2024 年 144 巻 1 号 p. 1-5
Sleep is fundamental for living animals. Although they are not conscious during sleep, their brains are continuously working. This neural activity during sleep can be reflected by neural oscillations closely related to cognitive function. While the relationship between neural activity in sleep and cognition has been extensively investigated, it is not fully understood how neural activity in sleep and relevant memory are modulated by specific receptors. In particular, I focused on melatonin receptors and their agonist, ramelteon. While the effects of ramelteon on sleep have been widely documented, it is still poorly understood how ramelteon affects learning and memory as well as neural activity in sleep. To address this question, I first recorded neural oscillations in the neocortex of rats treated with ramelteon and found that ramelteon promoted non-rapid eye movement (NREM) sleep and increased fast gamma power in the primary motor cortex during NREM sleep. I then evaluated the behavioral performance of ramelteon-treated mice using the novel object recognition task and the spontaneous alternation task, demonstrating that ramelteon enhanced object recognition memory and spatial working memory. These results shed light on new aspects of the functions of melatonin receptors.
動物は24時間のうち約30%を睡眠に費やす.睡眠中において,外界からの感覚入力は意識に上らないものの,脳は自発的に神経活動を生み出し続けている.このような神経活動は脳内や脳表,又は頭皮などに留置した電極によって記録することができる.睡眠中の自発的な神経活動の中でも,脳波は古くから研究されてきた.
脳波は数学的な処理によっていくつかの周波数帯域成分に分けることができる.特に,海馬と大脳新皮質で観察される脳波のうち,それぞれ100–250 Hzと1–4 Hz(それぞれ目安)の成分であるリップルと徐波は,記憶・学習に重要であり,知見が蓄積されてきた.1,2)
このように睡眠中の脳波と認知の密接な関連が示されている中で,筆者は,睡眠中の脳波は,(1)個々の神経細胞の電気的活動とどのような連関があるのか,また,(2)特定の受容体によってどのように調節されているのか,に疑問を持ち,これまで研究を進めてきた.
前者の問い(1)については,脳波を記録する「細胞外記録法」と個々の神経細胞の膜電位を記録する「パッチクランプ法」を生体動物に適用することで解決を図った.パッチクランプ法は,膜電位を電気的に直接計測できる数少ない手法のひとつである.3–5)筆者は,海馬からの細胞外記録によってリップルを,また海馬や大脳皮質の単一神経細胞から膜電位を同時に記録することで,リップルに関連した膜電位動態を調べてきた.6–8)
後者の問い(2)については,特にメラトニン受容体に着目してきた.メラトニンは,松果体から分泌されるホルモンであり,睡眠覚醒リズムとの関連が知られている.また,メラトニン受容体は創薬のターゲットとなっている.メラトニン受容体作動薬の中でも,ラメルテオンは,睡眠覚醒リズムを調整し,自然な入眠を誘導するとして,国内外で上市されている.このようにラメルテオンは睡眠や覚醒への作用が知られている一方で,意外なことに,大脳皮質や海馬への作用は知られていなかった.そこで,大脳皮質における神経活動がラメルテオンの投与によってどのように調節を受けるのかを電気生理学的に調べ,海馬を中心とした認知機能がラメルテオンの投与により影響を受けるかを調べてきた.9–11)
本稿では,この問い(2)に焦点を絞り,筆者が進めてきたこれまでの研究について紹介する.
ラメルテオンが睡眠時の大脳皮質の神経活動にどのような影響を及ぼすのかを調べるため,ラットの大脳皮質(一次運動皮質と一次体性感覚皮質)と嗅球に電極を慢性的に留置した.また,筋電図を記録するため,頸部にも電極を埋め込んだ.一定の回復期間の後,ホームケージにて神経活動の記録を開始した.3時間の記録の後,薬物(生理食塩水又はラメルテオン)を投与し,投与後3時間記録を続けた.記録後には,脳波から動物の状態(覚醒,レム睡眠,ノンレム睡眠)を分けた.レム睡眠は一般的に浅い眠りと言われ,レム睡眠中には運動時と似た脳波(シータ波)が海馬で観察される.逆にノンレム睡眠は一般に深い眠りと考えられ,ノンレム睡眠中に海馬で観察されるリップル(脳波のひとつ)は記憶の固定化に重要であるとされる.12–14)
解析の結果,生理食塩水の投与時と比較して,ラメルテオンの投与により,総睡眠時間は延長することがわかった(Fig. 1A).特に,深い眠りとされるノンレム睡眠の時間が延長していた(Fig. 1B).一方,レム睡眠の時間に有意な延長は認められなかった.さらに,ノンレム睡眠とレム睡眠における神経活動がラメルテオンによってどのように調節されるかを調べた.脳波はフーリエ変換により異なる周波数帯域成分に分けることができ,各周波数帯域成分には名前がつけられ(例えば,デルタ波,シータ波,ガンマ波,リップル),特有の機能を持っている.15–18)本研究でも,睡眠中の大脳皮質の脳波を,周波数の低い方から順に,デルタ波,シータ波,ベータ波,スローガンマ波,ファストガンマ波と分け,薬物投与によってどのように強度が変わるかを調べた.その結果,ノンレム睡眠中の一次運動皮質のファストガンマ波の強度がラメルテオンによって有意に増強することを見い出した(Fig. 1C).

A: The increase of sleep time (ΔSleep time) was quantified in vehicle-treated and ramelteon-treated rats. B: The increase in non-REM (NREM) sleep time (ΔNREM sleep time) was quantified in vehicle-treated and ramelteon-treated rats. C: The increase in fast gamma power in the primary motor cortex (M1) during NREM sleep was quantified in vehicle-treated and ramelteon-treated conditions. This figure is reproduced in part from Yoshimoto et al., J. Pharmacol. Sci., 145(1), 97–104 (2021),9) an open access article under the CC BY-NC-ND license. (Color figure can be accessed in the online version.)
前章までで,ラメルテオンは睡眠を調節し,睡眠中の神経活動にも影響を与えることを示してきた.ラメルテオンが標的とするメラトニンMT1並びにMT2受容体は,健忘症の患者の死後脳の海馬において発現が変化していることや,19) MT2受容体はシナプス可塑性にも関与することから,20)ラメルテオンが学習や記憶にも影響を与えると考えた.
先行研究では,罰や報酬を伴う記憶学習課題に対するラメルテオンの影響が調べられていたものの,21)罰や報酬を必要としない動物生来の性質に基づいた学習への影響については検討されてこなかった.例えば,新奇物体認識試験では,見たことのない新奇の物体をより探索するマウスの性質を利用して,記憶成績を評価する.また,自発的交替行動試験では,三方向に放射状に延びた通路を持つY字迷路を自由に歩かせ,直近で訪れていない通路を訪れるか測定することで,空間作業記憶を検討できる.これらの試験で重要なポイントは,報酬や罰を用いた条件づけを必要とせず,より自然で中立的な環境における記憶を評価できることである.本研究では,これらの試験の特性を活かし,ラメルテオンが記憶に与える影響を調べた.
新奇物体認識試験は,トレーニングとテストの二段階に分かれる.トレーニング時にはフィールドに同一の物体を二つ置き,マウスに自由に探索させる.翌日のテストでは(目的に応じて数時間後でもよい),片方の物体を全く別の物体に変えて,マウスを探索させる.前日の二つの物体を記憶できていれば,新奇物体を好むマウスの性質により,新奇の物体をより長く探索する.新奇物体と元々の物体を探索していた時間をそれぞれNとFとすると,記憶成績の指標(弁別比)は,(N−F)/(N+F)で求められる.また,この新奇物体認識試験では,トレーニングの直前,トレーニングの直後,又はテストの直前に薬物を投与することで,その薬物が物体認識記憶の獲得,固定,又は想起にそれぞれ効果があるかを検討することができる(薬物投与のみならず他の外部刺激などでも同様).このような特性を活かし,ラメルテオンを上記の三つのタイミングで投与し,ラメルテオンが記憶のどの段階に作用するかを調べた.その結果,ラメルテオンは,トレーニングの直前に投与したときのみ,テストでの記憶成績を有意に向上させることを見い出した(Fig. 2A).11)この効果は,メラトニン受容体のアンタゴニストであるルジンドールの前投与によって阻害されることも確認した(Fig. 2A).すなわち,ラメルテオンによって,物体認識記憶の獲得段階が促進されることを発見した.

A: The discrimination ratios of mice in the acquisition cohort to which vehicle or different concentrations of ramelteon were administered before the training session. The other mice were first treated with luzindole and then treated with 3.0 mg/kg ramelteon before the training session. B: Spontaneous alternation was significantly higher in the ramelteon group than in the vehicle group. This effect was blocked in the luzindole pretreatment group. This figure is reproduced in part from Kudara et al., J. Pharmacol. Sci., 152(2), 128–135 (2023),11) an open access article under the CC BY-NC-ND license. (Color figure can be accessed in the online version.)
また,自発的交替行動試験では,空間作業記憶を評価することができる.多くは,中央のプラットフォームから三方向に放射状に通路(アーム)が延びたY字迷路を用いる.三つのアームをA, B, Cと名づける.このY字迷路を探索するマウスは,アームに自由に進入していくが,マウスは「直近で訪れていない」アームを訪れる性質がある.このような行動もマウスの「新奇のものを好む」性質に起因するのだろうと考えられている.例えば,マウスがA→B→Cとアームを訪れたとすると,より訪れていないアームはAであるから,Cの次にはAに進入するだろうと考えられ,その場合は作業記憶を保っているとされる.逆に,Bに進入したり,いったんプラットフォームを経由してからCに戻ってしまったりした場合は,作業記憶が消失していると考えられる.このようにして,例えば,A→B→C→A→B→Aとアームを辿った場合,(最初のAとBは通常分母としては数えず)三つ目のCはその直前のA, Bとは異なるので「正常」とみなす.四つ目のAも,その直前のB, Cと異なるので正常である.このようにして考えると,三つ目,四つ目,五つ目のC, A, Bは正常で,六つ目のAは異常と考えられ,この場合,3/4が交替指標(作業記憶の指標)の値となる.ラメルテオンを投与して本試験を行ったところ,生理食塩水投与群に比べて,交替指標が有意に高いことが示された(Fig. 2B).また,ルジンドールの前処置によって,このラメルテオンの効果は阻害された(Fig. 2B).このことから,ラメルテオンは空間作業記憶を向上させることが示唆された.
本稿では,筆者がこれまでに進めてきた,ラメルテオンによる神経活動と認知機能の調節について紹介した.神経活動は,質・量ともに複雑な受容体によって制御されている.神経活動を直接的に記録する手法として電気生理学的手法は必須である.また,受容体の機能を調べるうえで,そのアゴニストやアンタゴニストを用いることは,これまでもこれからも有用である.メラトニン受容体やラメルテオンは,受容体による神経活動を調べたいという筆者のモチベーションにより,半ば偶然始めた研究対象だが,電気生理学と薬理学を組み合わせることで,これまで明らかになっていなかった現象を見い出せるのは,薬学部の一員として至上の愉悦である.本稿で紹介した,ラメルテオンによる認知機能の調節については,海馬が中心的な役割を果たしていることを組織学的に示しており,11)現在は記憶課題遂行中のネズミから海馬の神経活動の記録を進めている.目の前で動くネズミとその神経活動をモニター越しで見ながら,新たな現象を見い出す楽しさを学生と今後も共有していきたい.
本研究は,すべて東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室で行いました.学部生の頃から大学院の修了まで直属の先生として,そして教員として採用して頂いてから上司として,絶え間なくにこやかに(厳しく)発破をかけてくださった池谷裕二教授に,衷心より深甚なる謝意を表します.ラメルテオンは筆者が持ち込んだ突飛なアイデアであったにもかかわらず,自由に研究をさせてくださった懐の深さは,将来筆者がそうありたいと思う理想像です.また,本稿で紹介した研究の前半部分と後半部分は,いずれも当時学部生だった吉本愛梨さんと百濟美紅瑠さんの熱量高き弛まぬ努力の結晶です.両名に深く感謝申し上げます.最後に,本研究の一部は,文部科学省科学研究費助成事業と薬学振興会の援助の下で実施されました.併せて感謝申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2022年度日本薬学会関東支部奨励賞の受賞を記念して記述したものである.