日本毒性学会学術年会
第39回日本毒性学会学術年会
セッションID: GA
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学会賞
最新研究手法の医薬品安全性研究への応用
*眞鍋 淳
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抄録

医薬品の安全性評価に対するアプローチはその時代の科学的知見の発展と共に変遷すべきものであり、先端的な知見と技術を常に取り入れながら安全性評価を実施していく事は製薬企業の社会的な責務である。演者は1978年に三共株式会社(現第一三共株式会社)に入社後、海外留学のテーマであった肝小葉のheterogeneityの研究の延長として肝臓免疫染色によるP450アイソフォーム局在解析を毒性研究に導入し、P450アイソフォームタンパク質量および酵素活性情報を統合的に病理形態学的解析に組み入れる事によって、肝臓の毒性発現機序解明の基盤を築き進展させた。演者にとって、これは分子毒性学の医薬品安全性評価への活用の端緒となる経験の第一歩であった。
 弊社安全性研究所では歴史的に多種多様な疾患モデル動物を維持・管理してきたが、さらに遺伝子改変動物作製技術が飛躍的に発展した90年代後半からは、トランスジェニック動物およびノックアウトマウスの作製と毒性研究への活用を積極的に推進した。2002年のオルメサルタン承認申請では、ラット24ヵ月がん原性評価に加え、p53がん抑制遺伝子へテロ欠損マウスおよびヒトプロト型 c-Ha-ras遺伝子導入マウスを用いた26週間がん原性代替試験のデータを取得してがん原性に関する科学的評価をサポートした。これはがん原性代替試験を承認申請に適用したおそらく日本で初めての事例である。一方、1997年にトログリタゾン肝障害に関する緊急安全性情報が出された際には、患者の特異体質要因(病態、薬物代謝異常、抗酸化ストレス機能低下等)に着目し、糖尿病モデル動物やUGT酵素欠損ラット、およびSod2+/-マウスなどで肝障害の再現性を評価したほか、臨床Pharmacogenomics解析結果からトログリタゾン肝障害との関連 が疑われたGST T1/M1遺伝子のノックアウトマウスやグルタチオン枯渇モデル動物作製を通じて機序解明試験を実施した。さらには低GST活性イヌに関する研究や、反応性代謝物生成リスクの高い物質をスクリーンアウトするための肝細胞傷害性評価系構築などを推進したほか、FDAによるPPARアゴニストに関するヒトでの安全性懸念に対処するため、ILSI/HESIに設立されたPPARアゴニストのがん原性機序解明プロジェクトに参加してトログリタゾンに関する情報を提供し、状況把握および研究進展に寄与した。
 2000年からは網羅的遺伝子発現解析の非臨床安全性評価への活用(トキシコゲノミクス:TGx)に着手し、ラット肝臓における核内受容体刺激と網羅的P450遺伝子発現レベル解析、肝細胞障害の機序解析などを通じて、当時国内では黎明期にあったTGx解析技術に関する実用的な知見を日本毒性学会学術年会および学術論文において開示すると共に、グルタチオン枯渇型肝障害等の各種毒性関連パスウェイへの影響評価を可能とする遺伝子セット(TGxバイオマーカー)の同定の他、網羅的毒性関連パスウェイ活性化評価や遺伝子セットレベルのネットワーク解析手法などのバイオインフォマティクス活用を進め、現在ではTGxを薬剤性肝障害リスク評価の一項目として定着させている。また必要に応じてプロテオミクス/メタボロミクスデータを統合したシステム毒性学的解析を取り入れた研究も検討してきた。
 以上のように、分子毒性学、病態/遺伝子改変動物モデル、オミクス技術の活用を継続的に進めながら、医薬品の安全性評価に活用可能な科学的情報の質と量を高める努力を続けてきた。結果的に、毒性研究の科学的レベル向上にいくばくかの貢献が出来てきたならば、演者にとっては望外の喜びである。

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© 2012 日本毒性学会
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