Venus (Journal of the Malacological Society of Japan)
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原著
クサズリガイ亜目の歯舌の生体鉱物沈着に関するin situ研究(<特集号>第2回国際ヒザラガイシンポジウム)
ブルーカー L.リー A. P.メイシー D. J.ウエッブ J.ブロンズウィック W. v.
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2006 年 65 巻 1-2 号 p. 71-80

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抄録

軟体動物門多板綱のヒザラガイ類の摂餌関連器官である歯舌には一列に17本の歯舌歯が並んでいる。そのうちの2本の大側歯の歯冠部は,有機基質の枠組みの中に様々な生体鉱物(バイオミネラル)が含まれる複合材料で形成されている。ヒザラガイ類はこの大側歯を主に用いて岩の表面などに付着した藻類などをかき取って食べている。これまで調べられたヒザラガイ類では,全ての種で大側歯歯冠部にはマグネタイト(磁鉄鉱)が存在することが報告されている。しかし,これらは藻類をかき取る先端や外側の部分(cutting surface)での分析の報告であり,中心部(central core)についてのものではない。そこで本研究では,クサズリガイ亜目の3科に属するヒザラガイ類7種の成熟歯(形成された後歯舌嚢の中に存在し,まだ摂餌には使用されていない歯)を材料に,エネルギー分散型元素分析装置(EDS)を装備した電子顕微鏡とラマン分光分析装置を用いて,前者では歯冠部の元素分布を,後者では存在する生体鉱物種の特定をin situで行った。その結果,中心部は主なバイオミネラルとしてリモナイト,レピドクロサイトおよびハイドロキシアパタイトを含む,様々な元素で構成されていることがわかった。Ischnochiton australisに加えて,クサズリガイ科の5種はアパタイト鉱物を中心部に沈着していたのに対し,Plaxiphora albidaはいかなるカルシウムを含む生体鉱物も沈着していなかった。中心部の鉄の量が比較的少ないI.australisを合め,Acanthopleura echinataを除いた全ての種から水酸化鉄(III)であるリモナイトが見つかった。中心部に高レベルでリンをもつ種においてリン酸塩鉱物が存在する証拠が見つからなかったことから,これまで長い間受け入れられてきたバイオミネラルとしてリン酸塩が存在するだろうという見解について本研究では異議を唱えることになる。本研究で用いたEDSとラマン分光を組み合わせたテクニックは,ヒザラガイが採用した生体鉱物化(バイオミネラリゼーション)の戦略を解析する上で,in situで簡単にしかも効果的に評価する方法を提供してくれる.本研究の結果は,ヒザラガイの生体鉱物化の戦略が系統的類似性を反映するかどうかをはっきりさせるまでにはいたっていないが,ヒザラガイ分類群の広い範囲から種を集め本法による解析を拡大していけば,属や科レベルでの生体鉱物の類似性あるいは違いが明らかになり,多板綱においては歯舌歯のバイオミネラリゼーションが分類上のツールとして利用できるようになるかも知れない。

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© 2006 日本貝類学会
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