最終的には壊滅的な破損につながる恐れがある。そのため,レール取換え頻度に関わるコストの観点からだけでなく,安全保証の観点からも耐疲労特性の向上は重要となってくる。疲労寿命はき裂発生寿命とき裂進展寿命に分けられるが,105回程度の破断寿命に対して疲労き裂の発生寿命は1~4%程度であることが報告されており6),耐疲労特性向上の観点からは,き裂進展特性が重要視されている7)

一般に金属材料の疲労き裂進展特性は,き裂進展速度da/dNと応力拡大係数範囲(以下,ΔKと表記)との関係によって評価される。両者の関係は,進展下限界域,安定進展域および静的破壊が混在する急速進展域の3つに大別される8)。この内,安定進展域はParis則に従うことが知られており,疲労き裂進展特性はこの領域で比較されることが多い。安定進展域(以下,Paris域と表記)では,進展下限界近傍に比較して材料組織の影響が小さいことが知られており,き裂進展速度に現れる材料組織依存性のほとんどは,き裂面に残された引張塑性変形や組織に起因したき裂蛇行により誘起されるき裂閉口現象が主因であると理解されている911)

パーライト鋼の疲労き裂進展挙動に関しては,旧オーステナイト(以下,旧γと表記)粒径1215),パーライトコロニーやブロックサイズ13,15,16),パーライト中のラメラー間隔1218)およびθ量の影響19,20)についていくつかの研究がなされている。例えばMishraら18)は,恒温熱処理によってラメラー間隔のみを変化させた共析パーライト鋼を用い,ラメラー間隔の微細化によってき裂進展速度が低下することを報告している。一方,Grayら15)はほぼ等しいラメラー間隔を有するパーライト鋼で旧γ粒径の影響を検討し,粗粒材ほど破面粗さ誘起によるき裂閉口現象が顕著となり,下限界応力拡大係数範囲ΔKthが高くなると共に,Paris域でのき裂進展速度が低下することを示している。

疲労き裂進展特性に対するθ量の影響に関しては,例えばNishidaら19)は0.54~0.78 mass%Cを有する複数のパーライトレールに対して検討を行っており,C量に対応したθ量の変化はき裂進展速度にほとんど影響を与えないことを報告している。上述のように,耐摩耗性の観点からは硬質なθ量の増加が有効であるが,C量が0.8 mass%を超える過共析組成では,パーライトラメラー中のθに加え,旧γ粒界上に初析θが存在する。しかし,Nishidaらの報告では,評価の対象が亜共析および共析組成であり,初析θの影響については不明である。初析θはパーライト組織の主要な組織因子の一つであり,その存在が疲労き裂進展挙動に及ぼす影響を明らかにすることは,パーライトレールの耐疲労特性向上における組織制御指針を得る上で,有用と考える。

そこで本研究では,初析θ量を変化させた種々のパーライト鋼について疲労き裂進展試験を行い,疲労き裂進展挙動に及ぼす初析θの影響を調査した。さらに,破面を詳細に解析し,初析θが疲労き裂進展過程に影響を及ぼすメカニズムを検討した。

2. 供試材および実験方法

真空溶解によりC量の異なる4種類の実験室鋼塊を作製した。化学成分をTable 1に示す。Table 1中の材料呼称PE,E,HEは,それぞれ亜共析,共析,過共析の組成識別である。得られた鋼塊を1523 Kに加熱後,12 mm厚まで熱間圧延を行い,圧延終了後に衝風冷却を施し,供試材とした。供試鋼塊ごとに熱間圧延後の冷却速度を調整し,パーライト中のラメラー間隔がほぼ等しい組織が得られるように狙った。これに加え,供試材Eについては,熱間圧延後の冷却速度をより広範に変化させることでラメラー間隔が大きく異なるパーライト組織も作製し,疲労き裂進展挙動に及ぼすラメラー間隔の影響を評価した。

Table 1. Chemical composition (mass %) of pearlitic steels used in this study.
SteelsCSiMnPSLamellar spacing
(μm)
PE0.640.390.790.0090.0030.14
E0.730.400.790.0080.0030.15
HE10.820.390.790.0090.0040.15
HE21.210.400.800.0090.0030.16

熱間圧延後の供試材から検鏡試料を採取し,研磨,腐食の後,走査型電子顕微鏡(以下,SEMと表記)により組織観察を行うとともに,ラメラー間隔の計測を行った。計測では,15000倍で観察した10視野の写真において任意直線がラメラー組織を横切った線分長さを基に,その平均値を導出した。供試材HE2に関しては,電子線後方散乱解析(以下,EBSDと表記)により,旧γ粒径およびブロックサイズの計測を行った。旧γ粒径はImage Quality(以下,IQと表記)mapにおいて,旧γ粒界上に生成する初析θに取り囲まれた領域の面積を求め,円相当径を算定した。ブロックサイズについては,Inverse Pole Figure(以下,IPFと表記)mapより,方位差が15°以上の大傾角粒界をブロック境界と定義し,同じく円相当径を算定した。

疲労き裂進展試験は,ASTM E647に準拠して行った。12 mm厚の供試材より厚さB=10 mm,幅W=50 mmのコンパクト試験片を,き裂の進展方向が圧延方向となるように採取した。疲労き裂進展試験は,荷重制御の下,応力比R=0.1,周波数10 Hzの正弦波荷重を用い実施した。初期機械切欠きに対し,ΔK=10 MPa・m1/2となる荷重振幅を与え,き裂進展に伴うΔK漸増試験を行った。試験中のき裂長さはクリップゲージによるコンプライアンス変化から計測,得られたき裂成長曲線を7点法により逐次多項式近似し,中央計測点の微係数からき裂進展速度da/dNを算定した。一部の試験片では,除荷弾性コンプライアンス法によりき裂閉口荷重を計測し,有効応力拡大係数範囲(以下,ΔKeffと表記)を導出した。

試験後の破面はSEMにより観察した。一部の破面においては,破面様相と組織との対応を確認するため,破面を1.5%ナイタールで腐食し破面観察を実施した。さらに一部の試験片では,破断前に疲労負荷を中止し,き裂経路を観察した。この場合,狙いのき裂位置から観察試料を切出し,厚さ中央部断面を研磨,腐食し,SEMによりき裂進展経路と組織との対応を確認した。

3. 実験結果

3・1 組織観察結果

4種類の供試材の組織観察写真をFig.1(a)~(d)に示す。パーライトやθの様相は供試材のC量に応じて異なっている。すなわち,Fig.1(a),(b)に示す供試材PEおよびEで観察された組織には大きな差異はなく,いずれもパーライト単一組織を呈している。一方,Fig.1(c)に示した供試材HE1では,ラメラー間隔がほぼ一様なパーライト組織に加え,図中の矢印で示した初析θが一部の旧γ粒界に観察される。Fig.1(d)に示した最もC量の高いHE2では旧γ粒界をほぼ取り囲む頻度で初析θの存在が認められる。各供試材の平均ラメラー間隔をTable 1に示す。4つの供試材のラメラー間隔は同一と見なし得る範囲内にあると判断できる。

Fig. 1.

SEM images of pearlitic microstructure of (a) PE (0.64 mass%C), (b) E (0.73 mass%C), (c) HE1 (0.82 mass%C) and (d) HE2 (1.21 mass%C) steels. The arrows in (c, d) indicate the pro-eutectoid cementite. (Online version in color.)

3・2 疲労き裂進展試験結果

ΔK漸増試験により得られた各供試材のda/dNとΔKの関係をFig.2(a),(b)に示す。Fig.2(a)中の破線で囲んだ領域を拡大したものがFig.2(b)である。供試材PEとEのき裂進展速度には差異がまったく見られない。これは,0.54~0.78 mass%CのC量の範囲でき裂進展特性に差はないとする従来の報告19)とも一致する結果である。過共析組成であるHE1のき裂進展速度は,供試材PEやEよりも僅かに速いが,その差異は小さい。すなわち,過共析組成であっても0.82 mass%C程度までのC量であれば,従来の報告19)と同じき裂進展特性の範囲に属すると言える。一方,最もC量の高い過共析組成である供試材HE2のき裂進展速度は,他の3供試材に比較して速く,有意な差と言える。また,その差異は,ΔKの増加に伴って拡大する傾向にある。

Fig. 2.

(a) Fatigue crack growth rates as a function of ΔK for various pearlitic steels (PE: 0.64 mass%C, E: 0.73 mass%C, HE1: 0.82 mass%C and HE2: 1.21 mass%C). (b) Magnified details of the range surrounded by a dotted line in (a). (Online version in color.)

疲労き裂の安定進展域では,破面粗さ誘起き裂閉口や塑性誘起き裂閉口に代表されるき裂閉口現象が生じ,見かけ上,疲労き裂の進展抵抗が上昇することが報告されている11,21)Fig.2に示した供試材EとHE2のき裂進展速度を,ΔKeffを用いて整理した関係をFig.3に示す。供試材E,HE2ともに,da/dNKeffの関係はda/dNKの関係とほぼ一致しており,本供試材ではき裂閉口現象はほとんど生じていないと判断できる。すなわち,本供試材におけるき裂進展速度の差は,き裂閉口現象に起因したものではなく,HE2における速いき裂進展速度はこの材料の本質的な特性であると類推される。

Fig. 3.

(a) Fatigue crack growth rates as a function of ΔK Fatigue crack growth rates as a function of ΔK and ΔKeff for E (0.73 mass%C) and HE2 (1.21 mass%C) steels. (Online version in color.)

Fig.4に各供試材の疲労き裂進展速度と平均ラメラー間隔の関係を示す。図では,ΔK=20 MPa・m1/2におけるda/dNを代表値として用いている。また,供試材Eに関しては,熱間圧延後の冷却速度を調整することによりラメラー間隔を幅広く変化させた供試材の結果も併せて示している。図中の破線で囲んだ結果が,Fig.1およびFig.2に示した結果,すなわち,ほぼ等しいラメラー間隔を狙って作製した供試材である。共析組成である供試材Eにおいてラメラー間隔を幅広く変動させた結果においては,き裂進展速度と平均ラメラー間隔の間には一様の関係があり,ラメラー間隔の微細化に伴いき裂進展速度が低下している。これは従来報告されている実験結果18)と一致する傾向である。本研究における供試材PEおよびHE1の結果も,概ね供試材Eの関係の上にある。これに対し,最もC量の高い過共析組成である供試材HE2はこの関係から大きく逸脱しており,き裂進展速度が著しく速い。すなわち,本供試材の中で,HE2のみが特異的なき裂進展特性を示している。

Fig. 4.

Relationship between fatigue crack growth rates at ΔK = 20 MPa·m1/2 and lamellar spacing for various pearlitic steels. (Online version in color.)

3・3 破面観察結果

Fig.5(a)~(g)に供試材PE,HE1およびHE2の破面観察結果の一例を示す。いずれにおいても,観察位置はΔK=20 MPa・m1/2に相当する位置に対応する。低倍率での観察写真であるFig.5(a), (b)および(c)では,いずれもファセット状破面で構成されており,典型的な疲労破面の様相である。ただし,供試材PE,HE1およびHE2の順序,すなわちC量の増加に応じて,写真で白く見えるファセットリッジの頻度が低下する傾向にあり,破面の凹凸が小さくなる変化が窺われる。Fig.5(a), (b)および(c)において観察されたファセット状破面を拡大すると,Fig.5(d), (e)および(f)に示すように,ファセット状破面は周期的に凹凸のある微視的様相で構成されている。ファセット状破面の境界はウェービーであり,また境界側面は繊維断面状の様相を呈している。この破面形態は,いずれの供試材破面においても共通している。このファセット状破面に加え,暗い平坦な破面が観察される場合があった。Fig.5(c)の中央に観察される領域がそれである。この平坦な破面を拡大して観察した結果をFig.5(g)に示す。この破面はいくつかの角度の異なるフラットな平面で構成されており,その境界のリッジは直線的である。疲労き裂進展試験におけるParis域破面ではあるが,この破面はへき開型の脆性破面に類した様相であり,明らかにFig.5(d), (e)および(f)とは異なっている。この形態の破面はいずれの供試材においても観察はされたが,供試材HE2で特に頻度高く存在していた。

Fig. 5.

SEM images of fatigue fracture surface for PE (a, d: 0.64 mass%C), HE1 (b, e: 0.82 mass%C) and HE2 (c, f, g: 1.21 mass%C) steels at ΔK = 20 MPa·m1/2. (a-c) The low magnification images of three specimens. (d-g) The high magnification images of the area surrounded by a dotted line in (a-c). The arrows indicate the crack growth direction.

4. 考察

4・1 き裂進展経路

Fig.5(d), (e)および(f)では,ファセット破面上に縞模様が観察されたが,この縞の間隔は,0.15~0.20 µmであり,ΔK=20 MPa・m1/2に相当するき裂進展速度5~14×10-8 m/cycle(0.05~0.14 µm/cycle)よりもやや大きい。Fig.5(d), (e)および(f)に示した縞模様破面の様相,供試材のラメラー間隔が0.14~016 µmであることを考え合わせると,この破面は,典型的な疲労破面で観察されるいわゆるストライエーションと考えるよりも,疲労き裂がパーライトラメラーを分断しながら進展した領域であり,ラメラー中のフェライトとθの変形能の相違から破面にパーライトラメラーが現れたものであると思われる6,22)。一方,最もC量の高い過共析成分であるHE2では,Fig.5(g)に示す脆性破面が多く観察されたが,Urashima and Nishida6)は0.73 mass%Cを有する共析鋼の疲労き裂進展破面において,ΔKが40 MPa・m1/2を超えるとリバーパターンを呈する脆性破面が混在すること,さらに,特に高ΔK領域において同一静的強度を有する一般鋼よりも速い疲労き裂進展速度を示すことを報告している。すなわち,他の3供試材に比較して特異的に速いHE2の疲労き裂進展挙動には,前述の脆性破面が大きな影響を及ぼしていたことが推察される。そこで本節では,疲労き裂の進展経路とパーライト組織との対応を詳細に確認するため,ΔK=20 MPa・m1/2近傍でき裂進展試験を中断し,疲労き裂を含む試験片厚さ中央部の断面をSEMにより観察した。

Fig.6(a)~(d)にPEおよびHE2における,疲労き裂進展経路を示す。いずれもΔK=20 MPa・m1/2近傍のき裂長さ位置に対応する。Fig.6(b), (d)は(a), (c)中の破線で囲んだ領域を拡大したものである。供試材PEで観察された疲労き裂は,Fig.6(a)に示すように,マクロ的には応力軸方向に対して垂直方向に進展し,所々で屈曲や分岐を生じている様子が窺える。Fig.6(b)に示した拡大観察では,パーライト粒内を進展した疲労き裂が,き裂進展方向に対して垂直に近いラメラー境界で分岐,屈曲していることが分かる。また,分岐,屈曲後のき裂は,応力軸方向のパーライトラメラーに沿ってある程度進展した後,再び応力軸に対して垂直方向にラメラーを分断しながら進展している。なお,PEと同程度の疲労き裂進展速度を有する供試材EおよびHE1についても,上述したPEと類似した進展経路を経ることで,ジグザグ状に進展するき裂経路を呈していた。Fig.6(c), (d)に示した供試材HE2では,PEのき裂進展挙動と比較して疲労き裂の経路に分岐や屈曲が少なく,Fig.6(d)の高倍率像に示すように,パーライトラメラー中を進展していたき裂が初析θ部で進展方向を変えた後,初析θに沿って直線的に進展する様子が認められる。

Fig. 6.

Fatigue crack growth behaviors of PE (a, b: 0.64 mass%C) and HE2 (c, d: 1.21 mass%C) steels at ΔK = 20 MPa·m1/2. (a, c) The low magnification images of two specimens. (b, d) The high magnification images of the area surrounded by a dotted line in (a, c). The arrows in (d) indicate the pro-eutectoid cementite. (Online version in color.)

4・2 過共析組織における疲労き裂進展機構

最もC量の高い過共析組成のHE2は他供試材に比較して特異的に速いき裂進展速度であったが,前述した疲労き裂進展試験ならびに各種破面観察結果より供試材HE2に関する次の3つの特徴が見出された。

(1)ΔKの増大に伴ってき裂進展が加速し,他の3供試材との差がさらに拡大する(Fig.2)。

(2)フラットな平面で構成された脆性破面がより高い頻度で観察される(Fig.5(g))。

(3)初析θに沿った直線的なき裂進展経路を呈する(Fig.6(d))。

Sakamaki and Inada23)は,本研究対象と同様の初析θを含むパーライト組織に対して種々の温度で引張試験を実施し,初析θ中あるいは初析θとパーライトコロニーとの境界近傍に発生した微視き裂が,脆性破壊に拡大することを報告している。そのため,HE2の疲労き裂進展過程で初析θに起因した脆性破壊が生じていたのであれば,その発生頻度はKmaxの増加に伴い顕著になると考えられる。そこで,Fig.5(g)で示した平面で構成された脆性破面の分率を,Kmax=11~28 MPa・m1/2に対応する計23.31 mm2の領域(1視野当たり1.11 mm2,計21視野)で測定し,Kmaxの増加に伴う脆性破面率の変化を調査した。Fig.7(a)にPE,HE1およびHE2で観察された脆性破面率とKmaxとの関係を示す。参考までに,Fig.7(b), (c)にKmax=22 MPa・m1/2近傍で観察されたPEおよびHE2の破面SEM像を示す。写真中の実線で囲んだ領域が脆性破面と判断し破面率を算定した領域(最小サイズは円相当径で10 µm程度)に対応する。HE2の脆性破面率は特に高Kmax側で急激に増加しており,初析θが関与する脆性破壊の発生頻度がKmaxに支配されていたことを示唆している。

Fig. 7.

(a) Effect of Kmax on the area fraction of brittle fracture surface of PE (0.64 mass%C), HE1 (0.82 mass%C) and HE2 (1.21 mass%C) steels. (b, c) SEM images of fatigue fracture surface for PE and HE2 steels at Kmax = 22 MPa·m1/2 and the areas surrounded by a solid line correspond to the brittle fracture surfaces. (Online version in color.)

疲労き裂進展中の硬質第二相の静的破壊の誘発は,化合物相を含む金属基複合材料,すなわちSiC粒子強化Al合金複合材料24,25)やWC-Co系の超硬合金2628)あるいは硬質Si相を第二相とするAl-Si系の合金鋳物2933)において,観察事例が報告されている。Kobayashiら24)は,SiC粒子の体積率がAl合金複合材料の疲労き裂進展特性に及ぼす影響を調査し,SiC分率の増加に伴いき裂進展速度が増加すること,その原因はSiC粒子とマトリックスとの界面はく離やSiC粒子の割れであると指摘している。また,Sunouchiら28)はアコースティックエミッションを用いてWC-Co焼結材の疲労き裂進展機構の検討を行い,WC粒子の脆性破壊によってき裂進展速度が加速されること,ならびにその発生頻度がKmaxの増加に伴い高くなることを示している。Al-Si系の合金鋳物に関しても,共晶Si粒子がき裂先端前方ではく離や破壊を起こすこと,共晶Siの球状化によって粒子/マトリックス界面の応力集中が低減し,疲労き裂進展の加速効果が抑えられるとの報告がある32)。本研究で対象とした過共析組織も,初析θを第二相とする複合材料と考えると,上記複合材料での報告と同様の第二相の静的損傷が供試材HE2での速い疲労き裂進展速度をもたらしたものと考えられる。本研究で実施した定荷重振幅の疲労き裂進展試験では,き裂進展に伴いKmaxは単調に増加するため,き裂先端の塑性域寸法も大きくなる。これは,き裂前方の塑性域に含まれる初析θの数量が増加することを意味する。すなわち,HE2のき裂進展速度が他の3供試材に比較して速くなっていたのは,Kmaxを支配力学因子とした初析θ部の静的破壊がき裂進展を加速していたためと考えられる。

4・3 脆性破面部の組織解析

前節の破面観察結果ならびに脆性破面率とKmaxとの相関解析結果より,供試材HE2で多数認められた疲労破面の中に観察された脆性破面には,初析θが大きく関与した可能性が示唆された。この確証を得るために,エッチングした破面のSEM観察によりこの脆性破面の下部組織の同定を試みる34)とともに,その形成機構を考察した。

Fig.8(a), (b)にナイタールエッチングを行ったHE2の破面観察結果の一例を示す。観察箇所はいずれもΔK=20 MPa・m1/2近傍に対応している。Fig.8(a), (b)共に,脆性破面の一部が,エッチング後も平面的かつ膜状に残留し,その下部組織としてパーライトラメラーの存在が認められる。パーライト中のθあるいは旧γ粒界上の初析θがエッチングされにくい傾向にあることを考えると,エッチング後も膜状に残留したこの脆性破面もθである可能性が高い。また,図中の矢印で示した旧γ粒界上の初析θに着目すると,円相当径で30 µm程度の脆性破面領域中,膜状に残留したこの脆性破面は,旧γ粒界上の初析θと連続性を有しているように見える。すなわち,ここで観察された膜状に残留した脆性破面は,破面上に露呈した初析θであったと推察される。過共析鋼に静的引張応力を加えた場合,パーライトに先立って初析θに割れを生じることや,パーライト中のラメラー方向が引張方向に対して平行に近くかつ初析θのプレート面がパーライトラメラーに対して垂直に近い場合に初析θとパーライトとの境界近傍にき裂が生じること23,35)が知られており,Fig.8(a), (b)に示した破面もこれに類したものと考えられる。ただし,疲労破面上で観察されたこの膜状に残留した脆性破面が,初析θ自体のへき開破面36)であるのか,あるいは初析θと隣接するパーライト組織との界面の剥離に起因するのか,その詳細な形成機構は現状,不明である。

Fig. 8.

(a, b) SEM images of etched fracture surface for HE2 (1.21 mass%C) steel at ΔK = 20 MPa·m1/2. The arrows in each image indicate the pro-eutectoid cementite. (Online version in color.)

Fig.9(a)~(d)に,同じくΔK=20 MPa・m1/2近傍で観察された供試材HE2の脆性破面部を,ナイタールエッチング前後で比較した結果を示す。Fig.9(a), (b)および(c), (d)は,それぞれ低倍率,高倍率での観察結果に対応する。エッチング前のFig.9(a), (c)とエッチング後の(b), (d)を比較すると,Fig.9(a), (c)で観察された凹凸の少ないフラットな破面上にはラメラー組織が現出していることが分かる。また,Fig.9(b)の中の矢印で示した箇所には,円相当径で30 µm程度の脆性破面領域を取り囲むように初析θの存在も認められる。拡大したFig.9(c)と(d)に着目すると,エッチング前に見えていたへき開ファセットのステップは,パーライトコロニー境界に対応していることが確認できる。すなわち,隣接するパーライトコロニー間の小傾角方位差に起因し,へき開面にミスマッチを生じた結果,ファセットにステップが形成されたと判断できる。Park and Bernstein37)は,パーライト鋼のへき開破面が複数のコロニーにまたがって形成されること,さらに前記コロニー内のフェライトの結晶方位は,いずれも{100}から5°以下に配向することを指摘しており,この観察結果と大きく異なるものではない。一方,Fig.9(d)の破線で囲った領域に着目すると,ここで観察されたへき開破面の起点は,旧γ粒界三重点の初析θ位置に対応している。これは,進展する疲労き裂先端において,初析θがパーライトのへき開起点として作用していたことを示唆している。

Fig. 9.

SEM images of brittle fracture surface (a, c) before and (b, d) after etching for HE2 (1.21 mass%C) steel at ΔK = 20 MPa·m1/2. The arrows in (b, d) indicate the pro-eutectoid cementite and the dotted circles in (c, d) indicate the cleavage trigger corresponding to the triple point of prior austenite grain boundary with pro-eutectoid cementite. (Online version in color.)

以上の破面解析結果に基づき,供試材HE2で観察された初析θに起因する静的脆性破面の発生機構をFig.10(a), (b)に模式的に示す。供試材HE2では,き裂先端前方に存在する初析θ部において,①初析θのへき開破壊あるいは初析θと隣接するパーライト組織との界面の剥離(Fig.10(a)),②初析θを起点としたパーライト粒内のへき開破壊(Fig.10(b)),の両者が生じる。パーライト組織中を繰返し応力により進展した疲労き裂が,先行して①,②のサイトで生じた静的破壊と合体した結果,初析θが多く存在するHE2で疲労き裂進展が加速されたものと推察される。

Fig. 10.

Schematic illustrations of accelerated fatigue crack growth behavior observed in HE2 (1.21 mass%C) steel. (a) Brittle fracture occurs by static fracture of pro-eutectoid cementite and/or at the interface between pro-eutectoid cementite and adjacent pearlitic microstructures. (b) Brittle fracture in pearlitic microstructures occurs from the triple point of prior austenite grain boundary with pro-eutectoid cementite. (Online version in color.)

供試材HE2に関してEBSDにより計測した旧γ粒径とパーライトブロックサイズをTable 2に示す。それぞれ51 µm,26 µmであり,Fig.5(c)Fig.8およびFig.9で観察された平面で構成された脆性破面領域は,概ねパーライトブロックサイズに対応していたと判断できる。初析θは旧γ粒界上に孤立した炭化物であること,パーライトはラメラー状θを含むもののフェライトとの整合性が良好で塑性変形能に優れることを考えると,初析θに生じる静的損傷は周辺のパーライトが塑性化すると顕著になると類推できる。ここで供試材HE2における疲労き裂前方の塑性域寸法を次式により試算した結果をTable 2に併せて示す。

  
rp=13π(KmaxσY)2

ここでσYは降伏応力である。

Table 2. Characteristics of pearlitic microstructures and calculated plastic zone sizes of HE2 (1.21 mass%C) steel.
SteelPearlite block size
(μm)
PAGS
(μm)
Yield stress
(MPa)
Plastic zone size: rp (μm)
Kmax = 11*Kmax = 22*Kmax = 33*
HE226517452593208

PAGS: Prior austenite grain size, *Unit: MPa·m1/2

Fig.2(b)に結果を示した供試材HE2の疲労き裂進展試験では,試験開始時はΔK=10 MPa・m1/2,終了時ΔK=30 MPa・m1/2であり,その間の進展き裂先端の塑性域寸法は旧γ粒径の半分程度から約4倍にまで拡大していることになる。実際には上記①,②の静的破壊と進展する疲労き裂との合体は断続的な過程であり,現象の数学的な定量化は不可能であるが,疲労き裂先端の塑性域内に存在する初析θ部の数はき裂進展すなわちΔKの増大とともに増加し,上記①,②の静的破壊の頻度が増すことが容易に想像できる。これは,供試材HE2のda/dNの加速が高ΔK側ほど顕著となっていたFig.2の実験事実とも矛盾しない。

Fernández-Vicenteら38)は,θ単体に対するナノインデンテーションの結果を基に破壊靭性KIcの値を2~4 MPa・m1/2と推定している。すなわち,破壊靭性の値のみからは疲労き裂進展中のK値で十分にθに割れを生じ得ると類推できる。しかし,本研究の供試材の内,HE1(0.82 mass%C)も初析θを含んでいたものの,そのき裂進展速度はパーライト単一組織であるPEやEとほぼ同程度であったこと,Fig.7に示した疲労破面上の脆性破面率は等しいKmax値の下であってもHE1とHE2との間で異なっていたことなどを考え合わせると,K値の観点のみから簡単には説明できない。供試材HE1とHE2との間の初析θに関わる相違点の定量化検討には至っていないが,C量の違いから類推すると旧γ粒界上における初析θの被覆率や厚さなどの相違点を明らかにした上で,疲労き裂前縁における存在頻度を併せて考察することが必要であると考えられる。それらの相違によって,疲労き裂進展中に孤立したへき開破壊を誘発するか否かが異なったものと思われるが,結論づけるためには初析θの組織パラメータを系統立てて変化させた検討が必要であり,今後の課題である。

5. 結言

初析θがパーライト鋼の疲労き裂進展挙動に及ぼす影響を調査し,さらに過共析鋼の疲労き裂進展過程で観察された脆性破面について,その形成機構を検討した結果,以下の結論を得た。

(1)最もC量の高い過共析組成であるHE2(1.21 mass%C)は,同程度のラメラー間隔を有する供試材PE(0.64 mass%C),E(0.73 mass%C)およびHE1(0.82 mass%C)に比較して特異的に速いき裂進展速度を示した。また,その差異はΔKの増加に伴って拡大した。

(2)HE2の疲労き裂進展破面上には,概ねパーライトブロックサイズに対応する脆性破面が頻度高く存在しており,その観察頻度は高Kmax側で急激に増加した。

(3)供試材HE2で観察された脆性破面には,①初析θのへき開破壊あるいは初析θと隣接するパーライト組織との界面の剥離,②初析θを起点としたパーライト粒内のへき開破壊,の2種類が存在することが示唆された。

(4)初析θ部の静的な脆性破壊が,供試材HE2における疲労き裂進展の加速要因であることが示唆された。

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