本論考は、北部の生活条件の悪化を背景に、マリの首都バマコに移住してきたソンガイ人がそこで実践してきた精霊憑依を対象に、「適応」の意味の再検討と事例の特徴の記述と分析をとおして、精霊憑依の実践が都市環境においてどのような適応に繋がっているかについて考察するものである。
既存の文献では、類似した事例について、精霊憑依カルトがセラピー的機能とコミュニティへの包摂をとおして、苦悩する個人の都市生活への適応を助けていると論じられ、またこうした研究の一部を受けて精霊憑依カルトが「セラピー化」していくという仮説が提起されたが、これら主張と仮説はバマコのソンガイ移民の事例には当てはまらない。本論考では、ラディカル構成主義における「適応」についての議論を参照して、出身地が異なり精霊憑依に関して多様な知識と経験を持つソンガイたちが実践を共にし、異なる精霊憑依カルトを実践する人々と共存している環境で、移民たちがこの状況に適合的な知識・認識を(再)構成して都市環境に適応していると想定し、彼らの実践の脱ローカル化とローカル化に着目した。
この視座から本論考が明らかにしたのは、出身地や民族を異にする人々との実践の共有を可能にする一方で、精霊を含む他者との関係性と道徳性を帯びた世界観が重要なものとして現れている適応の仕方の都市環境における創発である。
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