従来、ホルマリン(FA)の全身吸入による毒性標的は鼻腔の発癌であると言われ、当時の吸入毒性専門家は「FAは鼻腔で吸着されて肺には到達しない」との見解を持っていた。しかし、厚生労働省の「シックハウス症候群」物質の指針値付近の濃度での吸入曝露をマウスに行うと肺、肝、海馬に明瞭な遺伝子発現変動を誘発した。この事は、麻酔科学の講義で学ぶ通り、吸入した気化物質は「呼気中の濃度と血中濃度が平衡状態に達して血流を介して全身に分布し、全身に影響を及ぼす」ことを改めて考慮する必要性を示したと考える。
我々は、FAの他、トルエン(To)等の気化性化学物質の吸入および経口曝露時のPercellomeデータを肺や肝について集積した。FAの全身吸入(0.74 ppm)の際の肺は、遺伝子発現の抑制が誘導されるに対して、経口曝露(30㎎/㎏)の際の肺は、遺伝子発現の促進が誘導されたが、いずれもストレス応答系を通しての発癌を含む組織障害を予測する系が描出された。肝の遺伝子発現は吸入によって核内受容体を介した第二相代謝酵素系の発現促進が誘導され、その遺伝子数は肺の変動遺伝子数より多かった。経口曝露による肝の影響は軽微であった。また、Toは、全身吸入(0.64 ppm)の際には、肺の遺伝子発現変動はほとんど確認できなかったが、肝の遺伝子発現変動が明瞭に確認され、HNF4Aなどを上流として発癌予測を含むネットワークが描出された。経口投与時(1,000㎎/㎏)は、肝も肺も類似の遺伝子発現変動を示すが、その程度は肺の方が大きいという特徴があった。共通してNRF2を介した酸化的ストレス系、BAG2シグナル系など発癌予測を含むネットワークが描出された。
本シンポジウムではさらなる分析結果を報告し、臓器間の相互関係を含めた全身の毒性の視点からの肺毒性を考察したい(厚生労働科学研究費補助金による)。