2021 年 70 巻 4 号 p. 149-156
骨格筋は成体幹細胞である筋衛星細胞から,筋芽細胞,筋管細胞を経て筋繊維へと成熟していく.病的な筋萎縮の要因として,筋再生の根幹を成す筋衛星細胞の自己複製能や分化能に着目した研究が多くなされているが,それだけでは説明できないこともあり,細胞非自律的な機構のほか,筋芽細胞以降の分化過程も重要視されている.しかし,骨格筋の分化には細胞融合を伴う複雑な行程があり,その制御機構においては未解明な部分が多く残されている.それらを紐解き,詳細な分子機構を把握することは,様々な筋疾患の病態解明や新規治療法の開発において重要な課題である.筋分化プロセスは,MyoDをはじめとする転写因子ネットワークが分化時系列に従って階層的に制御している.近年,それら転写因子の働きが,単にゲノムの塩基配列に規定されるだけではなく,クロマチンの立体構造に大きく影響を受けることが分かってきた.それに伴い,クロマチン構造制御に関わるエピジェネティック調節機構をはじめ,その機構を始動させる特殊な転写因子の存在,一過性の限定的DNA鎖切断や様々なnon-coding RNA種によるクロマチン再構成の調節機構など,多様な仕組みが次々と明らかにされてきている.このような基礎的知見の集積は,骨格筋における分化制御機構の統合的な理解に極めて重要である.骨格筋は健康のバロメーターとして注目されているが,高齢者の多くがサルコペニア(筋量と筋力の病的な低下)を発症している.これは死亡や要介護化の危険因子となり,超高齢化社会を迎える本邦ではその対策が急務であるが,対症療法に頼るしかない現状がある.骨格筋形成における詳細な分子基盤の構築が進めば,サルコペニア等の病態を分子レベルで把握することが可能となる.また,それを踏まえた根本的治療法や予防法の開発が促進され,健康寿命の延伸につながることが期待される.