2002 年 60 巻 4 号 p. 225-236
日本海溝陸側斜面の水深5295 mから6290 mにわたる6地点の冷水湧出生物群集に出現する軟体動物について, 詳細な分布を観察し, 動物相を他の化学合成生物群集と比較し特徴づけた。これらの地点から化学合成生物群集の固有種として出現したのは, 二枚貝類のナギナタシロウリガイCalyptogena phaseoliformis, ナラクシロウリガイCalyptogena fossajaponica, カイレイハナシガイParathyasira kaireiae, スエヒロキヌタレガイAcharax johnsoni, 腹足類のカイコウケシツブシタダミRetiskenea diploura, カイコウハイカブリニナProvanna abyssalis, シンカイハイカブリニナProvanna shinkaiaeであった。カイコウツムバイBayerius arnoldiとガラスコロモガイAdmete tenuissimaも出現したが, これらは化学合成生物群集に固有な種でなく侵入種と思われた。優占種は地点によって異なり, 底質が粒子の細かい堆積物(シルトや粗粒砂)の地点はナギナタシロウリガイ, 粒子の粗い堆積物(中礫)の地点ではナラクシロウリガイが優占した。しかし, 両種が共優占種として群集を形成する場合は, 小型化する傾向が認められた。カイコウケシツブシタダミは粒子の細かい堆積物(シルト)内に形成されたナギナタシロウリガイのパッチ内に, 30 cm四方に100個体以上と高密度に分布していた。カイコウケシツブシタダミはNeomphalidaeの種として日本周辺の化学合成生物群集から初めて発見された。日本海溝の冷水湧出生物群集を構成する軟体動物の分布や動物相は, 東太平洋の冷水湧出生物群集と科や属レベルで共通性が高い。なかでもアリューシャン海溝(水深4500∿5000m)に類似していることが明らかとなった。