2022 Volume 108 Issue 8 Pages 541-551
Thermodynamic property of solid MnS-CrS-FeS system was determined based on the combination between thermodynamic properties of liquid MnS-FeS, CrS-FeS, and MnS-CrS-FeS phase determined by the authors and reported phase diagram of MnS-FeS, CrS-FeS and MnS-CrS system. The determined parameters were verified by comparison with experimental results of equilibrium relationship between metal/sulfide in Fe-Cr-Mn-S system at 1793K. By utilizing the determined parameters, phase equilibria involving sulfide phase in liquid Fe-Cr-Mn-S system was established. According to the phase equilibria information controllability of MnS-CrS-FeS sulfide phase in typical stainless steel during solidification was evaluated.
鋼にはMn,Crなどが合金元素として広く使用されている。これらの2つの元素は,FeよりもSとの親和性が強い1)。よって,鋼の冷却による溶解度減少や凝固時の偏析によって,ステンレス鋼のようなFe-Cr-Mn-S 系の材料には,MnS-CrS-FeSからなる硫化物が生成する2,3)。鋼の耐食性,被削性に硫化物組成が影響を与えることから,硫化物相の組成を制御することは重要である4–8)。
硫化物相の生成機構としてOikawaら3)は,1)安定系の共晶反応による固体硫化物生成,2)準安定系の偏晶反応,3)安定系の偏晶反応による液体硫化物生成,の3つを提案している。このような機構を考慮すると,硫化物相の制御のためには,鋼が凝固する際の硫化物相を含む平衡関係を知ることが不可欠であり,メタル相と硫化物相の双方の熱力学的情報が必要である。溶融Fe-Cr-Mn-S系メタル相の熱力学的性質に関しては,文献9,10)から,
硫化物相についてはMnS-CrS-FeS三元系硫化物がFe-Cr-Mn-S系における対象となる。異なる文献から得られた3つの2元系,FeS-MnS13),CrS-MnS2,3),FeS-CrS14)をまとめてFig.1に示す。ここで,FeS-MnS系およびCrS-MnS系におけるMnSの融点はそれぞれ1610°Cと1655°Cであり,Fig.1では融点に差がある状態のまま示している。この系に関与する3つの2元系硫化物について,以下に簡単にまとめる。
Schematic diagram of MnS-CrS-FeS system.
関係する3つの2元系硫化物のうち,最も情報があるのはFeS-MnS系(Fe-Mn-S系)である。このFeS-MnS2元系については,Shibata13)により実験的に調査されている。また,Fe-Mn-S系の液相線はVogel and Hotop15)によって報告されている。さらに,Fe-Mn-S系の状態図を計算するモデルはHillert and Staffanson16),Ohtaniら17)によって開発された。彼らのモデルでは,液相を(Fe, Mn)(S, Va)とし,Vaは仮想的な空孔である。このようにtwo-sublattice solution modelを用いることにより,Fe-Mn-S3元系をFe-FeS-MnS-Mn4元系として考え,液相の2液相分離領域などを表現した。しかしながら,彼らの熱力学的バラメータから得られる,2液相平衡の組成は特に高温領域で実験結果との乖離が見られた。この理由として,Hillert and Staffanson16)はSを50 at.%含むFeS-MnS系中でSの存在する位置が変化しないとの仮定したことによるものと説明している。
Fe-Cr-S系の液相線はVogel and Reinbach14)によって実験的に測定されている。本系を表現するモデルはOikawaら18)により報告され,CrS-FeS2元系状態図が計算された。しかし,比較できるような高温での測定結果はごくわずかしか存在しない。
CrS-MnS2元系状態図はKovachら2)によって報告されている。この状態図では,固溶体中の溶解度がKiessling and Westman19)によって測定されている。しかし,高温領域の状態図は,MnS-FeS系を参考に推定されたものであり,高温での実験結果は存在しない。
まとめると,MnS-CrS-FeS系については低温領域の熱力学的情報は報告されているものの,高温領域では熱力学的情報は欠落しているか,実験結果との乖離が見られる。
前報11,12)で,溶融MnS-FeS,CrS-FeS,MnS-CrS-FeS硫化物相の熱力学的性質を単純正則溶液モデルで表現することができ,一定の組成領域範囲内で実験結果とモデルを用いた計算結果は良く一致している。
本論文では,前報11,12)の溶融MnS-FeS,CrS-FeS,MnS-CrS-FeS硫化物相の熱力学的性質と報告されているMnS-FeS,CrS-FeS,MnS-CrS系の状態図から,固体MnS-CrS-FeS硫化物相の熱力学的性質を導出した。また,固体MnS-CrS-FeS硫化物相の熱力学的を表現するパラメータの妥当性を確認するために,メタル/硫化物間平衡実験を1793 Kで行った。本研究で得られた熱力学パラメータを用い,溶融Fe-Cr-Mn-S相と固体および液体硫化物間の平衡関係を広い組成・温度範囲で求め,ステンレス鋼中の凝固時におけるMnS-CrS-FeS硫化物の制御について評価した。
縦型電気抵抗炉を用いて溶融金属相と溶融硫化物相間の平衡実験をFe-Cr-Mn-S系において1793 Kで行った。実験装置の詳細は前報11)に示している。実験に用いた試料は,電解鉄粉(95%+,和光純薬),硫化鉄塊(50%+,和光純薬),マンガンフレーク(99%,平野清左衛門商店),クロム塊(99%,平野清左衛門商店)である。各実験において,上記をあわせて23 gとなるように混合しAl2O3坩堝に入れ,さらにこの坩堝をMgO保護坩堝に入れた。その後,試料を電気抵抗炉の均熱帯にセットし,アルゴン雰囲気下,1793 Kで4時間保持した。炉内の温度は試料直下に設置したPt-Ph(R type)熱電対により制御した。予め,4時間で十分平衡に到達することを前報11)で確認している。保持終了後,試料を炉外に取り出し,Ar気流中で急冷した。急冷後,試料を縦に切断し,半分を樹脂包埋し,研磨を行った。硫化物相の組成はSEM-EDSを用いて決定した。また,金属の組成は試料底部の試料を切断し,Mn,CrはICP-AESで,Sは炭素/硫黄分析装置(LECO-CS844)を用いて分析を行い決定した。
実験の保持温度は1793 Kであったが,実験前の粉・フレーク・塊の混合物は,Fig.2に示すように実験後には緻密な合金となっていたことから,試料のメタル相は1793 Kでは液体であったと考えられる。正確なFe-Cr-Mn-S状態図は存在しないものの,液相となる温度はFe-Cr系20),Fe-Mn系20)状態図からある程度推定できる。Fe-Cr系では,FeにCrを21 mass%添加することで,液相線温度が1810 Kから1786 Kに低下する。Fe-Mn系では,FeにMnを2.5 mass%添加することで液相線温度は1810 Kから1783 Kに低下する。さらに,Sの添加により,液相温度は低下することから,本実験試料のメタル相は1793 Kでは液体であったと判断した。
Photo of sample after experiment. (Online version in color.)
メタル相の他に硫化物相をFig.2に示すように確認した。前報11,12)と同じ方法で,試料上部でメタル相に懸濁している硫化物相を対象とし,硫化物組成を決定した。硫化物相の形状をSEM-EDSで注意深く観察した。典型的な組織をFig.3(a),(b)に示す。図中では硫化物(暗部)がメタルマトリックス(明部)に分散していることがわかる。硫化物相として2種類の形状が確認でき,1つは球形で試料上部でのみ確認され,もう一つは角ばっており,試料全体で確認できた。そのため,前報11,12)と同じように試料全体で確認された角ばった硫化物は試料を急冷する際に生成したと考えた。よって,1793 Kで共存していた相はFeリッチの液体Fe-Cr-Mn-Sメタル相と球形の硫化物相の2つであった。以後,本論文中の硫化物は球形の硫化物を指す。
(a) Typical micrograph of top of the cross section of sample 101-105 (example of sample 101) equilibrated at 1793 K. (b). Typical micrograph of top of the cross section of sample 201-204 (example of sample 202) equilibrated at 1793 K. (Online version in color.)
試料101-105中の硫化物形状はFig.3(a)に示すように球形であり径は40-50 μmであった。試料201-204中の硫化物形状はFig.3(b)に示すように球形であるが,大きさは15-20 μmであった。
本研究では硫化物の形状から固体であるのか液体であるのかを判断することが困難であった。本研究での硫化物はすべて球形であり,その理由は以下のように説明できる。本研究では硫黄はFeSの形で添加したが,このFeSの融点は低い。試料を加熱した際,FeSが最初に融解し,金属と硫化物間の反応によって硫化物相中のMnSとCrS濃度が上昇した。硫化物の融点が上昇したことにより,顕著に形状が変化することなく,液相が固相に変化した。
以上のことから,4・1・3で議論する熱力学計算によって固相/液相の判別を行うこととした。また,この計算により,硫化物のサイズの差も説明できる。
3・2 1793 KにおけるFe-Cr-Mn-S系の平衡組成平衡相が3・1によって明確になったことから,硫化物相の組成はSEM-EDSを用いて決定し,金属の組成は試料底部の試料を切断し,ICP-AESおよび炭素/硫黄分析装置を用いて決定した。本研究で得た,メタル相,硫化物相の分析結果をTable 1に示す。Fe-Cr-Mn-S系は4成分系であることから,組成を表現するためには3次元が必要になるものの,前報12)と同様にSを考慮しないことによってFig.4のように平面上にメタル相,硫化物相を示すことができる。図中の白点はメタル相の組成,黒点は硫化物相の組成である。両者を結ぶ線は二相平衡を表すタイラインである。メタル相のMn/Cr濃度比の上昇とともに硫化物相のMnS/CrS濃度比も上昇した。硫化物相について試料101-105と201-204の間に組成のギャップが観察された。前述の3・1で示したように試料101-105と201-204における硫化物の大きさに差があった。このギャップ間に硫化物の液相/固相変態が起こると考えられる。後述の4・3・1から推定された硫化物相の液相/固相境界を一点鎖線で併せて図に示す。
No. | Metal alloy-Experimental | Sulfide phase-Experimental | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
[%S] | [%Cr] | [%Mn] | (%S) | (%Cr) | (%Mn) | (%Fe) | |
101 | 1.35 | 16.48 | 1.14 | 34.91 | 28.03 | 35.06 | 2.00 |
102 | 1.43 | 12.48 | 0.98 | 34.79 | 26.47 | 36.34 | 2.39 |
103 | 1.14 | 9.04 | 1.18 | 35.17 | 19.27 | 43.19 | 2.37 |
104 | 1.49 | 4.98 | 0.95 | 35.04 | 16.16 | 42.74 | 6.07 |
105 | 3.03 | 1.58 | 0.40 | 33.93 | 10.11 | 37.13 | 18.83 |
201 | 0.71 | 14.45 | 2.49 | 34.19 | 7.98 | 55.60 | 2.23 |
202 | 0.48 | 10.53 | 3.41 | 34.74 | 3.41 | 59.58 | 2.28 |
203 | 0.51 | 6.19 | 2.98 | 34.63 | 2.87 | 59.93 | 2.57 |
204 | 0.65 | 2.67 | 1.78 | 33.75 | 3.53 | 59.73 | 2.99 |
Equilibrium relations between metal and sulfide phase at 1793 K.
六方晶の固体FeS,CrSへのMnSの固溶は非常に小さい2,17)ものの,立方晶の固体MnSへのFeS,CrSの固溶量は大きい19)。よって,MnS-CrS-FeS系には,2つの固相が存在する。六方晶の固相をP相,立方晶の固相をQ相と以後表記する。六方晶のCrS-FeS固溶体(P相)にMnSを少し添加すると,立方晶のMnS-CrS-FeS固溶体(Q相)に変化することから,本研究で注目すべき相はQ相である。
まず,4・1・1と4・1・2で,Q相の熱力学的性質を本実験結果と報告されている状態図から評価する。その後,4・1・3で評価した熱力学パラメータの妥当性を実験結果と比較して確認する。
4・1・1 固体MnS-FeS相の熱力学的評価MnS-FeS系については以下の3つの自由エネルギー関数で縛られている。
(1) |
(2) |
(3) |
ここで,
単純正則溶液モデルを用いると,過剰混合自由エネルギーは以下のように表せる。
(4) |
(5) |
ここで,前報11)から
各相間のFeSの自由エネルギー差はHillert and Stanffanson16)によって以下のように報告されている。
(6) |
(7) |
液相とQ相間のMnSの自由エネルギー差としては以下の2つの報告がある。
(8) |
(9) |
上記の2つからは異なるMnSの融点が得られる。本研究では,Shibata13)の実験で得られた1883 KをMnSの融点を採用し,この融点を満足するように式(8)のエンタルピー項を修正したところ,以下の式を得た。
(10) |
よって,式(1)-(3)中で,未知であるのは
The FeS-MnS phase diagram estimated from present chosen parameters.
MnS-CrS系については以下の3つの自由エネルギー関数で縛られている。
(11) |
(12) |
(13) |
ここで,
単純正則溶液モデルを用いると,過剰混合自由エネルギーは以下のように表せる。
(14) |
(15) |
ここで前報11)から
液相とQ相間のMnSの自由エネルギー差は式(10)に示している。この系ではKiessling and Westman19)により1423 K(1150°C)におけるMnS相へのCrの溶解度として65 at%が報告されている。
本CrS-MnSで決定する必要のある熱力学パラメータは,i)Q相中での仮想的なCrSの生成ギブスエネルギー
Fig.6に示すKovachら2)が推定したCrS-MnS状態図からP相のCrSの融点として1838 K(1565°C)を選択した。この融点を満足させるように,Oikawaら18)の液相とP相間のCrSの自由エネルギー差のエンタルピー項を修正した。Q相のCrSの融点はFig.6液相線を外挿し1608 K(1335°C)とした。Fig.6の共晶点とKiessling and Westman19)により1423 K(1150°C)におけるMnS相へのCrSの溶解度をフィットさせるように,以下の熱力学パラメータを導出した。
(16) |
(17) |
(18) |
The CrS-MnS phase diagram plotted analogy to FeS-MnS system (from Kovach2)).
上記のパラメータを用いて計算したCrS-MnS状態図をFig.7に示す。計算によって得た状態図は1423 K(1150°C)の実験結果と一致している。高温域での実験結果はこれまで存在していないが,本実験で行った1793 Kの実験結果を用いることで,熱力学パラメータの妥当性の判断を行うことができ,後ほど改めて説明する。
The CrS-MnS phase diagram estimated from present chosen parameters.
3元系MnS-CrS系については以下の2つの自由エネルギー関数で縛られている。
(19) |
(20) |
ここで
(21) |
(22) |
式(21)は前報12)で得られている。式(22)中のQ相中のFeSとCrS間の相互作用パラメータは情報がないため,0と仮定した。式(22)は式(21)から導出したことから,適用できる組成範囲も式(21)と同じとした。
これらの結果を用いて計算した,1793 KにおけるMnS-CrS-FeS系の液相,Q相の境界をFig.8に示す。硫化物相の相境界は3・2においてFig.4で推定した。試料101-105の硫化物組成は液相領域に存在し,試料201-204の硫化物組成はQ相領域に存在している。試料101-105の硫化物はFig.3(a)に示すように比較的大きな球形であり,径は40-50 μmであった。試料201-204の硫化物はFig.3(b)に示すように比較的小さな球形であり,径は15-20 μmであった。このサイズの違いは,液体硫化物は凝集合体できるが,固体硫化物が凝集合体できないことによると理解できる。硫化物の組成・サイズの違いから,推定した硫化物相の相境界は妥当であると判断できる。
The calculated phase boundaries of MnS-CrS-FeS at 1793 K.
固体および液体のMnS-CrS-FeS相の熱力学的性質を表現できるようになったことから,液体メタル相と固体・液体硫化物相の平衡関係を計算することができる。本系はFe-Cr-Mn-Sの4元系であり,液体メタル相と硫化物相の平衡は以下の化学反応によって縛られている。
(23a) |
(23b) |
(23c) |
反応式の左側はメタル相中の成分を表し,メタルは液体である。右側は硫化物相中の成分を表し,硫化物は液体あるいは固体である。
平衡状態では,以下の関係が成り立つ。
(24a) |
(24b) |
(24c) |
ここで,Kiとaiはそれぞれ平衡定数と成分iの活量である。温度Tでは,上記の式は以下のように表現できる。
(25a) |
(25b) |
(25c) |
ここで,[mass%i]はiの質量パーセント濃度,Xiはiのモル分率である。さらに,fiとγiはiの活量係数である。∆Gi0はMn,Cr,Sの場合はヘンリー基準(1 mass%),MnS,CrS,FeS,Feの場合は純粋なMnS,CrS,FeS,Feを活量基準とした際の生成自由エネルギー変化である。
Mn,Cr,Sの活量係数はWagnerの近似式21)によって,[mass%Mn],[mass%Cr],[mass%S]の関数として,以下のように表すことができる。
(26a) |
(26b) |
(26c) |
ここでeijは1次の相互作用係数であり,その値をTable 2に示すが,
Values of interaction coefficients eij at 1843 K.
ステンレス鋼は通常Crを20 mass%まで含有するため,Feの活量係数に及ぼすCrの影響を考慮する必要がある。幸いFe-Cr液相はほぼ理想溶液とみなせることから22),Cr濃度が20 mass%まではγFeは1とした。
硫化物相中FeS,MnS,CrSの活量係数は以下の式で表せる。
(27) |
ここで,GmEは硫化物相の過剰混合自由エネルギー,δijはKronecker記号(δij=0(i≠j),δij=1(i=j))である。液体および固体のGmEは式(21),(22)に示している。また,FeS,MnS,CrSの標準状態はその温度で安定な純粋な液体あるいは固体である。
液体硫化物の生成自由エネルギー変化∆Gi0は式(28)のように推定した。MnSとCrSについてはOhtaniら17)と Oikawaら18)の報告値のエンタルピー項を前報11)のKMnS(liq) and KCrS(liq)と一致するように修正して得た。また,FeSについては文献9,23)から得た。
(28a) |
(28b) |
(28c) |
固体硫化物の生成自由エネルギー変化∆Gi0は式(7),(10),(17),(28)を用いて変換できる。
固定された温度Tにおいては,式(25)中の変数はメタル相中の[mass%Mn],[mass%Cr],[mass%S]と硫化物相のXMnS and XCrSであることから5つであり,3つの束縛条件があることから,自由度は2である。
4・3 1793 KにおいてFe-Cr-Mn-S系の液体メタル相から生成する硫化物の推定前述の4・2より,温度を固定した場合,Fe-Cr-Mn-S/MnS-CrS-FeS系の自由度は2となる。よって,MnS-CrS-FeS硫化物相と平衡する液体Fe-Cr-Mn-S相中の[mass%S]は,液体Fe-Cr-Mn-S相中の[mass%Cr],[mass%Mn]の関数として計算できる。1793 Kにおける等[mass%S]線を点線でFig.9(a)に示す。また,XMnS,XCrS,XFeSも液体Fe-Cr-Mn-S相中の[mass%Cr],[mass%Mn]の関数として計算できる。ステンレス鋼においてはXFeSが小さいので,R比:XMnS/(XMnS+XCrS)を用いて硫化物組成を表現すると便利である。1793 Kにおける等R比線を一点鎖線でFig.9(b)に示す。Fig.9(a),(b)中の実線は液体硫化物と固体硫化物の境界線である。
(a) Comparison between calculated and experimental sulfur solubility at 1793 K. (b) Comparison between calculated and experimental sulfide composition (R ratio) at 1793 K.
計算した相平衡関係を実験結果と比較することで予測精度を確認することができる。Fig.4で示した実験の結果を,液体Fe-Cr-Mn-S相中の[mass%Cr],[mass%Mn]を用いてFig.9(a),(b)に四角印として示し,各実験の[mass%S],R比を下線で示す。比較すると,本実験で得た[mass%S],R比は予測図と良く一致していることがわかり,相平衡計算の妥当性を確認することができた。また,1848 Kの液体硫化物相の熱力学パラメータを1793 Kに外挿できることも確認できた。
4・4 凝固過程において生成するステンレス鋼中硫化物相の予測ステンレス鋼中のS溶解度をFig.9(a)に示しているが,実ステンレス鋼中のS濃度は溶解度よりも低い。しかし,ステンレス鋼の凝固末期でのS偏析によって,溶融メタルのS濃度は溶解度に達する。よって,4・2で計算した溶融メタル相と硫化物相間の相平衡から,典型的なステンレス鋼中で凝固時に生成する硫化物組成を予測することが可能である。
4・4・1 凝固過程において生成するステンレス鋼中硫化物相の予測を行う際の2つの仮定 (1)Fe-Cr-Mnメタルの凝固温度範囲ステンレス鋼の組成としてFe-(13~20 mass%)Cr-(0.5~2.5 mass%)Mn-Sが考えられるが,正確な凝固完了温度は不明である。そのため,Fe-Cr系20),Fe-Mn系20)状態図を用いて推定した。純FeにCrを13~20 mass%添加すると,固相線温度は1803~1786 Kと変化する。また,純鉄にMnを0.5~2.5 mass%を添加すると固相線温度は1803~1783 Kと変化し,温度範囲は狭いことがわかる。ステンレス鋼中のS濃度は通常低いため,硫化物が生成するは凝固末期でS偏析が顕著になったタイミングであると考えられる。そのため,本研究では硫化物が生成する代表温度を1783 Kと仮定して,この温度での液体メタル相と硫化物の平衡を計算した。
(2)溶質の偏析:液相メタル中のCr,Mn,S凝固時においてFe-Cr系20),Fe-Mn系20)状態図の液相線,固相線の位置から,CrとMnの偏析は顕著に起こらないことがわかる。よって,凝固時の液体メタル中のCr,Mn濃度変化は小さいと仮定できる。よって,本計算では液相中のCr,Mn濃度は初期濃度を用いることとする。メタル凝固時にはSの偏析が顕著に起こり,凝固末期の1783 Kで液体メタル中のS濃度がS溶解度まで上昇したと仮定した。
4・4・2 凝固過程において生成するステンレス鋼中硫化物相の予測結果温度1783 Kで計算した等S溶解度線,等R(XMnS/(XMnS+XCrS))線を示した相平衡図をFig.10に示す。ステンレス鋼の組成としてFe-15Cr-xMn-0.3S(x=0.5~2.5)とし,凝固中液体メタル中Cr,Mn濃度は変化せず,S濃度は溶解度まで上昇したと仮定して1783 Kで予想される硫化物組成を一点鎖線の等R線から推定した。メタル中のCr濃度を固定した場合,Mn濃度の変化によって生成する硫化物の組成が変化する。また,15 mass%Crの場合,Mn濃度が1.3 mass%付近で液体硫化物・固体硫化物の境界が存在する。
Iso-[%S] solubility lines equipped with iso-XMnS/(XMnS+XCrS) lines at 1783 K together with initial Fe-15Cr-xMn-S compositions.
メタル組成としてFe-15Cr-xMn-0.3Sを用いたOikawaら3)の結果をKovachら2),Ono and Kohno24)の結果と合わせてFig.11に示す。メタル中のMn濃度が低い0.5 mass%あるいは高い1.7 mass%では,本研究で予想した硫化物組成は文献の実験結果と一致する。しかし,Mn濃度が中程度の領域で本研究の予想と文献の結果との乖離が見られ,この乖離は液体硫化物と固体硫化物の境界で硫化物組成が大きく変化するMn濃度が一致していないことが考えられる。Oikawaらの結果では,より低いMn濃度域で生成する硫化物の組成が大きく変化しており,今回計算した1783 Kよりも低温領域で硫化物が生成する可能性がある。しかしながら,4・4・1で説明したように1783 Kでメタル合金相は完全に凝固する。もし,硫化物が1783 K以下で生成するのであれば,硫化物はメタル合金相の凝固後に生成することとなる。
Comparison between estimated and experimental sulfide formation of Fe-15Cr-xMn-S system.
もし硫化物がメタル凝固完了温度よりも低温で生成するのであれば,機構として2つの可能性が考えられる。
a)Fig.123)に示すように,S濃度が低く固体メタルにSが完全に溶解した場合は,低温領域で固体メタルから硫化物が生成する。この場合は,固体Fe-Cr-Mn相の熱力学情報の整備が硫化物組成予測のために必要となる。
Sulfide forming mechanisms.
b)Oikawaら3)の実験では,試料冷却速度は30 K/minであった。もし,過冷却が起こる場合は,Oikawaら3)も報告しているように準安定過程により,もっと低い温度で過冷メタル液体から硫化物が生成する可能性がある。仮に60 Kの過冷が起こり,1723 Kで硫化物が生成した場合の相平衡関係はFig.13のように計算される。また,Fe-15Cr-xMn-0.3(x=0.5~2.5 mass%)のメタルから生成する硫化物生成の予測をFig.14に示すが,この温度では硫化物組成や硫化物組成が大きく変化するメタル中Mn濃度が一致した。ステンレス鋼の凝固過程で硫化物が生成するメカニズムについては,今後さらなる研究が必要である。
Iso-[%S] solubility lines equipped with iso-XMnS/(XMnS+XCrS) lines at 1723 K.
Comparison between estimated and experimental sulfide formation of Fe-15Cr-xMn-S system.
(1)固体MnS-CrS-FeSの熱力学的性質として以下の結果を得た。
得られたパラメータは1793 KにおけるFe-Cr-Mn-S系における実験結果と比較し,その妥当性を確認した。
(2)Fe-(13~20 mass%)Cr-(0.5~2.5 mass%)Mn-S系のメタル液相と硫化物間の相平衡をメタルの凝固末期温度と考えられる1783 Kにおいて計算した。等S溶解度線,等R(XMnS/(XMnS+XCrS))線を示した相平衡図を得ることができ,この図を用いることで,各メタルの組成ごとに生成する硫化物組成を予測することができる。メタル中の硫黄が低い場合は,硫化物はメタル固相から生成するか,過冷メタル液相から生成するかのいずれであるが,今後,メタル固相中の熱力学的情報の整備と硫化物生成に及ぼす冷却速度の影響を調査する必要がある。
東北大学の長坂徹也教授,平木岳人准教授,佐々木康教授と有意義な議論ができたことに感謝申し上げる。著者の一人(Yan Lu)は,China Scholarship Councilからの奨学金によって東北大学での博士課程の研究を遂行できたことに謝意を表す。また,日本鉄鋼協会の研究助成ならびに日鉄ステンレスの援助に御礼申し上げる。