鉄と鋼
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
特集号:高清浄度合金鋼溶製
ドロマイト耐火物からAl脱酸溶鋼へのMgとCaの溶出挙動
任 英劉 春陽高 旭 張 立峰植田 滋北村 信也
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2022 年 108 巻 8 号 p. 491-500

詳細
Abstract

Dolomite refractories are widely used in the refining process of clean steel and are considered potential sources of Mg and Ca that form MgO·Al2O3 spinel and CaO-containing inclusions. In this study, dolomite refractories were immersed into Al-killed molten steel with either 0.05% Al or 0.25% Al. The dissolution behavior of Mg and Ca from the dolomite refractory was studied, and the inclusion transformation behavior was observed. The results revealed that MgO in the dolomite refractory was reduced by Al in the molten steel, and the Mg content depended on the Al content. On the contrary, CaO barely dissolved into the molten steel even though the Al content increased. After immersion in both the low Al (0.05% Al) and high Al (0.25% Al) steels, an interfacial layer consisting of solid MgO and liquid phase CaO–Al2O3–MgO was formed on the surface of the rods. The initial Al2O3 inclusions gradually changed into Al2O3 saturated MgO–Al2O3 spinel after 60 min in low-Al steel; but were quickly transformed into MgO-saturated MgO–Al2O3 spinel in high Al steel. No CaO-containing inclusions were detected in the molten steel regardless of the immersion time and Al content.

1. 緒言

非金属介在物は鋼の性能に大きな影響を及ぼす1,2)。たとえば,MgO–Al2O3系スピネル介在物は,その高い溶融温度と高い硬度のため,連続鋳造プロセスにおいて表面欠陥やノズル詰まりを引き起こすことが知られている3,4)。このスピネル介在物は溶鋼中のMgにより生成されるが,Mgが溶鋼に添加されることは稀なため,スラグのMgOおよびMgO系耐火物が,その供給源であると考えられている5)

一方,CaOを含む介在物は,溶融温度が低いためノズル詰まりを引き起こすことはほとんどない。しかし,液体のCaO系介在物は通常大きなサイズを示し変形能が高いため,圧延プロセス後の製品で大きな線状欠陥を生じさせることがある。したがって,介在物中のCaOは,一部のSi–Mnキルド鋼や超低酸素鋼では避ける必要がある6)。CaOを含む介在物を生成するCaの主な供給源は,フェロアロイ中のCaやスラグに含まれるCaOであると考えられているが,耐火物中のCaOも無視できないと思われる。

現在,MgO–C,MgO–Cr2O3,MgO–CaOなどのMgO系の耐火物は,耐食性と耐熱衝撃性に優れているため二次精製プロセスで広く使用されている712)。近年,高清浄鋼製造のニーズが高まるなか,介在物組成の変化に対する耐火物の影響は,スラグの影響と同様に,多くの注目を集めている。例えば,MgO系耐火物からのMgの溶解に対しては,溶鋼中のAlによる還元13,14)や耐火物に含まれる炭素による還元15)など,いくつかのメカニズムが提案されている。しかし,耐火物中CaOが還元されることによる溶鋼へのCaの溶解についての報告は少ない。また,Al–Al2O3系,Mg–MgO系,Ca–CaO系などの,酸化物と溶鋼の平衡関係を理解するための熱力学的研究も長年に渡っておこなわれている16)

これまで,著者らはMgO–C系およびMgO–Cr2O3系耐火物からAl脱酸溶鋼へのMgの溶解挙動を詳細に研究して来た。この一連の研究では,様々な炭素含有量のMgO–C耐火物を,Al濃度を変化させたAlキルド溶鋼に浸漬させた17,18)。その結果,MgOが溶鋼中のAlと耐火物中の炭素により還元されMgが溶鋼に供給され,また,反応後にはMgO–Al2O3系スピネル層が耐火物/溶鋼界面に不連続に生成し,介在物はAl2O3からMgO–Al2O3系スピネルに変化した17)。一方,MgO–Cr2O3系耐火物を浸漬させた場合のMgの濃度はMgO-C系耐火物を浸漬させた場合よりも低く,介在物はAl2O3で変化しなかった18)。この場合には,Al2O3飽和の緻密で厚いMgO–Al2O3系スピネル層が耐火物/溶鋼界面で連続的に生成され,このため介在物の組成変化に対する駆動力が小さかったものと考察された。これらの研究から,Mgの溶解や介在物の組成変化挙動は耐火物の影響を強く受けることが明らかになった。

ドロマイト系耐火物は,鉄鋼精錬プロセスのライニング材料として広く使用されており,スラグとの反応については研究例があるものの1921),溶鋼との反応についてはほとんど研究されていない22)。さらに,介在物組成の変化に対するドロマイト系耐火物の影響は報告されていない。したがって,この研究では,ドロマイト系耐火物とAl脱酸溶鋼との反応を調査し,介在物の組成変化挙動を観察した。

2. 実験方法

2・1 原材料

この研究で用いた実際の製鋼プロセスで使用されているドロマイト系耐火物は黒崎播磨株式会社から提供されたものであり,約10 mm角の断面を持つ長さ約100 mmの棒状である(以下,ドロマイトロッドと称する)。ドロマイトロッドの一部を切り出し,微粉末に粉砕した後に誘導結合プラズマ原子発光分析(ICP-AES)を使用して化学組成を分析した。分析結果をTable 1に示す。尚,本論文では,特に明記されていない限り,組成は質量パーセントで表す。

Table 1. Physical properties and chemical composition of the dolomite refractory used in this study.
Chemical composition (%)
CaOMgOSiO2Fe2O3Al2O3
39.1058.600.800.600.60

耐火物を構成する組織は,X線回折(XRD)と電子線マイクロアナライザー(EPMA)を使用して分析した。XRDによればFig.1に示すように,主な結晶ピークはCaOとMgOであることが確認され,その他にMgCO3,CaCO3,およびCa(OH)2を示すいくつかのピークも観察された。ドロマイトロッドは,切断加工後は乾燥雰囲気で保管したものの,わずかな水分吸着があり表面にCa(OH)2が形成されたものと思われる。しかし,実験手順で説明するように,溶鋼に浸漬する前に高温で数時間に渡って乾燥させるため,実験結果に対する吸着水分の影響は無視できると思われる。Fig.2にドロマイトロッド中のCaO相とMgO相の組成を示す。これらの分析では,EPMA分析の精度を考慮して炭素は測定しなかった。CaO–MgO系状態図23)によれば,CaOにはMgOが,MgOにはCaOが数パーセント固溶することが示されているが,分析結果では,CaO中のMgO含有量は低く,MgOにはCaOがほとんど含まれていなかった。さらに,両相ともFeO,SiO2,Al2O3,MnOなどの他の不純物の含有量も少なかった。以上の結果から,この研究で使用されたドロマイトロッドは,ほぼ純粋なCaO相とMgO相が主な構成相で,それに少量のCaCO3相とMgCO3相とが共存しているものと考えられる。

Fig. 1.

Mineralogical phases in dolomite refractory observed by XRD.

Fig. 2.

Mineralogical structure of the dolomite refractory observed by EPMA.

一方,溶鋼組成としては,これまでステンレス鋼中でのスピネル介在物の形成に関する研究が報告されているため16,17,24,25),本研究でも約11%Crを含む鋼を使用した。また,溶鋼中のAl濃度の影響を調査するために,通常のAl脱酸鋼との類似性を考慮した0.06%のAlを含む溶鋼(低Al鋼)と,耐火物と溶鋼との反応を促進し,既往の結果と比較するために0.28%のAlを含む溶鋼(高Al鋼)を用いた。これらの溶鋼は,電解鉄,高純度クロム(99.9%),および高純度アルミニウム(99.999%)を所定の組成比に配合し,アルゴンアーク炉で溶融させた後に真空チャンバー内で冷却して製造した。鋼の組成はICP-AESで分析した。

2・2 実験手順

実験装置の概略をFig.3に,実験条件をTable 2に示す。すべての実験は高周波誘導炉を使用して実施した。まず,事前に準備した鋼200 gを緻密質のAl2O3るつぼ(外直径:38 mm,内直径:32 mm,高さ:1000 mm)に入れて炉内に装入し,次いで,炉内を真空に減圧した後に,573 KでMgチップを使用して精製したアルゴンガス(純度:99.9999%,O2<0.1 ppm)でパージした。このプロセスを3回繰り返し,炉内を不活性雰囲気にした後,鋼を入れたるつぼを1873 Kに加熱し,緻密質Al2O3保護管で覆われた熱電対を溶鋼に浸漬して温度を制御した。これで,溶鋼とるつぼの間のAl–Al2O3平衡が成立し,Alキルド鋼をシミュレートした。加熱中,ドロマイトロッドを溶鋼の約5 cm上に吊るして乾燥させた。溶鋼温度を安定化させるには3時間以上かかるため,ドロマイトロッドは充分に加熱され,その間に耐火物内の水分は完全に除去されたと想定できる。温度が1873 Kで安定した後,ドロマイトロッドを溶鋼に20 mmの深さまでゆっくりと浸漬し,その時間を実験の開始時間として記録した。ドロマイトロッドを5,30,60,または120分間浸漬した後に取り出して空気中で冷却し,溶鋼はるつぼごと素早く炉から取り出し水で急冷した。

Fig. 3.

Schematic of the experimental setup for studying the dissolution behavior of the dolomite refractory.

Table 2. Experimental conditions.
MarkTarget steel compositionTime (Min)Temperature (K)Crucible
Low AlFe–11% Cr–0.05% Al5, 30, 60, 1201873Al2O3
High AlFe–11% Cr–0.25% Al

2・3 分析方法

ドロマイトロッドとの反応前後の鋼を,化学分析と介在物観察のために2つに切断した。鋼中のAlおよびMg含有量はICP-AESを使用して分析した。鋼中のCa含有量は非常に低かったためグロー放電質量分析(GDMS)を使用して分析した。尚,Ca分析におけるGDMSの精度は,既報で示している25)。また,全酸素濃度(T.O)は赤外線X線吸収法を使用して分析した。介在物は,自動SEM / EDS介在物分析装置(P-SEM,ASPEX社製)を使用して分析した。各試料のスキャン領域は20 mm2より大きくし,検出される介在物の最小サイズは約1.0 μmである。分析後,Mg,Ca,Alの分析値は酸化物に変換され,Fe,Crの分析値は介在物成分とはみなさなかった。

浸漬後のドロマイトロッド表面に形成される反応層を調べるため,空冷したドロマイトロッドを樹脂に埋め込んで切断し,溶鋼に浸漬した部分の断面を研磨し,EPMAで観察した。

3. 実験結果

Fig.4は1873 Kでの浸漬時間と溶鋼組成(Al,Mg,Ca,T.O)の関係を示している。Fig.4(a)に示すように,Al濃度は5分以内に減少し,その後,浸漬期間を長くするとわずかに変化した。浸漬後5分以内のAl濃度の減少量は約500 ppmであり,この減少量は低Al鋼でも高Al鋼でも,ほぼ同じであった。Fig.4(b)にはMg濃度を示すが,低Al鋼では浸漬時間と関係なく,約0.7 ppmでほとんど変化なかったが,高Al鋼の場合には60分まで徐々に増加し約5.5 ppmに達した。Mg濃度の増加は,溶鋼中のAlによるドロマイトロッド中のMgOの還元によるものと考えられるが,Mg濃度の増加量は,Al濃度の減少量と比較してはるかに小さかった。したがって,浸漬直後のAl濃度の急激な減少は,耐火物中に含まれるCaCO3とMgCO3の熱分解で生成されるCO2によるAlの酸化反応が原因である可能性がある。

Fig. 4.

Change in the composition of molten steel with immersion time, (a) Al, (b) Mg, (c) Ca, and (d) T.O.

溶鋼中のCa濃度をFig.4(c)に示す。Caの濃度は低Al鋼で約1 ppm,高Al鋼で約0.5 ppmであり,浸漬時間による変化は見られなかった。したがって,ドロマイトロッド中のCaOは,本実験条件では,溶鋼中のAlによっては,ほとんど還元されなかったと考えられる。高Al鋼中のCa濃度は,前報20)で示したCaO飽和スラグと高Al鋼との反応で測定された濃度と非常に類似している。しかし,低Al鋼のCa濃度の方が高Al鋼より高く,その理由は現時点では不明であり,今後の研究課題である。

Fig.4(d)はT.O濃度と浸漬時間の関係を示しているが,低Al鋼の場合は浸漬時間とともにT.O濃度は徐々に減少し,60分後には約20 ppmに達した。T.O.の減少は,介在物が溶鋼の表面に浮き上がったり,Al2O3るつぼやドロマイトロッドの表面に付着した結果として生じたものと思われる。

Fig.5に浸漬時間の変化に伴う介在物の平均組成変化を示す。Al脱酸溶鋼とAl2O3るつぼとの間の平衡関係が確立されており,ドロマイトロッドを浸漬する前の介在物は純粋なAl2O3である。低Al鋼の場合,介在物の平均MgO含有量は浸漬時間が60分までは徐々に増加し約20%に達した。この場合,介在物による組成バラツキは小さかった。MgO–Al2O3系状態図23)によれば,観察された介在物の平均組成は浸漬時間が60分より短い場合は二相共存領域にある。実験結果でも,60分の浸漬を行った場合を除けばFig.6に示すように,Al2O3とMgO–Al2O3スピネルの両方の組成を持った介在物が観察されている。一方,60分浸漬後の試料では,観察された介在物のほとんどがFig.6に示すようにAl2O3飽和スピネルであった。これに対して高Al鋼の場合,介在物の平均MgO含有量は浸漬時間が5分の時点で30%以上に増加し,その濃度は60分まで変わらなかった。この場合も介在物組成のバラツキは小さかった。平均組成は,状態図ではMgO飽和スピネルとMgOの濃度境界線の近くに位置し,観察された介在物もFig.6に示すように,MgO飽和スピネルであった。溶鋼のAl濃度が高いほど介在物のMgO含有量が多くなり,Al濃度の増加がドロマイト系耐火物からのMgの還元を促進させたことがわかる。高Al鋼の場合,Fig.4(b)に示すように溶鋼中のMg濃度は浸漬時間とともに増加しているのに,介在物の平均組成は,5分後以降は変化していなかった。これは,5分の浸漬で還元されたMgが,Al2O3をMgO飽和スピネルに変換するのに十分な濃度であったことを意味する。また,低Al鋼と同様に,浸漬時間が60分を過ぎると介在物中のMgO含有量が減少しAl2O3の含有量が増加し,さらに平均介在物組成のバラツキも大きくなった。

Fig. 5.

Change in the average compositions of inclusions with immersion time.

Fig. 6.

Images of typical inclusions.

両方の溶鋼は1 ppm未満のCa含有量を含むが,CaOを含有した介在物は,浸漬時間に依らず低Al鋼でも高Al鋼でも検出されなかった。これは,溶鋼のAlによってドロマイトロッド中のCaOが還元されて生成したCaが,介在物の組成を変えるのには十分な濃度に達しなかったことを示している。

Fig.7は,介在物の数密度と平均直径の変化を示している。数密度は高Al鋼と低Al鋼で類似しており,ともに浸漬時間が30分を超えると減少し始めた。るつぼへの付着と浮上により介在物の数密度が減少したため,介在物組成を主に支配していたのは化学反応である。介在物の平均直径は,いずれの溶鋼でも浸漬時間とともにわずかに増加している。これは,小さな介在物が合体したか分離したもの思われる。尚,Fig.7に示すように標準偏差に基づけば有意差が認められなかったため,二つの鋼での介在物の平均粒径は比較しなかった。

Fig. 7.

Number density and average diameter of inclusions as functions of reaction time.

Fig.8は,ドロマイトロッドを低Al鋼に様々な時間浸漬した後のドロマイト耐火物ロッドと低Al鋼との間の界面を観察したもので,Al,O,Ca,Mgの元素マッピング画像を示している。浸漬時間が30分以内の場合,Al2O3,CaO,MgOを含むマトリックス(うすい灰色)とMgO粒子(こい灰色)から成る薄い界面層が形成されている。この層は浸漬時間が60分を超えると厚くなり,2つの相がはっきりと観察されている。界面層中に見られるMgO粒子は,ドロマイトロッドの内部(未反応部分)で観察されるMgO粒子よりも大きい。一方,マトリックスを形成する相にはCaO,MgOの他にAl2O3が含まれるが,ドロマイトロッド内部にもCaO粒子とMgO粒子の間隙にAl2O3を含む相が糸状に観察されている。Fig.9は,高Al鋼の場合の元素マッピングを示しているが,浸漬時間が5分の場合でも,MgO粒子とAl2O3–CaO–MgO相からなる厚い層が観察され,その厚さは低Al鋼に60分間浸漬した後に形成された厚さに近かった。浸漬時間が長くなると層は厚くなり,MgO粒子は,ドロマイトロッド内部に比べて,より大きくより密に分布するようになった。

Fig. 8.

Element mapping of the interface between the dolomite refractory and the molten Fe–0.05% (low Al) steel, (a) after 5 min of immersion, (b) 30 min, (c) 60 min, and (d) 120 min. (Online version in color.)

Fig. 9.

Element mapping of the interface between the dolomite refractory and molten Fe–0.25% (high Al) steel, (a) after 5 min of immersion, (b) 30 min, (c) 60 min, and (d) 120 min. (Online version in color.)

上記の界面層,特にAl2O3–CaO–MgO相がドロマイトの溶解と介在物の組成変化に及ぼす影響を理解するために,Al2O3–CaO–MgO相の組成をEPMAで分析した。Fig.8と9に示した位置の分析結果をFig.10に示すが,低Al鋼でも高Al鋼でも,ほとんどの組成は液相領域の近くまたは内部にあった。したがって,ドロマイトロッドの界面層で観察されたAl2O3–CaO–MgO相は液相であると考えられる。ただし,特に低Al鋼の場合,分析結果のバラツキが大きかった。これは,液体酸化物の面積が小さくEPMAの分析範囲(約1~3 μm直径)を考えると近接するMgO粒子の影響が避けられないことと,Al2O3–CaO–MgO液相の不均一性によるものとの2つの原因が考えられる。特に,Al2O3–CaO–MgO液相の形成は,ドロマイトロッドに存在していたMgOやCaOと,溶鋼との反応で新しく形成されたAl2O3とにより生じるため,定常状態ではなく,浸漬中に進行しつつある状態であると思われる。つまり,この反応の進行度が耐火物表面で不均一であることが,場所によって液体酸化物の組成に偏差が見られることの原因であると考えられる。また,Al2O3–CaO–MgO液相と共存して観察されるMgO粒子は,反応前の耐火物中にあるMgO粒子に比べて大きくなっている。これは,MgO粒子の周囲が液体酸化物になったときにはMgO粒子は小さく高い界面エネルギーを持っていたためと考えられる。それにともない,界面エネルギーを下げるためにMgO粒子が移動し合体した可能性がある。しかし,界面酸化物層内部のMgO粒子の成長が介在物組成変化へ影響を与えた可能性は小さい。この現象については今後の検討課題である。

Fig. 10.

Composition of the CaO-Al2O3-MgO phase observed in Fig. 8 and Fig. 9.

4. 考察

Fig.8,9,10に示した結果に基づいて,まず,ドロマイト系耐火物の分解機構について考察する。ドロマイトロッドはMgOとCaO粒子で構成されているが,溶鋼中のAlによるこれらの粒子の還元は式(1)式(2)で表される。

  
3MgO(s)+2[Al]=3[Mg]+Al2O3(s)(1)
  
3CaO(s)+2[Al]=3[Ca]+Al2O3(s)(2)

これらの反応の平衡定数は,前報で要約されているように,報告された値の組み合わせによって大きく異なる25)。ただし,平衡状態でのMg濃度はCa濃度よりも高く,反応(1)は反応(2)より優先的に起こる25)。その結果,Mgの溶鋼への溶解とAl2O3の生成が界面で起こり,耐火物の界面はMgOとCaOの2元系からAl2O3を含む3元系に変化する。この系ではFig.10に示すように液相が形成されるが,この液体へのMgOの溶解度は,CaOの溶解度よりもはるかに低い。したがって,固体のMgO粒子のみが液体と共存して残留し,界面ではMgO粒子を含むCaO–Al2O3–MgO相が形成されたものと考えられる。この液相は耐火物にあるCaOとMgOに直接接触するため,MgO,CaOの両相飽和の組成となるが,Fig.10に示す等温断面図からわかるようにAl2O3飽和にはなりえない。一方,溶鋼はAl2O3るつぼで溶解されているためAl-Al2O3の平衡が維持された状態にある。したがって,式(1)で溶鋼界面に生成したAl2O3は活量の差によって液相に溶解し,継続的に液相が生成されるため界面層の厚さが時間とともに増加すると推定ができる。

次に,介在物組成の変化挙動を考察する。溶鋼組成と介在物変化との関係を理解するために,安定酸化物を熱力学計算によって評価した。Al–Al2O3およびMg–MgOの平衡関係は,式(3)26)式(4)で表される。この実験では高Al鋼も用いられているため,学振推奨値ではなくItohらにより測定された式(3)を用いた。一方,式(4)の平衡定数に関する学振推奨値は報告されていない。そこで,本研究では,使用例の多いKMg(1),KMg(2)を用いた。これらの基本的な反応を使用して,介在物組成が変化する反応は式(5)で表される。この反応の1873 Kでの平衡定数(logKsp)は,KMg(1)を用いると7.83,KMg(2)を用いると11.01となる。安定酸化物がスピネルとMgOとの境界を表す,MgO飽和スピネルと平衡する溶鋼組成を計算する場合には,MgOとAl2O3の活量をそれぞれ1と0.03429)に設定した。安定酸化物がスピネルとAl2O3との境界を表す,Al2O3飽和スピネルと平衡する溶鋼組成を計算する場合には,MgOとAl2O3の活量をそれぞれ0.00429)と1に設定した。

  
Al2O3(s)=2[Al]+3[O]logKAl=11.6245300T(3)
  
MgO(s)=[Mg]+[O]logKMg(1)=4.284700/T,logKMg(2)=12.4538059/T(4)
  
(Al2O3)inclusion+3[Mg]=3(MgO)inclusion+2[Al]logKsp=logKAl3×logKMg(5)

溶鋼中溶解酸素がAl,Mgの活用係数に及ぼす影響を調べるために,酸素濃度を式(3)で示されるAl-Al2O3平衡に基づいて決定した。なお,本研究で用いた溶鋼はCrを11%含有するため,溶鋼中元素の活用係数に及ぼすCrの影響を考慮した。計算に用いた相互作用係数をTable 3に示す16,22,26,27,30,31)。文献番号が表示されていないパラメータは全てHino and Itoによるものである16)

Table 3.

Interaction parameters used for calculating Fig. 9.

Fig.11には,それぞれ酸化物が安定なAlとMgの濃度範囲を計算した結果を,式(4)の平衡定数としてKMg(1)を用いた場合(Fig.11(a))と,KMg(2)を用いた場合(Fig.11(b))について示す。また,図中にはドロマイトロッドを浸漬した場合の溶鋼中のAlとMgの濃度を併せて示している。これより,初期Al濃度に依らずドロマイトロッドを浸漬した後の溶鋼組成は,Fig.11(a)ではMgO–Al2O3スピネルの安定領域に,Fig.11(b)では主にスピネル領域との境界線に近いMgO安定領域に分布している。どちらの平衡定数が正確かを評価するのは難しいが,ドロマイトロッドの浸漬前にはAl2O3であった介在物が,Fig.11(a)によればMgOもAl2O3も飽和していないスピネルに変化することが示され,Fig.11(b)によれば,スピネルを経由してMgOにまで変化することが示されている。実験で観察された介在物は,Fig.5に示したように,低Al鋼ではAl2O3が浸漬時間の増加とともに徐々にスピネルに変化し,60分の浸漬でAl2O3飽和スピネルになった。一方,高Al鋼では,介在物は30分以内にほぼMgO飽和スピネルに変化した。したがって,観察された介在物組成の変化は,Fig.11(a),(b)で示した平衡関係とは必ずしも一致しておらず,本実験条件下で見られた介在物の組成変化は非平衡状態にあるものと思われる。

Fig. 11.

Mg and Al content on the stability diagram of the MgO–MgO·Al2O3–Al2O3 system calculated using KMg (1) and (b) KMg (2), respectively.

ところで,Fig.11(a),(b)には,同様な方法で,高Al鋼に様々な耐火物を浸漬した既報の結果24)や,CaOおよびMgOで飽和したCaO–MgO–Al2O3系スラグと高Al鋼との反応に関する既報の結果25)も示してある。ドロマイトロッドを浸漬した本実験の場合と同様に,スラグと溶鋼を反応させた場合もCaOおよびMgOで飽和した液体酸化物が溶鋼と接触した。しかし,スラグと反応させた場合に観察された溶鋼のMg濃度は,ドロマイトロッドを浸漬させた場合よりもはるかに高く,30 ppmを超え,Table 4に示すように,介在物は徐々にAl2O3からMgO–Al2O3スピネルを経てMgOにまで変化した。これは,液相酸化物と溶鋼の間の反応速度の差によるものと考えられる。つまり,ドロマイトロッドの表面に形成された液相は薄く,かつ固体のMgO粒子に挟まれているため,液体酸化物の流動性が非常に低く物質移動係数が小さい上に,溶鋼との液相との接触面積も小さい。その結果,ドロマイトロッドからのMgOの還元によるMgの溶解速度は,スラグよりもはるかに小さかったものと考えられる。一方,スラグと接触した場合の溶鋼中Ca濃度は,ドロマイトロッドを浸漬した場合と同様に低く,どちらの場合もCaO含有介在物は検出されなかった。つまり,今回観察されたような低いCa濃度では,スピネルをCaO–Al2O3系の介在物に変化させるには十分ではないことが示されている。これまでも,Caを添加しない場合の,スラグと溶鋼との反応による介在物組成変化に関するいくつかの研究があり11,3234),その中にはCaO–Al2O3系の介在物が観察された例もある。しかし,実験条件や分析方法が異なるため,本論文の結果と単純に比較することは困難である。

Table 4. Comparison of the reactions between different refractories or refining slag with molten steel.
Before reactionRefractory type or slag and their composition60%MgO – 40%CaO refractory (dolomite)57%CaO(sat.) – 16%MgO(sat.) – 27%Al2O3 slag25)80%MgO – 20%C refractory (MgO–C)17)70%MgO – 18%Cr2O3 refractory (magnesite-chrome)18)
Mineral phasesMgO, CaOSolid CaO, MgO, CaO(sat.)-MgO(sat.)-Al2O3 liquid phaseMgO and graphiteMgO,(Mg,Fe)(Cr,Al)2O4
Al content in molten steel0.28%0.25%0.30%0.29%
Initial inclusionsAl2O3Al2O3Al2O3Al2O3
After reactionInterfacial layer of refractoryCaO(sat.)–MgO(sat.)–Al2O3 liquid phase with MgO particlesPartially covered by MgO(sat.)–Al2O3 phaseUniformly covered by dense MgO–Al2O3(sat.) phase
Maximum contents of Mg and Ca[Mg]: 5.5 ppm
[Ca]: 0.5 ppm
[Mg]: 35.7 ppm
[Ca]: 0.3 ppm
[Mg]: 3.5 ppm[Mg]: 0.9 ppm
Reduction rate of MgOSmaller than slag and larger than MgO–ClargestSmaller than dolomite and larger than magnesite-chromesmallest
Change of inclusionsAl2O3→MgO(sat.)–Al2O3Al2O3→MgO(sat.)–Al2O3→MgOAl2O3→MgO(sat.)–Al2O3None
Reaction mechanismMgO of the refractory reacted with Al in steel and generated Al2O3 to form the liquid phase. This liquid phase reacted with molten steel to release Mg but Ca barely dissolved. In comparison to that of slag, the reaction rate was small because the liquid phase was sandwiched by MgO particles. Inclusions changed into MgO(sat.) – Al2O3.Mg quickly dissolved from liquid slag but Ca was barely dissolved by the reaction between liquid slag and molten steel. Inclusions changed to MgO–sat. spinel and then to MgO. CaO-containing inclusions were only generated when the Al content of steel was extremely high (>0.75%).Mg was continuously dissolved by the direct contact between solid MgO of the refractory and molten steel, and by the reduction with carbon in the refractory. Inclusions transformed to MgO–sat. spinel.Cr2O3 of refractory was easily reduced by Al in steel and a dense spinel layer was formed. The layer in contact with steel was saturated with Al2O3, and thus inclusions remained as Al2O3.

ドロマイトロッドを高Al鋼に浸漬した後のMg濃度は,類似したAl濃度の溶鋼に同じ方法で他の耐火物を浸漬させた結果よりも高く,MgO–C,MgO–Cr2O3の順に低くなった。Table 4に耐火物表面の変化と介在物組成変化の挙動を比較して示す。MgO–Cr2O3では,緻密なスピネル反応層が表面に生成し,それがMgOと溶鋼中のAlとの反応を抑制したため最も低いMg濃度となり介在物組成は変化しなかった。MgO–Cの場合には,MgOは耐火物を構成するグラファイトと溶鋼中Alによって還元された上に,耐火物表面に緻密な反応層は形成されなかった。したがって,Mgは溶鋼に連続的に溶解し,30分以上の浸漬ですべての介在物がMgO飽和スピネルに変化した。ドロマイトを浸漬させた本研究では,CaOとMgOで飽和したCaO–MgO–Al2O3系の液相が耐火物表面ですぐに形成され,すべての介在物が5分以上の浸漬でMgO飽和スピネルに変化した。このように,MgOで飽和した液相と溶鋼とが反応した事により,ドロマイトは最も速いMgO還元速度と介在物組成の変化速度を示した。この比較に示すように,耐火物によって溶鋼へのMgの溶解挙動や介在物組成への影響が異なるため,精錬プロセスでは耐火物を慎重に選択することが重要である。

5. 結論

本研究では,ドロマイトロッドをAl脱酸溶鋼に浸漬し,ドロマイト系耐火物からのMgとCaの溶解挙動と介在物の組成変化挙動とを,溶鋼中のAl濃度を変えて測定した。その結果,以下の結論を得た。

(1)ドロマイトロッドを浸漬すると,MgOとCaOの両方が溶鋼中Alのよって還元されMgとCaの濃度が上昇したが,低Al鋼の場合には溶鋼中のMgとCaの濃度は浸漬時間によってほとんど変化せず,それぞれ約0.7 ppmと1 ppmであったのに対して,高Al鋼の場合にはMg濃度は60分まで徐々に増加し約5.5 ppmに達したが,Ca含有量は0.5 ppmからほとんど変化しなかった。

(2)浸漬後のドロマイトロッドには,溶鋼との界面に固体MgOとCaO–Al2O3–MgO系液相からなる層が形成された。この層の厚さは浸漬時間を長くするほど増加した。層内のMgO粒子はドロマイトロッドを構成するMgO粒子よりも大きく,浸漬時間を長くするほど成長した。

(3)低Al鋼と高Al鋼の両方ともドロマイトロッドを浸漬する事で,介在物がAl2O3からMgO–Al2O3スピネルに変化した。低Al鋼の場合,介在物組成は徐々に変化し,Al2O3飽和スピネル介在物が浸漬時間を60分以上にすると観察された。これに対して高Al鋼の場合,介在物組成の変化は速く,MgO飽和スピネル介在物が浸漬時間を5分以上にすると観察された。しかし,いずれの場合もCaO含有介在物は検出されなかった。

謝辞

ドロマイトロッドを供給していただいた黒崎播磨株式会社に感謝いたします。著者の一人(Y.Ren)は,この研究を行う際に東北大学に滞在する機会を与えてくれた北京科学技術省・国際科学技術協力プログラムに感謝します。さらに,共著者(Y.RenおよびL.Zhang)は中国国家自然科学基金(Grant No. U1860206,No.51725402)からのP-SEM分析に対する財政的支援を受けた事に謝意を表します。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本鉄鋼協会

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top