日本人の動脈硬化性疾患における危険因子の中で糖尿病はその3割から4割を占め、近年その患者数は増加の一途をたどっている。この糖尿病患者の増加は主に、食生活の欧米化と身体活動の減少など生活習慣に起因するインスリン抵抗性・肥満が原因と考えられている。インスリン抵抗性・肥満は同時に高血圧症や高脂血症の発症原因となり、動脈硬化のリスクファクターが重積するいわゆるメタボリックシンドロームを引き起こす。 そこで我々はインスリン抵抗性モデル動物であるIRS-1欠損マウス、IRS-2欠損マウスを用いて血管内皮機能、インスリン抵抗性と動脈硬化の関連について解析を行った
1)。IRS-1欠損マウス、IRS-2欠損マウスともにインスリン抵抗性に加えて高中性脂肪血症、高血圧などメタボリックシンドロームの発症が認められた。また、両マウス共に、血管内皮機能障害を引き起こし、さらに動脈硬化を悪化させることが明らかとなった。 ヒトのメタボリックシンドロームの最大の原因は肥満である。そこで、脂肪細胞から分泌されるアディポカインとインスリン抵抗性とメタボリックシンドロームの関係について検討した。すなわち脂肪細胞肥大であり、肥大脂肪細胞から過剰に分泌されるTNFα、レジスチン、FFAなどによる作用の結果、インスリン抵抗性が惹起される。このようなインスリン抵抗性惹起性の悪玉アディポサイトカインに加え、最近インスリン感受性増強の作用を有する善玉アディポサトカインの役割が注目されている。代表的な善玉アディポサイトカインであるアディポネクチンはAMPK(AMP-activated protein kinase)を骨格筋および肝臓において活性化することにより脂肪酸の燃焼と糖の取り込みを促進しインスリン抵抗性を改善
2)3)。アディポネクチン自身の遺伝子多型(日本人の約40%が有する)や高脂肪食による肥満などの環境因子によりアディポネクチンの欠乏が惹起され、インスリン抵抗性の原因となっている
4)5)。また、アディポネクチン欠損マウスはインスリン抵抗性、耐糖能異常、高脂血症などメタボリックシンドロームを呈した。更に、アディポネクチン欠損マウスでは、血管の炎症性内膜肥厚が亢進することから、アディポネクチンはインスリン抵抗性改善作用に加えて、血管障害抑制作用を持っていると考えられる
4)6)。 更に、最近発現クローニングによって2つのサブタイプ(AdR1並びにAdR2)のアディポネクチン受容体を単離・同定することに成功した
7)。AdR1は骨格筋・肝臓に、AdR2は肝臓に主に発現し、AdR1は骨格筋・肝臓におけるアディポネクチンの糖の取り込み、糖新生抑制、脂肪酸燃焼の促進を媒介し、AdR2はアディポネクチンの肝臓における脂肪酸燃焼促進作用を媒介する。従って、アディポネクチン受容体の作動薬は画期的な抗糖尿病薬、抗炎症薬、抗動脈硬化薬として期待できる。 本セミナーでは、メタボリックシンドロームの分子機構をふまえつつ、(1)インスリン抵抗性に対するアプローチ、(2)アディポネクチン作用不足に対するアプローチ、(3)個々のリスクファクターに対するアプローチ、について述べたい。文献
1)Circulation 107: 3073-3080, 2003
2) Nature Medicine 7:941-946,2001
3) Nature Medicine 8: 856-863, 2002
4) J. Biol. Chem. 277: 25863-25866, 2002
5) Diabetes 51: 536-540, 2002
6) J. Biol. Chem. 278: 2461-2468, 2003
7) Nature 423: 762-769, 2003
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