2023 Volume 1 Pages 98-99
2023年3月、記念すべきTHINK Lobbyジャーナル創刊号が発行された。THINK Lobbyの目的は、市民が多様なステークホルダーと社会の課題を共に学び、考え、行動するロビー(場)をつくり、市民の「政策起業力」を育むことで、様々な課題への個々の解決策を、政策変更や社会の行動変容に繋げ、社会をより良くすることである。そのため本誌は、市民の政策起業に資する研究として、グローバルな視点で、「経済」「社会」「環境」「人権」「政治」分野を中心に焦点をあてている。創刊号である本号では、「市民社会シンクタンクの挑戦」として、「市民社会研究はなぜ必要か」を考えることを目指した。
2022年は、2月のロシアのウクライナ侵攻に始まり、COVID-19(新型コロナ感染症)拡大の継続による人の移動の制限、北朝鮮の弾道ミサイル発射、中国共産党習近平体制続投と台湾・香港・東シナ海への圧力、ミャンマー国軍の民主化運動弾圧、物価上昇とエネルギー危機、気候温暖化危機など混迷や不安定な情勢が続いた。1972年に気象学者エドワード・ローレンツは、蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えることを、「バタフライ効果:Butterfly Effect)」と表現したが、ロシアの軍事侵攻や新型コロナウイルスの出現は、世界中の人々の生活を一変させた。現代世界は「VUCA(ブ―カ)」、つまり変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)に直面している。このような未来の予測が難しい状況下における国家のかじ取りは大きな挑戦であるが、そのなかで権威主義的政権が力を増したり、民主国家が権威主義的になることが増え、相対的に市民社会の自由な言論・活動のための社会空間、すなわち「市民社会スペース」が世界的に縮小している。
今、「平和」「自由」「民主主義」の重要性が改めて意味を増している。これらの実現のためには、社会にとって重要な問題の解決や課題に取り組むために、市民社会アクターが社会において占める場所、市民社会が機能する環境や枠組が必要である。また市民社会アクター、国家、民間セクターおよび一般市民の間の相互関係も重要だ。そういった「市民社会スペース」の維持・拡大が切実に求められている。
本号の楯・長谷川の調査研究でも指摘されている通り、日本の国際協力NGO(以下NGO)誕生から今日までの約60年間の活躍は目覚ましい。その活動の成果と実績は、世界や日本社会にも大きなインパクトを残し、国連「持続可能な開発目標(SDGs)」の成立と普及にも大きく貢献して、大変意義深いものであることは間違いない。その一方で、課題もある。NGOは人道支援や開発支援などの活動は行うが、相対的に、アドボカシー、調査研究、普及啓発、開発教育などの活動については優先度が下がり、資金的余力にも乏しい。さらに既存のNGOの高齢化や新規NGO設立の減少、社会起業の台頭に伴う若者のNGO離れという傾向も見られる。
そこであらためて、市民社会は「なぜ」必要なのか、その「役割」は何かという問いをもち、社会課題を分析し、権力から距離を置いた市民社会ならではの立場から政策提言をしていくことの重要性を提起したい。THINK Lobbyではそれを市民の「政策起業」と言っているが、それには、市民の調査研究能力を高め、知見を蓄積し、国内外に広く共有していくことが必要である。個々の市民やNGOが単独では取り組みにくい調査研究も、THINK Lobbyを通じて市民社会が連携しながら、チームとして取り組むことができる。本誌は、そのような政策起業の場と機会を与えるツールの1つとして大いに活用されることを期待している。
ここで本号の内容を改めて俯瞰したい。
若林所長による巻頭言では、シンクタンクの役割として、それぞれの分野について研究成果を蓄積するという学術的な場所であると共に、その成果を、社会を変えるためにどう活用できるのかというつなぎ役を担うことであるとし、そこに市民一人ひとりがどのように関われるかがこのTHINK Lobbyのチャレンジであると述べている。
続く座談会記事では、若林所長、堂目運営委員長、プロジェクトリサーチャーの葉山氏、JANICの水澤事務局長の4人が、市民社会におけるシンクタンクの役割について語っている。NGOをはじめとする市民社会組織だけでなく、民間企業や大学をどのように巻き込んで市民の政策起業力を高めていくのか、そのためにTHINK Lobbyがどのような役割を果たすべきなのか、「共感を起こし合える場づくり」について、それぞれの立場から意見が交わされた。
大橋による研究ノートは、長年バングラデシュで活動を行ってきた著者によるノルシンディ県のPAPRIなどNGOを事例に開発NGOのショミティ方式からマイクロファイナンスへの変化と課題を述べている、NGOが、政府から独立して貧困や社会開発にどれだけ独自に取り組めるか、バングラデシュで社会開発を行うローカルNGOの苦闘の現場報告が描かれている。
高柳の研究ノートは、CSOとのパートナーシップの共通の価値基準をまとめた最初の文書であるDAC市民社会勧告のためのツールキットづくりの中で提起された「援助の脱植民地化」について、DAC-CSO Reference Group(RG)とPeace Direct(PD)の2つのレポートを紹介している。CSOの開発協力における植民地主義的関係を指摘していることは、非常に意義深いことであるが、日本の現状を思い浮かべると、この問題にかかる道のりはまだまだ途上と言わざるを得ない。
楯、長谷川による研究ノートは、『NGOデータブック2021』における調査と国際開発学会第23回春季大会のラウンドテーブルでの議論の学びから、NGOの構造的な課題を踏まえて、今後の取組みを論考したものである。成熟期に入った日本の国際協力NGO60年の歩みについて、各時代の国際的なニーズに応えて誕生し、活動を深化させてきたことを評価する一方、急激に変化する世界の中でNGO自らの存在意義を問い、多様なセクターとの連携の中でリーダーシップを発揮していくことを求めている。また、市民社会スペースの縮小の問題に対して、提言やアドボカシーを行っていくためには、NGOや市民社会の研究力とその活用が不可欠としており、この指摘は重要である。
林の調査報告は、近年の市民社会スペースに関する論文や報告を整理し、その視角や理解の枠組みを提示して、到達点としての知見の現在地を提示している。市民社会スペースの定義、初期の研究の議論、縮小の現状と要因、資金の流れ、権力に取り込まれる市民社会と保守化する市民社会、コロナ・パンデミック下での市民社会を紹介していることは、市民社会スペースの研究を行う手がかりとなるだろう。特に、市民社会スペースの事例研究を重ねていくことの必要性を述べている点は共感できる。今後のさらなる研究を期待したい。
重田の書評では、『増補改訂版 日本ボランティア・NPO・市民活動年表』(2022)を紹介し、コメントとともに、今後の課題を指摘している。本年表は16分野の生きた市民活動年表であること、日本の市民活動の歴史書であること、日本の「市民社会スペース」の手引書になることから、NPO・NGOだけでなく市民活動に関心のある方々にも有益な活動記録を提供する資料といえる。市民社会研究はなぜ必要かを考える際には市民社会の意義と役割を明らかにしていくことが求められるが、本年表の記録と時代背景を分析することがその一助となろう。
最後に、本誌は、所属問わず「グローバル市民としての意識」を持ち、市民感覚(Citizenship)をもって主体的に議論の場に参加する人々を対象にしている。NGO関係者のみならず、政府、企業、労組、大学、財団など様々なセクターで活動する市民一人ひとりが、ともに学び、考え、行動するうえで、互いの知見を交換出来るプラットフォームとなれば幸いである。本誌への論文投稿などを通じて、多くの皆さんにご参加いただきたい。
なお、今回本誌の研究ノート、調査報告、書評は、大橋正明、高柳彰夫、林明仁、重田康博が執筆し、全体の編集作業は、芳賀朝子、木村文、杉本香菜子が行ったことを付記しておく。