以上によって, 主体の価値判断の対象としての市街地空間の特殊性から生ずる空間性状が, 価値意識へと影響するという理論的考察をふまえ, 東京の下町において前回の調査で得たと同様の基本的命題の妥当性を確認するとともに, さらに詳しい分析を加えた。今回の調査で明らかになった点は次のようにまとめることができる。(1)集合の性状に応じて, 道路の使い方の判断の基準となる集団の捉え方に差がみいだされ, ろじ集合ではこの集団を限定的に捉える傾向があることが明らかにされた。(集合による共同了解性の差異) (2)この集団の捉え方と, 空間形成に関する規範意識との間には有意な相関が認められ, 限定的に捉えている人の方が規範意識は高いことが明らかになった。(共同了解性と規範意識の関連)(3)規範意識の高さと, 集合性状の間には統計的に有意ではないが相関が認められ, 空間性状が共同了解性を通して, 規範意識に影響を与えるという仮説は, 一応の確認を得たと考えられる。(4)規範意識のあり方は, 現実の行為としての増築・建て替え行為に影響しており, 市街地変容にとって重要な要因となりうることが認められる。(5)規範意識の3つの層, 集合意識, 共同了解性, 規範意識について, それぞれ生活構造, 地域社会構造, 社会構造の影響を推定させる社会的属性との関連が認められた。今回の調査では, 規範意識の形成における3つの層を識別したが, それらの相互規定関係, 発展過程について, 特に集合意識については充分な考察を加えることはできなかった。また, ここでいう共同了解性と, 社会学におけるコミュニティ概念の操作的図式との関連性や差異についても触れることはできなかった。これからの課題としたい。なお, 本調査の遂行に御協力をいただき, また討論を通じて数多くの有益な示唆を与えていただいた, 佐藤隆雄, 辻明彦, 白神浩志の諸氏に謝意を表します。
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