YAKUGAKU ZASSHI
Online ISSN : 1347-5231
Print ISSN : 0031-6903
ISSN-L : 0031-6903
受賞総説
がん化学療法における薬学的介入に関するQOLを基盤とした医療経済学的研究
田中 和秀
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2024 年 144 巻 11 号 p. 973-976

詳細
Summary

The adverse chapter of cancer chemotherapy negatively impact QOL, and pharmacists play a key role in improving QOL by providing optimal drug therapy through pharmaceutical interventions. Although outpatient cancer chemotherapy is now common, the impact of pharmaceutical interventions from a QOL perspective has not been thoroughly studied. Therefore, this study investigated the impact and cost–effectiveness of pharmaceutical interventions on QOL using the EuroQol 5 Dimension (EQ-5D) and Quality of Life Questionnaire for Cancer Patients Treated with Anticancer Drugs (QOL-ACD). The study was conducted between 2013 and 2015 on 39 patients who underwent their first outpatient chemotherapy for breast cancer at Gifu Municipal Hospital. The results showed that pharmaceutical interventions improved social relationship QOL in patients experiencing fatigue during the first cycle and enhanced psychological QOL in patients with adverse events of nausea during the second cycle. Furthermore, the maximum incremental cost–effectiveness ratio (ICER) was found to be 1.3 million yen per quality-adjusted life years (QALY) according to cost utility analysis. The pharmaceutical interventions by pharmacists in outpatient cancer chemotherapy improve QOL, and the ICER remains well below the Japanese threshold, signifying clear medical and economic benefits.

はじめに

外来がん化学療法は,外来通院日以外を自宅や職場で普段通りの生活を送ることができるため,入院で行うがん化学療法よりQOLが高いと報告1がある.一方,がん化学療法は副作用の発生頻度が高く,副作用は自宅や職場での生活に直接影響を及ぼし,患者のQOLを低下させる.2外来がん化学療法は,通院日以外を医療機関と距離を置くため,患者は自身に起こる副作用に対して自分自身で判断し対処する必要がある.そのため,薬剤師は薬学的介入を通じて患者指導及び最適な薬物治療を提供し,患者のQOL向上に努めている.がん化学療法が広く外来で行われるようになった今日において,この薬学的介入の存在意義は増している.外来がん化学療法における薬学的介入の意義をQOLの観点から医療経済的評価を行ったので報告する.

QOLは,the Quality of Life Questionnaire for Cancer Patients Treated with Anticancer Drugs(QOL-ACD)3及びEuroQol 5 Dimension(EQ-5D)4を用いて調査した.QOL-ACDは,日本においてがん患者における信頼性と妥当性が確認されているがん特異的な尺度であり,4つの下位尺度とface尺度で構成される総合得点,及び各下位尺度得点があり,いずれも得点が高いほどQOLが高い.EQ-5Dは,健康水準の変化を基数的に評価するための選好に基づく包括的な尺度であり,質問の回答は死亡を0,完全な健康を1とした0から1の範囲の効用値に換算する.

1. 乳がん外来化学療法における薬剤師面談がQOLに及ぼす影響

外来がん化学療法に薬剤師が介入することで,レジメンレビューや処方支援によるコスト回避及び患者・他職種職員満足度向上などの有用な報告5,6があるものの,薬剤師の介入と患者QOLの関連性についての報告はない.そこで,外来で実施可能なレジメンの割合が最も高い乳腺外科7において,薬剤師面談による介入がQOLに及ぼす影響を明らかにすることを目的として調査を行った.2013年12月から2年間,岐阜市民病院にて初回の外来がん化学療法を施行した乳がん患者39人を対象として,1コース,2コース及び3コースの開始直前(各コースの第1日目)に,QOL-ACDを用いて自己記入式の質問紙調査を実施した.QOL-ACDの得点分布が正規性であることを確認後,対応のないt検定により1コースと2コース,及び1コースと3コースの差を比較した.副作用は,看護師が評価した副作用を電子カルテより調査し,すべての種類の副作用について,副作用がある患者のQOL-ACDの得点を比較し,差を認めたものを結果に示した.薬剤師面談を実施する前に参加した患者19人は,遡及的に対照群に割り当て,薬剤師面談を受けた患者20人は遡及的に介入群に割り当てた.薬剤師面談は,支持療法薬の使用方法,副作用の把握と副作用への対応方法を患者に指導し,必要に応じて主治医に処方提案を行った.

1コースと2コースにおけるQOL-ACD得点の差は,倦怠感の副作用がある患者の社会性において,対照群が0.50±0.66,介入群が1.24±0.85であり介入群の増加が有意に大きかった(p=0.043).がん化学療法による倦怠感は,倦怠感の評価,心理的支援の提供,そしてセルフケアについて医療者が係わることで倦怠感を減らすことができる.これらの介入は,患者が倦怠感のある生活に適応することが可能になり,患者の心理的及び感情的幸福と病気や治療への対処能力を向上させる8ため,対照群と比較して介入群での得点が高くなったと考えられる.また,1コースと3コースにおけるQOL-ACD得点の差は,悪心の副作用がある患者の社会的関係において,対照群が−0.46±0.67,介入群が0.60±0.20であり介入群の増加が有意に大きかった(p=0.017)(Table 1).悪心の副作用がある患者は,2コースでは,両群とも得点の減少を認めており,これは悪心が他の副作用に比べてQOLの低下が大きいとの報告9と一致している.介入群では,薬剤師面談での正確な副作用把握と,適切な処方提案による悪心の改善が,介入群でのQOL改善をもたらしたと考えられる.

Table 1. Comparison of QOL-ACD Subscale Scores between Usual Care Group and Pharmaceutical Care Group in Patients with Adverse Events

QOL-ACD subscaleAdverse eventGroupn1st course (A)2nd course (B)3rd course (C)Difference (B–A)pDifference (C–A)p
Social relationshipsMalaiseUC122.03±0.852.53±0.672.57±0.560.50±0.660.043*0.53±0.620.254
PC101.86±0.653.10±0.572.78±0.701.24±0.850.92±0.92
Psychological conditionNauseaUC103.94±0.543.56±0.813.49±0.78−0.28±0.510.959−0.46±0.670.017*
PC63.67±0.233.90±0.834.27±0.12−0.30±1.020.60±0.20

Unpaired t-test, mean±standard deviation, * p<0.05, QOL-ACD: The Quality of Life Questionnaire for Cancer Patients Treated with Anticancer Drugs, UC: usual care, PC: pharmaceutical care.

乳がん外来化学療法患者に対して薬剤師面談による薬学的介入は,倦怠感と悪心が生じた患者のQOLを改善させる効果があることを明らかとした.

2. 乳がん外来化学療法患者における薬剤師面談の費用効用分析

乳がん外来化学療法患者における薬剤師面談は,患者のQOLを改善する効果がある10が,これら薬剤師の介入を医療経済面から評価した報告はない.わが国のように公的医療サービスのための経済的資源が限られている財政状況においては,費用対効果を適切に評価することは重要である.そこで,薬剤師面談の医療経済的効果を明らかとすることを目的として費用効用分析を行った.

先に紹介した,薬剤師面談がQOLに及ぼす影響と同じ方法により,乳がん患者38人を対象として,EQ-5Dを用いた自己記入式の質問紙調査を実施した後,EQ-5Dの効用値を時間と組み合わせて質調整生存年(quality-adjusted life years: QALY)を求めた.EQ-5Dの効用値から1コースモデル,2コースモデル及びその中間モデルの3つのモデルを設定し,効用値の傾きがそのまま続くと仮定した感度分析を行った.介入群における追加費用は,薬剤師面談に要した時間として,厚生労働省の賃金構造基本統計調査から時給を算出し,薬剤師面談の実頻度から,1人の患者につき年間37859円とした.これらの値は,増分費用効果比(incremental cost–effectiveness ratio: ICER)により評価するため,介入群の追加費用をQALYの変化で除して算出した.ICERは,値が小さいほど費用対効果にすぐれている.

  

3つのモデルにおけるICERは,1コースモデルが1360558円/QALYと最も大きくなり,2コースモデルが312728円/QALYと最も小さくなった(Table 2).

Table 2. Incremental Cost–effectiveness Ratio of Each Model

ModelGroupnQALY change average±S.D.Increase cost (yen)ICER (yen/QALY)
1st courseUC19−0.021±0.18601360558
PC190.007±0.19937859
2nd courseUC19−0.100±0.1930312728
PC190.022±0.20737859
Middle of 1st and 2nd courseUC19−0.090±0.2330401400
PC190.005±0.21937859

QOL: Quality of life, UC: usual care, PC: pharmaceutical care, S.D.: standard deviation, ICER: incremental cost–effectiveness ratio, QALY: quality-adjusted life years.

乳がん外来化学療法では,1コースでの副作用がQOLを大きく低下させるが,2コースでは,患者の副作用に応じた抗がん剤の用量調整及び副作用対策を施すことによりQOLが向上する.11したがって,1コースモデルのICERが最も大きくなり,2コースモデルのICERが最も小さくなったと考えられる.いずれのモデルにおいても,日本のICERの閾値である750万円12を大きく下回ることから,本研究結果の頑健性は高いと考えられる.乳がん外来化学療法患者における薬剤師面談は,医療経済的に優れた介入であることを明らかとした.

おわりに

乳がん外来化学療法への薬剤師面談は,患者のQOLを改善すること,更には医療経済的に優れていることを明らかとした.本研究で得られた知見は,乳がん外来化学療法を施行する患者のQOL改善に寄与するだけでなく,ひっ迫するわが国の医療費削減及び適正な医療資源の配分等,社会全体に大きく貢献することができる.

謝辞

末筆ながら,このたびは歴史のある日本薬学会東海支部学術奨励賞に御選出頂き,学会並びに選考委員会の諸先生方,御推薦賜りました岐阜薬科大学名誉教授 寺町ひとみ先生,そして御指導頂いたすべての先生方に心より御礼申し上げます.本分野の研究の遂行に関しまして,名古屋市立大学大学院薬学研究科教授 舘 知也先生,岐阜薬科大学実践薬学大講座病院薬学研究室准教授 野口義紘先生,そして岐阜市民病院薬剤部の先生方から多大なる御支援を賜りました.この場を借りて,皆様に心より御礼申し上げます.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,2023年度日本薬学会東海支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.

REFERENCES
 
© 2024 公益社団法人日本薬学会
feedback
Top