2024 年 144 巻 12 号 p. 1039-1044
Attention-deficit/hyperactivity disorder (ADHD) is a neurodevelopmental disorder characterized by inattention, hyperactivity and impulsivity. Psychostimulants such as methylphenidate are first-line treatments, but carry risks of severe side effects and addiction. Therefore, further research and the discovery of non-psychostimulant medications with novel mechanisms are urgently needed. We previously reported that juvenile stroke-prone spontaneously hypertensive rats (SHRSP/Ezo) are a suitable animal model of ADHD, and we identified N-methyl-D-aspartate (NMDA) receptor dysfunction in the prefrontal cortex of SHRSP/Ezo. D-Serine, a co-agonist for the glycine binding site of NMDA receptors, is synthesized from L-serine by serine racemase (SR) and degraded by D-amino acid oxidase (DAAO). Although D-serine dysregulation is implicated in psychiatric disorders, its pathophysiological role in ADHD is unclear. We measured D-serine in the medial prefrontal cortex (mPFC) of SHRSP/Ezo and addressed SR and DAAO expression. Additionally, we assessed cognitive function following DAAO inhibitor microinjection into the mPFC. SHRSP/Ezo showed a reduced D-serine/total serine (DL) ratio in the mPFC compared with the genetic control, Wistar Kyoto rat/Ezo (WKY/Ezo). DAAO expression in the mPFC was higher in SHRSP/Ezo rats compared with WKY/Ezo, however there was no difference in SR expression. The microinjection of a DAAO inhibitor into the mPFC of SHRSP/Ezo rats increased the DL ratio and ameliorated ADHD-like behaviors in the Y-maze test. These results suggest an association between abnormal D-serine metabolism and ADHD-like behaviors based on NMDA receptor dysfunction in the mPFC. Our findings provide insight into ADHD pathogenesis and should advance the development of new therapeutic approaches for the disorder.
注意欠如・多動症(attention-deficit/hyperactivity disorder: ADHD)は,不注意,多動性,衝動性を主要な症状とする神経発達障害とされる.ADHDの診断は,アメリカ精神医学会のDSM-5-TRやWHOの国際疾病分類第11版の基準に基づいて行われており,「不注意優勢型」「多動性・衝動性優勢型」「混合型」の3つの病型に大別される(Fig. 1).小児期の有病率は5–7%程度と推定されているが,1,2)成長とともに症状が軽減又は消失することもあり,実際の有病率の正確な把握は困難である.3)しかし一方,患者の約30%は成人期にも症状が継続することも報告されている.成人のADHDは,昨今の社会問題として取り上げられるうつ病やアルコール依存症などの精神疾患と合併することが指摘されている.4)既に多くの臨床研究がなされているが,現在までにADHDの診断に用いる生物学的マーカーは確立されておらず,脳機能画像解析も確定診断には用いることができていない.5)

ADHDの薬物療法については,各国で様々なガイドラインが存在している.アトモキセチンやグアンファシンなどの比較的新しい治療薬も登場してきたが,例えば英国国立医療技術評価機構の治療ガイドラインでは,学齢期の子どもと青年のADHDに対しメチルフェニデートが第一選択薬とされ,無効であった場合にリスデキサンフェタミン(デキストロアンフェタミンのプロドラッグ)を使用するアルゴリズムとなっている.6)つまり,第一及び第二選択薬ともに精神刺激薬が用いられている現状である.これらの情報は「注意欠如・多動症—ADHD—の診断・治療ガイドライン 第5版(じほう)」の中で概説がまとめられているので参照されたい.メチルフェニデートはドパミン(dopamine: DA)とノルアドレナリン(noradrenaline: NA)の再取り込みを阻害し,これらの作用に加えてアンフェタミンはトランスポーターを介した逆行性のDAとNAの放出促進を誘導させる.これらの精神刺激薬は副作用や依存性のリスクが高く,特に小児への投与に際しては慎重な判断と経過観察が必要である.したがって,ADHD治療薬の創薬研究においては,精神刺激薬とは異なる新規作用機序の治療薬の開発が求められている.
ADHDの病態にはDA及びNA神経系の異常が関与していると,既存のADHD治療薬の薬理作用機序から強く推測され,これまでモノアミン神経系をターゲットとしたADHDの動物モデルが世界中で広く用いられてきた.例えば,ドパミントランスポーター(dopamine transporter: DAT)のノックアウト動物は,多動や学習障害様の行動を示すことが報告されている.7)また,DA神経毒である6-hydoxy dopamineによりDA神経を破壊した動物は,多動やワーキングメモリー障害などの行動特性が認められている.8,9)
一方,高血圧自然発症ラット(spontaneously hypertensive rats: SHR)もまた,多動や衝動性を示すことが知られている.10–12)筆者の研究グループが用いている脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP/Ezo)は, 1979年に故 岡本耕造先生から分与されたSHRSP/A3系を起源とするSHRSPの亜系の1つである.血管性認知症モデルとして行動薬理学的及び神経生化学的検証を進めていく中で,SHRSP/Ezoはオープンフィールド試験における自発行動量の増加(多動),Y字迷路試験における作業記憶障害(不注意),そして高架式十字迷路における低不安を基盤とした衝動的行動(衝動性)が認められることを発見した.これらのADHD様行動はSHR系が示す高血圧に随伴した2次性のものではないことを見い出した.13)またメチルフェニデートの低用量投与により,SHRSP/Ezoが示す上記のADHD様行動が改善することも報告した.14)すなわち,SHRSP/EzoはADHDモデル動物として一定の行動薬理学的妥当性を担保していることを示している.
ADHDを含め様々な精神疾患の患者においては,前頭皮質の複数領域を中心とする脳神経回路の異常が明らかとなっている.15)この前頭皮質領域は,ラットなどのげっ歯類では内側前頭前野(medial prefrontal cortex: mPFC)が相当すると考えられている.これまで筆者の研究グループでは,SHRSP/EzoにおけるmPFCの機能異常を明らかにしてきた.特にADHDと係わりが深いDA神経系については,SHRSP/EzoのmPFCの錐体神経細胞におけるDA感受性が,遺伝的対照群Wistar Kyoto rat/Ezo(WKY/Ezo)に比較し低下していることを明らかにした.16)一方で,SHRSP/EzoのmPFCではドパミンD2受容体発現が増加していることを報告した.17)また近年,in vivo microdialysis法を用いた研究で,選択的DAT阻害薬をSHRSP/Ezoに投与してもmPFCにおけるDAの遊離量が増大しないこと,DATの発現量には異常が認められないことを見い出した.18)これらの所見でADHDの病態神経基盤を直接的に説明できる訳ではないが,それでもSHRSP/EzoのmPFCにおいてDA神経系の異常が存在していることは確かである.
脳部位の生理機能を電気生理学的に評価する方法として,興奮性シナプスの伝達効率の長期増強現象(long-term potentiation: LTP)が挙げられる.筆者の研究グループでも,mPFCのシナプス伝達効率やLTP現象における様々な薬物の効果や行動異常との相関について研究を重ねてきた.19,20) WKY/EzoのmPFCではLTPが正常に形成されるのに対し,SHRSP/EzoのmPFCにおいてはLTPが形成されないことを発見した.18,21) mPFCにおけるLTP形成はN-methyl-D-aspartate(NMDA)型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の機能依存的に形成されることが知られている.22)そこで受容体結合実験によりSHRSP/EzoのmPFCにおけるNMDA受容体の機能解析をしたところ,SHRSP/EzoのmPFCにおいてはNMDA受容体の発現量には変化は認められなかったが,結合能が低いということが示された.21)すなわち,SHRSP/EzoのmPFCのNMDA受容体には「量的異常」ではなく,「質的異常」が存在し,mPFCのLTP形成不全を引き起こしていることが示唆された.
この知見を基にして,SHRSP/EzoのmPFCにおけるNMDA受容体をなんらかの方法で活性化する方法がADHDの新しい薬物療法の候補となり得るのではないか,と考えた.しかしNMDA受容体へ直接作用する薬物は,けいれん発作や幻覚・妄想など重篤な有害作用を引き起こす可能性が高い.そこで,NMDA受容体のGluN1及びGluN3サブユニットに存在するグリシン結合部位に着目した.この部位にはグリシンのほか,D-セリンやD-アラニンがNMDA受容体のco-agonistとして作用し,NMDA受容体のアロステリック調節を行う.つまりこの部位に対するリガンドがNMDA受容体をマイルドに活性化させ,ADHD様行動の改善につながることが推測される(Fig. 2).

哺乳類の生体内タンパク質は主にL-アミノ酸から構成されているが,1992年に哺乳類大脳皮質におけるD-セリンの存在が確認され,総セリン量の約1/4を占めることが明らかとなった.23)脳内でL-セリンは,主にアストロサイトにおいて生合成されることが報告されている.24)さらにグリア細胞や神経細胞内においてセリンラセマーゼ(serine rasemase: SR)によって光学変換されることで,L-セリンからD-セリンが生合成される.その後,D-アミノ酸酸化酵素(D-amino acid oxidase: DAAO)により分解され,ヒドロキシピルビン酸へと代謝される.D-セリンは,NMDA受容体のグリシン調節部位に選択的に作用し,NMDA受容体の活性化に必須のco-agonistとしても知られている(Fig. 3).25)

近年の研究では,D-セリンレベルの調節が統合失調症,心的外傷後ストレス障害,不安障害などの精神疾患治療に有効であることが示されている.26–28)また,ゲノムワイド関連解析により,グルタミン酸神経関連遺伝子の変異が統合失調症や双極性障害,自閉症スペクトラム障害のリスクと関連していることも報告されている.29)しかし,ADHDにおけるD-セリンの役割については,現時点で明確な研究結果は報告されていない.
そこで筆者の研究グループは,ADHDモデル動物SHRSP/Ezoを用いた行動薬理学的,生化学的,神経化学的実験を通じて,ADHDとD-セリンの関連性を追究した.30) HPLCによる定量解析では,SHRSP/EzoのmPFCにおけるD-セリン含有量がWKY/Ezoに比べて低いことが示された.また,ウェスタンブロットによるタンパク定量解析では,SHRSP/EzoのmPFCにおけるSR発現量に差はないものの,DAAOの過剰発現が確認された.これらの結果から,SHRSP/EzoのmPFCにおけるD-セリン量の低下は,アミノ酸の代謝亢進によるものと考えられた.
そこで過剰発現したDAAOを抑制することでD-セリン量を増やし,ADHD様行動を改善することが可能か検証した.DAAO阻害薬AS057278をSHRSP/Ezoの両側mPFCに局所投与すると,mPFCにおけるD-セリン/D-セリン+L-セリンの値(DL比)が上昇した.また同時にY字迷路試験におけるSHRSP/Ezoの不注意行動及び多動性が改善された.これらの結果により,ADHD様行動とD-セリンの関連性が示された.さらに,DAAO阻害によるD-セリンの増加がADHD様行動を改善することから,DAAO阻害薬が新規ADHD治療薬の候補となる可能性が示された(Fig. 4).ただし,本実験はラットへの脳局所投与によるものであり,より臨床に近い経口投与などによる全身投与を行い更なる検討が必要である.また,ヒトのADHD患者におけるDAAOの異常に関していまだ報告がないため,今後の研究によってADHDの病態と脳内DAAOの関係性を明らかにすることが望まれる.

筆者のこれまでの研究により,SHRSP/EzoのADHD様行動はmPFCにおけるD-セリン量の低下によるNMDA受容体機能低下を神経基盤としていることが考えられた.現時点ではヒトにおけるD-セリンシステムとADHDの関連性に言及した報告はないが,本総説ではADHDの病態研究を進めるうえで新たなターゲットを提示し,新規作用機序の治療薬の創薬シーズを紹介した.これらの研究結果から,D-セリンを取り込むトランスポーター(Asc-1など)の阻害薬やNMDA受容体グリシン結合部位作用薬(D-サイクロセリンなど)もまたADHD治療の新薬としての可能性を持つことを示唆している.単独での使用ではなく,これらの薬剤が既存の治療薬と併用されることで,治療効果の相乗効果が期待され,精神刺激薬の使用量を減らすことができる可能性も検証できる.今後の研究で,これら様々な可能性について追究し,ADHDの薬物治療に基礎研究の側面から臨床応用に向けて多くの選択肢を提供していきたい.
本総説の執筆に際し,長崎国際大学薬学部・山口 拓教授及び北海道医療大学薬学部・泉 剛教授より貴重な御助言を賜りましたことを深く感謝いたします.また,北海道医療大学薬学部・飯塚健治教授及び平出幸子助教には,WKY/Ezo及びSHRSP/Ezoの継代繁殖と供給に関して御支援頂きましたことを厚く御礼申し上げます.北海道医療大学薬学部を御退職された富樫廣子教授,島村佳一教授,故 木村真一教授,松本真知子准教授の長年にわたる御指導と御助言に心からの感謝を表します.最後に,北海道立衛生研究所・上野健一博士及び北海道大学大学院医学研究院・故 吉岡充弘教授の御協力に深く感謝いたします.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度日本薬学会北海道支部奨励賞の受賞を記念して記述したものである.