鉄と鋼
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論文
低炭素鋼における熱間加工後の再結晶時のγ粒界偏析ボロンの変化
寺澤 大樹 島田 祐介石川 恭平滑川 哲也藤岡 政昭星野 学
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2023 年 109 巻 2 号 p. 116-128

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Abstract

The effect of prior austenite (γ) recrystallization and BN precipitation on B segregation behavior at prior austenite grain boundaries (PAGBs) was investigated by electron backscatter diffraction (EBSD) and time of flight secondary ion mass spectroscopy (TOF-SIMS). We measured changes in the BO2 signal intensity (SI) at PAGBs of 0.09C steel during isothermal holding after deforming at 850°C. The γ recrystallization started within 10 seconds of isothermal holding, and SI at recrystallized PAGBs 10 seconds after deforming was almost the same as prior to the deformation, whereas SI at non-recrystallized PAGBs showed lower values. When subjected to isothermal holding for more than 10 seconds, BN precipitation increased and SI at PAGBs decreased. This decrease in SI was attributable to the decrease in the amount of soluble B caused by BN precipitation. We also confirmed that SI at PAGBs of 70% Ni steel decreased immediately after deforming at 700°C, to levels lower than prior to the deformation. These findings indicate that the amount of segregated B at PAGBs decreases with deformation and the subsequent recovery behavior of SI depends on the recrystallization state. In addition, we measured the change in Vickers hardness (ΔHv) of 0.09C steel associated with B addition to investigate the effect of the amount of segregated B at PAGBs on the hardenability. ΔHv expressed in a linear function and increased as SI at PAGBs increased. These results suggest that the hardenability of B added steel is strongly related to segregated B at PAGBs.

1. 緒言

ホウ素(以下B)は数ppm程度の添加で鋼の焼入性を著しく向上させるため,鋼材の高強度化において有用な元素である1,2)。Bの焼入性向上効果は旧オーステナイト(γ)粒界(PAGB:Prior Austenite Grain Boundary)(以下γ粒界)の偏析Bによるものであり36),BNやFe23(C,B)6といったB析出物が生成した場合,効果が低下する714)。したがってBを用いて鋼材の焼入性を向上させる場合,Bのγ粒界における偏析挙動や析出挙動を理解することが重要である。特に,圧延や冷却で金属組織や材質を制御する直接焼入(DQ)や加工熱処理(TMCP)で重要である。単に再加熱焼入れ-焼戻し処理(RQ-T)でBを利用する場合は,再加熱温度における熱力学的な平衡関係(母相の固溶B量やそれと一定の関係にあると考えられるγ粒界の偏析B量)に基づいて焼入性向上効果が決定される1,2)が,DQやTMCPでBを利用する場合には,熱間圧延後のγ粒界の偏析B量が再結晶の進行やBの析出物の生成により複雑に変化し,焼入性も複雑に変化することが示されているからである15,16)

ImanakaらはFission Track Etching(FTE)法を用いた実験により,圧延直後のγ粒界にはB偏析による明瞭なコントラストが見られないこと,加工後に時間が経過し,再結晶したγ粒界にはBが偏析していることを示す明瞭なコントラストが観察され,更に時間経過するとBの析出物が生じ,γ粒界のB偏析が減少したことによりコントラストが再度不明瞭になることを指摘している15)。このように定性的な情報はいくつか報告されているが,FTE法では中性子線の照射条件や照射後のエッチング条件等の実験条件で結果が変化する他,定量的な情報はα線の飛跡がエッチングされたエッチピットの個数のみであることから,γ粒界の偏析B量の定量化を安定的に行うことは難しい。例えばHeらの結果ではα線の照射量が1×1014 neutron/cm2と4×1014 neutron/cm2の場合ではFTE像のコントラストが変化しており,中性子線の照射量が少ない場合,Bを示すエッチピットの数が減少し,中性子線の照射量が多い場合に見えていた粒界上のB偏析が見えなくなっている17)。またAsakuraらはエッチング時間でFTE像のコントラストが変化することを報告している18)。したがって,加工直後に偏析Bが加工前と比較してどの程度変化し,また再結晶の進行やBの析出に伴ってどのように変化しているのか,またγ粒界の偏析B量と焼入性とがどのように関係しているかについて定量的な知見は未だ得られていない。そのため,γ粒界の偏析B量を定量的に評価し,再結晶の進行やB析出に伴うγ粒界の偏析B量の変化と焼入性の関係を明らかにすることが求められている。

γ粒界の偏析B量の定量的な評価は,近年,三次元アトムプローブ法(3DAP)や球面収差補正走査透過型電子顕微鏡(STEM)と電子エネルギー損失分光法(EELS)の組み合わせといった測定手法により可能になっている5,6,1921)。しかし,これらの手法は観察視野が狭いという課題があり,γ粒界の偏析B量の変化に対する再結晶の影響を評価するには,γ粒を複数個含むような視野でγ粒界の偏析B量を測定する必要がある。なぜなら再結晶粒は未再結晶のγ粒界から生成し,粒内に成長するため,この過程での再結晶γ粒界,未再結晶γ粒界の偏析B量の変化をそれぞれ測定する必要があるからである。

これに対し,電子線後方散乱回折(EBSD)によるγ粒の分析結果と,二次イオン質量分析(SIMS)によるBの測定結果を組み合わせることで,数百μmの広い範囲でγ粒界の偏析BやBの析出物の状態を測定する手法がIshikawaらによって提案されている22)。彼らは飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)により,γ粒界に沿ってBO2-イオン信号強度を測定することで粒界上のB分布を定量化し,粒界上のFe23(C,B)6析出により,近傍の粒界で固溶Bが減少し,Bの焼入性向上効果が低下することを報告している。

SIMSによる粒界の偏析B量の測定の定量性については,試料の化学成分や表面の酸化状態に対象元素のスパッタリング収率やイオン化確率が影響され,信号強度が変化するマトリックス効果23)の影響があると言われているが,単一の母相成分における測定では正確さの高い定量分析が可能であり,近年SIMSを用いた定量分析の結果が報告されている24,25)。例えばDa Rosaらは,Fe-0.075C-2.5Mn-0.0020B鋼の熱処理温度を変化させた後,nano-SIMSで粒内のBO-信号強度を測定し,熱処理温度により数十ppmオーダーで変化した固溶B量を定量分析している24)

そこで本研究では,単一の母相成分の供試鋼において,EBSDによって変態後の金属組織から複数個のγ粒の粒界と再結晶状態を同定するとともに,同視野のTOF-SIMSによってBの分布を測定することで,再結晶の進行とBN析出に伴うγ粒界のB偏析の変化を定量的に調査し,加工後のγ粒界のB偏析挙動,およびB偏析とB添加鋼の焼入性の関係の明確化を行った。

2. 実験方法

2・1 実験の目的

本研究の目的は以下の3点である。

1.熱間加工後に生じるγ粒界の偏析B量の変化を再結晶やBの析出物の生成過程を通じて定量的に明らかにし,熱間加工後の焼入性の変化をγ粒界の偏析B量と関係づけて考察する。

2.とりわけ,従来知見で定性的に述べられている加工直後の未再結晶状態のγ粒界の偏析B量の低下の有無やその程度を明らかにする。

3.Bの析出に伴う粒界偏析B量の減少を明らかにする。

上記の目的を達成すべく,以下の実験を実施した。

2・2 実験方法

2・2・1 熱間加工後のγの再結晶やBの析出に伴う焼入性の変化の測定

B添加鋼のTMCPを模擬し,1パスの熱間加工後に一定時間の保持を行って再結晶やBの析出を生じさせた。この加工後の保持の時間を変化させることで,再結晶率やBの析出物の量を変化させ,その後に一定の冷却速度で室温まで冷却し,変態開始温度(Ar3)やビッカース硬度(Hv)を測定し焼入性を評価した。

Table 1に示す化学成分のBase鋼と10B鋼を真空溶解により作製した。10B鋼で熱間加工後の等温保持中に窒化ボロン(BN)析出が生じるように,化学量論比でTiに対し26 ppm程度Nが過剰となるよう,Nを50 ppm添加した。

Table 1. Chemical compositions of test steels. (mass %)
CSiMnSTiBNNiFe
Base Steel0.0900.0501.550.00050.0080.0050Bal.
10B Steel0.0900.0501.550.00050.0080.00100.0050Bal.
70Ni Steel<0.0010.0030.00120.000570.1Bal.

100 kgインゴットに鋳造し,1100°Cで加熱後に板厚50 mmまで熱間圧延を行い,室温まで水冷した。これらの圧延板から,直径8 mm,厚さ12 mmの円柱状試料を採取し,加工フォーマスタを用いて以下の加工熱処理を施した。また加工には窒化ケイ素(Si3N4)製のアンビルを用い,アンビルと円柱状試料の間には断熱性と潤滑性の向上のために円盤状の雲母箔を取り付けている。

Fig.1に示すように,1100°Cで600 s加熱した後,5°C/sで850°Cまで冷却し,厚さ6.6 mmまでひずみ0.6,ひずみ速度5 /sの1パス圧縮加工を施した。その後1,10,50,100,300 s保持し,15°C/sで室温まで冷却した。15°C/sの冷却中にはγの再結晶やBNの析出はほとんど生じない。

Fig. 1.

Heat and deformation pattern.

焼入性を評価するAr3は,15°C/sの冷却中に試料の直径方向で発生する膨張が10%進行した温度とした。また,Hvは試料の直径に沿って2分割し,切断面の高さ方向1/2,直径方向1/4で,荷重10 kgfで測定した。

再結晶率の変化は,二段圧縮試験により測定した。Fig.1の熱加工履歴と同様に850°Cで1パス圧縮加工し,1,10,50,100,300 s保持した後,再度同一の1パス圧縮加工を施し,真応力-真ひずみ曲線を測定し,軟化率ηを求めた。広く使用されている定義として「オフセット応力法」,「平均応力法」,「後方外挿法」がある26)。本研究では「オフセット応力法」を採用し,式(1)の形で定義した26)

  
Softeningratioη=(σmσ2)/(σmσ1)(1)

ここでσmは1パス目の最大応力,σ1σ2は1パス目,2パス目のオフセット応力である。オフセット応力としては,0.2%,2%,5%流動応力がよく使用される。軟化率は転位の回復と再結晶を含んだ指標であるが,オフセット応力に対応するひずみが大きいほど回復の影響が差し引かれる。しかし,いずれのオフセット応力を選んだ場合でも回復の影響のみを正確に差し引くことは困難であり,回復が及ぼす再結晶率の誤差が最も大きい再結晶開始時でも高々25%程度であること27)から,今回はBに関する従来知見27,28)でよく採用されてきた0.2%流動応力を採用し,この軟化率ηをそのまま再結晶率XRとして扱った。

2・2・2 熱間加工後のγ粒界の偏析Bの測定

加工後の再結晶の進行やBの析出の進行に伴うγ粒界の偏析B量の変化を定量的に調査するため,TOF-SIMSの測定を行った。また,再結晶粒と未再結晶粒を区別するためにEBSDの測定も行った。

850°Cの圧縮加工までは2・2・1と同様にFig.1に示す処理を施した円柱状試験片を,加工後10,50,100 s保持した後,室温まで水冷した。水冷によりγ粒界の偏析B量は水冷開始時のγ粒界の偏析B量またはこれを反映したものとなる。水冷後の試料は直径に沿って2分割し,切断面の高さ方向1/2,直径方向1/4の位置300×300 μm2の領域でEBSD測定,TOF-SIMS測定を実施した。

EBSD測定は電界放出型走査電子顕微鏡JSM-6500Fを使用し,0.5 μmピッチで実施した。EBSDの測定結果から,ベイナイト,マルテンサイト組織のバリアント自動解析プログラム29)を用いて,変態前のγの結晶方位を再構築し,γ粒界を求めた。今回の解析では隣接した測定ピクセルとの角度差が10°以上であるピクセル間の境界をγ粒界とした。なお,水冷した試料のHvは加工後10,50,100 s保持材でそれぞれ378,363,362と,0.09C鋼のマルテンサイトの硬さ30)である373 Hvと同程度であり,SEM観察,EBSD測定によっても全体がベイナイト,マルテンサイト組織であることを確認した

また各γ粒の再結晶状態をGrain Orientation Spread(以下GOS)解析で同定した。通常は再結晶粒内の方位差は1°未満と考えられる31)が,マルテンサイト変態時の変態ひずみにより,再構築後は再結晶粒であっても5°以内の粒内方位差を含有する可能性がある。これを考慮し,本研究ではGOS解析における再結晶状態の判定の閾値を1°+5°で6°とした。

TOF-SIMS測定にはTOF-SIMS5を用いた。測定前に試料表面の汚染層をCsイオンビームでスパッタリング除去した後,一次イオンとしてビーム径が0.1 μmのBi+を使用し,Bを含む二次イオンとしてBO2-(質量電荷比m/z=43)を検出した。測定視野を2048×2048画素で測定し,得られたマップデータを256×256画素にビニングした

またB析出物の分析のため,B析出物の同定とB析出量の定量測定を実施した。B析出物種の同定には透過電子顕微鏡(TEM)を用い,エネルギー分散型X線分光法(EDS)および電子線回折法による分析を実施した。B析出量の定量測定は電解抽出残渣法で実施した。水冷した試料を定電位電解した後,孔径0.2 μmのニュクリポアー・メンブレンにてろ過した。回収した残渣を硫酸・リン酸溶液にて分解,蒸留した後,Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectrometer(ICP-OES)でB析出量を測定した。

2・2・3 70Ni鋼を用いた熱間加工直後のBのγ粒界とγ粒内の偏析状態の測定

熱間加工時のBはγ粒内の変形帯などの加工組織や転位への偏析が指摘されている32)ことから,加工直後のγ粒界の偏析B量の低下については,これらの新たな偏析サイトへBが移動することが原因の一つと考えられる。そこでγの加工組織とBの存在状態の関係について詳細な検討を行うために室温でもγのまま変態しないTable 1の70Ni鋼を用いて実験を行った。2・2・2のような変態を伴う試料ではγの加工組織を特定することは困難だからである。

70Ni鋼は真空溶解により作製され,Bの析出の抑制のため,C,Nを10 ppm未満まで低減した。25 kgインゴットに鋳造し,1250°Cで加熱後,板厚15 mmまで熱間圧延し,空冷した。圧延板から,直径8 mm,厚さ12 mmの円柱状試料を採取し,加工フォーマスタを用いて以下の加工熱処理を施した。1000°Cで100 s加熱し,厚さ9.8 mmまでひずみ0.2,ひずみ速度5 /sの1パス圧縮加工を施した後,20 s保持することで,測定領域に数十個のγ粒が入るよう,50 μm程度にγ粒径を制御した。その後,5°C/sで700°Cまで冷却し,ひずみ0.0(加工なし),0.1,0.3,0.6,ひずみ速度5 /sで1パスの圧縮加工を施し,1 s後に室温まで水冷した。水冷後の試料は直径に沿って2分割し,切断面の高さ方向1/2,直径方向1/4の位置300×300 μm2の領域において,EBSD測定,TOF-SIMS測定を実施した。

3. 実験結果

3・1 Base鋼と10B鋼のγの再結晶と焼入性の関係

Base鋼と10B鋼について,2・2・1で行った実験結果について,加工後保持時間とXR,Ar3,Hvの関係をFig.2(a),(b),(c)に示す。

Fig. 2.

The effect of holding time on (a) XR. (b) Ar3, (c) Hv. (Online version in color.)

Base鋼では加工後50 sの間に再結晶が進行したが,Ar3,Hvは顕著な時間依存性を示さなかった。一方,10B鋼は,加工後1 sでは未再結晶状態であり,その後10 sまでに30%程度,50 sまでに90%程度再結晶が進行した。また,Ar3は保持時間にかかわらずBase鋼よりもほぼ低く,焼入性が高いことが分かる。加工後の保持時間に伴うAr3の変化は,加工直後の1 sから,10 s経過し部分的に再結晶する間に40°C程度低下し,顕著な焼入性の向上が認められた。その後,Ar3は時間経過とともに高くなり,300 s後にはBase鋼と同程度となり,Bによる焼入性向上効果が消失した。HvもこのAr3の変化を反映した傾向を示した。加工後10 sまでは時間が経過し再結晶が進行するにしたがいHvが増大し,その後は時間経過に伴い低下し,300 sでBの効果がほぼ消失した。

Base鋼では,再結晶の進行に伴う焼入性の変化は小さく,10B鋼では,加工直後にもある程度認められた焼入性向上効果が再結晶の進行とともに一旦増加するが,さらに時間が経過し再結晶が進むと焼入性向上効果が失われることが分かった。このBase鋼との比較から,焼入性と強く関係するγ粒界の偏析B量が再結晶の進行とともに変化していることが推察された。このような加工による焼入性の変化はB添加鋼ではしばしば報告されているが15,16),従来の報告では再結晶やBの析出に伴うγ粒界の偏析B量の変化と関連付けて定量的な議論がなされていない。

3・2 γ再結晶,BN析出の進行とγ粒界の偏析B量の関係

3・1では,B添加鋼でみられる加工後の焼入性の複雑な変化を示した。ここでは,2・2・2に示した実験で加工後の保持時間を変化させて再結晶率を変化させ水冷した試料をEBSDとSIMSを同一視野で測定することによって再結晶の進行とγ粒界の偏析B量の関係を示す。まずEBSDの測定結果をFig.3に示す。「IPF(BCC)」像は変態後の金属組織の結晶方位マップ,「IPF(FCC)」像は再構築したγ組織の結晶方位マップである。また「GOS」像は2・2・2のGOS解析法(未再結晶粒はGOS≧6°,再結晶粒はGOS<6°)により,γ粒を再結晶粒と未再結晶粒に分類した結果である。加工後10 sでは左右に延伸した未再結晶粒の割合が多く,50,100 sと時間が経過するに従い,等方的で微細な再結晶粒が増加し,未再結晶粒の割合が減少した。

Fig. 3.

EBSD IPF (BCC, FCC) image maps and GOS image maps with EBSD 10° boundaries. IPF (FCC) map was reconstructed from IPF (BCC) map data. EBSD GOS image map with EBSD 10° boundaries. In GOS image maps, green hatched regions represent non-recrystallized PAGs. XR represents the area fraction of recrystallized PAGs measured from EBSD GOS map. (Online version in color.)

続いてTOF-SIMSでEBSDと同一視野について測定した,BO2-イオンの信号強度分布(以下BO2-イオンマップ)をFig.4(b),(c),(d)に示す。EBSDで取得したγ粒界とBO2-イオンマップの高輝度の部位がよく一致しており,高輝度の部位がγ粒界の偏析Bを示すことが分かる。またBO2-イオンマップ上には粒状の高輝度の部位も存在し,こちらは粒状であることとBO2-イオンマップの輝度がγ粒界の偏析Bに対応する部分よりかなり高いことからBの析出物であると判別できる。本供試鋼のB析出物については別途実施したTEMを用いたEDSおよび電子線回折法による分析から,BNであることを確認している。

Fig. 4.

TOF-SIMS BO2 ion maps measured at the same region as EBSD. White lines indicate the grain boundaries on which BO2 ion signal intensity is measured for Fig.6. The solid, dotted and dashed lines represent measured re/recrystallized, re/non-recrystallized and non/non-recrystallized PAGBs, respectively. (Online version in color.)

なお,Fig.4(a)に示す,加工なしで10 s保持した試料のγ粒界のBO2-の輝度は.加工を行った(b),(c),(d)に比較して高いと推察された。また,加工後10 sや50 sでは,加工なしの場合に比較して,BO2-イオンマップの輝度についてγ粒界毎に顕著な差がある。特に扁平した未再結晶γ粒界上の輝度が低く,再結晶γ粒界上の輝度は高い。さらに再結晶が進行した50 s後も同様である。しかし,再結晶がほぼ完了した加工後100 sでは,再結晶γ粒界にBの強い偏析が期待されたが,逆にBO2-イオンマップの輝度は低かった。加工後100 sではBO2-イオンマップで粒状の高い輝度として見えるBN析出の数が明確に増加していたことから,BNが再結晶の進行中に析出していることが確認された。このことから,γ粒界の偏析B量の減少はBNの析出によりマトリックス中の固溶B量が減少したためである。これについては4・4で詳細に検証する。

ここでは,再結晶の進行過程における未再結晶粒と再結晶粒のそれぞれのγ粒界の偏析B量に対して,未再結晶粒界では偏析が加工前に比較して減少し,時間が経過しても減少したままであることや,再結晶したγ粒界の偏析B量が回復していることが明確に示された。再結晶の進行に伴うB添加鋼の焼入性の回復は従来から指摘されているところであるが,再結晶γ粒界と未再結晶γ粒界の偏析Bの回復挙動の違いはEBSDの逆解析とSIMS測定を組み合わせた結果初めて得られた知見である。

3・3 加工によるγ粒界の偏析Bの減少が示すひずみ量による変化

70Ni鋼を700°Cでひずみ(ε)を0.0(加工なし)~0.6の間で変化させて加工し,1 s後に水冷した試料のEBSD,TOF-SIMSの測定結果をFig.5に示す。「IPF」像は金属組織の結晶方位マップ,「KAM」像はKernel Average Misorientation(KAM)値で示した局所方位差マップ,「BO2-」像はBO2-イオンマップで,全て同視野を観察している。KAMは隣接した測定点との平均方位差であり,幾何学的に必要な転位(GND)の密度と線形関係にある33)ため,KAM値の高い領域は転位密度が高く大きな結晶回転が生じていることを示している。

Fig. 5.

EBSD IPF and KAM image maps and TOF-SIMS BO2 image maps measured at the same region in 70Ni steels. The square regions surrounded by white lines are shown in Fig.6. White arrows indicate the γ grain in which BO2 ion signal intensity is measured for Fig.10. (Online version in color.)

EBSDの結果では,加工によるひずみの増加にしたがい,γ粒が扁平化しKAM値が増加した。また高いKAM値を示す領域が粒内に広がっていった。TOF-SIMSの結果では,いずれの供試鋼においても粒界上のBO2-イオンマップの輝度が高く,Bが明瞭にγ粒界に偏析していることが分かる。また,γ粒界のB偏析によるBO2-イオンマップの輝度は加工によるひずみが大きいほど低く,とりわけ加工によるひずみεが0.6の時にはγ粒界の輝度が低くなっていることが分かる。同時に,加工なし(ε=0.0)の供試鋼ではγ粒界にのみBが偏析していたが,加工した供試鋼では,γ粒内にBO2-イオンマップの輝度が高い線状の領域が確認された。代表的な例として,Fig.5の「IPF」像,「KAM」像で白い四角形で囲まれた領域について拡大した「IPF」,「KAM」,「BO2-」像をFig.6に示す。Fig.6にみられるように,このγ粒内の高輝度の部位は,加工された焼鈍双晶境界や,変形帯などの加工組織にBが偏析したものと推定される。さらにこの領域はひずみ量の増加にしたがい増加しており,ひずみ量が増加するとγ粒内にもBが偏析することが確認された。このような,加工によるγ粒界の偏析B量の減少と焼鈍双晶や変形帯への偏析は従来FTEによる実験でも指摘されているところであるが,EBSD測定により加工組織を特定した上で,加工組織へのBの偏析をSIMSで精度よく比較した例はない。

Fig. 6.

EBSD IPF and KAM image maps and TOF-SIMS BO2 image maps of 70Ni steels. (Online version in color.)

このようなγ粒内の加工組織へのBの偏析が進む一方で,γ粒界の偏析が低下することは,一見Bがγ粒界からγ粒内の加工組織に移動したかに思われる。考察では,このような加工によるγ粒界の偏析B量の低下のメカニズムについてのいくつかの可能性を議論する。

4. 考察

4・1 10B鋼のγ粒界の偏析B量の定量評価

3・1では,10B鋼の焼入性は熱間加工後に一旦失われ,その後再結晶の進行とともに回復し,再結晶の後期には再度低下することを示した。3・2では,EBSDとTOF-SIMSの同一視野の測定により,加工後の未再結晶γ粒界の偏析B量が加工前の量から減少し,その後も増加しないこと,再結晶が生じるとその再結晶γ粒界には未再結晶γ粒界よりも多くBが偏析すること,その後BNが析出すると粒界の偏析B量が急激に減少することが分かった。ここでは,加工から再結晶の進行,BN析出の進行に伴うγ粒界の偏析B量の変化を3・2で得られたTOF-SIMSのBO2-信号強度を用いて定量的に評価した。なお,TOF-SIMSの定量性については緒言で述べた通り同一試料,単一成分での定量性はある程度認められているものと考えている。

Fig.7に加工後の保持時間と各種のγ粒界の偏析B量に対応するBO2-信号強度の変化を示す。図中の各点は,加工後の保持時間が10,50,100 sの試料について,EBSDの測定結果から判断した再結晶/再結晶γ粒界(re/recrystallized PAGB),再結晶/未再結晶γ粒界(re/non-recrystallized PAGB),未再結晶/未再結晶γ粒界(non/non-recrystallized PAGB)の3種類のγ粒界を各5か所ずつ任意に選択し(選択したγ粒界はFig.4に図示した),それぞれの箇所でγ粒界に沿って10 – 60 μm程度の長さでBO2-信号強度を測定し,平均した。また図中の各破線は5つの粒界の信号強度の平均値を示している。また比較として,加工なしのγ粒界のBO2-信号強度も示している。こちらは300×300 μm2の領域に含まれる全てのγ粒について,各γ粒の粒界の全長のBO2-信号強度の平均を求め,さらにそれらをγ粒の個数で平均したものである。また,図中のエラーバーはγ粒の平均BO2-信号強度の標準偏差を示している。

Fig. 7.

Holding time dependence of BO2 ion signal intensity at PAGBs in 10B steels. (Online version in color.)

加工なしの保持時間が10 sや50 sでは,保持温度の850°Cで平衡状態にあると考えられ,BO2-信号強度は155 counts程度の値である。また加工なしで10 s保持する前後でBの偏析状態,析出状態はほとんど変化しないと考えており,加工前のBO2-信号強度は,この加工なしで10 s保持した試料のBO2-信号強度155 countsと等しいと考えている。

BがMcleanの平衡偏析モデル34)にしたがい偏析すると考えると,γ粒界の偏析B量XBGBは,γ粒内の固溶B量XB,偏析エネルギーEsegを用いて式(2)のように表される。

  
XBGB=XBexp(EsegkT)1XB+XBexp(EsegkT)(2)

と表される。式(1)中のkはボルツマン定数で,8.6×10-5(eV/K)である。加工なしで10 s保持した試料において,添加した10 ppmのBが全て固溶しγ粒界に平衡偏析しているとすると,Eseg=-0.65(eV)35)として計算した場合,加工なしのBO2-信号強度である155 countsはγ粒界の偏析B量はXBGB=4.1 at%程度の濃度となる。

Fig.7中にエラーバーで示している加工なしのBO2-信号強度の標準偏差から,測定領域における全粒界のばらつきは25 counts程度であることが分かる。今回測定した加工後のγ粒界におけるばらつきは8から20 counts程度と,加工前のばらつきより小さいか同程度の値を示した。この信号強度のばらつきは,粒界性格などによる本質的なものと,表面の酸化状態などTOF-SIMSの測定ばらつきによるものと考えられる。このばらつきの範囲内で加工後のBO2-信号強度は以下のように変化した。

加工後の保持時間が10 sの時は,加工なしのBO2-信号強度が155 countsであるのに対し,未再結晶/未再結晶γ粒界上の信号強度は126 counts程度と,加工前の推定BO2-信号強度155 countsよりも低くなっており,加工によりγ粒界の偏析B量は平衡偏析量より80%程度に減少することが確認された。

再結晶により新生した再結晶/未再結晶γ粒界,再結晶/再結晶γ粒界上のBO2-信号強度は150 counts程度と,加工前の推定BO2-信号強度155 countsと同等かやや減少した。よって再結晶γ粒界上にはBは平衡量まで偏析すると考えられる。やや減少している原因は,加工後の保持中のBN析出による平衡偏析量の減少が原因と推察される。

加工後の保持時間が50 sでは,再結晶/未再結晶γ粒界,再結晶/再結晶γ粒界のBO2-信号強度は,10 sと比較し減少した。一方,未再結晶/未再結晶γ粒界のBO2-信号強度は124 countsと,10 sと同程度かわずかに減少した。このように再結晶γ粒界では10 sでも平衡偏析量に到達しているのに,未再結晶γ粒界では50 sでもγ粒界の偏析B量が平衡偏析量まで回復しないのは興味深い現象である。未再結晶γ粒界にはB偏析が通常の平衡とは異なっているのではないかと考えられた。この点については4・3で考察する。

加工後の保持時間が100 sでは,再結晶率がほぼ100%で未再結晶γ粒界は顕著に少ない。ほぼ全体を占める再結晶γ粒界のBO2-信号強度は加工なしの推定155 countsから100 counts程度まで65%程度に顕著に低下した。加工後10 sの再結晶γ粒界と同様に,50 s,100 sのBO2-信号強度の減少も,Fig.4に確認できるBN析出による固溶Bの減少が原因と考えられた。BNの析出と粒界の偏析B量の関係については4・4で考察する。

4・2 γ粒界の偏析B量とHvの関係

4・1では,加工後の保持時間の増加に伴う再結晶/再結晶γ粒界,再結晶/未再結晶γ粒界,未再結晶/未再結晶γ粒界の偏析B量の変化を示した。ここでは定量化したγ粒界の偏析B量と焼入性の関係について考察する。焼入性の指標としてはFig.2の10B鋼のHvとBase鋼のHvの差ΔHvを用いる。ΔHvを用いる理由は,未再結晶域圧延や再結晶といった,γ粒界の偏析B量の他に焼入性を変化させる組織変化の影響を低減するためである。熱間加工した場合,未再結晶域圧延によるγ粒の扁平化や転位組織の導入,また再結晶によるγ粒の微細化により変態の核生成サイト数が増加すること,また核生成サイトであるγ粒界のレッジ化やひずみエネルギーの増加による変態の活性化エネルギーが低下することにより焼入性が低下する36,37)。従ってγ粒界の偏析B量が焼入性に及ぼす影響を調査するためには上記の加工の影響を取り除く必要がある。今回はB添加によって加工組織や再結晶挙動が大きく違わないことを利用し,10B鋼とBを含まないBase鋼のHvの差ΔHvを用いることで,これらの組織に依存する効果を差し引いている。

次に試料内の平均的なγ粒界の偏析B量としてFig.7で求めた再結晶/再結晶γ粒界のBO2-信号強度(=Ire/re),再結晶/未再結晶γ粒界のBO2-信号強度(=Ire/non),再結晶粒界/再結晶再結晶未再結晶/未再結晶γ粒界のBO2-信号強度(=Inon/non),GOS解析から測定した加工後10,50,100 sにおける全粒界長さに対する再結晶/再結晶γ粒界長さの割合fre/re(加工後10,50,100 sでそれぞれ0.14,0.55,1.0)再結晶/未再結晶γ粒界長さの割合fre/non(加工後10,50,100 sでそれぞれ0.41,0.25,0.0)と未再結晶/未再結晶γ粒界長さの割合fnon/non(加工後10,50,100 sでそれぞれ0.45,0.20,0.0)を用いて,γ粒界の平均偏析B量を表す平均BO2-信号強度Iaveを式(3)のように定義する。

  
Iave=Ire/re(1fre/nonfnon/non)+Ire/nonfre/non+Inon/nonfnon/non(3)

求めた試料の平均BO2-信号強度IaveとΔHvの関係をFig.8に示す。図中には,加工後1 sの点もプロットしてある。加工後1 sは完全未再結晶と考えられるため,fre/re=1.0として,加工後10 sのInon/nonの値を用いてIaveを算出した。IaveとΔHvの関係はきれいな直線となった。このように,再結晶γ粒界および未再結晶γ粒界それぞれの偏析B量を定量的に評価することで,再結晶とBNの析出により複雑に変化するBの焼入性向上効果が,今回測定された範囲ではγ粒界の偏析B量に伴い一次関数的に増加することが分かった。

Fig. 8.

The effect of segregated B on the hardenability of 10B steels. (Online version in color.)

4・3 加工によるγ粒界の偏析B量の減少と再結晶による回復

4・2では,10B鋼の加工後の焼入性(ΔHv)の変化がγ粒界の平均偏析B量(平均BO2-信号強度)と良い相関があることを示した。また,3・2,3・3,4・1ではγ粒界の偏析B量の変化は,加工直後に低下し,未再結晶状態では変化せず,再結晶の進行とともに回復することを述べた。ここでは加工直後のγ粒界の偏析B量の減少メカニズムについて,70Ni鋼の実験結果を用いて考察する。Fig.9Fig.5に示した700°Cでひずみ量を変化させ加工して1 s後に水冷した試料のTOF-SIMSの測定結果から全てのγ粒について,各γ粒の粒界の全長のBO2-信号強度の平均を求め,さらにそれらを個数で平均したものである。また,図中のエラーバーはγ粒の平均BO2-信号強度の標準偏差を示している。なお,測定するγ粒界の選択にあたってはランダム粒界のみに限定した。双晶境界であるΣ3などの対応粒界は界面の整合性がよいため,少なくとも加工前には優先的なBの偏析サイトにはならない。今回の目的はγ粒界の偏析B量が加工によってどう変化するかを調べることなので,対応粒界は測定対象外とした。

Fig. 9.

The effect of strain on TOF-SIMS BO2 ion signal intensity of 70Ni steels. (Online version in color.)

Fig.9によれば,γ粒界のBO2-信号強度の平均はひずみ量が0の場合に最も高い値を示しており,その後,ひずみ量の増大に伴い単調に減少した。このことから,加工によりγ粒界の偏析B量が減少することがはっきりと確認された。未再結晶温度域での加工は,フェライト(α)変態を促進し焼入性を低下させることが知られているが,B添加鋼ではこれに加えてγ粒界の偏析B量が加工によって減少することによる焼入性の低下が重畳することが分かる。

次に,そのメカニズムについて考察する。γ粒界の偏析B量が減少した場合,減少分のBは析出物となるか,γ粒内に移動したと考えられる。今回測定した70Ni鋼に関しては,C,Nともに10 ppm未満であり,炭化物,窒化物の析出が抑えられていること,またTOF-SIMSの測定からも析出物がほぼ見られなかったことから,γ粒界で減少した分のBは析出しておらず,固溶Bとして粒内に移動したと考えられる。したがって,粒内のB量はその分増加しているはずである。このγ粒内のB量の増大の有無を確認するため,Fig.5の加工なし(ε=0)とε=0.6の「IPF」像中に矢印で示した粒について,γ粒界,γ粒内のBに対応するBO2-信号強度を比較して解析した。具体的にはFig.10中の白線で示された矢印に沿って120 μmの長さのBO2-信号強度をプロットしてその大小を比較した。

Fig. 10.

EBSD IPF and KAM image maps and TOF-SIMS BO2 ion maps of 70Ni steels. (Online version in color.)

結果をFig.11に示す。Fig.11によれば,ε=0.6のγ粒界上のBO2-信号強度の平均値は276 countsで,ε=0の340 countsに比べて81%程度に減少していた。これは,4・1で10B鋼について得られた結果とほぼ同じである。次に,粒内のB量に相当するBO2-信号強度の平均値は,ε=0の場合,171 countsであった。ε=0.6の場合,γ粒内のB量に相当するBO2-信号強度の平均値は167 countsでわずかに低いものの,Fig.11中に矢印で示したように所々でγ粒界の70%から同程度の大きなBO2-信号強度を示す箇所が存在した。一方でε=0の場合,このような箇所はなかった。Fig.11において大きなBO2-信号強度を示す箇所と同一箇所をFig.10のKAMマップ中に矢印で示しているが,BO2-信号強度が高い箇所のほとんどは高いKAM値を示している。このBO2-信号強度とKAM値の対応から,γ粒内では変形帯などの転位が集積した箇所にBが偏析することが明らかとなった。

Fig. 11.

TOF-SIMS BO2 ion intensity measured along the white lines shown in Fig.10. (Online version in color.)

加工直後のγ粒界の偏析Bの減少について,従来は新生した再結晶γ粒界の移動速度にBが追従できない15),もしくは加工により変形するγ粒界の移動速度にBが追従できない16)ために粒内にBが取り残されて減少するというメカニズムが提唱されている。本研究にて確認された加工直後のBの減少は未再結晶粒界で生じているため,前者の再結晶γ粒界の移動を原因としたメカニズムでは説明できない。また後者は加工時のγ粒界の移動速度がBのγ粒界拡散速度よりも早い場合に生じると考えられるが,Bの粒界拡散速度は不明であるため,定量的に比較することは困難である。ただし,この場合,変形前のγ粒界に沿った帯状のB分布が変形後のγ粒内に残留することが予想されるが,Fig.5ではそのような分布は確認できなかった。今回,転位の集積部へのBの偏析が明らかになったことから,加工直後のγ粒界の偏析B量の減少は,Bが加工により導入された転位へ移動するなどの転位とBの相互作用によるものと考えられる。そこで,この転位とBの相互作用によるγ粒界の偏析Bの減少について,従来提唱されているものとは異なる下記の二つのメカニズムを想定している。

①γ粒内に導入された転位上に,γ粒内の固溶Bが偏析し,転位上以外のγ粒内の固溶B量が減少する。これによりγ粒界の平衡偏析量も減少するため,過剰なBがγ粒界からγ粒内へ拡散し,γ粒界の偏析B量が減少する。

②γ粒内に堆積した転位が粒界を経由して隣接粒に移動する際に,粒界上の固溶Bをトラップし粒内に引きずることで粒界偏析B量が減少する。

上記の①は,γ粒界と,転位上を除いたγ粒内,γ粒内の転位の3者での平衡を考えたものである。加工によりγ粒内に導入された転位に固溶Bが偏析すると,転位近傍の粒内の固溶B量が加工前の値よりも減少すると考えられる。これがγ粒界近傍で生じた場合,γ粒界のBはこの減少したγ粒内の固溶Bと平衡するために,過剰なγ粒界の偏析Bがγ粒内に拡散し,γ粒界の偏析B量が減少すると考えられる。

また上記の②は,冷間加工時のパーライト鋼におけるセメンタイト(Fe3C)の分解メカニズムとして提唱されている,転位がFe3C/α界面を越えてα粒内に移動することで,転位にトラップされたCがα粒内に移動し,Fe3C中のC濃度が低下するというもの3840)と同様である。

今回のEBSDとTOF-SIMSを用いた研究では,加工により粒内の転位の集積部へBが偏析することが分かったことから,粒内の転位にBが偏析し①,②などのメカニズムで粒界の偏析B量を減少させているのではないかと考えられたが,転位への直接の偏析の確認やその影響の定量的な見積もりはできなかった。これについては,例えば今回の粒界の偏析B量の減少が粒内のB量をどの程度増加させるかを見積もると,粒界厚さをδ,粒径をDγとした場合,体積比はO(δ/Dγ)のオーダーとなることから,粒内のB量の増分は0.1 ppm程度となり,ppmオーダーであるSIMSの感度以下となっているからと考えられる。今後3DAPなどによる詳細な検討が必要と思われる。

またFig.7では,未再結晶γ粒界の偏析Bは加工後50 s経過しても平衡偏析量まで回復しなかったのに対し,再結晶γ粒界上の偏析Bは10 s後には平衡偏析量と同程度まで回復した。この偏析挙動の違いを考察する。再結晶γ粒界のみ偏析B量が回復する理由は,成長する再結晶γ粒界にγ粒内のBが引きずられて偏析するsweep効果16,41)と,再結晶によりγ粒内の転位密度が減少し,粒内のBの偏析サイトが減少することで平衡偏析量が加工前の値まで回復する平衡量回復効果の二つが考えられる。850°CにおけるBの拡散係数はBusbyらの値42)を用いるとD=1.7×10-11(m2/s)となる。Bは50 sで2Dt=4×10-5(m)とγ粒径程度の距離を拡散できるため,sweep効果のない未再結晶γ粒界上にも平衡偏析量まで偏析できるはずである。よって偏析B量の回復挙動の違いはsweep効果を主要因として説明することはできず,転位密度の減少により未再結晶γ粒内のBが転位上から解放された結果によるものと考えている。

4・4 Bの析出によるγ粒界の偏析B量の減少

Fig.7に示すようにγ粒界の偏析B量に相当するγ粒界のBO2-信号強度は,加工後の保持時間が50 sから100 sの間で70%以下,100 counts程度まで大幅に低下した。このBO2-信号強度の低下がBN析出と対応しており,BN析出による固溶B量の減少が原因と推定されることは3・2で既に述べた通りである。しかし,この減少は加工による偏析B量の減少よりかなり大きく,最大の変化であるので,そのメカニズムについて考察した。

Fig.12に電解抽出残渣法で測定したBN析出量の加工後の保持時間依存性を示す。BN析出量は時間とともに増加し,加工後の保持時間が10,50,100 sの供試鋼においてそれぞれ1.6,2.8,5.2 ppmのBがBNとして析出した。Bの添加量である10 ppmからこのBNの析出量を除いた値を固溶B量として,4・1に示したMcleanモデルに代入しBN析出した際の平衡偏析B量を算出した。算出した平衡偏析B量と,Fig.7に示した再結晶/再結晶γ粒界のBO2-信号強度の関係をFig.13に示す。再結晶/再結晶γ粒界のBO2-信号強度と平衡偏析B量は線形に近い関係となっている。以上の結果から,BN析出によりγ粒内の固溶B量が減少し,γ粒界の平衡偏析B量が減少するためにγ粒界の偏析B量が減少すること,加工後50 sから100 sの間でγ粒界のBO2-信号強度の顕著な減少は,その間でのBN析出の増加量が大きく,γ粒界の偏析Bがより顕著に減少することが原因であることが明らかとなった。

Fig. 12.

Holding time dependence of BN precipitation at 850°C. (Online version in color.)

Fig. 13.

Segregated B concentration calculated by Mclean model and TOF-SIMS BO2 ion signal intensity at 850°C. (Online version in color.)

以上の考察の結果を以下にまとめる。加工直後,未再結晶γ粒界上の偏析B量は平衡偏析量と考えられる加工前の状態から減少する。この未再結晶γ粒界の偏析量は時間経過しても加工前の値まで回復しない。一方,再結晶が開始し新生した再結晶γ粒界には,Bが固溶B量と対応する平衡偏析量まで偏析する。加工後の保持時間とともにBN析出が増加すると,γ粒内の固溶B量が減少することで平衡偏析量が減少し,γ粒界の偏析B量が減少する。以上のことが定量的に明らかとなった。また,そのように求めたγ粒界の偏析B量と焼入性は直接の関係があり,B添加鋼の加工後の複雑な焼入性の変化を定量的に説明できる可能性が示された。

5. 結言

加工後のγの再結晶とBN析出が進行する際の,γ粒界のB偏析挙動およびγ粒界のB偏析と焼入性との関係を定量的に明らかにするため,EBSDにより変態前のγ粒界を再結晶粒界と未再結晶粒界に分離し,同視野においてTOF-SIMSでBO2-信号強度を測定した。主な結果は以下の通りである。

(1)低炭素鋼を用いて,再結晶が進行する際のγ粒界へのB偏析挙動を調査した結果,未再結晶/未再結晶γ粒界上のBは,平衡偏析量と考えられる加工前よりも減少し,時間経過しても回復しないこと,一方,再結晶が開始すると,新生した再結晶/再結晶γ粒界,再結晶/未再結晶γ粒界では,加工前と同程度まで偏析B量が回復することが分かった。またB添加による焼入性向上効果ΔHvは,再結晶の進行とBNの析出により,加工後の保持時間に対して非単調に変化するが,試料の平均BO2-信号強度とは線形の関係を示し,γ粒界の偏析B量とB添加鋼の焼入性が対応することが明らかとなった。

(2)70Ni鋼を用いて,加工直後のγ粒界の偏析B量の減少について調査した結果,γ粒界の偏析B量は,加工によるひずみの増加に伴い,減少量も増加するひずみ依存性を示す事が分かった。一方で,γ粒内の変形帯や加工された焼鈍双晶といった加工組織にBが偏析することが分かった。以上のことから,γ粒界の偏析B量の減少は,加工により導入された転位へのB偏析が影響している可能性が示唆された。

(3)加工後50 s以降にBN析出量が大きく増加すると,γ粒界の偏析B量は顕著に減少した。この偏析B量の減少は,BN析出の増加によりγ粒内の固溶B量が減少したことによるγ粒界の平衡偏析B量の減少によることが明らかとなった。

謝辞

本研究を進めるにあたって幾度も熱心に議論していただき,有益な示唆をいただいた,当社の先端技術研究所の高橋淳博士に深く感謝いたします。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本鉄鋼協会

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