鉄と鋼
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論文
熱延鋼板(SPHC)へのグリットブラスト加工による表面硬化の微視的研究
伊藤 敦広 鎌田 康平今福 宗行
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2023 年 109 巻 5 号 p. 398-405

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Abstract

The effect of grit blasting on the surface and depth properties of hot rolled low carbon steel was investigated. The residual stress depth profile and dislocation density of the specimen were determined using X-ray diffraction. Dislocation density was evaluated by modified Williamson-Hall / modified Warren-Averbach method. Both dislocation density and hardness are highest at the blasted surface and reduce gradually with depth. Compressive residual stress is induced in the blasted surface having a maximum value at a depth of 60 µm from the top surface. This is followed by a steady decrease of compressive stress with depth and finally become tensile. In this experiment, the square root of the dislocation density is proportional to the hardness, and the hardness of the top surface, which could not be measured due to the roughness of the surface, can be estimated. The coefficient α in the Bailey-Hirsch equation was derived from the slope obtained by plotting the shear stress calculated from the hardness against the square root of the dislocation density.

1. 緒言

1・1 背景

表面処理は溶射やめっきなど基材と異なる層をコーティングする際に不可欠なプロセスである。表面処理の中でもグリットブラストは,アルミナ,炭化ケイ素,SiO2,ZrO2,B4C,ダイヤモンドなどのグリットを,高速で基材表面に衝突させる技法であり基材表面のスケールや付着物を除去する事に用いられる1,2)。グリットブラストには表面付着物を除去する以外に基材の疲労寿命やコーティングの接着性を向上させる効果もある。Cattoniら3)はブラスト処理されたTi-6Al-7NbおよびAISI 316LVM基材の表面で圧縮残留応力が発生し,疲労亀裂の発生と成長が抑制されると報告している。また,Staiaら4)は,グリットブラストで表面を粗くするほどWC-Coコーティングの密着性が上がる事を報告している。また,Maruyama and Hirohata5)はグリットブラストされた炭素鋼基材のビッカース硬さ測定を行い,ブラスト時間が長いほど基材の表面硬さは増し亜鉛溶射被膜の密着度も上がると報告している。Gharaら6,7)は,グリットブラストされた様々な材料(low carbon steel,C45 steel,SS316,Ti-6Al-4V,Inconel 718,Hastelloy X)に対しビッカース硬さ,残留応力,転位密度の深さ方向分布を測定している。

鋭利なグリットを使用するグリットブラストに対し,丸い球を使用するショットピーニングについても加工後に転位密度が増加する事が知られており,Fuら8)は,ショットピーニングを施したSUS304の転位密度が2桁増加したことを報告している。また,Wu and Jiang9)は,ショットピーニングを施したInconel 625について,ビッカース硬さ,残留応力,転位密度の深さ方向分布を測定し,表面に生じた高い圧縮残留応力と高い転位密度が疲労強度と降伏強度の向上につながると報告している。

Ghara,Fu,Wuのいずれも転位密度の算出にはWilliamson-Hall法1012)を使用しているが金属がもつ弾性異方性のためWilliamson-Hall法では転位密度を正確に測定する事はできない。そこでLiuら13)はショットピーニングしたMg-8Gd-3Y合金について転位密度の深さ方向分布を測定する際に,ヤング率で弾性異方性を補正するWilliamson-Hall法14,15)を使用した。その式は以下の通りである。

  
βhklcosθhkl=kλD+[4sinθhkl(2Yhkl)12]u12(1)
  
u=(εhkl2Yhkl)/2(2)

ここでβhklDλは,それぞれhkl回折ピークの物理プロファイルの半値幅,結晶子サイズ,X線波長であり,uε2hklYhklは,それぞれエネルギー密度,格子ひずみ,ヤング率である。4sinθhkl(2/Yhkl)12に対してβhkl cos θhklをプロットした直線の傾きからuを求め,y切片からDを求める。転位密度の算出には通常のWilliamson-Hall法と同様,式(3)を用いている。

  
ρ=23ε212bD(3)

ここでbはバーガース・ベクトルの大きさで,〈ε2〉は平均自乗ひずみである。

一方,Borbély16)は,半値幅のみを用いて解析するWilliamson-Hallやmodified Williamson-Hall法は,誤った結果を導く恐れがあるため使用を避けるべきと述べておりピークプロファイル全体をフーリエ変換して転位密度を算出する手法を推奨している。なぜならば,転位どうしの相互作用が強い場合(例えば転位双極子の形成がある場合)と弱い場合とでは転位密度に差がなくても半値幅には差が生じるため,半値幅のみを用いて解析すると転位密度が減っていないのに減った事になる恐れがあるためである。つまり転位密度の変化を正しく評価するにはピークの半値幅でなくピークプロファイルを解析しなければならない。したがって,ヤング率で弾性異方性を補正するWilliamson-Hall法も半値幅のみで解析する手法のため適切な手法とはいえず,ピークプロファイル全体をフーリエ変換して転位密度を算出するmodified Williamson-Hall/modified Warren-Averbach法(以下,mWH/mWA法)が最適な手法と考えられる。

グリットブラスト加工された金属については転位密度の深さ方向分布の研究が非常に少ない事,そしてショットピーニング,グリットブラストともに転位密度の深さ方向分布がmWH/mWA法で求められた事例がない事から,本研究では製造過程で酸化被膜除去のためにグリットブラスト加工が行われることの多い熱間圧延軟鋼板(Steel Plate Hot Commercial: SPHC)を題材とし,グリットブラスト加工前後のSPHCについてmWH/mWA法による転位密度,ビッカース硬さの深さ分布解析を行い,転位密度と硬さの関係について調べる事を目的とした。また,ショットピーニングされた材料では残留応力が表面から一定の深さで最大値を持つことが知られているがグリットブラストされた材料では研究例は少ない。更にはショットピーニングやグリットブラストといった投射加工を施した材料に対して弾性ひずみに由来する残留応力と塑性ひずみに由来する転位密度との関係の研究例も少ない6,7)。そこで本研究では転位密度と残留応力の深さ方向分布について調べる事も目的とした。

1・2 modified Williamson-Hall / Warren-Averbach法

X線回折ピークから転位密度を導く古典的な方法としてWilliamson-Hall法がよく知られている10)。以下にWilliamson-Hallの一般式を示す。

  
ΔK=ξK+1tvol(4)

ここでK=1/d=2sinθ/λとΔK=Δ(1/d)=(Δ2θ)cosθ/λは,それぞれX線回折による実測ピークの位置と積分幅を逆空間に置き換えたものである。dθ,Δ2θは,それぞれ格子面間隔,回折角の半分,実空間での積分幅(単位はradian)でありλはX線の波長である。Kに対してΔKをプロットした直線の傾きからはミクロひずみ分布の積分幅ξが求まり切片の逆数からは体積加重平均の結晶子サイズ〈tvolが求まる。更にξと〈tvolをSmallmanら11,12)の式に代入すると転位密度ρが求まる。

しかしWilliamson-Hallプロットを実際に行うと弾性異方性(ひずみの異方性)の大きい金属材料では測定点がジグザグになり直線上にプロットが乗らないため転位密度を正確に測定する事ができない。そこでUngárら1719)は,ひずみの異方性を補正するためmodified Williamson-Hall/modified Warren-Averbach法を提案した。これによりひずみの異方性の大きい金属材料においても転位密度を正確に測定する事が可能となった。その解析手法の概要を次に示す。

まず,ひずみの異方性を補正するためのパラメーター(平均コントラストファクター)をmodified Williamson-Hall法から導く。Modified Williamson-Hall法の式はUngárら18,20)により以下の様に導かれた。

  
ΔKktvol+(πT2b22)1/2ρ1/2(KC¯1/2)+O(K2C¯)(5)

ここで,kはシェラー定数であり回折ピークの半値幅を用いる場合は0.9,積分幅を用いる場合は1となる。本論文では積分幅を用いるためk=1となる。Tは転位の有効カットオフ半径Reに依存する係数,bはバーガース・ベクトルの大きさ,ρは転位密度,Cは平均コントラスト・ファクター,〈tvolは体積加重平均の結晶子サイズ,Oは高次項である。

Cは立方晶の場合は次式で表される。hklは回折指数である。

  
C¯hkl=C¯h00(1qH2)(6)
  
H2=h2k2+h2l2+k2l2(h2+k2+l2)2(7)

Borbélyにより開発されたソフトウェアANIZC21)に純鉄の弾性コンプライアンスを適用してCh00=0.28とした。q値はUngárらの方法18)に則り式(8)により求めた。

  
ΔK2αK2βC¯h00(1qH2)(8)
  
β=(πT2b22)ρ,α=(1tvol)2(9)

式(8)は変数をH2とする一次関数なのでH2に対し(ΔK2-α)/K2をプロットし,プロットが直線上に乗るαを求めれば,x切片の逆数からqexpが求まる。qexpCh00H2式(6)に代入すればCh00以外のChklを全て求める事ができる。

次にCh00Chklをmodified Warren-Averbach法17)式(11)に代入し転位密度を導く。modified Warren-Averbachの式は,Warren-Averbach22)の式に,ミクロひずみと転位の関係式(10)23,24)を組み込んだ式(11)で表される。

  
εL2ρC¯hklb24πln(ReL)(10)
  
lnA(L)lnAS(L)ρB*L2ln(ReL)(K2C¯hkl)+O(K2C¯hkl)2(11)

ここで〈εL2〉は平均自乗ひずみ,Lはフーリエ長である。L=na3としnは整数で,a3=λ/[2(sinθ2-sinθ1)]である。θ1θ2は,それぞれ回折ピークの開始と終了角度であり,λはX線の波長である。また,A(L)はX線回折による実測ピークのフーリエ係数の実部,AS(L)は結晶子サイズ由来のフーリエ係数,Oは高次項,B*=πb2/2である。

Modified Warren-Averbachの式は,K2Chklを変数とする二次関数なのでK2Chklに対してln A(L)をプロットすれば様々なLに対してy切片から結晶子サイズに係るln AS(L)が求まり,1次の係数からは転位密度に係る-ρB*L2 ln(Re/L)が求まる。-ρB*L2 ln(Re/L)=X(L)と置きL2で割ると式(12)が得られる。この式は変数をlnLとした一次関数なのでlnLに対してX(L)/L2をプロットすれば直線の傾きから-ρB*=-ρ(πb2/2)が求まりバーガース・ベクトルの大きさbを代入すれば転位密度ρが決まる19)

  
X(L)L2=ρB*ln(ReL)=ρB*lnReρB*lnL(12)

2. 実験

2・1 試料

グリットブラストの基材にはSPHCを使用し投射材にはIKKショット(株)製のスチールグリットTG-30を使用した。SPHCとスチールグリットの成分をTable 1に示す。

Table 1. Chemical compositions of SPHC and Steal grits [mass%].
ElementsFeCMnPS
SPHCbalance< 0.12< 0.06< 0.05< 0.05
TG-30balance0.80 ~ 1.200.35 ~ 1.0≦0.05≦0.05

ブラストの搬送空気圧は0.5 MPa,ノズル角度は90度,ノズル形状は直径25 mmの円形であり,投射密度が26.73 kg/m2になる様に投射量を調整して試料を一定速度で移動させながらブラスト加工を行った。試験片の切り出しはブラスト加工面の腐食を避けるため湿式の切断機は使用せずレーザーを使用した。Fig.1はブラスト加工後にレーザーで30×40×3.2 mmのサイズに切り出した試験片の外観写真である。

Fig. 1.

Photograph of Grit Blasted specimen.

試験片の最表面を残留応力測定,転位密度測定,マイクロビッカース硬さ測定した後,電解液(酢酸:グリセリン:過塩素酸=7:2:1)の入ったビーカーに試験片を浸漬させて25 Vの定電位で電解研磨を施した。電解中の電流は0.4~0.5 A,電解液の温度は18~32°Cであり,約10 μm(約14分)ずつ300 μm深さまで電解研磨と測定(残留応力,転位密度,硬さ)を繰り返した。

2・2 残留応力測定,転位密度測定,マイクロビッカース硬さ測定

ブラスト前後および電解研磨後の試験片に対して,残留応力と転位密度を求めるためにX線回折(X-ray diffraction: XRD)測定を行った。残留応力用にはBruker AXS製のXRD装置D8 Discover with GADDSを使用しsin2 ψ法で残留応力を測定した。入射X線にはCrKα線(30 kV,40 mA)を用い,hkl=211ピークの回折角を半価幅中点法で決定した。残留応力の測定箇所はFig.1に示す2か所であり,片方はブラスト進行方向(X)を,もう片方は垂直方向(Y)を測定した。

転位密度用にはBruker AXS製のXRD装置D8 ADVANCE を使用しBragg-Brentano光学系にて回折角2θ=35°~144°の範囲で広角XRDを行った。入射X線はCuKα線(40 kV,40 mA),発散スリットは1/2 deg,ソーラースリットの発散角は2.5 degとし検出器には1次元半導体検出器を使用した。Kβ線の除去にはNiフィルターを使用した。得られたピークロファイルはα-Feのhkl=110,200,211,220,310,222である。これらのピークプロファイルには転位密度の算出に不要なKα2線や装置由来のピークプロファイルが含まれている。そこでMATLABの曲線近似ツールを用いてLorentz関数でピークフィッティングしてKα1線のピークプロファイルのみを分離抽出し,更に標準試料(NIST製LaB6,SRM 660b)から得られる装置由来のピークプロファイルをデコンボリューションする事で転位密度算出に必要な物理プロファイルのみを抽出した。

デコンボリューションには式(13)を用いた。この式はLorentz関数でフィティングした場合に有効である。

  
ΔKf=ΔKhΔKg(13)

ここで,ΔKは積分幅,下付きのfは解析に使用する物理プロファイル(試料由来のプロファイル),hは試料を測定して得られたプロファイル,gはLaB6をXRD測定して得られた装置由来のプロファイルを示す。

転位密度算出にはmWH/mWA法を使用した。ブラスト前後および電解研磨後のマイクロビッカース硬さ測定にはSHIMADZU製の微小硬度計HMV-G20Sを使用しダイヤモンド圧子を2Nで押し込んで圧痕を残し光学顕微鏡で圧痕の対角線を測る事で硬さを算出した。

3. 結果

3・1 残留応力

X線残留応力の深さ方向分布をFig.2に示す。ブラスト加工前の試料については黒皮除去した鏡面エッチング後の表面を最表面とした。本試料の残留応力は深さによらず,ほぼ0 MPaであった。それに対して,ブラスト加工後の表面では-200 MPaの圧縮残留応力が発生し,試料内部に進むほど圧縮残留応力値が大きくなり約60 μm付近で-400 MPaの最大圧縮残留応力値となった。さらにバルク内部では圧縮残留応力値は単調に減少し約150 μm付近で表面と同等な圧縮残留応力値となり最終的には引張残留応力となった。本結果の傾向は,他の研究の多くにみられるショットピーニング材やGharaら6,7)のグリットブラスト材の結果と同様であった。表面近傍の大きな圧縮応力に対し,バルク内部の引張応力が小さくバランスが取れていないように見えるのは,試料厚み3.2 mmあるうちの途中の約0.3 mmで測定を止めているためであり更に深い所でバランスを取っているものと考えらえる。

Fig. 2.

Depth profiles of residual stress for As-Received and Grit-Blasted SPHC specimens.

3・2 転位密度とマイクロビッカース硬さ

ブラスト前後および電解研磨後の試験片をXRD測定した際の200回折ピークプロファイルの変化をFig.3に示す。ここではKα2線をRachinger法25)で除去してKα1線のプロファイルのみをプロットしLorentz関数でフィッティングしている。ブラスト加工された表面のピークプロファイルはブロードであり深くなるにつれピーク幅が減少してブラスト前の状態に近づいていくのがわかる。

Fig. 3.

Variation of 200 diffraction peak profiles with depth for Grit-Blasted SPHC specimens. CuKα2 radiation was analytically suppressed from the profile using the Rachinger method.

Fig.4はブラスト加工前後および電解研磨後における200回折ピークの積分幅の深さ方向分布でありFig.5はmWH/mWA法で算出した転位密度の深さ方向分布である。

Fig. 4.

Depth profile of Integral Breath 200 for Grit-Blasted SPHC specimen. (Reference: As-Received specimen)

Fig. 5.

Depth profile of dislocation density for Grit-Blasted SPHC specimens. (Reference: As-Received specimen)

積分幅,転位密度ともに最表面で最も大きく表面から深さ方向に徐々に減少し約200 μmの深さではブラスト加工前とほぼ同じ値となる。転位密度は最表面で3.5×1015 m-2なのに対しブラスト加工前は0.6×1015 m-2なので約6倍の開きがある。

最表面から30 μmの間では200回折ピークの積分幅は単調に減少しているのに対し転位密度はほぼ一定であり傾向が一致しないのは,積分幅には転位密度由来以外に結晶子サイズ由来のピーク拡がりも含まれているためである。本試料の場合,最表面から30 μmの間で最表面側ほど結晶子サイズが小さくなっており結晶子サイズによるピーク拡がりのため最表面側ほど積分幅が大きい。

Fig.6(a)および(b)は,それぞれ表面から3 μmおよび76 μm深さで測定したビッカース痕の写真である。Fig.6(a)より,表面付近では表面粗さの影響でビッカース痕が大きくひずむためビッカース硬さ測定は適さないことがわかる。そのためブラスト加工後の硬さ測定は深さ40 μm以降とした。Fig.7にブラスト加工前後のマイクロビッカース硬さをプロットしている。ブラスト加工前の硬さは深さによらず約160 HVとほぼ一定であるがブラスト加工後は表面側で硬さが向上していることが確認できた。また硬さは表面から深さ方向に単調に減少し約150 μmでブラスト加工前と同じになった。表面側ほど誤差が大きいのは表面粗さの影響でビッカース痕の計測に誤差が生ずるためである。

Fig. 6.

Optical microscopy images of Vickers indentation measured at (a) 3 μm and (b) 76 µm depth from surface.

Fig. 7.

Depth profiles of hardness for As-Received and Grit-Blasted SPHC specimens.

一方,X線回折では試料の測定面が基準位置(ゴニオメーターの中心)から外れると回折角のシフトが生じるため測定面に凹凸があると回折角の異なるピークが重複してピークがブロードになることが知られている26)。そこでブラスト面の凹凸がX線ラインプロファイル解析へ与える影響について確認する。回折角のシフト量Δ2θ[°]は偏心誤差を求める計算式(14)27)から求められる。ここでθ[°]はブラッグ角2θBの半分の値,R[mm]はゴニオ半径,∆S[mm]は高さずれ量(偏心量)である。

  
Δ2θ=(180π)2cosθRΔS(14)

ブラスト面の凸凹の差ΔSは20 μm程度であり,hkl=200のブラッグ角2θB=65.05°,ゴニオメーター半径R=280 mmを式(14)に代入すると∆2θは約0.007°となる。そこでピークシフトしていないプロファイルと0.007°ピークシフトしたプロファイルを足しあわせたプロファイルを作成して,その半値幅を測定したところ元の半値幅とほぼ同じであった。よって本実験においては,グリットブラストによってできた凹凸はX線ラインプロファイル解析に対しては殆ど影響を与えないと考えられる。

また,X線残留応力測定に関しては,試料に凹凸があると残留応力が小さめに見積もられる事,またその値は試料の残留応力の大きさに依存する事がわかっている28)。しかしながら,本研究ではその定量的な評価は行っていない。

ブラスト加工後の残留応力,転位密度,マイクロビッカース硬さの深さ方向分布を比較すると,転位密度とマイクロビッカース硬さが深さ方向に減少し変化が無くなってきた所(ブラスト前と同じ値になってきた所)で残留応力が圧縮から引張に変わる傾向があった。また,転位密度とマイクロビッカース硬さは加工表面近傍で最大値を示すのに対し残留応力は加工表面から一定の深さにおいて最大圧縮残留応力を示すという異なる傾向があった。これらの傾向はGharaら6,7)が様々な材料に対してグリッドブラストを行い残留応力,転位密度,マイクロビッカース硬さの深さ分布測定を行った結果と一致しており,Wu and Jiang9)やLiuら13)のショットピーニングにおける結果とも一致している。以上の結果から,グリットブラストとショットピーニングは同様のメカニズムによって転位密度,硬さ,残留応力の分布をもつと考えられる。

次に転位密度とマイクロビッカース硬さの関係について考察する。せん断応力τと転位密度ρの間にはBailey-Hirsch29)の関係式(15)が成立することが知られている。

  
τ=τ0+αμbρ(15)

ここでαは定数でありμは剛性率でbはバーガース・ベクトルの大きさである。

Misesの式(τ=σy/3)にTaborの式(Hν=3σy)30)を代入するとビッカース硬さHνとせん断応力τの関係式(16)が導かれる。ここでσyは降伏応力である。ここでのビッカース硬さHνの単位は[MPa]であり[HV]の約9.8倍である。

  
τ=σy3=Hν33(16)

式(15)式(16)を代入すると式(17)が導かれビッカース硬さHνが転位密度の平方根ρに比例する事がわかる。

  
Hν33=τ0+αμbρ(17)

そこで,40から210 μm深さの間で得られたマイクロビッカース硬さHν[HV]と転位密度ρ[m-2]の平方根ρFig.8の様にプロットしたところ以下の比例関係が得られた。

  
Hν=(9.25×107)ρ+136(18)
Fig. 8.

Relationship between dislocation density and Vickers hardness.

最表面の硬さはFig.6(a)に示すとおりビッカース痕がひずんで計測不能であったがX線ラインプロファイル解析により求めた最表面の転位密度ρ=3.5×1015m-2式(18)に代入することで最表面の硬さが約190 HVであることが推定できた。

式(18)の様な転位密度と硬さの関係式を得る事ができれば表面の凹凸が激しい場合や表面がコーティングされていてビッカース測定が困難な場合にX線回折による転位密度からバルク表面の硬さを推定することができ,反対に部品の局所領域など微小すぎてX線回折測定ができない部分の転位密度をビッカース硬さから推定する事ができる。

次に,40から210 μm深さの間で得られたマイクロビッカース硬さHν[MPa]を式(16)に代入してせん断応力τを算出しFig.8と同様に転位密度の平方根ρに対してプロットしたところFig.9に示すようにBailey-Hirschの関係式(15)に乗るという事がわかった。プロットの傾きから式(15)αμbが決まり,y切片からτ0が決まる。フェライト(α-Fe)の場合のμ=80 GPa,b=0.248 nmを代入するとα≈0.1となったが,本結果は一般的に言われているα≈0.3よりも小さい。

Fig. 9.

Relationship between dislocation density and shear stress calculated from Vickers hardness.

Bailey-Hirschの関係式は透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)による直接観察法から求まった転位密度をベースとしている。一般にTEM解析で求めた転位密度は以下の理由により,X線ラインプロファイル解析で求めた転位密度よりも小さいと考えられている。例えば,Mg合金の例ではX線ラインプロファイル解析よりTEM解析の方が2.5倍程度小さい値になっているという報告がある32)

・X線ラインプロファイル解析では格子ひずみをすべて転位密度に換算している31)

・TEMでは薄膜効果により試料の表面近傍の転位が抜けたり再配列したりして転位密度が低下する3133)

・TEMではgb=0(gは使用した反射ベクトル,bは転位のバーガース・ベクトル)の条件を満たす転位のコントラストは現われない34)

X線ラインプロファイル解析で得られた転位密度ρXRDがTEM解析による転位密度ρTEMの10倍と考えれば,ρTEMをBailey-Hirschの関係式に適用した係数αは約0.3となり妥当な値となる。但し,本実験の様に高転位密度の試料の場合では転位どうしが複雑に絡み合うためTEMで転位密度を正確に算出する事はできない。TEM解析による転位密度とX線ラインプロファイル解析による転位密度との関係について更なる研究が必要である。

4. 結言

グリットブラスト加工した熱延鋼板(SPHC)材の残留応力,転位密度,ビッカース硬さの深さ分布解析を行った。転位密度解析にはmodified Williamson-Hall/modified Warren-Averbach法を用いた。更に転位密度と硬さの関係をBailey-Hirschの式により解析し以下の知見を得た。

(1)グリットブラスト加工により最表面の転位密度と硬さが大幅に増加し深さ方向に向かうにつれ単調に減少し約200 μm深さで加工前と同等となる。

(2)グリットブラスト加工により転位密度と硬さは最表面近傍で最大値を示すのに対し,残留応力は最表面から60 μm深さで最大圧縮残留応力-400 MPaを示し,転位密度と硬さの変化が小さくなってきた所で圧縮応力から引張応力に転じる。

(3)硬さと転位密度の平方根との間に比例関係が認められた。ブラストされた最表面は凹凸が激しくマイクロビッカースでの硬さ測定は不可能であるが,この比例関係を利用して最表面の転位密度から最表面の硬さが求められた。

(4)硬さから算出したせん断応力と転位密度の平方根とのプロットの傾きからBailey-Hirschの関係式の係数α≈0.1が求められた。この値は一般的に言われているα≈0.3よりもかなり小さいが,その理由はX線ラインプロファイル解析によって求めた転位密度がTEM観察によって求めた転位密度よりも一桁程度大きく見積もられたためであると考えられる。

謝辞

試験片の電解研磨とXRD測定と硬さ測定等にあたっては東京都市大学の成田吉輝氏と青木悠氏にご協力を頂いた。感謝申し上げる。

文献
 
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