鉄と鋼
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論文
高張力鋼板のスポット溶接部の疲労寿命に及ぼす拡散性水素の影響
北原 学 浅田 崇史松岡 秀明
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2022 年 108 巻 11 号 p. 846-856

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Abstract

Spot-welded advanced high-strength steel (AHSS) sheets are used to decrease car body weight and enhance crashworthiness simultaneously. Such welds are susceptible to hydrogen embrittlement, but research in this area is limited. We have evaluated the hydrogen embrittlement properties of spot welds fabricated with AHSS sheets and clarified the dependence of diffusible hydrogen content and tensile rate on tensile shear strength. However, the performance of spot welds must be evaluated not only by static testing such as tensile shear tests but also by dynamic fatigue testing. Herein, we investigated the effects of diffusible hydrogen on their fatigue life via tensile–shear fatigue tests under cathodic hydrogen charging. The number of cycles to failure and the endurance limit decreased with diffusible hydrogen content. The number of cycles to failure decreased as the constant amplitude-loading frequency declined. The intergranular cracking is more likely to occurs as the amount of diffusible hydrogen increases and as the frequency decreases. These results are explained by hydrogen accumulation and crack growth behavior caused by mechanism for hydrogen-enhanced local plasticity and hydrogen enhancement of the strain-induced generation of vacancies mechanism. Furthermore, the correlation between static testing and dynamic fatigue testing was investigated, and the relationship between fatigue strength and the amount of diffusible hydrogen was in good agreement with the diffusible hydrogen dependence of tensile shear strength obtained from slow rate tensile shear tests under hydrogen charging.

1. 緒論

自動車の軽量化を目的に,980 MPaを超える引張強さを持つ高張力鋼板やホットスタンプ材が車体部材に適用されつつある1)。一方,車体製造には,各部材を接合する必要があり,低コストで量産性に優れたスポット溶接が多用されることから高張力鋼板のスポット溶接箇所が今後,増加する見込みである。スポット溶接は,急冷凝固となるプロセスであるため,比較的引張強さの低い高張力鋼板でも組織が急冷マルテンサイトになり,スポット溶接部では母材よりも硬さが増加する2)。一般に鋼は硬さが増加するほど,水素脆化感受性が増大するため3),スポット溶接部においても水素脆化の懸念がある。

水素脆化メカニズム解明に向けた材料試験や高張力鋼板の活用のための水素脆化評価法として多くの先行研究415)が実施されている。U曲げ試験47)では,板材の加工ひずみの影響を考慮した評価法であり,しばしば実施されている。また,材料の水素脆化評価としては,高力ボルトの評価8)と同様に,4点曲げ9,10)や3種の引張試験;低ひずみ速度法(SSRT:Slow Strain Rate Technique)11,12),通常の引張試験(CSRT:Conventional Strain Rate Technique)11,13),および定荷重試験(CLT:Constant Load Test)11,14,15)が実施されている。各試験法については,メリット,デメリットがあり,鋼板を評価するための最適な試験法についての結論は出ていないが,各種試験法による評価結果の差異11),拡散性水素量や転位と水素の集積など水素脆化を支配する因子16)については明らかになりつつある。一方,高張力鋼板をスポット溶接したときのスポット溶接部の水素脆化評価や水素脆化挙動に関する研究は少ない1719)。著者ら19)は,高張力鋼板のスポット溶接部の水素脆化評価において,スポット溶接部の強度試験として実施される引張せん断試験を用いて,陰極チャージにて拡散性水素を導入したときの結果について報告した。その結果,試験片中に拡散性水素量が多く導入されるほど,引張せん断強さが低下した。その破壊形態は,応力集中を起こすナゲット端部を起点とした割れが発生し,割れの発生箇所では,粒界破面や擬へき開破面が観察された。また,鋼板の評価と同様に,変位制御で試験したときの引張速度が遅いほど,水素脆化感受性が増大することが確認され,水素脆化メカニズムについても鋼板と共通する部分が多かった。

スポット溶接部の評価として,引張せん断試験のような静的試験の他に,衝撃試験や疲労試験などの動的試験が必要である。特に,疲労試験は繰り返し負荷に伴い転位運動が引き起こされ,転位密度の増加や空孔形成が生じる20)。水素脆化が引き起こされる過程において拡散性水素と転位運動との関わりは強いことから疲労特性についても拡散性水素の影響を強く受けることが明らかである2123)。また,溶接部の疲労特性については,ステンレス鋼のレーザー溶接24,25),摩擦撹拌接合したパイプ材料26)のき裂進展挙動における拡散性水素の影響を研究した例が報告されており,拡散性水素によりき裂進展が促進される結果が認められている。著者らが研究を進めているスポット溶接部についても疲労特性に及ぼす拡散性水素の影響が大きいことが予想されるが,検討事例は見当たらない。

そこで,本研究では,引張せん断疲労試験(以後,疲労試験と称する)により高張力鋼板のスポット溶接部の破断繰り返し数,疲労限度および破面に及ぼす拡散性水素量の影響を評価する。また,引張せん断試験による静的試験19)と共通の試験片を使用して,両者の結果を比較した。その差異についても報告する。

2. 実験方法

2・1 供試材および試験片

既報19)で使用した引張強さが1500 MPa級のマルテンサイト鋼板を供試材とした。本供試材の機械的特性をTable 1に,供試材の化学組成をTable 2に示した。

Table 1. Mechanical properties of specimen.
Tensile strengthYoung’s modulusFracture elongation
1510 MPa199 GPa6.7%
Table 2. Chemical composition of the specimen (mass %).
CSiMnPSCrAlTiVNbFe
0.170.491.580.0100.0020.030.0420.0050.0080.013Bal.

Fig.1に試験片形状を示す。幅30 mm×長さ60 mm×厚さ1.2 mmの鋼板を,Fig.1の形状になるように重ね合わせて,先端径が6 mmのクロム銅合金製の電極を用いて,抵抗スポット溶接により接合した。スポット溶接は,加圧力3.5 kN,電流5 kA,60 msの条件で実施した。本条件で試験片を作製すると,ナゲット径が3.1 mmとなった。また,ナゲットおよび熱影響部の金属組織は,ラスマルテンサイト組織であった19)。試験片は,後述する水素チャージのために試験片のチャック端部に導線をスポット溶接し,チャック部への水素侵入と腐食防止のためにFig.1中の溶接部(灰色部a)以外をマスキングした。

Fig. 1.

Shape and dimension of specimen.

2・2 水素チャージ下の疲労特性評価

高張力鋼板のスポット溶接部の疲労特性に及ぼす拡散性水素の影響を評価するために,陰極チャージを用いた水素チャージ下で,疲労試験を実施した。下記に実験条件の詳細を記す。

2・2・1 水素チャージ条件

水素チャージは,試験前と試験中に行った。試験前の水素チャージは無負荷で24 h,試験中は水素の脱離を防ぐ目的で行った。水素チャージ条件をTable 3に示す。条件Aは,拡散性水素がない状態での結果を比較するために,水素チャージを実施せずに室温(23±2°C),大気中で試験を行った。条件BからEまでは既報19)に倣った水素チャージを実施した。水素チャージは,陰極電解水素チャージ法により行った。試験片を0.1M NaOH水溶液に浸漬し,1 V vs. Ag/AgClで定電位分極する方式(条件B)と,3%NaCl水溶液に水素侵入促進剤としてNH4SCN(チオシアン酸アンモニウム,Ammonium thiocyanate)を0~3 g/Lの範囲で添加した水溶液に試験片を浸漬し,電流密度が1 mA/cm2で定電流分極する方式(条件C, DおよびE)の2種を採用した。定電位/定電流分極にはポテンショスタット(HA-151B,北斗電工)を用いた。後述の通り,0.001 mass ppm~1 mass ppmの広範囲の量の拡散性水素を,溶液の種類, NH4SCN濃度および陰極電解方式(定電位法または定電流法)を変えることにより導入した。水素チャージは,試験片のマスキングをしていない箇所,すなわち,スポット溶接部およびその周囲の鋼板(面積18 cm2)に対して実施し,水溶液量は1 Lとした。

Table 3. Hydrogen charging conditions used in this study.
ConditionBase solutionAmmonium thiocyanate content (g/L)Hydrogen charging method
AAir
B0.1 M NaOH0Constant potential1 V vs. Ag/AgCl
C3% NaCl0Constant current1 mA/cm2
D3% NaCl0.3Constant current1 mA/cm2
E3% NaCl3Constant current1 mA/cm2

2・2・2 疲労試験

水素チャージにより水素が吸蔵されたときの疲労特性を疲労試験により評価した。試験装置は油圧サーボ疲労試験機(EHF-ED520L, 島津製作所)を使用した。試験装置の概略図をFig.2に示す。試験装置には水素チャージを可能とする水槽,Pt対極,Ag/AgCl参照極と試験片を把持する治具を設置した。プレ水素チャージにより拡散性水素を導入したFig.1で示した試験片を試験装置に設置後,荷重比(=最小荷重/最大荷重)を0.1として,主に周波数20 Hzの正弦波荷重を付与した。ナゲット端から鋼板表面までき裂が到達し,鋼板表面に観察されたき裂長さがおおよそ3 mmになった,もしくは負荷上限荷重が急激に低下した繰り返し数を破断と判定した。また,周波数を2-20 Hzの範囲で変えたときの繰返し破断数の変化を確認するために,水素チャージ条件D,荷重振幅ΔLを0.675 kNと固定し,試験を実施した。なお,水溶液中にNH4SCNを添加し,かつ,破断するまでに3日以上の時間を要する試験では,水溶液のpHが低下した状態での試験となるため,試験片表面が変色する程度の腐食が見られたが,表面にピットが生成するほどの形状変化は見られなかった。水素チャージ下での疲労試験も室温(23±2°C)で実施した。拡散性水素の脱離を防ぐために水素チャージ停止後すぐに,試験片を切断し,液体窒素中に保管した。

Fig. 2.

Schematic of tensile–shear fatigue testing equipment.

2・2・3 水素昇温脱離分析

液体窒素中で保管した試験片の拡散性水素量の定量のために水素分析を実施した。試験片は水素分析装置の検出限界を考慮し,スポット溶接部を含めた7 mm×30 mm角サイズで切断した。水素分析装置は,ガスクロマトグラフ式水素昇温脱離分析装置(SGHA-P2/NISSHA FIS製)を用いた。400 cc/minのAr気流中で試験片を2°C /minで昇温し,水素昇温脱離スペクトルを得た。水素昇温脱離スペクトルにおいて室温(23±2°C)から150°Cまでに現れたピークを積分して拡散性水素量とした。

2・2・4 破面観察

走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope,S-3600N/日立ハイテクノロジーズ製)により破面を観察した。試験片の破面全体の観察と,水素脆化によりしばしば観察される破面(粒界破面および擬へき開破面)の判別のために,1000倍での観察を実施した。試験片の破面観察前にはアセトン中で超音波洗浄を実施した。

3. 結果と考察

3・1 試験によって導入された拡散性水素量

Fig.3に,疲労試験後,切り出した試験片に導入された拡散性水素量を示す。図には,既報19)で報告した水素チャージ下で実施した低速引張せん断試験(既報19)に倣い,図中にS-TSTと記載)後の試験片中の拡散性水素量を併せて示した。本報で採用した水素チャージ条件により拡散性水素量は,0.001 mass ppm~1 mass ppmの広範囲に一桁ずつ変化させていることがわかる。また,疲労試験後の試験片中の拡散性水素量は,いずれの水素チャージ条件においてもS-TST後の試験片中の拡散性水素量に比べ,バラツキが大きかったが,このバラツキを考慮すれば同等と考えられる。なお,疲労試験後の試験片中の拡散性水素量のバラツキが大きい理由として,長期に亘る疲労試験中の溶液の変化や試験片を取り外す際にかかる時間など,試験片の取り回しの違いなどの影響が考えられる。

Fig. 3.

Diffusible hydrogen content of spot welds after tensile–shear fatigue tests and slow rate tensile–shear tests(S-TST)19) under different hydrogen charging conditions.

3・2 拡散性水素量を変えたときのスポット溶接部の疲労特性および破面の変化

Fig.4に,各水素チャージ条件で疲労試験を実施したときに得られたΔLと破断繰り返し数Nfの関係(ΔL-Nf線図)を示す。Fig.4(a)に今回の試験で得られた全データを示し,また,見やすいようΔL-Nf線図に大きな差が見られなかった大気下とチャージ条件Bの線図(Fig.4(b))と,ΔL-Nf線図が変化したチャージ条件C,DおよびE(Fig.4(c))で図を分けて示した。大気下では,Nf=2×106回辺りで線が折れ曲がり,水平となった。このとき,疲労限度はΔL=0.360 kNであった。チャージ条件Bでは,Aと比較して,ΔL-Nf線図に変化は見られなかった。既報19)の引張せん断試験においてもチャージ条件Bでは,大気下と同等の引張せん断強さを示し,水素脆化がほとんど見られない条件であったことから,繰返し負荷による転位移動や空孔形成が生じる疲労試験においても,0.01 mass ppm未満の拡散性水素量では疲労特性に影響しなかったと言える。チャージ条件Cでは,Fig.4(a)のデータを見ると2×106回までのNfで疲労寿命としての差はわずかなように見えるが,Fig.4(b)Fig.4(c)ΔL-Nf線図を分離し,比較してみたとき,ΔL-Nf線の形がチャージ条件AおよびBとは異なっていることがわかる。例えば,チャージ条件Cでは,おおよそ6×105回で線が折れ曲がるが,その後,Nfが増加しても水平にならずにΔLは漸減した。チャージ条件DおよびEではチャージ条件Cと同様,線の折れ曲がりが見られ,その後,ΔLは漸減する形となった。このような線図となるとき,一般には連続低下型S-Nモデルを用いて,非線形回帰し27),1本の曲線を描くが,本報では,後述の通り,プロットを選択し,片対数直線回帰モデルにて2本の回帰直線を描き,その交点を屈曲点とすると,屈曲点近傍を境にして破面が変化することがわかったため,Fig.4(c)のような回帰直線を描き,考察する。このとき,双方の回帰直線の決定係数R2が最大となるようにプロットを選択し,2本の回帰直線を描いた。チャージ条件C~Eでは拡散性水素量が多くなるほど,屈曲点およびΔL-Nf線図が下方にシフトした。すなわち,疲労寿命が短くなった。また,チャージ条件A~EのΔL-Nf線図から得られた疲労限度(107回強度)ΔLlimと拡散性水素量の関係をFig.5に示す。拡散性水素量が多いほど,ΔLlimが低い傾向にあった。

Fig. 4.

ΔLNf diagrams of spot welds obtained from tensile–shear fatigue tests under different hydrogen charging conditions.

Fig. 5.

Relationship between diffusible hydrogen content and endurance limit, ΔLlim at 107 cycles.

Fig.6,7に大気下および水素チャージ下で疲労試験を実施した試験片の破面を示す。いずれの試験片においてもナゲット端部の応力集中部を起点に板厚方向にき裂進展して破断に至った。Fig.6は,Fig.4で現れた屈曲点よりも低サイクル側の疲労で破断した試験片の破面写真である。大気下および大気下とΔL-Nf線図が同じであったチャージ条件Bで疲労試験した試験片は,ナゲット端近傍のき裂起点部およびき裂進展部のいずれも同様の破面を呈し,比較的平坦な破面が観察された。ΔL-Nf線図が大きく変化したチャージ条件C,DおよびEで疲労試験した試験片では,粒界に沿った割れが観察され,起伏の多い破面であった。き裂起点部に比べ,き裂進展部の方が,粒界割れが高頻度に見られた。Fig.7は,ΔL-Nf線図が大きく変化したチャージ条件C,DおよびEでFig.4の屈曲点よりも高サイクル側で破断した試験片の破面写真を示す。また,チャージ条件Eでは屈曲点近傍(ΔL=0.360 kN)における破面も示す。屈曲点よりも高サイクル側で破断した試験片ではFig.6と比較し,粒界割れが観察される領域が少なく平坦な破面となった。また,き裂起点部とき裂進展部を比較すれば,き裂起点部では粒界割れと判別できるところがわずかで大気下での疲労試験と破面形態が近い。一方,き裂進展部ではいずれのチャージ条件においてもき裂進展面に沿った粒界割れが散見され,拡散性水素量の多い条件ほど,粒界割れが多いように見える。また,チャージ条件Eにおける屈曲点近傍の破面では,き裂起点部において,他の屈曲点よりも高サイクル側で破断した試験片と比べ若干起伏の多い破面形態にも見えるが,粒界割れの頻度は他の屈曲点よりも低サイクル側で破断した試験片に比べ,少なくなっており,屈曲点近傍において破面形態が遷移していることが窺える。

Fig. 6.

SEM images of fracture surfaces of spot welds after tensile–shear fatigue testing in lower-cycle than bending point under different hydrogen charging conditions. The leftmost column presents macro-photos of specimens tested under conditions A–E. The central column presents near the crack initiation site and the rightmost column presents the crack propagation area.

Fig. 7.

SEM images of fracture surfaces of spot welds after tensile–shear fatigue testing at ΔL=0.360 kN under different hydrogen charging conditions and ΔL=0.293 kN under hydrogen charging condition E. The leftmost column presents macro-photos of specimens tested under conditions C–E. The central column presents near the crack initiation site and the rightmost column presents the crack propagation area.

Fig.6および7の写真の通り,屈曲点近傍を境に破面が変化していることが明らかになった。本研究で使用した供試材およびスポット溶接部は,試験片中の拡散性水素量が多くなるほど,粒界破面を含む脆性破面率が多くなること11,19,28)がわかっている。これは脆化する臨界拡散性水素量が存在し,試験片中の拡散性水素量が多い場合は平均的に臨界量に達するため脆性破面が多くなり,拡散性水素量が少ないと負荷中に試験片内の介在物や微小欠陥などを起点として拡散性水素が臨界量まで集積し,脆化・破壊するために面積としては小さくなると考えている。そこで,拡散性水素量の変化に伴うΔL-Nf線図の変化およびそれに対応する破面の変化は以下のように考える。Fig.6の破面観察の結果から屈曲点よりも低サイクル側の疲労では粒界破面が見られやすかったが,比較的高荷重を付与したことにより局所部で塑性変形が起こりやすく,転位移動に伴う水素の集積や空孔形成による水素トラップサイト生成により拡散性水素が濃化し,脆化する臨界量に達したと考えられる。特にチャージ条件Cで導入された拡散性水素量では,鋼板の水素脆化評価28)では粒界破面が見られる条件でなかったが,今回の疲労破面にはしばしば粒界破面が見られたことから,疲労により転位や空孔が粒界にpile-upされ,粒界への拡散性水素の集積に大きく寄与したと言える。一方,屈曲点よりも高サイクル側の疲労では,き裂起点部の粒界割れはわずかであり,進展部では粒界割れが散見された。高サイクル側の疲労において,き裂起点部では,局所塑性変形が少ないと予想される低荷重の繰返しのため,き裂発生部に相当するナゲット近傍では,粒界破面を呈するほどの拡散性水素の濃化がわずかであったと予想される。しかし,拡散性水素量が増加するほど,屈曲点が低荷重,短寿命側にシフト,さらに水素により疲労限度が低下している。低応力疲労試験におけるき裂発生機構として点欠陥(主に空孔)の拡散が生じて,poreが連なり,微き裂になる29)と考えられている。拡散性水素が存在すると水素誘起局所塑性変形の助長30)や水素助長塑性誘起空孔の生成31)が起きることが示されており,拡散性水素により低荷重で空孔の拡散・生成が促進され,(主に粒内にて)空孔が連なることにより微き裂が発生したと考えられる。き裂進展部では粒界割れが散見されるほど,拡散性水素の濃化,集積が起きたと予想される。高サイクル側では試験時間が長く,水素チャージにより水素が試験片に供給されるが,供給された拡散性水素が疲労により生成した空孔,増加した転位にトラップされたことが拡散性水素の濃化・集積した一因と考えられる。また,破面を見ると粒界割れが観察されるものの比較的平坦でき裂進展方向に沿った粒界割れが観察されている。水素が存在するときのき裂進展においてはき裂先端で狭い塑性域が形成され,き裂の開口なしに鋭いままで継続的に進展する(水素助長疲労き裂継続進展機構(HESFCG)32))とされており,このような鋭いき裂先端では極めて応力集中が大きく,それに伴う転位密度増加や水素集積が大きいと予想されるため,そのようなき裂が粒界とぶつかったところで粒界が優先的に割れ,粒界割れとなったとも考えられる。

3・3 周波数を変えたときの疲労特性の変化

水素チャージ下の疲労特性に及ぼす周波数依存性について示す。Fig.8に,大気下(条件A)と水素チャージ条件Dで周波数を変化させて試験を実施したときの(a)Nfおよび(b)破断時間tfを示す。大気下では,周波数を変化させてもNfに変化が見られなかったが,水素チャージ下では周波数が低下するほど,Nfが低下した。一方,tfで整理した結果,水素チャージの有無に関わらず,低周波数になるほど,tfが長くなるが見られたが,大気下に比べ,水素チャージをしているときの,tfの増加は少ない。

Fig. 8.

Frequency dependence of (a) Nf, (b) tf in tensile–shear fatigue tests in air and under hydrogen charging condition D. f was varied at ΔL=0.675 kN.

Fig.9に,チャージ条件Dにて周波数2 Hzおよび20 Hzで疲労試験をしたときのΔL-Nf線図(Fig.8(a))およびΔL-tf線図(Fig.9(b))を示す。2 Hzの疲労試験ではΔLが増加するにつれ,Nfは漸減し,いずれのΔLにおいても2 Hzの方が,20 Hzに比べ,Nfが少なくなった。また,2 Hzの疲労試験ではΔL-Nf線図の形状が変化し,20 Hzで見られた線の折れ曲がりが不明瞭になった。また,ΔL-tf線図としてプロットするとFig.8(b)と同様に,低周波数(2 Hz)の方が,tfが長くなった。また,ΔL-tf線図は両周波数ともに長時間の試験では収束していく傾向が見られた。Fig.10には,チャージ条件Dにて周波数2 Hzで疲労試験した試験片の破面を示す。2 Hzの疲労試験では屈曲点が見られなかったため,比較的高荷重で破断した試験片および20 Hzで屈曲点が見られた点に近い,ΔLで破断した試験片を観察した。20 Hzの疲労試験と同様,高いΔL(ΔL=0.675 kN)で,き裂発生部近傍およびき裂進展部においても起伏の大きい破面となっており,多数の粒界割れが認められた。さらに,20 Hzにて粒界割れがわずかであった屈曲点に近いΔL(ΔL=0.450 kN,0.405 kN)においても粒界割れが観察された。

Fig. 9.

(a) ΔL–Nf diagrams and (b) ΔL–tf diagrams at f = 20 Hz and f = 2 Hz for tensile–shear fatigue testing under condition D.

Fig. 10.

SEM images of fracture surfaces of spot welds after tensile–shear fatigue testing at f =2 Hz under condition D. The leftmost column presents macro-photos of specimens. The central column presents near the crack initiation site and the rightmost column presents the crack propagation area.

周波数を変化させたときのΔL-Nf線図およびΔL-tf線図の変化については,鋼材の腐食疲労で先行研究33)があり,考察されている。鋼材の腐食疲労の場合,腐食により表面に生じた腐食痕による切欠き効果により疲労強度が低下すると考えられている33)。腐食痕による切欠きは,腐食により表面が溶解し生成し,繰り返し応力のエネルギーにより腐食反応速度が増加すると考えられている33)。一方,本研究で扱っているスポット溶接部を水素チャージしたときの疲労では,カソード分極下で,き裂の起点となるナゲット端部付近に接液がなく,腐食が起こらないため,腐食痕による切欠き効果は考え難い。スポット溶接部には試験中に拡散性水素が板表面からナゲット端部近傍の応力集中に向かって拡散すると考えられる。さらに集積した拡散性水素は負荷により水素誘起局所塑性変形の助長30),空孔クラスターなどの水素助長塑性誘起空孔の安定化31)を促し,水素助長疲労き裂継続進展機構(HESFCG)32)によりき裂進展速度を速める。すなわち,腐食疲労で言う腐食痕による切欠き効果は,空孔クラスターなどの水素助長塑性誘起空孔31)の連なりによる微き裂発生と水素誘起局所塑性変形の助長28),水素助長疲労き裂継続進展機構(HESFCG)32)による進展の促進に相当すると考えられる。水素チャージ下で周波数が低下するほど,Nfが低下し,大気下に比べ,水素チャージをしているときの,tfの増加は少ないと言った結果は,水素と転位の相互作用にはひずみ速度依存性があり,ひずみ速度が遅く,転位の移動が水素の移動に追随することで水素脆化が促進されると一般に言われており,周波数が低下する,すなわち,ひずみ速度が遅いほど,水素と転位の相互作用(応力誘起拡散や水素誘起局所塑性変形の助長,や水素助長塑性誘起空孔の安定化)が大きくなるためという考えから定性的に説明できる。また,周波数2 Hzおよび20 Hzで疲労試験をしたときのΔL-Nf線図およびΔL-tf線図の違いについても水素と転位の相互作用のひずみ速度依存性で説明できる。ΔL-Nf線図については2 Hzの疲労試験で屈曲点が不明瞭となり,破面はどのΔLでも起伏の大きな粒界破面が見られている。比較的低いΔL(ΔL=0.405 kN)では20 Hzの疲労試験に比べ,少ない繰返し数で破断し,き裂起点部においても粒界割れを呈していて,比較的高いΔLの疲労試験と破壊メカニズムが類似している。これは,2 Hzの疲労試験ではひずみ速度が遅く,より応力誘起拡散や水素誘起局所塑性変形を助長し,塑性変形に伴う水素集積が顕著に起こったためと考えられ,破壊メカニズムが同じであることから屈曲点がなくなったと考える。

3・4 拡散性水素を導入したときの疲労特性と静的試験結果の比較

Fig.11に,拡散性水素量と相対強度の関係を示す。ここで相対強度とは,疲労試験については20 Hzの疲労試験を実施したときの大気中で得られた107回疲労強度(疲労限度)と各水素チャージ条件で疲労試験を実施したときに得られた107回疲労強度の比であり,静的試験19)については,通常の引張速度で引張せん断試験(既報19)に倣い,図中のC-TSTと記載)を行ったときおよび低速で引張せん断試験(図中ではS-TSTと記載)を行ったときに得られた大気中と水素チャージ下での引張せん断強さの比のことを示す。既報19)の結果からC-TSTでは拡散性水素量として0.5 mass ppmまでは相対強度低下が見られなかったが,S-TSTでは0.005 mass ppmほどで相対強度の低下が見られている。一方,今回実施した疲労試験では,0.01 mass ppm程度の拡散性水素量で相対強度の低下が確認され,拡散性水素量と相対強度の関係はS-TSTの結果と類似傾向を示した。しかし,拡散性水素量に対する相対強度を片対数直線回帰したときにその傾きは,疲労試験に比べ,S-TSTの方が大きかった。C-TSTは試験速度が速いため,破断までの時間が短く,転位の移動に拡散性水素の移動が追随できなかったのに対し,S-TSTや疲労試験では,107回の試験に至るまでに時間を要するため,各試験のひずみ速度は異なるが,両者ともに十分な水素と転位の相互作用が生じたため,拡散性水素量と相対強度の関係はS-TSTと疲労試験で類似傾向を示したと考えられる。一方,S-TSTと疲労試験ではき裂発生部に負荷される荷重が異なり,疲労試験の方が,き裂発生部における応力勾配が少なく,それに伴い水素集積が少なくなると予想されるため,傾きが疲労試験の方が小さくなったと考えられる。また,疲労試験については疲労特性に対する周波数依存性があることを3・3節で示したが,ΔL-Nf線図(Fig.9(a))については周波数を2 Hzにしたときに,20 Hzの疲労試験に比べ,全体的に低強度化したが,鋼材での腐食疲労の結果33)や本実験によるΔL-tf線図(Fig.9(b))を参照すれば,2 Hzと20 Hzで試験が長時間になるほど,線図は収束していく傾向が確認できる。また,水素ガス雰囲気下の疲労試験では,き裂進展速度比(=水素ガス雰囲気下/大気下)と$\sqrt{(水素ガス圧×周波数)}$の関係は比較的狭い範囲で収まっている34)との報告がある。疲労限度についてはき裂進展だけはなく,き裂発生のしやすさにも関わるが,水素集積や局所塑性変形の助長,水素助長塑性誘起空孔の安定化といった共通のメカニズムによりき裂発生が決まり,最終破断する(最終破断するまでの時間は疲労試験と静的試験で異なる)と考えられるため,き裂発生についての拡散性水素に対する依存性は静的試験と同様の傾向となると考えられる。一方で,破面は低周波数の疲労試験では低いΔLでも粒界割れを呈していたことを確認していることから,疲労限度についての周波数依存性の明確化は今後の課題であるが,疲労試験と静的試験では,両者とも水素集積や局所塑性変形の助長,水素助長塑性誘起空孔の安定化によって水素脆化が起こると言ったメカニズムの類似性から,疲労試験で得られた107回疲労強度(疲労限度)と拡散性水素量の関係と,低引張速度での引張せん断試験(S-TST)で得られた引張せん断強さと拡散性水素量の関係は類似することが予想される。すなわち,比較的長期の試験が必要な疲労試験の結果を比較的短期間で評価可能なS-TSTの結果でふるい分けした上で,疲労試験で確認すれば,疲労寿命に優れるスポット溶接部の設計を効率よく実現できると考える。

Fig. 11.

Relationship between diffusible hydrogen content and relative strength in tensile–shear fatigue tests, S-TST19) and C-TST19).

4. 結論

本研究では,高張力鋼板のスポット溶接部の破断繰り返し数,疲労限度および破面に及ぼす拡散性水素量の影響を評価し,また,疲労試験から得られた107回疲労強度(疲労限度)と,引張せん断試験から得られた引張せん断強さと拡散性水素量の関係について調査した結果,下記の結論が得られた。

(1)高張力鋼板のスポット溶接部を大気下で疲労試験したところ,明瞭な疲労限度を示したが,0.01 mass ppm程度以上の拡散性水素が導入されると拡散性水素量が増加するにつれ,繰り返し破断数が小さくなり,107回疲労強度が低下した。

(2)疲労試験後の破面は,き裂進展部に高頻度で粒界割れが観察され,き裂進展時のき裂先端で水素集積が促進されていることが示唆された。

(3)拡散性水素の導入した試験片において周波数が遅いほど,繰返し破断数が小さくなり,破面に粒界割れが多く観察された。

(4)疲労試験と静的試験の結果を比較したところ,低速での引張せん断試験(S-TST)と疲労試験から得られた強度と拡散性水素量の関係が類似傾向を示すことが明らかになった。これは両試験ともに水素と転位の相互作用が現れやすい試験であることが共通しており,比較的長期の試験が必要な疲労特性評価を比較的短期間で評価可能なS-TSTからふるい分け可能と考える。

文献
 
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