モルディブにおける,観光産業の促進を背景とした1980年代以降の急激な経済発展は,それまで伝統的手工芸やヤシを用いた造形などに限られていた同国の美術文化にも変化を生じさせた。それは,「ファインアートとしての美術文化」がもたらされるとともに,従来の伝統が「観光産業としての美術文化」として新たな役割を担うことになったことを意味する。新たな美術文化の潮流の誕生は,伝統の刷新を意味するわけではなく,歴史的経緯や社会状況,そして国教であるイスラムなど,多様な要素が複雑に絡みあって存在している。本論文は,そのようなモルディブの美術文化を,現代的文脈から考察し,新たに捉え直すことを目的に論考するものである。