Tetsu-to-Hagane
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Internal Reversible Hydrogen Embrittlement of Austenitic Stainless Steels Based on Type 316 at Low Temperatures
Lin ZhangMasaaki ImadeBai AnMao WenTakashi IijimaSeiji FukuyamaKiyoshi Yokogawa
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2013 Volume 99 Issue 4 Pages 294-301

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Synopsis:

The internal reversible hydrogen embrittlement (IRHE) of austenitic Fe(10-20)Ni17Cr2Mo alloys based on type 316 stainless steel hydrogen-charged as 40 mass ppm was investigated by tensile tests using the slow strain rate technique from 80 to 300 K. IRHE occurred below a Ni content of 15% (Ni equivalent of 29%), increased with decreasing temperature, reached a maximum at 200 K, and decreased with further decreasing temperature. The susceptibility to IRHE depended on Ni content. Hydrogen-induced fracture of IRHE occurred in brittle transgranular mode associated with the strain-induced α’ martensite structure from 200 to 300 K and mixed with twin boundary fracture at 200 and 250 K, and changed to dimple rupture mode due to hydrogen segregation at 150 K. IRHE was controlled by the amount of strain-induced α’ martensite above 200 K, whereas it was controlled by the hydrogen diffusion below 200 K.

1. 緒言

水素は地球環境の改善に貢献することが期待されており1),そのため燃料電池自動車や水素燃焼自動車のような水素を燃料とする自動車の開発が世界的に推進されている2) 。水素利用自動車では,水素は直接燃料として利用され,その水素貯蔵では現在は70MPaの高圧水素貯蔵と液化水素貯蔵が開発目標になっている。高圧水素形態での水素貯蔵には金属材料が構造材料として用いられてきたが,そこでは金属は常に水素に曝露されており,そのため金属の水素脆化,特に水素ガス雰囲気による水素脆化(水素ガス脆化)が生じる可能性がある。また,水素は金属に吸収され,金属内部に吸収された水素による水素脆化(内部可逆水素脆化)も生じる可能性がある。水素ガス脆化および内部可逆水素脆化の二つの水素脆化の防止は水素利用自動車の安全にとって重要な課題になっている。

オーステナイト系ステンレス鋼は低温での水素貯蔵で有望な候補材料ではあるが,大抵のオーステナイト系ステンレス鋼は水素脆化を生じる。309型や310型の安定オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21)では,内部可逆水素脆化は生じるが4,5,7,8,9,10,11,13,14)水素ガス脆化は生じない8,11,16,17,18,19,20,21)。これらの鋼では歪み誘起α’マルテンサイト変態は生じないので,内部可逆水素脆化は低い積層欠陥エネルギーが転位の交差辷りを抑制して平坦な辷りを生じるためである22,23)。301型,304型および316型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼では歪み誘起α’マルテンサイトの存在8,9,16,17,19,20,21,28,30,36,38,42,43,44,45,46,47,48,49,50,51,52)によって内部可逆水素脆化5,6,7,8,9,10,11,12,15,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38)も水素ガス脆化8,9,11,16,17,18,19,20,21,39,40,41,42,43,44,45,46,47,48,49,50,51,52)も生じる。一般的に歪み誘起α’マルテンサイトの体心立方格子構造は,面心立方格子構造に較べて水素誘起亀裂に本質的に感受性が高い。高電圧の透過電子顕微鏡観察(HVEM)によれば,304型53)や316型54)ステンレス鋼では,歪み誘起α’マルテンサイトは亀裂表面に局在すると共に,亀裂先端前面の試験片内部に局在している。Perng and Altstetter55)は歪み誘起α’マルテンサイトは準安定オーステナイト系ステンレス鋼の水素の拡散を大きく促進することを明らかにした。

オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化は温度に依存する4,6,10,11,13,14,15,20,24,26,36,46,47,49,50,51,52)。Wayman and Smith24)はNiを20%と30%含有するFe-Ni合金の内部可逆水素脆化を調べ,20%Ni合金では内部可逆水素脆化は293Kで大きくなるが,77Kでは小さくなるのに対して,30%Ni合金では内部可逆水素脆化は293Kで認められるものの77Kでは認められなかった。Caskey11)は商用と高純度合金を含む広い範囲のステンレス鋼の内部可逆水素脆化に及ぼす温度の影響を調べ,総ての材料の内部可逆水素脆化は温度の低下と共に大きくなり,200K~300Kで最大に達し,更なる温度の低下と共に小さくなった。Buckley and Hardie36)は18Cr-11Niステンレス鋼の内部可逆水素脆化を調べ,内部可逆水素脆化は215Kで最大に達し,160K以下では生じなくなった。著者らの水素ガス脆化の研究20,46,47)では,商用オーステナイト系ステンレス鋼の水素ガス脆化は温度に依存し,SUS304,SUS316およびSUS316LNステンレス鋼(日本工業標準(JIS)による表記)の水素ガス脆化は1MPaの水素ガス中で200K付近で最大になるが,120K以下では生じなくなった。著者らの最近の研究15)によれば,商用オーステナイト系ステンレス鋼の内部可逆水素脆化もまた温度依存性があり,SUS304,SUS316およびSUS316LNステンレス鋼の内部可逆水素脆化は200K付近で最大になり,80K以下では生じなくなった。著者らは温度依存性の原因を,温度の高い領域では水素脆化の律速段階が歪み誘起α’マルテンサイト変態の生成であるのに対して,温度が低い領域では水素の拡散に変化することであると考えている15,20,46,47)

オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化は化学成分に依存する。Wayman and Smith24)は20%Niを含有するFe-Ni合金の内部可逆水素脆化は30%Niを含有する合金よりも大きいことを見いだした。Caskey11)はFe-Cr-Ni系ステンレス鋼の水素ガス脆化は8%~14%Niの範囲でオーステナイト相の安定度の増加に伴って大きく変化することを報告している。そして水素脆化はマルテンサイト含量ではなくNiとN含量に依存するためであるとした。著者らも200K以上で商用オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化の類似の化学成分依存性を見いだしている15,20,47)

著者らは316型ステンレス鋼に基づくFe(10-20)Ni17Cr2Mo合金の水素ガス脆化を低温1MPa水素中で調べ,水素ガス脆化は温度の低下と共に大きくなり,200K付近で最大に達し,更に温度が低下すると共に小さくなることを報告している56)。本研究では,この水素ガス脆化の研究と併せ,水素脆化の研究を補完するために,Fe(10-20)Ni17Cr2Mo合金の内部可逆水素脆化の研究を実施した。すなわち,水素ガス脆化に加え,内部可逆水素脆化と合金中の歪み誘起α’マルテンサイトの関係を調べ,準安定から安定オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化に及ぼすNi含量およびNi当量の影響を検討した。

2. 実験方法

供試材である316型オーステナイト系ステンレス鋼に基づいたFe(10-20)Ni17Cr2Mo 合金は,著者らの低温における水素ガス脆化の研究56)で用いたが,本研究でも同じ材料を用いた。この材料は,低温における内部可逆水素脆化に及ぼすNi含量の影響を調べるためにNi含量は10%から20%まで調整した。Niの役割はオーステナイト相を安定化させ,水素脆化に対する耐性の向上にあるが,その他のオーステナイト相の安定化に貢献する他の合金添加元素も一般的に水素脆化に対する耐性を向上させる。歪み誘起α’マルテンサイト変態に対するオーステナイト相の安定度は次のようにNi当量(Nieq)で示される。   

この式では総ての元素は質量分率で表示される57)

このため,水素脆化はNieqと関係付けることができる。Ni含量を9.88から19.93mass%まで調整して溶製した((1)式によるNieq:24.20~34.33%)これらの合金の化学成分をTable 1に示した。なお,316-2に類似している試験片の窒素含量は0.001mass%であったが,この論文で用いた試験片の窒素含量は測定していなかった。

Table 1.

 Chemical compositions of Ni-added type 316 alloys.

合金は高周波真空溶解炉で溶解し,直径10mmの棒に鍛造した。更に1373Kで5分間保持後水焼き入れを行う溶体化処理を施した。そしてゲージ長20mm,直径4mmの平滑丸棒引張試験片に加工した。試験片は30MPaの純度99.99999%(ガスボンベ内純度)の水素中473Kで250h保持する高温水素チャージを施した。オーステナイト系ステンレス鋼の水素溶解度55)によれば,この条件で水素チャージした試験片の水素含量は,水素利用自動車の高圧水素貯蔵における概略の最大の水素圧および温度条件である100MPaの水素中373Kで水素チャージした試験片と同程度と考えられる。個々の試験片の水素含量はLECO RHEN602水素分析器で分析した。その結果,試験片の水素含量はNi含量によらず概略40mass ppmであった。なお本論文では,これ以降,mass%,mass ppmは,単に%,ppmで表記する。

試験片表面は,試験前にエメリー紙で研磨し,更に研磨布にアルミナ研磨用ペーストを用いて磨いた。引張試験は純度99.9999%(ガスボンベ内純度)の1MPaのヘリウム中80~300Kで,著者らが低温水素ガス脆化向けに開発した試験機58)を用いて実施した。著者らは304型ステンレス鋼の1MPaの水素およびヘリウム中80~300Kでの低歪み速度試験(SSRT)を4.2×10−5~4.2×10−2 s−1で実施した46)。その結果,4.2×10−5 s−1では大きな水素ガス脆化が認められるが,歪み速度の増加と共に水素ガス脆化は小さくなり,4.2×10−2 s−1では水素ガス脆化は観察されなかった。そのため,全試験は4.2×10−5 s−1のSSRTで実施した。この速度は著者らの以前のこの合金の水素ガス脆化研究56)で水素の効果を確実に検出するために用いた速度である。引張試験後,破断した試験片の破面を走査電子顕微鏡で観察した。オーステナイト相の中の歪み誘起α’マルテンサイトは,微視的にはNanoscope IIIaの磁気力顕微鏡(MFM)と原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察し,巨視的には磁気測定器を用いてフェライト相当量として測定した。

3. 実験結果

316-3(Ni:12.11%,Nieq:26.45%)の水素チャージした試験片および溶体化ままの試験片の1MPaのヘリウム中80K,200および300Kにおける典型的な荷重-歪み曲線をFig.1に示す。図より,200および300Kでは水素チャージした試験片は溶体化ままの試験片に較べて早期に破断するため,水素は水素チャージした試験片の最大引張強さと伸びを減少させる。しかし,降伏点には水素の影響は殆ど認められない。また80Kでは水素は引張性質に影響は認められない。

Fig. 1.

 Load-strain characteristics of the H-charged and as-solution-annealed 316-3 specimens listed in Table 1, tested in 1 MPa helium at 80, 200 and 300 K.

内部可逆水素脆化は一般的に相対絞り(RRA(Relative Reduction of Area):水素チャージした試験片の絞りを溶体化ままの試験片の絞りで除した値)として表示される。内部可逆水素脆化が認められなければRRAは1であり,内部可逆水素脆化の増加と共にRRAは小さくなる。316-1(Ni:9.88%,Nieq:24.20%),316-3および316-5(Ni:13.90%,Nieq:28.29%)の内部可逆水素脆化に及ぼす温度の影響をFig.2に示す。内部可逆水素脆化は明らかに合金のNi含量と温度に依存する。すなわち316-1ではRRAは温度の低下と共に減少し,200~250Kで最小になり,更なる温度の低下と共に増加した。そして,316-3のRRAは200Kで最小になると共に,316-1と類似の温度依存性を示した。316-5のRRAは250Kで少し低下した。内部可逆水素脆化のこれらの温度依存性は,Holbrook and West10)による304L型ステンレス鋼の高温水素チャージ材の試験結果,Caskey11)による316型ステンレス鋼の試験結果やBuckley and Hardie36)による18Cr-11Niステンレス鋼の試験結果と概略一致している。

Fig. 2.

 Effect of temperature on IRHE of Ni-added type 316 alloys at low temperatures. Specimens are listed in Table 1.

316-1~316-6(Ni:14.88%,Nieq:29.18%)の内部可逆水素脆化の温度依存性とNi含量依存性をFig.3に示す。316-1,316-2および316-3は200Kで大きな内部可逆水素脆化を示すが,316-4と316-5の試験片は250Kで小さい内部可逆水素脆化を示す。内部可逆水素脆化はNi含量15%(Nieq:29%)以下で認められるが,Ni含量15%以上では試験した全温度で殆ど認められなかった。

Fig. 3.

 Effect of temperature and Ni content on IRHE of Ni-added type 316 alloys at low temperatures together with Ni equivalent by (1).57) Specimens are listed in Table 1.

総ての試験片の歪み誘起α’マルテンサイト含量に及ぼす温度の影響をFig.4に示す。この図は著者らが以前発表した図56)にNi含量を付け加えたものである。これは溶体化ままの試験片をヘリウム中破断させ,その試験片の破断部近傍のフェライト相当量を磁気測定したものである。この方法で測定されたフェライト相当量は破断部近傍の歪み誘起α’マルテンサイトに対応している。316-1(Ni:9.88%,Nieq:24.20%)の歪み誘起α’マルテンサイト含量は200Kまで温度の低下と共に増加する。316-5(Ni:13.90%,Nieq:28.29%)では250K以上では0%で,250K以下では温度の低下と共に増加する。316-11(Ni:19.93%,Nieq:34.33%)では全温度域で歪み誘起α’マルテンサイトは認められない。歪み誘起α’マルテンサイト含量はNi含量と温度の増加と共に減少する。

Fig. 4.

 Effect of temperature on strain-induced α’ martensite content of Ni-added type 316 alloys at low temperatures.56)

内部可逆水素脆化が最も大きいのは200Kなので,Fig.3の200Kにおける断面をフェライト相当量と共にFig.5に示す。水素チャージした試験片のRRAはNi含量が10~11%(Nieq:24-25%)では徐々に増加し,11~13%(Nieq:25-27%)では大きく増加し,13~15%(Nieq:27-29%)では再び緩やかに増加することが明らかになった。内部可逆水素脆化はNi含量15%(Nieq:29%)以下で生じ,そこではフェライト相当量は2.5%であり,Ni含量の低下と共に内部可逆水素脆化は大きくなった。このことは,内部可逆水素脆化は歪み誘起α’マルテンサイト含量と相関があることを示している。Ni含量の増加はこの合金の内部可逆水素脆化に対する感受性を低下させることも示している。Caskey11)は69MPa,620Kで水素チャージさせた310型合金が280K付近で最大の内部可逆水素脆化を示すことを報告している。Caskeyの用いた310型ステンレス鋼はNi含量20%,Nieq37%程度であり,また310型ステンレス鋼の水素含量は本研究の試験片のそれより大きい。310型ステンレス鋼は歪み誘起α’マルテンサイト変態をしないので,この鋼の内部可逆水素脆化は高い水素含量によるオーステナイト相の水素脆化に起因する。本研究の合金のNi含量17%(Nieq:31%)以上では,200K以上では歪み誘起α’マルテンサイト変態は生じないと共に,内部可逆水素脆化も全温度域で生じない。

Fig. 5.

 Effect of Ni content on IRHE of Ni-added type 316 alloys at 200 K together with Ni equivalent.

水素チャージした316-1,316-3および316-5を200Kで引張破断させた破面をFig.6-(a),-(b)および-(c)にそれぞれ示す。316-1と316-3では内部の亀裂起点近傍に,316-5では破面中央部に重点を置いて観察した。Fig.6-(a)に示すように,316-1では水素脆化に特徴的な脆性的な粒内破面が,平板状の破面を伴って,主に観察された。脆性的な粒内破面は,Ni当量の増加と共に小さくなり,水素脆化が現れないと観察されなかった。また,亀裂近傍の高圧透過電子顕微鏡観察によれば,304型ステンレス鋼53)および316型ステンレス鋼54)ではα’マルテンサイトは亀裂先端前面の試験片内部で観察された。Millerら59)は磁気力顕微鏡によって316L型ステンレス鋼では疲労亀裂進展試験で亀裂に沿ってα’マルテンサイトを観察した。更には,有限要素法を用いた亀裂先端近傍における変形挙動の計算によれば,歪み誘起α’マルテンサイトは亀裂先端前面の試験片内部で形成される60)。これらのことから,走査電子顕微鏡で観察された脆性的な粒内破面は歪み誘起α’マルテンサイトと密接な関係があることが分かった。平板状の破面に関しては,Caskey27)は高温水素チャージした304L型ステンレス鋼の198Kの破面の走査電子顕微鏡観察により,表面に筋状模様のある平板状破面を観察し,その破面を双晶の境界面に沿う破面と報告している。本研究の平板状破面の形態はCaskeyの観察した平板状破面とよく一致しており,双晶境界面に沿う破面と考えられる。Fig.6-(b)に示すように,316-3では歪み誘起α’マルテンサイトを伴う脆性的な粒内破面のみが観察された。これらの水素チャージした試験片の双晶境界に沿う破面や脆性的な粒内破面は,この材料を1MPaの低温水素中で破断させた水素ガス脆化試験片にも観察された56)。この脆性的な粒内破面は水素チャージした試験片の200~300Kの破面に観察された。しかし,双晶境界に沿う破面は200~250Kで観察された。316-5では,Fig.6-(c)に示すように,大きなディンプル破面が脆性的な粒内破面と共に観察された。写真には示していないが,微細なディンプル破面が総ての溶体化ままの試験片に観察された。水素チャージした試験片のディンプルの大きさと深さは,溶体化ままの試験片より大きかった。

Fig. 6.

 Fracture surfaces of the H-charged specimens tensile-tested at 200 K. (a) 316-1, (b) 316-3 and (c) 316-5 specimens listed in Table 1.

200Kで破断させた316-1水素チャージ試験片の破断部近傍断面の磁気力顕微鏡像をFig.7に示す。双晶境界は2本の平行な線として,Fig.7-(a)中2本の矢印で示すように観察された。Fig.7-(a)の正方形の領域を拡大してFgi.7-(b)に示したが,その像から強磁性の相を抽出してFig.7-(c)に示す。そこでは強磁性相は黒か灰色で示される。従って,Fig.7-(c)の一例として歪み誘起α’マルテンサイトは矢印のように多くの黒い点として双晶境界に沿って存在していることが分かる。この観察は,歪み誘起α’マルテンサイトは双晶境界に沿っても形成されることを示している。従って,水素チャージした試験片で観察される双晶境界に沿った破断は歪み誘起α’マルテンサイトと強い相関があると思われる。磁気力顕微鏡による双晶境界上の歪み誘起α’マルテンサイトの観察は,Caskey27)による双晶境界上のトレースの走査電子顕微鏡による観察と一致している。

Fig. 7.

 MFM images of the cross section near the fracture surface of the H-charged 316-1 specimen listed in Table 1, fractured at 200 K. (a) MFM image (50μm x 50μm); arrows show prior annealed-twin boundaries, (b) enlarged MFM image of the area surrounded by a square in (a), and (c) analyzed MFM image of (b), where the white areas show the austenitic phase, the gray or dark areas show strain-induced α’ martensite and the arrow shows strain-induced α’ martensite on prior annealed-twin boundary. (Online version in color.)

内部可逆水素脆化は150Kでも依然として観察された。316-3の水素チャージした試験片および溶体化ままの試験片の走査電子顕微鏡による破面をFig.8-(a),-(b)および-(c)にそれぞれ示す。水素チャージした試験片では,Fig.8-(a)に示すように,浅いディンプルが観察され,その底にはFgi.8-(b)に示すように介在物と思われる粒子が認められる。この破断様式は,水素チャージした316-1,316-2,316-3および316-4の試験片でも観察された。溶体化ままの試験片では,Fig.8-(c)に示すように微細なディンプル破断が観察された。

Fig. 8.

 Fracture surfaces of 316-3 specimens, listed in Table 1, fractured at 150 K. (a) and (b) H-charged, and (c) without H-charged (as solution-annealed). (b) is an enlarged image of (b), emphasizing on particles considered as inclusions at the bottom of a dimple.

破断様式のまとめとして,全温度域で試験した水素チャージした試験片の破断様式をFig.9に示す。内部可逆水素脆化による破断は,図中破線で示す様に,この合金のNi含量15%(Nieq:29%)以下,150K以上で生じる。

Fig. 9.

 Fracture mode of the H-charged specimens of Ni-added type 316 alloys fractured at low temperatures. Incl. dimple: hydrogen-enhanced inclusion-induced dimple rupture, BTG: brittle transgranular fracture, PATB: fracture along prior annealed-twin boundary.

4. 考察

水素脆化は化学成分と温度に依存する。内部可逆水素脆化は歪み誘起α’マルテンサイトを生成する試験片で認められると同時に,試験片のNi含量に依存した。内部可逆水素脆化は,Fig.2に示したように,温度の低下と共に大きくなり,200K付近で最大になり,更なる温度の低下と共に小さくなった。歪み誘起α’マルテンサイト含量は,Fig.4に示したように,200K以上で温度の低下と共に大きく増加した。従って,水素の拡散は歪み誘起α’マルテンサイトの総量で律速される。316-1,-2および-3では歪み誘起α’マルテンサイトの総量は200K以下ではほぼ一定であり,しかもこの温度域では内部可逆水素脆化は生じる。この相変態挙動は他の文献56,61,62,63)とよく一致している。Perng and Altstetter55)が示すように,α’マルテンサイト中の水素拡散の活性化エネルギーは面心立方格子中のそれに近いので,α’マルテンサイト中とはいえ温度の低下と共に水素の拡散は困難になる。従って,水素ガス脆化と同様56),内部可逆水素脆化もまた200K以下では水素拡散の遅いプロセスに律速される。

双晶境界に沿った破断が200Kと250Kで観察された。Fig.6(a)に示した双晶面の走査電子顕微鏡観察およびFig.7に示した双晶境界面の断面の磁気力顕微鏡観察から,断続する筋状のα’マルテンサイトが双晶境界面に沿って形成される。Caskey17)は,双晶境界はCottrell雰囲気として水素を引き連れた転位の運動の障壁となり,そして転位の消滅をもたらして,その水素を蓄積することができ,その結果双晶破断をもたらすと主張している。本研究により,双晶境界面に歪み誘起マルテンサイトが観察されたことから,双晶境界面における破断に対する歪み誘起マルテンサイトの寄与はあるものと考えられるが,なお議論がありうるので,今後の検討課題としたい。

水素脆化は材料内の水素の拡散と分布に依存する。一般的には,200K以上では内部可逆水素脆化が生じることにより示されるように,変形前に試験片内部の基地中に高い水素含量が既に存在している。そのため内部可逆水素脆化では亀裂は試験片内部に生成する。内部可逆水素脆化は150Kでも依然として生じる。Fig.8(a)および(b)に示したように,水素チャージした試験片では浅い大きなディンプルが観察され,その底には介在物が観察される。一方,溶体化ままの試験片では微細なディンプルが観察された。これらのディンプルは316-1~4の試験片で生じたもので,Fig.4に示すように,これらの試験片で生成する相は歪み誘起マルテンサイト相が主体である。延性的なディンプル破断は,一般的に,微小ボイドの生成,成長,合体の結果として生じる。従って,水素の影響は微小ボイドの生成あるいは成長と合体の促進にある。Thompson64)が述べるように,水素誘起延性低下はマイクロボイド寸法の大きな変化と通常関係している。より小さい寸法では水素によるボイド生成が促進されることを示している。一方,より大きな寸法では水素によるボイドの成長と合体を促進することを示している。従って,介在物近傍の水素含量と破断過程での水素の拡散が延性破断領域での水素脆化に重要になる。この介在物周辺で大きなボイドが観察されることに関しては,介在物の存在が本質的か否かに議論がある。150Kでこのような現象が水素によって観察されたのは初めてであり,今の段階でどの機構が決定的かについて実験データも十分でないので,今後の研究に待ちたい。

5. 結言

316型ステンレス鋼に準拠して溶製したFe(10-20)Ni17Cr2Mo合金を水素チャージして水素含量約40mass ppm含有させた試験片を用いて,80~300Kで4.2×10−5 s−1の歪み速度でSSRT引張試験を行い,内部可逆水素脆化を調べた。得られた結果は次の通りである。

(1)この合金は,Ni含量15%(Nieq:29%)以下で内部可逆水素脆化が生じ,内部可逆水素脆化は温度の低下と共に大きくなり,200K付近で最大に達し,更なる温度の低下と共に小さくなった。内部可逆水素脆化は,200Kでは,Ni含量10~11%(Nieq:24-25%)で緩やかに小さくなり,Ni含量11~13%(Nieq:25-27%)で大きく減少し,Ni含量13~15%(Nieq:27-29%)で再び緩やかに小さくなった。内部可逆水素脆化感受性はNi含量に大きく依存した。

(2)水素誘起破断が,200K~300Kでは脆性的な粒内破断様式で歪み誘起α’マルテンサイトを伴って生じ,200~250Kでは双晶境界に沿った破断を同時に伴った。そして,150Kでは水素の局在化によるディンプル破断に変化した。

(3)内部可逆水素脆化は,200K以上ではα’マルテンサイトの総量に律速し,200K以下では水素の拡散に律速することを考察した。

文献
 
© 2013 The Iron and Steel Institute of Japan

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