日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の195件中51~100を表示しています
  • 中川 清隆, 渡来 靖, 榊原 保志
    セッションID: 402
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    _I_.はじめに

     2008年元旦以降,埼玉県熊谷市街地のデパート(地上高約32m)と郊外の大学学生寮(地上高約47m)の屋上と地上,計4箇所に自然通風式自記温度計HOBOを接置して5分間隔連続観測を継続している.2.5年を超えるデータの蓄積が進み,都市ヒートアイランド強度(市街地-郊外地上気温差)および郊外接地逆転強度(屋上-地上気温差)の年変化や年々変動について考察が可能になってきたので,その結果の概要を報告する.


    _II_. 都市ヒートアイランド強度および郊外接地逆転強度の変動

     図1(省略)に2.5年間の都市ヒートアイランド強度(左)と郊外接地逆転強度(右)のアイソプレスを並べて示す.縦軸は日付,横軸は1日の時間である.両図とも正領域のみ灰色表示されており,暗い部分ほど大きな強度を示す.2008年の長期欠測中の市街地地上気温は,熊谷地方気象台1時間測定値で代替した.  図1(省略)を概観するだけでヒートアイランド強度と郊外接地逆転強度の間の対応関係が示唆される.寒候季には,日中と夜間ともに明瞭なヒートアイランドが形成される一方,日出・日没直後にはヒートアイランドが消滅するか著しく弱くなるのに対して,暖候季には,日没を挟んで午後~夕刻に明瞭なヒートアイランドが形成され日出後午前中はヒートアイランドが著しく弱体化することが多い.寒候季型→暖候季型への切換りは,2008年度は長期欠測中の4月~5月の間としか言い様がないが,2009年,および2010年は4月に生じていることが読み取れるとともに,暖候季型→寒候季型への移行は,2008年,および2009年ともに10月初旬と読み取れるので,偶然ではない規則的な年変化である可能性がある.


    _III_. 夜間都市ヒートアイランド強度と郊外接地逆転強度の関係

     全有効データから,前24時間無降水で市街地温度勾配が-0.5℃/100m~-1.5℃/100mで都市混合層が形成されているとみなせる午後8時~翌朝4時の1019正時のデータを抽出して,郊外接地逆転強度αrと夜間都市ヒートアイランド強度δTu-rの散布図を作成した(図2,省略).風向が南東~南西の場合(n=185)とそれ以外の風向の場合(n=834)の回帰式は,それぞれ,

      δTu-r=0.3465αr+0.5824      R2=67.91% ……式(1)
      δTu-r=0.3815αr+0.5230      R2=77.80% ……式(2)

    となり,ほぼ同一の式である.δTu-r/(αr-αu) によりクロスオーバー高度を見積ったところ(図3,省略),郊外接地逆転が発達した夜はほぼ一定の値をとる傾向がうかがえる.


    _IV_. 終わりに

     観測は現在も継続中であり,当日は更にデータを追加して解析し,風速や季節・時間依存性に関して検討した結果も報告する予定である.

      謝辞:観測場所をご提供頂いている八木橋デパート,千形神社社務所,立正大学学生生活課,および観測を継続遂行された立正大学学生の石塚仁志・鈴木悠規・角田優美・田澤一起4氏に対し,心よりの謝意を表します.

  • 日下 博幸, 縄田 惠子
    セッションID: 403
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    近年、都市域での降水の頻度が増加し、さらに降水の強度も強くなっていると多数報告されている(例えば,Fujibe et al. 2009 )。都市域での強い降水は、たとえ低頻度であっても、人間社会に大きな影響を及ぼしやすく、都市防災上軽視できない。マスメディアなどでは、都市が降水に影響を与えているとしているが、研究者の間では意見が割れている。このように、都市と降水の関係に関しては明瞭な結論は得られていない。

    2. 目的
     本研究では、都市で発生する降水と都市化の関係を数値実験結果の統計解析より明らかにする。

    3. 使用データ・使用モデル
    ・レーダーアメダス解析雨量データ
    ・NCEP全球客観解析データ(NCEP-FNL)
    ・NCEP再解析データ(NCEP reanalysis data)
    ・領域客観解析データ(RANAL)
    ・メソ客観解析データ(MANAL)
    ・長期再解析JRA-25
    ・AMeDASデータ
    ・WRF-ARWモデル

    4. 方法
     都市がある場合、無い場合でWRF(Weather Research and Forecasting)モデルを使用して降水に対する感度実験(数値実験)を行う。そしてその結果を統計的にメソスケールの視点で解析する。

    5. 結果と結論
     都市の対流性降水のシミュレーションは、カオス性が高く、地表面の境界条件だけではなく、初期値や物理モデルの変更に極めて鋭敏なため、ある降水事例に対する都市の感度実験の結果は必ずしも十分に信頼できるものではないとの報告がある(Kusaka et al. 2009)。
     本研究では、信頼性を低くしている原因を緩和するための手法として、アンサンブル気候実験を提案する。私たちのグループでは、4種類の初期値・境界値を用い、それぞれ気候実験として2001~2009年の8月を対象に、感度実験を行った (4種類の初期値・境界値それぞれで8月間9年間分、格子間隔は4 km)。さらに都市ありの場合の計算結果から都市なしの計算結果を引き1ヶ月単位で偏差を求め、それらを全て足し合わせた。さらに、その結果より格子点ごとの降水量の増減率を求めた。増減率は東京都市域で15%以上の増加となった。
     講演では、可能であれば、4種類の初期値・境界値に加えて、NCEP再解析データを初期値・境界値として加えた結果や、UCM(Urban Canopy Model)オプションを適用し計算した結果などを紹介する。今までUCMオプションの適用はしていなかったが、UCMオプションを適用することで、都市の効果をより詳細に、現実に近づけた状態となる。
     今後は、さらに細かい格子間隔で計算・解析し、都市の効果を議論する予定である。

    謝辞:本研究の一部は、環境省の地球環境研究総合推進費(S-5-3)の支援を受けました。
  • 高橋 日出男, 大和 広明, 清水 昭吾, 大久保 さゆり, 高橋 一之, 鈴木 博人
    セッションID: 404
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    ◆はじめに:2008年8月5日正午頃に東京都区部で発生した短時間強雨では,新宿区東端から千代田区北西端が強雨の中心となり,時間降水量100mm以上を記録した.その一方で,時間降水量30mm以上の領域は直径5-6km程度であった.発達した対流雲による強雨時には,地上付近において冷気外出流・ガストフロントや雨水による地表面の冷却などに伴う明瞭な気温変化が認められる.本研究では,東京都区部を中心とする多数観測点の10分値に基づき,本事例を都心域に発生した短時間・狭領域強雨の典型例として,強雨域の時間推移に伴う地上風系および気温分布の変化について解析する.
    ◆資料と解析:本解析では,120地点の降水量観測資料(2009年度春季715)とともに,地上風の観測値として気象庁アメダス,東京都環境局(大気汚染常時監視測定局),ライフビジネスウェザー(L-Robo)による59地点の資料を用いた.気温観測値は,上記観測点のほかに,広域METROS(首都圏高密度気温観測システム)の観測点および都市内緑地のクールアイランド強度を求めるための参照として独自に設置した市街地観測点の合計111地点における資料を用いた.広域METROSは小学校の百葉箱で,市街地観測点はアルミ製の放射避けシェルタを用いて小学校校庭内で観測(「おんどとり」もしくは同等データロガを使用)し,すべて気象庁検定済みの温度計に対して器差補正を行っている.大多数の観測点が周囲に緑地が少ない市街地的環境に置かれていることから,林地内や林地に隣接した観測点は解析に使用していない.
     風系と気温分布の解析にあたり,風の東西・南北成分は500m間隔,気温は250m間隔の格子点にKriging法を用いて内挿し,それぞれ1km間隔と500m間隔の格子点群が4組あるとして気温傾度や温度移流(風ベクトルを内挿した500m間隔の格子点を使用)などの計算を行った.
    ◆気温分布と地上風系:最初の降水は11:10頃に渋谷付近に現れ,11:30頃から降水量が増大した.その後新宿付近,次いで池袋付近に強雨域が発生し,いずれも停滞ないしゆっくりと東北東-北進した.12:00頃から新宿付近の強雨域は急速に発達し,新宿区東端-千代田区北西端に最大で29mm/10minの強雨をもたらした.図は11:50から12:20について,前10分値に対する気温変化量(等値線),1kmあたりの気温傾度(濃淡),および地上風ベクトルを示している.11:50では大きな気温傾度で囲まれた領域(低温域)は気温低下域とおおよそ一致し,その範囲はほぼ降水域に対応する(水平温度移流小).12:00にはこの低温域北側(池袋付近)に強雨域が現れ,そこの気温が低下するとともに南東ないし南西に向かう冷気外出流が出現する.この時,既存の低温域北側には大きな気温傾度が残存しており,相対的に高温な北風(冷気外出流)の一部を上昇させ,対流雲の発達に寄与したことが考えられる.12:10には上記の気温傾度は消失して低温域が北側へ拡大するとともに,新宿区東部の強雨域から南東方向と西方向への冷気外出流が顕著になる.この後,強雨域の東側-南側では,12:30にかけて気温低下域が不明瞭になりつつ東-南東方向へゆっくりと移動する.しかし,神田から霞が関付近を経て南西に延びる大きな気温傾度はほぼ同じ位置に1時間以上維持される.神田から霞が関付近には地上風(冷気外出流)の顕著な収束があることから,この付近を縁辺部として下層に冷気プールが形成され,東京湾からの南東風を持ち上げることにより対流雲の発達・維持に寄与した可能性が考えられる.また,強雨域の西側においても,12:00までに形成された気温傾度の大きい領域は,東風の冷気外出流が発生し,その西側で気温低下が生じた12:10以降も数十分間維持されている.
     本事例では気温変化に対する水平温度移流の寄与は全般に小さく,顕著な気温低下域は降水域にほぼ対応している.雨水による表面温度の低下や,安定層をなす冷気プールの挙動に対する都市キャノピー(建築物群)の影響などを考える必要があろう.
  • 立入 郁, 篠田 雅人
    セッションID: 405
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    本研究では、Phase 3 of the Coupled Model Intercomparison Project (CMIP3)に参加した気候モデルによる出力(20世紀後半~21世紀)に、気温・降水量のアノマリを用いたゾド指数を適用し、将来のモンゴルにおけるゾドリスクを評価した。ゾドリスク評価を行う上では1月の積雪量・8月の植生量が重要であるが、気候条件と植生条件のタイムラグを考慮し、7月と1月の値で夏・冬を代表させることとした。
     入力データはThe Program for Climate Model Diagnosis and Intercomparison (PCMDI)のサイトからダウンロードしたGCMの出力(monthly)を用い、20世紀については20c3m、21世紀についてはSRES A1Bシナリオのものを用い、代表的な6つのモデルについて解析を行った。解析にはモンゴル全体を含む東経87.2°~120.9°、 北緯41.9°~53.0°の領域の平均値を用いた。 1950-1999及び2000-2099年についてのゾド指数がゾドにつながるとされる値を超える頻度をみたところ、1950-1999年についてはモデル間の違いが比較的小さいのに対し、次の100年についてはモデルによる違いが顕著であった。頻度増加率が最大・最小であったGFDL及びCCSMについて、1・7月の気温・降水量の正規化後の偏差を調べたところ、特に1月の気温の増加傾向の差がゾドリスクの違いに大きな影響を与えていることがわかった。
  • 大和田 春樹
    セッションID: 406
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     黄土高原(東経100~115度,北緯34~40度)は,乾燥地域と半乾燥地域の境界領域に位置し,降水量の大半は7~9月にもたらされる夏雨地域である。黄土高原は中国でも有数の小麦生産地域であるが,小麦は最高気温の出現する7月末に収穫され,作物の生育期にあたる3~6月の降雨量が少ないため,前年の夏(8~9月)に降った雨を土壌中に浸透・保持させて翌年の発芽・生育をはかっている(Ohmori et al.,1995)。したがって,黄土高原における夏季の降水は,農業的見地からも重要である。
     黄土高原の水蒸気収支は,7月にはタクラマカン砂漠に似ているが,流入・流出が共にタクラマカン砂漠よりも強く,且つ水蒸気の多くは南から流入して,収束が1年の中で最も大きくなる(Yatagai,2003)。黄土高原に水蒸気をもたらす気流系は,降雨季の前半と後半で大きく異なり,6・7月にはベンガル湾からの南西風の一部,8月には北太平洋高気圧の西縁部の南東風によって水蒸気がもたらされる(大和田ほか,2004)。また,黄土高原付近は5~9月を通じて傾圧帯に位置しているが,そこに供給される水蒸気量の増大によって,7月から8月を中心とする降雨季が現れる(大和田ほか,2004)。以上のことから,黄土高原における多雨時の要因も,インド洋や太平洋を含む広域的の気流系の変化に伴う黄土高原への水蒸気の流入の増減と関係することが示唆される。しかしながら,黄土高原の多雨時における降水の地域的特徴とそれをもたらす気流系との関係は,いまだ不明な点が多い。
     そこで,本研究は,黄土高原の降水地域特性とその要因を,水蒸気輸送,および気流系の考察から明らかにする。

    2.調査および解析方法
     解析には,中国気象局による降水量観測地点180地点のうち黄土高原付近に属する22地点の1979-92年の7・8月における降水量の日別データとECMWFのERA40の日別再解析データを用いた。

    3.結 果
     7・8月の黄土高原における降水の地域的特徴をクラスター分析によって客観的に分類した結果,黄土高原における多雨季の降水の特徴は7月と8月で異なっており,7月は黄土高原北西部で降水量が少なく南東部で多い傾向がみられたが,8月は東西で特徴に違いがみられ,西部では南側ほど,東部では東側ほど降水量が増加していた。
     また,降水時の大気下層の気流系は,平均偏差による解析を行った結果,黄土高原周辺域に出現する低気圧性の渦と朝鮮半島周辺域に形成される高気圧性の渦の位置が降水地域と関係していた。さらに,降雨時は,黄土高原の北側が平年と比較して高圧部となることにより,7月は黄土高原の東側を流れる南西風,8月は黄土高原に流れ込む東風が強化され,黄土高原付近に水蒸気が輸送されて収束域を形成することが明らかとなった。
  • 木村 圭司, 篠田 雅人
    セッションID: 407
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    乾燥・半乾燥地域であるモンゴルでは、平均場の解析(上野1991: Yatagai and Yasunari 1998など)では説明できない降水現象が存在する。本研究では、天気図と現地の降水の観察から、日々の天気図によって示される個低気圧活動に着目して解析を行った。そして、モンゴルでしばしば発生する干ばつの総観規模の大気のメカニズムを明らかにするため、夏季の低気圧活動の特徴を明らかにし、それに伴う水蒸気輸の流入を明らかにする。
    その結果、季節変化を見ると、対象期間の平均では、モンゴル高原における低気圧経路の半数以上が降水をもたらした低気圧であった。その中で、モンゴル高原の北側を通り、対象地域に降水をもたらした低気圧の多数は、主に北方からの水蒸気の輸送によって雨が降っていた。また、モンゴル高原の南側を通って対象地域に雨を降らせた低気圧約半数は、主に南方からの水蒸気輸送により雨が降っていた。研究対象地域では、主に南方から水蒸気が輸送されたことにより雨が降った低気圧の出現頻度は、主に北方から水蒸気が輸送されて雨が降った低気圧の出現頻度とほぼ同程度であった。
    次に、経年変化を見ると、対象地域に降水がみられた低気圧の出現頻度は、1999年から2002年にかけて減少状態にあった。さらに、経路と水蒸気輸送方向を合わせた分類では、南側を通過する低気圧の減少状態が顕著であった。一方で、北側を通過する低気圧は安定して出現している。本解析による低気圧活動の状態は,モンゴル国内の夏季降水量の減少状態との関連性があると考えられる。また、ウランバートルの2009年までの降水量を見ると、2003~2009年では、降水量の減少傾向はストップしていた。
  • 甲斐 憲次, 上野 悠大, 周 宏飛
    セッションID: 408
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    春季、アジアの乾燥・半乾燥地域は、ダスト(黄砂)の発生源となっている。地上から巻き上げられた黄砂は上空の偏西風によって東方へ長距離輸送され、韓国、日本、太平洋地域で観測される。黄砂は、人間への健康被害、農作物への影響、航空機などの交通機関への影響に加えて、太陽放射を直接散乱し、さらに雲の氷晶核として作用することで間接的にも地球の放射収支にも影響する。 気候への影響を評価するためには、巻き上げられて浮遊するダストを定量的に見積もることが重要であるが、発生源域全域において観測的に見積もられた例は少ない。本研究では、現地観測データを用いて、主要な黄砂の発生源であるタクラマカン砂漠のダスト総量の見積もりを試みた。
  • 篠田 雅人
    セッションID: 409
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    黄砂は,多くの場合,東アジア内陸乾燥地から温帯性低気圧などにともなった嵐によって発生している.「春の枯れ草や土壌水分が黄砂発生にどう影響するか」という疑問に答えるため,2008年から,グローバルCOEプログラム「乾燥地科学拠点の世界展開」のなかで日蒙米共同プロジェクト,ダスト-植生相互作用観測(Dust-Vegetation Interaction Experiment: DUVEX)が行われている(篠田 2010 Japan Geoscience Letters). 黄砂発生の起こりやすさは,Erosivity(風が風食を起こすポテンシャル)とErodibility(地表面の風食されやすさのポテンシャル)の組み合わせで決まっている.後者は黄砂が舞い上がり始める風速(臨界風速)で指標化することができるが(2010年春に発表), 本発表はその予測可能性について気候メモリの視点から述べる.
    2. アリド・スーパーサイト(乾燥地超領域研究基地)
    本研究の観測地,Bayan Unjuul(47o02'38.5”N,105o56'55”E)はモンゴル草原にあり,東アジアの主要な黄砂発生地,ゴビ砂漠の北に位置している.年降水量は163mmで夏に集中し,年平均気温は0.1℃で,一年のおよそ半分の期間は氷点下となる.ここは,2003年以来,ユーラシア大陸の乾燥地におけるスーパーサイトとして多くの調査・観測・実験が行われてきた. この草原地域では,黄砂発生の臨界風速が季節的に大きく変化するが(春に極小),この臨界風速には春に大きく変化する地表面状態がかかわっている.2008年4月下旬に,初めて,黄砂発生と気象・地表面状態の集中観測を実施した(Shinoda et al. 2010a SOLA).当時の地表面は,主に枯れ草による植被率がわずか7.2%,衛星データによるNDVI(正規化植生指数)が0.123にもかかわらず,ダスト濃度が上昇し始める風速(10m高度の臨界風速)は11.9m/sと,ゴビ砂漠の裸地のこれまでの観測例より大きい値が得られた.
    3. 気候メモリと黄砂発生
    春のErodibilityを予測するためには,そのときの地表面状態を規定している気候メモリの動態(春に先立つ時期の異常気象が残した影響)の理解(科研基盤A(海外)による研究)が不可欠である.モンゴル草原の季節変化をみると(図1a),夏に土壌水分が増加し,やや遅れてNDVIが増加する.冬の積雪深は小さく春の土壌水分に対する影響は大きくない.自己相関係数をみると(図1b,c),9月の土壌水分とNDVIの経年偏差は黄砂が発生する翌春と有意であり,この予測可能性を示している.この事実は,前年の夏の残渣である枯れ草,冬の間凍結していた土壌水分の気候メモリとしての重要性である.植生メモリについては,干ばつ実験により翌年の植生回復には植物地下部の重要性が指摘されている(Shinoda et al. 2010b J. Arid. Environ.).地上部の枯れ草については,前年の干ばつの影響で草の少なかった2008年春と前年に比較的雨が多かったため草が多かった2009年春との違いが大きく,この植生量の違いに対応するように臨界風速は2009年春のほうが2008年春よりも大きかった(Kimura and Shinoda 2010 Geomorphology).また,枯れ草の量は家畜による採食の影響も受けるので,家畜の嗜好性に関わる植物種の経年変動も影響している. 土壌水分のモデリングはすでに取り組んでいるが(Nandintsetseg and Shinoda 2010 IJC),今後,これと植物の成長・老化過程・家畜による採食過程のモデルを結合し,この結合モデルで気候メモリを再現することが重要な課題である.最終的には,この陸面モデルと風食モデルを結合してゆくことが望まれる.
  • 佐川 正人, 松岡 孝佳, 中屋敷 祐太郎, 大前 佑斗
    セッションID: 410
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I.目的
    北海道東部太平洋側では濃霧の頻発することが知られて いる.霧は碍子の絶縁特性を悪化させる原因となる.これを ふまえ,霧の酸性度及び電気伝導度について観測をおこなっ た.これらについて報告する.
    II.使用資料・解析方法
    使用資料は釧路高専屋上に設置した風向風速計および視程 計(VAISALA 社PWD22)より得られた資料である.風向風 速については10 分間隔で記録し,視程については1分ごと に1分平均値を記録した.視程計はWMO SYNOP コードを出 力するのでこれも1分平均を記録した.霧の酸性度と電気伝 導度を測定するために,釧路湿原南端の地点と大楽毛海岸で 霧を自然滴下させ,ポリ瓶に収集し回収した.ポリ瓶の設置 と回収は,早朝と夜間におこなった.回収した資料に対して 酸性度および電気伝導度(導電率)を測定した.
    III.結果
    2010 年5 月22 日から6 月22 日の間に22 事例分の資料 回収をおこなった.この期間,南の風に起因する移流霧がほ とんどであった.SYNOP コードは視程が200m 以下であって も「雨・弱」と判定されることが多かったので降雨強度およ び雨量計の値を鑑みながら霧の判定をおこなった.多くの事 例で導電率は湿原地点よりも海岸地点の方が大きかった.こ れは当然のことながら海洋からの塩分が原因と思われる.ま たすべての事例ではないものの,多くの場合,海岸地点より も湿原地点のpH の値が低かった.これは移流霧が市街地お よび工業地域を通過することによりpH が低下したものと想 定される.今後,放射霧の季節にて観測を続け,霧出現時の 風向に対する導電率および酸性度の関係について明らかにし ていきたい.
  • 石坂 雅昭
    セッションID: 411
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    南北に長い日本列島は温帯から亜寒帯の気温帯に存在し、かつ冬期多量の積雪に見舞われることから、その気候的な積雪特性は多様であり、冬期の積雪、気温、降水量間の関係も一律ではない。しかし、積雪・降水量比の気温に対する上限や下限の存在のように、多様性を包含する諸関係も見出される。このような関係は地理的な特徴を超えて一般性を持ちうる可能性があると考えられることから、それらを用いて一般に積雪情報の得にくい世界の主要な観測点の冬期の積雪気候特性を気温と降水量の関係から評価することを試みた。
  • 小泉 和也, 加藤 央之
    セッションID: 412
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    気候区分の種類として経験的気候区分(関口,1959など)と,成因的気候区分(前島,1967など)がある.本研究では日本における月平均気温の多変量解析(主成分分析・クラスター分析)により変動パターンを導出し,その変動パターンをもとに成因的気候区分を行った.この方法は北海道において同様の方法で解析した加藤(1983)の研究を日本域に拡張したものである.この方法により吉野(2003)に指摘されている,「成因的気候区分ではローカルスケールまで区分できない」ことに1つの答えを示すことができる.本研究では気象官署のみのデータでまず区分を行い,これにAMeDAS観測データを組み込むことで,境界線の詳細化をはかった.

    2. データおよび手法
    解析には1979年~2008年の日本(北緯29°~46°,東経126°~149°)における気象官署とAMeDASの月平均気温データを使用した.本研究では,各年において気温の地域平均値を除いた偏差データに直し,これを使用した.
    気象官署における各月30年分の月平均気温データに主成分分析を行い,各月の第1~第3主成分までの因子負荷量を12ヶ月使用して36次元空間内でのクラスター分析(群平均法)を行った.クラスター分析については,クラスター間の距離が急激に増加する直前の8グループを大分類とし,これらのグループを区分地域とした.クラスターの結合を示す樹状図を図1に示す.
    区分地域と区分地域の境界は,気象官署とAMeDAS観測データの因子負荷量の類似性を計算することによって求めた.すなわちAMeDAS地点の因子負荷量の36次元空間距離を計算し,個々のAMeDAS地点の中で最も距離が近い気象官署に地点を融合させた.なおAMeDAS地点の因子負荷量は観測データと気象官署の主成分分析により得られた主成分スコアとの相関係数として求められる.

    3. 結果
    本手法を用い,月平均気温によって日本を8グループに分割した(図2).図1に示すように,地域はまず大きく東側(E)と西側(W)に分けることができる.東側では,北海道と東北地方の北側(EA区分)と,その他の東北地方と新潟県(EB区分)が分離され,西側では,まず九州地方,四国地方,山口県・和歌山県の一部(WA区分)が分類された.
    それぞれの区分は各月,各主成分に対する因子負荷量で特徴づけられるので,ある主成分が示す気象(気候)現象による月平均気温の変動特性を考察することができる.すなわち,1つの区分に36種類の特徴を示す情報が含まれていることになる.個々の情報を現象(シベリア高気圧の張り出し等)にあてはめることにより,地域の特徴を明らかにすることができる.
  • 田中 誠二, 加藤 央之
    セッションID: 413
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
     日本付近は中緯度帯にあたり,一年を通して熱帯地方や極地方を起源とする気団の影響を受けている.これは気圧配置にも現れている(たとえば西高東低や南高北低など).加藤ほか(2009)における気圧配置パターンの分類では再解析データを用いることにより客観的な分類をすることができるが,再解析データには前線の位置は記載されていないため,前線の出現を考慮した分類をするのは難しい.一方で気候影響・利用研究会(2002)による「気圧配置ごよみ」では,天気図に基づき前線を考慮した分類がなされているが,数値データに基づくものではないため主観が入る可能性がある.そこで本研究では,前線の出現と関係の深いと考えられる比湿(水蒸気量)について主成分分析を行い,上位のパターンを確認した上で,クラスター解析を行うことにより毎日の比湿の分布をパターン分類し,前線の出現との関係を調査する.このうち今回は比湿の主成分分析結果及びクラスター解析結果について報告する.

    2. 使用データおよび研究方法
     日本付近を中心とする北緯20~52.5度,東経110~160度を対象に1979年~2008年の30年間における850hPaの比湿データ(NCEP/NCAR再解析データ)を用いた.なお秋季に注目するために8~11月の4ヶ月間とし,各日00UTCにおけるデータを抽出した.このようにして作成されたデータについて主成分分析を行い,卓越するパターンについての検討を行った.次に,主成分分析によって得られた第1~第6主成分のパターンを使用し,クラスター解析を行い,比湿の分布パターンがどのように分かれるのかを調査した.

    3. 結果
     比湿における平均場は,低緯度側で多く高緯度側で少ない分布を示し,また標準偏差は中国から東日本にかけての領域で最も大きくなった.主成分分析を行った結果,主な主成分の因子負荷量は以下のとおりである.
     第1主成分:全領域について増減するパターン.
     第2主成分:日本列島を境にして,上海付近と日本の東海上に逆の作用中心が現れるパターン.
     第3主成分:南西諸島に一方の作用中心があり,中国北部と日本南東海上に他方の作用中心が現れるパターン.
     第6主成分までを用いたクラスター解析については,季節進行に伴って大まかに3グループに分かれた.このうち,グループBについては,中国南部から日本南岸にかけて帯状に偏差の大きい地域が存在する結果が得られた(図1).このグループは主に9月と10月に現れており(図2),また田中(2008)では該当地域は前線の頻出地域に当たるため,前線の出現や通過との関係が示唆される.
  • 永野 良紀, 加藤 央之
    セッションID: 414
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    従来,東アジアスケールの気候・気象現象を説明するのに地上天気図をパターン分類した気圧配置暦(吉野、1968)が用いられてきた.しかし、気圧配置暦では複雑なパターンになると主観が入る可能性があり,また,地球温暖化に伴う将来予測は非常に重要であるが,天気図の将来予測がないため気圧配置暦を用いて現在と将来の定量的な比較を行なうことは難しい.そこで,加藤ほか(2009)ではNCEP/NCARの再解析データの海面補正気圧(以下,SLP)を用いて地上気圧分布パターンの客観分類を行った.一方で北日本の冷夏と関係が深いオホーツク海高気圧の張り出しの強弱をTachibana et al (2004)は定量化したが,彼らは大気境界層内の細かな流れを取り除くためSLPではなく850hPa高度場を使用している.このように,日々の気候・気象現象を解析する時はSLPではなく上層高度場を利用することが多い.そのため上層高度場の客観分類も非常に重要である.そこで,加藤ほか(2009)と同様の手法を適用して上層高度場の客観分類を行った.本発表では特に暖候期 に出現しやすいパターンについて報告する.

    2. データおよび手法
     解析領域には東アジア地域(20~52.5°N,110~160°E)における00UTCの850hPa高度場(NCEP/NCAR再解析データ)を用いた.解析対象期間は1979年1月1日~2008年12月31日の30年間とした.高度場データに主成分分析を行い,得られた第1~第6主成分までの主成分スコアに対する6次元空間内で10958日のクラスター分析(郡平均法)を行った.

    3. 結果 
    850hPa高度場の主成分分析の結果,第1主成分は大陸の高気圧の盛衰および日本の東方における低気圧の盛衰を示すパターンであり寄与率は40%であった.第6主成分までの寄与率は87%で対象領域の高度場変動の大部分を説明できる.クラスター分析の結果,暖候期に多く出現した代表的な2つのグループを図1(S1型)と図2(S2型)に示した.S1型は日本の南東海上に高気圧,大陸の北部に低気圧になるパターン,S2型は日本の東海上の高気圧が北にシフトするパターンであった.S1型は特に6月~7月にかけてもっとも出現頻度が高く,S2型は8月~9月にかけて出現頻度が増加した(図3). 従来の地上天気図による気圧配置暦と比較すると,地上で夏型(_V_型=南高北低型)の場合に,850hPa高度場の客観分類では日本の南海上に張り出すパターンと北に高気圧がシフトするパターンに区別できるなどの違いも認められた.
  • 加藤 央之, 永野 良紀, 田中 誠二, 山川 修治
    セッションID: 415
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    地球温暖化に伴う日々の天気パターンがどのように変化するかを明らかにすることを最終目的とし,海面気圧の分布パターンを多変量解析を通じて客観指標に置き換え,これを分類することにより,現在と将来の定量的な比較を行う一連の研究に着手した。前報では,まず東アジアにおける過去10年間の午前9時の海面気圧データ(3653日)を用いた手法の構築を行い,従来の天気図分類パターンとの比較を通じて手法の妥当性の検証を行った。本報告では解析を過去30年間のデータ(10958日)に拡張し,冬季の代表的なパターンに関する特性を詳細に把握すると同時に,6時間データに手法を適用することによりパターンの連続性と移行性について明らかにした。

    2. データおよび手法
    解析には1979年~2008年の東アジア地域(北緯20度~52.5度,東経110度~160度)における6時間毎の海面気圧データ(NCEP/NCARの再解析データ)を用いた。水平解像度は緯度2.5度×経度2.5度である。前報では24時間毎のデータ(00GMT)を用いたが,分類された各グループは24時間継続するという保証はなく,より短時間に移行している可能性があることから6時間データでの解析を行った。ここでは,NCEP/NCARの6時間データを用い,各主成分スコアの計算を行い,このスコアに基づいて6時間ごとの気圧パターン(グループ)を求めた。
    これまでの解析で用いてきたのは00GMTのデータであり,その第i主成分の時刻t(日)でのスコアZitは + と計算される。ここでxはSLPのデータ,バーはその地点の長期平均,eは主成分の固有ベクトルの係数,pは主成分分析に用いたデータの全メッシュ数を表す。また,添え字の00は00GMTのデータを用いていることを示す。ここで各主成分のベクトル係数や地点の長期平均は予備解析の結果から,10年以上のデータを用いた場合にはほとんど差がないことからこのベクトル係数を用い,例えば06GMTの主成分は +  と計算される。ここで得られた各時間帯の第1~第6主成分スコアを用いた6次元空間内において,各データが00GMTで求めた10958日のうち,どの日のパターンに一番近いかを計算し,その日と同じグループに分類した。この結果を時間順に並べ直し,10958×4回のデータに対する連続性・移行性の検討を行った。

    3. 結果
     冬季の気圧分布パターンについては出現数の少ないグループを除いた10グループについてその水平分布特性や季節性(季節出現特性)を明らかにすると同時に,個々のパターンの連続性,パターン間の移行特性について調べた。図1に主成分スコアのZ1-Z2平面に投影した冬型6グループの中心位置を示す。ここでZ1はシベリア高気圧の盛衰(負の値の時卓越),Z2はアリューシャン低気圧の盛衰(正の値の時卓越)を示す。各グループの絶対数(総日数)が異なるため,相対的な連続日数別の頻度の比率で比較した場合,典型的な冬型すなわち,シベリア高気圧の発達するS型,アリューシャン低気圧が発達するA型,その中間のSA型は連続性が強く,一方,弱い冬型で,低気圧や移動性高気圧が特徴的なパターンAw,SAwでは連続性が弱いことが示された。 グループ間の関連については,例えばA型は約半分がAw型,SA型,SAw型から移行し,約3/4が同じグループ群に移行することなどが示された。また,A型からAw型への移行がこの逆より優勢であるなどの移行の特徴が明らかにされた。
  • 今井 裕一, 加藤 央之
    セッションID: 416
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
     地球温暖化によって日々の天気パターンがどのように変化するかを明らかにすることを最終目的として,地上気圧の分布パターンの客観分類を行う一連の研究を進めている。第1報では,東アジア域における過去10年間の午前9時の海面気圧データを用いた手法の構築を行い,従来の天気図分類パターンとの比較から冬季における手法の妥当性を検証した(加藤ほか,2009)。第2報では,この方法を過去30年間の6時間データ(10958日)に拡張して詳細な寒候季の地上気圧分布パターンの分類を行った(加藤ほか,2010)。本報告では,まだ行われていなかった暖候季の分類に関して検討を行う。

    2. データおよび手法
     加藤ほか(2009)に従い,1979年から2008年の東アジア域(北緯20から52.5度,東経110から160度)における,水平解像度2.5度×2.5度の午前9時の海面気圧データ(NCEP/NCAR再解析データ)を用いた.海面気圧データに対し主成分分析を行い,第1から第6主成分までの主成分スコアに対する6次元空間内で10958日の群平均法を用いたクラスター分析を行った。クラスター分析に関しては,50グループに分類した。その中で,暖候季(6648日)に出現するパターンについて調べた。

    3. 結果
     暖候季においてクラスター分析の結果,7グループに大別した(図1)。まず_I_型・_II_型・_III_型と分かれ,つぎに_I_型と_II_型がそれぞれ3グループずつに細分化された。その中から,代表的な2グループ(_I_a型,_II_a型)の平均パターン分布について図2に示し,それらの月別出現頻度について図3に示す。
    _I_a型は,6月から8月に出現する頻度が高い。このグループは,第1主成分が卓越するという特徴を持つ。この平均パターン分布は,日本の南海上にリッジを持ち,朝鮮半島の北側に低圧部を示す。このグループは3756日のメンバーを含んでおり,さらに細分化した結果,夏型や梅雨期に見られるいくつかのパターンに分かれることが明らかになった.   
    また_II_a型は,3月から4月と9月から10月に出現する頻度が高い。このグループは,第2主成分が負の値を示す傾向にある。この平均パターン分布は,北高南低の気圧配置パターンを示す。
  • 小野 有五
    セッションID: 417
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.研究グループを立ち上げた背景
     地理学の研究対象は自然と人文現象のすべてを含んで社会や経済・政治に及び、一般に「環境」という言葉で表現されている内容のすべてを網羅している。したがって、地理学そのものが環境の科学である、という言い方がなされることもあるが、今日「環境問題」と呼ばれる環境に関わるさまざまな問題に対する地理学の関わりかたは、けっして強いとは言えない。むしろ、そのような問題をできるだけ避けてきたのがこれまでの伝統的な地理学のあり方であったといえよう。基礎的な研究が重要なことは言うまでもないが、研究者の社会的貢献や、研究成果の社会への還元が重視されるようになり、また地理学会じたいが法人化することによってそのような社会的対応をこれまで以上に求められている現状を考えると、「環境問題」に正面から取り組む地理学をつくる必要性は緊急の課題であるともいえる。すでに防災科学としての地理学については、研究グループを中心として近年、大きな発展があった。自然がもたらす災害を防ぎ、軽減するために、自然に対してなんらかの人為的な制約をもたらそうとする防災と、自然をできるだけ自然のままに生かそうとする自然保護とは、相対立する概念と見られがちである。しかし、自然を排除した人間生活はありえず、自然を守りながら、いかに災害に対処するかを考えるのが地理学における防災であろう。
     近年の自然災害では、自然条件を無視した開発に起因する災害がますます増加している。これらの開発は、例外なく、その自然環境を過度に破壊することによってなされており、そのような開発が、結果として災害を大きくしているのである。自然環境の破壊を最小限にとどめるには、どのような開発や防災事業を行うべきなのであろうか。また、本来、壊すべきではない自然環境を、破壊せずに残すためには、地理学は何をなすべきなのであろうか 。
     このような問題の解決を目指して、「自然保護問題」研究グループは2010年4月に発足した。今回のシンポジウムでは、ダム、原発、基地の建設に関わる自然保護問題を事例としてとりあげ、地理学としての取り組み方について議論したい。

    2.サンルダム問題
     サンルダムは、天塩川の支流、名寄川のさらに支流にあたるサンル川に開発局によって計画されている、堤高46m、堤頂長約350mの重力式コンクリートダムである。
     サンルダム計画については、多くの疑問が投げかけられている。治水に関していえば、5,590km2の流域面積をもつ天塩川に対して、サンルダムの集水面積はそのわずか3%しかない。また史上最大であった昭和56年洪水においても、天塩川の洪水ピーク流量は4400m3/sであったが、治水計画の根幹である基本高水流量は、なんとその1.5倍にもあたる6400m3/s とされ、その算定が過大であることも大きな問題点である(小野、2006)。利水についても、サンルダムによる水道供給の受益地とされる名寄市や下川町で現在、水道水が不足している事実はない。以上のように、サンルダムは、その建設目的自体に疑問があるダムといえるが、さらに大きな問題は自然環境への悪影響である。サンル川は、現在の日本において、河口から200km以上にわたって天然のサクラマスが遡上・産卵する国内唯一の河川となっており、ダム建設によってサクラマスだけでなくさまざまな魚類の遡上・降河が阻害されることは、水産資源保護の観点からだけでなく、生物多様性の観点からも深刻な影響を与えるのである。
     2009年の政権交代によって、民主党はそれまで建設中であった国の直轄ダムの工事を凍結し、国土交通省に「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」を設置した。この審議会は2010年7月16日に個別ダムの検証に当たっての共通的な考え方を整理した「中間とりまとめ(案)」を発表、それに対する意見を8月15日まで募集中である。
     委員の選定も一方的に行われ、非公開で続けられたこの審議会の出した案には大きな問題があり、合意形成のありかたを含め、議論していきたい。

    引用文献:小野有五(2006)人間を幸福にしない地理学というシステム-環境ガバナンスの視点からみた日本の地理学と地理教育-,E-journal GEO,1(2),pp.89-108
    ウェッブサイト:
    http://www.as.hkd.mlit.go.jp/teshio_kai/teshio/
    http://www.sanru-river.com/
    http://seseragi55.blog64.fc2.com/
  • 辻村 千尋
    セッションID: 418
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    昨年改正された自然公園法では、その目的条項に生物多様性保全が明記された。これに付随し、国立公園の公園計画に生態系修復事業が盛り込まれ、これまでの利用を中心とした国立公園管理から生物多様性の保全へと大きく方向転換を図ったことは、評価できよう。しかし実際には、国立公園の利用に関する要望は大きく、自然保護が進んでいるとは言いがたい状況が続いている。 本報告では日本の自然保護発祥の地と言われる尾瀬国立公園と、世界遺産登録を目指す小笠原諸島国立公園を事例に、自然公園が抱える問題点を指摘し、その上で自然保護問題に果たすべき地理学の役割について話題提供する事を目的とする。
  • 小泉 武栄
    セッションID: 419
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1 はじめに
    上関という町がある。山口県東部の瀬戸内海に浮かぶ長島の東端にできた漁業の町で、名前はいうまでもなく下関に対置されるものである。長島は、すぐ西にある祝島などとともに、周防灘と伊予灘を分ける防予諸島を構成しており、付近の海は魚の宝庫として知られている。一帯は瀬戸内海国立公園に含まれ、風光明媚なところでもある。

    2 原発の建設計画が
     20年あまり前、長島の西のはずれの田の浦という入り江付近に原子力発電所を建設するという計画が持ち上がった。建設主体は中国電力である。過疎に悩む町当局は、莫大な交付金を目当てに建設に賛成したが、漁業への悪影響、原発事故の恐れ、優れた自然と景観の破壊、などを危惧した住民たちが、激しい反対運動を展開している。現時点で中電は反対を押し切って工事を始めたが、日本生態学会などが再三にわたって建設反対を表明している。
     演者は現地の住民に依頼されて、田の浦付近の地質・地形と自然の調査に赴いたのだが、天然記念物クラスのすばらしい自然がよく残っていることに驚かされた。

    3 みごとな地質の接点と貫入したアプライト
     田の浦付近の地質は、領家帯の結晶片岩という、銀色をした層状のきれいな岩石からなる。これは2億年ほど前に堆積した砂岩・泥岩の互層が、地下深くに押し込められて変成岩になったものである。その後、この岩は花崗岩の貫入などによって押し上げられ、地表に現れたが、田の浦付近の海岸では、結晶片岩とそれを押し上げた花崗岩の接触部が至るところでみられる。両者の接点が観察できるところはきわめて珍しく、地質学の巡検地として最適である。
     また田の浦の南にあるダイノコシと呼ばれる半島付近には、切り立った海食崖が発達している。この崖では、基盤岩の中に白や黄土色の筋が縦横に走って、特異な地質景観を示す。この筋は、岩が地下深くにあった頃、割れ目にマグマが貫入してきて固まったもので、アプライトと呼ばれている。筋は幅数cmから数10cm、とくに大きいものでは1m余りに達し、実にみごとなものである。岩場にはビャクシンがしがみつくように生えている。これも珍しい海岸植物で、学術的な価値が高い。

    4 山と海のつながり
     田の浦付近では、手つかずの自然がよく残っていることも魅力的である。田の浦の背後は海抜100m前後の山になっているが、ここでは多少の雨では沢に水が流れないという。基盤の結晶片岩に割れ目が多く入り、風化が進んで表層に厚い土層ができているため、雨水はほとんどが浸透し、地下水になってしまうのである。この地下水は、海岸の岩場の下部などで染み出しているのが観察できるが、一部の地下水は浅海底の砂地や礫地を通って、田の浦の砂浜海岸から数10m離れた海底に湧き出している。
     おもしろいことにこの湧水のある浅海底では、日本海にのみ分布する珍しい海藻が発見されている。地下水を通じての山と海のつながりが、このようなきわめて珍しい海藻の分布を生み出したわけである。
     瀬戸内海の島々には、かつてこうした豊かな自然が至るところにあったに違いない。開発によってその多くは消滅してしまったとみられるが、田の浦では原発の計画が持ち上がったために、自然の調査が進み、思わぬ発見につながった。怪我の功名といえよう。

    5 危険な原発予定地
     風化物質はいつか崩れる。海岸では、背後の山から崩れてきた土砂の堆積が各地でみられる。1954年には豪雨に耐え切れず、沢という沢が崩壊し、海岸に大量の土砂をもたらした。その様子は1974年撮影の空中写真によく写っており、崩壊や堆積の痕跡は現在でも認めることができる。
     このように原発予定地は、上からは崩壊の危険があり、下からは豪雨時に浸透した地下水が施設を持ち上げて破壊する恐れがある。さらに基盤の結晶片岩は、固い岩ではあるが、無数の割れ目が入り、脆弱なものに変化している。田の浦の入り江は、岩盤が相対的に弱いために、侵食されて入り江になったわけで、地盤は決していいとはいえない。
    またここは地震の観測強化地区にも含まれており、まさにマイナス面のオンパレートである。仮の話だが、ここでチェルノブイリクラスの大事故が起きたとすれば、瀬戸内海全域が人の住めない場所になってしまう。原発事故に関しては、日本列島はこれまで余りにも悪運が強く、ぎりぎりのところで壊滅的な被害を免れてきた。しかしいつまでもそうはいかないということを考えるべきである。

    6 まとめ
    田の浦での原発の建設は断念し、天然記念物クラスのすばらしい自然を生かした自然観察の場として生かすのが、賢明というものであろう。
  • 中井 達郎, 長谷川 均, 鈴木 倫太郎, 安部 真理子
    セッションID: 420
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     1980年代以降、日本のサンゴ礁地域では、さまざまな開発行為が計画され、または実施されてきた。このような状況に対して、さまざまな地理学関係者が、サンゴ礁保全の立場から、NGO/NPOなどにとともに、現地調査やそれに基づく議論、あるいは提言を行ってきた。下表は、主な開発事業(自然保護問題)と地理学関係者がかかわった委員会、現地調査、出版物等について表に整理した。
     サンゴ礁保全については、生物・生態学関係の研究者などもかかわりを持っているが、以下の点で、地理学が果たす役割があると考える。

    (1) 地理学は生物・生態学では扱うのが困難な101m以上のスケールの現象を扱うことができる。
    (2) そのために、各種事業が実施される現実の地域において、その地域のサンゴ礁生態系の空間構造の把握と評価、事業による影響の空間的分析を行うことが可能となる。
    (3) このスケールで見ることによって、生物群集系のみならず、その基盤となる物理環境系(海水流動、堆積物移動等)を含め、生態系に内在する関係性をむ総合的に把握、分析することが可能となる。
    (4) さらにこのスケールでは、海域のみならず、陸域(集水域)を含む系の議論が可能となる。
    (5) それらの作業を行う上で、地理学的手法、すなわち地図、GIS、画像解析が極めて有効である。
    (6) それらの手法は、生態系の現状や変化の予測について、市民やマスメディアなどと共有する手法としてもきわめて有効である。
  • 淺野 敏久, 飯田 知彦
    セッションID: 421
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     広島県内で,ブッポウソウとカンムリウミスズメの保護活動支援を目的として,野鳥観察を中心としたエコツアーを行っている。本報告では,この活動が定着し,地元住民の利益を生み出しながら,保護活動を継続的に行うための課題を検討する。具体的には,これに関連して実施した2種類のアンケート調査結果に基づき,ツアーの意義や内容についての評価や,需要の有無,想定される客層などを明らかにし,今後の課題を論じたい。  対象とする見学ツアーは,三次市作木地区でのブッポウソウ見学と,呉市倉橋島沖でのカンムリウミスズメ見学である。共発表者の飯田は,20年余にわたり,ブッポウソウの生態調査と巣箱かけなどの保護活動を行ってきた。これまで,その活動費用を基本的に自弁してきたが,ブッポウソウの広島県内での生息数が回復してきたこともあり,ブッポウソウへの理解を広く知らせることや,保護活動への理解・協力を広げるために,エコツーリズムの展開を模索することとした。そこで,2008年に広島大学総合科学研究科の研究・教育プログラムの活動の一環として,モニターツアーを行った。2009年には,瀬戸内海での生息が近年確認されたカンムリウミスズメの見学もメニューに加えた,参加者を一般に募集するツアーを実施することになった。  ツアー実際にあたり,前年度に引き続き,関連した調査を行うこととした。1つは,広島市民を対象としたWEBアンケート調査で,もう1つはツアー参加者を対象としたアンケート調査である。調査結果の要点を示すと,広島市民WEB調査からは,鳥の知名度の低さにもかかわらず,1/4程度の回答者がツアーへの関心を示すとともに,野鳥保護や環境教育の効果を認めていることなどが明らかになった。ツアー参加者調査からは,参加者が,いわゆるマニア層を中心とすることを確認するとともに,ツアーの評価が,一般向けアンケートで重視される以上に,対象とした鳥を見られたかどうかに左右されることがわかった。また,活動支援金の許容額は1,000~3,000円程度で,2008年度以来の4種の調査においてあまり変わらない。  見学ツアーの今後の展開として,鳥の知名度が低い一方,野鳥愛好家には魅力を感じさせ,実際に鳥を見ることの満足度が高いことから,まずは野鳥愛好家層をターゲットとして参加者を募り,その人脈を期待して,集客を増やしていくことが無難と考えられる。その際,集客圏を広島県内のような狭い範囲ではなく,京阪神や首都圏など,野鳥観察や写真撮影のために全国を回る趣味人が多く住む地域を想定すべきである。  ただし,ツアーのプログラムや実施方法等について検討すべき点は多い。第一に解説や案内の充実は,最優先事項である。現状の参加者評価は高いが,鳥が見られなかった場合などに,解説・案内の果たす役割が大きい。解説を聞くだけでも満足できる「学び」のツアーを意識することが大切である。その際,野鳥の解説だけではなく,保護活動についての解説や,保護活動を実体験することへのニーズがあるので,活動に参加する人,活動をサポートしてくれる人を獲得する場として,ツアーを設計することも考えられる。また,野鳥観察以外のプログラムを充実することも課題である。現状では,オプション部分が未熟なことは否めない。地域との関わりあるメニューをいかに創り出すかが,観察会を行っている地域の保護活動や観察ツアーへの前向きな姿勢を引き出す上で不可欠である。  当面は愛好家層を意識する展開でよいと思われるが,どこかでより一般的な参加者が集まるようにすることが望まれる。また,地域との関わり強化も課題で,野鳥が地域で保護されるためには,保護活動に関わる人を増やさなければならず,地域住民が解説者や案内者を担うことも期待される。そのためには,保護活動が地域にとって利益になるしくみを生み出すことが必要である。
  • 元木 理寿, 萩原 豪
    セッションID: 501
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
    水と生活における人との距離が遠くなっていると言われて久しい。地域の水環境おいては、上・下水道が、さらには灌漑用排水路などが整備されたことで、地域住民でさえも本来の水と地域とのかかわりについての理解が少なくなってきている。とりわけ、水が生活や生産の様式を制約する地域では、上水道の普及や生活様式の変化により、住民の水環境に対する認識が変化してみていると考えられる。
    本研究では、鹿児島県沖永良部島を対象として、島内の水環境と水利用の現状を明らかにし、島民の水環境に対する認識について考察することとした。

    2.研究対象地域
    鹿児島県沖永良部島は、鹿児島市から南に約540km離れたところに位置する。島全体は隆起珊瑚礁で生成され、石灰岩で覆われている。島内には河川は少ないものの、湧水の数は多く、また石灰岩と基盤との間に地下河川(暗川)が形成されている。
    和泊町と知名町の2つの自治体から成り、人口約14,071人(2009年10月現在)と、奄美群島では奄美大島、徳之島に続き、人口規模3番目の島である。沖永良部島ではテッポウユリ(えらぶゆり)の球根栽培が盛んであったが、近年では菊やグラジオラス、フリージアなどの切り花栽培が主要産業となっている。このほか、サトウキビやじゃがいも、たばこなどの農業や、エラブ牛などの畜産業が行われている。

    3.水環境および水利用の変化
    隆起珊瑚礁の島である沖永良部島では、水は生活に関わる重要な問題であった。現在は上水道が整備されているので、生活用水はほぼ水道水を用いているが、かつては湧水や暗川と呼ばれる地下河川から汲み上げたものを使っていた。
    上水道ついては、1950年代後半より生活用水の安定供給が進められ、1990年代には水道普及率は99%を越えるまでとなった。沖永良部に位置する和泊町、知名町においても、近年生活形態が従前の農漁村形態から都市型へ移行しつつある。また、核家族化も進み、給水量は増加傾向を示している。
    沖永良部島にある暗川や湧水群などでは、「平成の名水百選」に選ばれた知名町瀬利覚字のジッキョヌホーのように現在でも利用されている場所がある一方、灌漑用水のための地下水揚水による湧水の枯渇、花卉栽培や畜産業に伴う水質悪化、あるいは湧水の放棄など整備や管理が行き届いていない実態が見られた。

    4.飲料水に対する認識の変化
    1)沖永良部島の水道水は、かつてはそのまま飲水せずに、沸かす、あるいは貯めておいてから少し時間をおいた後に飲水してきた。未だこれらの方法をとっている住民も多い。一方、1990年代以降日本全国において、飲料水を上水道ではなく購入による水に頼る例が多く聞かれるようになったが、沖永良部島においても、上水道を利用せずに、水を購入する機会が増えているとの声が聞かれた。
    2)知名町幼稚園では、保護者が園児に水筒を持たせて登園させおり、近年園児たちは、設置されている水道からは飲水していないことが認められた。また、水筒を忘れた場合、園児は水道水を飲水せず、教員から水道水以外の飲み物をもらっている。この水道水を忌避する行動は、小学校中学年あたりまで続くが、高学年以降は水道水を直接飲水するようになる。また、知名町の幼稚園では同様のケースが見られることが明らかになった。しかし、和泊町の幼稚園ではこのような実態は見られず、園児たちが水筒を持ち歩くのは通園途中の水分補給のためであり、幼稚園においては園児たちは水道水を直接飲水している。
    聞き取り調査において、(1)地下水が汚染されていることに対する水道水の忌避、(2)島内出身ではない住民は、水道水を飲む習慣自体がなく、島外の習慣を持ち込んだことによるものであること、(3)水道水がおいしくない、石灰分を多く含んでいる、などがその原因として考えられるが、知名町と和泊町と地域的差異については今後の課題としたい。

    5.おわりに 
    沖永良部島の島民にとって地域の水環境や水利用については元来、生活に密接した問題であった。また、豊富な地下水脈と湧水群、そして暗川などは地域の文化的資産であったが、上水道敷設に伴う水利用の変化や地下水汚染などよって、水に対する意識が薄れ始めていると考えられる。
  • 川村 壮, 橋本 雄一
    セッションID: 502
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    _I_ 目的と方法
     本研究は,寒冷地に多く分布する軟弱地盤である泥炭地が開発されてきた歴史を持つ札幌市を対象とし,都市部における地質と土地利用の相関関係を明らかにし,都市開発における問題点を検討することを目的とする.
     本研究で用いる地質情報に関しては,札幌地盤図(2006)を参考に,札幌市の地質を盛土,泥炭,粘土,シルト,砂,砂礫,粘土混じり砂礫,岩盤,火山灰質砂,火山灰の10種類に分類し,電子化された地質図を作成する.
     土地利用情報に関しては,2000年及び2007年の都市計画基礎調査を用いて,建物密度(延床面積/建物面積)及び高層化指数(2007年建物密度-2000年建物密度)を算出する.なお,土地利用の種類は専用住宅(戸建住宅等),共同住宅(マンション等),専門商業施設,店舗施設,都市運営施設,工場施設の6種類を抽出し,それぞれ延床指数(任意の建物用途の延床面積/地区面積)及びその変化(2007年延床指数-2000年延床指数)を算出する.
     以上のような地質情報と土地利用情報を空間的に結合させ,地質別の土地利用変化を明らかにする.最後に,この結果を用いて都市開発における問題点を検討する.
    _II_ 札幌市の地質
     札幌市における代表的な軟弱地盤である泥炭地は主に豊平川の氾濫原である北東部に分布しており,地盤の不等沈下の影響が出ている地域もある.また,盛土は主に南東部に局所的に分布しているが,これは宅地造成等のために谷が埋め立てられた結果として形成されたものである.2003年の十勝沖地震の際には,札幌市においても盛土の分布域の一部で液状化現象が発生している.
    _III_ 地質別の土地利用変化の関係
     地質情報と土地利用情報を空間的に結合させ,地質別の土地利用変化を分析した結果,建物密度と高層化指数は,いずれの年次においても砂礫や粘土の分布地域で高く,地質条件の良い中心部において建物の高層化・稠密化が進んでいると考えられる.しかし,高層化指数は泥炭と盛土でプラスの値を示しており,当該に地域において建物の高層化・緻密化が進行していることを表している.
     次に,建物用途別の延床面積と地質の関係をみると,専用商業施設,専用住宅施設,共同住宅施設は砂礫や粘土の分布地域に立地する割合が高いものの,いずれも泥炭で延床面積が増加している.特に専用住宅と共同住宅が大きく増加しているが,これは地質などの自然条件以外の経済的な理由が建物立地に大きく影響しているためであると考えられる.
    _IV_ 結論
     本研究は,寒冷地の都市内部における地質情報と土地利用情報とを統合して時空間分析を行い,両者の関係を明らかにした.その際,本研究は,寒冷地の特徴的な地質である泥炭に注目して分析を行った.
     その結果,泥炭が存在する地域には,専用住宅や都市運営施設が多く立地しているが,2000年以降には共同住宅の立地が進むといった動向がみられた.この結果には,近年札幌市においてマンション供給の飽和状態が指摘される中で,より安価なマンションの供給を行うため,土地取得の容易な地域での共同住宅開発が行われていることも影響していると考えられる.
     泥炭地における共同住宅開発は,住環境維持のためのコストの肥大化,地震をはじめとする自然災害に対する脆弱性の増大などが伴う可能性がある.こうしたコストやリスクの増大を防ぐためには,地質情報などの自然条件に関する情報と,土地利用に関する情報を統合的に管理し,両者の関係について継続してモニタリングしていく必要がある.
  • 東 善広
    セッションID: 503
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    明治時代から近年までの4時期の旧地形図ならびに1時期の航空写真についてGISデータ化を行い、水面面積変化を定量的に解析した結果、南湖に付属する内湖を除く北湖の本湖と内湖ならびに南湖本湖は、時代とともに水面面積は減少しており、北湖では近年までに本湖が約9.9km2の減少であったが、内湖は30.9km2とより大きく減少していた。一方、南湖では、本湖の減少が顕著で、その減少量は約9.5km2は北湖本湖の減少量に匹敵していた。また、近年までに陸化した水域と水深が浅い内湖の減少、入手可能な琵琶湖の水深分布から推定すると、水深2m以下の浅い水域は、明治時代の約23%に縮小したと考えられた。
  • 赤沢 正晃
    セッションID: 504
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. 研究の目的
     地理学の基礎資料となる地形図等に関わる「地理空間情報活用推進基本法」が2007年8月施行され、日本で公的に発行されるすべての地図はデジタル化されて供給されることになった。これに伴ってGIS・GPSの利用推進が積極的に行われている。しかし地図のデジタル化は国家事業として10年前に同じような施策において進められたが、その時は地方公共団体が動かなかったため、大縮尺の地図のデジタル化は進まなかった。今回の地図のデジタル化は測量・地図作製企業の技術業務を大幅に変化させる事柄であり、一企業の存続に大きく関わる問題である。企業のほとんどは小規模経営で、デジタル化に対応した新たな機材導入と、技術者養成のための資金的問題が内包されており、法律制定が行われても地図作製を担う多くの企業にデジタル化が浸透していないのが実状である。本研究の目的は、地図のデジタル化に本格的に取り組みかねている一企業の実状を捉え、GIS・GPSの利用を見越した今後の展望を行う。なお、小規模企業の経営にプラスの効果を及ぼすであろうGISソフトの比較および簡易GPSの精度と活用の有効性についても、実験を実施して検証する。
    2. 研究方法と目的
     GISは業務の効率を向上させるためのシステムであるが、通常のシステムと違い帳票データだけではなく地図データにリンクさせるため複雑なシステムである。導入する担当者に地図データの知識がないと、運用に支障が出るはずである。そこで本研究では運用における問題点を拾い出すところから始めた。同時にGISソフト・画像ソフト・地図編集ソフトの検証を行う。簡易GPSを国土地理院発行の1/25,000地形図の徒歩道で使用した際、さまざまな現象のデータを取得するに至った。この現象の原因を探るため平地の公園内の遊歩道で検証した。これらの得られた成果から大縮尺デジタル地図を効率よく作製するための小規模企業を取り巻く環境に恒常的になじめる技術的方法を見極め、小規模測量・地図作製企業の能力、つまりそこに所属する技術者数・保有機器・資本力で可能となり得るシステムに導くこととする。
    3.ツールの検証方法と分析の進め方
     3-1 GISソフトの検証と分析
     本研究ではデジタル地図の在り方自体を深く追求するものではなく、一般的なデジタル地図を扱い平均的な作業フローを仮定してそれに基づく検証と分析を行う。これらのGISソフトを使い業務を完工するために設備費用がどの程度必要であるかということから始め、最良の組み合わせを導く。
     3-2 簡易GPSの検証と分析
     簡易GPSはMSASSを受信することにより、DGPSで移動計測の精度が向上し、計測時刻と同じ電子基準点の成果による後処理解析により信頼性の高いデータが得られるまでに進化している。さらに今年秋に打ち上げが予定されている準天頂衛星が運用されると各メーカーがそれに対応し、さらなる精度の向上が期待される。また当初の構想の通り地上衛星が整備されると、ビルの谷間や地下空間においても使用可能なため利用範囲に隙間のない機器になり得ると考えられる。
     これまでの検証で1/2,500地図に使用可能と考えられるデータを取得しているが、安定性に不安があった。そこで公園の遊歩道において、移動観測を繰り返し行い平均的な傾向を探る。
  • 大邑 潤三, 土田 洋一, 植村 善博
    セッションID: 505
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I 研究目的
     北丹後地震は1927(昭和2)年3月7日(月)18時27分、京都府北西部の丹後半島を中心に発生したM7.3の地震である。震源の深さは極めて浅く、震央は旧中郡河邊村付近であると推測されている。丹後半島地域の被害が最も激しく、全体で死者2,925人、負傷者7,806人、住宅被害17,599戸であった。
    本地震では郷村地震断層近傍の峰山町で約97%、山田地震断層近傍の市場村で約94%という高い住宅倒壊(全壊)率を示しており、地震断層近傍の地域ほど住宅倒壊率が高い一般的傾向であると言える。
    しかしこれまで住宅倒壊率に関して小地域レベルでの詳細な検討がされてこなかった。そこで今回小地域レベル(大字)での分析を行った結果、一般的傾向にあてはまらない集落の存在が明らかとなった。本研究ではこれらの地域が一般的傾向に当てはまらない原因について、地震断層からの距離や地形・地盤などの観点から考察する。〈BR〉II 被害分析の結果  今回大字別の被害分析を行うにあたって『丹後地震誌』(永濱1929)の大字別被害統計を採用した。ここから各集落の住宅倒壊率の状況を示した地図と、地震断層からの距離と住宅倒壊率の関係を示した相関図などを作成した。これから総合的に判断して_丸1_地震断層辺遠で倒壊率の高い集落、_丸2_地震断層近傍で倒壊率の低い集落の2種類に分類し表1の通り抽出した。尚、山田断層周辺の集落に関しては比較・抽出が難しいので今回は割愛した。
    相関図による分析を行った結果、地震断層からの距離と住宅倒壊率との関係は全体的に一般的傾向を示しながらも、かなり散らばる形となった。また比較する集落数の違いはあるものの、郷村地震断層下盤側の被害率が高い傾向にある事も明らかとなった。  
    作成した地図から郷村地震断層の変位量と住宅倒壊率との関係を分析した。変位量の大きな郷村地震断層中部の被害率が高く、変位量が小さくなる南に移動するに従って被害率も低くなる傾向にあることを確認できた。
    次に、表1に示した郷村断層東側分類_丸1_の仲禅寺などの4集落は、いずれも島津村の集落である。中でも仲禅寺・島溝川直近には仲禅寺断層が走っており、住宅倒壊率が高い原因が活断層による地質・地盤構造の急激な変化にある可能性が考えられる。また同じく島津村の掛津・遊両集落は砂丘地形に立地している。西側_丸1_浜詰村浜詰は浜堤上、木津村上野は砂丘周辺に立地しており、砂質地盤が倒壊率に大きく影響していると考えられる。
    以上、地震断層辺遠で住宅倒壊率の高い集落は、いずれも地質・地盤状況に強く影響されていると考えられる。活断層の存在や地質・地盤状況が住宅倒壊率にどれほどの影響を与えたか、ボーリングデータなどからより詳細に分析する必要がある。またこれら特徴的な被害が発生した原因を地質・地盤のみに限定して求めることなく、盛土や建築物の構造など様々なレベルや視点から分析する必要性を感じる。
  • 植村 善博, 大邑 潤三, 土田 洋一
    セッションID: 506
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    研究目的 1927年の北丹後地震は郷村・山田両地表地震断層が共役的に出現し,変位地形や活動性から活断層の用語が日本で最初に使用され,地震断層沿いの集落で激甚な被害が発生したこと,などで注目される。地震学や活断層学的研究は進められてきたが,現状では被害分析,救援・救護、復興に関する研究は十分ではない(藤巻2000、追谷他2002など)。ここでは北丹後地震による竹野郡網野町網野区での被害発生の特徴と発生要因,および復興過程について調査し,新たにえられた結果を述べる。

    調査結果 1)福田川低地の西縁に郷村断層下岡セグメントが出現した。この地表地震断層は沖積低地内をN20W走向で断続的に現れ,記載された変位量は左ずれ55cm(1カ所),東側隆起60~90cm(3カ所)である。市街地はこの地表地震断層から直線距離で東へ650~950m隔たっている。 2)網野区は海岸に砂丘列が発達する福田川の沖積平野下流に位置する。市街地は三方を古砂丘や旧砂丘列に囲まれ,西側は低湿地に接しており,市街地は逆三角形状の概形をなす。地下地質は沖積基底砂礫層の上に約30mの完新層が堆積しており,中部泥層(N値=1~3)の層厚は20~25mに達する。市街地の大部分は上部砂層(中粒砂、N=5~10)と上部泥層(シルト、N=1以下~3)の上に位置している。
    3)網野区の被害状況は,人口2409人中死者199名,負傷者263名であり,全514戸中全壊477戸,全焼290戸であった(永濱1929)。約19カ所から出火し,市街地東半部を焼き尽くした。死亡率8.3%,全壊率92.8%,焼失率60.8%の値を示す。峰山町での死亡率(26%)全壊率(99%)と比較して前者が著しく低い原因は焼失が約6割にとどまり,住民が外へ逃げ出す余裕があったためと推定される。 4)網野区では区長森元吉らのリーダーシップを中心に独自の復旧・復興活動を進めることになる。翌8日に区の全7組長を招集し,被害を免れた森宅を区事務所として使用。10日に組長会を開き,区画整理と沈下地の埋め立を確認,11日までに組長が区画整理計画案もって住民間をまわり,ほぼ全員の承認をえた。5月24日には網野町第1耕地整理組合・震災復旧組合を設立。この間,地主や債権者の金融機関などの強い反対を粘り強い説得と毅然たる決意により乗り越えた。11月5日に網野区東部耕地整理組合(面積23町5反,組合員386名)が府の認可を受けた。1928年1月10日に着工,1929年10月30日工事完了した。整理後約4,100坪の減少となり,減歩率は8.1%である。工事経費の48,100円は,区補助12,000円,町助成金8,083円,その他組合員からの徴収分24,714円をあてた。 4)震災前の網野区は基準道路などは存在せず,無秩序・無計画な開発により発達してきた。耕地整理事業による都市プランは全38の方形ブロックを設定した。ただし、地形の制約から外周部は三角形など不整形なものが多い。典型的なブロックは100m×48~50mおよび80m×48~50mの区画をなし、これに24戸および20戸を割当て,全ての間口が通り面するように設定されている。本計画においては公園や緑地,シビックセンターなどは設置されなかった。
  • 増田 聡, 村山 良之
    セッションID: 507
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     ニュージーランドでは、1991年にそれまでの環境保全から都市計画におよぶ多数の法律を整理統合して資源管理法を制定した。広域自治体(Regional Council)による自然災害リスクの把握や対策の方向性を踏まえて、リスク管理のための土地利用規制(都市計画手法)を導入する権限は基礎自治体(City/ District Council)にある(防災型土地利用計画に関連する他の法制度を含めた体系は図1を参照)。
     しかしこのような対策の実施状況には大きな格差があり、水害や活断層対策を中心に積極的展開を進めている自治体もあれば、未着手の自治体もある。そこで2003年に資源管理法を管轄する環境省は、各種の自然災害の中からまず活断層破断(変位)を取り上げ、それによる直接的被災を回避・軽減する土地利用規制の全国的な導入・普及を目指して、国から基礎自治体に対する提案ともいうべき「活断層指針」を提案した。さらに2007年には対象ハザードを広げ、ニュージーランド核地質研究所(GNS)による「斜面災害指針」(本稿ではLandslideを斜面災害と訳す;以下では単に指針)が提案されるに至った。その主要部について以下で検討する。

    2.斜面災害のリスク管理方策としての土地利用規制
     指針では、ニュージーランド(及びオーストラリア)におけるリスク管理の標準的手順を定めたAS/NZS Risk Management Standard 4360 (2004)に従い、土地利用計画的視点から斜面災害対策を行うに際して、図2のような手順を提示している。

    3.対話的規制手法としての資源同意
     ニュージーランドの計画制度特有の資源同意(自治体と業者の同意を原則とする建築・開発許可制度)では、建設や開発行為を、同意の必要がない許可済み行為から、条件が満たされれば同意しなければならない管理行為、基礎的自治体に裁量が残された裁量下行為、原則不許可の行為、全く許可できない禁止行為まで類型がある。本指針でも、より高いリスク(発生しやすくかつ影響・被害が大きい)に対してより規制的・制限的な行為類型を対応させることを、活断層指針と同様に提案している。ただし活断層指針とは異なり、斜面災害では工学的減災対策の効果が一定程度期待できるため(費用対効果の検証が前提)、極めて活動度の高い断層近傍で特に重要な建物の新設を抑制するまでの対応は求めないという指針になっている。

    4.おわりに
     ニュージーランドの斜面災害指針は、活断層指針の実績をふまえて対象ハザードを拡大したものである。指針の提示からまだ時間が短いこともあって、現在のところそれを適用した自治体は(ほとんど)ないようである。指針の作成にも加わった自治体プランナー(計画担当官)へのインタビューによると、土砂災害のリスク分析・リスク評価にあたっては地域固有の条件が大きく、また住民との円滑なコミュニケーションのためには自治体独自でかつ明瞭な基準設定が必要であろうという意見であった。
     日本においも、土砂法での事前対策的な土地利用規制の制度化がなされており、両制度の運用状況に対する比較検討が重要となろう。

      リスク分析
    1) 想定される斜面災害と発生箇所の特定
    2) 斜面災害ハザードの特性把握:災害類型・規模・発生機構等、地区内での発生頻度(→定量化・年超過確率)
    3) 斜面災害の被害像の把握:被害対象(人・資産)、建物構造・利用用途(→類型化・建物重要度分類)
    4) 宅地造成・開発時のリスク推定:人工地形改変、ハザード×被害

      リスク評価
    5) 宅地造成・開発時のリスク評価:他のハザードとの比較考量、リスクの許容度(受容可能性)、代替的措置の可能性

      リスク管理
    6) リスクへの対応:回避・減災対策、規制的計画手法/非規制的手法、建物によるリスク削減
    7) モニタリングとレビュー:管理策の成果達成度、新たな情報の収集、都市計画の更新

    図2.リスク・ベースの計画アプローチ
  • 齋藤 仁, 中山 大地, 泉 岳樹, 松山 洋
    セッションID: 508
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1 はじめに

    我が国では降水に起因する斜面崩壊が毎年発生しており,斜面崩壊の発生と降水量の関係を解析する研究が多く行われてきた. Saito et al. (2010, SOLA: Scientific Online Letters on the Atmosphere) では,日本列島において斜面崩壊が発生した降水イベントの平均雨量強度,降水継続時間,土壌雨量指数(SWI,岡田ほか,2001,天気)を解析し,斜面崩壊を発生させた降水イベントが短時間強雨(SH)型と長時間少雨(LL)型に定量的に分類出来ることを示した. ここで,一雨に着目して降水イベントの特徴と斜面崩壊の発生との関係を知ることは,土砂災害対策に応用可能であると言える.
    そこで本研究では,SH型とLL型の降水イベントの特徴に基づき,日本列島において斜面崩壊を発生させる降水イベントの,リアルタイムモニタリングシステム(プロトタイプ)の構築とその検証を目的とした.

    2 システムの概要と特徴

    本システムでは,(財)気象業務支援センターから解析 雨量とSWI を受信し,このデータをリアルタイムで処 理することで,現在の降水イベントをSH 型とLL 型に分 類する.対象とするのは,日本列島全域(5km メッシュ) である.具体的に,毎正時の解析雨量から降水継続時間 (h)を算出する.ここでは,24 h の無降水継続時間で区 切られる降水イベントを一連の降雨とした.また,毎正時 のSWI は,同一箇所における過去10 年のSWI の最大 値で基準化(NSWI)して用いる.
    そして,新たな降水イベントに対して,ある時刻におけ る降水継続時間とNSWI との関係が,SH 型とLL 型の どちらに分類されるのかを判別分析により判定する.SH 型は短時間の強い雨によりNSWI が低い状態から急上 昇する特徴を持ち,LL 型は断続的な長時間の降水により NSWI が緩やかに上昇した状態でその後の強い雨により 斜面崩壊が発生しやすい状況となる特徴を持つ(図1).

    3 システムの検証と結果

    本システム運用中の2010 年7 月3 日に,鹿児島県霧島 市,宮城県都城市において斜面崩壊災害(国土交通省砂 防部,http://www.mlit.go.jp/river/sabo/,2010.07.19) が発生した.両市においては,2 日夜から3 日未明にかけ て梅雨前線による激しい雨があり,とくに午前5~6 時頃 に斜面崩壊やそれによる土砂災害が発生した. この2 件について,一連の降雨の開始から斜面崩壊の 発生までのNSWI の時系列変化を図1 に示す.図1 よ り,今回の降水イベントは,それぞれLL 型の特徴を持っ ている.本システムにおいても,当時正しく分類するこ とができていた.とくに午前5 時には,霧島市,都城市周 辺のメッシュでNSWI が1 を超えており,今回の一連 の降雨は過去10 年で最も斜面崩壊が発生しやすい状況で あった(図省略).より多くの事例で検証が必要ではある が,本研究の成果は土砂災害対策に貢献できると考える.

    4 謝辞

    本研究は,日本学術振興会特別研究員奨励費(No. 20- 6594),および(財)河川環境管理財団の河川整備基金助 成事業により実施した.
  • 竹内 裕希子, ショウ ラジブ
    セッションID: 509
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    2009年8月に発生した台風8号(MORAKOT/モーラコット)は、台湾南部・高雄県甲仙郷小林村が村ごと土砂によって埋没するなど、台湾全土で死者・行方不明者が600名を超える災害となった。台湾は島国であり、その内陸部の多くは山岳地域である。台北などの都心部も含めて、多くの地域が斜面を有しており、台風等による豪雨災害、土砂災害への対応は必須である。現在台湾では、テレビによる災害情報の伝達やハザードマップの作成、災害直後の住宅危険判断指標など、日本の防災技術を取り入れた対策が一部で進められている。

    2.リスクコミュニケーションの必要性
    自然災害の防止は、ハード対策とソフト対策が併用されて成り立つ。ソフト対策の充実には、住民・地域・行政間において、平常時に防災に関する情報の共有と理解、信頼関係の構築、防災における役割分担等のリスクマネジメントが重要である。このリスクマネジメントを支える方法の一つがリスクコミュニケーションである。リスクコミュニケーションは、個人・集団・組織間のリスクに関する情報と意見の相互的な交換過程であり、リスクコミュニケーションの効果に影響を与える要因は、送り手・受け手・メッセージ内容・媒体の4つに集約することができる(吉川,1999)。
    リスク情報(リスクメッセージ)の一つとしてハザードマップがある。日本においては、その認知と利用に関して多くの研究が行われており(例えば、竹内2005)、その提示方法や利用方法、配布方法等に問題点を提示している。しかし、2009年に兵庫県佐用町で発生した災害後の調査結果からもこれらの問題点が改善されているとはいえず、ハザードマップに記載される内容を理解する防災教育の場の設定や、地域に見合った行動計画を立案する過程がリスクマネジメンに求められている。

    3.調査概要
    調査対象地域である台湾中部・雲林県・嘉義県では、2009年台風8号災害にて死者・行方不明者40名、多数の家屋破壊、道路破壊が発生した。また2008年にも大規模な土砂災害が発生しており、雲林県・嘉義県の土石流危険地域では、試験的に土砂災害ハザードマップの作成・公開を行っている。 著者らは2009年並びに2010年に雲林県並びに嘉義県内の4つのコミュニティ208世帯を対象としたアンケート調査を実施し、168世帯より回答を得た。アンケート項目は、住民の災害情報の理解と受け取り手段、災害前・後の行動、今後の防災対策、地域における信頼性に関するものであり、これらの結果から、リスク情報の提示方法とリスク情報を活用するための防災教育、またリスクコミュニケーションを行う利害関係者(ステークホルダー)の抽出とその関係性について明らかにした。
    本発表では、アンケート調査結果と該当地域におけるリスクコミュニケーションの実施概要について報告する。
  • 高橋 誠, 田中 重好
    セッションID: 510
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    津波は、その特性上、発生頻度が極めて低いにもかかわらず、甚大な被害を及ぼす傾向にある。過去に多くの津波被害を経験し、世界有数の津波頻発地帯にある日本においてさえ、ひとつの地域における大規模な津波発生頻度は100~150年に1度程度であり、それは人の一生の長さを優に超えている。そのため、個人レベルでは、津波の被災体験は世代を超えて残りにくく、このことが津波に関するローカルノレッジの形成を阻害してきた。それゆえ日本の津波常襲地においては、石碑や口承のようなかたちで、被災経験を集合的記憶として地域の空間や社会の中に埋め込もうとしてきた。そういった集合的営為は、低頻度災害に備える地域社会のメカニズムとして理解することが可能である。とはいえ、科学的知識に乏しい伝統的な社会では、往々にして、不完全な知識は理解不能なものとして知識体系の周辺部で神話化される傾向にある。毎年のように繰り返される災害の経験はそうした知識に修正を施す可能性があるが、津波のように発生間隔が長い災害の場合は、伝承記録が消失することも多く、経験の記録や記憶それ自体では体系的な知識の形成にはつながらず、行動規範を導くような準拠枠にはなりえないのである。少なくとも津波によるものでは史上最悪の被害をもたらした、2004年インド洋大津波に関しても同じことが言える。実際、アチェの位置するスマトラ島西岸では、最近の200年間だけを見ても津波を伴う地震が5回起こり(鎌滝・西村 2005)、直近の1907年の地震(M7.5)では、おそらく2~3メートルに達する津波が発生したと推定されている。規模の大小を問わなければ、その発生頻度は50~100年に1度程度である。しかしアチェでは、それらの津波に関する伝承が消えていたばかりではなく、津波を意味する現地語の「イブーナ」(Ie Beuna)という言葉(≒概念)ですら、多くの人々の記憶から忘れ去られていた。こうした現実に直面して、私たちは、現地の津波に関する災害文化を育成するために、この被災経験をテキスト化し、後世に伝えていくことが必要だと痛感した。それとともに、私たち自身、空間を隔てた追体験を通して、この世紀の大災害の被災経験から学ぶことがあるのではないだろうか。さらに被災者自身の言葉を単に記録するだけではなく、どのようにして、そこに学術的な観点から解釈を施し、地元社会に埋め戻すことができるだろうか。こうした問題意識のもとで、私たちは、インド洋大津波の最大被災地であるインドネシアのバンダアチェとその周辺地域において、20名の被災者(表1)に対して半構造化インタビューを行い、被災直前から被災後3・4年までの間の経験に関する語りを収集した(全文は、田中・高橋 2010に掲載)。その上で、_丸1_衝撃期から安全が確保できるまで、_丸2_安全が確保されたあと、_丸3_援助、_丸4_復興住宅、_丸5_被災後の地域の変化、_丸6_復興後の残された課題、_丸7_災害を受け入れる、_丸8_津波の災害文化という構成で被災経験の語りを整理しつつ、被災者にとってこの津波が持つ意味を読み解いた。また移動を伴う行動を地図上に描き、津波ハザードの持つ空間的特性との関係を考察した。ここでは、そのうちいくつかのクリティカルポイントを取り上げて、被災経験に関する語りのテキストを予察的に分析する。結論的に言えば、被災・緊急対応・復興の各フェーズにおいて、いわば「偶然」に左右された生命という状況が指摘される。物質的・精神的に「援助の上滑り」(田中 2007)が指摘される中で、災害文化の形成にとって鍵となる、今回の災害に関する被災者自身の理解についても議論する。
  • 海津 正倫, サルトハド ジュヌン, マルディアント ジャティ
    セッションID: 511
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    _I_ はじめに
    インドネシア共和国のバントル平野では2006年5月27日に発生したジョグジャカルタ地震によって,5000人以上の犠牲者を出し,家屋の倒壊なども多数発生した.また,この平野の北に位置するメラピ火山は歴史時代においても著しい爆発を繰り返し,顕著な火砕流を発生してきた.本研究では,このような背景を持つバントル平野の地形的特性と自然災害に対する脆弱性について検討する.
    _II_ 対象地域
    バントル (Bantul)平野はインドネシア共和国のジャワ島中部に位置する東西約20 km,南北約30 kmの平野で,平野北部にはジョグジャカルタ市の市街地が立地している.低地の西には安山岩類や安山岩質角礫岩・凝灰岩などからなる第三系Kebobutak層群によって構成される標高800~1000m程度の低い山地が分布し,その東に石灰岩・砂岩等からなるSentro層群によって構成される標高100~150m程度の高さを持つ丘陵状の地塊が認められる.平野の東には標高300~500 m程度のカルスト台地が広く分布し,平野の北部はメラピ火山の山麓に連続する.低地には北のメラピ火山(2968m)南麓を刻むいくつかの河谷を集めたOpak川とメラピ火山の東麓を流下する河川を集めたProgo川がそれぞれ南下してインド洋に注いでおり,Opak川の下流部では東部のカルスト台地から流下するOjo川が合流している.
    _III_ 地形の特色
    Bantul平野は平野の東と西を断層で境された地溝性の低地であるとされているが,西側の断層は確認されていない.これに対して,東の断層は低地の東に広がるカルスト台地との境に連続するOpak断層として認定されており,2006年5月27日のジョグジャカルタ地震を引き起こした活断層として知られている.
     低地の地形は北側のメラピ火山山麓に連続する火山山麓扇状地とその延長部の海岸平野から成り,平野北部のジョグジャカルタ付近で標高約100m,平野中央部のBantul付近で標高約50m,平野南部で10m以下となり,平野の北部ではメラピ火山山麓を流下する各河川の河谷が平野面を深さ10~20 m程度刻んで開析している.平野南部では南流する各河川沿いに自然堤防上の微高地が発達し,数多くの集落が立地している.また,平野南部のProgo川右岸側に広がる丘陵と海岸線の間の部分には標高数メートル以下の低平な土地が広がっており,Bantul平野の海岸部にはほぼ全域にわたって砂堤列が発達している.
    _IV_ 自然災害に関わる低地の地形・地質の特質
    Bantul平野の表層堆積物は大部分が火山噴出物の二次堆積物である凝灰質の砂質堆積物と粘土・シルト層との互層から成り,堆積物の対比は困難である.ただ,このような堆積物の特徴はこれまでのメラピ火山の下流に運ばれて堆積したものであると考えられ,また,1930年の大噴火の際には平野北部のジョグジャカルタにおいてmud rainがあったという報告がなされており(Voigt. B et al., 2000),粗粒・細粒の火山噴出物が繰り返し下流域に供給され,Bantul平野の地形を発達させてきたと考えられる.一方,2006年のジョグジャカルタ地震の際には平野東部のImogriを中心とする地域において多くの被害を出した.この地域の地質も基本的には凝灰質の砂質堆積物と粘土・シルト層との互層からなるが,とくに平野西部との違いは顕著ではない.むしろ,平野南部に泥質層が厚い地域が見られるがImogri付近はこの地域に比べても被害の大きさが顕著である.
    _V_ 考察
    平野北部における多くの開析谷は火山山麓からの物質の流下経路にあたり,現在多くの建物が立地している状況は極めて危険である.一方,ジョグジャカルタ地震の被害と地形・堆積物との関係は明瞭ではなく,被害の規模は震源からの距離が主要な要因となっていると考えられる. また,津波に関してはBantul平野の海岸部には顕著な砂堤列が発達するため,海岸域の大部分は津波の直撃を受けることがないが,河口付近では津波が河口から侵入し,河道内を遡上したことが確認されており,河口からの津波の侵入に対する注意が必要である.
  • 松田 倫明
    セッションID: 512
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1 はじめに
    雲仙普賢岳における1990-95年噴火以降,普賢岳から有明海へと注ぐ水無川流域の地形変化は,火砕流と土石流による地形変化と復興事業として行われた人為的な地形変化からなる.本研究では,1990-95年噴火終了以降における水無川流域の地形変化を経年的に明らかにし,噴火終了後約15年間に地形がどのように変化してきたのか検討した.

    2 研究方法
    国土地理院発行の25,000分の1旧版地形図および最新の地形図「島原」,「雲仙」を使用し,水系,河床地形の主題図を作成し,年ごとに比較を行った.使用する地形図の発行年は,噴火以前の1985年,噴火直後の1994年,水無川災害復旧事業が完了した1996年,そして最新の2001年である.

    3 結果・考察
    3-1 水系変化
    水系の変化では,1985-2001年にかけて水流路の本数が増加している.特に1996-2001年の5年間には,1次水流路の増加が顕著にみられた.水流路の発達は,雨水による地表面の侵食が進んでいることを表しているため,噴火の際に堆積した不安定な堆積物の掃流が起こり,5年間という短期間であっても地形変化が大きかったと考えられる.
    3-2 河床地形の変化
    河床縦断面図による解析では,水無川流域を大きく4つの区間を分けることができた.すなわち,上流より変化がないA区間,経年的に堆積が進んだB区間,侵食と堆積を繰り返しているC区間,人為的に地形改変が行われているD区間である.B区間では,噴火後に標高700m地点から同300mにかけての,河床が上昇しており,火砕流堆積物の再移動による堆積が継続して行われていると考えられる.特に赤松谷が位置する標高700m付近から同300mでは,最大約50mの河床の上昇が見られた.1985-94年の河床の上昇では,赤松谷に流れ込んだ火砕流堆積物も侵食・運搬された土砂が堆積していると考えられる. 次に標高300~55mのC区間では,侵食と堆積が交互に繰り返されている.上流から運搬され堆積した土砂,は堆積したが不安定なため,侵食・運搬され下流への土砂の移動があると考えられる.最後に,55mから河口までのD区間では,人為的な地形変化が見られる.1994年には,土石流が有明海までに到達した.その影響で土石流堆積物が海岸線の位置まで堆積して河床面が上昇している.2001年の河床縦断面は,水無川復旧事業が完了し多くの砂防ダム・導流堤が築かれたため,河床勾配も安定を示すと考えられる.

    4 おわりに
    雲仙普賢岳の1990‐95年噴火による水無川流域の地形変化をみることができた.水無川の流域は赤松谷付近と河口を中心とした地形の変化が顕著にみられた.1994年までには,赤松谷の標高700~300mにかけて大量の土砂の堆積が見られた,標高が高くなり河床の勾配も増すため,侵食量も増し流路の発達が顕著にみられた.今後も経年的に流路の発達は見られるだろうが,火砕流堆積物や侵食された土砂は,噴火が終息したために生産される量が少なる.そのため既存の土砂が運搬され,下流に掃流されるために,現在,堆積している堆積物は,下流へ移動すると考えられる.土石流と流路の発達の関係については,不明瞭な点が残り,今後の課題となった.
  • 小元 久仁夫, 中村 俊夫, 森 和紀, 田中 邦一, 松田 重雄, 大八木 英夫, 安谷屋 昭, 久貝 弥嗣, 新城 宗史
    セッションID: 513
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. 研究目的
     宮古島の南東、東平安名岬西方の宮渡崎太陽泉(通称:ティダガー)に発達する石灰華段(小元 2010)の形成年代を明らかにするため、その構成物質、湧水および隣接するビーチロックに含まれていた貝化石を採取し、β線計測法およびAMS法により14C年代測定を行ったので、その結果について報告する。

    2. 研究方法
     野外調査により石灰華段の分布範囲を確認し、その特徴を調査した。精密地形図を作成するためレーザーレベルやトータルステーションによる基準点測量と地上型3Dレーザースキャナーによるデジタル写真測量を行った。年代測定用の試料を採取し、日本大学においてβ線法、名古屋大学においてAMS法で14C年代測定を行 いCALIB 09 (Reimer et al 2009) により歴年代を求めた。また石灰華段を涵養している湧水および海水について、pH・RpH、電気伝導度の測定、ならびに主要無機成分の水質分析を行った。

    3.考察および結果
    (1) 石灰華段は海抜約30mの海成段丘崖下の斜面上、海抜約5mから低潮位までの間に幅約30m、長さ約100mにわたり発達している。石灰華段は長径1.8mから数cmまで様々な形態を呈する。またその段差は5mmから約1mまであり、総数は300枚以上である。
    (2) 湧水の14C年代が約200年前を示したことから、琉球石灰岩層の影響が示唆された。湧水の化学成分分析結果は、湧水が琉球石灰岩層を通過した際の影響を示している。
    (3) 石灰華段堆積物のrim stoneから採取した試料は、奇妙なことに現在地上で生育している植物とほぼ同じ14C濃度を示した。一方簡易ボーリング・コア最下部(20cm~40cm下方で基盤岩直上)から採取した試料の年代はβ線測定法とAMS法で測定値に大きな開きがみられた。詳細な検討結果については当日発表する。

    参考文献
    小元久仁夫. 2010. 宮古島で観察された石灰華段、津波石および膠結海浜砂層の特徴. 日本大学文理学部自然科学研究所「研究紀要」, 45: 83-94.
    Reimaer PJほか. 2009. IntCal09 and Marine 09 Radiocarbon age calibration curves, 0-50,000 years cal BP. Radiocarbon , 51(4):1111-1150.

  • 林崎 涼, 白井 正明
    セッションID: 514
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    はじめに
     海岸での砂の運搬過程についての研究は,従来は着色砂や放射性物質をトレーサーとして,また砂に含まれる鉱物や粒度などを用いて行われてきた.他に,地形変化や波の観測などからも研究が行われている.本研究では新たな指標として,砂に含まれている長石の光ルミネッセンス(OSL)強度を利用した露光率(白井ほか,2008)という概念を用いて,新潟県の海岸における砂の運搬過程を明らかにしていく.

    露光率とは
     長石や石英は地中など光から遮断された状態で,自然界の放射線を浴びることによって,鉱物内にエネルギーを蓄える.鉱物は露光することによってOSLを生じ,蓄えられたエネルギーは発光により消費される.海岸の砂中に存在する長石や石英は,長距離運搬されるほど露光する機会が多くなり,エネルギーを蓄えていない(露光した)粒子が多くなると考えられる.従って,露光している粒子の割合を表す露光率によって,砂粒子の運搬過程を求めることが出来ると考えられる.

    調査・分析
     新潟市の砂浜の汀線付近で2009年9月に試料を採取した.試料は深さ5cm砂を掘り込み,塩ビパイプを差し込む事により採取し,暗室内でオレンジ光源下(波長600±50nm)において処理を行う.粒径300~500μmの長石粒子を選別し,測定用のステンレスディスクに1個ずつ接着した.OSL強度の測定は,デンマークRisø研究所製TL/OSL-DA-20自動測定装置を用いた.長石のOSL強度を測定し,その粒子が採取時に露光・未露光であったかを判別する.1ヶ所のサンプルに含まれる露光した長石の割合を露光率と定義する(白井ほか,2008).

    結果・考察
     阿賀野川(Loc.2,3)と大河津分水路(Loc.10,11)の河口の試料では,露光率の傾向に違いがある.阿賀野川河口では河道内と河口砂州の海側での露光率に大きな違いは見られないが,大河津分水路河口では海側の露光率が20%ほど小さい.増水時には信濃川の水量の大部分は大河津分水路に流されるため,大河津分水路河口部には増水時の砂が堆積している.増水時に運搬される砂は未露光の粒子を多く取り込んでいると考えられている(白井ほか,2008).大河津分水路河口の海岸部(Loc.10)で露光率が低くなっているのは,河口部での最近の侵食によって洪水堆積物が混入しているためであると考えられる.このことは,調査時に平成16年7月新潟・福島豪雨の産物と思われる洪水堆積物が浜崖に露出していたことからも支持される.
     広域的な露光率の変化は,北へLoc.7まで,今回調査した範囲では南へLoc.13まで露光率は上昇していく傾向を示している.Loc.7からLoc.6にかけて露光率はほぼ同じであるが,やや低下している.本研究の露光率から,大河津分水路から運搬されている砂が砂浜で多く占めるのはLoc.7~Loc.6の間と考えた.先行研究で三野ほか(1963)では,砂の鉱物割合や粒度などから,Loc.6とLoc.7の中間地点付近で南西方向と北東方向の沿岸流の卓越方向が収束すると考察している.本研究の結果は,露光率が砂の運搬過程の新たな指標になることを示している.
     露光率を用いた砂の運搬過程の研究例は,今現在では遠州灘(白井,2008)と,本研究対象地域である新潟海岸部に限られている.今後,研究例を更に増やし,露光率による砂の運搬過程の解明を試みていく.また,露光率は従来の研究では把握しきれていない,海岸侵食によって運ばれた砂が,どこに運搬されていくかを把握する手段となり得ると期待される.海岸侵食が著しい場所を,よりローカルに多数の露光率を出すことによって,海岸で侵食された砂がどこに運搬されているのかを解明していきたい.


    謝辞
     本研究は東京大学工学部海岸・沿岸環境研究室所有のデンマークRisø研究所製TL/OSL-DA-20自動測定装置を使用させて頂いた.劉 海江博士には測定の補助を,佐藤愼教授には装置使用の便宜をはかって頂いた.記して深く謝意を表する.

    参考文献
    白井正明・塚本すみ子・近藤玲介2008.OSL強度より推定する現世河川堆積物中の長石粒子の露光状
     況と運搬―堆積過程.第四紀研究47:377-389.
    白井正明2008. 砂粒が発する光が語る,天竜川河口周辺での砂の旅.第3回東京大学の海研究【海と
     人類との新たな接点】概要集:36-39.
    三野与吉・町田 貞・荒巻 孚・山内秀夫1963.新潟海岸の海浜堆積物からみた沿岸流の卓越方向につ
     いて.東京教育大学地理学研究報告7: 1-22.
  • 笠原 天生, 鈴木 毅彦, 青木 かおり
    セッションID: 515
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    はじめに
     河川の上流山間部において河成段丘面下にみられる埋没谷のうち最も新しい埋没谷は,段丘面との対応関係などから,最終間氷期当時の河床であったと考えられることが多い.しかしながら,埋没谷地形の形成についての知見は河成段丘面のそれに比べると乏しく,段丘堆積物から埋没谷地形の形成史を復元できた例は多くはない.
     ところで,相模川上流山間部では,埋没谷を埋める堆積物中に見出されたテフラによって埋没谷の形成史が復元されている(相模原市地形・地質調査会 1986,など).また,相模川上流山間部の支流においては,最終間氷期以降に二つの埋没谷が形成されたという指摘がある(米澤 1981,など).しかし,相模川上流山間部の本流においては,最終間氷期以降の二つの埋没谷の形成の有無について,研究によって見解に相違がある(相模原市地形・地質調査会 1986).
     本報告では,相模川支流の沢井川において見出された最終間氷期以降に形成された二つの埋没谷,および埋没谷堆積物中に挟在される御岳伊那テフラ(On-In:町田・新井 2003)についての新知見を報告する.

    沢井川の河成段丘と二つの埋没谷
     沢井川流域にみられる段丘面は,高位面,沢井I・II面,低位面に区分できる.なお,相模原市地形・地質調査会(1986)には,段丘面区分図が一部示されている.
     沢井I面構成層は層厚30-40 m程度の埋谷性堆積物で,中部に砂泥が卓越する特徴的な層相を示す.沢井I面構成層中にみられるテフラは,下位から順にOn-Pm1,K-Tz,沢井川テフラ(SWGT:笠原・鈴木 2010),On-Inである.したがって,沢井I面構成層は,相模川右岸側の支流に分布する葛原層(皆川 1969)に対比できる.沢井I面には層厚15 m程度のロームが載る.沢井II面構成層は層厚30-40 m程度の埋谷性堆積物で,粗大な亜円~亜角礫層を主体とする.沢井II面には層厚9 m程度のロームが載る.
     沢井I・II面構成層はともに埋谷性の堆積物であり,沢井II面構成層は,沢井I面構成層を切って形成された谷地形を埋積している.

    御岳伊那テフラ(On-In)についての新知見
     葛原層中において皆川(1969)が葛原第II軽石層として記載したテフラは,層序,火山ガラスの屈折率および主元素組成から,青木ほか(2008)のTephra 12に対比できる.葛原第II軽石層は御岳第II’ 軽石と対比され(町田ほか 1985),On-Inとよばれている.したがって,Tephra 12はOn-Inに対比できる.青木ほか(2008)によるOn-Inの年代は,MIS 5.3からMIS 5.2への移行期を示す92.9±6.3 kaである.On-Inは従来の記載より東の,給源から約400 km遠方の鹿島沖にまで分布していることが明らかになった.

    考察
     沢井I面下の埋没谷は最終間氷期のOn-Pm1(95.7±5.3 ka:青木ほか 2008)降下期以前までに形成されていた.沢井II面下の埋没谷の形成時期は,沢井I・II面の離水の間のある時期である.段丘面上のローム層厚などから推定すると,沢井I面は相模原市地形・地質調査会(1986)のIIIS面(MIS 4:相模川山間部),沢井II面は同じくIIIT面(MIS 3)にそれぞれ対比できる可能性がある.
     細粒物質卓越の段丘構成層(沢井I面構成層相当)を粗粒物質卓越の段丘構成層(沢井II面構成層相当)が切っているという関係は,相模川上流山間部の支流においては広く認められている(米澤 1981,など).なお,相模川本流における最終間氷期以降の二つの埋没谷の形成の有無は,未解決の問題として残されたままである.
     これまで,最終間氷期以降に形成された二つの埋没谷が認定された事例(たとえば甲府盆地の神宮川:平川・中村 1980)は少ない.河成段丘堆積物中の不整合は認定が難しいことや(特に礫層中),河川上流域の埋没谷地形の形成史を具体的に記載した研究があまり多くないことを考慮すると,埋没谷の存在の把握が不十分になってしまっている可能性がある.河川上流部における埋没谷の下刻‐埋積史は,過去の河況変化を復元するにあたって重要であろう.従来,最終間氷期以降に形成された埋没谷が一つしか認識されていないような地域において,埋没谷が二つ以上存在することはないのか,今後再検討する必要があると考えられる.
  • 佐藤 善輝, 石川 智, 塩見 良三, GO Arum, 海津 正倫, 鹿島 薫
    セッションID: 516
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I はじめに
     浜名湖は遠州灘沿岸に位置し,砂州・砂丘列によって遠州灘から隔てられている.浜名湖では湖底堆積物の解析から完新世に汽水~海水環境と淡水環境が繰り返されたことが明らかにされており,こうした環境変化は砂州が成長・決壊を繰り返したためと解釈されている(池谷ほか1990,森田ほか1998).浜名湖沿岸には様々な形やサイズの沖積低地が見られ,これらの沖積低地の環境変化は海面変動や砂州・砂丘列の地形変化,地殻変動などの影響を反映していると考えられる.これまでに浜名湖東岸では六間川低地の環境変遷が復原されているが(佐藤ほか2010),湖西岸の低地ではデータが得られていなかった.
    II 対象地域
     本研究では,浜名湖西岸の湖西市新所地区に位置する沖積低地においてハンドコアラーを用いた掘削調査を行い,コア試料を採取した.低地は更新世段丘面を開析する谷に形成された谷底低地で,幅約150 m,奥行き約750 mである.低地の谷口部には幅約20~30 m程度の小規模な砂州が1列形成されている.砂州より内陸側には微地形が形成されていない.
    III 堆積物の特徴
     掘削調査の結果,褐色の未分解植物片からなる泥炭層と灰~灰白色の泥層との互層が認められた.側方への連続性から,少なくとも3層の泥炭層(上位から順に,上位泥炭層・中位泥炭層・下位泥炭層と呼ぶ)が認められる.上位泥炭層は標高1~-0.5 m,下位泥炭層は標高-1~-2 m,中位泥炭層は標高-0.5~-1.5 mに分布する.上位泥炭層は1 m~1.5m程度の層厚を有し,層厚10~数10cm程度の中位および下位泥炭層よりも有意に厚い.中位泥炭層最上部の標高-1.2 mから採取された植物片(葉の一部)からは5000±35 yrBP(5900-5640 calBP,2σ)の14C年代測定値が得られた.標高-2 m以深では,泥層中の砂分の含有量が多くなり,貝化石を多く産出する.低地谷口部の標高0 m以深には,小礫混じりの中~粗砂からなる砂層が認められる.この砂層は少なくとも1m以上の層厚を有するが,下限は未確認である.
    IV 珪藻分析および電気伝導度測定結果
     採取したコア試料について珪藻分析用スライドを作成し,1000倍の倍率で検鏡した.また,堆積物混濁水の泥層電気伝導度を測定した.その結果,泥層からは汽水~海水棲種のCyclotella hakansoniaeCocconeis scutellumが優占して産出し,200 mS/m以上の電気伝導度測定値が得られた.一方,泥炭層では上位~下位のいずれでもAulacoseira granulataGomphonema属,Eunotia属などの淡水棲珪藻が優占した.
    V 考察
     泥層は細粒堆積物からなることや珪藻群集・電気伝導度測定値から,内湾で堆積した堆積物であると解釈される.泥炭層は珪藻群集から,淡水域の池沼や湿地において堆積したと解釈される.泥層と泥炭層の互層は汽水~海水環境と淡水環境とが繰り返したことを示唆する.中位泥炭層から得られた年代測定値から,5700 calBP頃に淡水環境から汽水~海水環境への変化が生じた.
     湖東岸では7000年前頃以降の砂州形成に伴い,湖水の塩分濃度が低下したことが認められている(佐藤ほか2010).下位および中位泥炭層は低地を塞ぐ砂州が5700 calBPよりも前に形成されていたことを示しており,湖東岸の事例と調和的な地形発達過程を示す.一方,5700 calB頃の海水環境の出現は今回初めて見出された.上位泥炭層の形成時期はまだ特定できていないが,湖東岸で報告されている3400 calBP頃の汽水~海水環境から淡水環境への変化に対比される可能性もある.この点については,さらに調査・分析を行って検討を加える必要がある.
    参考文献
    池谷仙之・和田秀樹・阿久津 浩・高橋 実1990.浜名湖の起源と地史的変遷. 地質学論集36: 129-150.
    森田英之・鹿島 薫・高安克己1998.湖底堆積物中の珪藻遺骸群集から復元された浜名湖・宍道湖の過去10,000年間の古環境変遷. LAGUNA 5: 47-53.
    佐藤善輝・藤原 治・小野映介・海津正倫2010.浜名湖南東岸の六間川低地における完新世後期の堆積環境変化,地球惑星科学連合2010年大会,HQR010-P25.
  • 船引 彩子, 斉藤 文紀, 春山 成子, Vu Van Phai, Nguyen Hieu
    セッションID: 517
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     ベトナム北部に位置する紅河デルタ平野の地形は自然堤防や旧河道の発達する西氾濫原,潮汐作用が卓越し完新世段丘や潮汐低地の見られる東氾濫原,波浪の影響を受ける南部の浜堤列平野の大きく3つに分類される.首都ハノイを含む西氾濫原は完新世の最大海進時における海岸線の内陸限界付近で,現在では紅河や支流の堆積作用で複雑な河成地形が発達している. これらの河成地形は主に以下の三つに分類される.(1)西氾濫原の西端を流れるダイ川に沿う自然堤防と旧河道群は,紅河との分流地点から大きく蛇行し,いくつものポイントバーを形成して,中流部にむかって蛇行帯を収束させていく.(2) 紅河本川に沿う蛇行帯はハノイ付近で幅10kmにも及ぶ巨大な自然堤防を流路に並行させ,浜堤列地域にまで長く発達している.ダイ川と紅河本川の自然堤防は標高7−10m,堤内地との比高差は5−7mに及ぶ.(3)両河川に挟まれた氾濫原に形成された,クレバススプレイなどの破堤地形や小規模な自然堤防と旧河道および後背湿地は標高約2-5m程度である(船引ほか,2006).
     本研究では既往研究で得られた空中写真判読結果に加え,河床縦断面形を描き,SRTMのDEMデータを用いて自然堤防の体積を計算した.さらに現地調査で得られた年代試料の測定結果を用いて,これらの自然堤防がいつどのように形成されたのかを明らかにすることを目的とした.

    2.河床縦断面形と自然堤防の体積について
     ダイ川と紅河本川の河川縦断面形を作成したところ,ダイ川は紅河の10分の1程度の流量しかないにもかかわらず,紅河よりも河床が高く傾斜も緩やかであることが分かった.これはダイ川が紅河に比べてかつて流量が多かった時期があり,巨大な自然堤防を形成していたことを示す.ダイ川沿いの自然堤防は現在では土砂供給量がほとんどないために,段丘化が進んでいる.

    3.年代測定結果について
     自然堤防帯とその周辺から採取した試料の放射性炭素年代測定の結果,これらの自然堤防帯の大部分は完新世中期までに形成されており,約5000年前以降はその表層に2-3m 程度しか堆積していないことが分かった.ダイ川流域から西氾濫原一帯には約5000年前の新石器時代の遺跡や,約3000−2000年前の青銅器時代の遺跡が広く分布している.自然堤防から得られたサンプルの堆積曲線はこれらの遺跡の年代と標高にも一致しており,自然堤防の発達が人々の生活に密接にかかわっていたことを示している.
     紅河デルタではデルタ部分の堆積量から約2000年前以降に土砂供給量が激増したことが指摘されているが(Tanabe et al., 2006),そのほとんどは氾濫原の河成地形ではなく,沿岸部のデルタ地域を前進させているものと考えられる.

    引用・参考文献
    船引彩子・春山成子・Vu Van Phai(2006)紅河デルタ平野・西氾濫原の河川地形-旧河道の分布を中心に-.日本地理学会要旨集,69,235.
    Tanabe, S., Saito, Y., Vu, Q.L., Hanebuth, T.J.J., Ngo, Q.L. (2006) Holocene evolution of the Song Hong (Red River) delta system, northern Vietnam. Sedimentary Geology, 187, 29–61.
  • 松多 信尚, 太田 陽子, 安藤 雅孝, 原口 強, 西川 由香, Switzer Adam, LIN Cheng-Horng
    セッションID: 518
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     台湾はユーラシアプレートとフィリピン海プレート上のルソン弧の衝突によって形成されている.その衝突速度は82mm/yr程度で衝突しており,多くの活断層やプレート境界が存在する.特に東海岸に大津波を起こす可能性のある給源としては,琉球トレンチと沖合の海底活断層が考えられる.もしそこで地震が発生すれば,東海岸の海底地形は急に浅くなることから,大きな津波が来襲すると考えられる.台湾の歴史津波記録は少ない.東海岸の詳細な記録があるのは日本統治時代以降である.その中には東海岸に大きな津波の襲来した記録はなく,チリ地震などでも津波が台湾に押し寄せたことは無かったため,台湾では東海岸には津波が来ないと信じる人が多い.
     しかし,台湾の東海岸は無人だったわけでなく,阿美族と言われる原住民族が主にすんでいた.彼らの伝承の中には”津波”を思わせる伝承も少なくない.その例の中に,阿美族の創世神話の一つがある.
     これは通りすがりの旅人の神がそこに住んでいた神の一家を懲らしめるために海の神に頼んで大波を起こすという話である.その中で海の神が旅人の神に「今日から五日後,月が丸くなった夜に海ががたんがたんと鳴るでしょう.その時あなた方は星のある山をめがけて逃げなさい」と言い,いよいよその日,旅人の神は星の輝く山に向け逃げ,山頂に着いた頃海はにわかに鳴り始め大波はみるみる高まって,そこに住んでいた神の一家を押し流す.しかし,大波に襲われた一家はかろうじて助かる.それを不満に感じた旅の神は再度海の神に頼むと,海の神は再度大波を起こす.とある.これは,まさに津波が押し寄せたと考えられる.南西の島に住むタオ族の伝説にも津波を思わせる言い伝えがある.この神話も突然大波が押し寄せたという.このように東海岸には津波が押し寄せたと思われる伝承が点在する.
     最近の津波の記録と思われる話が成功という町に存在する.これは昭和12年に印刷された安倍明義著「台湾地名研究」にある.その中の新港(現在の成功)の説明には「この地名は大正九年にマラウラウを新港に改めた.」とあり,「8,90年前に畑地が津波に洗われて草木が皆枯死したために,その有様をラウラウといい地名とした」とある.8,90年前とは,経験者が生存している可能性もあり,確かな出来事と思われる.これは,1840-50年頃と思われる.我々はこの言い伝えを頼りに成功で津波堆積物を探す調査を実施した.
     成功には5段の完新世段丘が分布する.川沿いの_I_面と_II_面は,厚い堆積物が見られる.これは,氷期でできた谷を埋めた堆積物と考えられる.一方東側に見られる海成の面と川沿いの_III_面の堆積物は厚くなく,基盤を確認することが出来る.
     阿美族の集落は高位の段丘の上にあり,成功の地名の由来になった津波が阿美族の集落に被害が及んだ報告はない.したがって,最高位段丘まで遡上したことはないと考えられる.一方,_IV_,_V_面のみに津波が遡上したのであれば,その範囲は限られており,地名の変更を行うほどのインパクトがあったとは考えがたい.したがって,我々は_III_面まで津波が遡上したと考えて,掘削調査を行うことにした.
     成功の町の中心部が位置する_III_面は_II_面によって川の陰になっており,堆積物は河成の礫質ではなく,海の影響が強い砂質で構成されると予想された.この_III_面の範囲は日本統治時代以前は湿地であり,日本人が段丘崖の基部に排水溝を掘ることで利用できる土地となったという.この話からこの範囲には湿地性の堆積物が予想された.
     我々はまずハンドオーガーによって予備調査を新港中学校の西南の地点で行った.その結果,peatに挟まれた海の貝を含む砂が見られた.我々はこの砂の下位のpeatの年代を測定し,上部が1810-1570 Cal Yrs B.P.,下位が3070-2860 Cal Yrs .B.P.という値が得られたため,同地点を中心にジオスライサー調査を行った.その結果,陸生のカタツムリの殻が見られるpeat質な地層の間に厚さ50cm程度の二枚の海生の貝を含む砂層を確認し,砂層の間の地層から2340-2150 Cal yrs B.P.,下位の層から2990-2790 Cal yrs B.P.の年代を得た.これらの年代には,すでに海水準は安定しているため,海水準が上昇することはない.また,この地は7-15m/kyr程度の速度で隆起している.したがって,砂層堆積時の標高はかなり低かったと考えられ,離水した地域にイベント的に海水が入り込んだことは事実だが,津波と断定するのは難しい.しかし,我々は砂層が上方に細粒化することなどから,津波の可能性が高いと考えており,珪藻分析などを行う予定である.
       調査の目的であった最近の津波の確実な証拠は認められなかった.
  • 金 幸隆, 島崎 邦彦, 千葉 崇, 石辺 岳男, 松岡 裕美, 岡村 眞, 都司 嘉宣, 佐竹 健治
    セッションID: 519
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     相模湾を震源とする関東地震は,大正関東地震と元禄地震が良く知られている.しかし,元禄地震の一つ前の地震の発生履歴は明らかにされていない.三浦半島の南端の小網代湾では,湾奥にデルタ性干潟(幅約50 m,長さ約200 m)が形成されている.関東地震の発生時期および再来間隔を明らかにするために,小網代湾の干潟において中潮位海面から幅10cm,長さ3mのジオスライサーによる掘削調査を20地点で実施し,堆積構造,粒度,珪藻および年代測定を行った.
    2.イベント堆積物の特徴  採取された堆積物は,おもに溺れ谷を埋める内湾性の泥質砂層(内湾堆積物)と同層を覆う厚さ40cmの干潟の泥質砂層(干潟堆積物)から構成されるが,河口に近い掘削地点では河成の砂礫層からなる.ほぼ全ての掘削地点の深度50~60cm,105~130cm,180~220cmの3層位に貝片,砂,礫の粗粒物質から構成される層厚50cm以下の砂礫層(イベント堆積物)が認められた.泥質砂層に狭在するこれら粗粒物質からなる層を上から下にT1,T2およびT3堆積物とする.内湾堆積物に挟まれる淘汰の悪い砂礫層を横方向に追跡すると,厚さや層相が大きく変化している.堆積物が潮汐や小河川の影響を強くうける陸域近傍やデルタフロントでは急激に薄くなり,陸域の河成砂礫層の中からはT1,T2,T3の砂礫層は認められない.
     T1,T2およびT3の砂礫層には,内湾堆積物に含まれる砂や細礫および貝殻片と同じ堆積物を多量に含むとともに,泥底に由来する偽礫が認められた.また周辺基盤に由来する第三系の泥岩礫や岩礁破砕岩に付着したヤッコカンザシが認められ,異地性の貝化石種であるサザエも含まれていた.砂礫層の上部と最下部の粒度は細かく,中間部では粗い.中間部の砂礫層における貝殻片や礫の並びに基づくと,巻き上げ・巻き込みの混濁状態での堆積構造が明瞭であり,また平行ラミナの発達する砂礫層も認められた.平行ラミナは一方向の強い流れ,また混濁状態の堆積構造は乱泥流の先端で生じるようなローリングの流れを示していると考えられる.さらには砂礫層は,下位の内湾性の泥質砂層を削り込んでおり,侵食面が認められる.侵食面の形状タイプは判明しないが,砂礫層の形成時に掃流力の強い水流が浅海底で発生したことを示唆し,これらT1,T2およびT3堆積物は内湾極浅海に生じた大規模なイベントによる堆積物である.
    3.関東地震の津波イベントの推定
     イベント堆積物の起源を明らかにするために,粒度分析および珪藻分析を実施した.粒度分析は,模式点に関しては干潟から内湾の泥底堆積物をメッシュファイ0.0~4.5の9段階に,また海側から陸側に向かう測線上の掘削地点のうち5地点のコアについてシルト,細粒砂,中粒砂および粗粒砂以上の4段階に篩い分けし,それぞれ乾燥重量の比によって粒度(平均値,中央値,淘汰度,歪度,尖度)を求めた.模式地点のサンプル間隔は2cmであるが,詳細観察を要するところでは最大1 cmまで間隔を狭めた.イベント堆積物T1~T3では,それぞれ粗粒物質の量が増え,粒度曲線ではスパイク状のピークとなって現れる.泥質砂層では,上方に細粒化し,シルトや細粒砂が増え,中粒砂や粗粒砂が減る.泥質砂層の粒度をイベント堆積物の直上と直下で比較すると,イベント堆積物の直上に堆積する泥質砂層の粒度は直下の層よりも急激に粗くなる.これらのことは,イベント後に運搬媒質のエネルギーが大きくなり,イベントの間では徐々にエネルギーが低下したことを示唆している.すなわち,イベント後に地盤が相対的に隆起し,掘削地点と河口の距離が縮まった可能性がある. 珪藻分析では,T2とT3の間の層準よりも上位の層から珪藻殻が認められた.珪藻殻の量は,イベント層の中では極めて少なく,イベント後に堆積した泥質砂層の中で増加する.泥質砂層では,上方に向かって海生浮遊性種が増加している.また,最後のイベントT1後に堆積した干潟層では淡水性種が現れる. 粒径分布PSDと珪藻分布は,油壺験潮場は,1923年大正関東地震の相対的隆起(隆起量:約1.4 m)と地震前および地震後の地震間沈降(沈降速度:約3.05 mm/yr)を記録している.関東地震後の沈降量は干潟堆積物の厚さに相当しており,大正関東地震によって小網代湾の干潟は拡大したものと推定される.潮位変化イベント堆積物を境界に上下の層で堆積環境の突発的かつ急激な変化がみられる. 粒度や珪藻は,相対的海面変動を反映していると考えられる.もしこの仮定が正しいとしたならば,イベントT1,T2およびT3層は三浦半島に突発的な隆起をもたらす関東地震に伴って発生した津波イベントによってもたらされたと判断される.
  • 中田 高, 後藤 秀昭, 渡辺 満久, 鈴木 康弘, 隈元 崇, 徳山 英一, 佐竹 健治, 加藤 幸弘, 西澤 あずさ, 泉 紀明, 伊藤 ...
    セッションID: 520
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     発表者らは,近い将来大地震が発生すると予測されている南海トラフ沿いの活断層の分布とその特徴を明らかにするために,変動地形学的研究を行っている.このために, 1986年以降に相模トラフから南海トラフいたる海域で,海上保安庁所有の測量船に搭載されたマルチナロービーム音響測深器によって取得された測深データをもとに作成した3秒(約90m)グリッドDEM(以下3秒DEM)をもとに,これまでにない詳細な海底地形画像を作成した.これらの画像は,これまでの250mグリッドDEMを用いた画像と比較して地形解像度に10倍程度の差が認められ,トラフ全域にわたる地形を詳細に把握することが可能となった.本発表では,新たに明らかになった南海トラフ沿いの地形とその特徴について概要を述べる.

    詳細DEM画像の作成
     海底地形の判読は,複数の画像処理ソフトを利用して海底画像の立体視用画像(ステレオペア画像やアナグリフ画像)を作成し,これを空中写真と同じように判読し効率的に地形解析を行った.具体的には, Macintosh用DEM解析ソフトSimple DEM Viewer®を用い,光源を2つの対称点(たとえば北西と南東)に置いたステレオペア画像をそれぞれ作成した後に,画像処理ソフトPhotoshop®で重ね合わせた.これによって,斜面の両側に影を付した地形が際立つ立体視用画像を作成した.また, Windows用DEM解析ソフトGlobal Mapper®を用いて地形断面図や3D画像を作成し,地形判読の資料として活用した.

    深海底のイメージを変える新知見
     このようにして明らかにされた地形は,これまでの深海底のイメーのジを変えるものであった.すなわち,深さ2000mを超える海底では,混濁流が流下する海底谷や斜面崩壊が発生する陸棚斜面やトラフ陸側斜面など急傾斜を除いては,一般に堆積作業が卓越すると考えられているが,南海トラフに沿った海底では,深海平坦面を除けば,面的な浸食作用によって形成されと考えられる地形が広域的に認められることが明らかになった.
     逆断層の上盤側では広い範囲で背斜状の高まりが浸食され,硬軟の地層が背斜構造を反映する組織地形を形成していることが読み取れる.海底谷が背斜構造を深く浸食する場所では,谷底を横切って小規模なケスタ状の地形が発達するのが認められる.また,分岐断層が形成した比高約500mの断層崖には大規模な崩壊が認められる.
     断層運動などに伴って形成された撓曲崖などの緩やかな斜面では,馬蹄形をした滑落崖を伴う地すべりが認められる.傾斜が1度にも満たない未固結堆積物に覆われた緩やかな斜面でも大小の地すべり地形が認められ,広い範囲で面的な浸食作用が進行している.
     これらの浸食地形の成因として,巨大地震に伴う強震動によって急崖の大規模な崩壊や未固結堆積物の側方流動による地すべりが発生するとともに,断層変位によって傾斜の増した上盤側の隆起部では激しいゆれによって未固結堆積物が「灰神楽」状に巻き上げられ,硬軟の地層に差別的な浸食が起こったと考えられる.このような差別浸食地形は,南海トラフ陸側斜面で分岐断層上盤側の相対的隆起部に広く認められ,「成長する組織地形」と考えることができる.
     活断層については,これまで認定されてきた断層の連続性や活動度などについて,より詳細な検討が可能となった.また,これまで知られていなかった長大な横ずれ断層の発見など数多くの新知見を得た.既に報告のある海底火山,泥火山についてもさらに詳細な分布などを明らかにした.これらについては,別途報告する予定である.

    残された課題
     詳細海底地形画像によって,これまではあまり問題とされなかった数多くの閉塞凹地が発見された.その中には変動地形とは考え難いものが少なくなく,狭長で10km以上連続するものがあり浸食起源と考えられるが,その成因についてはさらに検討する必要がある.
    本発表は,海上保安庁と広島大学などが共同で行っている平成19-22年度科学研究費補助金(基盤研究(B)((研究代表者:中田 高)の成果の一部である.
  • 渡邉 佳奈絵
    セッションID: 601
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I はじめに
     景観とは,人間の環境知覚によって特定の意味を付与された場所のことである.ここでは地域の景観を知る手がかりとして,地域の伝承の変化を読み解くことを提案したい.なぜならば地域の伝説や昔話は長年にわたって住民の環境知覚を反映し続けているため景観研究において有効だと考えられるためである.
     本研究では,ある地域を研究する手がかりとして苧環型蛇聟入(おだまきがたへびむこいり)伝承を取り上げた.蛇聟入伝承は,蛇聟と人間との婚姻譚であり,三輪山伝説のような神話,英雄の出生を語る伝説,節句の儀礼の由来としての昔話のようにそれぞれの形をとって存在している.その理由として佐々木(2007)は,特に苧環型の蛇聟入伝承が,地域の豪族によって自らの支配の正当性を主張するために用いられ,戦国時代に豪族が没落するにつれて神話の聖性を失い,昔話へ変化したためであると主張している.
     本研究では,佐々木の考え方を参照しつつ,苧環型蛇聟入伝承が語られる地域の伝承の変化と景観との関係について考察を加えるものである.研究対象地域の苧環型蛇聟入伝承は昭和から平成にかけて急速に変化を遂げており,戦国時代の権力者の没落という文脈では捉えきれないと考えられる.

    II 対象地域と調査の概要
     研究対象伝承として,福島県いわき市好間町の好間川に伝わる蛇岸淵という伝説を取りあげた.好間川は昔から暴れ川として周辺の地域に飢饉などの甚大な被害を及ぼしている.しかし現在では,昭和10年から20年頃行われた河川改修工事によって洪水被害は起こらなくなっている.さらにこの工事によって蛇岸淵そのものが消滅しており,1988年には蛇岸淵のすぐ近くを常磐自動車道が通るようになった.
     実際の調査は蛇岸淵伝承の掲載された民話集,伝説集を収集し,年代ごとに傾向をまとめた.また蛇岸淵周辺の住民12人,地域の伝承を編纂した委員会の方,伝説に登場する家と寺院の方に聞き取り調査を行った.

    III 結果・考察
     好間川の河川改修工事が行われた昭和10年から20年に採集された伝承と蛇岸淵周辺の住民への聞き取り調査,また昭和10年に蛇岸淵で行われた法要の記録から,河川改修工事が行われる前には蛇岸淵の蛇には好間川の流れを支配する神としての信仰があったと考えられる.民話集の発行年が河川改修工事以後の昭和50年以降になるとそれまでの伝承に加えて,蛇が好間川の流れと関係しない伝承が存在するようになる.さらに平成14年に好間町で結成されたよしま民話集編纂委員会による『よしまの民話と伝説』の中には,蛇が人を攫う,食べるなど,かつては神として崇められていた蛇が妖怪化した描写が見受けられる.
     さらに,好間町では民話集に記されたものとは別に,蛇岸淵の周辺だけで語られている話が現存している.聞き取り調査によると,蛇岸淵のすぐ近くのある家は好間川が氾濫してもなぜか水が上がらなかった.その家の女性とその子どもの顔のつくりが普通とは違っていたため,蛇と結婚して子どもをもうけたのだろうという噂があったという.さらに,この話に登場する家は常磐自動車道建設の際移転したものの現在でもまだ存在している.この際,この家を移転させるために補助金が支払われたことについて,当時周囲の人々の間では,さぞ儲かっただろうという噂が流通していたともいう.これらのことから,蛇岸淵周辺では洪水の被害に遭わない奇妙なこの家に対し,あまり良い印象が持たれておらず,同家が洪水に際して自分たちよりも得をし,自分たちの富を奪う家,という住民の意識が生成されるようになったことが伺われる.
     こうして好間川河川改修以後の好間町では,住民の持つ景観の違いに対応して伝承が変化してきたと考えられる.すなわち,蛇岸淵から遠い場所に住む人々は,河川改修工事によって,神の棲み処としての好間川と洪水の被害を受けない奇妙な家,という「ふたつの景観」を失ったことにより,伝承を続けていくための創作が必要になった.対して,蛇岸淵の近くに住む人々は,現在もかつて伝説のモデルとなった家の場所を認知しており,「洪水の被害を受けない奇妙な家」という「景観」が残像している.しかし,神の棲む川という景観が消滅し,蛇の聖性だけが失われたことにより,神と結婚したために洪水の被害を受けなかった家から,蛇と結婚し奇妙な顔の子どもを生んだ家,蛇を祀る家という伝承の変化が起こったものと考えられる.

    参考文献:佐々木高弘 2003.『民話の地理学』古今書院.
  • 小田 匡保
    セッションID: 602
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     発表者は小田(2003)で、都道府県別・宗グループ別檀家数のデータをもとに日本の地域分類図を作り、そこからさらに日本の仏教地域区分図を作成した。本発表は、これを都道府県レベルで行なおうという試みである。
     都道府県レベルの寺社分布については、たとえば永幡(1983)や竹村(2010)の研究があるが、地域区分まで行なっているのは松井(1993)論文「新潟県の宗教空間」である。松井は、『新潟県宗教法人名簿』(昭和61年版)を主な資料にして、新潟県の宗教分布を分析している。すなわち、仏教系宗教法人(寺院)、神道系宗教法人(神社)それぞれの宗派別・系統別構成比に基づき、県内の市町村を類型化し、天理教教会・布教所の市町村別人口比の結果も合わせて、最終的に新潟県を6つの「宗教空間」に区分している。
     松井の研究は、仏教・神道・天理教を総合して新潟県を宗教面で地域区分しようという意欲的な試みであるが、3宗教の地域分類を統合して最終的に6つに地域区分するプロセスが不明である。また、そもそも3宗教の地域分類を統合する意義も考えてみる必要がある。仏教・神道それぞれで地域区分した結果を提示するほうが、よりシンプルで分かりやすいのではなかろうか。
     以上のような予察のもと、本発表では、松井の行なった研究を参考に、新潟県の寺社分布から仏教・神道それぞれの地域区分図を作成することを目的とする。資料は、松井の使用した昭和61年版『新潟県宗教法人名簿』の閲覧が困難であったため、国立国会図書館で閲覧可能であった昭和51年版を利用する。
     結果は、大会時に報告する。
  • 目崎 茂和
    セッションID: 603
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    倭人や古代日本人は、どんな国土・地理観を描き、その地名を古代から付けてきたのか。 その分析には、日本神話『古事記』『日本書紀』の国生み神話による、地理の命名法の論理が、第一歩である。 それは國・嶋(洲)などの地名ばかりか、神名、氏姓部名も同様であったはずだ。 本研究では、とくに国生み神話の「大八嶋國」などの「筑紫嶋」(九州島の古代名)の神話地名の地理構造を、風水構造究明したい。
  • 川本 博之
    セッションID: 604
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    本研究は検証確認できる多くの実在関係の提示と相互関係性の存在発見の指摘である、日本史に重要事物位置に古代国家により永代続く作為により国家的価値観とした位置性に拘る関係性が巨大古墳から現代皇室施設にある。建築学会他で「神社鎮座法の実証的検証研究」として21題発表他している。沖ノ島、宮島、大三島の神島三島が同緯度で、宗像大社沖津宮と厳島神社の祭神が同じに作為を思い全国四千社の神社位置探究から始め、国土地理院の世界測地系変更から有名有力古社約350社と名山に研究対象を限定し、多段階を経て富士山を第一基点山に真西の大山を第二基点山とした国土の名山、宮等と相互関係性で、出雲と富士山と熊野の三角構成の間中に近畿地方を中心性とし、淡路島のイザナギを祀る伊弉諾神宮とイザナギの姫神で皇祖神アマテラスの伊勢神宮を東西関係にし真中に古代国家大和朝廷発祥地の飛鳥がある。各基点地域間の名山名社等に組や対での作為的関係が様々あり、古代国家が成しただろう一元管理的で神社と帝都、官寺が一体の国家的価値観の原理のある位置性を神社鎮座関係と名称化した。富士山と大山の間中に飛鳥、藤原京、平城京、平安京と主要三都は北上し、他京も論証できる関係は古代に信じ難く常識外の高精度方位関係で、多学界の既成観を覆す内容を認識し、数千を超える多数の明確で意図的な関係に多様な神社実態との対応と、構成的な関係が事例毎にあり、記紀や風土記、神社由緒等を含む文献対応を確認し、検証研究から関係性を確信する。古代国家創生と関係した歴史事物間の位置性は、記紀等を逆検証できる自明の事実で、学界の事物と整合しない推論を駆逐する明確な史実の物証である。本論は三都や三天下城(安土城は俗称の天下城)の位置関係が、富士山、大山、出雲、熊野、房総、大和の特に基点性の高い有名霊山、有名神体山の名山や高社格、有名有力古社との明確な関係の存在を提示している。学界は三都や一部の神社や城などに風水の四神相応説で論じ、特に平安京については四神相応説が定説化している。だが、論拠の風水の古典は本家中国でも明代以降にしかなく、学界が唱える中国風水と違うと云う日本風水の古典はない。後代の帝都と関係のない「作庭記」などが典拠とされるが文献記事に付会した説で、そもそも明確な具体的関係がないが多くの学界で様々論じられ通説となっている。神社に関しても、土着的な山などの自然信仰から祖霊信仰などが習合し神社神道になったとする通説がある。独立峯や主峰でない支尾根が何故選択され信仰対象になるのか、自然信仰から記紀の人格神を祀る祭神が変更になる事等を論証せず、国が編纂した記紀を神典とし、記紀神を祀り、国が社格を付け神名帳に記し管理し、国が幣を与え、国司が参る存在が高社格社であるが、国の強い関与性や本宮別宮摂末社等の多様な神社実態が解明されていない。神社神道の自然信仰発祥発展説と多様な神社実態とは多くが整合しないが、学界はその解決を希求せず、神の事、神代の事は不明が当然とした不合理な推論を国家国民に供してきた。歴史学、国文学、民俗学、宗教学、歴史学の下位の建築史学等が認め看過してきた二つの通説に明確な根拠がなく事実と整合しないが学界権威故か既成観である。明らかな不合理を関連学界の全てが認めた状態で疑問を思わない不思議がある。帝都も神社も記紀に書かれた事物で、記紀の神々を祀る神社、宮等には推論では導出できない多くの作為的事実関係がある。古代に国土形状を把握し構想し実現された関係は、古代国家大和朝廷の飛鳥が計画首都である事を示す明確な神社鎮座関係がある。本研究の指摘関係は自明の事実で作為的関係で偶然でない史実である。
  • 米家 志乃布
    セッションID: 605
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    本報告では、モスクワ・サンクトペテルブルク・イルクーツクでの史料調査をもとに、シベリア・ロシア極東における植民都市の建設の状況、各都市を対象とした都市地図を概観し、シベリア・ロシア極東における20世紀前半の近代都市地図の特徴について考察することを目的とする。  モスクワのロシア国立図書館(РГБ)の地図室には、ロシア各地の地図が地域別に分類されており、最近のものまで各種揃っている。そこで、1900年代前半を中心に、当該期において東シベリアの中心都市であったイルクーツク、ロシア極東の主要な植民都市であるウラジオストク・ハバロフスク・ブラゴベシチェンスクで出版された地図を、地図室内の目録で検索して閲覧・撮影した。また、サンクトペテルブルクのロシア国民図書館(РНБ)の地図室においても地図を閲覧した。ここではモスクワと同様の地図が複数確認された。しかし、地図の撮影は許されておらず、閲覧のみであった。イルクーツク大学付属学術図書館も地図の撮影は禁止、閲覧のみであった。帝政時代におけるイルクーツクの都市計画図や都市図など多くの地図資料の所蔵が確認できた。 地図の発行主体は、帝政期においては「市参事会」の発行であるケースが多かった。つまり、都市行政を担う役割の組織が、都市地図も発行していた。しかし、実際の測量、土地の区画設定や各土地の価格などの実質の土地管理は軍が行っていたと思われる。 都市地図内部に軍事区域が描かれている場合と描かいていない場合があるものの、特に極東の3都市(ウラジオストク、ハバロフスク、ブラゴベシチェンスク)をみる場合、ロシアにとって「東方を征服する」ための軍事拠点であることが地図作製のコンテクストを考えるうえで重要である。軍の外部に公表しても構わない情報のみ、印刷地図として発行され、一般の市民(移民など)に公表されていたと推測できる。1922年の日本軍のシベリア撤退以後は、ソ連政府の管轄のもとで都市の復興を行う必要からも、さまざまな整備が急速に行われたことが予想できる。そのなかで、都市地図が一般向けに作製され、発行されたのであろう。 1920年代頃の作製である都市地図は、いずれも地図の周囲に広告が掲載されていることに特徴がある。しかし、帝政末期のように、軍事施設の記載や中心部をとりまく周囲の開発地域の記載はなくなり、その部分を覆い隠すように各種広告が存在することが特徴である。 東シベリア総督府があったイルクーツクは、極東の3都市に比べて、20世紀初頭においてはすでに都市内部のさまざまな施設の建設がすすんでいた植民都市であり、同時期の極東の都市地図に比べると、都市地図としても大型であり、中心部の周囲にある建設・開発可能地域の情報が詳細である。しかし、基本的には都市地図の作成状況は極東と同様である。 ロシアで作製された大縮尺の地域図を考えるうえでは常に描かれていない情報、隠されている情報を推測する必要がある。地図史研究でいう「沈黙」の論理を考えていくことが重要であろう。帝政末期~ソ連初期における各地域の軍事施設に関する情報は、軍事史文書館など別機関での史料調査を今後の課題としたい。
  • 板倉 悠里子
    セッションID: 606
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I はじめに
     文学作品を扱った地理学的研究は,作品のジャンルや分析の視点において多岐に渡っている.その中で,複数の作家の作品群を使用した場所のイメージ研究では,文学作品の記述のみを分析の対象としたものが多く,作品に多大な影響を与えると想定される作家の経験はほとんど対象とされてこなかった.また,作家の経験を元にしたイメージの研究では,特定の作家のみが扱われ,複数の作家において,場所の経験の違いによるイメージの差違は明らかにされてこなかった.
     そこで本研究では京都を舞台とした文学作品を事例に,作品を書いた作家の場所の経験,特に京都での居住経験により,文学作品に出現する場所の分布や出現数,出現した場所の傾向,その場所に対して付与されたイメージに差異があるのかを明らかにする.また,作品全体において京都のどのような部分が認識されているのかを明らかにし,作品の舞台としての「京都」の特性を考察する.

    II 研究方法
     研究対象地域は京都府京都市とし,研究の対象となる作品は,京都を舞台にした文学作品を紹介している書籍から,主に近現代(明治~昭和)の文学作品を抽出し決定した.それらの作品中に現れた場所とそのイメージを表す語の抽出を行い,場所の出現数や分布状況から,出現した場所の傾向,イメージを表す語の構成に関して特徴を分析した.その際,分析の視点として作家の京都での居住経験を主な視点とし,作家を類型I:京都で生まれ育つ,類型II:京都に一時的に住む,類型III:京都に住んだことはない,という3類型に分け分析を行った.また,作品を総合して京都のどのような部分が作品中に現れたのか,その分布の特徴や出現した場所の傾向から作品の舞台としての京都の特性を考察した.

    III 結果・考察
     場所の出現数に関しては作家類型による差違が見られなかった.場所の分布状況に関しては作者の場所の経験による特徴も見られるが,同時に作品の内容に依るところも大きく,居住経験による明確な差違はないと考えられる.場所の表記の仕方や出現した場所に関して,類型Iの作家は通り名での表記が多く,観光地ではない場所を出現させる傾向がある.対して類型IIIの作家は地点名での表記が多く,観光地を多く出現させる傾向がある.類型IIの作家は類型Iと類型IIIの中間的な特徴を有している.
     場所のイメージに関しては,類型Iでは場所のイメージが地物で構成されていることが多く,その場所がどのような雰囲気か,その場所をどのように感じたかということがあまり含まれない.それに比べ,類型IIIではその場所の雰囲気や,場所に対して感じたことでイメージが構成されている.類型IIではイメージを構成するものとして比較的地物が多いが,その場所の雰囲気や感想も含まれており,類型IとIIIの中間的な存在であると言える.
     以上のことから,場所の認識やイメージには,京都に対して「内部者」であるか「外部者」であるか,つまり京都をどのように経験しているかという違いが大きく影響していると考えられる.類型Iの作家は京都で生まれ育った「内部者」であり,彼らにとって周りにある風景は当然の物であるため,場所への意識は希薄となる.そのため,場所のイメージはその場所を認識するためのもの,すなわちその場所を構成する要素が主となる.一方で類型IIIの作家は京都に居住したことがない「外部者」であり,場所に対する意識は高い.そのため,場所のイメージは自身がその場所で実際に経験した感情が主となる.類型IIの作家は両者の中間的な存在であると言えるが,類型内で居住経験の仕方によって「内部者」よりの視点と「外部者」よりの視点に別れる.
     また,作品全体において,京都として意識されている場所は京都駅よりも北側,特に四条河原町を中心とした繁華街の地域や,嵐山に代表される観光地,寺社仏閣,そして山や川が多い.ここから,文学作品で表された京都の特性には、以下の3つがあげられる.(1)生活の場としてではなく観光や遊びのための場,すなわち「娯楽の場」としての特性.(2)「寺社仏閣の街」という特性.(3)「盆地地形」「河川」という地形的・自然的な特性.これらの特性は,京都に対して人々が持つイメージの形成にも大きく関わっていると考えられる.
  • 坂上 伸生, 渡邊 眞紀子, 野々山 弥
    セッションID: 701
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    【背景と目的】
     地球環境問題や生物多様性への関心の高まりがある一方で,子供たちの自然観察の機会は減り,理科離れが進む要因の一つとなっている。地球環境をめぐる様々な問題は複雑に絡み合っており,総合的かつ広い分野での効果的な取り組みが期待される。例えば土壌の劣化・汚染は砂漠化,食料問題,生物多様性に深く関係しているが,国内では土壌に対する理解・認識が諸外国に比べて低いことが指摘されており,日本土壌肥料学会の土壌教育委員会では,土壌の理解に向けた幅広い活動を展開している(福田,2006;平井,2007など)。しかしながら,土壌は学習指導要領での扱いがなされないことから,指導者たちにとっても自然観察や野外観察の学習プログラムに土壌を題材にした単元を組み込むことが難しい(福田,2010など)。今回,筆者らは,森林土壌から検出される菌核を用いた体験型展示イベントを企画する機会を得た。今後,より実践的なプログラムとして発展させていくため,その概要を報告する。
    【イベントの概要】
     菌核とは,外生菌根菌であるセノコッカム属が土壌中に形成する,直径0.2~4mm程度の黒色の休眠体である。冷温帯の森林土壌を中心に分布しており,滑らかな表面を持ち,完全な球状を示す場合も多い。特徴的な外観であるため,土壌を注意深く観察すれば,野外でも目視により容易に発見することができる。また,菌核内部は特徴的な中空構造を持っており,細胞壁に由来するセル構造は微生物の棲息空間となっている。今回は,菌核が多量に含まれる岐阜県御嶽山の土壌を使用した。
     ここで報告するイベントは,東京都科学技術週間特別行事の一環として日本科学未来館において2010年4月17日午前10時から午後5時まで実施された。会場には,菌根菌や菌核などについての子ども向けの解説文と図解に,専門的な解説文を併記したポスターを掲示した。また,『土の絵本』(日本土壌肥料学会編,農文協)など,一般向けの土壌解説書や土壌モノリスを展示した。参加は随時受け付け,次の1~5の手順で作業をさせた。1:一人ずつトレイに土壌(10g程度)を受け取り,ピンセットを用いて菌核をプラスチック製シャーレに採取;2:光学顕微鏡による観察;3:超音波洗浄;4:電子天秤(AUX220,島津製作所)による重さの秤量;5:デジタルマイクロスコープ(VHX-1000,Keyence)による菌核の外観,あるいはカッターにより切断した切断面の詳細な観察・撮影。最後に,予め作成しておいたテンプレートに菌核の顕微鏡画像を取り込み,観察者の名前,採取した菌核の数・重さの記録等を入力してオリジナル記念カードとして筆者らが印刷し,参加者に配布した。使用した試料は,作業終了後に全て回収した。
    【結果と考察】
     幼齢児童から高齢者に至る多数の来場者があり,約50名が菌核採取を行った。おおよその男女比は1:1で,参加者の多くは幼稚園児から小学校低学年児童であったが,中学生・高校生や学校教員も含まれた。また,高齢者が夢中になって菌核を探す例もみられた。参加者からは「菌核はどこにでもあるの?」・「家の庭にもあるの?」といった質問が寄せられ,“未知のもの”との出会いから,“フィールド空間”の認識へと発展させていく要素も含んでいた。
     本イベントは,これまでの土壌教育が試みているように,土壌の性質や機能を伝える性質のものではなかったが,未知の自然物を発見する喜びを体験し,高度な観察により天然物の構造と機能に対する好奇心を促すことができた。これをさらに実践的なプログラムとするための検証と改善を行っていくことで,理科教育・環境教育として,自然観察を柱とする科学体験の手法を提案していきたい。
    【引用文献】
    平井英明(2007)土を教える活動からわかったこと.Edaphologia,81,47-50
    福田 直(2010)土壌教育の課題と改善の試み.地理55 (3),22-30
    福田 直(2006)わが国における小学校・中学校・高等学校の土壌教育の現状と展望.日本土壌肥料学雑誌,77,597-605
  • 今井 幸彦, 權田 与志道
    セッションID: 702
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     日本は毎年水害を含む多くの自然災害に見舞われている。これに対して行政は、堤防の建設や河川改修などハード面での防災対策を優先的に進めてきた。しかしながら、近年頻発するゲリラ豪雨がこれまでの想定外の水害を引き起こすことや、税収の減少による防災対策費用の縮小などを見ても、今後の防災対策がハード対策だけでは不十分なことが明らかである。そこで行政は洪水危険個所の事前周知などを目的とした洪水ハザードマップの整備や、災害時の迅速かつ正確な情報提供などソフト面の対策にも力を入れるようになった。
    一方、学校教育においても防災教育を盛り込むよう学習指導要領の改訂がおこなわれた。しかしながら、災害をよく知り、その被害に遭わないために何を学んで行くべきかという、教育カリキュラムの整備が未だ不十分である。そこで本研究では、これまでの地理学的知識を活用しながら、主に水害を対象とした中学校地理的分野における防災教育カリキュラムの開発を試みた。

    2.防災教育の現状と問題に対する取り組み
     現在扱われている教科書の記載では、火山噴火、洪水など毎年日本各地で発生する様々な自然災害を紹介している。しかしながら、これら教材を見ても災害がなぜ起こるのか、身近な地域にどのような自然災害のリスクが存在し、どのように備える必要があるかなど、災害を身近な現象として捉え、体系的に考え学んでいく視点や方法は示されていない。そこで本研究では特に自然災害を身近な地域の問題として捉えるために、地域においてどのような災害が過去に起こり、なぜ発生するのか知ること、又自然災害に対して地域がどのように取り組んできたのか学ぶこと、更に今後どうしていくべきか考えさせることを重視した。作成したカリキュラムはフィールドワークを含めた形で授業実践し、生徒の理解度を考慮し、実際の授業体系に如何に組み込んでいけるか検討した。カリキュラムは、中学校学習指導要領解説(社会編)の「身近な地域の調査」(文部科学省,2008)の授業として実践を行った。

    3.防災教育カリキュラムの実践
     授業の実践は長野市立広徳中学校で実施した。実践校周辺は犀川の扇状地と千曲川の旧河道、氾濫平野、自然堤防が分布する長野盆地南東部であり、学区域は長野市の洪水ハザードマップが示す浸水想定区域と重なる。また学区に隣接する松代地区では、昭和56、57、58年に水害が発生しており、現在も水害に備えて基礎上げした家屋が見られる。又古くから水屋を備える家や、水神信仰なども存在する地域である。実践した授業構成の概要は以下の通りである。
    ・水害と地形の関わり
    ・地形図の読み方
    ・身近な地域と水害の関わりを知ろう(地形、現在の建物、歴史的遺構の3 つの観点からフィールドワークを行う。)
    ・過去の水害を学び、今後の水害を考える
    ・水害の種類を学ぶ(上流・中流・下流の被害の特徴)
    詳細は当日発表する。
  • 岩本 廣美, 河合 保生, 戸井田 克己, 西岡 尚也, 吉水 裕也
    セッションID: 703
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    全国の中学校社会科教員を対象にアンケート調査による実態把握を行い、中学校社会科地理的分野の単元「身近な地域」の実践状況について具体的に明らかにすることを目的としている。
  • 田上 善夫
    セッションID: P801
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I 大規模な気温変化
     小春日和や寒の戻りなど季節外れの暖かさや寒さは、比較的広域に継続的に現れ、さらに局地的要因が加わって、地点により冬にも夏日となることさえある。こうした異常昇温や異常降温の発生には、大規模な暖気の北上や寒気の南下のもとでの、フェーンや冷気湖のような局地的現象の影響が考えられる。
     この時ならぬ暖かさや寒さは、異常に大きな平年偏差として示されるが、平年値として日最高気温や日最低気温、あるいは日平均気温が用いられることが多い。これらによる場合、日単位以下の変化は明らかでなく、また極値の起時は異なるため、総観気候学的解析に適合しないことがある。ここではとくに局地的要因の影響解明のために、時別値の平年値にもとづいての解析を試みる。

    II 時別の平年偏差
     気温資料には気象庁のアメダスを基本とし、また日本列島付近の総観気候場の解析には京大生存圏研のMSMデータを用いる。平年値としてアメダスの場合、現在は1979-2000年の平均が用いられている。ここでは対象期間を、アメダス再統計の1996年から2004年とし、この9年間の平均を求めて仮に「平年値」として用いることにする。この期間中の観測で、非正常値が1回以下のアメダス801地点を対象とする。なお2月29日は除き、対象時刻は78,840(9×365×24)である。

    III 異常昇温・降温の出現
     地点ごとに平年偏差が、異常昇温は+10℃以上、異常降温は-10℃未満として、期間中の出現数を集計する。異常昇温の出現の多い地点は、北海道東部、三陸、北信越、山陰などに分布する(図1)。また異常降温の出現の多い地点は、北海道東部、東北から中部の内陸部、中国と九州の内陸部に分布する。この異常昇温の出現の多い地点は、日最高気温の平年偏差にもとづいてみた場合と類似するが、北海道東部でより顕著となっている。
     各時刻について気温平年偏差の全国平均値を求め、+5℃以上を広域異常昇温、-5℃未満を広域異常降温とする。広域異常昇温の出現の延べ時間数は、1998年、2002年、2004年にとくに多い。また広域異常降温は1996年、2001年、2002年にとくに多い。
     月別に集計すると、両者の出現は寒候期に多く、暖候期には少ないが、およそ春と秋に集中する(図2)。ただし両者の出現には差異があり、9月から3月には広域異常昇温の出現がより多く、4月から8月のみ、広域異常降温の出現がより多くなる。またとくに2月には広域異常降温の出現が圧倒的に多く、とくに4月には広域異常降温の出現が多くなっている。
     なお広域異常昇温の出現がとくに多かった1998年4月や,また広域異常降温の出現のとくに多かった1996年4月などでは、全国平均の気温平年偏差の変動には、7日程度の周期がみられる。

    IV 異常昇温と異常降温の発生
     顕著な異常昇温期間として、2004年2月19-23日の変化を示す。この間には高気圧が日本列島付近を東進した後、低気圧が日本海を通過した。昇温の中心域は、およそ西から東に移動していく。とくに中部地方内陸部では、日中の昇温が夜間も維持され、東海地方では日中に昇温が相対的に小さい一方、北陸地方では日中に昇温がとくに大きくなる(図3)。この間におよそ南風が吹走するが、南北での差は日中には大きく、夜間は小さい。
     顕著な異常降温の期間として、2004年4月23-27日には、降温は東日本側で大きく、とくに北海道東部から東北地方の三陸では顕著な降温がみられる。この間には低気圧が東北日本を横断した後、弱い冬型の気圧配置となった。降温の中心域はオホーツク海方面から東北南部方面に移動して行く。また平年偏差は、日中にとくに低くなっている。
     このように時別値からみた場合、異常高温は局地的にはとくに山地風下側に日中に現れやすいが、それには日射による加熱や海風浸入の遮断が要因として大きいと考えられる。また異常降温は局地的には山地風上側に日中に表れやすいが、上層の強い寒気に加えて、下層に侵入した冷気が風上側に滞留することが、要因として大きいと考えられる。
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