鉄と鋼
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
寄書
多成分系フッ化物の溶融温度に関する現象論的理解
上島 良之
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML

2022 年 108 巻 9 号 p. 686-692

詳細
Abstract

A certain relation was found between melting temperature of multi-component fluorides and their bond strength index. It can be used as a convenient method to know the melting temperature of multi-component fluorides for which thermodynamic information is lacking. These results are similar to those of the previously reported multi-component oxides.

1. 緒言

前報1)では,精錬鋳造工程で重要な多成分系酸化物の溶融温度を,化学結合の観点からカチオン-酸素アニオン間の静電引力で整理した結果を述べ,両者の関係は,多成分系状態図の情報が不足しているとき大凡の溶融温度を推測するための一つの簡便なツールとして使えることを示した。同様の方法で,フラックスとして利用される多成分系フッ化物の溶融温度について整理を試みたので,以下に結果を述べる。なお,ここでは平衡状態図上で液相が現れる最低温度を溶融温度と呼ぶこととする。溶融温度はここで取り扱った殆どの系で共晶温度であるが,包晶反応を有する一部の系では一致溶融温度,全率固溶の系では構成成分の純物質融点の最低値である。

2. 検討方法

純粋フッ化物並びに多成分系フッ化物の状態図211)に示された溶融温度TL,並びに,純粋フッ化物1 g-atom当り(構成原子のアボガドロ数個当り)の融点における溶融エンタルピーΔHfと溶融エントロピーΔSf゜12,13)を,フッ化物固体結晶のカチオン-フッ素アニオン間結合力で整理する。イオン間結合力F式(1)で表され14),右辺第1項が引力,第2項が斥力である。べき数nは通常6~12と大きく,常圧一定下における検討なので斥力は無視して第1項の静電引力のみに注目し,式(2)で示すIを結合力の指標とした。

  
F=(Z+Z)e24πε0a2nBan+1(1)
  
I=Z+Za2(2)
  
a=r++r(3)

ここで,Fはイオン間結合力(N),Z+とZ-は各々カチオンとアニオンの価数(-),aはイオン間距離(Å),r+とr-は各々カチオンとアニオンのイオン半径(Å),eは電子の電荷(C),ε0は真空の誘電率(F/m),Bは定数(N・mn),nは定数(-),Iは静電引力の指標(1/Å2)である。イオン半径は,純粋固体結晶の報告値15)に従い,配位数CN16)に応じた値を用いた。また,I値として,溶媒成分については構成する各フッ化物の純粋状態のI値を相加平均した値を,添加する溶質成分については純粋フッ化物の値を採用した。

3. 結果と考察

3・1 純粋フッ化物

純粋フッ化物では,I=0.5付近に溶融温度TLの高いフッ化物が多いことを確認した(Fig.1(a)Table 1)。一般的にハロゲン化物でI値の低い場合は,イオン結合性が優勢で溶融時に単純イオンまで解離しやすいが,I値の高い場合はイオン間結合力がさらに強固になり共有結合性が増して,溶融状態で高分子の錯イオンとして存在する1721)。今回の整理結果では,I<0.5の領域ではI値の増加とともにΔSfは単純イオンへの解離を示唆する高値で一定のまま,ΔHfが増すのでTL(=ΔHf/ΔSf)は上がる,一方,I>0.5の領域では,I値の増加に伴って共有結合性が増し高分子の錯イオンが形成され解離度の減少によりΔHfΔSfは低下するが,複雑形状を有する複数種の錯イオン間相互作用で生じる回転・振動エントロピーの寄与22)によりΔSfΔHfよりも緩慢に低下するのでTLは下がる,そのため,I=0.5付近でTLが最大値を示すことになると定性的に理解した(Fig.1(b,c)Table 1)。この結果は,絶対値は異なるが,純粋酸化物の溶融温度TLと指標Iの関係1)と概ね同じ傾向である(Fig.2Table 2)。なお,前報1)では純粋固体酸化物は6配位一定のイオン半径で概算したI値を使ったが,今回フッ化物と同じ尺度で比較するために,酸化物についても配位数に応じたイオン半径で見積ったI値で整理しなおした。Fig.1Fig.2の破線は,プロットの上下端の概ね中央に来るよう描いたが,I値→0ではTL→-273°C,ΔHf→0,ΔSf→一定値に漸近するように描いた。Fig.1Fig.2のプロットを比較すると,フッ化物は酸化物よりもばらつきが大きく見えるが,フッ化物はΔHfの絶対値が酸化物の1/2以下の範囲の低値であり(Fig.3),そのため,各フッ化物のΔHf実測値が含む誤差,並びにΔHfTLで除したΔSfの誤差は相対的に増す,と理解している。

Fig. 1.

Melting temperature TL, enthalpy of fusion ΔHf°, and entropy of fusion ΔSf° correlated with bond strength index I for pure fluorides.

Table 1. Values of I, TL, ΔHf° and ΔSf° for pure fluorides.
fluoridestructureZ+ (−)Z (−)CN+ (−)CN (−)r+ (Å)r (Å)I (1/Å2)TL (°C)ΔHf°
(kJ/g-atom)
ΔSf°
(J/g-atom/K)
CsFcubic11661.881.330.09770310.8611.13
RbFcubic11661.731.330.10779512.926.46
KFcubic11661.641.330.1138576.8012.04
NaFcubic11661.181.330.15999616.6813.14
LiFcubic11660.761.330.22984913.5512.09
BaF2cubic21841.611.310.23513687.804.75
PbF2cubic21841.291.310.2968304.914.45
SrF2cubic21841.261.310.30314779.905.66
CaF2cubic21841.121.310.339141810.025.92
CdF2cubic21840.951.310.392106017.3012.98
AgF2orthorhombic21420.941.2850.4046976.146.34
MnF2tetragonal21630.831.300.44190010.008.53
FeF2tetragonal21630.781.300.46295016.6713.63
ZnF2tetragonal21630.741.300.48194713.3410.93
CuF2monoclinic21630.731.300.48583613.0011.72
MgF2tetragonal21630.721.300.490126319.5712.74
BiF3orthorhombic3182, 31.171.300.4926505.425.88
LaF3trigonal3182, 31.161.300.496149312.577.12
CeF3trigonal3182, 31.141.300.504143713.938.14
UF3hexagonal3182, 31.0251.300.55514959.205.20
YF3orthorhombic3182, 30.901.300.62011556.994.90
InF3trigonal31620.801.2850.690117216.0111.08
SbF3orthorhombic31620.761.2850.7172875.7010.17
ThF4monoclinic41821.051.2850.734111010.467.57
UF4monoclinic41821.001.2850.76610369.417.18
RuF3trigonal31620.6651.2850.789102712.569.63
VF3trigonal3141, 20.641.2850.810139514.258.54
BeF2trigonal21420.271.2850.8275501.591.93
CrF3trigonal31620.6151.2850.831110016.509.72
ZrF4tetragonal4161, 20.721.2850.99591012.2110.32
SnF4tetragonal4161, 20.691.2851.0254425.537.73
NbF5monoclinic5161, 20.641.2851.349802.045.77
TaF5monoclinic5161, 20.641.2851.349972.005.41
WF5orthorhombic5161, 20.621.2851.3781073.148.23
MoF5monoclinic5161, 20.611.2851.392451.023.19
SiF4cubic41410.261.2851.676−871.417.60

Note: CN+ and CN mean coordination numbers for cations and anions, respectively, and these values were cited from Ref.16.

Fig. 2.

Melting temperature TL, enthalpy of fusion ΔHf° and entropy of fusion ΔSf° correlated with bond strength index I for pure oxides.

Table 2. Values of I, TL, ΔHf° and ΔSf° for pure oxides.
oxidestructureZ+ (−)Z (−)CN+ (−)CN (−)r+ (Å)r (Å)I (1/Å2)TL (°C)ΔHf°
(kJ/g-atom)
ΔSf°
(J/g-atom/K)
K2Ocubic12481.371.420.2577409.018.89
Na2Ocubic12480.991.420.344113315.9111.32
Li2Ocubic12480.591.420.495143311.886.89
BaOcubic22661.351.400.529197323.0210.25
Cu2Ocubic12240.461.380.591123521.8714.42
SrOcubic22661.181.400.601253240.5214.45
CaOcubic22641.001.400.694257040.0012.61
PbOorthorhombic22440.981.380.71888712.7711.02
FeOmonoclinic22660.781.400.842137112.037.29
MgOcubic22660.721.400.890281038.5112.42
NiOcubic22660.691.400.916195525.3311.36
MnOcubic22640.671.400.934187521.9610.38
ZnOhexagonal22440.601.381.020197535.0115.56
La2O3cubic32641.0321.381.031221723.609.48
Y2O3cubic32640.901.381.154243523.808.79
ThO2cubic42841.051.381.355339030.278.26
BeOcubic22440.271.381.469257843.0015.08
Al2O3trigonal32640.5351.381.636205422.229.55
Cr2O3trigonal32640.491.381.716233025.949.96
ZrO2monoclinic42630.721.361.849271018.336.15
SnO2tetragonal42630.691.361.90416307.814.10
TiO2monoclinic42630.6051.362.072184322.3110.48
Nb2O5monoclinic5262, 30.641.362.500151214.908.35
GeO2trigonal42420.391.352.64211164.193.02
V2O5orthorhombic52520.461.353.0526759.159.60
SiO2tetragonal42420.261.353.08617233.191.60
B2O3trigonal32320.011.353.2444504.926.80
P2O5orthorhombic5241, 20.171.354.3285803.014.30

Note: CN+ and CN mean coordination numbers for cations and anions, respectively, and these values were cited from Ref.16.

Fig. 3.

Relation between ΔHf° and TL for pure fluorides and oxides. Slopes of the dashed lines are ΔSf°.

次に,I値→0におけるΔSfの漸近値を簡単に考察する。I値→0では結晶は完全なイオン結合性で,溶融後は単純イオンに全て解離し無秩序配列状態になると仮定する。ここで,固体化合物結晶A1-yByを考え,溶融過程を仮想的に2段階に分けて,(i)一旦,化合物が規則構造を保ったまま溶融した際の振動のエントロピー増加分ΔSf(i),および,(ii)溶融状態の化合物のカチオンとアニオンが無秩序配列した際の配列のエントロピー増加分ΔSf(ii)を求め,その和をΔSfとする(式(4)~式(6))23)

  
ΔSf°=ΔSf°(i)+ΔSf°(ii)(4)
  
ΔSf°(i)=8.4(5)
  
ΔSf°(ii)=R((1y)ln(1y)+yln(y))(6)

(i)の段階は,純金属と同様,Richardsの法則が成り立つとして式(5)の通りΔSf(i)=8.4(J/g-atom/K)(以下,単位は同じ),(ii)の段階では,I<0.5のフッ化物の代表値y=0.5~0.75並びにI<1.4の酸化物の代表値y=0.33~0.67において,式(6)よりΔSf(ii)=3.7~5.8であり,両者を合計するとΔSf=12~14となる。実際は,I値→0のとき,ばらつきの大きいフッ化物ではΔSf→9とやや低いが,酸化物ではΔSf→12で計算値と概ね一致し,理解が深められた(Fig.1~Fig.3)。

3・2 二,三および四成分系フッ化物

CaF2,LiFの純粋フッ化物を溶媒とし,他成分のフッ化物を溶質として加えた二成分系フッ化物,CaF2-LiF,LiF-NaFの二成分系フッ化物を溶媒とし,他成分のフッ化物を溶質として加えた三成分系フッ化物,および,CaF2-LiF-NaF,LiF-NaF-KF三成分系フッ化物を溶媒とし,他成分のフッ化物を溶質として加えた四成分系フッ化物においても,純粋フッ化物と同様,溶融温度TLI値で概ね整理できた(Fig.4Fig.5)。いずれのフッ化物系においても,溶融温度は溶媒フッ化物単味のときが最も高く,加える溶質フッ化物のI値が溶媒フッ化物に対して絶対値の差が大きいほど溶融温度が低下する傾向があった。また,成分数が増すほどTLの絶対値は低下し,溶質添加によるTLの減少量も小さくなった。多成分系フッ化物に溶質フッ化物を添加したときのTLI値の関係についても,純粋フッ化物と同様の考え方で定性的に理解できる。即ち,(i)溶媒とほぼ同じI値の溶質成分を加えた場合は,成分数の増加によりΔSfは増加するがΔHfは殆ど変わらずTL(≅ΔHf/ΔSf)は少し下がる程度,一方,(ii)溶媒よりI値が低い成分を加えた場合は,成分数の増加によるΔSfの増加と結合力減少によるΔHfの低下両方でTLはかなり下がる,(iii)溶媒よりI値が高い成分を加えた場合は成分数の増加によるΔSfの増加と共有結合性増加によるΔHfの低下の両方で,この場合もTLはかなり下がることになる,また,(iv)溶融状態で各成分のモル濃度が概ね等しいとき,溶媒が多成分系であるほど新たに加えた溶質成分のモル濃度は当然小さくなるので,TLの低下量も小さくなる。これらの結果も,絶対値は異なるが多成分系酸化物の溶融温度TLと指標Iの関係(Fig.6Fig.7)と傾向は同じで,興味深い。

Fig. 4.

Melting temperature TL correlated with bond strength index I for CaF2-based binary(a), ternary(b) and quaternary(c) fluorides.

Fig. 5.

Melting temperature TL correlated with bond strength index I for LiF-based binary(a), ternary(b) and quaternary(c) fluorides.

Fig. 6.

Melting temperature TL correlated with bond strength index I for Al2O3-based binary(a), ternary(b) and quaternary(c) oxides.

Fig. 7.

Melting temperature TL correlated with bond strength index I for CaO-based binary(a), ternary(b) and quaternary(c) oxides.

4. 結言

純成分並びに多成分系フッ化物の溶融温度TLを,カチオン-フッ素アニオン間静電引力の指標Iで,整理した。両者の関係は,酸化物の場合と同様の傾向を示すことを確認した。従って,多成分系フッ化物において実測状態図あるいは計算状態図の情報が不足している場合に,大凡の溶融温度を推測する一つの簡便な手段として指標Iによる本整理方法は使える。本方法がスラグやフラックス設計の一助になれば幸いである。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本鉄鋼協会

This is an open access article under the terms of the Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivs license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top