抄録
【背景】ミトコンドリアにおける脂肪酸β酸化は細胞内エネルギー産生において重要な因子の一つであり、薬物により阻害されると脂質異常蓄積(ステアトーシス)の副作用を誘発する。一方培養細胞においては培養培地中に含まれる高濃度グルコースの影響により、生体の肝臓と異なり細胞内ATP産生が解糖系に依存し、ミトコンドリアによるATP産生の割合が低下している (Crabtree効果)。これまでに我々は、ガラクトース含有培地で細胞を培養することで、薬物誘発性ステアトーシスの評価が行えることを明らかとした(第42回日本毒性学会にて発表)。しかしCrabtree効果を回避することにより脂質代謝のどの過程が影響を受けているかは不明である。そこで本研究において、Crabtree効果の回避によるミトコンドリア脂質代謝の亢進について、エネルギー代謝関連遺伝子の発現、代謝産物を定量し比較することで評価を行った。【方法】ヒト肝癌由来HepG2細胞を使用し、25 mMグルコース含有培地、及び10 mMガラクトース含有培地にて培養した。各代謝酵素の遺伝子発現はリアルタイムPCRにて定量を行った。細胞内代謝産物はエタノール抽出後、LC-MSMSにて定量を行った。【結果・考察】脂質代謝関連遺伝子の発現を各培地培養条件にて比較したところ、ガラクトース培地においてミトコンドリアへの脂質取り込みに関わるCPT-1(carnitine palmitoyltransferase 1)の遺伝子発現亢進が認められた。またこの時、β酸化の補酵素であるFAD(Flavin adenine dinucleotide)の消費が認められた。以上より、ガラクトース培地への置換によってCrabtree効果を回避した際の脂質代謝亢進には、主に脂質のミトコンドリアへの取り込み及びβ酸化の亢進が関わることが示唆された。本試験系でステアトーシス陽性と判定される薬物は、特にこれらの過程を阻害している可能性が考えられる。