鉄と鋼
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論文
軟窒化したJIS SCM420鋼の回転曲げ疲労試験における破壊挙動
井原 直哉 岩本 隆西村 公宏
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2022 年 108 巻 10 号 p. 795-802

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Abstract

The crack propagation behavior of nitrocarburized JIS SCM420 steel was investigated in a rotating bending fatigue test, focusing on crack stagnation behavior. The crack had clearly stagnated at a length of approximately 200 µm at the fatigue limit of 400 MPa, indicating that crack stagnation could control fatigue strength. The crack stagnation cannot be explained only by the change of the stress intensity factor, since the calculated value in this process increases with the depth from the notch. A large amount of plastic strain was observed around the tip of the crack by EBSD analysis. Because the stagnated position corresponds to the critical depth between the hardened and unhardened regions formed by nitrocarburizing, it can be easily deformed. Therefore, it is inferred that the crack stagnation nitrocarburized JIS SCM420 steel can be explained by a plastic-induced closure mechanism.

1. 緒言

歯車等の歯元曲げ疲労強度を向上させるため,窒化・軟窒化処理や浸炭焼入れ焼戻しといった表面硬化熱処理が適用されている。中でも窒化・軟窒化処理は相変態を伴わない処理であり,浸炭焼入れ焼戻し等の焼入れを伴う表面硬化処理と比べ熱処理時のひずみが小さく,熱処理ままであっても高い寸法精度を得ることができる1)。しかしながら,疲労強度が低位であることから適用される部品は限られており,疲労強度の向上のためには破壊過程を調査することが重要である2)

浸炭焼入れを施した鋼の回転曲げ疲労強度は,表面から進展したき裂が停留することによって支配されているということが報告されている2)。そのメカニズムは疲労過程で応力誘起またはひずみ誘起によって残留γがマルテンサイトへ変態することによって残留応力が増大することであるとされている。

一方,窒化・軟窒化処理した鋼における曲げ疲労試験では,多くが介在物等を起点とした内部破壊であることが報告されている310)。内部を起点として破壊した原因は,材質と試験片形状の影響によるものであると考えられる11)。材質としては,極表層では窒化化合物層の生成や,Cr等の窒化物析出によって高い硬度が得られる一方,変態点以下で処理するために窒素の拡散が浅い領域でとどまるために,浸炭焼入れと比べて深い硬化層が得にくい。さらに,心部も焼入れされないため,浸炭焼入れ・焼戻し材と比べ多くの場合硬度が低い。このことから,窒化・軟窒化材は浸炭材と比べ表層よりも内部側の強度が低い傾向にある。また,試験片形状として平滑材もしくはそれに近い形状で評価したために,表層への応力集中が小さく,応力勾配が小さいことが内部を起点として破壊したことに影響したと考えられる。

そのため,十分な硬化深さもしくは心部硬度を確保することができれば,歯車の歯元で報告されているように12),応力集中に起因した内部破壊ではなく浸炭鋼のように表面を起点として破壊すると考えられる13)。しかしながら,窒化・軟窒化鋼において,このような表面を起点として破壊する場合における疲労破壊過程の調査例は少ない。近年,窒化・軟窒化鋼の表面に生成する化合物層の構造を変化させ曲げ疲労強度を向上させた研究が報告されている14,15)。これらの報告では,き裂は表面の化合物層から発生しており,き裂の伝播挙動が調査されているが,前述の浸炭鋼において報告されているような,き裂停留挙動については未だ明らかとなっていない。窒化・軟窒化処理は焼入れを伴わないため,浸炭鋼とは異なり熱処理した際に残留γは新たに発生しないと思われ,残留γの変態によるき裂開閉口機構2)は働かないと考えられる。そこで,本研究では歯車の歯元における表面起点破壊を模擬するため,表面に応力集中が生じるようにノッチを付与した試験片を用いて,軟窒化鋼の回転曲げ疲労試験におけるき裂の進展過程について調査した。

2. 実験方法

供試材にはJIS SCM420 を用いた。化学成分をTable 1に示す。Φ80 mmの圧延材を1200°Cへ加熱し,熱間鍛伸によりΦ36 mmとした。その後,925°Cへ加熱し1時間保持後,空冷するノルマ処理を施した。ノルマ後のΦ36丸棒からノッチ付き回転曲げ試験片を採取した。形状をFig.1に示す。採取位置は丸棒の直径の1/4である。ノッチ形状はUノッチで,曲率(R)1 mm,深さ1 mmである。ノッチ部の表面は研磨を行い微鏡面仕上げ(Ra 0.4~1.6 μm)とした。その後,570°C,3 hのガス軟窒化処理を施した。炉内の雰囲気ガスはアンモニア,窒素および二酸化炭素である。

Table 1. Chemical composition of investigated JIS SCM420 steel.
(mass%)
CSiMnPSCrMo
JIS SCM4200.200.210.800.0160.0181.140.20
Fig. 1.

Geometry of rotating bending fatigue test specimen.

ガス軟窒化後の試験片について,次の調査を行った。試験片のノッチ部で長手方向に平行な面を採取し,硬さ分布測定と組織観察を行った。硬さは,(株)明石製作所製マイクロビッカース硬度計を用い荷重300 gfで測定した。組織は,ナイタール腐食を行い光学顕微鏡で表面近傍を観察した。

表面粗度は,(株)東京精密製サーフコム2000DX3を用いてノッチ底を長手方向に1 mm,120°ピッチで円周の3ヶ所測定した。測定データをカットオフ波長0.8 mm,評価長さ0.8 mmで解析し,算術平均粗度Raを算出した。値は3ヶ所の平均値とした。

残留応力は,試験前後の試験片ノッチ底において,電解研磨を逐次行いながら(株)リガク製AutoMATEを用いて軸方向の応力をsin2ψ法で測定した。未試験材は1か所,試験後材は円周方向に120°ピッチで3か所測定した。α-Feの211回折(無ひずみ2θ=156.40°)にて測定,応力定数-318 MPa/degを用いて計算した。

回転曲げ疲労試験は島津製作所製の小野式回転曲げ疲労試験機を用いた。回転数は3600rpmとした。破断せずに107回を超えた場合は,その時点で試験を停止させ,107回を超えて試験を継続できた最大の応力を疲労限強度とした。その後,き裂停留の有無を調べるために105~107回の間で試験を停止させ,試験片のノッチ部で長手方向に平行な面を採取し,き裂長さの進展過程を調査した。き裂が円周上の狭い領域で発生していた場合,き裂の存在を確認するには1断面のみ観察するだけではき裂を見逃す恐れがあるが,後述する破面の観察にてき裂は環状に入ったと考えられるため,ノッチ底の1断面の両端を観察することとした。また,化合物層において,き裂の進展を調査するために,ノッチ部で長手方向に平行な面を採取し,EBSD(Electron BackScatter Diffraction)を用いて化合物層内のき裂周辺の組織を解析した。試験後の破面はSEM(Scanning Electron Microscope)を用いて観察した。

3. 実験結果

軟窒化後の硬度をFig.2に示す。表層の硬度は約HV700であり,表面から約200 μmでHV300以下まで低下した。軟窒化後の組織をFig.3に示す。鋼の内部の金属組織はフェライト・パーライトであり,表層に厚さ13 μmの化合物層が生成していた。また,化合物層の最表層から5 μm程度の領域にポーラス層が存在していた。軟窒化後の表面粗度の測定プロファイルの一例をFig.4に示す。算術平均粗さRaは,3ラインの平均で0.27 μmであった。回転曲げ疲労試験結果を大きくばらつかせる程の粗度ではないと考えられる16)

Fig. 2.

Hardness distribution of nitrocarburized JIS SCM420.

Fig. 3.

Optical micrograph of nitrocarburized JIS SCM420.

Fig. 4.

Surface roughness of nitrocarburized JIS SCM420.

回転曲げ疲労試験によって得られたS-NカーブをFig.5に示す。疲労限は400 MPaであった。425 MPaにおいて化合物層に存在した初期き裂周辺のEBSDによるイメージクオリティ図および逆極点図をFig.6に示す。き裂はいずれも化合物層の粒界から発生していた。極表層の粒界近傍に発生しやすいポーラスに沿ってき裂が発生したものと思われる。発生したき裂は化合物層の粒内を進展し,拡散層へ到達していた。425 MPaにおける破面をFig.7に示す。最表面から80 μmまでの領域では,不明瞭な破面形態ではあるものの,リバーパターンと規則的な縞状(ストライエーション)17)の疲労破面の様相を呈しており,脆性破壊と疲労破壊が複合して生じていたことを示唆している。この領域は,環状に存在しFig.2で示した硬化領域(≧HV600)と概ね一致しており,表層硬化の領域から破壊が進展している。最終破断部を除いたより内部側の領域では,明瞭なストライエーションが認められた破面で占められており,脆性破壊と疲労破壊の混合した破壊形態から,疲労破壊へと移行したものと考えられる。

Fig. 5.

S-N curve of nitrocarburized JIS SCM420 obtained by rotating bending fatigue test.

Fig. 6.

(a) Image quality map, (b) Inverse pole figure map, showing gray scale determined by EBSD analysis after rotating bending fatigue test at 425 MPa.

Fig. 7.

SEM images of fracture surfaces of nitrocarburized JIS SCM420 after rotating bending fatigue tests. (a) Image at low magnification, (b) Magnified image near surface, (c) Image at depth of 200 μm from surface.

応力振幅が425 MPaおよび疲労限の400 MPaの条件で試験した試験後のき裂の観察結果をFig.8に示す。応力振幅425 MPaでは105回から,400 MPaでは106回から化合物層内にき裂の発生が認められ,き裂の発生は化合物層であったと考えられる。その後,繰り返し数の増加に伴い,最も長いものは約200 μmまで進展していた。各停止回数におけるき裂進展長さをFig.9に示す。疲労限において,き裂は1.0×105回以降は200 μmから進展しておらず,き裂が停留したことを確認した。

Fig. 8.

Optical micrograph of cracks after rotating bending fatigue tests. (a) 425 MPa, (b) 400 MPa (fatigue limit).

Fig. 9.

Change in crack length with number of cycles at fatigue limit and 425 MPa in rotating bending fatigue test of nitrocarburized JIS SCM420.

試験前および試験後(400 MPa, 1.0×107回試験)の残留応力をFig.10に示す。表面から約100 μmで最大の圧縮応力を示し,より内部に進むにつれ圧縮応力は低下した。また,試験前後でき裂の停留に対して影響するような差異は認められなかった。

Fig. 10.

Residual stress distribution of nitrocarburized JIS SCM420.

4. 考察

Fig.8で示したように,疲労限において200 μm程度のき裂の停留が認められた。これは軟窒化鋼においても,疲労限がき裂の停留挙動によって律速されていることを示唆している。以下,き裂の停留メカニズムについて考察する。

まず,ノッチ部での応力集中が,ノッチ底から離れるにつれて小さくなることによる応力振幅減少の影響を考慮するために,き裂進展に伴う応力拡大係数範囲ΔKを計算した。丸棒に環状き裂が存在する場合ΔKは次式から求められる18)

  
ΔK=FIΔσπc

ここで,FIは補正係数,Δσは応力振幅,cはき裂長さである。FIは文献値18)の表からき裂長さに対応した値を求めた。1Rノッチ底からの応力振幅の分布はAbaqusによる三次元弾性解析を行って計算した。解析ソルバーはAbaqus/Standard Ver. 6.12(陰解法)である。材料パラメータとしてはヤング率206 GPa,ポアソン比0.3とし,得られた応力分布をもとに,ΔKを計算した。Fig.11に計算結果を示す。応力集中の影響は約500 μmまで生じており,き裂の進展とともにΔKは増加する。表層から200 μmの領域でき裂が停留するためには,ΔKは200 μmの領域で最低値をとらなければならないが,そのような傾向は認められない。すなわち,今回のき裂停留はノッチによる応力集中影響が減少したために生じたものではないと考えられる。

Fig. 11.

Profile of stress amplitude calculated by Abaqus and estimated stress intensity factor.

次に,き裂の閉口機構によるき裂停留について検討した。一般に,き裂閉口機構は塑性誘起き裂開閉口,酸化物誘起き裂開閉口,破面粗さ誘起き裂開閉口,粘性流体誘起き裂開閉口,相変態き裂開閉口が挙げられる1924)。酸化物誘起き裂閉口は,疲労き裂進展過程にて酸化物が発生し,き裂を接触させき裂を閉口させるというものであるが,本実験においては破面上で酸化物は特に認められなかった。破面粗さ誘起き裂開閉口は,破面粗さが大きい場合にModeII型の変形を伴うき裂進展が生じ,き裂が開口しにくくなる機構であり,いわゆる疲労破壊のStageIのすべり系が限定される場合に,大きな破面粗さが生じるとされている。本研究で停留が認められたき裂長さ約200 μmは,試験材のフェライトの結晶粒径約20 μmよりはるかに長く,StageIであるとは考えにくい。さらに,破面上でも200 μm近傍においてModeII変形の跡は認められなかったことから,破面粗さ誘起き裂開閉口機構がき裂停留の主要因であるとは考えにくい。粘性流体誘起き裂開閉口については,粘性流体が周囲に存在する場合の機構であり,除外される。また,相変態き裂開閉口は,冒頭で述べた浸炭鋼の場合2)のように残留オーステナイト等の準安定なオーステナイトがき裂進展に伴うひずみの導入によってマルテンサイト変態し,体積膨張することでき裂が閉口する機構である。本研究で用いた軟窒化鋼において,オーステナイト相は存在せず試験前後で残留圧縮応力も変化していなかったため,これも否定される。最後に,塑性誘起き裂開閉口機構について検討した。塑性誘起き裂開閉口は,き裂先端に発生した塑性域をき裂が進展する際に残留圧縮応力が発生し,き裂開口により大きな応力を必要とするというものである。塑性誘起き裂開閉口によりき裂が停留するためには,き裂の先端に塑性域が生じる必要がある。そこで,き裂先端部をEBSD法により測定し,KAM(Kernel Average Misorientation)値によりひずみ量を評価した。Fig.12に示すように,き裂先端のフェライト粒内にひずみが蓄積しており,塑性誘起き裂開閉口機構を支持する結果であった。一方,より硬度が高い表層側ではき裂先端で認められたようなひずみの蓄積はほとんど認められなかった。表層から生じたき裂は内部に進展し,200 μm程度で停留する。表層から200 μmでき裂停留が生じる理由としては,表層から約200 μmの領域では硬度がHV300程度まで低下しており,より硬度が高い表層側と比べ塑性変形が生じやすかったと推定される。

Fig. 12.

(a) Image quality map, (b) KAM map determined by EBSD analysis of nitrocarburized JIS SCM420 after rotating bending fatigue test at fatigue limit (400 MPa).

5. 結言

軟窒化鋼の回転曲げ疲労破壊におけるき裂進展挙動について調査し,以下の知見が得られた。

(1)き裂は化合物層中の粒界上に存在したポーラスに沿って発生し,拡散層へ進展した。疲労限では,表面から約200 μmまでき裂進展したのち停留しており,軟窒化鋼においても,疲労限がき裂停留挙動によって支配されていることを示唆していた。

(2)き裂停留が生じた表面から約200 μmの位置は,硬度がHV300程度まで低下した領域であり,き裂先端の周辺にはひずみの集積が認められたことから,き裂停留は塑性誘起き裂開閉口機構によって生じたと考えられる。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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