抄録
【目的】 Cisplatinは肺がんや前立腺がん,卵巣がんなど,種々のがんの化学療法に用いられるPt製剤である.臨床ではCisplatinの長期連用によるがん細胞の耐性化が問題となっており,少なくともその一部はエピジェネティックな機序によるものであると考えられている.卵巣がん由来のA2780細胞において,耐性株であるA2780cis細胞との遺伝子発現量の比較から,Cisplatin耐性化に関与する可能性のある一群の遺伝子が同定されているものの,基盤となるA2780細胞における耐性関連遺伝子の発現制御機構については十分に明らかにされているわけではない.そこで本研究では,エピジェネティック制御による耐性化の機序を明らかにする目的で,DNAメチル化阻害剤処理によるA2780細胞の遺伝子発現変化について検討を行った.
【実験方法】Decitabine (0.1 - 0.5 µM) で72時間前処理したA2780細胞をCisplatin (0.16 – 200 µM) に曝露した.24時間後の細胞生存率をPrestoBlue試薬を用いて測定した.また,Cisplatin 24時間曝露後のA2780細胞からTotal RNAを抽出し,SYBR Green real-time PCRによりmRNAを定量した.
【結果と考察】 まず,Cisplatinの細胞致死毒性について用量依存性を検討した結果,LC50値は16 µMであった.これに対して,Decitabine前処理A2780細胞ではCisplatinの毒性が2倍程度増強されることが明らかとなった.次に,Decitabine処理によってmRNAの発現量が増加する遺伝子を同定する目的で,A2780cis細胞のCisplatin耐性に関与する可能性が示唆されている遺伝子の発現量をSYBR Green real-time PCR法により測定した。その結果,Decitabine前処理によってFLNC が未処理A2780細胞の14倍程度まで誘導され,COL1A1 (10倍) などにも有意な増加が観察された.これらの遺伝子発現量の変動のみではA2780細胞のCisplatin耐性化を説明することは困難であり,細胞へのCisplatin取込みおよび排泄に関与するトランスポーターなどを含む未同定の遺伝子の関与が予想される.