2024 Volume 110 Issue 10 Pages 753-766
Effect of combined addition of boron (B) and molybdenum (Mo) on recrystallization behavior in austenite was investigated using low-carbon steels. The B-Mo combined added steel remarkably retarded recrystallization after hot deformation, compared to the steels added individually. Three-dimensional atom probe analysis revealed that the addition of B significantly increases the amount of Mo segregation in the austenite grain boundaries. Thermodynamic calculations based on the grain boundary phase model suggested that the interaction between B and Mo atoms increases the grain boundary segregation energy of Mo. The solute drag force was estimated by Cahn's model using the increased segregation energy of Mo, which quantitatively explained the remarkable retardation in recrystallization in the B-Mo combined steel.
ボロン(B)とモリブデン(Mo)は鋼の焼入性を向上させるため,高強度化に有用な元素である1,2)。BとMoを複合添加することで,焼入性が格段に向上することが知られている3,4,5)。高強度鋼は焼入・焼戻の熱処理で製造される場合が多いが,最近ではThermomechanical control process(TMCP)6)で製造されることも多い。TMCPでは,鋼の焼入性がオーステナイト(γ)組織の影響を受けるので,焼入性を制御して所定の特性を得るためには熱間加工後の静的な再結晶挙動の把握が重要となる。再結晶が起こることにより,γ粒径が微細になり,焼入性が低下することが考えられる。特に,B添加鋼では,再結晶γ粒界と未再結晶γ粒界ではBの粒界偏析挙動が異なるため,焼入性に影響を及ぼすことが示されている7)。したがって,BとMoを複合添加した鋼の再結晶挙動を明らかにすることは,TMCPでこれらを添加した鋼を製造する際に重要である。
熱間加工後の静的再結晶に対する添加元素の影響については,再結晶の粒界移動に対する溶質原子の遅延効果(ソリュートドラッグ効果)や析出物による粒成長の遅延効果(ピンニング効果)などが広く知られており,過去に様々な知見がある8,910,11,12,13,14,15)。例えば,AntonioneらはMnなどの合金元素のソリュートドラッグによる再結晶の遅延を報告しており10),Yoshieらは固溶Nbによる再結晶の核生成と成長に対する遅延効果を報告している13)。YoshieらによればNbは転位との相互作用を通じ再結晶の核生成を遅延させ,固溶Nbや析出Nbが再結晶中の粒成長を遅延することを報告している。そして,Mavropoulos and JonasがBの再結晶遅延効果についてMoの遅延効果に匹敵するという実験結果を示しているが,そのメカニズムについては明らかにされていない11)。また,MoについてはMaeharaら12)とMaruyamaら14)がソリュートドラッグ効果による再結晶の遅延について報告している。
再結晶の遅延に関する元素の複合添加の影響としては,TamehiroらはBとNbやTiの複合添加鋼で熱間加工後の再結晶遅延効果が強まることが報告しているが,Moとの複合添加の影響については示していない16)。また,ZurutuzaらはBとNb,Moの3元素の複合添加鋼において,強い再結晶遅延効果を示したが,NbとMoの効果が同時に作用しており,BとMoとの複合添加の影響が明確にされたものではない17)。
そこで本研究では,BとMoの複合添加が熱間加工後の静的再結晶挙動に及ぼす影響を調査し,BとMoの析出および粒界偏析挙動を解析することで再結晶遅延メカニズムを明らかにすることを目的とした。
Table 1に示す化学組成を有する鋼を真空溶解により作製した。Fe-0.2C-0.5Si-2.0Mn(mass%)を基本成分とするBase鋼,Bを20 ppm添加したB2鋼,0.10 mass%のMoを添加したMo10鋼,0.10 mass%のMoと20 ppmのBを複合添加したB2Mo10鋼が主要な鋼である。Bを添加したB2鋼,B2Mo10鋼については,BNの析出を抑制するためにNと等量以上のTiを0.012 mass%添加した。またMoの影響を調査するために,Mo5鋼とMo20鋼を用意した。各鋼は50 kgインゴットに鋳造し,1250°C,3600秒で加熱後に板厚30 mmまで熱間圧延を行い,室温まで空冷した。これらの圧延板から,直径8 mm,厚さ12 mmの加工フォーマスターに供する試験片を作製した。
Steel | C | Si | Mn | P | S | N | Ti | Mo | B |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Base | 0.20 | 0.50 | 1.98 | 0.011 | 0.0010 | 0.0029 | − | − | − |
B2 | 0.20 | 0.49 | 1.97 | 0.010 | 0.0010 | 0.0029 | 0.012 | − | 0.0020 |
Mo5 | 0.20 | 0.50 | 1.98 | 0.010 | 0.0011 | 0.0029 | − | 0.05 | − |
Mo10 | 0.20 | 0.51 | 1.97 | 0.010 | 0.0011 | 0.0030 | − | 0.10 | − |
Mo20 | 0.20 | 0.49 | 1.97 | 0.010 | 0.0010 | 0.0030 | − | 0.20 | − |
B2Mo10 | 0.20 | 0.50 | 1.98 | 0.010 | 0.0011 | 0.0029 | 0.012 | 0.10 | 0.0020 |
Table 1の各鋼について,加工フォーマスターを用いて再結晶の進行の違いを調べた。再結晶率の測定には,一定のひずみで加工した後に種々の時間を保持した後に再度の加工を行い,その際の変形応力の変化から再結晶率を評価する二段圧縮加工法18)を用いた。測定に用いた加工熱処理条件をFig.1に示す。再加熱温度を1250°Cとし,1100°Cでひずみ量0.35の加工を行い10秒保持して再結晶を完了させてγ粒径を80~85 µm程度に調整した。その後,850°Cでひずみ量0.50の1パス圧縮加工し,0.2~220秒保持した後,再度ひずみ量0.69で2パス目の圧縮加工を施し,それぞれの真応力-真ひずみ曲線を測定し,1パス目の加工応力に対する軟化率Xsを求めた。軟化率はXs=(σm−σ2)⁄(σm−σ1)で定義した。ここで,σmは1パス目の加工における最大応力である。σ1, σ2はそれぞれ1パス目,2パス目の応力ひずみ曲線におけるオフセット応力である。軟化率は転位の回復と再結晶を含んだ指標であり,オフセット応力に対応するひずみは,これが大きいほど回復の影響が差し引かれるため,比較的に大きな5%オフセット応力を採用し,この軟化率を再結晶率として,各鋼の再結晶の進行を測定した。
Schematic illustration of the heat treatment condition.
各鋼種の加工直後から再結晶が完了するまでの再結晶粒生成や再結晶粒の成長などの再結晶挙動を把握するために電子線後方散乱回折(EBSD)測定を行った。Fig.1で850°C,ひずみ0.5の加工後種々の秒数で保持した後,室温までHeガスを用いて約50°C/sで急冷した試料を用いた。測定は試料の直径を含む切断面の圧縮方向1/2,直径方向1/4の位置で200×400 µm2での視野でEBSD測定を実施した。EBSD測定には電界放出型走査電子顕微鏡JSM-7200Fを使用し,0.5 µmピッチで実施した。EBSDの測定結果に対して,マルテンサイトのバリアント自動解析プログラム19,20)を用いて,変態前のγの結晶方位を再構築した。低炭素鋼のマルテンサイト変態は,全てのマルテンサイトがオーステナイトとKrujumov-Sachs(K-S)関係を持つ21)。このプログラムではK-S関係が成り立つことに基づき,マルテンサイト組織を結晶粒界で区分し,結晶粒の平均方位を用いてマルテンサイトからγを再構築した。本検討では再構築後のγにマルテンサイトのEBSDの測定点が持つひずみ(方位勾配)の情報を再度反映させることで,圧延によるひずみや細粒γ粒を識別することが可能である。なお,急冷後の組織はいずれもマルテンサイト単相組織であることを確認している。
次に,再構築されたγ粒内の結晶方位差を示すGrain orientation spread(GOS)値を求め,この値からγ粒の再結晶と未再結晶を判断した。γが加工されたことによりγ粒内に生じる結晶方位差が大きくなるが,再結晶によりこのような方位差が解消されるため,GOS値を一定以下に設定することにより再結晶粒を区別することができる20)。再構築後のγ組織では,マルテンサイト変態時の変態ひずみにより,再構築後は再結晶粒であっても5°以内の粒内の方位差を含む可能性がある。Terazawaらは,GOS解析における再結晶状態の判定の閾値を6°以上にすることで区別できることを示しており7),本研究でも同様の方法で行った。
2・4 析出物の調査再結晶を遅延するメカニズムとして,析出物によるピンニング効果が考えられる。そこで,今回用いた鋼の析出状態を確認するために,抽出残渣による析出物の同定と析出量の測定を行った。Fig.1に示すように粒径調整後850°Cで10秒保持した後,室温までHeガスを用いて50°C/sで急冷した試料から抽出残渣用の試料を切り出し測定した。これらの試料を定電位電解した後,孔径0.1 µmのニュクリポアー・メンブレンにて,ろ過して分離した。分離した析出物を硫酸・燐酸溶液にて分解して蒸留した後,Inductively coupled plasma(ICP)法により析出B量を測定した。また,BやMoの析出物の有無や同定にはTEMを用いて観察した。
2・5 旧γ粒界のBとMoの偏析濃度測定再結晶を遅延するもう一つのメカニズムとして,旧γ粒界上に添加元素が偏析することによるソリュートドラッグ効果が考えられる。ソリュートドラッグ効果は粒成長の際に粒界に偏析する元素が粒界と引力的相互作用を有するために粒界の移動速度を低下させるものである。そのため,粒界への偏析量と拡散速度がその効果に影響する。そこで,旧γ粒界上のBとMoの偏析量を3 次元アトムプローブ(3DAP)22,23,24)によって観察した。B2鋼とMo10鋼とB2Mo10鋼の3種類を観察した。Fig.1の粒径調整後850°Cで10秒保持した後,室温までHeガスを用いて約50°C/sで急冷した試料を用いた。850°Cにおける旧γ粒界でのBやMoの偏析エネルギーを正確に推定するために,偏析状態が静的な再結晶/再結晶界面での測定を行い,この値を再結晶/未再結界面に適用することでソリュートドラッグ力を見積もった。なお,1100°Cから10°C/sで冷却した後,850°Cで10秒保持したときのMoの粒界偏析はMcLeanの式より平衡偏析量の7割程度まで到達することを確認しており,平衡偏析状態と仮定した25)。3DAP 観察用の試料は,試料表面のEBSD測定より旧γ粒界位置を認識し,集束イオンビーム加工装置(FIB)を用い,加工フォーマスター試験片の中心部の領域からリフトアウト法により取り出し,旧γ粒界を先端に含む針試料を作製した22)。3DAP による測定はCAMECA 社製LEAP4000XHR のレーザーモードを用い,試料温度を50 K,レーザーパルスエネルギーを30 pJで行った。それぞれ約1000 万原子以上のデータを測定し,イオンの検出効率を0.38 として3 次元原子マッピング像を得た22,23)。また,より多くの旧γ粒界での偏析量を調査するために,透過電子顕微鏡(TEM)を用い,エネルギー分散型X 線分光法(EDS)および電子線回折法による分析を実施した。TEM観察試料はFIBを用い,リフトアウト法で作製した。EDSは日本電子製のJED-2300Tを用い,試料当たり4か所の旧γ粒界付近を線分析した。
Fig.2(a)にBase鋼とB2鋼,Mo10鋼,B2Mo10鋼について二段圧縮試験から求めた加工後の時間に対する再結晶率の時間変化を示す。B,Moを添加することで再結晶が遅延した。特にBとMoを複合添加したB2Mo10鋼では再結晶が著しく遅延した。なお,Bを添加した鋼において,Nを低減しTiを添加していない場合も,同程度に再結晶が遅延することを確認している。Fig.2(b)にはMo添加の影響を見るために,Base鋼,Mo5鋼,Mo10鋼,Mo20鋼の再結晶の進行を示す。Moの添加量が増加するに伴って再結晶が遅延した。
Effect of the alloying elements on the recrystallizing behavior after deformation of ε =0.5 at 850°C; (a) Base, B2, Mo10 and B2Mo10 steels, (b) Base, Mo5, Mo10 and Mo20 steels.
Fig.3はBとMoの再結晶遅延効果を比較するために,Fig.2(a),(b)に示した鋼の再結晶率が50%に達する時間(t0.5)を比較した図である。t0.5はMoの添加量によって線形的に増加した。この破線上にBを20 ppm添加したB2鋼のt0.5をプロットするとBはMoに対して1 mass%当たり約65倍の遅延効果があると評価された。そこで,BとMoの複合添加の効果をB,Moの単独添加の効果を比較するためにFig.3では,横軸をMo+65Bとして,各鋼のt0.5をプロットした。これによりBとMoの再結晶遅延効果が添加量で線形的に加算できるとしたときの効果が推定できる。Fig.3から予想されるB2Mo10鋼のt0.5は19秒であるのに対して,実測は36秒と大きな遅延効果となっており,BとMoの効果の単純な加算ではなく再結晶遅延効果を強める相互作用が働いていることが分かる。
Effect of B and Mo addition on the time for 50% recrystallization (t0.5).
二段圧縮加工法による再結晶の進行の測定結果より,BとMoの複合添加によって再結晶が大きく遅延することが分かった。このときの再結晶遅延のメカニズムについてより詳細に検討するために,加工後の保持時間を変化させて再結晶率を変化させ急冷した試料をEBSDで観察し,再結晶粒の数や粒径の変化を測定した。方位差が15°以上の境界を粒界と定義して,加重平均により平均粒径を算出した。Fig.4に各鋼種の再結晶の進行過程における再構築したγの結晶方位マップの変化を示す。圧延面法線方向(ND)の結晶方位が標準ステレオ三角形内のカラーキーを使って示されている。各試料の結晶方位マップの右下に2・3に示した方法で測定した再結晶率と再結晶部の平均粒径を示してある。各鋼の加工後0.2秒で急冷したγの多くは,伸長した未再結晶γであり,この伸長したγ粒径はいずれも80 µm程度であったことから,鋼種の違いによる加工前のγ粒径の差は小さいことが分かる。また,伸長したγ粒界から微細な再結晶粒が形成し,保持時間の増加に伴って再結晶粒の成長が進行した。再結晶がおおよそ完了するまでの時間はBase鋼で10秒,Mo10鋼,B2鋼,B2Mo10鋼の順番で長くなりB2Mo10鋼で200秒と最も長くなった。また,再結晶が完了した時の旧γ粒径は鋼種によらず22~26 µm程度と再結晶の進行の速さが大きく異なるにもかかわらずあまり変化しないことが分かった。
Orientation maps of reconstructed prior austenite obtained by EBSD analysis for the sample steels quenched after various holding times after compression at 850°C. The color key indicates the crystallographic orientation of ND. (Online version in color.)
Fig.5に加工後の保持時間と再結晶率の関係を示す。EBSDでの組織解析による再結晶率の解析においても,BとMoを添加することで再結晶が遅延,BとMoを複合添加することで再結晶が大きく遅延することを再度確認することができた。
Relationship between holding time and recrystallized fraction estimated by EBSD analysis for the sample steels after deformation (ε =0.5) at 850°C.
Fig.6に再結晶の遅延のメカニズムを推定するために,再結晶部の平均粒径の時間変化を調べた結果を示す。いずれの鋼でも,保持時間の増加とともに再結晶部の平均粒径は増大した。粒成長は再結晶初期では比較的に遅く,中期ではその3倍に早くなる傾向があったが,t0.5ではBase鋼と比較してMo10鋼,B2鋼,B2Mo10鋼の順番で遅くなっており,0.35倍,0.16倍,0.03倍程度であった。Fig.5に示した再結晶速度(再結晶率の時間変化)は,同様にt0.5で比較すると0.38倍,0.16倍,0.04倍程度であり,再結晶進行速度の鋼種差は粒成長速度の差とよく対応している。このことから,B2鋼,Mo10鋼,B2Mo10鋼でみられた再結晶遅延効果は再結晶粒の粒成長速度の遅延が影響していることが推定された。
Relationship between holding time and recrystallized austenite grain diameter estimated by EBSD analysis for the sample steels after deformation (ε =0.5) at 850°C.
次に,Fig.7に再結晶粒の個数を測定した一例としてB2Mo10鋼の加工後0.2秒保持した試料のIPFマップを示す。図の黒部はGOS値で区別した未再結晶粒である。再結晶粒は15°以上の方位差を持つ平均粒径が1 µm以上の粒で定義した13,25)。未再結晶粒界を囲むように再結晶粒が多く存在していることが分かる。これは,粒界近傍ではひずみが局所的に加わるため,再結晶の核生成サイトが優先的に存在し,再結晶粒数が多いと考えられる。
Orientation map of reconstructed prior austenite obtained by EBSD analysis of B2Mo10 steel held for 0.2 s after deformation (ε =0.5) at 850°C. Black area and colored area indicate uncrystallized grains and recrystallized grains larger than 1 μm, respectively. The color key indicates the crystallographic orientation of ND. (Online version in color.)
Fig.8に単位面積当たりの再結晶粒の個数と保持時間の関係を示す。古典的核生成理論に基づけば,再結晶の臨界核の半径は0.1 µm程度25)である。そのため,核生成数ではなく,再結晶のきわめて初期に形成された再結晶粒の状態の変化を示しており27),再結晶の核生成直後の粒数変化を表していると考えられる。再結晶粒の個数は,いずれの鋼種でも,再結晶の初期段階(加工後0.2秒保持後)で最も多く,保持時間が長くなるにつれて減少した。これは,再結晶の核生成が加工直後にほぼ完了していて,その後は再結晶粒が成長することによって,小さな再結晶粒が蚕食されたためと考えられる。また,初期に生成した粒数はBase鋼以外の再結晶粒の個数はいずれも0.017/µm2程度であり,鋼種の違いによる差が小さいことが分かった。以上より,BとMoの複合添加による再結晶の進行の遅延に対する再結晶粒の数の差異が影響したとは考えにくく,先に述べたように粒成長の影響が大きかったことが確認される。なお,Base鋼では他の鋼種と比較して,初期に生成した粒数が少ない傾向にあるが,一般に再結晶の粒数が多いほど再結晶の進行が速いので,この差はB2鋼,Mo10鋼,B2Mo10鋼の再結晶がBase鋼より遅いことの逆の傾向となり,この影響が少ないことが分かる。
Relationship between holding time after deformation (ε =0.5) at 850°C and number density of recrystallized grain for the sample steels.
2・4に示すようにγ粒径調整後,850°Cで10秒保持した加工直前の状態からHeガスを用いて約50°C/sで冷却した試料の抽出残渣によって得られた各鋼のB,Moの析出量と固溶量をTable 2に示す。B2鋼では20 ppm添加したBのほとんどが固溶状態にあることが分かった。また,Mo10鋼では0.1 mass%のMoのうち,0.008 mass%が析出しているが,添加量の90%以上が固溶していた。また,B2Mo10鋼のBはB2鋼と同様に添加量20 ppmのほとんどが固溶しており,MoもMo10鋼と同様に90%以上が固溶していた。なお,B2鋼,B2Mo10鋼にNを固定するために添加したTiは添加量0.012 mass%のうち8割程度がTi析出物となっており,析出物がTiNと仮定すると,固溶Nは数ppm以内であると考えられる。以上の結果から,B2Mo10鋼の析出状態として,MoもBも概ね固溶状態にあり,わずかに析出していたB析出物もMo析出物もBやMoを単独で添加したB2鋼やMo10鋼とそれぞれ変わらず,B2Mo10鋼でみられた再結晶遅延の複合効果と対応するような特別な析出挙動はなかった。次に,本供試材の析出物を同定し,大きさや形状を把握するために,TEMを用いたEDSおよび電子回折法による分析を行った。Fig.9にB2Mo10鋼のTEM組織(a)低倍率,(b)高倍率を示す。図中に〇印で示した箇所においてはFe23(C,B)6やFe3Cの制限視野回折パターンが見られる。Fe23(C,B)6は10視野当たり1個と局所的に存在しており,観察された析出物のほとんどは板状のFe3Cだった。また,MoやTiの析出物は確認されなかった。Fe23(C,B)6やFe3Cは平衡状態図から通常はα中で析出することが知られており,熱間加工時ではなく冷却の過程で生じたものと考えられる。以上のように,加工直前にはB,Moをともにおおむね固溶状態にあり,γ中には十分な固溶B,固溶Moが存在していることが確認できる。また,わずかに存在する析出物についても生成頻度は高くはなく,数100 nm間隔でまばらに存在していた。大きさも数10から数100 nmのため,今回観察した析出物によるピンニング効果は小さかった。
Steel | Element | Amounts (mass%) | |
---|---|---|---|
Precipitated | Soluted | ||
B2 | B | 0.0001 | 0.0019 |
Mo | − | − | |
Mo10 | B | − | − |
Mo | 0.008 | 0.092 | |
B2Mo10 | B | 0.0001 | 0.0019 |
Mo | 0.008 | 0.092 |
TEM micrographs and diffraction patterns obtained for the circle of (a) Fe23(C,B)6 and (b) Fe3C observed in B2Mo10 steel held at 850°C for 10 s before deformation.
再結晶の粒成長が遅延するメカニズムとして,γ粒界上に溶質原子が偏析することによるソリュートドラッグ効果が考えられる。今回は再結晶挙動を調べた850°Cにおいて,MoやBがγ粒界上にどのように偏析するかを明らかにするために,Fig.1に示すように1100°Cでγ粒径の調整を行い,完全に再結晶させて,その後850°Cで10秒保持した後の試料について3DAPを用いて,各元素の旧γ粒界上の偏析状態を測定した。Fig.10に得られた各鋼種のMn,B,Mo,Tiの3次元原子マップを示す。まず,B2鋼ではγ粒界上に明確なBの偏析がみられた。Nを固定するために添加したTiは微量が固溶し,それに基づきわずかな偏析がみられた。また,Mo10鋼では旧γ粒界上にMo偏析が測定された。同時にBのわずかな偏析がみられたが1~2 ppm混入した極微量なBによるものと推定される。次にB2Mo10鋼についてはBとMoの明確なγ粒界への偏析がみられた。Bの偏析はB2鋼と同程度で,Moの偏析は等量のMoを含むMo10鋼よりかなり多く偏析しているとみられた。また,B2Mo10鋼では同じくTiを添加したB2鋼と同様にTiの偏析がみられた。なお,Tiは48Ti2+が他の元素とピークが重なるため,同位体比率が0.07である47Ti2+を用いており,カウント数が少なく十分な精度を有していない可能性がある。Table 3に,3DAPのデータ解析から得られた旧γ粒界の偏析量の測定結果を示す。旧γ粒界の偏析量は単位粒界面積当たりの過剰偏析原子数を表すInterfacial excessを用いた23)。
3D elemental maps containing the prior austenite grain boundary obtained by 3DAP analysis in (a)B2, (b) Mo10 and (c)B2Mo10 steels held at 850°C for 10s before deformation. (Online version in color.)
Steel | Misorientation Angle (°) | Interfacial excess (atoms/nm2) | ||
---|---|---|---|---|
Mo | B | Ti | ||
Mo10 | 40.1, 45.2 | 0.32±0.03 | 1.29±0.06 | − |
B2 | 34.7 | − | 9.72±0.15 | 0.51±0.04 |
B2Mo10 | 38.2 | 1.79±0.07 | 7.65±0.02 | 1.09±0.05 |
Mo10鋼とB2Mo10鋼を比較すると,Moが同等の添加量であっても,Bを複合添加することでMoの偏析量は6倍程度増加した。一方で,BはMo添加により,Bの偏析量が減少し,共偏析傾向を示さなかった。当初想定していなかった結果ではあるが,Tiの偏析量はMo添加により増加した。また,Mnはほとんど偏析が認められなかった。一般の大角粒界を調べたが,粒界の偏析量は粒界性格により変化するため,複数の大角粒界においても確認する必要がある。
そこで,複数の旧γ粒界のMo偏析量を確認するために熱間加工直前の試料に対してTEM-EDS測定を行った。Fig.11にTEM-EDSによるラインプロファイルを示す。旧γ粒界上を4か所測定した時の平均の値を用いている。各粒界を平均した場合においても,B添加による旧γ粒界上のMoの偏析量の増大する傾向を確認した。一方で,平均濃度よりもバックグラウンドが高い傾向があり,単位粒界面積当たりの過剰偏析原子数を正確に求めることが困難であるため,以降の計算では3DAPの値を用いることとした。以上より,γ粒界上にはMoが偏析し,B添加によりMoの偏析量が顕著に増大することが分かった。
Concentration profiles of Mo across the prior austenite grain boundary in Mo10 and B2Mo10 steels measured by EDS analysis. (Online version in color.)
前節でBとMoの複合添加で顕著な再結晶遅延を生じることを述べた。この再結晶遅延効果は,B,Moの単独効果の加算的推定よりも大きかった。Fig.8に示したように,再結晶粒の核生成は再結晶の極めて初期に完了しており,鋼種間の差が小さく,BとMoの複合添加の再結晶遅延を説明しない差であり,再結晶の遅延は主に粒成長の遅延によって起きていることが推定された。再結晶粒の成長を遅延させる原因として析出物によるピンニング効果と旧γ粒界偏析によるソリュートドラッグ効果が考えられる。850°Cでの加工前には,B2鋼,Mo10鋼,B2Mo10鋼のB析出物とMo析出物はほとんどなかった。わずかに観察された析出物は直径数10~数100 nm程度と大きいため,再結晶挙動に影響はないと考えられるが,加工誘起析出している可能性がある。また,3・4では,Mo10鋼に比較して,B2Mo10鋼ではB添加によりMoのγ粒界上への偏析が増大してMoのソリュートドラッグ効果が大きくなる可能性が示唆された。そこで,B2Mo10鋼の顕著な再結晶の粒成長を遅延させる要因を析出物によるピンニング効果と粒界偏析によるソリュートドラッグ効果について考察した。
4・1 再結晶粒の成長速度に及ぼす析出物の影響B2Mo10鋼の顕著な再結晶の遅延について,析出物への影響について考察する。TEMによる解析では,加工前の組織において,BやMoの析出はほとんどなくB2Mo10鋼の顕著な再結晶遅延を説明できるような析出物変化は認められなかった。一方で,加工後に加工誘起析出により再結晶が遅延することが報告されており,そのような析出物が影響している可能性も否定できない。そこで,母相中に微細な析出物が生成している可能性を考慮してBやMo析出物のピンニング力の影響を考察した。Fig.12(a),(b),(c)はB2鋼,Mo10鋼,B2Mo10鋼についてThermo-Calc(データベース:TCFE10)で計算した析出物の状態である。今回,再結晶挙動を調査した850°CでMo10鋼ではMoの析出物は認められず,B2鋼ではセメンタイトが0.016 mass%,B2Mo10鋼ではM2Bが0.015 mass%析出する可能性があることが分かる。ここでは,加工後にどの程度析出していたのかが明らかではないので,最大量となる平衡状態での析出量と仮定して,各鋼のピンニング力を見積もった。析出物形状は球と仮定し,析出粒子のピンニング力は式(1)を用いた28)。
(1) |
Mass fraction of thermal equilibrium phases calculated by Thermo-Calc in (a) B2, (b) Mo10 and (c) B2Mo10 steels. (Online version in color.)
ここで,σγγはγ鉄の界面エネルギー(6×10−1 J/m2),Vmはモル容積(7×10−6 m3/mol),fは析出物の体積率,rは析出物の半径である。まず,Mo10鋼についてはFig.12(b)に示すThermo-Calcの計算ではγ域でのMo析出物はなく,ピンニング力は0である。次にB2鋼ではFig.12(a)から求めた析出量0.016 mass%からBを含有するセメンタイトの密度として7.82 g/cm3を用いて,f=0.000155と求められた。同様にB2Mo10鋼についてもFig.12(c)から求めた析出量0.015 mass%からM2Bの密度を7.00 g/cm3を用いて析出物の総体積分率はf=0.000168と求めた。次に微細な析出物の存在を仮定して,析出物の粒径rは2.5 nmとした。この仮定のもと式(1)より計算をするとPpinはB2鋼で5.6×104 J/m3,B2Mo10鋼では6.1×104 J/m3程度と見積もることができた。一方で,再結晶の駆動力P0は1.1×106 J/m3である。なお,再結晶の駆動力P0は導入された転位による蓄積されたエネルギーであり,式(2)より求めた29)。
(2) |
転位密度ρは,Base鋼のひずみ0.5のときの応力
(3) |
ここで,ポアソン比ν=0.33,転位芯の半径r0はバーガースベクトルの1/4とした。転位の有効半径にはRは
ピンニング力は再結晶の駆動力1.1×106 J/m3に比較するとおよそ1/20程度に小さい。もちろん,B析出物やMo析出物がより小さい可能性も完全には排除できないが,B2Mo10鋼の粒成長速度に相当するためのピンニング量を得るためには析出物半径を0.2 nmに仮定する必要があり,あまり妥当な仮定とは考えられない。
4・2 再結晶粒の成長速度に及ぼすソリュートドラッグ効果の影響B2Mo10鋼では再結晶が進行する温度でγ粒界にはMo単独添加の場合に比べてMoがかなり大きく偏析していた。そこで,B2Mo10鋼の顕著な再結晶遅延効果をB添加によるMoの粒界偏析濃度の増加によると考えて,ソリュートドラッグ力を見積もった。まず,Base鋼,B2鋼,Mo10鋼,B2Mo10鋼の再結晶粒の代表的な粒成長速度32)として,Fig.6のt0.5における粒成長速度である5.4 µm/s,1.1 µm/s,1.7 µm/s,0.3 µm/sとする。次に純鉄の粒成長速度Vは式(4)で表される29)。ここで,Mは粒界の移動度,P0は再結晶の駆動力である。
(4) |
また,粒界の移動度Mは式(5)で表される。
(5) |
ここで,DGBはFe原子の粒界拡散係数,aは格子定数,2λGBは粒界厚さ(0.5 nm),kはボルツマン定数,Tは絶対温度である。γ鉄の粒界拡散係数は体拡散係数の105倍程度の値と報告されているため,8.2×10−13 m2/sを用いた33)。
一方,溶質原子によるソリュートドラッグ力Psolが働いている場合の粒成長速度Vは式(4)にPsolの項を加えて,式(6)で表される。
(6) |
次にCahnのモデル34)を用いてMoなどのソリュートドラッグ力を求める。粒界に原子が偏析すると粒界が動くときにその元素が引きずられるソリュートドラッグ力が働く。添加した溶質原子が結晶粒界の単位面積当たりに働くドラッグ力は式(7)によって書き表せる。
(7) |
ここで,Nvは単位体積当たりの原子の個数,Cは溶質原子の粒界濃度,C0は粒内濃度,Eは粒界の溶質原子に対するポテンシャル,xは成長方向の距離である。ここで,固溶原子と粒界の相互作用エネルギー(粒界偏析エネルギー)を三角ポテンシャル(幅2λGB,深さE0)で近似することで,ドラッグ力Psolの式(8)で表される。
(8) |
(9) |
(10) |
ここで,C0は溶質原子の母相濃度,D⊥は粒界と垂直方向への偏析原子の拡散係数である。式(8)(9)(10)を用いて各元素のソリュートドラッグ力を見積もりたいがE0およびD⊥が未定である。そこで,E0については3DAPの結果から求めることとした。式(9)中で残されたE0については,McLeanが提唱したFe-溶質原子の二元系における粒内の溶質原子濃度C0と粒界の溶質原子濃度Cとの関係を表す粒界偏析式の式(11)から求めた35)。Cは3DAPから求めた各原子の粒界偏析量(Interfacial excess)を粒界サイト数で除した値を用いた。粒界偏析量の見積もりには,各原子の粒界サイト数が必要となるが,不明である。そこで,TakahashiらがBとMoの偏析に関する研究において見積もった値の48 sites/nm2を用いた24)。C0は抽出残渣の各元素の固溶量の値を用いた。kはボルツマン定数である。なお,Cahnモデルでのソリュートドラッグ力の計算では計算を簡略するために三角ポテンシャルと仮定しているが,E0に用いる偏析濃度の計算では一般的に用いられている矩形の井戸型ポテンシャルとして計算した36)。
(11) |
Table 4に各鋼種の偏析エネルギーを示す。B添加によるMoの旧γ粒界の偏析に伴い,Moの粒界偏析エネルギーは約18 kJ/mol増加することになるのが分かる。一方で,B原子の粒界偏析エネルギーはいずれも86 kJ/mol程度であり,Moの複合添加による影響は小さかった。Ito and Sawadaが第一原理計算により,γ鉄中のMoおよびTiの偏析エネルギーをそれぞれ算出しており,Moは約25~41 kJ/mol,Tiは約33~58 kJ/molであり,概ね近い値を示したため,以降の計算ではこの値を用いることとした37)。なお,これらの粒界偏析エネルギーの値は粒界性格によって変わるため,これらの値は暫定値であり,正確に導出するためには,より詳細な調査が必要である。また,Bは拡散が速く,冷却中での増加分が多いと推定されるため,Bの偏析エネルギーは過剰に見積もられていると考えた。そこで,本検討でのBの偏析エネルギーはKarlsson and Norden38)の63 kJ/molを用いた。
Steel | Segregation energy, E0 (kJ/mol) | ||
---|---|---|---|
Mo | B | Ti | |
B2 | − | 87 | 51 |
Mo10 | 22 | − | − |
B2Mo10 | 40 | 84 | 58 |
次に式(9),(10)中のD⊥は不明のため,MoについてはMo10鋼の再結晶粒の粒成長速度が式(6)(7)(8)(9)(10)を用いて説明できるように体拡散係数をフィッティングすることで求めた。Mo10鋼では析出もなく,再結晶の遅延効果はソリュートドラッグによると考えられるからである。なお,この時の850°Cにおける粒界と垂直方向への偏析原子の拡散係数の値はOikawaの報告39)による体拡散係数よりも約25倍大きくなった。粒界と垂直方向への拡散係数は体拡散係数の10~100倍程度であることが知られており,妥当な値とし,他の元素のB,Tiについてもこれと同様の傾向があると仮定した。各元素に対して用いた値を元の式と体拡散係数40,41,42)とともにTable 5に示す。
ここで,最も大きかったMoの粒界偏析量がB添加によって増加する点についてHillert,Ohtaniら43,44)によって提示された粒界相モデルを用い,Themo-Calcを用いた熱力学的計算で粒界偏析濃度を評価した結果をFig.13に示す。B添加によりMoのγ粒界上の偏析量が増大し,Mo添加によりBの偏析量は減少した。この傾向は3DAPのデータから求めた粒界偏析エネルギーの関係と一致する。これは,BとMoの引力的相互作用のためと考えられるが,上記したようにB添加によりMoの偏析量は増加しているが,Bの偏析量は減少しており,共偏析とは異なる現象と推察される。
Calculated results of (a)Mo and (b)B concentration in austenite grain boundaries in B2, Mo10 and B2Mo10 steels at 850°C. (Online version in color.)
次にCahnモデルから推定されたソリュートドラッグ力と再結晶速度と実測値の比較を行った。まず,式(6)に式(8)を代入すると
(12) |
となる。この式は粒界が速度Vで動くために必要な駆動力であり,粒成長速度VはFig.14に示すように式(12)と再結晶の駆動力P0の交点として求まる。しかし,式(12)でソリュートドラッグ力がないときの移動度Mがわかっていない。そこで,今回は再結晶の駆動力P0の1.1×106 J/m3とBase鋼の実際の粒成長速度5.4 µm/sから移動度Mである4.9×10−12 m4/J/sを求めた。
Relationship between grain boundary velocity and driving force for segregation of B, Mo and Ti in the sample steels. The straight black line represents intrinsic grain boundary velocity in base steel. (Online version in color.)
実測の粒成長速度Vexpと本モデルで計算した粒成長速度Vcalの値を比較した結果をTable 6に示す。VexpはFig.6のt0.5における実測の粒成長速度であり,VcalはFig.14のP0と式(12)の交点から求めたモデル計算による粒成長速度である。モデル計算による粒成長速度Vcalは,B2Mo10鋼でみられた再結晶の粒成長速度の顕著な遅延効果を再現していることが分かる。また,B2Mo10鋼について実測された粒成長速度においてもMoのソリュートドラッグ力の増加で定量的に説明できることが分かった。Table 6にはB2Mo10鋼について,Moのみのソリュートドラッグ力を考慮した場合と,Moに加えてTiとBを加えた場合のソリュートドラッグ力を考慮した両方について計算した粒成長速度を記載してある。Moの影響のみを考慮するだけで,計算値と実測値は比較的良い一致を示した。このことから,Tiのソリュートドラッグ効果の影響もあるが,再結晶の遅延効果は主にMoのソリュートドラッグ効果によるものと考えられる。なお,このとき見積もられたB2Mo10鋼におけるMoのソリュートドラッグ力は0.9×106 J/m3と再結晶の駆動力P0=1.1×106 J/m3に対して同等の値となった。以上の結果から,実験によって観察された再結晶の粒成長速度をCahnモデルによって説明できること示しており,B添加によるMoのソリュートドラッグ効果の増大が再結晶遅延の主要因であることが分かった。なお,再結晶の進行に対してBは一定の遅延効果があったが,実験の再結晶粒の成長速度の範囲では大きなソリュートドラッグ力は働かず,B2鋼の再結晶遅延現象はTiのソリュートドラッグ力を考慮することでしか説明ができなかった45)。Tiを添加していないB添加鋼においても,同等の再結晶遅延効果を確認しているため,Bの拡散係数の妥当性などについては今後検討する必要があると思われる。
Steel | The growth rate of recrystallized grain (μm/s) | ||
---|---|---|---|
Vexp | Vcal | ||
Base | 5.4 | 5.4 | − |
Mo10 | 1.7 | (Mo) 2.2 | − |
B2Mo10 | 0.3 | (Mo) 0.3 | (Mo+B+Ti) 0.2 |
B2 | 1.1 | (B) 5.4 | (B+Ti) 1.9 |
BとMoの複合添加が熱間加工後の静的再結晶挙動に及ぼす影響を調査し,BとMoの析出および粒界偏析挙動について考察を行った結果,以下の知見を得た。
(1)BとMoの複合添加により再結晶の進行は大きく遅延した。再結晶遅延効果はBとMoを単独添加したときの再結晶遅延効果の加算より顕著に大きく,BとMoの複合効果が見出された。
(2)再結晶の遅延効果はEBSDを用いた解析により,主に再結晶の粒成長速度の遅延によるものと分かった。
(3)TEMなどの解析から,BやMoの析出物のピンニング効果の影響は小さいことが推察された。
(4)3DAP測定により,B添加によってγ粒界上のMoの偏析量が顕著に増大することが判明した。これは,BとMoの原子間で相互作用が働くことにより,Moの偏析エネルギーが大きくなるためと考えられる。
(5)B添加により増加するMoのγ粒界偏析に基づいて,Moのソリュートドラッグ効果を見積もることで,再結晶粒の成長速度の傾向をよく説明することができた。
以上から,BとMoの複合添加による再結晶の顕著な遅延は,B添加によりMoの粒界偏析量が増加することによるソリュートドラッグ効果の増大である可能性を示した。
本研究において,有益なご助言をいただいた,当社の鉄鋼研究所の畑顕吾博士と石川恭平博士に深く感謝いたします。