本稿は、タンザニアの首座都市ダルエスサラームに住んだ経験のあるコンゴ民主共和国出身の難民(以下、コンゴ難民)に着目し、彼らの「難民」というラベルをめぐる戦略とホスト社会との関わりを先行研究の知見と独自の聞き取り調査をもとにして考察する。本稿はまず、「難民」というラベルに関する先行研究を俯瞰し、難民の多様な生存戦略とその差異を分析する。次に、タンザニアの難民政策の歴史と現状を述べ、難民を取り巻く社会環境を概観する。その後、事例としてダルエスサラームに住んだ経験のあるコンゴ難民を挙げ、彼らが「難民」というラベルをどのように扱いホスト社会と関わっているのかを考察する。状況に応じてラベルを柔軟に使い分ける難民たちの創造的な生存戦略は、現行の難民政策が前提とする固定的なラベルの枠組みが、多層的で流動的な現実を生きる彼らの実態を捉えきれていないことを浮き彫りにする。本稿は、現行の難民政策の再評価に向けた基盤として、難民たちの生活実践に丁寧に目を向け、現行の政策によって付与される「難民」というラベルから逸脱する彼らの多様な実態を記録し、難民支援の枠組みや施策の改善に資する実証的知見を蓄積していくことの重要性を提起する。
本稿では、植民地期ケニアにおけるキリスト教宣教会による「民族語」への聖書翻訳とその頒布が、現代ケニアの出版文化に及ぼした影響を検討する。既存研究においては、宣教会による識字教育や出版活動が知的エリート層の形成やナショナリズムの涵養に寄与した側面が強調されてきた。一方で、こうした活動を支えたキリスト教的イデオロギーについては十分に検討されてこなかった。本稿では、このイデオロギーに注目し、ケニア植民地で英国聖公会宣教会(CMS)が展開した「民族語」への聖書翻訳および頒布の実践を分析する。とりわけ、CMS が運営した書店に関する史料を手がかりに、イデオロギーを重視した宣教活動の結果、「民族語」の書籍はキリスト教関連に限定され、他の一般書や実用書といったジャンルで周縁化された実態を明らかにする。また、こうした偏りは独立後も引き継がれ、言語間の格差を固定化する一因となった。以上の検討を通じて、本稿は、聖書の翻訳と頒布にかかわるキリスト教的イデオロギーが植民地政府の言語政策とも交錯しつつ、ケニアにおける出版文化の形成にいかに関与したのか、その歴史的過程を明らかにすることを目的とする。
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