加藤ほか(2002b)は,紀伊山地中央部でメタガブロを発見し,黒瀬川帯が存在すると主張した.しかし,大和大峯研究グループは1970年以来,同地域で調査・研究を続けているが,黒瀬川帯を見いだしていない.今回,長平谷地域において加藤ほか(2002b)が黒瀬川帯とした地質体を再調査した結果,岩相・地質構造及び放散虫化石にもとづいて,四万十帯の白亜系伯母谷川層であることを再確認した.また,五番関地域の角閃石メタドレライト(加藤ほか2002bのメタガブロ)は断層ブロックではなく,チャート中の貫入岩であり,不規則な貫入面と急冷周縁相を伴うことを明らかにした.角閃石メタドレライトは,断層にそって線状に分布するのではなく,大普賢岳層のみかけ下部のチャート岩体中に,平面的に広く点在する.貫入を受けたチャート岩体は,ペルム紀から三畳紀(中世)の放散虫化石を産する.佐藤(2003)は,角閃石メタドレライトの放射年代値220±5.9Maを報告している.以上から,角閃石メタドレライトは三畳紀新世に大洋底のチャートに貫入した岩体と判断される.紀伊山地中央部の秩父帯は,ジュラ紀古世から白亜紀古世にかけて形成された付加体で主に構成され,構造的下位へ形成年代若化の極性を示し,緩傾斜のスラストパイル構造で特徴付けられる.この構造を切って,黒瀬川帯(先ジュラ紀地帯)は存在しない.
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