抄録
【目的】非特異的ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬のテオフィリンをラットに投与すると,8時間後まで流涎および唾液腺腺房の分泌顆粒の減少がみられ,24時間後にはこれらの変化が消失していることが知られている.ところが,唾液分泌時の遺伝子発現に関する報告はきわめて少ない.そこで本研究では,唾液分泌に関する遺伝子について,各唾液腺における発現量の相違およびテオフィリンによる発現量の変化を調べた.【方法】7週齢のF344/DuCrj雄ラットにテオフィリンを0(生理食塩液),50 mg/kgの用量で腹腔内に単回投与した.投与後4,8,24時間(n=5)の耳下腺と顎下腺を用いて,分泌タンパクのCystatin S(CysS),Amylase 1(AMY1),細胞膜の水輸送チャネルのAquaporin 5(AQP5),および唾液腺で発現がみられるPDEのサブタイプ(PDE3A,4D)について定量的RT-PCRをおこなった.【結果】分泌タンパクに関しては,CysS遺伝子は顎下腺に,AMY1遺伝子は耳下腺に特異的に発現していた.テオフィリンを投与すると,それぞれの発現量が投与後8時間まで増加する傾向がみられた.AQP5遺伝子は両唾液腺ともに発現しており,テオフィリンにより耳下腺では増加し,顎下腺では減少していた.PDEに関しては,PDE3遺伝子は耳下腺に,PDE4遺伝子は顎下腺に優位に発現していた.テオフィリンによりPDE3遺伝子が両唾液腺で投与後8時間まで増加したが,PDE4遺伝子に変化はみられなかった.【考察】耳下腺と顎下腺ではチモーゲン顆粒の有無など腺房の組織像が異なるが,唾液分泌に関する遺伝子の発現パターンも異なっていることが確認された.テオフィリンによる唾液分泌亢進時には,分泌タンパクの遺伝子発現量が増加する傾向がみられた.しかし水輸送タンパクの遺伝子発現量の変化は,分泌タンパクの変化と必ずしも一致しなかった.PDE遺伝子の転写はcAMPによって制御されていると考えられているが,テオフィリンはPDE3遺伝子のみ発現量を増加させたことから,PDEの各サブタイプごとに転写制御機構が異なる可能性が考えられた.