余は近頃七絃琴にいさゝかの興味あるにまかせ、古琴漫筆凡そ十篇を作つた。今そのうち琴書に關するもの三篇を擇んで本誌に寄稿する。先づ「幽蘭琴譜」については近時、兎角遺忘され勝の本譜の原本たる國寳神光院本の過去二三百年間の迂餘變轉の相を描き、井せて本譜と姉妹關係を有する唐代の琴手法書の傅寫本の存在を紹介し、この譜の重要性を指摘した。次に「玉堂琴譜」については催馬樂を琴譜化した本譜撰述の意圖が那邊にあるか、それから樂譜としての系統に關しいさゝか私見を述ベた。最後は高羅佩氏近著の「琴道」については、その概觀とわが琴學復興を念願とする著者の人となりとを述べ、本書を斯道に於ける近來の良著として江湖に紹介したまでに過ぎない。 (昭和十六年孟夏記)