アフリカの野生動物保全政策の潮流である「住民主体の自然資源管理(Community-based Natural Resource Management: CBNRM)」にもとづき,タンザニア政府は,動物保護区周辺の地域住民に対して,観光による経済的な便益を還元する新制度「ワイルドライフ・マネジメントエリア(Wildlife Management Area: WMA)」を,2000年代から開始した。この制度は,複数の村が集まって土地を提供しあって動物保護区を設立し,それを観光企業に貸し出して収益を得る仕組みである。現在,全国で17カ所のWMAが運営されており,148村,約44万人の住民が参加している。
本稿では,設立から10年が経過したWMAが,目的である「住民への権限委譲」と「観光便益の還元」を達成しているかを検証した。事例として取り上げたのは,「成功モデル」とされるイコナ(Ikona)WMAである。イコナWMAは,年間50万ドルという,他のWMAから抜きん出た多額の収益をあげており,それは年々順調に増加していた。しかし,現地調査からは,4つの課題,すなわち,①WMA設立手続きの複雑さ,②観光便益の減少,③WMA事務局ガバナンスの脆弱性,④土地利用計画の変更の困難さ,が明らかになり,住民はWMAに裏切られたと感じており,脱退を望むほど負の影響が強まっていた。中でも最も深刻な課題は④であり,これによってWMAが土地収奪ツールとなってしまっていることを指摘した。
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