抄録
器官形成期に相当する胎児期は可塑性が最も高い時期であり、胎児期における急激な栄養環境の変化がエピゲノム記憶され、成人期における生活習慣病の発症に関与する可能性がある。我々は既に、離乳後のマウス肝臓において新規脂肪合成の律速酵素であるGPAT1遺伝子プロモーター領域のDNA脱メチル化により遺伝子発現が亢進することを見出した(Diabetes 2012)。最近では、出生後の新生仔マウスの肝臓では核内受容体PPARα依存的にDNA脱メチル化に伴って脂肪酸β酸化経路を構成する酵素群の遺伝子発現が誘導されることを見出した(Diabetes 2015)。従来、新生仔マウスの肝臓では母乳中の脂肪酸がリガンドとしてPPARαに結合して標的遺伝子の転写を活性化すると考えられている。授乳期にミルクに由来する脂肪酸が栄養シグナルとしてPPARαを活性化し、DNA脱メチル化により脂肪酸自体の代謝を活性化して効率良くエネルギーを得ることができる可能性が示唆された。
FGF21は肝臓に由来する糖脂質代謝制御ホルモンであり、PPARαの標的遺伝子である。乳仔期においてFGF21遺伝子プロモーター領域はPPARα依存的にDNA脱メチル化されること、この時期に一旦確立したDNAメチル化状態が成獣期まで維持されることが明らかになった。成獣期では、DNA脱メチル化亢進群においてFGF21遺伝子発現と血中濃度に有意差はなかったが、PPARα活性化においてFGF21遺伝子発現と血清濃度の有意な増加が認められた。以上により、乳仔期までにPPARα依存的に確立したDNAメチル化状態がエピゲノム記憶され、成獣期の環境因子に対するFGF21遺伝子発現の応答性に影響することが示唆された。
本講演では、DNAメチル化によるエピゲノム記憶と成人期に発症する生活習慣病の分子機構に関する最近の知見を概説したい。