植生学会誌
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原著論文
北海道北部猿払川中流域における遺存種ムセンスゲが生育する湿原の植生と微地形
加藤 ゆき恵冨士田 裕子井上 京
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2011 年 28 巻 1 号 p. 19-37

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抄録

1.北米・北欧を中心に分布する北米要素の多年生草本ムセンスゲCarex livida(Wahlenb.)Willd.は,極東地域ではカムチャッカ,千島列島,サハリン北部,朝鮮北部及び北海道に点在し,北海道内でも北部の猿払川流域の低地湿原と大雪山高根ヶ原の山地湿原に隔離分布する.周北極地域を中心に分布するムセンスゲが生育する湿原の植生と立地環境を明らかにすることは,日本列島北域における北方系植物の植物地理学的研究の重要な手がかりとなることから,本研究は,猿払川流域のムセンスゲ生育地の植物社会学的位置を明らかにすること,湿原の立地環境からムセンスゲ生育地に共通する条件を考察することを目的とした.
2.猿払川中流域の3ヶ所の湿原の87コドラートでコケ植物と維管束植物について植生調査を行い,群落を区分した結果を北海道内及び本州の湿原の植生と比較した.また,ムセンスゲが生育する2ヶ所の湿原で微地形測量を行った.
3.植生調査の結果,4群落を区分し,2群落ではその中で2つの下位単位を区分した.シュレンケ群落は高層湿原シュレンケ植生のホロムイソウクラスのホロムイソウ-ミカヅキグサ群集(北方型)に相当し,草本ブルテの群落は中間湿原植生のヌマガヤオーダーのホロムイスゲ-ヌマガヤ群集に相当すると考えられた.
4.ムセンスゲはシュレンケとその周辺の群落に生育し,シュレンケ内において常在度が高かった.
5.微地形測量の結果,2ヶ所の湿原においてケルミ-シュレンケ複合体が形成されていることを確認した.ムセンスゲの分布中心である北欧・北米では,ムセンスゲはpatterned fenと呼ばれる微地形を有する湿原に生育し,本調査地も小規模なpatterned fen(patterned mire)と考えられることから,ムセンスゲはこれらのような帯状の起伏が連続する微地形上の,シュレンケとその周辺部が生育適地であると考えられる.
6.海外のムセンスゲ生育地の植生・立地環境と比較したところ,本調査地におけるムセンスゲの生育環境はカナダ大西洋岸地域と類似していた.生育地が限られる希少種が生育しているという点だけでなく,高緯度地域の湿原とも類似する立地環境を有する猿払川湿原は,貴重な湿原環境を残す我が国の重要な湿原の1つと言える.

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