Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
Print ISSN : 0021-1575
ISSN-L : 0021-1575
Regular Article
Dispersion Control of Steel Plate Temperature by Particle Model Predictive Control
Kohei OhsumiToshiyuki OhtsukaMitsuo HirataMasanori Shioya
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2013 Volume 99 Issue 4 Pages 275-282

Details
Synopsis:

In this paper, a control problem of temperature dispersion in steel cooling is formulated as model predictive control (MPC) of a probability density function (PDF). The input of MPC is optimized for dynamics of the PDF approximated by the Monte Carlo method, which is called particle MPC (PMPC). Simulation results of PMPC are presented to show the potential effectiveness of dispersion control.

1. 緒言

鉄鋼プロセスでは,品質が不確かでばらつきが大きい原材料から,需要家の要望に合った品質の鉄鋼製品を安定的に製造する必要があり,不確かさやばらつきに的確に対処することが重要となっている。そこで本研究では,鉄鋼プロセスの中でも熱間圧延後の鋼板冷却における温度のばらつき制御を考える。鋼板の引張強度や延性などの機械特性の仕様を満たすためには,この熱延後の冷却は非常に重要な熱処理プロセスであり,高度な温度制御が要求される。正確な温度制御には,センサによって正確に鋼板の表面や内部温度を計測する必要があるが,実際の鉄鋼プロセスでは高温で粉塵も多く,計測環境が悪いためにセンサが設置されていても不確実な情報しか得ることができない。本研究では,プロセスの状態,つまり鋼板の温度をばらつきを有する確率変数として取り扱い,その確率密度関数の特徴量を制御することによって,温度のばらつきを抑制することを目的とする。

一般に,確率密度関数は確率システム理論1,2)において,外乱の影響を表すために使用されているが,本研究では,確定システムの初期状態のばらつきを表すために確率密度関数を使用する。したがって,外乱の影響のない特殊な確率システムの制御としてばらつきの制御問題を扱うことができる。ばらつきの制御問題で制御対象となる確率密度関数の発展方程式は,外乱の影響のないコルモゴロフの前向き方程式となり,無限次元の確率密度関数を有限次元の制御入力で制御する,という非常に難しい制御問題となる。

ばらつきの制御手法には,粒子モデル予測制御3)を用いる。粒子モデル予測制御では,無限次元の確率密度関数をモンテカルロ法4,5,6)に基づいて多数の粒子で近似し,モデル予測制御7,8)によって,その粒子群を制御する手法である。モデル予測制御は,receding horizon制御とも呼ばれ,有限時間未来までのシステムの応答を最適化するように各時刻での制御入力を求め,その評価区間を後退させて最適制御を継続させるフィードバック制御手法である。モデル予測制御は,数値解法やコンピュータの性能の発展によって,非線形システムに対しても有効な制御手法となっており,本研究で扱う非線形偏微分方程式で記述されるシステムに対しても有効である。本稿では,数値シミュレーションにより,粒子モデル予測制御による鋼板温度のばらつき制御の有効性を示す。

2. 鋼板の冷却モデル

本研究では,熱間圧延後の鋼板冷却における温度のばらつき制御を考える。熱間圧延プロセスには,最終製品の断面形状によって,厚板ミル,線材・棒鋼ミル,型鋼ミル,継目無鋼管ミルなどさまざまなプロセスがある。その例として,薄鋼板の製造プロセスであるホットストリップミルの概略図をFig.1に示す。ホットストリップミルでは,鋼板の母材となるスラブを1200°C程度に加熱し,粗圧延機で30~50mmの粗厚に圧延した後,6~7スタンドタンデムの仕上圧延機にて最高約20m/sの速度で1.2~25.4mmの製品厚に圧延し,冷却ゾーンで600~500°C前後に冷却してコイル状に巻き取る。本研究では,この冷却ゾーンにおける水量パターンの制御によって,温度のばらつきを制御することを考える。

Fig. 1.

 Hot strip mill.

鋼板の冷却をモデル化する際,簡単化のために鋼板の長手方向と幅方向の温度は一様であると仮定する。すると,鋼板厚み方向の温度のダイナミクスはつぎの偏微分方程式9)で記述される。   

ただし,T(ξ,t)は鋼板の温度(°C),ξは板厚方向の座標(m)で原点は板厚方向中心,tは時間(s),c(T(ξ,t))は変態発熱を考慮した比熱(J/kg・K),ρ(T(ξ,t))は密度(kg/m3),λ(T(ξ,t))は熱伝導率(W/m・K)である。比熱c(T),密度ρ(T),熱伝導率λ(T)は定数ではなく,Fig.2のような特性を持つ関数10)である。ただし,この比熱cは前述の通り変態発熱を含んだものであり,各関数は変態領域700°C付近で大きく変動するものとなっている。鋼板の表面および板厚方向中心における境界条件は,上面および下面の冷却は対称であると仮定して,それぞれ次式で表される。   

  

Fig. 2.

 Parameters of steel plate.

ただし,dは板厚,Twは水温(30°C),α(T(ξ,t),w(t))は熱伝達率(W/m2・K),w(t)は水量密度(ℓ/m2 min)を表しており,この水量密度wがシステムへの入力となっている。また,冷却に関して核沸騰や膜沸騰,放射などを考慮して熱伝達係数はつぎを用いている10)。   

熱伝導方程式(1)を空間に関して差分化する。つまり,板厚半分をNs分割し,離散幅をΔξ=d/(2Ns)として,式(1)を境界条件(2),(3)を用いて差分化すると,各点における熱伝導はつぎの常微分方程式で記述できる。   

ただし,Tiは鋼板方向i番目の計算ポイントにおける温度を表している。したがって,x=[T0TNs]T∈RNs+1u=α(TNsw)∈Rとすると,鋼板の冷却モデルはつぎの形式で書ける。   

ただし,制御入力u(t)を実際の入力wと表面温度TNsの関数として新たに定義しているのは,制御入力の計算コストを減少させるためであり,これによって鋼板の冷却モデルは入力アフィンシステムとなる。これ以降は,鋼板の冷却モデル(5)に対してばらつきの制御の定式化と数値解法を与えていく。

3. 粒子モデル予測制御による温度のばらつき制御

3・1 定式化

鋼板の引張強度や延性などの機械特性の仕様を満たすためには,圧延後の冷却は重要な熱処理プロセスであり,高精度な温度制御が要求される。高品質な鋼板の製造に関しては,初期状態や内部温度の不確かさに関係なく鋼板の温度を正確に制御することが重要である。正確な温度制御には,センサによって正確に鋼板の温度を計測することが必要であるが,実際の鉄鋼プロセスでは環境が悪く不確実な情報しか得ることができない。そこで本研究では,冷却中のセンサ情報は利用できないが,統計的な情報から得られた初期温度分布の確率密度関数は利用可能であると仮定し,フィードフォワード制御によって鋼板の温度のばらつきを抑制し,目標温度に制御することを目的とする。

時刻tにおける状態xの確率密度関数をp(xt)∈Rとすると,その時間発展方程式は,   

となる。これは外乱項のないコルモゴロフの前向き方程式であり,非線形偏微分方程式となっている。本研究では,温度のばらつきを制御するために,確率密度関数の平均と分散に注目した制御を行う。したがって,温度のばらつき制御問題では,平均と分散(または標準偏差)を目標値に制御するためのフィードフォワード制御入力u(t)を求める問題となる。

本研究では,最適制御手法としてreceding horizon制御とも呼ばれるモデル予測制御を用いる。確率密度関数のダイナミクスは非線形偏微分方程式で記述されることから,解析的に制御系を設計するのは非常に困難である。また,数値的な最適化手法であっても,冷却プロセス全体を最適化するような反復計算を必要とする手法は,計算コストや解の精度の観点から非常に扱いが難しい。それに対して,モデル予測制御では適切な長さの評価区間を後退させて,比較的少ない計算コストで各時刻での準最適解を計算することができる。また,モデル予測制御で求まる解は時間に関して滑らかに変化することから,ある条件下では反復計算なしに解を追跡することが可能であり,非常に効率的に各時刻での解を求めることができる。このことから,モデル予測制御は温度のばらつき制御問題に対しても有効な制御手法である。

モデル予測制御では,時刻tでの評価区間の長さをTとすると,つぎの評価関数を最小にする制御入力を計算する。   

ただし,μ[puτ],v[puτ]はそれぞれ評価区間上の時刻τでの確率密度関数puの平均と分散である。また,確率密度関数puは,時刻tで与えられた確率密度関数p(xt)と制御入力uに対する偏微分方程式(6)の解である。スカラー関数φLは,与えられた目標平均と目標分散に対してつぎのように定めている。   

  

ただし,SfQfSQRは,重み行列を表している。また,実時間をt,モデル予測制御における仮想時間をτで表し,さらに関数の引数を(・),汎関数の引数には[・]を用いている。ここで,スカラー関数φLは,pではなくμvuの関数として見なすことができる点に注意されたい。

この最適制御問題に対する解の存在を理論的に保証することは困難だが,入力uの重み行列Rが正定であれば,入力の大きさが抑制されて確率密度関数の平均や分散は評価区間内で発散せず,何らかの解が定まると考えられる。したがって,以下では最適制御入力が存在すると仮定する。

評価関数Jを最小化する最適制御入力uopt(τ;p(xt),t)は,評価区間上の時間τ(tτt+T)と時刻tでの確率密度関数p(xt)の関数となっている。時刻tで実際にシステムに与える制御入力は,最適制御入力の初期値だけであり,   

となる。本研究では,システムの実際の確率密度関数は直接計測できないと仮定しているので,p(xt)は偏微分方程式(6)から数値的に計算した値を用いている。各時刻での制御入力をモデル予測制御によってオフラインで計算し,結果として冷却プロセス全体の入力履歴u(t)が求まる。

評価関数(7)に対する最適性の必要条件は,変分法によって得られる。それによって,ばらつきの制御問題を非線形偏微分方程式を含む 2点境界値問題に帰着することができるが,このまま扱おうとすると計算量や実装の際に必要なメモリが非常に大きくなる。したがって,本研究では確率密度関数をモンテカルロ法によって近似した手法,粒子モデル予測制御3)を用いる。粒子モデル予測制御では,つぎのようにM個の粒子によって確率密度関数が近似できていると仮定している。   

したがって,ばらつきの制御問題としては,これらの粒子群が制御対象となり,ある制御目的が達成されるような制御入力の計算問題となる。ただし,ここで求まった制御入力は,全粒子に共通して与えられるという点に注意されたい。

各粒子x(j)(t)に対応するラグランジュ乗数をλ(j)(t)∈RNs+1(1 ≤ jM)とし,サンプリングした粒子とラグランジュ乗数をまとめたベクトルをつぎのように定義する。   

粒子モデル予測制御に関するハミルトニアンを   

と定義する。ただし,粒子モデル予測制御の評価関数はモンテカルロ近似を用いないモデル予測制御の時と同様に定義している。つまり,スカラー関数Lφは,式(8),(9)と同様の形で,平均と分散,それぞれの目標値に対する差の2次形式で定義している。そして,評価区間[tt+T]を[0,T]へ変換すると,粒子モデル予測制御は,各時刻でつぎの拡張された評価関数を最小にする制御入力を求める問題となる。   

ただし,粒子X*MC(τt)(0 ≤ τT)は,τ=0でのXMC(t)から出発したτ軸上の軌道を表しており,Λ*MC(τt)も同様に評価区間上で定義されたラグランジュ乗数をまとめたベクトルである。また,最適制御入力u*(τt)は,各時刻tに関する有限評価区間最適制御問題の解としてτ軸上で決定され,実際の制御入力はu(t)=u*(0,t)として与えられる。評価区間長さTは一般に時間の関数T=T(t)となっている。このように粒子モデル予測制御問題は有限評価区間最適制御問題として扱えるので,変分法によって最適性の必要条件を導出することができる。

3・2 問題の離散化

実装と定式化の簡単化のために評価区間をNステップに分割し,τ軸上の最適制御問題を離散化する。変分法によって得られた粒子やラグランジュ乗数,制御入力の最適性の必要条件を離散化した各系列{X*MCi(t)}N−1i=0,{Λ*MCi(t)}Ni=1,{u*i(t)}N−1i=0はつぎのようになる(j=1, 2, … , M)。ただし,X*MCi(t)はX*MC(iΔτ,t)に対応しており,Λ*MCi(t)とu*i(t)も同様である。   

  
  
  
  

ただし,計算量を極力少なくするために式(13)と式(15)の離散化には前進差分を用いており,xik*(j)はベクトルxi*(j)k番目の要素,離散化幅はΔτ:=T/Nとなっている。さらにこの段階では,離散化はモデル予測制御の仮想時間τに関してのみ適用しており,実装の際には,実時間tに関しても離散化する必要がある点に注意されたい。これは,後述する粒子モデル予測制御の計算アルゴリズムC/GMRESの定式化を容易にするためにτに関してのみ離散化したが,現段階では,tに関しては特に離散化する必要はなく,できるだけ近似を用いない厳密な形で定式化するためである。離散化された粒子モデル予測制御では,各時刻tでシミュレーションによって計算した状態XMC(t)を初期値として,2点境界値問題(13)−(17)を解き,実際の制御入力をu(t)=u*0(t)として求めている。

また,本研究における粒子モデル予測制御では,粒子フィルタのように各時刻tでリサンプリング11)は行わない。本研究で扱っている問題は,初期状態にのみ不確かさを持つ確定システムを扱っており,システム自体に外乱は含まれていない。さらに本研究では,オフラインでの最適化計算を考えているので,粒子フィルタのように,オンラインで新たな観測値が得られるわけではなく,観測値から粒子の尤度を評価することができない。したがって,モンテカルロ法によってサンプリングを行うのは,初期状態における1回のみである。

制御入力系列に関するベクトルをつぎのように定義する。   

制御入力系列のベクトルUMC(t)とXMC(t)が与えられると,式(13)と式(14)を用いて,{X*MCi(t)}i=0N−1が再帰的に計算できる。すると,式(15)と式(16)によって,{Λ*MCi(t)}Ni=1i=Nからi=1まで逆時間方向に再帰的に計算することができる。つまり,式(13)−(16)を用いると,UMC(t)とXMC(t)によって{X*MCi(t)}i=0N−1と{Λ*MCi(t)}Ni=1が定まるので,式(17)は,つぎのようなN次元連立代数方程式と見なすことができる。   

各時刻tでのXMC(t)に関して,方程式(18)を解いてUMC(t)を求めることができれば,制御入力を定めることができる。

3・3 Continuation/GMRES

本研究では,モデル予測制御の計算に実時間計算アルゴリズムC/GMRES12)を用いる。方程式FMC(UMCXMCt)=0をUMCについて解くのに,ニュートン法のような反復解法を用いると効率が悪く,計算時間が大きくなりやすい。しかし,モデル予測制御問題においては未知数UMC(t)がXMC(t)を通じて時間tに依存しているという特徴を利用して,UMC(t)の時間変化を追跡すれば,反復計算は必要でなくなる。これは,時刻tをパラメータとする連続変形法13,14)である。連続変形法を用いると,制御入力UMC(t)の時間変化を表す微分方程式が得られるので,得られた解を数値積分することでUMC(t)が求められ,実際の制御入力を決定できる。

連続変形法では,各時刻でFMC(UMC(t),XMC(t),t)=0が安定となるようにUMC(t)を更新することを考える。つまり,初期時刻t0FMC(UMC(t0),XMC(t0),t0)=0を満たすようにUMC(t0)を選び,つぎが成り立つようにを定める。   

ただし,ζは正の実数であり,FMC=0を安定化する減衰係数となっている。この方程式を計算するとつぎが得られる。   

この式からを求めることができれば,実時間で積分することによって反復計算を用いずにUMCを更新できる。もしFMC(UMC(t0),XMC(t0),t0)=0が成り立つようなUMC(t0)を選ぶことができれば,時間とともに変化する解UMC(t)を追跡できることになり,一種の連続変形法となる。初期値UMC(t0)の求め方については,評価区間の長さTの初期値を0として2点境界値問題の自明な解から出発し,その後Tを滑らかに増加させていく方法や,制御開始前に時間をかけて勾配法などで初期解UMC(t0)を求める方法等が考えられる。本研究では,前者のように評価区間T(t)をT(t0)=0かつT(t)→const.(t→∞)を満たすような滑らかな関数   

のように選び,最適制御問題の自明な解UMC(t0)から出発する方法をとる。

微分方程式(19)からを計算するには,ヤコビアンを評価しなければならず,またが含まれているため連立1次方程式を解く必要もある。前述の式(18)におけるFMCの定義で,X*MCiとΛ*MCiは式(13),(15)を介して他の時刻における入力の影響も受けることに注意されたい。そのため,FMCのヤコビアンは非対角要素を持つ密行列となり簡単には評価できない。さらにこれらの行列のサイズは評価区間の分割数Nに応じて巨大になりうるので,効率の良い計算方法が必要である。そこで,連立1次方程式の解法としてGMRES法15)を採用し,さらにヤコビアンとベクトルの積を前進差分で近似する。GMRES法は,非対称正方行列を係数にもつ連立1次方程式に対する共役勾配法を含むクリロフ部分空間法の一種である。GMRES法を用いることによって,連立1次方程式の係数行列であるヤコビアンを直接求める必要がなくなり,計算量が大幅に低減できる。また,方向微分の前進差分によって微分方程式(19)の右辺を近似するので,最終的に関数FMCを2回評価するだけでヤコビアンとベクトルの積を近似できることなる。このようにして連続変形法とGMRES法を組み合わせたアルゴリズムC/GMRES12)を粒子モデル予測制御に適用することによって,非常に効率よく解を追跡することが可能となっている。

4. シミュレーション

本節では,定式化と数値解法を与えた粒子モデル制御を温度のばらつき制御に適用したシミュレーションを行う。鋼板モデルとしては,薄鋼板と厚鋼板を考え,それぞれの温度のばらつき制御の有効性を検討する。シミュレーションで使用したPCは,CPUがCore 2 Quad,クロック周波数が2.5GHzであり,コンパイラにはMicrosoft Visual C++2010を使用した。

4・1 薄鋼板

まず,薄鋼板に関する温度のばらつき制御シミュレーションを考える。薄鋼板の板厚をd=4(mm)とし,分割数Ns=2,差分幅Δξ=1(mm)として,厚み方向に差分化する。したがって,温度の状態はx=[Tc Tq Ts]Tの3次元となっている。ただし,それぞれ鋼板厚み方向に関する中心,1/4,表面の温度をTc(=T0), Tq(=T1), Ts(=T2)と表している。

定式化で示したように粒子モデル予測制御で用いる内部モデルでは,入力をu=α(Tsw)としている点に注意が必要である。このようにすることで,内部モデルが入力アフィンシステムとなるので計算コストが非常に削減されている。しかしながら,実際のシステムの温度発展を考える際には,計算したu=αではなく,水量密度w(t)を与える必要があるので,本研究では,温度Tsの平均値を使ってα(Tsw)からw(t)を計算している。

シミュレーションにおいては,制御時間を15(s),サンプリング周期をΔt=1(ms),各温度T0TqTsの初期確率密度関数には,平均が900°C,標準偏差20°Cの正規分布を与え,粒子数はM=100とした。目標値は,平均550°C,標準偏差10°C(分散100°C2)として,各重み行列は,S=diag[81.571, 81.571, 81.571], Sf=diag[60, 60, 60],Q=diag[1, 1, 1], Qf=diag[1,1,1], R=0.4とした。ばらつきの抑制という意味では標準偏差は0になることが理想だが,目標値を0にしても実際には実現が困難であるだけでなく平均値の応答も大きく劣化するため,初期の標準偏差と同じオーダーの目標値を設定した。また,C/GMRESに関するパラメータとしては,評価区間の長さは式(20)のように選び,Tf=1(s),η=0.5,さらにζ=100,評価区間の分割数N=1000とした。粒子モデル予測制御を適用したシミュレーション結果をFig.3に示す。また,一定入力w(t)=150を印加した場合との比較として,厚み方向1/4点の温度Tqの平均と標準偏差の関係をFig.4に示す。ただし,Fig.4では,縦軸にTqの標準偏差,横軸にはTqの平均を記している。

Fig. 3.

 Time histories of particle model predictive control for thin steel plate cooling.

Fig. 4.

 Mean value (°C) and standard deviation (°C) of temperatureTq in thin steel plate.

シミュレーション結果Fig.3から,平均は目標値付近に制御できているが,標準偏差はうまく目標値に制御できていないことがわかる。しかしながら,一定入力の挙動と比較した Fig.4より,粒子モデル予測制御を適用した方がばらつきが抑制できていることが確認できる。1/4点の温度Tqの平均が550°Cの時の標準偏差の値は,粒子モデル予測制御では28.0°C,一定入力では31.6°Cであったので,3.6°Cもばらつきが抑制できていると言える。確率密度関数の平均と分散の制御性能は,対象とするシステムに大きく依存し,システムによっては平均と分散を独立に制御できないことがわかっている3,16)。本研究で扱っている鋼板モデルは,入力が表面にのみ存在し状態への影響が限られるため,ばらつきの制御は困難なものとなっている。このような観点と得られたシミュレーション結果から考えると,この鋼板冷却システムは平均と分散を独立に制御するのは非常に難しいシステムであると言える。しかしながら,粒子モデル予測制御を適用することによって,一定入力よりはばらつきを抑制することができたので,その有効性は確認することができる。

今回の粒子モデル予測制御のシミュレーションでは,制御入力の1回の計算時間は,0.8(s)であった。シミュレーションにおけるサンプリング時間は1(ms)なので,オンラインでの適用は難しい。しかしながら,粒子数Mや鋼板の分割数Nsの選び方によって,計算量を大幅に削減することもできるので,シミュレーションの目的に応じたパラメータ選択が重要である。

4・2 厚鋼板

つぎに,厚鋼板に関する温度のばらつき制御を考える。厚鋼板の板厚をd=30(mm)とし,分割数Ns=20,差分幅Δξ=0.75(mm)で板厚方向に差分化する。したがって,状態はx=[T0T20]Tの21次元となっている。薄鋼板と比べて分割数は大きいが,差分幅はほぼ同じである。

薄鋼板冷却のシミュレーションと同様に,粒子モデル予測制御における内部モデルには,u(t)=α(Tsw)とした入力アフィンシステムを扱っている。厚鋼板冷却制御におけるシミュレーションでは,制御時間を20(s),サンプリング周期Δt=1(ms),各温度Ti(i=0~Ns)の初期確率密度関数には,平均が800°C,標準偏差20°Cの正規分布を与え,粒子数はM=100とした。目標値は,平均440°C,標準偏差10°C(分散100°C2)として,各重み行列はつぎのように設定した。   

C/GMRESに関するパラメータとしては,評価区間の長さは式(20)のように選び,Tf=1(s),η=0.5,さらにζ=1/Δt,評価区間の分割数N=1000とした。粒子モデル予測制御を適用したシミュレーション結果をFig.5に示す。また,一定入力w(t)=1500を印加した場合との比較として,薄鋼板と同様に1/4点の温度Tqの平均と標準偏差の関係をFig.6に示す。

Fig. 5.

 Time histories of particle model predictive control for thick steel plate cooling.

Fig. 6.

 Mean value (°C) and standard deviation (°C) of temperatureTq in thick steel plate

Fig.5より,平均は目標値付近に制御できているが,薄鋼板と同様に標準偏差を平均と独立に制御するのは難しく,目標値から多少離れていることがわかる。しかしながら,薄鋼板の結果Fig.3と比較すると,温度の平均や標準偏差の挙動は厚み方向で大きく異なっており,また目標温度での標準偏差の値は初期値よりも抑制できていることが確認できる。1/4点の温度Tqの平均と標準偏差を一定入力の場合と比較したFig.6より,粒子モデル予測制御を適用することによってばらつきが抑制できていることがわかる。Tqの平均が440°Cの時の標準偏差の値は,粒子モデル予測制御が13.1°C,一定入力が17.2°Cであり,粒子モデル予測制御の方が4.1°Cもばらつきが抑制できていることがわかった。ただし,今回のシミュレーションでは水量の上限を設けず計算したが,実際の設備に適用する際には,水量に上限を設けた制約付き最適化問題を解く必要がある。

厚鋼板冷却への粒子モデル予測制御シミュレーションにおいて,制御入力の計算時間は5.3(s)であった。厚み方向の計算量が増加したために,薄鋼板のシミュレーションよりも計算時間が大きくなっている。しかしながら,今回のシミュレーションで扱っている厚鋼板冷却システムは2100次元システムとなっているので,そのような大規模非線形システムに対して制御入力を数秒で計算できており,非常に計算の速い制御手法であると言える。

5. 結論

本研究では,熱間圧延後の鋼板冷却において温度のばらつき抑制を目的として,粒子モデル予測制御の定式化と数値解法を示した。シミュレーションでは,薄鋼板と厚鋼板を考え,一定入力と比較して温度のばらつきが抑制できることを示した。また,シミュレーション結果から,薄鋼板と厚鋼板では温度の平均や標準偏差の挙動が大きく異なることが確認できた。

薄鋼板のシミュレーションでは,15秒間で鋼板の温度を900°Cから550°Cまで冷却し,一定入力と比較すると温度のばらつきを3.6°C抑制することができた。また厚鋼板では,20秒間で800°Cから440°Cまで冷却する際に,一定入力よりも4.1°C温度のばらつきを抑制することができた。

今後の課題としては,以下の3つが挙げられる。まず1つ目は,実環境に一致したシミュレーションへの拡張である。シミュレーションによって,温度のばらつき制御には非常に大きな水量密度が必要であることがわかったが,今後は既存の設備の仕様も考慮した水量パターンの計算が必要である。また,厚鋼板の冷却では水冷後に大気冷却もされることから,水冷だけでなく空冷なども考慮した実際の環境に一致した制御シミュレーションが必要である。

つぎに2つ目は,オンライン制御への拡張である。サンプリング周期1(ms)に対して,制御入力の計算時間が薄鋼板のシミュレーションでは0.8(s),厚鋼板では5.3(s)であったので,オンライン制御への拡張のためには,計算アルゴリズムのさらなる改良が必要である。しかしながら,粒子モデル予測制御では,粒子数を減少させることによって計算量を大幅に減少させることができる。したがって,確率密度関数の近似精度なども考慮して,シミュレーションの目的にあった粒子数の選択が重要である。また,オンライン制御への拡張の際には,粒子モデル予測制御と粒子フィルタを組み合わせて使用することが考えられる。この推定と制御を組み合わせた手法への拡張は,両方ともモンテカルロ近似に基づいた手法であることから容易であり,さらに外乱を含んだ実システムへの応用性も高く非常に有効な手法であると言える。今後はこのような拡張に関する研究も必要である。

最後に3つ目は,温度のばらつきに関する制御性能の検討である。本研究によって,温度のばらつき制御は非常に困難な制御問題であることがわかった。シミュレーション結果から,ばらつき制御の有効性は確認することができたが,鋼板冷却システムは温度の平均と分散を独立に制御するのは非常に難しいシステムである。今後は,そのばらつき抑制のメカニズムやばらつきの制御性能などに関する研究も必要である。

謝辞

本研究は日本鉄鋼協会計測・制御・システム工学部会に設置された「ばらつきのない製造を実現する大量データ活用型モデルベース制御技術」研究会の一部として実施された。

文献
  • 1)   A.H.  Jazwinski: Stochastic Processes and Filtering Theory, Dover Publications, Mineola, (2007).
  • 2)  大住晃:確率システム入門,朝倉書店,東京,(2002).
  • 3)    K.  Ohsumi and  T.  Ohtsuka: Proc. of the 18th IFAC World Cong., (2011), 7993.
  • 4)    C.P.  Robert and  G.  Casella: Monte Carlo Statistical Methods, 2nd edn, Springer, Heidelberg, (2004).
  • 5)    A.  Doucet, J.F.G.de Freitas and N.J.Gordon: Sequential Monte Carlo Methods in Practice, Springer, New York, (2001).
  • 6)    C.  Lemieux: Monte Carlo and Quasi-Monte Carlo Sampling, Springer, New York, (2009).
  • 7)    J.M.  Maciejowski: Predictive Control with Constraints, Prentice Hall, Harlow, (2002).
  • 8)    A.E.  Bryson, Jr. and  Y.-C.  Ho: Applied Optimal Control, Hemisphere, New York, (1975).
  • 9)  高橋亮一:鉄鋼業における制御,コロナ社,東京,(2002).
  • 10)  特別報告書 No.29,鋼材の強制冷却,日本鉄鋼協会編,東京,(1978).
  • 11)    G.  Kitagawa: J. Computational and Graphical Statistics, 5 (1996), 1.
  • 12)    T.  Ohtsuka: Automatica, 40 (2004), 563.
  • 13)    R.L.  Richter and  R.A.  DeCarlo: IEEE Trans. Automatic Control, 28 (1983), 660.
  • 14)    E.L.  Allgower and  K.  Georg: Numerical Continuation Methods, Springer, Heidelberg, (1990).
  • 15)    C.T.  Kelley: Iterative Methods for Linear and Nonlinear Equations, SIAM, Philadelphia, (1995).
  • 16)    K.  Ohsumi and  T.  Ohtsuka: Proc. of the 8th IFAC Symposium on Nonlinear Control Systems, (2010), 735.
 
© 2013 The Iron and Steel Institute of Japan

This article is licensed under a Creative Commons [Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International] license.
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/
feedback
Top