日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の195件中101~150を表示しています
  • 森本 洋一, 小寺 浩二
    セッションID: P802
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    多雪流域では降雪や積雪、融雪が流域に大きな影響を与え、降雪や積雪に伴なう暖候期とは異なる水環境特性が見られる。筆者らは魚野川流域において2009年4月から、信濃川支流の魚野川と周辺地域を対象として、継続的な水文観測を行なっており、暖候期の水質や寒候期の水質について検討を加えてきた。しかし、積雪期間中や融雪時の河川水質や流量変化の動態を正確に把握するためには、流域内における積雪調査も重要になる。 本研究では、2009年12月から週1回、流域の河川水質調査と同時に行った積雪調査結果を報告し、積雪・融雪期の河川水質との関連性をみた。
  • 咏 梅, 境田 清隆
    セッションID: P803
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
     内モンゴル自治区では,中国で有名な4つの沙地のすべてが存在している.その中で近年渾善达克沙地における漠化の進展が著しいため,注目を集めている(秋山2003,Zheng 2006).また,沙漠化の要因は過放牧等の人為的要因がとりあげられ(聂 2005),2001年から「禁牧」,「退耕還林還草」,「京津風沙源治理工程」,「生態移民」等の政策が実施し,これらの政策の効果により,回復しているという報告もある(高2008).しかし,先行研究では,時期的に限られたデータを用いて,沙漠化の進展と回復について結論つけている.本研究では,やや長期間の衛星データAVHRR/GIMMS(解像度8km)を用い,植生指標と気象要素との年々変動を調べ(2009年秋季大会),また現地調査を行い,人為的影響についても調べて来た.今回は沙地の北端部の典型草原であるシリンホト市イリラトガチャを事例に,2000~2010年までのより詳細なデータを分析し,最近の変化及びその要因について気象要素と人為的影響の両面から検討する.

    2. 研究方法及びデータ
     近年において植生量はどのように変動しているのか,禁牧などの政策を実施した後,植生が回復しているのかを確認するため,より詳細なスケールの衛星データMODIS/TERRA(解像度250m)を用い植生変化を調べた.さらにその要因を明らかにするため,前年の降水量及び雨の降り方によって草原にどのような影響を及ぼすのかを検討した.また家畜頭数・植林面積などの農業統計データを用い,植生量の変化に及ぼす人為的影響を調べた.また,2008~2010年にかけて現地の植生調査を行った.

    3. 結果
    (1)NDVIの経年変化
     イリラトガチャにおけるNDVIの経年変化は1980年代から90年代にかけて増加し,2000-2001年に減少したが,そのあとやや回復し,2009年には再び著しく減少した.
    (2)NDVIの変化要因について
     NDVIの変化傾向はその年の6・7月の降水量の変化傾向と高い相関を示すが,前年の降水量の影響や人為的な影響など,やや長期的考察が必要であることが分かった.
  • 森永 由紀, 尾崎 孝宏, 篠田 雅人, 高槻 成紀, J. チョローン
    セッションID: P804
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     モンゴル国では乾燥で寒冷という厳しい気候環境下で数千年にわたり遊牧が生業として行われ、その持続可能性が注目される一方で自然災害の影響も強く受けてきた。発表者らは遊牧に関する在来知識の科学的検証を目的にモンゴル国北部のボルガン県の森林草原地帯で気象学的・生態学的・人類学的調査を実施している (森永ほか、2009年春・2010年春地理学会予稿集)。2009年秋から2010年春にかけてモンゴルでは、大規模なゾド(寒雪害)に見舞われ、4月末現在で全家畜数の17%にあたる780万頭の家畜が死に、国連が緊急人道援助を呼び掛けた(2010年4月、UN-OCHA)。ここでは上記のボルガンでの観測データからゾド年となったこの冬の冬営地・夏営地における牧畜気象学的な状況について報告する。

    2.調査地域と観測方法
       調査地域は、モンゴル国北西部ボルガン県中部の森林草原地帯にある。観測点であるチョローン氏の冬営地は県庁所在地(48°49N, 103°31E, 1220m)から北西約20kmの丘の中腹に、夏営地は北西約7kmの谷底の川沿いにあり、標高はそれぞれ1492mと1300mで、192mの標高差がある。冬営地および夏営地でOnset社HOBOシリーズの測器を利用して、2008年8月以降1時間ごとに気温、湿度、風向・風速および日射を測定している(森永ほか、前掲)。

    3. 結果
        図は冬営地と夏営地の気温とガストの冬季間(2008/2009年の11月3日―3月7日)の1時間値の散布図である。図中にy=0.4x+12.3という線が記入されているが、これはモンゴル国の牧畜気象学の成果である気温・風速と採食行動の関係図から読み取った近似式で、この線よりも上側ではヒツジは寒さと強風のために草地で採食が不可能になるとされる(参考文献)。冬季中にこの基準を越えた厳しい条件が観測されたのは、今冬と昨冬の夏営地で50.7_%_と30.8%、冬営地でそれぞれ29.3%と20.8_%_だった。両冬とも冬営地が夏営地より過ごしやすいこと、2冬では、ゾドとなった今冬の気象条件が冬営地でも夏営地でも厳しかったことが明らかである。今冬の低温をもたらした上空の気象条件やGPSデータによる家畜の移動などを合わせて解析する予定である。
  • 田力 正好, 水本 匡起, 松田 時彦, 松浦 律子
    セッションID: P805
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     奥羽脊梁山脈とその東側の低地帯は明瞭な地形境界をなしており,低地帯には北上盆地・仙北平野・福島盆地・郡山盆地・那須野原などの平野・盆地が発達している.北上盆地や福島盆地,那須野原の西縁には奥羽脊梁山脈を隆起させるようなセンスを持つ明瞭な活断層が分布するが,二本松市~白河市に至る郡山盆地の西縁では,比較的明瞭な山地と低地の地形境界が存在するにもかかわらず,明瞭な活断層はこれまで一部でしか報告されていない.本研究では,郡山盆地の西縁において詳細な空中写真判読を行い,断層変位地形や段丘面の傾動などの変動地形の記載を行い,それらの変動地形のテクトニックな意義について若干の考察を行った.
     郡山盆地とその西方の奥羽脊梁山脈との地形境界は比較的明瞭ではあるものの,明瞭な活断層が分布する福島盆地西縁や那須野原西縁に比べるとややなだらかで直線性が弱い崖地形を呈している.また,盆地底の大部分が低平な沖積面や低位段丘面からなる福島盆地・那須野原に対して,郡山盆地では盆地底の多くを丘陵地や比較的高位の段丘面が占めている(小池,1965). 二本松市付近の安達太良山東麓では,明瞭かつ確実な活断層が数条分布する(中田・今泉,2003).これらの活断層のうち,東方に分布するものは奥羽脊梁山脈側が沈降するようなセンスを持ち,東方の丘陵地との間に凹地帯を形成している(図1).
     郡山市付近~須賀川市付近の郡山盆地西縁には,段丘面を変位させる低断層崖および撓曲崖,段丘面の傾動などの確実な変動地形のほか,リニアメントを挟んだ丘陵背面の高度不連続や谷地形の切断などの不確実な変動地形が多数分布する.これらの変動地形はいずれも小規模かつ断片的で,長いもので数km,短いものでは数100 mしか連続しない.
     白河市付近の那須岳東麓には,那須岳の火山麓扇状地,黒磯岩屑なだれ堆積面(岩崎ほか,1984),および阿武隈川沿いの低位段丘面を変位させる低断層崖・撓曲崖が数条平行して分布する.これらの活断層の一部は,活断層研究会(1991)や山元・伴(1997)などに記載されていたが,今回の詳細な判読によりさらに平行する数条の活断層が新たに記載された.
     以上で述べた郡山盆地西縁の変動地形は,幅 5~10 km程度の範囲に散在する.今回の研究地域の北方に位置する岩手宮城内陸地震の震源域では,河成段丘の高度分布に基づいて幅の広い(10~15 km程度)撓曲変形が推定され(田力ほか,2009),この地域に散在する小規模な変動地形は,幅の広い撓曲に伴う副次的な変形により生じたと解釈されている(田力ほか,2010).郡山盆地付近では河成段丘の発達が乏しく,河成段丘の高度分布から地殻変動を求めることは現状では困難であるが,山地と盆地との明瞭な地形境界の存在と変動地形の分布の特徴から,岩手宮城内陸地震震源域と同様,幅の広い撓曲変形とそれに伴う副次的な変動が生じている可能性がある.
     本研究は文部科学省委託研究費により実施した.
  • 杉戸 信彦, 澤 祥, 谷口 薫, 佐藤 善輝, 中村 優太, 糸静線活断層帯重点的調査観測変動地形グループ *
    セッションID: P806
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     糸静線活断層帯中南部,茅野市から富士見町にかけては,左横ずれ変位が卓越しており,テクトニックバルジが多数発達する(例えば,澤,1985).こうしたバルジ群の形成・進化過程を解明するため,富士見町御射山神戸に分布する相対的に大規模なテクトニックバルジに注目し,LiDAR計測,ボーリング掘削調査,およびピット掘削調査を実施してきた(例えば,杉戸ほか,2009).本発表では,2009年度に実施したLiDAR計測データ詳細解析やボーリング調査の結果も交え,このバルジの形成・進化過程を詳しく検討する(以下,活断層線の名称や調査位置等は図1参照).
     澤(1985)および今回の現地調査等に基づくと,調査対象とした長さ約2 km,幅約700~800 mに及ぶこのバルジは,御岳第1テフラ(On-Pm1)(約100 ka;例えば,町田・新井,2003)降下前後~御岳三岳テフラ(On-Mt)(約57 ka;例えば,竹本ほか,1987)降下前後に赤石山脈起源の砂礫層・砂層が堆積して形成された地形面(M1面~M2a面)が変形して形成されたものである.表面は風成層に覆われる.Loc.1では風成層中にOn-Pm1と判断されるテフラ層が認められる(澤,私信:澤(1985)作成時の現地調査により確認).このバルジは,北東縁を比高約60 m以下の撓曲崖,南西縁を比高約20 m以下の低断層崖によってそれぞれ限られる(活断層線i・ivに対応する)(例えば,澤,1985).バルジ中央付近にはバルジの長軸とほぼ同じ走向を示す活断層線が複数条認定され(活断層線ii・iii等),河川や開析谷の左横ずれも認定される(例えば,澤ほか,1998).
     バルジの北西延長部に発達するL1b面に注目すると,バルジ北東縁・南西縁の変動崖の延長部には変位が認められない一方(活断層線i・iv),バルジ中央の活断層線はL1b面まで連続して追跡され,バルジ北西端(段丘崖)を明瞭に左横ずれさせている(活断層線ii・iii)(例えば,澤ほか,1998).したがって,新期の断層運動はバルジ両縁ではあまり発生しておらず,主にバルジ中央付近の活断層線で生じている可能性が考えられる.
     LiDAR計測結果をみると,活断層線iiiはバルジ北西端を40~50 m左横ずれさせている.段丘崖下に発達するL1b面の年代は約1万年前と推定されるため,平均左横ずれ変位速度は約4.0~5.0 mm/yrと求められる.同じく,活断層線iiはバルジ北西端を30~40 m左横ずれさせているため,約3.0~4.0 mm/yrの平均左横ずれ変位速度が得られ,合算すると約7~9 mm/yrとなる.なお,L1b面の年代は,約0.7~0.8 km北西方の茅野市金沢におけるトレンチ掘削調査で得られた4b層・4c層・4bc層(断層の両側にみられる最も上位の堆積物)の年代(糸静線活断層系発掘調査研究グループ,1988)と整合的である.
     活断層線iiiの出現時期を解明するため,群列ボーリング調査を実施した(Loc.2).その結果,約1~1.5万年前の地層以深に上下変位の累積性はあまりみられず,主に約1~1.5万年前以降に上下変位が起こったことがわかった.対象とした活断層は約1~1.5万年前以降に活動を活発化させたと考えることができる.実際,ピットを掘削したところ(Loc.2のすぐ北西),ほぼ鉛直~高角度南西傾斜の複数の断層面を境として,南西側の地層が階段状に落ち込む様子が観察され,ごく最近の古地震イベント(1000±40 yr BP以前1870±40 yr BP以降)が解読された.左横ずれ変位を示す引きずり構造もピット底面の断層部において観察され,また,LiDAR計測に基づいて詳細地形図を作成したところ,バルジ中央の活断層線が概ね数10~数100 mスケールで右雁行配列する様子が描き出された.
     このような活発化は,以前はバルジの両縁に出現していた地表変位が,変位の繰り返しによって局在化しバルジ中央に出現するようになったため,と考えると合理的に説明される.この活断層線を横切るLoc.2付近の開析谷は40~50 m左屈曲しており,2.7~5.0 mm/yrの平均左横ずれ変位速度が得られる.この値はバルジ北西端で得られた値と整合的である.
     このように,今回の調査によって,横ずれ変位に伴ったテクトニックバルジの形成・進化(地表変位の場や変形パターンとその変遷)の様子が詳細に解き明かされた.一方,他のバルジにおいてはその(両)縁を限る活断層線が現在も活動的であることが多い.複数のバルジにおける現在の活動を比較検討することで,バルジ発達の時空的変遷をさらに議論できる可能性がある.
  • 渡辺 満久, 中田 高, 後藤 秀昭, 鈴木 康弘, 隈元 崇, 徳山 英一, 佐竹 健治, 加藤 幸弘, 西澤 あずさ, 泉 紀明, 伊藤 ...
    セッションID: P807
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1 はじめに
     海上保安庁所有の測量船に搭載されたマルチナロービーム音響測深器によって、1986年以降に取得された測深データをもとに、3秒(約90 m)グリッドDEMを作成した。さらに、複数の画像処理ソフト(Macintosh用DEM解析ソフトSimple DEM Viewer、Windows用DEM解析ソフトGlobal Mapper、画像処理ソフトPhotoshopなど)を用いて立体視用画像(ステレオペア画像やアナグリフ画像)を作成した。空中写真による地形判読と同じように、海底地形を立体視して判読し、相模トラフ~駿河トラフの海底地形を詳細かつ効率的に解析することができた。その結果、これまでにはあまり明確にされていなかった地形や、新たに認定できた地形を多数確認することができた。以下には、その主な内容の概要を記述する。発表当日は立体画像(アナグリフ)を提示して、詳細に報告する予定である。
     本発表は、平成19-22年度科学研究費補助金(基盤研究(B)((研究代表者:中田 高)の成果の一部である。

    2 相模トラフおよびその周辺の海底地形
    (1) 相模トラフの東~北東縁に沿って、新旧複数の地形面が変形・切断されており、明瞭な断層変位地形が確認できる。これらの活断層トレースは、巨視的にはミ型雁行するように見える。
    (2) 初島の東方には、撓曲崖が存在する可能性がある。大正地震時の隆起との関係で検討する必要がある。
    (3) 伊豆大島と伊豆半島の間には、北西-南東方向に連続する細長いリッジが確認できる。これらは、本地域における群発地震の発生と関係する地形であると考えられる。
    (4) 伊豆大島の南西にある「利島海穴」は、新鮮で明瞭なカルデラである。ここを起源とするテフラがありそうである。

    3 駿河トラフおよびその周辺の海底地形
    (1) 駿河トラフ西縁北部(久能山の東南東)では、海底谷がすべて上流側(北側)へ流れている。海底谷の連続から見ても、ここでは左横ずれ変位が累積している可能性が高い。
    (2) 駿河トラフ西縁の活断層トレースは非常に明瞭であるが、海岸線付近では不明瞭となり、海底地形だけからでは陸上への延長部を特定することはできない。
    (3) 駿河トラフ東方の伊豆海脚には、西へ移動する多数の地滑りがあり、トラフを狭窄している。
    (4) 伊豆半島南方、伊豆海脚の東方には、北北東-南南西方向(丹那断層と同じ走向)に連続する左ずれ活断層がありそうである。その延長は40km程度に達すると予想される。
    (5) 御前崎堆~金洲ノ瀬付近から南海トラフに沿っては、地質の硬軟を反映した明瞭な組織地形が確認できる。
    (6) 駿河トラフ~南海トラフの陸側斜面には、多数の地すべり地形が確認できる。とくに、金洲ノ瀬の東縁部は大きな地滑り地形が発達している。
    (7) 遠州灘周辺には、右横ずれの変位地形や、撓曲崖(遠州灘撓曲)が認められる。撓曲崖には地すべり地形が多く、遠州灘撓曲を横切る天竜海底谷・浜松海底谷・本宮山海底谷等は穿入蛇行しており、最近の活動性が高いことが伺われる。遠州灘撓曲の東北東の陸上部(牧ノ原)では、S面の高度が150m程度に達しており、両者が無関係とは思えない。

    4 まとめ
     海底活断層のトレースを含めて、今までにない精度で海底地形を論ずることが可能となった。成因が不明な海底地形もあるので、研究事例を集積してゆくことが重要である。
  • 鈴木 康弘, 中田 高, 後藤 秀昭, 渡辺 満久, 徳山 英一, 隈元 崇, 佐竹 健治, 加藤 幸弘, 西澤 あずさ, 泉 紀明, 伊藤 ...
    セッションID: P808
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     中田ほか(本大会発表)が報告するとおり,演者らは,相模トラフから四国沖の南海トラフに至るまでの範囲において,海上保安庁により取得されたマルチナロービーム音響測深データを再解析し,従来より解像度の高い経緯度3秒グリッドDEMを作成して海底地形の変動地形学的研究を実施した.海底地形を実体視判読することによる新たな試みである.
     ここでは,東南海地震・南海地震の震源域を含む,紀伊半島沖(東経134.5~137.5°)の海底地形と活構造について現在までに明らかになった知見を纏める.

     紀伊半島南方沖の海底地形は大きく以下の3つに分類される.第1は,紀伊半島沿岸から沖合い10~20km付近までの大陸棚とその外縁斜面.第2は大陸棚斜面の沖に広がる熊野舟状海盆と室戸舟状海盆.第3はその外側にある外縁隆起帯である.これらの地形それぞれにおいて明瞭な活構造が認められる.

    大陸棚外縁部:
     大陸棚外縁および大陸棚斜面は複数の氷期・間氷期の繰り返しの影響を強く受けた「多生的な地形(吉川,1997)」であり,その成因は複合的であるが,遠州灘・熊野灘・紀伊水道付近の大陸棚外縁には活撓曲が認められ,地形形成に活構造が大きく影響を及ぼしている(鈴木,2004,2010 中田,2009など).このことは茂木(1977)や中村(1985)らが指摘してきたことであるが,音波探査記録に明瞭な断層面が確認されない等の理由もあって,90年代以降は注目されてこなかった.
     詳細な海底地形観察によれば,1)大陸棚斜面全体が比較的大きな波長の撓曲崖を成し,2)その基部に小波長の撓曲崖や低断層崖を伴うことがある.3)遠州灘~熊野灘にかけては北上がりの複数列の断層崖があり,低角逆断層に特徴的なバルジ状の高まりや,明瞭な海底谷の右横ずれが認められる.4)活構造の一部は,活断層研究会(1991)や東海沖海底活断層研究会(1999)と一致するが,トレースの連続性には変更がある.5)1944年東南海地震,1946年南海地震とも関連する可能性がある(鈴木,2004).6)陸棚外縁撓曲崖基部等に大規模な地すべりが密集している.

    熊野舟状海盆・室戸舟状海盆:
     熊野舟状海盆の標高は-2000m程度,室戸舟状海盆は-1200~1600m.音波探査記録によれば,活発な堆積活動が継続していることがわかる.地下地質の堆積面は大陸棚方向へ累積的に傾いている.また,両舟状海盆の南縁には北方へ傾く撓曲構造があり,第2志摩海丘や土佐ばえを隆起させている.熊野海盆の中央には志摩海脚南縁を限る活断層があり,海盆北部を隆起させている.また,海盆西部には背斜構造があり,比高300m程度の隆起帯が形成されている.

    外縁隆起帯:
     土佐ばえは最大標高-200m程度と大規模な隆起帯である.これより南方では階段状に急激に標高を低下させ,標高-4600m程度の南海トラフに至る.階段状の標高差が生じている場所に活断層が位置している.この点は従来の見解と大差はないが,土佐ばえ付近には,活断層沿いに土佐ばえ舟状海盆をはじめ,長さ5~30km(平均10km),幅3~5km程度の顕著な地溝状の地形が東北東~西南西方向に連続的に並ぶ.

    顕著な地すべり:
     海底地すべり地形が以下の場所に非常に明瞭に確認される.1)遠州灘の大陸棚外縁斜面を下刻する海底谷沿い(本宮山海底谷など),2)紀伊水道の大陸棚外縁斜面基部および紀伊海底谷に沿う斜面,3)室戸舟状海盆南縁の土佐ばえ隆起帯の北向き斜面,4)渥美半島南方の外縁隆起帯内の広域.

    南海トラフ:
     南海トラフは標高-4000~4800m程度.潮岬海底谷と天竜海底谷は外縁隆起帯を横断し,南海トラフ北縁の活断層沿いに流路跡を形成している.北縁の活断層トレースは紀伊水道沖および渥美半島南方でそれぞれ大きく屈曲し,この部分では活断層の連続性が不良である.

     本発表は平成19-22年度科学研究費補助金基盤研究(B)(研究代表者:中田 高)の成果の一部である.
  • 後藤 秀昭, 中田 高, 渡辺 満久, 鈴木 康弘, 徳山 英一, 隈元 崇, 佐竹 健治, 加藤 幸弘, 西澤 あずさ, 泉 紀明, 伊藤 ...
    セッションID: P809
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
     1986年以降,海上保安庁により相模トラフから南海トラフにいたる海域で,マルチナロービーム音響測深器によって測深データが取得された。中田ほか(本大会発表)が報告するとおり,これをもとに3秒(約90m)メッシュの数値標高モデル(DEM)を新たに生成し,GIS等を用いて海底地形図や実体視用の画像を作成した。これらの画像は,これまでの250mメッシュDEMを用いた画像と比較して地形分解能に圧倒的な差が認められる。本発表では,四国沖にあたる南海トラフ西部(東経132度から145度30分)の地形とその特徴について,これまで明らかになった知見を報告する。

    2.四国沖の海底地形
     四国沖の海底地形は,南海トラフ側から1)外縁隆起帯,2)前弧海盆(室戸海盆,土佐海盆,日向海盆)3)四国から10~30km沖合いの大陸棚とその外縁斜面からなる。活構造は,外縁隆起帯周辺で最も顕著である。また,一部は前弧海盆を横切っており,外縁斜面の一部にも認められる。各地域の地形は大きく異なり,トラフから大陸棚に向けて描かれる模式的な活構造断面がどこでも当てはまる訳ではないことがわかってきた。

    1)南海トラフ近傍の地形
     南海トラフ沿いには,5列以上の短波長のリッジがトラフと平行に連続しており,外弧隆起帯に向けて深度が浅くなる。これらの変形は,プレートの沈み込みに伴って,海洋プレート上の堆積物が陸側に押しつけられる付加作用によるものと考えられ,それぞれのリッジは逆断層(前縁逆断層)によって形成されたものと考えられる。
     南海トラフの走向は足摺岬の南方で屈曲しており,それより南ではほぼ南北となり,短波長のリッジは南海トラフと同様に屈曲する。なお,これらの付加作用による変形は,南海トラフでは四国沖で最も顕著に認めることができる。

    2)土佐海盆付近の地形
     土佐海盆周辺の外弧隆起帯は,室戸岬付近の室戸海脚では北北東―南南東走向で南海トラフに近づくと次第にトラフの走向とほぼ同じになる。室戸海脚から室戸海丘の隆起帯により土佐海盆と室戸海盆は隔てられる。この隆起帯にそって,地形面の撓曲など逆断層運動に伴う変形が認められる。
     横ずれ断層がこの隆起帯にほぼ平行して延び,南海トラフ沿いの前縁逆断層付近まで連続しているのが新たに確認できた。
     土佐海盆の南縁付近には小丘や凹地が多数,分布しているのが知られていたが,これらは南海トラフとほぼ平行する横ずれ断層により形成された地形や切断された地形であることが新たに解釈できた。

    3)日向海盆周辺の地形
     日向海盆の外弧隆起帯は高さ,幅ともに小さいうえ,ほぼ南北の走向をしており,それよりも東のものとは大きく異なる。日向海盆の南半部には,南北方向の高まりがやや不規則に分布する。足摺岬沖の沖ノ瀬海底谷から北西―南東走向に外縁斜面を横切り,長さ50kmを超える左横ずれ断層が分布することが新たにわかった。この断層はさらに南延長部で日向海盆に分布する南北方向の高まりを切断しているようにみえる。
     外縁斜面の地滑り地形は室戸海盆以東と比較して土佐海盆,日向海盆では顕著でない。

     本発表は海上保安庁と広島大学などが共同で行っている平成19-22年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(一般))「海底活断層から発生する大地震の予測精度向上のための変動地形学的研究」(研究代表者:中田 高)の一部を使用した。
  • 吉田 英嗣
    セッションID: P810
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    巨大山体崩壊とその量的検討の意義
     火山において頻発する巨大山体崩壊は、円錐形の山体を形成して重力的に不安定となった成層火山体などが、火山活動や地震などを引き金として大規模に崩壊する現象である。巨大山体崩壊に伴って発生する、岩屑なだれや二次的なラハール(火山泥流)といった土砂移動現象によって、人間社会は大きなダメージを受ける。
     山体崩壊規模を見積もる重要性は、土砂災害の被害予測に資する直接的なデータを提供するということのほか、津波シミュレーションにおける重要なパラメータのひとつである、という点などにある。崩壊の量的規模が大きいほど岩屑なだれは流動性を増す。また、岩屑なだれが海域に流入して津波を発生させた例は少なくない。これらのことから、過去に発生した巨大山体崩壊の量的規模については、できるだけ正確に見積もっておく必要があるといえる。
     本研究が対象とする磐梯火山の巨大崩壊は、国内外に知られた日本の代表事例のひとつである。その崩壊規模については1 km3規模との認識が一般的であるようだが、これまでに異なる見解も示されている。そこで、磐梯火山における巨大山体崩壊の量的規模にまつわる問題を整理し、従来の諸見解の妥当性を議論する。

    従来の見解のまとめ
     1888年に磐梯火山(小磐梯)で発生した巨大山体崩壊の量的規模については、これまでに3つの異なる推定値が提示されている。Sekiya and Kikuchi(1889)による1.213 km3、米地ほか(1988)および米地・千葉(1989)による0.492 km3、水越・村上(1997)による0.14±0.11 km3である。
     Sekiya and Kikuchi(1889)は、崩壊直前の山体を円錐形とみなして上記の値を求めた。以後、現在に至るまで、この約1.2 km3という値が磐梯火山の1888年における崩壊量を示すものとして多く引用されている。米地ほか(1988)は、当時の写真やスケッチ等に基づいて復元した崩壊前の地形と現在の地形との比較から上記の値を得た。水越・村上(1997)は、1888年の崩壊以前の地形を表現する1/50,000災害地形図「磐梯山之図」を用い、「崩壊前後高度差分量」として先の値を求めた。
     山体崩壊規模の推測の可否、あるいはその精度には、崩壊の発生年代や崩壊後の地形変化過程の違いなどが大きく影響すると考えられる。通常、これらを十分に考慮して量的検討を行うことは難しい。したがって、推定のための良い条件が整わない限りは、推定手法や研究者によって求められた値がたとえ1-2倍異なっていたとしても、それを有意な差とはみなさずとも差し支えないように思われる。しかし、本事例に関して言えば、上述の3つの推定値にはそれぞれ、単純な誤差と一括してしまうには大きすぎる差異があらわれているとみるべきであろう。

    崩壊地形と平均削剥深からみた磐梯火山の崩壊規模
     崩壊地形が良く残存しており、崩壊規模が精度良く推定されている4つの事例をピックアップし、崩壊部(馬蹄形カルデラ)の面積と崩壊深(崩壊前の推定山頂高度から馬蹄形カルデラの端点のうち低い方の標高値を引いた値と定義)との積を求め、これと各事例で判明している体積との関係を調べた。その結果、巨大山体崩壊においては平均削剥深が崩壊深の1/3から大きく外れないということがわかった。このことを磐梯火山に適用したところ、崩壊量は約0.6 km3と推算された。すなわち、他の典型的事例との比較からは、米地ほか(1988)などによる約0.5 km3との推定値が崩壊量として最も適当である、ということになる。
     崩壊規模が1.2 km3であったとすれば、崩壊部における平均削剥深は崩壊深のほぼ2/3となり、0.14 km3ならば1/10以下となる。こうした状況を説明しうる小磐梯の形状は、前者では凸型斜面が卓越する山体、後者では侵食の進んだ山体である。現有の知見からは、いずれも特異な状況と判断される。
     多数の研究蓄積がある磐梯火山の事例は、様々な教訓、示唆を与えてくれる。これまで1 km3オーダーの崩壊・土砂移動であったとされてきたものが、ひとつ小さなオーダーでしかなかったのだとすれば、この事例が示す知見の持つ意味に対しても再考の価値が生じてくることになろう。

    文献
    水越博子・村上広史(1997): 地形、第18巻1号、21-36.
    Sekiya, S. and Kikuchi, Y.(1889): The Journal of the College of Science, Imperial University, Japan, 3, 91-172.
    米地文夫ほか(1988): 地すべり学会第27回研究発表会講演概要集、20-21.
    米地文夫・千葉則行(1989): 地形、第10巻1号、72-72.
  • 松本 真弓
    セッションID: P811
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     ミャンマーは、熱帯モンスーンの影響を受け年間降水量5,000mmに及ぶ豊富な水資源を有する国である。そのため、雨期に発生する洪水は大規模なものとなり、河川流路の変更が発生しやすい。しかし、一次産業で生計を立てる国民の多くは河川沿いに居住しているため、洪水時に新規の河道が形成されると家屋流出等の人命に関わる被害が多発する。これら被害を予測し未然に防ぐためには、河道の経年変化を把握し、河川変遷の傾向を掴んだ上での地域開発が重要である。流路の変更は蛇行部での切断や移動が著しいため、河川変遷を推察するには、屈曲度の計測が有効となってくる。

    2.研究目的と手法
     本研究では、2003年~2010年に撮影された衛星画像を用いてイラワジ川中下流の河川屈曲度を計測し、現在の蛇行形態を明らかにした。先の研究で得られた屈曲度と、1940年代に作成された外邦図を用いて屈曲度を計測した(松本,2010)と比較し、約60年間における、河川蛇行部の変遷を明らかにしたい。研究対象地域は、イラワジ川本流の河口から上流までの流路延長約960km区間、および、河川変遷痕が顕著に見られるイラワジデルタの主要な3つの分流とした。屈曲度は、(鈴木,1998)の定義を用い、使用した衛星画像はgoogle earthより入手した。

    3.結果
     分析の結果、蛇行変遷の形態は、11の区間に分類できた。(1)河口~78kmのデルタ前縁部では、1940年代から2000年代にかけて屈曲度が1.11から1.13と変化した。(2)78~219kmのデルタ内陸部では、河川としての分岐が多くみられる。しかし、屈曲度も最も大きい値を取る。1.38から1.36と減少している。(3)219~347kmの氾濫原平野部では、河道周辺に蛇行痕跡が最も見られる地帯となる。屈曲度1.34から1.35と増加するが変化率は1.0%で、変化に乏しい。(4)347~438kmの平野部では、屈曲度は1.06と小さく、流路は直線的である。(5)438~560kmの峡谷部では、(4)と同様に屈曲度は小さく1.03であり、1940年代との変化率は-1.5%と変化に乏しい。(6)560~668kmは、山地帯から峡谷部へ入る境界部分にあたる。峡谷部であるが蛇行帯は広く、蛇行が顕著に見られる。屈曲度は1.16から1.26となり、変化率9.1%と大きく増加している。(7)668~760kmの山地帯では、両岸から本流へ注ぐ支流が形成した扇状地地域である。蛇行幅は(6)と同様に広く、屈曲度は1.13から1.10へと減少している。(8)760~796kmの山地帯では、支流チンドゥイン川および、多数の小支流の合流地点となっている。両岸の扇状地の末端部が河道幅を狭めている。屈曲度は、1.23から1.19と減少傾向にある。(9)769~819kmの峡谷部から山地帯へ入る境界地帯では、屈曲度は1.07から0.92と最も低く流路は直線状になっている。また変化率は-13.5%と減少傾向にある。また、同様に(10)819~898kmの峡谷部では、屈曲度は1.10から1.06と小さい値をとる。(11)898~964kmのマンダレー盆地帯では、屈曲度は1.10から1.22であり、変化率10.5%と蛇行の程度が最も増加している。蛇行度の増加率が大きい区間は、(6)山地帯から峡谷部へ入る境界部分と(11)盆地帯であった。(7)から(10)にかけての山地帯では、屈曲度の減少傾向が見られた。また、流路延長は、1940年代ではマンダレー盆地まで流路延長1000kmであったのに対し、2000年代には946kmとなっている。イラワジ川は、全体的には流路長は縮小傾向にある事がわかった。
  • 東郷 正美, 長谷川 均, 後藤 智哉, 松本 健, 今泉 俊文
    セッションID: P812
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     ヨルダン高原の北西端部に位置するウム・カイスは、古代都市ガダラに起源もつ遺跡の町である。ガダラは63 BCのポンペイウスよる東方遠征後、デカポリスの中心的都市となって大いに栄えた。しかし、749年に起こったパレスティナ大地震によって壊滅し、以後再興されることはなかったとされる。749年の大地震は、死海トランスフォーム断層に沿う活断層帯の活動で生じたM 7クラスの地震とみられている(Marco et.al, 2003など)。
     ウム・カイス遺跡を調査する機会に恵まれた演者らは、749年大地震のガダラ壊滅への関与を示す明確な証拠を求めて、発掘調査で露出した多数のローマ円柱に注目し、その出土特性を調べた結果、以下のような知見を得た。

     1)底面の縁が欠けている円柱が多数見いだされる。
     2)このような底面縁に欠損部が認められる円柱を、64例見つけたが、その  多く(53例)は、円柱表面に特徴的な溶食帯(ひとつの接線に沿い一定の幅  をもって柱の両端に達するように生じている)を伴っていた。
     3)このような溶食帯が上記の底面縁欠損部と対置するように発達するもの  が、36例もある。
     4)倒れた方向が判定できる円柱が36例あった。それらの方向性に注目する  と、12例がほぼ東西方向、13例が南北方向を示し、この2方向への集中度  が高い。残りの11例はいろいろな方向に分散している。
     5)倒壊した円柱とローマ時代の生活面との間に、10~数10cm、ところによ  ってはそれ以上の厚さを持つ堆積物が存在することが多い。
     6)倒壊円柱包含層の年代を把握するため、その上・下位層準中より年代 測 定試料を採取して14C年代測定を試みたところ、1870±40yBP、1740 ±40yBP(以上、下位層準)、1760±40yBP、1730±40yBP(以上、同または 上位層準)とほぼ同時代を示す結果が得られた。

     上記1)の底面縁の欠損部は、円柱が倒れる際に支点となった部分にあたり、この時柱の全過重がここに集中することで破壊が生じて形成されたと推定される。上記2)3)の溶食帯は、円柱が倒れた後、風雨にさらされてその頂部(嶺線付近)から溶食が進行したこと、しかし、溶食は円柱全面に及ぶことなく、また、浸食量も大きいところでも深さにして1cm程度であることから、円柱はまもなく埋没したものと思われる。多くの事例が以上のように同じような痕跡をとどめていることは、建物の倒壊が同じ原因で一斉に生じたことを示唆する。
     上記4)は、倒壊した円柱群に、大地震の地震動による倒壊を思わせる全体的に系統だった方向性が明確に認められないことを示している。上記5)は、建物の一斉倒壊事件に先立ち、ガダラは市街地への大量の土砂に侵入を許していたことを意味しており、この時にはすでに都市維持機能は失われていたことを表している。その時代は、上記6)から4C初頭を前後する頃と推定されるので、ガダラの終焉に749年パレスティナ大地震は無関係と考えられる。
  • 村中 亮夫, 谷端 郷, 湯浅 弘樹, 米島 万有子, 瀬戸 寿一, 中谷 友樹
    セッションID: P813
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    I はじめに
     近年,自然災害や事故,犯罪など,身近な地域の安全安心の向上に寄与する取り組みのひとつとして,地域の危険個所を地図に表示し,情報を提供する取り組みがなされている.このような地域の危険個所情報が掲載された地図は,地震や水害などのハザードマップや犯罪危険個所の犯罪リスクマップ,交通事故危険個所の交通事故発生マップとして,行政から地域住民に対して提供されている.
     一方で,地域住民が行政から一方的に地域の危険情報を受け取るだけではなく,地域住民たちがみずから地域を歩き災害や事故,犯罪などの危険個所について観察することで,地域の安全安心に対する個々の関心を高め,住民間で地域の危険個所に関する情報を共有する取り組みも行われている.こうした,住民の参加をともなう取り組みは,地域住民の安全安心に対する関心を高めると同時に,事後の安全安心まちづくりに活かされることが期待され,防災ワークショップなど地域の防災・安全教育プログラムとして広く取り組みがなされている.
     しかし,住民参加型ワークショップによって住民個々の関心が高まったとしても,住民間で共有された危険箇所についてコミュニティ内で議論され,環境改善が図られるとは限らない.住民参加型ワークショップが事後の安全安心まちづくりにどの程度の効果をもたらしているのかを適切に評価し,見出された検討課題について改善策を提示する必要もある.
     そこで本研究では,地域住民と行政とが協働で,地域住民の安全・安心を向上させる活動(セーフコミュニティ活動)を積極的に展開している京都府亀岡市を事例に,住民参加型の安全安心マップ作成のワークショップの前後で,地域住民が危険であると認識された箇所がどのような場所でどのように変化したかを調べることで,ワークショップを実施した効果を検証することを目的とする.

    II 調査の概要
     本研究では,2009年1月17日に亀岡市篠町において実施した安全安心マップ作成のワークショップ(2009年調査)において確認された災害や事故,犯罪などの危険箇所について,ワークショップ後の事後評価を行った.2009年調査では,居住地域における災害や交通事故の危険箇所,路上駐車,落書き,不法投棄の多い箇所,水害が起こりやすい場所が調査項目として設定され,それらの記載された紙媒体の安全安心マップが,自治会に加入している全世帯に配布された.事後評価では,この安全安心マップに記載された危険個所全265地点について,どのような点で対処されていたり状況が変化したりしているか,また,それらがどのような場所で起こっているかについて,フィールドワークにより調査した.調査は2010年6月27日に実施された(2010年調査).

    III 結果・考察
     まず,2009年の調査時点で落書きが書かれた箇所において,比較的多くの落書きが消されていた.また,ため池を囲んでいる転落防止用のフェンスに付属している扉が自由に開閉できたことから,ため池へ子どもが転落する危険性が指摘されていたが,新たに南京錠によって自由にため池に近づくことができなくなっていた.つまり,町内会や自治会レベルで対応できる事項については,いくつかの改善が見受けられた.
     一方で,側溝の蓋や街灯が十分に設置されていない箇所や,歩道の段差が目立つ箇所については改善が進んでいない.また,交通量の多い幹線道路においても,依然として歩道が設置されていなかったり側溝に蓋が設置されていなかったりする箇所が多々見受けられ,改修に高額の整備費用や行政との綿密な折衝を必要とする事項については対策が進んでいない.
     以上のように,2009年調査時点から1年6ヶ月の間に改善が見られた点と見られなかった点が存在するが,上記の項目はフィールドワークで確認できたハード面での対策事項であり,防犯や交通安全の啓発活動など,ソフト面での対策も加味しながら,安全安心マップ作成のワークショップが地域の環境改善に与えた影響を検討する.
  • 黒木 貴一, 磯 望, 宗 建郎, 黒田 圭介, 後藤 健介, 西木 真織
    セッションID: P901
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    平成16年度に開始された福岡市史編纂作業は,平成35年度までの20年間を総事業期間とする福岡市の重要な事業である。そこでは地理学,地質学,生物学,考古学などの担当者により福岡市の歴史に関わる環境,景観,遺跡などに関し,先史から現代までを通覧する考古特別編の作成が進んでいる。近現代に関する地域史を広く参照すると,本編では地域実態の表現に数値表を示すことが多く,域外者は主題分布の理解が難しいため,付図として旧版地形図や土地利用図が添付される傾向がある。それを考慮し考古特別編作成では主題分布の理解を助けるために,GISによる福岡市に関する考古遺跡の分布情報整備に加え,紙地図,衛星データ,統計データなどから地理空間情報も整備・収集し主題図の作成を進めてきた。本発表では,紙地図の地形図から作成した地理空間情報の編集結果とその表現試案を報告する。
     検討の結果,土地利用データは同一縮尺地形図の欠落や地図記号の変化に伴い範囲や区分基準を統一できない問題があり,標高データは地形図作成方法の相違や標高補間方法の制約により精度を統一できない問題があった。
  • 黒田 圭介, 黒木 貴一, 宗 建郎
    セッションID: P902
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    I.はじめに
     GISの普及により,空中写真を衛星データと同じ取り扱いで最尤方分類し,土地被覆分類図を作成することは容易になってきた(黒木ほか,2007など)。しかし,空中写真による最尤方分類は,R(赤,LANDSAT/TMデータのバンド3相当),G(緑,同バンド2相当),B(青,同バンド1相当)の可視領域の波長帯データのみを用いたものとなるため,高分解能の衛星データのように赤外域の反射率特性を反映した詳細な土地被覆分類図とはなりにくい。そのため,研究課題によっては作成する土地被覆分類図の分解能(メッシュサイズ)を調整する必要がある。メッシュサイズを大きくすれば,いわゆるメッシュマップのような方眼の集まりとしての土地被覆分類図となるが,例えば都市域における土地利用の状況を大局的に捉える場合はその方が望ましいこともある。
     次に,空中写真による教師データの取得に際しては,いわゆる見た目判断の精度が求められるが,季節毎の植生の色調の変化や尾根谷による影など,撮影時期や条件によっては判読に多少の困難を伴う。以上より,空中写真による最尤法分類をより精度の高いものにするには,最尤法分類の演算にしても教師データの取得にしても,可視領域の波長帯データを増やすこと,すなわち異なる季節間の空中写真を1つのデータとして合成すればよいと考えられる。そこで筆者らは,撮影季節が異なる二時期(春と冬)の空中写真をGISで合成し,6バンド (RGB×2時期)のコンポジットデータを作成した。これを使用すれば,教師データの取得に際しては,GIS上で二時期を比較しながら行え,かつ,二時期の色調(可視領域の波長帯データ)を考慮した最尤法分類となるので,一枚の空中写真を用いた最尤法による土地被覆分類よりも高精度となることが期待される。本発表では,通常の空中写真(RGB3バンド)と6バンドコンポジット空中写真による土地被覆分類の精度評価と,メッシュサイズの違いによる土地被覆分類図の特性について報告する。

    II.研究方法
    1.研究対象地域は福岡市博多区の福岡空港南東部付近とした。
    2.使用した空中写真は,国土地理院撮影1/8000カラー空中写真(1974年春,1981年冬)である。これらをArcGISのエクステンションのImage Analysisを用いてオルソ空中写真とした。次に,これらの空中写真をArcGISで6バンドのコンポジットバンド化した画像データにした。
    3.教師データはその範囲を正方形ポリゴン(10×10m,20m×20m)とするshape fileを用意した。分類項目は宅地,道路(滑走路含む),裸地,草地,広葉樹,針葉樹,竹林,水域の8項目とし,それぞれの項目ごとに教師データを6地点設定した。
    4.最尤法による土地被覆分類図の作成は,Image Analysisを使用した。今回は,コンポジット空中写真と,比較のため1974年撮影空中写真を用いて土地被覆分類図を作成した。また,そのメッシュサイズは,1m,5m,10m,15m,20mとした。

    III.結果
    1.1974年撮影空中写真と6バンドコンポジット空中写真による土地被覆分類図は,両者とも誤分類が多少見られるが,見た目はほぼ変わらず,分類項目の分布に大きな不自然さはない(図1)。これらはすべてのメッシュサイズ及びポリゴンサイズの分類図において認められた。
    2.教師データのポリゴンと生成された土地被覆分類図をオーバーレイし,そのポリゴン内がどの分類項目に分類されているか集計した。例えば図1-(1)では,裸地と道路は100%(誤分類率0%)正しく分類されているが,広葉樹と竹で誤分類率が50%を超えた。平均誤分類率は25.5%であった。一方,図1-(2)では竹で誤分類率が40%を超えたが,全体的に誤分類率は低く,平均誤分類率は9.4%であった。よって,6バンドコンポジット空中写真の方が,精度のよい土地被覆分類図を最尤法によって作成することができると考えられる。
    3.メッシュサイズを大きくすると,方眼の組み合わせのいわゆるメッシュマップのような土地被覆分類図となってくる(図1-(3))。図2は,図1と同地点における国土交通省の100mメッシュの土地利用細分メッシュ(1976年)であるが,図1-(1)と比較してみると,分類項目の分布はほぼ一致する。空中写真による土地被覆分類は,メッシュサイズの調整により,土地利用図のような用い方ができると考えられ,高分解能な土地被覆分類図でなくとも,研究課題によっては有効な手段であると考えられる。
  • 垂澤 悠史, 松本 真弓, 春山 成子
    セッションID: P903
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
     人間活動は自然環境と調和した文化景観を育み、生活・生業の在り方を表す景観地について、当該地域の風土により形成された景観地で日本国民の生活または生業の理解のために欠くことのできないものであり、これらを文化的景観と表現してきた(文化庁)。すでに、春山(2004)は中山間地域の星野村の棚田の文化的景観について、自然環境・人文環境の相互関係の中で成立していることを示し、当該地域の住民のアンケート調査から、「なじみの景観」の中に高い評価点を見出していることも示した。一方、域外からの来訪者の意識の中にはプロトタイプの日本の原風景としての棚田への強い意識の上に文化的景観の咀嚼が認められた。近年では、さらに広い空間を対象として、河川景観に着目して四万十川流域を重要文化的景観として評価されてきているが、必ずしも、河川流域の文化的景観に対しての評価手法が整えられてわけではない。
     そこで、今回、三重県、和歌山県、奈良県の県境を流れる一級河川である新宮川(熊野川)流域が世界遺産として登録されている中世以降の信仰地域としての景観を残していることに注目して、河川景観の中に残されている歴史文化的景観のフオトボイス分析手法によって文化的景観の分析を行おうとした。上流地域には林業地域としての景観、神社森を含めた歴史的信仰景観、水運景観が複雑に入り組んでおり、自然災害としての斜面崩壊地、土砂災害などの自然災害と防災に取り組む景観も含まれている。新宮川の美しい自然景観の中に人類の多様な営みの景観が独特に共存しているのである。

    2. 景観をとらえる手法について
     文化的景観は局地的な微気候・表層地質と地形・植生などの自然的な環境要素を基層として、この上に成り立っているさまざまな人間の社会的な活動を反映している。ここには、歴史的・民俗的・文化的な要素が複雑に関係生を均衡させている。それらの諸要素の解釈にむけて、将来に向けた河川景観についての評価を考えるために、景観評価を画一的な手法で分析を試みようとした。ここではフオトボイス分析を用いることにした。また、景観評価にかかわり当該地域の住民の心象風景についての聞き取り調査を行った。現地調査は2009年10月、2010年5月に行い、新宮市の教育委員会での資料探査、新宮川河口部から本宮までの河川景観の写真撮影とその解釈を行った。

    3. 新宮川(熊野川)の河川流域の中に残る信仰景観
     新宮川下流には速玉神社と神社森、本宮の神社森が重要な信仰空間として上下流に対置している。いずれの社寺地も河川に隣接している。また、日本有数の豪雨地帯を背後に抱えているために、本宮は新宮川の洪水に伴って河道変遷が生じたために、神社社寺地の空間的な立地は大きく変化を受けた。しかし、旧社寺地は神社森として河道近くに保存さており、河川流域の変化を記憶として残している。一方、河川・河道においては、かつての重要な参宮路としての水運のための航路の歴史的な痕跡が残されている。現在、防災施設の設置によって河川景観は大きく変動してはいるが、俯瞰しうる河川景観には信仰景観を大きく感じることのできる空間である。

    文献
    春山成子編著(2004)棚田の自然景観・文化景観、農林統計協会出版
  • 堤 純, 松井 圭介
    セッションID: P904
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    はじめに
     本報告は,オーストラリアのシドニーとメルボルンの2つの大都市圏の多文化性に焦点を当てるものである。これまで,アメリカ合衆国やカナダ,ヨーロッパ諸国,東南アジア諸国等に比べ,オーストラリアを事例とした大都市圏内部の社会・経済特性に着目した研究蓄積は比較的少ない印象は否めない。
     使用するデータは,オーストラリア統計局(以下,ABS)の発行する2006年国勢調査データの公開サービス(有料)の一部機能である「テーブル・ビルダー」を利用して独自に作成したデータである。これにより,大都市圏全域の小統計区であるCD(Collection District)を対象に,民族的な出自,宗教,所得,学歴等々家庭で使用する言語や所得,通勤に使用する交通手段等に関する詳細なデータが取得可能となった。また,単一属性のみならず,「家で中国語を話し」かつ「週給2,000豪ドル以上の高所得者」というような2種類の属性をクロスさせたデータも,特定の大都市圏や都市,中統計区SLA(Statistical Local Area),CDといった任意の地区に対して入手可能である。

    結果の概要
     まず,両都市に共通して,キリスト教が最多の分布をみせることが挙げられる。それ以外の宗教についてみると,図1に示したシドニーでは海岸部の比較的高所得者層の多い地区にユダヤ教が,また都心から南西部の郊外にかけて広がる製造業集中地区においてイスラム教や仏教が比較的まとまって分布していることがわかる。
     また,図2に示したメルボルンでは,ユダヤ教の集中地区は南東部の郊外で確認されるが,シドニーとは異なり高所得者層の分布とはあまり重ならないこと,また,イスラム教やヒンズー教,仏教などのキリスト教以外の宗教についての集積度はシドニーに比べて相対的に高くないことがみてとれる。
     他の社会・経済的属性との関連については当日報告する。
  • 有馬 貴之
    セッションID: P905
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
    未開地を保全する一手段でもある自然ツーリズムにおいて、4WDの利用が自然環境に負の影響を与えていることが報告されている。4WDの利用が多い自然環境下のひとつが海岸や砂丘地域であり、これらの自然環境を保全・管理するためには、国立公園全体のような大スケールの考察が必要である。 本発表では、砂丘地域における自然環境の利用と保全を踏まえ、オーストラリアのフレーザー島を事例に、4WD利用によるトラック荒廃の空間特性について明らかにする。

    2. 調査方法
    初めにフレーザー島の自然環境について主成分分析とクラスタ分析を行い、集約化し、フレーザー島を同様の地生態学的特徴をもった数種の自然地域に分類した。次に、現地で行ったトラック調査の結果を基に、トラック幅とトラック深の特性について考察する。なお、トラック調査は簡易的手法を用い、島内のシーニック・ロードと主要トラック上1km毎合計293地点で行った。最後に、トラックの荒廃度合を地生態学的側面と人間利用の側面から説明するために、重回帰分析を行った。それらの結果から、フレーザー島におけるトラック荒廃の空間特性を検討していく。

    3. 地生態学的地区分類
    フレーザー島を任意の500m四方のメッシュで区切り、それぞれのメッシュに対し、8つの《砂丘システム(砂質と地形分類)の面積》、10つの《植生分類の面積》、それぞれのメッシュの中心から《クリーク(小河川)までの直線距離》、メッシュ内における《平均標高》、《平均斜度》の21の変数を与え、主成分分析を行った。その結果、固有値1以上の合計8つの成分が算出され、累積寄与率は66.1%となった。さらに主成分得点を元にk-means法によるクラスタ分析を行い、8つの地生態学的特徴を持ったクラスタを抽出した。それらは【マングローブ】、【東海岸】、【前砂丘】、【森林帯】、【ユーカリ林帯】、【湖】、【人工地】、【西海岸】である。

    4. トラックの現況
    現地調査では、トラック荒廃の度合を示す指標としてトラック幅とトラック深を計測した。計測地点のうち、トラック幅は最大で16.37m、最小で2.45mであった。一方、トラック深の最も浅いものは0m、最大深は1.69mであった。 一般に、トレイル荒廃では侵食が拡幅を引き起こすといわれているが、フレーザー島においては、そのような傾向はみられないと考えられた。

    5. トラック荒廃の空間特性
     前節で検討してきた地生態学的特徴(主成分得点)に、人間利用の側面を変数化した値を加え、トラック幅、もしくはトラック深を目的変数に、地生態学的特徴と人間利用の変数を説明変数にした重回帰分析(ステップワイズ法)を行った。その結果、トラック幅に対しては『過去利用によるトラック改変の有無』が大きく寄与していることが明らかとなった。一方、トラック深に対しては様々な地生態学的側面や人間利用、特に観光利用による側面が大きく寄与していた。  最後に、地生態学的クラスタ別に、重回帰分析を行ったところ、トラック幅に対してはどの自然クラスタにおいても上記と同様に『過去利用によるトラック改変の有無』が大きく影響し(表1)、トラック深に対しては自然クラスタ別に特徴的な要因の存在が確認された(表2)。
  • 香川 雄一, 相井 勇人
    セッションID: P906
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     近年,個人のマナーやモラルの低下などに伴い,駅周辺等において,たばこの吸殻や飲料容器等のごみのポイ捨ては後を絶たず,公共的環境が汚染され,美観を損ね,ごみの回収にはコストがかかるため,コミュニティあるいは,社会全体が損失を被っている.こうした事態を改善しようと,2005年段階で1,048団体(都道府県15,政令指定都市13,市区町村1,020)がポイ捨て防止に関する条例(以下,「ポイ捨て条例」と略記)を制定している.
    しかし,ポイ捨て条例の抑止効力に関する研究は少なく,またポイ捨てごみを定量的に調査している事例も少ない.そこで本研究では,ポイ捨て条例の駅周辺における効力やポイ捨てに対する課題の検討・把握を目的1とし,駅周辺のポイ捨てごみの散在量・組成・散在箇所・散乱箇所の特徴を把握することを目的2とし,目的1,2を達成することにより,駅周辺のポイ捨て防止策における問題と課題を明らかにする.

    2.研究方法
    全国各市のポイ捨て条例の制定状況を調査した上で,ポイ捨て条例の有無,またポイ捨て条例における罰則の有無から,実態調査の対象地域として,滋賀県内の瀬田駅(大津市),南草津駅(草津市),南彦根駅(彦根市)を選択した. 次に対象とする各市において,ポイ捨て条例の問題点を明らかにし,対象の各駅において目視調査を行い,ポイ捨てごみの散在量・組成・散在箇所の特徴を明らかにする.これらの調査結果の比較・分析を行い,ポイ捨て防止策の提案を行う.

    3.結果及び考察
     2009年時点で,全国各市のポイ捨て条例の制定率は56%であり,半数以上の市がポイ捨て条例を制定することによってポイ捨ての防止を図っていることがわかる.しかし,調査対象とした各駅において,ポイ捨てごみの散在量は南彦根駅,瀬田駅,南草津駅の順に多く,ポイ捨て条例を制定かつ罰則を設けている彦根市の南彦根駅が最もポイ捨てごみの散在量が多かった.
    これは,南彦根駅においてポイ捨て防止に関する幟や監視員等による啓発がないことや,駅周辺にごみ箱やマナースポットの設置がないことが要因と考えられる.また,ポイ捨てごみの組成に関しては,たばこの吸殻60%と高く,まずはたばこのポイ捨てに関する対策が必要であると考えられる.さらに,ポイ捨てごみの散在箇所の特徴としては,バス停や駅周辺に設置されているベンチの周辺など,滞在時間の比較的長い場所や,人目につきにくい箇所に多いことがわかった.
     これらのことから,幟や監視員によるポイ捨て防止の啓発やごみ箱,マナースポットをバス停やベンチ付近等のポイ捨ての多い箇所に設置するなどを行い,ポイ捨てが行われにくい環境作りを行うことによってポイ捨ての防止が図れると考えられる.しかし,もっとも問題なのは,人々のポイ捨てへの意識の低さ,マナーやモラルの低下であり,ポイ捨てのされにくい環境作りを進めていくと同時に,ポイ捨てを行う人々のモラルの向上といった意識改善も進めていく必要があると考えられる.
  • 山田 周二
    セッションID: P907
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究は,飲料自動販売機と地蔵堂とをとりあげ,小・中学校の社会科で行われる身近な地域学習において,児童・生徒が飲料自動販売機や地蔵堂の分布を調べることによって,どのようなことが学習できるのか,そしてそのような学習はどのような地域で効果的であるか,をあきらかにすることを目的とした. 大阪府のほぼ中心部に位置する大阪市天王寺区と,奈良県との府県境である郊外に位置する柏原市,それらの中間に位置する大阪市平野区の3市区を対象として,路上にみられるすべての飲料自動販売機と地蔵堂を地図化した. 飲料自動販売機は,調査対象とした3市区に合計3932台あり,1小学校区あたり平均96台あった.いずれの市区においても,駅の周辺を中心とした商業・業務用地に多くみられる傾向があり,小学校区ごとにみた自動販売機の密度と商業・業務用地の割合との間には有意な相関がみられた(n=41,r=0.85,p<0.001).市区単位でみると,分布の偏りが明瞭にみられるものの,校区内といった狭い範囲では,明瞭な分布の傾向が読み取れる場合とそうでない場合とがあった.商業・業務用地と住宅地が余り混在することなく分かれて分布する地域では,分布の集中を容易に読み取れることが分かった.このような地域では,校区全体で野外調査を行い,自動販売機の分布図を作成することで,分布の特徴を読み取るといった地理的技能を養うだけでなく,商業・業務用地のような人が集まるところには自動販売機が設置されていることや,校区の地理的な特徴を学習することができる.一方,商業・業務用地が校区全体に広がっていたり,点在したりしている場合には,分布の傾向が容易には読み取れないため,自動販売機の分布からは効果的な学習は望めないだろう. 地蔵堂の分布は,過去の市街地と密接に関係しており,1948年以前の市街地とその周辺に多くみられることが分かった.地蔵堂は,3市区合計で185みられたが,そのうちの59%が1908年以前に市街地であった地域にあり,1948年までに市街化した地域のものも含めると79%に達する.したがって,戦前から市街化していた地域を含む小学校区においては,地蔵堂の分布を調べ,その分布とかつての市街地の分布を表す地図とを重ねることによって,分布の一致を読み取るといった地理的技能を養うことができ,また,その地域の土地利用の変化を学習することができる.ただし,かつての市街地の範囲と小学校区とは必ずしも一致しないため,校区の境界にとらわれずに,かつての市街地を包含する範囲に調査地域を設定した方が効果的な学習ができるであろう
  • 野中 健一, 柳原 望
    セッションID: P908
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     本研究は、地理学的な研究課題において重視される時間・空間・環境とその主体(行為者)を、一般読者に効果的に示すことを試みるものである。
     地理学の研究課題の成果を示す上で、図を用いることは通例である。研究対象の時空間的把握、人間と自然とを総合的に含めた環境やそれらの要素間の関係性が、分析され、解釈された成果は地理学のオリジナリティとして重要である。しかし、もっと一般の人々に対して、社会における地理学への関心を高め、かつ、社会に有用であることをアピールし、さまざまな現場で実践的に活用されるためには、専門論文や専門書に用いられるような専門的知識があることを前提とした図ばかりでなく、地理学的な方法や視点を、わかりやすく、かつ、関心を高め、親しみやすく描くことが必要である。
     発表者らは、これまで自然−人間関係を効果的に示すために、イラストの効果的な利用と漫画の技法を適用した「地理イラスト」として1枚の図で表現することを提唱し(Nonaka&Yanahara 2008)、論文や地図等で実践してきた(野中編2009、野中・柳原2007、2008、2009など)。
     今回、『虫はごちそう!』(小峰書店2009年刊)では、小学校高学年~一般向けの単行本として、世界各地の昆虫食用慣行を軸に人々の暮らしや生活環境を、文章・写真による説明とともにイラスト・漫画によって表現することを積極的におこなった。
     この報告では、1)活動の時空間的連続行為の説明、2)生業活動を含んだ地域概観、3)人間−自然関係のさまざまな行為に生じる感情、を表現する図・イラスト表現をとりあげ、時間・空間表現、視点の誘導を含めた方法と可能性について述べる。
     行為そのものに加えて、場面、空間的な広がり、行為の連続性やプロセスをわかりやすく述べるための要素の抽出、捨象と漫画表現技法の適用、限られた分量で説明するためのコンパクト化、とりわけ単行本ならではの紙面空間やページめくりを生かした図・イラストの活用法について検討を進めたい。
  • 村山 良之, 梅山 浩
    セッションID: P909
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     日本における近世以降の都市は,広い後背地を控えて交通も便利な平地に形成された(矢嶋,1956)。初めてDIDが設定された1960年国勢調査結果をもとに,斎藤(1965)は,地形ごとのDID面積が低地68.0%,台地23.9%,丘陵4.4%,山地等3.4%等であることを明らかにし,矢嶋の指摘を定量的に裏付けた。ところがちょうどその頃以降,爆発的な都市化が進行した。1960年と2005年のDIDを比べると人口は2.1倍,面積は3.3倍になった。この間,大規模な住宅地開発が丘陵地等に多いことが指摘され(田村,1982等),また近年の日本の地震災害ではほぼ必ず都市郊外の造成宅地等で特徴的な被害が発生している。これに限らず地形は自然災害に対する土地条件としての指標性が高い。しかし,都市が位置する地形に関する検討は上記以外ほとんど見あたらない。本発表の目的は,GISを用いて複数年次のDID面積を地形ごとに計測し,日本の都市がどんな地形に位置し,また変化してきたかを,定量的に明らかにすることである。

    ○ データと処理手続き
    データ
     DID=人口集中地区 1960~2005(5年ごと)
      国土数値情報(国土交通省 国土計画局)
      BL座標 世界測地系 都道府県別 JPGIS準拠 XML

     土地分類図(地形分類図)
      土地分類調査(国土交通省 土地・水資源局)
      BL座標 世界測地系 都道府県別 元は1/20万図
      地形分類 原図どおり全国ばらばらで不統一

    処理手続き

    (全体)
    DID(都道府県ポリゴンデータ)
    → shapeに変換 + 地形分類(shape提供)
    → 都道府県shapeを結合
    → 座標系を統一:53帯(東経135度中央子午線)UTM座標,m単位
    → グリッド(100m四方メッシュ)に変換
    → グリッド演算でクロス集計ほか

    (地形分類)
    都道府県ごとに異なる地形分類項目
    → より少数の上位カテゴリーに再分類(統合)
    → 最終的に以下の8分類
       山地,火山地,山麓地,丘陵地,台地,低地,
       埋立地・干拓地,水部・その他
    → 手作業による調整
      例:人工改変地は原地形を判断して復元,
        内水面・最近の埋立地を追加し「水部・その他」に

    ○ 結果
     地形分類をさらに4分類にまとめ,1960年と2005年について全国と都市圏ごとに表に示した。_丸1_ここで計測した全DID面積は公表値との誤差が0.2%に収まる。本手法の妥当性を確認した。_丸2_1960年の全国値は斎藤(1965)とほぼ同じで,2005年でもDIDの88.4%は平地(台地と低地等)にある。しかしこの間に丘陵地のDID面積は7.5倍,対全体比も急拡大し,山地等とあわせると11.6%である。_丸3_3大都市圏と4つの地方中枢都市圏(各中心駅からある半径内を機械的に設定,半径は表に示す)では,丘陵地+山地等の割合は札幌と東京を除いて全国と同等以上で,とくに仙台,広島で高く30%を超える。東京でも丘陵地への展開は急で,2005年の同面積は札幌や福岡の全DIDに匹敵する。高度経済成長期以降,日本の都市とくに主要大都市圏において,傾斜地やその改変地への都市域展開が普遍化したといえる。_丸4_一方で,全国のDIDのうち低地埋立地等はいまも約6割を占め,実面積は拡大している。丘陵地等改変地だけでなく低地等でも土地条件に応じた自然災害リスクは蓄積されている。
  • 伊藤 慎悟
    セッションID: P910
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     郊外住宅団地は、1960年代の高度経済成長期以降、大都市圏を中心に開発が活発に行われ、団塊の世代を含む1930年代後半から1950年代前半生まれの「拡大団塊の世代」(長沼ほか2006)を世帯主とする、「夫婦」あるいは「夫婦と子供」世帯が大量に入居した。開発から40年以上経過した現在、これらの住宅団地の多くは、第二世代(子世代)の成長による転出と、第一世代(親世代)の定住化によって高齢者の集積地区となっている。また、人口減少による商業施設や公共交通などの生活インフラの喪失が指摘されている。
     こうしたなか、地理学ではミクロスケールでの人口高齢化の研究成果が挙げられており、人口高齢化の地域差という点で議論が行われている。伊藤(2008)は、東京大都市圏の郊外地域としての機能を有する神奈川県内の戸建住宅団地を対象とし、1960年代に開発された民間の戸建住宅団地における居住者の年齢構成が入居当初から異なり、それがその後の高齢化に影響を及ぼしていることを明らかにした。また、伊藤(2010)では、東北の広域中心都市である仙台市を対象とし、同様に1960年代に開発された戸建住宅団地間に年齢構成や高齢化の差異が存在することを明らかにした。この研究では、仙台駅からの距離と高齢化の進展との関連性が見出され、仙台駅から離れた市域縁辺部の住宅団地では、より高齢化が進展していることが判明した。そこで、本発表では上記二つの事例を踏まえ、さらに事例を重ねるため日本の三大都市圏の一つである名古屋都市圏を対象とし、1960年代に開発された戸建住宅における高齢化状況と、その差異について報告する。
    2.研究対象地域
     研究対象は、名古屋市とその周辺に位置する市町とし、1960年代までに造成が終了し、入居が認められる28団地とした。名古屋都市圏では1960年代に入居が開始され、日本でも有数の大規模開発地である高蔵寺ニュータウンが存在し、すでに谷(1997)による研究成果があげられている。また、名古屋市の高齢化状況に関しては、小学校区ごとの居住者の年齢構成を明らかにし、中心市 街地や郊外といった高齢化の比較を行っている斎野(1989)などの研究事例があり、本研究を行ううえでの貴重な資料となる。
    研究対象とした住宅団地は、民間の戸建住宅団地であり、団地の規模は80区画以上である。これらは、昭和50年国勢調査の調査区別集計および平成17年の町丁字別集計においてほぼ同じ範囲で経年比較が行えるものである。
    3.分析結果
     名古屋都市圏で対象とした28の住宅団地は、1975年時点で平均年齢29.9歳、高齢者(65歳)比率4.4%であった。全国の値(平均年齢31.9歳、高齢者比率7.9%)に比べ、ともに低い値を示しているが、これまでの先行事例で取りあげた、神奈川県および仙台市の戸建住宅団地とはほぼ同じか、やや高い値である。
     1975年における5歳階級別人口比率は、郊外住宅団地特有の第一世代(30~44歳)および第二世代(0~9歳)で二つの山を形成するかたちとなった。ただし、住宅団地によって差異がみられており、今後の議論の焦点になるものと思われる。
     さらに本研究では、各団地の年齢構成の差異を求めたうえで、団地の類型化を行い、立地条件や居住者の属性との関連について考察を行う。また、現在(2005年)の高齢化状況を報告する予定である。
    文献
    伊藤慎悟2010.仙台市における戸建住宅団地の高齢化.地理学評論83(第5号に掲載予定である)
    伊藤慎悟2008.民間戸建て住宅団地における高齢化の差異―神奈川県を事例として―.地理科学63:25-37.
    長沼佐枝・荒井良雄・江崎雄治2006.東京大都市圏郊外地域の人高齢化に関する一考察.人文地理58:399-412.
    谷 謙二1997.大都市圏郊外住民の居住経歴に関する分析-高蔵寺ニュータウン戸建住宅居住者の事例-.地理学評論70:263―286.
    斎野岳廊1989.名古屋市における人口高齢化の地域的パターンとその考察.東北地理41: 110-119.
  • 作野 広和
    セッションID: P911
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     我が国の中山間地域では人口の流出と,居住人口の高齢化により,地域の将来像が描けない,混沌とした状況が続いている。今後も一層の過疎化,高齢化が続くと考えられており,教育,医療,福祉,交通など生活上のあらゆる面で不安を抱えているのが実態だ。
     しかし,我が国は2000年代後半から人口減少時代を迎えており,今後はこのような問題が全国のあらゆる地域で発生する可能性が高い。とりわけ,高度経済成長期に全国各地で急増した戸建て住宅団地では,居住者の人口構成が極めて歪であり,今後も高齢化が進展することにより,問題が一気に表面化すると考えられる。だが,統計データが未整備であることなどから,戸建て住宅団地における高齢化の実態については必ずしも十分に明らかにされてこなかった。  そこで,本研究では広島市を対象として,戸建て住宅団地の高齢化の実態を空間的に明らかにする。そして,高齢化の空間的差異が生じる要因について考察を行う。

    2.広島市戸建て住宅団地の立地特性と高齢化の進展
     まず,「広島市開発状況調書」をもとに,住宅団地の立地特性について分析を行った。広島市における住宅団地の開発は市中心部に隣接した地域からはじまったが,当初は小規模な開発が多かった。その後,次第に郊外地域へと外縁的に拡大し,完成年の新しい団地ほど中心部からの距離が遠く,規模も大きくなっている。
     また,住宅団地の完成年が古いほど高齢化率が高くなっており,完成から間もない1985年ではその傾向が明瞭であった。しかし,2005年では全ての団地で一律に高齢化率が高まっておらず,住宅団地ごとの高齢化に差異が生じていることが明らかとなった。さらに,完成年の古い団地ほど人口が減少傾向にあり,その多くが第2世代の転出によるものであることが明らかになった。

    3.広島市戸建て住宅団地の居住者特性
     次に,国勢調査小地域集計から居住者属性について分析を行った。まず,団地の人口増加率と高齢化率をみると,人口が減少している団地ほど,高齢化率が高くなっている。あわせて,団地内における住宅の持ち家率が低いほど,第1世代の人口増加率が低くなっていることが明らかとなった。また,産業別従事者割合をみると,第2次産業従事者割合が高い団地は市中心部から離れて位置していることが多く,高齢化率は低い傾向にあった。
     次に,第1世代の年齢と第2世代との関係から,戸建て住宅団地における高齢化の過程を5つに類型化した。多くの類型では,経年変化によって第2世代が次第に減少し,第1世代は加齢していく傾向にある。類型ごとの特徴として,「第4類型」は比較的新しい住宅団地が多く,「第5類型」は比較的古い住宅団地が多い傾向にある。また,「第4類型」は団地の規模も大きく,中心部からの距離も遠いのに対して,「第5類型」は団地の規模も小さく,中心部からの距離も短い傾向にある。

    4.広島市戸建て住宅団地における高齢化の空間的差異
     最後に,戸建て住宅団地における高齢化の空間的差異に関する分析を行った。広島市における戸建て住宅団地は地形的制約を受けながら,幹線道路や河川に沿って外縁的に拡大していった。そこで,住宅団地の造成が軸状に拡大していった地域のまとまりを9つのセクターに区分し,高齢化の進展について分析を行った。その結果,西区,東区など市中心部に隣接する地域で高齢化が進展していることが明らかになった。次いで,南区,佐伯区,安佐南区,安佐北区の高陽町,東区の安芸町などで高齢化が高まっている。一方で,安芸区と安佐北区の外縁部では高齢化の進展は緩やかであった。
  • 吉田 国光, 杉野 弘明
    セッションID: P912
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.研究課題
     本発表では,長野県須坂市の地場産業の一つとされる味噌醤油醸造業を取り上げ,味噌醤油醸造業が近代化とともに今日まで展開してきたプロセスの検討から,その存立形態を明らかにすることを目的とする.近年,地域活性化や町おこしの材料として地場産業への期待が高まっている.そのなかで,味噌・醤油は地域に根ざした嗜好性に支えられ「地域の食文化」との親和性が高く,B級グルメの流行などにより地域活性化に利用される事例もみられる.対象地域である須坂市においては,総人口53,668に対して5件の味噌・醤油醸造業者が操業し,商業活性化策の一つとして味噌が利用され,市内の飲食店で多様な味噌料理が提供されている.これらのことから須坂市は,今日までの味噌・醤油醸造業の展開過程を検討するうえで,好適な事例と考えられる.
    2.長野県における味噌・醤油醸造業の地域的偏在性
     味噌・醤油醸造業における長野県の位置づけとして,味噌については全国1位の大産地であり,国内生産量の41.2_%_を占め,マルコメやハナマルキ,タケヤなどの大手メーカーが多数立地している.一方で,県内に143社の味噌醸造業者が143社あり,大手メーカー以外にも中小の醸造業者が多数立地している.醤油については,長野県の生産量は年間0.3万tで,全国31位であるものの,県内に醸造業者が53社あり,県内向けの出荷を中心とした中小規模の業者が展開している.  次に,長野県内の味噌・醤油醸造業の動向に注目すると,味噌と醤油醸造業それぞれに地域的偏在性がみられる.味噌については,醸造業者が松本市に18件と最も多く,次いで長野市で16件,岡谷市で15件となり,これらの市町村を含む地区で生産量も大きくなっている.須坂市を含む地区の生産量は年間534t(1965年次;公開されている最新年)で,長野県全体の0.4_%_であり,長野県他地区に比べて極端に少なくなっている.一方,須坂市の醸造業者数自体は,長野県の他市町村と大差ない.醤油については,醸造業者が松本市で9件と最も多く,次いで長野市で6件,須坂市で5件となるが,味噌に比べて生産量の地域的偏在性は小さい.
    3.須坂市における味噌・醤油醸造業の展開
     須坂市における商業的な味噌・醤油醸造業は近世より展開し,14件の醸造業者が確認できた.須坂市は,近世より堀家1万石の城下町,3つの街道が交差する交通の要衝として栄えた.明治期に製糸業が発展し,大正期に最盛期を迎えた.明治・大正期を通じて,須坂町の味噌・醤油醸造業は製糸業の活発化とともに生産量が漸増しており,長野県他地区と同様に製糸業の発展にともなう都市化と密接に関わるなかで発展してきた.関東大震災以降,諏訪地区や松本地区の醸造業者では首都圏を中心として味噌の県外出荷を拡張し,醤油から味噌を中心とした経営形態に転換していった.一方,須坂町を含む高水地区の醸造業者は震災の救援物資として味噌を送ったものの,その後の継続的な出荷は行わなかった.須坂の味噌・醤油醸造業者は,一貫して須坂やその周辺地域への住民への供給を中心とし,小規模・零細経営によって味噌・醤油醸造業を展開させた.また,ほとんどの醸造業者は明治・大正期に醸造業を開始し,その他の業種との兼業形態が一般的であり,他業種からの収入が世帯の経済基盤を支えていた.そのなかで,醤油の方が商業的役割は高く,醤油醸造を中心においた経営形態であった. 第2次世界大戦後,長野県他地区では味噌・醤油醸造業者の県外進出がさらに拡大し,醸造業者の企業合同などが進んだが,須坂市の醸造業者は近代同様に小規模・零細経営により展開し,各醸造業者が独立性を保持し,各業者独自の味噌・醤油を醸造し続けてきた.味噌・醤油醸造の商業的性格は,高度経済成長という社会・経済的変動によって高まり,世帯の経済基盤が他業種から味噌・醤油醸造業に移行していった.さらに,1970年代以降,兼業農家の増加や自家醸造に対する風評等から,味噌は購入するものへと急速に転換し,各醸造業者は味噌を中心にした経営形態に移行した.一方で,販売先は従来通りの狭域な市場で完結しており,各醸造業者が小規模・零細経営ながら独立性を保持することで経営を維持してきた.その結果,長野県他地区の大手メーカーが「だし入り味噌」等の規格化された製品を全国市場に流通させていったことに対し,須坂市の味噌・醤油醸造業者で各業者の独自性を維持してきたことが,結果的に大手メーカーとの差別化につながり,味噌を中心とした小規模・零細経営による味噌・醤油醸造業が存立する基盤になりえたといえる.
  • 林 琢也
    セッションID: P913
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. はじめに
     アグリツーリズムとは農園内での農作業や収穫体験を観光と結びつけたもので,農産物の販売促進を図るため,戦略的に多数の観光客を受け入れる農業経営および観光活動を指す.
     日本の観光農園は,高度経済成長にともなう所得向上や余暇・レクリエーション需要の増大,自家用車の普及とともに大都市近郊や既成観光地周辺の農村で発展してきた.また,1980年代後半以降は,地域振興と結びつき,全国各地に多様な形態を生み出している.観光農園の経営は,その時々の社会情勢や都市住民のニーズに合わせながら成立・発展してきたといえ,甲府盆地や多摩川流域,静岡市久能地域,長野盆地北部は,先駆的な観光農園の集積地帯である.観光農園の全国的な展開が進む昨今,先進地における経営戦略や性格の変化,農園の適応過程を検証することは,アグリツーリズムの可能性を展望する上でも重要な意味をもつ.そこで,本研究では,長野市内を南北に走る国道18号線(通称アップルライン)沿いに樹園地を有するリンゴ農家を事例に観光農園および農家直売所の経営戦略の変化について考察することを目的とする.

    2.アグリツーリズムの成立と変化
     長野盆地におけるアグリツーリズムの成立には,善光寺参詣者やスキー客の存在(既成観光地への近接性)と高度経済成長期(1966年)に国道18号がリンゴ生産の核心地域を縦断するように開通したことが影響している.それによって,長野市長沼地区(赤沼)から旧豊野町,小布施町と続く国道18号線沿いにはリンゴのもぎ取り,直売,全国発送(宅配)を営む観光農園(売店)が多く立地した.開設当初は,リンゴ狩りや直売の需要は非常に大きく,看板を設置し営業すること自体が大きな利益を生み出していた.例えば,ピークとなる1970年代から1980年代には40戸以上の観光農園が沿道に立地し,観光バスや運送トラック,個人観光客が訪れた.多くの農園は組合(アップルライン事業組合)に加入し,市の観光協会と連携し,様々なイベントを企画し,関東地方の団体ツアーや北陸方面からの個人客に対応した.
     農園の経営方針に変化が生じてくるのは,1990年代に入ってからの上信越自動車道の開通である.これにより人やモノ,車の流れが変化し,単に観光需要に応えるだけの経営では収益の維持が困難になったのである.また,スキー人口の減少も拍車をかけ,沿道に立地していたドライブインなども撤退を余儀なくされた.こうしたなかで,アグリツーリズムの性格も変容していった.その最たるものが,一見客や滞在時間に制約のある団体客から農園の経営理念や農作物へのこだわりを理解し,支えてくれる個人客の獲得を重視した経営に方針転換を図っていったことである.また,それに伴い,農園の側も栽培のこだわりや安全性の提示,他の農園との差別化を強調するようになっていった.さらには,顧客単価の高い客の確保や価値観を共有する地域外の生産者との連携も進んだ.換言すれば,画一的な観光農園経営から個々の農園の自助努力や工夫を提示するようになったともいえる.それに伴い販売方法に占める宅配の比率が増し,直売やリンゴ狩りの比率は低下し,農園の看板を掲げることの意味は,一見の客に農園をみてもらい,その後の継続的な取引(個人消費や贈答用の注文)を促すための交流やきっかけ作りを図ることへと変化していったのである.

    3.現在の問題点と発展の可能性
     現在,長野盆地のアグリツーリズムが抱える主な課題として,以下の3点が挙げられる。まず,宅配比率の高まりに伴う労力の増大である.次に,人気の高い「ふじ」に集中する労力の分散を図るため,品種の多様化を図ったが,他品種を高値で売ることが難しく,結果,「ふじ」頼みは不変というジレンマの存在である.さらに,長年,贔屓にしてくれた顧客の高齢化もみられる.3点目については,プルーンなどの新品目を加え,女性客や若年齢層の取り込みを図る事例や珍しいリンゴや自らの農作物に貼るラベルを商標登録することで他の農園と区別を図る農園も一部に確認できた.
     また,発展の可能性については,長野市の中心部に近接する立地条件を生かし,アパートや駐車場に土地を供出することで不動産収入を得る農家や農外就業する子ども世代(後継者予備軍)の同居がみられる点が挙げられる.このことは,農外所得が世帯収入の安定化に貢献するという面が強いことを示している.これらは,暗黙知的な要素の強い栽培技術を日常的に修得していくという意味では技術の伝承が進まない弊害を内包しているが,世帯の収入安定と農業の現状維持に貢献しているという面では,次代を担う人材の確保に寄与している.こうした農外就業者の経験や知識,人的ネットワークを活かしていくことが,今後ますます求められてくるといえる.
  • 菊地 俊夫
    セッションID: S0101
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    シンポジウム趣旨
     ジオパークは景観として美しい地形や地質を活かした「大地の公園」であり、地形や地質の「大地の遺産geoheritage」を保全するともに、教育・啓蒙や研究に活用し、地域の持続的な発展や振興に寄与するものとされている。このシンポジウムでは、ジオパークと地域との関わりに注目し、地域との関わりのなかでの保全や教育・啓蒙、および持続的発展を議論し、ジオパークによる地域振興の様相を検討することを目的とする。その際、ジオパークに関するツーリズム(ジオツーリズム)の考え方や目的はエコツーリズムや自然ツーリズム、および世界遺産ツーリズムと近似しているため、それらのツーリズムと地域との関わりを検討しながら、ジオパークやジオツーリズムと地域との関わりを明らかにする。

    ジオツーリズムの基本的フレームワーク
     ジオツーリズムに関する基本的なフレームワークは地球科学的な資源を保全・保護しながら教育的な利用を行い、それらを持続的な地域振興に結びつけていくことにある(図1)。このようなフレームワークはエコツーリズムのものと近似している。エコツーリズムの基本的フレームワークは環境資源の保全・保護を持続的な管理制度に基づいて行いながら、教育・啓蒙的な利用を促進することにある(図2)。いわば、エコツーリズムでは環境資源を保全・保護しながら適正に利用することが重要であり、そのための持続的な管理制度や管理組織が地域の関わりのなかで要求されてくる。他方、ジオツーリズムは資源の保全・保護と利用に基づいて、地域の振興や持続的な発展が重要になってくる。

    ジオパークと地域との関わりのスケール
     ジオパークは地域の生態学的資源や考古学的資源、および文化的資源など多様な資源(観光施設・観光スポット)を含めることができ、それらの資源をジオサイトと結びつけることにより、より広範なツアーやツーリズムが可能となる。その結果、ジオパークやジオツーリズムと地域の関わりはより強いものとなり、地域の振興や持続的発展は確かなものとなる(図3)
  • 土居 利光
    セッションID: S0102
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     2002年(平成14年)、東京都は「東京都の島しょ地域における自然の保護と適正な利用に関する要綱」を定めた。要綱とは行政の内部的規範である。この要綱による仕組みは、エコツーリズムの概念を適用したことから、東京都版エコツーリズムと称されている。東京都版エコツーリズムとは、広域的地方公共団体である東京都が発意し、要綱を根拠として、基礎的地方公共団体との連携によって自然資源等の適正な利用について有効性を確保する仕組みである。2003年(平成15年)4月1日から、小笠原諸島の南島と母島の石門一帯を対象として、その取組みが開始された。
     適正な利用についての基準については、地元自治体との協議と関係機関との調整によって決定された。適正な利用と確保する上で最も困難な課題はルールづくり、特にその中に盛り込まれた人数等を規制するための基準であったが、関係者の一定の理解が得られた理由には、モニタリングでその妥当性の検証を行うことが条件としたことが挙げられる。また、南島を利用した人を対象に東京都と小笠原村で実施したアンケート調査で、ガイドツアーや観光客への利用指導について好意的な意見が多数を占めたことも、関係者の理解を得るのに役立った。
     東京都版エコツーリズムに関する現時点での評価は次のように整理できる。最初に、知事からのトップダウンにより広域地方公共団体である東京都が実施した点については、仕組みの確立という一定の成果が期待できるという利点がある。また、一つの地域だけでなく他にも適用できるという点も挙げられる。その反面、押しつられたという感覚を持つ地元の反発も強くなる可能性が高い。地元に取組みに関する熱意があれば極めて有効に機能する。 次に、要綱というゆるやかな制度を採用したことについては、結果としては良好に機能している。要綱を採用したのは、みんなが自然を守るという気持ちを作り出すことが基本であるという主旨に起因する。罰則等を伴う条例にすべきという意見もあったが、自然を守るということが、そこに生活している人と利用する人たちの意識の問題であり、自然保護を関係づくり及びその過程と捉えた。
     今後の課題に関しては次の二点が指摘できる。第一は日本の法制度に関するものである。東京都版エコツーリズムの検討過程で、陸域か海域かを問わず、利用を適正に誘導するためのルールに関して何の法的手段がないことが明らかになった。自然公園法には人数等を調整する考え方は取り入れられていなかったため、自然公園区域内にあったにも関わらず、本事例では法とは関連のない形で作らざるを得ないこととなった。利用の規制に関しては議論が必要である。第二には、適正利用のための総合的な仕組みの不備が指摘できる。監視をどのように行うのか、何を根拠にしていくのか等の課題がある。これを踏まえ東京都では、東京都版エコツーリズムに加えて、東京都レンジャー制度の創設、自然公園制度の効果的な運用のための手法の検討などを行っている。
  • 鈴木 晃志郎
    セッションID: S0103
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.ジオパークの背景と沿革
    環境保全に対する発の国際的な取り組みとなったストックホルム会議(1972年)で世界遺産条約が採択されてちょうど20年後の1992年、地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)では、国家のみならず自治体やNPOなどが有限な環境資源の適切な利用・管理施策の意志決定に参画することを謳った「陸上資源の計画及び管理への統合的アプローチ」を含む行動計画『アジェンダ21』が提唱された。ジオパークの直接の源流を辿ると、この行動計画に基づき、1997 年にユネスコで提唱されたジオパーク・プログラムと、1998年に確立した国際ジオパーク・ネットワークまで遡ることができる。“地質分野の世界遺産”としてのジオパークが注目されるようになったのは、2001 年にユネスコ執行委員会が各国のジオパーク推進活動の援助の方針を決め、2004 年に世界ジオパーク委員会(GGN)が設立されてからのことである。
    欧州ではいち早く、これを受ける形で2000 年に「欧州ジオパーク・ネットワーク」が誕生した。2004 年、世界ジオパーク委員会が設立され、同年6月に中国の北京で第一回世界地質公園大會が開催されて、保全・教育・ジオツーリズムを柱とするジオパークの運営ガイドラインが示されると、日本でもジオパークの推進活動が本格化した。リーダーシップを担ったのは、日本地質学会やGUPI (NPO 法人地質情報整備・活用機構)、産業技術総合研究所などである。また2008 年からは、世界遺産登録におけるイコモスやIUCN の国内委員会と同様の役割を担う機関として日本ジオパーク委員会 (JGN)が発足し、GGN への加盟申請候補の推薦や、日本ジオパークの認定等を行う制度が整いつつある。

    2.ジオパークの特色
    ジオパークは「地質学的のみならず考古学的、生態学的または文化的価値観において、1つまたは複数の科学的重要性を有する場所包含する範域」と定義され、(1)「アグリツーリズムやジオツーリズムなどのように、持続的な社会経済的発展を促すようデザインされた運営計画」、(2)「地質遺産を涵養、保全するための方法と、地理科学の諸領域あるいはより広範な環境問題について教えるための手段」が提供され、(3)「地球資源保全とその持続的発展戦略との融合において最良の運営状況を示している、公共団体、地域コミュニティ、私的利益者間の協働作業による共同提案を有する」ことの3つを要件とする。(UNESCO Geopark Programme 2008)。人類にとっての「顕著な普遍的価値」の有無を10項目の評価基準で選定する世界遺産とは異なり、ジオパークは遺産の適正利用に重点をおく。これは、ジオパークの概念形成に際し中心的な役割を果たしたドイツで、ゲオトープやジオツーリズム、地質多様性などの先行概念やパイロット・プロジェクトが多数存在していたことと関わりがある (Frey et al. 2006)。

    3.世界遺産を通じてジオパークを考える
    世界遺産条約では、加盟国に対して自国の文化遺産・自然遺産を保護するための措置を講ずるように義務づけてはいるものの、各批准国の国家主権を優先するため強制力はない(高樋, 2003)。あくまで評価は登録時点の価値であり、登録の結果生じる観光客増加のインパクトや、地域住民の生活権の攪乱に対する配慮や対応がなされるわけではない。また認定はあくまで登録時点のもので、状況によっては削除されうる。
    適正利用を前提とするジオパークの場合、登録後の維持管理方針には一層の具体性が求められる。登録後の開発や観光客の過度な流入、資源収奪や地域住民との軋轢などの不幸な結果を招く懼れに充分配慮した適正利用の指針を打ち出すことに、我々はいっそう重きを置く必要がある。
    ジオパークの信頼性を保ち、高めていくのは、ひとつひとつの国や地域であり、世界遺産登録をめざす各国の専門家、そして地域住民たちなのだ。それぞれの人々が対話と連携を重ね、きめ細やかな合意形成をはかることが求められる。そのための工夫やノウハウを、今のうちから蓄積する努力をしておくべきだろう。
  • 新名 阿津子
    セッションID: S0104
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     「日本海形成の歴史と人びとの暮らし」をテーマとする山陰海岸ジオパーク(以下,山陰海岸)は,京都府京丹後市,兵庫県豊岡市・香美町・新温泉町,鳥取県鳥取市・岩美町の3府県3市3町にまたがる東西約110km,南北約30kmの広域なジオパークであり,海岸地形と火山地形を中心に12のジオエリアで構成されている.山陰海岸は2008年に日本ジオパークネットワークに認定され,その後,国内選考を経て2009年12月に世界ジオパークネットワーク(Global Geoparks Network,以下GGN)へ加盟申請書を提出し,2010年8月にギリシャとイギリスから審査員を迎え,現地審査を受けた.加盟が認定されれば,洞爺湖・有珠山,糸魚川,島原半島に次いで日本で4か所目のGGN加盟ジオパークとなる.
     しかしながら,山陰海岸がGGN加盟候補地となるまでの道は平坦ではなかった.というのも,学術的情報発信の欠如,住民機運の醸成が不十分であること,ジオパークの地域振興への活用が進展していないこと,ジオパークが伝える大きな物語が分かりにくいこと,ガイド養成が不十分であること等,多くの課題が指摘されており,国内選考で落選したこともある.とはいえ,国内選考落選後も,山陰海岸の各地でジオパークへの積極的な取り組みが蓄積されたことが評価され,現段階(GGN加盟審査)にたどり着いたのである.

    2.山陰海岸ジオパークにおける地域振興
    (1)民間部門における取り組み
     山陰海岸における民間部門の取り組みの一部を紹介すると,浦富海岸ジオエリアにおいては(株)山陰松島遊覧が小型船「うらどめ号」を導入し,洞門や洞窟を間近に観察できるコースを設定している.なお,遊覧船事業は経が岬~間人ジオエリアや香住海岸ジオエリア,但馬御火浦・浜坂ジオエリアでも行われている.食を活用した取り組みも始まった.経が岬~間人ジオエリアの京丹後宿おかみさんの会では,地元食材を使った「ジオ御膳」を提供している.神鍋ジオエリアでは地元和菓子業者が「神鍋岩流まんじゅう」を製造販売している.
     特筆すべきは,豊岡市のキャラクター「玄さん」であろう.山陰海岸の代表的なジオサイトである玄武洞の玄武岩を模したキャラクター「玄さん」は,ボールペン,ストラップ,Tシャツ,菓子等の商品に活用されており,CDも販売されている.先述の「神鍋溶岩まんじゅう」のパッケージにも「玄さん」が利用されていた.

    (2)既存観光地以外の地域での取り組み
     扇の山ジオエリアに位置する鳥取市国府町上地の住民グループ「扇の里グループ」は,これまでグリーンツーリズム等を通じた地域振興に取り組んでいた.自分たちがジオパークのエリアに該当することを知り,ジオツーリズムに取り組むようになった.ここでは普含寺泥岩層を観察しながら,渓流散策や沢登りを楽しむ「わじっ子ジオパーク探検隊」が行われている.
     鳥取砂丘ジオエリアに位置する湖山池では,夏季休業中の小学生を対象とした「びっくりひょうたん島」や月2回程度の「湖山池ジオパーク探検隊」が行われている.ここでは,鳥取市が行っているジオガイド養成講座を受講し,ガイド養成講座の講師も務めるアドバイザーが常駐しており,湖山池の情報発信,ジオパネル整備やジオツアーの運営を行っている.

    3.今後の課題
     このように,山陰海岸ではジオパークを活用した地域振興やジオツーリズムに取り組んでいるが,個々の地域での取り組みが中心となっており,他地域との交流があまり見られない.それゆえ,今後は広域なジオパークである点を活かし,地域間交流を促進させ,山陰海岸への理解を深化させる取り組みが必要となる.
     また,山陰海岸では海岸部での地域振興が活発に行われており,内陸部の活用が海岸部ほど進展していないのが現状である.しかしながら,海岸部のみでは季節変動の影響を受けてしまい,冬季のジオツーリズムが停滞する可能性がある.ゆえに,年間を通じて安定したジオツーリズムを提供するためにも,内陸部の活用を考えていかなくてはならない.
     さらに,隣接する観光形態(グリーンツーリズム等)との連携や人文景観の活用,ジオパーク独自の地域振興計画の立案など,地域振興面での課題は多く残されている.「理想とされるジオパークはまだ世界に存在していない」と指摘されていることから,ユニークでかつ多様性を持ったジオパーク形成に向けた地域の在り方を今後も模索していかなくてはならないであろう.
  • 小泉 武栄
    セッションID: S0105
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    ジオパーク活動は、貴重な地形・地質などの大地の遺産を保全するとともに、研究・教育・普及に活用し、さらにはジオツーリズムを通じて地域の持続可能な発展に寄与することを目的としている(渡辺、2008)。つまり保全と活用の両方を目的にしているのだが、どちらかというと後者の方に力点がある点が、保全を目的とする世界遺産と異なっている。
    2009年に世界ジオパークに申請した糸魚川など3地域には、世界ジオパークネットワークから審査員が2人(地質学者と地理学者)やってきて審査に当たったが、私たちの予想に反して、審査の重点は自然の価値にではなく、それを活用するための運営組織や設備(博物館や解説板など)の充実度、専門の科学者の有無、ジオツアーの実績の有無などにあった。こうしてみると、世界ジオパークは、類稀な自然や美しい景観があれば認められる世界自然遺産よりも、むしろ認定のハードルが高いといえよう。日本におけるジオパーク活動は現在、様々の問題に直面しているが、本稿ではそのいくつか取り上げて解決策を探ってみたい。

    1.地域の自然の再発見・再評価の必要性
    日本のジオパークの数は2010年7月現在で、世界ジオパークが3(同申請中が1)、日本ジオパークが11ほどになっており、申請は増加する傾向にある。日本列島にはジオパークにふさわしい自然が目白押しだが、問題は自然そのものの価値が十分認識されていないところにある。地質学のようにこのところ進歩の著しい分野の知識はまだ十分に共有されていないし、その半面、研究分野の細分化が進みすぎて、自然の要素間のつながりが把握できなくなるといった弊害も出てきている。細分化の本来の目的は総合にある。地理学者としては最新の研究を取り入れつつも、つながりを把握し、地域の自然の再発見・再評価を行うことが期待される。今回はいくつかの地域の事例を取り上げて紹介する。

    2.自然史教育の必要性
    ジオツアーやジオエコツアーにおいては、その場の地形や地質の成因について、専門の科学者がかなり程度の高い説明をすることが多い。しかし日本人の多くはこれまで、美しい花や美しい風景を愛でるだけの、単純で知的活動を必要としない自然観察しか体験したことのないために、こうした解説に拒否反応をしめす可能性が高い。このような状況の下では、地形や地質の成因、地質・地形と植生分布の関わり、人間生活との関わり等について興味を持ってもらい、レベルの高い解説を理解してもらうのは容易なことではない。演者は、ジオパークの基本的な考え方が普及させるためには、まず国民の自然史に対する教育を充実させるしか手がないと考えている。ただ学校教育にそれを取り入れさせるのはすぐには困難なので、まずは社会人を対象としたジオツアーやジオエコツアーを行い、それによって自然史の興味をもってくれる人たちを増やすのが大事だと考えている。これについても各地での事例を紹介し、ジオパーク活動や地理学、地質学の振興についても合わせて議論したい。
  • 富田 啓介
    セッションID: S0106
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.湧水湿地の分布・特色および重要性
    湧水湿地とは,湧水が地表を湿潤化することで形成された鉱質土壌をもつ湿地である.湧水湿地が着目される最大の理由は,貧栄養で湿潤な環境のため成立する湿地内の特殊な植生である.湧水湿地ではヌマガヤ・ホシクサ属・ミカヅキグサ属などを主な構成種とする草本群落が発達することが多く,これらは植物社会学の立場からホシクサ類-コイヌノハナヒゲ群団としてまとめられる.このほか,地形的環境によって湿地林が成立する場合もある.このような植生には,絶滅が危惧される希少種が多く含まれる.中でも,東海地方の湧水湿地には東海丘陵要素植物群と呼ばれる,シデコブシ・シラタマホシクサ・シロバナナガバノイシモチソウなどの地域固有または準固有の種がまとまって分布しており,とりわけ着目される.

    2.湧水湿地が抱える問題
    湧水湿地の多くは開発圧の強い大都市近郊に存在する.このため高度成長期以来,住宅地や農地の造成のために多くの湧水湿地が破壊された.さらに,残された湿地でも多くで地下水減少が見られ,乾燥化とそれに伴う植生遷移が深刻なところが多い.なぜなら,湧水湿地にみられる固有・準固有種の多くは,遷移の初期段階に出現するため,遷移によって大型草本や木本種が進出すると駆逐されてしまうからである.湧水湿地に生息・生育する種は,一つの湿地が消滅するまでの間に,近隣に新しく生じた湿地に拡散することで命脈を保ってきたと考えられている.湧水湿地の密度が低下し,湿地の新生も望めない今日では,既存の湿地の植生遷移を遅らせる人為的な保全(維持管理)がどうしても必要である.

    3.愛知県における湧水湿地の保全・活用の実態
    愛知県では,現在,多くの湧水湿地が何らかの形で整備・公開されるとともに,近隣住民による保全活動が実施されている.しかし,手探りのうちに行わ れている段階で,湧水湿地の利用・保全に関する適切かつ統一された手法は存在しない.まず,湿地の公開状況を見ると,一般公開日を除いて原則非公開としている湿地と,常時一般向けに開放している湿地とがある.非公開の目的は,踏み荒らし・外来種の投げ込み・盗掘などの防止といった保全であるが,一般見学者の利便は損なわれる.公開あるいは非公開とする効果を実地に基づいて整理・検討することが必要であるが,これまでのところ,このような調査は行われていない. 続いて,保全活動を見ると,行政担当部局と近隣住民が協力して行っているところが多い.こうした保全活動は湧水湿地の生物相保全に一定の効果を上げており,また,近隣住民の生きがいや交流の場も生み出している.一方で,以下のような課題もある.まず,ほとんどの湿地で経験のみに頼った保全活動が行われているため,検証とフィードバックが必ずしも十分ではない.また,湿地によって保全活動内容や担い手組織が異なるにもかかわらず,培われたノウハウや問題を共有・検討する場にも乏しい.
  • フンク カロリン
    セッションID: S0107
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.ドイツにおける観光行動の傾向
     ドイツにおける近年の観光行動の傾向を見ると、ルーラル地域に影響を及ぼす傾向がいくつか上げられる。1つは外国旅行が増加しているなかで、国内地域や故郷が再認識される傾向である。人間と自然の相互作用により作り出された文化景観、ワイン生産のように景観に強く刻印し、地域文化を作り出す特別な農産地域は特に人気が高い。第2の傾向は野外レクリエーションやスポーツの人気である。ハイキングは中高齢者が赤い靴下と革の半ズボンでグループを組んで山歩きをするイメージから、収入が高い都市住民層が健康維持のために最新のスポーツウェアーを身につけて楽しむ活動に変った。ハイキングに次いで、自転車に乗る人が年々増加している。3つめの傾向は自然志向である。「自然を体験したい」という旅行動機を上げる割合が年々増加してきた。その結果、観光地のイメージ作成やマーケティング戦略ではさらに自然環境が重要な要因になった。そこで地域文化への関心、野外レクリエーション、自然志向という3つの傾向に答える空間として自然公園が注目される。

    2.自然公園と観光
     ドイツでは、広域自然保護地域として人間にあまり影響されていない自然と生態系を保護することを目的とする国立公園(Nationalpark) と、人間と自然の相互関係を調整し、文化景観の保護体制である生物圏保存地域(Biosphärenreservat)と自然公園(Naturpark)という、3種類の指定がある。現在(2010年)101か所の自然公園は景観保護地区や自然保護地区を多く含み、景観がレクリエーション利用に適している地域を総合的に保護し、発展させることを目的とする。自然公園は1950年代から指定が始まっているが、規制がほとんど指定地域内の既存の景観保護地区や自然保護地区に限られるため、保護よりもレクリエーション機能が重視されてきた。

    3.黒い森南部自然公園
     黒い森地域はドイツの中間山脈で最も高く、1493mの最高峰Feldbergを中心に、針葉樹からなる森に覆われている。鉄道の早い開発は産業の繁栄に貢献し、温泉や空気の治療効果が高い山間地域へ観光者を運び、19世紀から観光地域としての発展をもたらした。現在は伝統的な産業構造をもとに発展した機械産業、化学、ハイテク産業の他に農業や林業、または観光が経済の柱となっているが、近年の農業構造の変容により伝統的文化景観の維持が難しくなってきた。黒い森全体では年間600万人の観光者が1890万泊(2007年)過ごしているが、観光者の滞在期間が短縮し、冬の観光が気候変動に伴う雪の不安定により、保養地が健康保険を利用した保養滞在の減少により伸び悩んでいる。このような問題を解決し、地域全体の発展を検討する機関として自治体103ヶ所、面積370.000haからなる黒い森南部自然公園が1999年に設立され、文化景観と伝統的産業を活かした観光の発展に取り組んでいる。

    4.ウーセドム島自然公園
     ウーセドム島はドイツとポーランドに跨るバルト海の島であり、42キロに及ぶ砂浜海岸を中心に19世紀からベルリン市市民のリゾート地として観光が発達した。海岸沿いに並ぶ保養地の陸側に海岸線の変化から生まれた湿地や池、湖が点在している。ドイツ側の地区は統一後に宿泊施設の開発が進み、観光者が急増したが、一方、1999年に自然公園に指定され、海岸線の保護も強化された。ビーチと夏に依存していた観光は高級ホテルを利用した健康観光と、自転車でのスポーツ観光に多様化しているが、国内観光者への依存、シーズン中の混雑など、直面する問題も多い。
    本発表では両公園における観光の発展と直面する課題を比較し、自然観光資源や文化景観の保護と観光のための活用について検討する。
  • 岡本 耕平, 海津 正倫, 小田 宏信, 高橋 眞一, 戸所 隆, 山下 博樹
    セッションID: S1101
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. シンポジウムの目的
     今日、地域再生、環境共生、地域情報発信などを主導的に担う人材の育成がますます重要になっており、大学地理教育が果たしうる役割は大きい。しかし、日本の大学地理教育は、1大学当たりの地理学担当教員の数が少ないことや、標準的なカリキュラム・教科書の整備が不十分であるなどの問題を抱えている。本シンポジウムは、大学地理教育の現状を検討し、今後の日本の大学地理教育のあるべき姿とそれへの道筋を見出すことをめざす。
      なお、本シンポジウムは、日本地理学会と日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会の共同で開催する。

    2. 背景
     2008年12月に公表された中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」では、大学卒業までに身につけるべき能力として、「学士力」という考え方が打ち出された。これは、大学は、学士学位授与の方針を具体化・明確化し、かつ社会に公開することによって、大学卒業者の能力を社会に対して保証すべきだという提言である。
     学士力には、論理的思考、コミュニケーション能力、倫理観など、分野横断的に共通した学修目標とともに、専門分野別の到達目標がある。後者をどう構築するかについては、文部科学省から日本学術会議へ審議が依頼され、「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」を中心に検討がなされている(『学術の動向』2010年6号の特集記事参照)。
     検討に当たって参考にされたのは、イギリスの「高等教育質保証機構」(The Quality Assurance Agency for Higher Education: QAA)の 「分野別参照基準」(Subject Benchmark Statement)である。2010年現在、地理学を含む57の分野の参照基準が公表されている。地理学の場合は、2000年に約20名の地理学者の協力で初版が策定され、2007年に改訂版が出されている(http://www.qaa.ac.uk/ academicinfrastructure/benchmark/statements/geography.pdf)
     本シンポジウムでは、日本の大学地理教育のおかれた状況にそくして、地理学学修者の質を保証する参照基準と、その具体的な実践例としてのカリキュラムについて考える。
       ここで注意しなければならないのは、本シンポジウムは、標準的なカリキュラムについて議論するが、それは何か特定のカリキュラムの構築をめざしてなされるのではない。日本学術会議が、QAAに倣って「参照基準」という言葉を使っているのも、個々の教育プログラムや学位の授与に対して根本的な定義を与える規制的なものをつくるのではなく、各大学やコースの取り組みの自主性と多様性を尊重したうえで、学士学位の質を保証するために参照されるべき基準の策定をめざすためである。本シンポジウムで「標準的カリキュラム」という語は、そうした基準に則ったカリキュラムという意味で用いている。

      3. シンポジウムの構成と検討課題
     シンポジウムでは、多様な大学地理教育の現場(地理専門教育、教職教育、地域政策系教育×国立・私立)での実践例について、次の方々にご報告いただき、総合討論で議論する。

    友澤和夫(広島大学)「広島大学文学部の地理教育」
    高橋春成(奈良大学)「奈良大学文学部の地理教育」
    長谷川均(国士舘大学)「国士舘大学文学部の地理教育」
    石丸哲史(福岡教育大学)「福岡教育大学の地理教育」
    富樫幸一(岐阜大学)「岐阜大学地域科学部の地理教育」
    高橋重雄(青山学院大学)「青山学院大学経済学部の地理教育」
    コメント: 志村喬(上越教育大学)

     総合討論での検討課題としては、次のような事項が考えられる。
    ・そもそも学生にとって、地理学の学修がどのような意義を持つのか。
    ・地理学のように、複合領域的な学問において、地理学として最低限の共通な参照基準は何か。
    ・学生が大学を卒業して就く様々な職業と、地理学の提供する質保証がどのように関わるのか。
    ・現在、地理学の授業は、教養課程、教職課程、地理学の専門課程、経済学や地域政策などの地理学以外の専門課程に置かれている。それぞれの課程において、どのような質の保証がなされるべきか。
     
  • 伊藤 健司
    セッションID: S1201
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.産業立地研究と都市・(大)都市圏の空間構造
     「21世紀の都市地理学の構築」というシンポジウムテーマを考えるにあたり、産業立地研究、特に小売機能や業務機能の立地に関する研究という視点から検討したい。
     報告者はこれまで主として都市内部スケールあるいは大都市圏スケールで、総合スーパーをはじめとする小売業の立地展開や、製造業や小売業のオフィスの立地に関する研究を行ってきた。企業の事業所立地の分析は、別の側面からみれば産業立地からみた都市・(大)都市圏の空間構造についての検討ともいうことができる。例えば拙稿(2007)では、総合スーパー企業の出店地域について、制度的要因を反映しつつ、都市内部スケールでは駅前・旧市街地・郊外の間で、大都市圏スケールでは、大都市・地方都市・町村部の中で、時代とともに大きく変化してきたことを示した。また、拙稿(2004)では、大都市都心部にあった本社が、企業の合理化・再編過程において他地域に移転することの影響を検討した。
    2.緩やかな枠組みとしての都市地理学
     都市という研究対象は、地理学のみではなく、経済学、社会学、工学、そのほか多くの学問分野から研究が行われている。同様に都市地理学にも様々なアプローチがあり経済地理学などと重なる部分も多い。多様な研究アプローチの受け皿としての側面があるというのが現在の状況ではないだろうか。
    3.都市地理学におけるテーマ指向の再構成
     現代の日本において都市に関連する研究の社会的要請は大きなものがある。応用的側面が強くなるかもしれないが、報告者が現段階において有効と考えるのは、細分化している都市地理学研究を、個々の研究分野を維持しつつ、同時にまずは都市地理学内部において分野横断的にいくつかの主題に沿って再構成する作業である。これは多様なアプローチによる研究を、改めて都市という視点から議論することである。主題は継続的なものもあれば、ある程度短期において集中的に検討する場合もあるだろう。産業立地研究が関連する内容としては、都市再生の方向性や方法、人口減少や高齢化の進展の中での都市・(大)都市圏のあり方などがある。これらは特定の結論のみを提示することを目的とするわけではない。さらなる検討のための現状把握の段階も必要であり、また方向性の提示においても複数の見方の提示も含めた柔軟な姿勢が適当である。このような作業を進めることにより都市地理学としての担当領域や他の学問分野との連携の必要性がみえてくるのではないだろうか。産業立地研究に関連するところでは、一方では地域経済学をはじめとする経済学分野、もう一方で都市計画学や建築学などの工学分野との連携必要性と都市地理学研究の役割が認識されると考えられる。
    文献
    伊藤健司 2004.企業統合と小売業本部機能の空間的再編成.荒井良雄・箸本健二編『日本の流通と都市空間』255-273.古今書院.
    伊藤健司 2007.市場の多様化と商業立地の多極化.林上編『現代都市の構造的再編』51-80.原書房.
  • 藤塚 吉浩
    セッションID: S1202
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
     21世紀にはいり、グローバリゼーションの影響を受けた地区再生ダイナミクスが、都市の内部構造を大きく変えつつある。本報告では、地区再生ダイナミクスのひとつであるジェントリフィケーションをとりあげ、世界の都市の変化とその研究動向について考える。
     研究史上最も早くグラスがジェントリフィケーションに言及したのは、1964年のことである。1960年代以降ジェントリフィケーションの活発な時期は3回あり、これらはハックワースとスミス(2001)の段階論において三つの波として示されている。1973年までが第一の波であり、ジェントリフィケーションは西ヨーロッパとアメリカ合衆国北東部の都市に点在してみられる。1970年代後半には、不動産価格の下落を利用して、投資されない地区の大半を開発業者や投資家が購入した。1970年代末から1980年代にかけて第二の波が起こり、世界都市では資本の回帰によってジェントリフィケーションの発現する地区は複数みられるが、世界都市よりも規模の小さい都市においてもみられるようになった。住民の立ち退きが政治的な問題となるのもこの期間の特徴である。1990年代前半は世界的な景気の後退期であり、ジェントリフィケーションはゆるやかになった。1990年代後半以降には第三の波が起こり、ジェントリフィケーションは大規模な資本と結びつき、大規模開発業者は政府の支援を受けて、地区全体に及ぶようになった。新自由主義の政府は、市場におけるジェントリフィケーションの規制者というよりはむしろ斡旋者であり、ジェントリフィケーションは世界の資本と文化の循環に接続して、一般化される状況にある(リーズほか 2008)。
     ジェントリフィケーションが当初の状況と異なり変質してきているのは、都市の内部構造においても確認できる。スミス(1979)は、投資が行われずに衰退したインナーシティの不動産市場へ、資本が回帰してジェントリフィケーションを惹起するという地代格差論を提示した。この地代格差は、都心近くに生じる地価の谷へ資本の回帰を誘発させる。地価の谷は、徐々に都心から投資の行われない地区へと外側に移動する。ニューヨーク市では、都心より離れたこれまでジェントリフィケーションのみられなかった地区において現象が起こっており、地価の高低は投資されないところと、再投資されたところにおいてモザイク状になることをハックワース(2002)は示した。一方、ニューヨーク市のかつてジェントリフィケーションにより再生された地区では、より裕福なジェントリファイアーが来住しており、これをスーパージェントリフィケーションとしてリーズ(2003)は示した。
     ジェントリフィケーションの発現は、ヨーロッパや北アメリカ、オセアニアにとどまらない。1990年代後半には、資本主義に移行した東ヨーロッパ諸国においてもジェントリフィケーションは発現している。リーズほか(2008)は、世界の新聞の見出しを分析した結果、21世紀に入ってジェントリフィケーションを取り上げている件数が増加しており、なかでもワールドニュース、アジアのニュースが増えており、世界的にジェントリフィケーションがニュースとしてとりあげられている。この動向は、アトキンソンとブリッジ(2005)編『世界的文脈におけるジェントリフィケーション』に所収された論文の研究対象都市がイギリス、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ドイツ、スペイン、イタリア、ギリシャ、チェコ、ポーランド、トルコ、日本、ブラジルにあるという、世界的な研究動向からも明らかである。インナーシティの再投資についての国ごとに正確に比較できるデータは存在しないが、グローバリゼーションにより起こるジェントリフィケーションを比較検証することは重要な研究課題である。
     1990年代にジェントリフィケーションに関する研究成果は拡大したが、その大半は地理学者の貢献によるものである。リーズほか(2008)は、ジェントリフィケーションについてのパースペクティブに関して、理論やイデオロギーは異なるが、方法論は等しく地理学に帰することができるとしている。リーズ(2000)が主張するように、今後はジェントリフィケーションの地理学を構築することが重要となってくるであろう。
  • 根田 克彦
    セッションID: S1203
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    本研究では都市もしくは都市圏における最終消費者の日常生活を支える機能として小売業を位置づけ、それと都市地理学でいかに扱ってきて、今後いかに扱うべきかを論じたい。 1970年代に商品ごとの生産から小売に至る流通機構とその空間的パターン、卸売業と小売業の仕入れと販売の商圏、および都市における卸売業と小売業の分布パターンを扱う流通地理学が提唱された。一方、マーケティング地理学の立場から、小売企業や小売店を分析の単位として、その販売活動を重視し、店舗の立地戦略のための市場調査と、既存の店舗の市場の評価、消費傾向などの分析の重要性を指摘していた。しかし、この時代の流通地理学は仕入と販売の空間パターンの分析が主体であり、企業間競争の視点が乏しかった。マーケティング地理学では小売業の販売に関する水平的競争が分析の主眼であった。 1980年代までは小売業の多くは中小規模で立地場所は所与のものであり、一般に仕入れを卸売業に依存しているので、立地選択とコスト削減のような費用因子は重要ではなく、販売に関する収入因子が重視されていた。しかし、現在の小売企業は立地を自由に選択する主体である。1990年代末以降の流通地理学は商業の企業間・店舗間競争そのもの視座において、小売業と生産業・卸売業との垂直的競争や、仕入れ・配送方法の工夫、人件費などのコスト削減など、費用因子と収入因子の双方からの小売の競争行動を分析した点で価値があった。 第二次世界大戦後における都市地理学の教科書において、小売業とその集積地である小売商業地は、都市の内部構造を把握する要素の一つとして位置づけられた。主たる研究分野として、次の二つが挙げられる。第1に、都市内における小売業の分布および、小売商業地の分類とその分布に関する規則性の解明である。第2に、CBDの内部構造の一部として、都市内小売商業地体系の中で最大の小売商業地である中心商業地の内部構造の研究である。 第1の研究は、都市圏・都市内における小売業の空間構造・地域構造と呼称される。それらの研究は1980年代まで主として中心地階層の検証の研究であった。しかし,1970年代後半以降スーパーに代表される大型店や新規業態の分布にも関心が高まった。第2の研究分野では、中心商業地の内部構造ばかりではなく、再開発などによる変化が解明されるようになった。さらに、ロードサイド型店舗の集積地など新しい形態の小売商業地の特性も着目された。 1990年代になると、政策に着目した研究が登場するようになった。その背景には、1990年代に大規模小売店舗法(大店法)が段階的に緩和され、大型店の進出が激化したことと、いわゆる大店法関連5法が制定され、まちづくりとの関連が注目されるようになったことがある。大型店が市街地の外の農地や工場跡地に進出するようになり、中心商業地の衰退が中心市街地の衰退として社会問題化した。ここにおいて、中小零細小売業の事業機会確保の観点から大型店を規制し、中小零細商業の近代化を促すという従来の政策の代わりに、公共的インフラストラクチャの一つとして小売業を位置づけ、まちづくりの手段の一つとして,衰退している小売商業地を活性化するとの考えが強調された。1998年にいわゆるまちづくり三法が制定され、都市地理学の分野でも中心市街地活性化の動向が分析されるようになった。
  • 千葉 昭彦
    セッションID: S1204
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1. 「都市地理学」の見られ方
    「地理学は地域研究において有用、有益な分野であるので、社会や行政などに対して政策提言をしていかなければならない」という趣旨の発言が地理学界でしばしば聞かれる。そこでは、現実にそのような役割を担い、実現しているのかどうかということが問われることとなる。
    検討対象を都市地理学に限定するならば、林(2001)は「都市地理学の限界」とのタイトルのもとに、バージェスやホイトのモデルを取り上げ、都市地理学は都市構造記述するにとどまっていると評し、都市形成のメカニズムの理論的説明がみられないとしている。それゆえに、都市地理学は都市問題発生のメカニズムも把握できないのでその解決の処方箋を示すことができないとしている。

    2.都市地理学の研究目的と研究対象
    林の指摘は、地理学あるいは都市地理学の関係者の意図と異なるものとなっている。そこで、地理学あるいは都市地理学の有用性や社会的な役割に関する先達の指摘を確認しておこう。
    ヘットナーは「われわれは応用地理学の課題に中に、計画の直接的基礎としての評価および変更の提案と言う二段階を区別することができる。・・・(中略)・・・そして、評価は必然的に変更への提案につながる」(ヘットナー,2001,PP.243―244)と述べている。プレポも「地理学はデータや生のもの、材料や生活の共存、人間活動や景観の次第に急速となる変化と、他方での永続性、空間を構築し、整備し、荒廃させる諸力の可動性を考慮するものである」(プレポ,1984,P.32)と指摘している。
    わが国の論者でも同様の言及を確認することがでる。木内は「(1)地理学を今より広く、かつ深く、社会の諸問題に活用することは、双方にとって有益である。(2)このために応用地理学を地理学の一分野として樹てることは望ましいが、現情は必ずしも十分な状態にはない。・・・(中略)・・・(3)地理学の応用は、そのテクニクを実社会に利用するという控え目のものから、計画・政策を樹立する積極的な姿勢のものまで幾段階かがある」(木内,1968,P.76)としている。また、西川も「こうした地域と結びついた、いわば社会的病理現象の因果関係を解明して、その対策を適切に講じるために、そしてさらに合理的な土地利用と地域・地区制を確立し、よりすぐれた生活環境を育成し、産業効率の増進をはか るなどの地域開発計画に対して、人文地理学はいろいろな形で貢献できるし、またそれが強く期待されているのである」(西川,1985, P.7)と記している。
    ところで、学問の位置付けを阿部謹也(1999)が指摘するように真理探究の基礎研究と問題解決の応用研究とに分けてとらえるとしても、都市地理学が後者の役割を担うならば、その政治的立場や価値判断にかかわりなく、次のようなプロセスが求められる。すなわち、取り上げるべき問題を認識し、その上でその問題が発生する要因やメカニズムを究明し、最後にそれらを勘案して問題解決の道筋を示す、つまり政策提言に至る。これはあたかも医師が患者の症状(病気)を認識し、その症状(病気)の発生原因を解明し、病気の原因を取り除く治療方法を処方あるいは処置するプロセスと同じであろう。

    3. 都市地理学に求められる方向性
    阿部和俊(2007)は都市的地域を研究対象とした論文を、都市を点として分析したものと面として分析したものといった区分と、都市を研究したものと都市で研究したものとに分類している。ここで都市地理学に応用研究としての役割を求めるのであるならば、「まちづくり」などの特に面として都市を研究する領域では、林の指摘とのギャップの解消が求められることになる。
  • 藤井 正
    セッションID: S1205
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
     都市圏多核化研究は,主に大都市圏の都市構造研究としてこれまで展開されてきたが,地理学を基礎として今後のまちづくりを考えていく上でも多くの示唆を含むものと考える.21世紀の都市像を考える上で,環境負荷の削減や人口減少,財政問題などの条件下で,個性的で暮らしやすい都市を構築してゆくためには,コンパクトシティに関する議論は避けられない.多核型のコンパクトシティ論につながる多核的都市圏の地域構造研究は,そのひとつの基礎研究となり得るものである.
     自立的な地域経済の確立のためにも,この都市圏を交流人口などを呼び込めるような,全体として魅力ある地域とせねばならない.平成の大合併により広域化した自治体も,そのような多核的な都市圏という地域として考えていかねばならないであろう.当然,中心市街地がその中心核となるが,それ以外の周辺の個性的な拠点とのネットワークで地域全体として生活を支える,また多様で魅力的な都市圏をつくる必要がある.その際に課題となるものは,モータリゼーションの中で形成され,従来の中心地の階層構造を崩してきた,階層のない機能地域であり,それを都市圏構造においてどのように位置づけるかである.
     そして都市圏を構成する核を含め,地域の個性探究の方法としては,地域学でも地理学の枠組みへの接近がみられる.自然・人文的な地域構成要素やその歴史的変遷をふまえた地域特性の解明が,個性的な地域づくりの基礎となる.その際,地理学が地図化などのツールを活用して,まちづくりのプロセスに,いかに関わっていくかについては,まだ十分な蓄積があるとはいえず,今後の課題となる.これらは空間と社会をめぐる地域概念などの理論的な枠組みとも深く関係するものである.
  • 富田 和暁
    セッションID: S1206
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     筆者は「現代日本の大都市圏における社会・経済的な地域変容」を主要な研究課題としてきた。この一環として最近は「大都市中心地区における1990年代後半からの人口増加とマンション立地」を研究している。東京や大阪市などの大都市の中心地区における人口は、1960年頃から減少を続けてきたが、1990年代後半から増加に転じた。この人口の減少から増加という変動に大きく寄与したのは、大都市中心地区におけるマンションの新規立地である。本発表では、この大都市中心地区における人口増加、マンション立地およびマンション居住者に関する1990年代後半以降の地理学における研究業績を回顧して、今後の研究課題を考えさらに都市地理学全般についてこれから重視すべきことにも言及したい。

    2.大都市中心地区におけるマンション立地に関する研究課題
     「大都市中心地区における1990年代後半からの人口増加とマンション立地」に関するこれまでの地理学分野での主要研究業績は大きく次のように分類できる。1)大都市におけるマンション立地動向の把握と分析、2)都心地区における人口変動やマンション立地の量的把握と分析、3)新規立地したマンションへの転入者の属性、転入理由および居住満足度などの把握、4)個別都市の中心地区におけるマンション立地と人口増加の関係の分析。 このようにマンションの立地とマンション居住者の実態 に関する詳細な研究などによって、多くの貴重な知見が得られた。多くのことが今後の研究課題としてあげられようが、いまだ本格的な研究は数少ない状況にある大きな研究課題として下記の2つをあげたい。
     ひとつは大都市中心地区におけるマンションの供給と需要が増大した要因についての研究である。供給が増加した要因として、1)バブル経済の崩壊後の地価の下落、2)経済的不況と関係しての企業の保有地の売却によるマンション用地の供給、3)マンション建設を促進させた国の政策(1994年の建築基準法の改定や2002年の都市再生特別措置法の施行など)、4)地方自治体による人口回復政策としてのマンション建設に関する優遇措置、が指摘されている。
     需要が増大した要因としては、1)少子高齢化にともなう単独世帯の増加、2)女性の社会進出、3)社会の富裕化などの日本の社会経済的状況の変化が指摘されている。こうした供給面と需要面からの研究が第1の課題である。
     もうひとつの課題は、大都市圏における居住地域構造の変容という枠組みからの研究、および中心都市への人口再集中という大都市圏における人口分布の変動という観点からの研究である。その際、大都市圏における居住地域(中心都市と郊外)選好という観点と居住形態(戸建住宅と集合住宅)の選好という2つの観点からの検討も必要である。

    3.都市地理学の研究課題
     都市地理学の重要な研究目的は、都市における地域的事象の実態を明らかにすることである。しかし、ある事象を実証するにとどまらないで、次の段階としてその事象の生成要因や生成のメカニズムについての研究も重要である。とくに社会・経済的な要因に関する分析、住民の行動を規定する規範・原理の考察および政策・制度との関連性の検討が研究課題である。これらの研究は事象のより深い理解と将来予測へ寄与する。「部分は全体像を解明する鍵である」と同様に、実態研究の蓄積によってこそこの研究課題を解くことができる。
  • 土屋 純
    セッションID: S1301
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
     本発表では「商品」の持つ意味に着目し,都市研究と流通システム研究との新たな融合を試みたいと考える.比較的古くから存在する商品であり,近年では流通チャネルの多様化が進んでいる「化粧品」に着目していきたい.

    流通システム研究における「商品」の取り扱い
     地理学における流通システムに着目した都市研究は,(1)都市空間における商業の集積・分布パターンを検討した研究,(2)商品フローに着目した流通システム研究,(3)都市社会と消費との関係に着目した研究,の3つに大別できると考える.流通システムを取り扱っている以上,商品について少なからず考察が行われていると考えられるが,では3つの分野ではどのように「商品」を取り扱ってきたのであろうか.
     まず,(1)の分野では,商品への着目は概して少なかったといえよう.ベリーの中心地研究を引用しつつ,店舗の集積や分布状況について検討し,商業と都市構造との関係について検討してきた.
     (2)の分野では,商品のフローに着目し,主にチェーンストアなどを題材として,地理的に広がる市場に対してどのように商品が配送されているのか,配送コストに着目して分析してきた.その際の商品の取り扱いは,大量販売としての商品の「量」,配送コストなどの「コスト面」への着目である.こうした研究では,流通システムの経営的,経済的仕組みを解明することに主眼が置かれていることから,流通の最終段階である「消費」に対する考察が十分に行われていなかった.その結果,商品の質的側面について検討してこなかったといえよう.

    都市研究における消費への着目
     では,(3)の分野では商品はどのように取り扱っているのであろうか.注目したいのは,アメリカの諸都市におけるジェントリフィケーション研究における消費への着目である.
     例えば,Smith(1996)は,スターバックスコーヒーに着目し,ジェントリフィケーションとの関わりを検討するために,スターバックスにおける店舗デザイン,商品開発,サービスを考察している.(1)都市のインナーシティにおける再開発地域という環境が,1990年代中頃までにスターバックスの営業戦略を形作り,(2)シアトル系コーヒーという商品文化がチェーン展開によって様々な地域に展開していったこと,を指摘している.ジェントリフィケーション研究では,新中間層の消費に着目して,新たな食文化を題材として場所の意味について考察しているのである.
     他にも(3)の分野では,ショッピングセンターの建造環境や,グローバルな商品連鎖と消費,など様々な側面に着目した研究が行われており,欧米諸国の都市社会を舞台に議論が進んでいる.

    化粧品流通から日本の都市を捉える
     本発表では,日本における化粧品の流通システムについて検討し,都市空間,消費との関わりについて捉えることを試みる.欧米のように日本の都市社会でも階層分化が進行し,消費が多様化していると考えられるが,(1)化粧品流通はどのように進化しているのか,(2)都市空間の中でどのように再編成されているのか,の2点ついて検討できればと考える.
     化粧品とは,基礎化粧品とメークアップ化粧品といった顔につけるものから,ボディ用商品など多岐にわたる.化粧品の流通システムは,百貨店のインショップでのメーカーの直接販売だけでなく,コンビニやドラッグストアでの大量販売も行われ,近年ではインターネットやテレビなどの通信販売も発展している.また,@コスメなどインターネットの書き込みサイトも登場し,新たな社会ネットワークも発達している.

    参考文献
    Michael, D. Smith. 1996. The empire filters back: consumption, production, and the politics of Starbucks coffee. Urban Geography 17: 502-525.
  • 久木元 美琴
    セッションID: S1302
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    1. 問題意識
    1990年代以降,少子化が社会問題として広く認知された結果,子育て支援・保育サービス整備は現代日本における喫緊の政策課題となっている.保育サービスの供給や利用には,産業構造や女性のワーキングスタイル,家族構成,財政・政治的側面など地域の諸条件が関係している.裏返せば,保育の問題を通じて,地域の政治・経済・文化といった特徴を明らかにすることが可能である.
    本発表では,こうした地域の様々な条件に影響を受けた保育サービスの供給体制や利用構造のあり方を<子育て>と表記し,それを通じて都市空間を見通すいくつかの視点を提示したい.
    2. ポスト工業社会における女性労働
    保育サービスへの学術的関心の強まりは,ポスト工業社会における働く女性の増加によって生じている.既婚女性の就業率は高度経済成長期に低下したが,1975年以降,サービス経済化の進行等により上昇し,働き方も多様化した.さらに,1990年代以降には,不況と雇用の不安定化から,若年世帯の共働き率が上昇している.この結果,育児の外部化≒保育サービスが重要性を増している.
    3. 都市の地域的文脈と地理学における保育サービス研究
    こうした状況下で,東京大都市圏は保育サービス不足が最も顕著な地域として位置づけられる.東京都は全国的にみれば女性就業率が低いものの, 1970年代後半以降,女子労働力率の上昇幅が最も大きい地域である.しかも,公務員などの多い地方圏とは異なり,都市の女性就業者の多くは民間企業の雇用労働力で,特に中小企業の場合には育児休業の利用や定時帰宅が難しい場合が少なくない.さらに.核家族が多く育児のサポート資源に制約があるうえに,職住分離の都市空間構造のために通勤時間が長く,家事育児と就業の両立が困難で,保育時間などの面で多様なニーズが生じやすい.
    4. 都市の<子育て>をめぐる視点
     以上を背景として,国内地理学分野でも,1980年代以降,時間地理学的手法による大都市圏の既婚就業女性の制約が論じられてきた.1990年代以降,都心回帰等の東京大都市圏の空間構造の変化や,新自由主義的政策を背景とした民間参入の促進によって,都市における<子育て>は新たな局面を迎えている.それを踏まえ,以下の視点を提示する.
    (1) 分極化する?都市と<子育て>
     都心周辺に位置する江東区豊洲では,臨海部開発と高層マンション建設によって子育て世帯が大量に流入した.流入世帯は通勤時間の短縮を実現したが,子育て世帯の大量流入で保育サービスが不足し,出産後に復職できない事例が出てきている.その一方で,認可保育所に入れない子育て世帯にとって,民間サービスが重要性を増している.
     他方,郊外に残された待機児童問題や,由井(2002)も指摘するインナーシティの母子世帯の問題は,大都市圏内部における「<子育て>の分極化」とでもいうべき事態を生じさせている.同時に,保育資源の地域格差は,「足による投票」を通じて,居住地構造に変化をもたらす可能性がある.
    (2) 都市の<子育て>を担うのは誰か―ケア労働の空間構造
     保育需要の増大と民間参入が進むことによって,ケア労働の需給構造も重要な問題となる.海外先進国では,サービス経済化や世界都市化の下,低階層の移民労働力がケア労働者として高階層の女性就業を支える構造(Global care chains)が指摘されている(Sassen 2006).
     しかし,移民労働力を前提としない日本の労働市場では,それとは異なるケア労働の需給構造があらわれる可能性がある.一般にケア労働はシフト勤務や低賃金など過酷な労働環境になりがちである.日本の場合,認可保育所のケア労働者は比較的安定した労働環境を享受していたとされる.しかし,今後民間部門の比重が増すことで,ケア労働者の労働環境の変化と,利用者との階層化が生じることも予想される.こうしたケア労働の需給構造が空間的にどのように表出されるかを明らかにすることは,日本の大都市の特性を示すうえで重要である.
    【文献】
    Sassen, S. 2006. Cities In a World Economy. Pine Forge Press: California.
    由井義通2002.シングル・アゲインの住宅問題.若林芳樹・神谷浩夫・木下禮子・由井義通・矢野桂司編著『シングル女性の都市空間』大明堂.
  • 半澤 誠司
    セッションID: S1303
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
    会議録・要旨集 フリー
    I.はじめに
    発表者の主たる研究関心は,アニメーション,ゲームなどの文化産業である.文化産業の特性として,創造性がその競争力の根幹を成しており,創造性が涵養されやすい特定の大都市に集積していることが,多くの研究から明らかにされている.発表者自身も,創造的な地域とは何かについて,検討を加えてきた. 大都市に立地する文化産業に対して,斯学においては,主として経済地理学分野から関心が寄せられており,1980年代から90年代にかけては柔軟な専門化の観点から,1990年代から現在まではイノベーションや創造性の観点から,議論されることが多い.これらの研究の主流は,企業間・労働者間のネットワークに焦点を当てているが,クリエイターが就業・居住を好み,彼らの創造性を刺激する場としての都市も,地理学以外の分野では活発に論じられている. そこで本発表では,都市の創造性がどのように議論されているか,代表的な研究を2系統取り上げて,要点を整理する.その上で,都市地理学に期待される貢献の可能性を探り,経済地理学における成果との接合を展望する.
    II. 創造的階級への注目
    都市の創造性に広く関心が寄せられる契機になった研究が,フロリダ(2008)である.彼は,アメリカ合衆国内の経済成長率が高い地域には,創造的階級 が居住する割合が多いことを指摘した.知識経済化が進展する中で,創造的活動こそが経済発展の中軸を担うため,その活動に従事する創造的階級から選好される地域であるか否かが,地域の成長力を左右する.そして,そのような地域とは,人種・民族などの多様性に対して寛容な地域であると論じた.大都市の長所は多様性にあるとしたジェイコブズ(2010)の議論に,彼は多大な影響を受けており,多様性こそが都市の創造性の源泉であると捉えている.
    III.創造的都市に関する研究
    創造的階級の議論は,地域経済発展に対する関心が背景にあるといえようが,ランドリー(2003)や佐々木(2001)などにみられるように,より総合的な都市政策に対する関心からも,都市の創造性への注目が集まっている.後藤(2005)によれば,1970年代頃から,福祉的な要素が強かった文化政策が行き詰まりをみせる一方,西欧先進諸国において都市の荒廃が顕著になってきたため,都市再生の手段として文化政策が活用されるようになった.文化政策の対象領域が,従来のハイカルチャーを超え,文化産業やサブカルチャーにまで拡大し,都市政策にも踏み込むようになったのである.そして,住民の創造性を喚起し文化基盤も豊かにすることで,魅力的な都市空間を生み出すと共に,コミュニティの構築,産業振興などを図るようになった.さらに1990年代以降になると,社会的排除の問題にも目が向けられるようになり,文化政策は,さらに多様な政策分野との連携を進めつつある.このように創造性は,都市政策の焦点の一つとして浮上してきた.
    IV.おわりに
    ここで紹介した議論は,出発点が異なるものの,都市的特性に根差した創造性に注目し,地域を「豊か」にしようとしている点で共通する.これらは,都市なるものへ深い関心を抱いており,都市地理学の研究蓄積を反映させられる点もある.しかし,都市地理学というよりも日本の地理学に共通する傾向として,伝統的に政策指向が弱いため,明確に政策論として構築されているこれらの議論との接点が,自明であるとはいい難い.創造性を鍵概念にして,経済地理学はいうに及ばず,地域政策・都市政策・文化政策などに関心を持つ分野との対話を積極的に進めるべきであろう.
  • 久保 倫子
    セッションID: S1304
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.問題意識
     都市地理学のテーマとして,住宅の供給構造や居住分化,居住地構造は重要な課題である。欧米の都市地理学においては,居住に関する研究が盛んに行われ(Johnston,1984),住宅や居住者の分布特性,移動特性に関する多様な理論が構築された(Robson,1975; Knox and Pinch,2000)。しかし,住宅市場の特性が日本と欧米では異なることや,居住者の棲み分けや社会階級が明確でないことから,日本の都市地理学者は欧米の住宅理論や都市構造モデルを日本の都市に適用してこなかった(由井1999,阿部2003)。 また,欧米の都市地理学においては,都市のlivabilityや,グローバル化時代に競争力を持つ都市の在り方など都市と住宅・居住者に関する多様な議論が展開されている(たとえばLey 2010)。つまり,都市居住をとりまく様々な状況が変化している中で,都市がいかなる居住特性,居住環境,livabilityを有しているのかといった「都市に住まうこと」を検討する多角的な研究が行われてきた。一方で,日本の都市地理学においてはこれらの議論を吸収しきれておらず,欧米の都市地理学との間に大きな隔たりがある。
      本発表では,都市居住に関する研究動向を整理し,日本の都市地理学における住宅・居住研究の可能性を検討する。

    2.都市居住を扱う視点の多様化―日本の都市地理学の課題
     世帯構成の多様化や晩婚化,共働き世帯の増加といった社会状況の変化は,住宅市場や居住選好に大きな影響を与え,郊外化から都心居住へと都市の居住地構造を変化させてきた。この背景には,1990年代後半以降,都市中心部でマンション供給が増加し,郊外の戸建住宅取得に拘らない核家族世帯や単身世帯によるマンション購入が顕著になってきたことがある。 この課題に対して,発表者は,マンション供給にともなう都市の変容(久保 2008,2010a, 2010b),世帯の多様化にともなう住宅供給の変化(久保・由井2010),郊外住宅地の持続性(Kubo et al. 2010)などの研究を行ってきた。現代日本の都市居住を把握するには,住宅だけをみるのでなく,家族・就業との関係を総合的に検討することや,住宅市場や社会経済状況の国内・国際動向を捉えることが不可欠になりつつある。欧米の都市地理学や,Housing Studiesなどの国際的・学際的な学問領域における議論を柔軟に吸収するとともに,日本の都市地理学で得られた研究成果を国際的・学際的に発信し積極的に議論を行うことが必要である。

    *参考文献*
    阿部和俊 2003.『20世紀の日本の都市地理学』古今書院.
    久保倫子 2008. 水戸市中心部におけるマンション購入世帯の現住地選択に関する意思決定過程.地理学評論 81:45-59.
    久保倫子 2010a. 幕張ベイタウンにおけるマンション購入世帯の現住地選択に関する意思決定過程.人文地理 62:1-19.
    久保倫子 2010b.マンションを扱った地理学的研究の動向と課題-日本での研究を中心に-.地理空間 3:43-56.
    久保倫子・由井義通 2010.世帯の多様化に対するマンション供給の変容―東京大都市圏におけるメジャーセブンの事例―.日本地理学春季学術大会発表要旨集p. 518。
    由井義通 1999.『地理学におけるハウジング研究』大明堂.
    Johnston, R. J. 1984. City and society an outline for urban geography. Hutchinson, London.
    Knox, P. and Pinch, S. 2000. Urban social geography an Introduction (fourth edition). Pearson Education Limited, Harlow.
    Kubo T., Onozawa, Y., Hashimoto, M., Hishinuma, Y., and Matsui, K. 2010. Mixed development in sustainability of suburban neighborhoods: The case of Narita New Town. Geographical Review of Japan Series B (in printing) 
    Ley, D. 2010. Millionair migrants: Trans-pacific life lines. Wiley-Blackwell, UK.
    Robson, B. T. 1975. Urban social areas. Clarendon Press, Oxford.
  • 佐藤 英人
    セッションID: S1305
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    1.はじめに
     オフィス立地は都市内部の物的な構造を議論する都市内部構造論や都市間結合のあり方を分析する都市システム研究などで早い段階から分析されてきた。これらの既往研究では、オフィス機能の立地や分布に着目し、オフィス機能の空間的な偏在性(オフィス機能が都心部に集中し、中心業務地区を形成したり、人口規模が上位な都市ほど、より多くの支店が配置されるという支店経済の成立など)が確認された。発表者も1980年代以降の東京大都市圏の多核化や郊外核の形成という新たな動向を明らかにすべく、郊外に整備された業務核都市(旧大宮市、幕張新都心、横浜みなとみらい21地区)に注目し、当地に進出した企業の属性や従業者の通勤行動などを分析した。
     しかし、既往のオフィス立地研究の多くは、立地や分布の空間的な偏在性を事実として明らかにしてきたが、なぜオフィス機能が偏在するのかという、要因分析に関しては十分な研究蓄積があるとは言えない。さらに、オフィスという業種横断的で、かつ就業形態という枠組みで集計されたデータは意外と少なく、実はどの企業が、いつ、どこから、どのようにして、現在のオフィスビルに移転したのか、基本的な知見すら十分に把握できていないのである。
     そこで発表者は、各種資料や統計を用いて、東京特別区内にオフィスを設置している主な企業を対象とした「移転経歴データセット」の作成に取り組んでいる。このデータセットには、どの企業(資本金規模、従業員規模、業種・業態、設立年、本社・支社の別、機能等)が、いつ(入居期間)、どこから(移転元住所)、どのようにして(拡張移転、統合移転等の移転形態)移転してきたのか、整理されており、オフィス移転の発着地を同時にとらえることができる。ただし、「移転経歴データセット」は、住宅地図の表札情報やNTTタウンページ、各企業の社史、『日経不動産マーケット情報』の記事、さらには、発表者が独自に実施した現地調査など、様々なソースから膨大なデータを取得しなければならない。そのため一個人の研究者では能力の限界から遅々として作業が進まず、オフィス移転の全体像を十分に把握し難いという課題に直面している。

    2.隣接分野との連携
     以上の課題を克服するために、発表者は都市経済学や不動産学の研究者とともに、不動産仲介会社が所有する賃貸オフィスビルの入退出データの公開に向けた取り組みを進めている1)。不動産仲介会社には、仲介した物件の入退出に関するデータが、過去15~20年にわたって蓄積されている。特に都市経済学や不動産学の研究者は、オフィス賃料や空室率の経年データから今後の賃料やコストを推計したり、一般化を試みる研究に関心が払われる一方で、住所データを用いた立地分析には十分な関心が払われていない。一個人の研究者の尽力のみでは、公開されることのない貴重なデータを、隣接分野の研究者とともに、いかに分担して利活用していくのか、重要になろう。なお、隣接分野との共同研究として、オフィス移転と企業の成長・衰退過程との関係性を議論する「企業のライフコース」からみたオフィス移転の分析にも着手している2)
    1)企業・家計の多様性に着目した都市内部構造の動態変化に関する研究,平成20~22年度文部科学省科学研究費補助金(基盤研究C),研究代表者:清水千弘,研究分担者:唐渡広志,吉田二郎,佐藤英人 2)「企業のライフコース」からみた産業クラスターの形成要因―企業間ネットワークの構築とオフィス移転を手掛かりにして―,近未来の課題解決を目指した実証的社会科学研究推進事業(平成21年~22年度),一橋大学産業・金融ネットワーク研究センター,研究代表者:清水千弘,研究分担者:唐渡広志,佐藤英人,渡辺 努
  • 武者 忠彦
    セッションID: S1306
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    問題意識
     戦後の急速な都市化の波が過ぎ去った現在,都市をめぐる政策課題や社会的関心は,経済性や機能性の追求から,個性ある美しい景観の形成へと,その軸足を移している.事実,多くの自治体で景観に関する自主条例が制定され,2005年には景観法が制定されたように,景観は今後の都市のあり方を考える上で,中心的なテーマとなりつつある.
     一方,都市地理学において,景観は都市の機能や文化が反映された事象として,これまでも多くの研究がなされてきた.もっとも,研究の焦点は,近年の都市論で頻繁に言及される「形態からプロセスへ」という視点の転換と通底するように,景観的特徴や変化の記述から,景観形成の要因分析へとシフトしているように思われるが,そうした「プロセス」は十分に解明されているとはいい難い.その原因のひとつは,メゾ・レベルの分析の弱さにあると発表者は考える.すなわち,現在の都市地理学における景観研究が,空間認知のようなミクロ・レベルの研究と,経済現象や制度的環境と景観変化との関係に焦点を当てるマクロ・レベルの研究に偏在し,景観に影響を与えうる個人や組織,およびその関係性を動態的に分析するという視点が弱いことを問題にしたいのである.

    分析対象
     そうした問題意識を受けて,本発表ではアピアランスとしての都市景観に対して,景観を構成する事物を〈設計〉する行為に着目し,設計行為のアウトプットを都市の〈デザイン〉として定義する.もちろん,景観には人為的に関与できない領域も含まれるが,設計可能な景観に範囲を限定することで,景観を「行為や意志決定の積み重ねとしてのデザイン」へと還元し,景観形成のプロセスを実証的に明らかにするという狙いがある.
     本発表では,地方都市における商店街の近代化(再開発や街路整備などの一連の事業群)を例に,都市のデザインをめぐる個人や組織の主体的な行為が相互作用する中で,特定の景観が形づくられていくプロセスを概観する.その上で,こうした分析に有効な枠組みを与えうる隣接分野として,1)都市計画学・建築学,2)社会学・経営学の2つを取り上げ,特に後者の分野における組織論について具体的な検討を加える.
     都市計画学では,都市をデザインする主体と,それを阻害する経済・社会・政治的環境との相互作用という構図が,都市史研究の中に散見される一方で,都市デザインのプロセスを街路構造から建築物の外壁材にいたるまで,詳細にコード化したアレグザンダー(1989)のような試みもある.そうした試みは,設計という行為において,建築家が地域的文脈をどう読み取り,設計の変数としてインプットするかを議論する「批判的工学主義」の立場によって,建築学にも継承されている.もっとも,これらの研究で想定されている主体は都市デザイナーや建築家であることから,社会学からは,都市のデザインにおける専門家の影響力を過大に評価する「作家主義」であるとの批判がある反面,制度の影響を過大視する社会学のスタンスにも,建築学からの再批判がある.

    分析枠組みとしての組織論
     こうしたいわば主体と制度という社会科学の古典的な問題を乗り越える視点として,本発表では組織論の枠組みを検討する.今回とりあげる商店街の近代化をめぐるデザインのプロセスは,組織論的な整理をするならば,都市計画,町の歴史・文化,建築・土木技術,商店街の規範などの「制度」の下で,行政担当者,コンサルタント,商店経営者,地域住民,建築士などの「個人」と,それら個人で構成される都市計画行政,土木コンサル会社,商店街組合,町内会,建築士協会などの「組織」が相互作用するプロセスであると仮定することができる.では,こうした「制度」「組織」「個人」の相互作用のダイナミズムをどう分析したらよいか.この点について,本発表では組織論のなかでも特に,事例調査をベースにしている点で地理学と方法論的に親和性の高い新制度派組織理論,行為システム研究などを引き合いにしながら,分析の枠組みを検討したい.

    文献
    アレグザンダー,C.著,難波和彦監訳 1989.『まちづくりの新しい理論』鹿島出版会.Alexander, C. 1987. A New Theory of Urban Design. Oxford University Press.
  • 中澤 高志
    セッションID: S1307
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    日本の都市地理学の歴史を振り返ると,高度成長期においては都市化研究(論争)が,高度成長期の終焉からバブル経済の崩壊までは大都市圏の構造変容研究が,それぞれ学会をリードしてきたといってよいであろう.前者は,大都市圏が外延的に膨張していく現実をどう捉えるかにかかわる研究・論争であり(阿部2003),後者は外延的膨張が一段落する中で,従来の求心的な大都市圏の地域構造がいかに変化するかを論じるものであった(富田1988;森川1988;藤井1990).いずれの時期の研究も,単線的な都市の発展段階論を前提とし,そこにおける段階の遷移を実証的に把握することに重きが置かれた.発展段階論は必然的に時間軸を伴うが,それは大都市圏の変容を,社会・経済的な文脈を伴った「歴史」の中に位置付けることを必ずしも意味しない.また,上述の研究においては,発展段階の遷移の指標として人口動態が用いられたが,それは諸属性を捨象した抽象的な量に過ぎなかった.  1990年代に入ると,高度成長期以降に起こった日本における大都市圏の急激な拡大が,第一次ベビーブームコーホートを含む人口規模の大きなコーホート(郊外第一世代)のライフコースと密接に関連していること(伊藤1984)が意識され,大都市圏の拡大との関連において住民のライフコースを分析する研究が登場した(谷1997;川口1997;中澤・川口2001).こうした研究は,住民のライフコースというミクロなプロセスを,大都市圏の変容というマクロなプロセスの営力の一つに定位するとともに,少なくとも非大都市圏出身の男性世帯主の住居経歴については,「住宅双六モデル」とでもいうべき単線的な発展段階論が相当程度当てはまることを示してきた.  「住宅双六モデル」が一定の説明力を持ちえたのは,郊外第一世代がライフステージと住居形態との対応関係が強いライフコース住居経歴をたどり,しかも結婚後も仕事を継続する女性が少なかったからである.しかし郊外第一世代の子ども世代(郊外第二世代)では,晩婚化・非婚化が進展し,結婚後も働き続ける女性,あるいはしても子どもをもうけない世帯が増加するなど,ライフコースの多様化が著しい(中澤2006).戦後日本の大都市圏の構造変容のミクロな規定要因であった「住宅双六モデル」は,すでに説明力を大きく減じている.それは同時に,大都市圏の変容のプロセスが,単線的な発展段階論では語りえなくなったことを意味する. ライフコースが複線化しており,それが都市的現実の明快なモデル化を難しくしていることは事実である.しかし筆者は,一般的な議論をあきらめ,ライフヒストリーに沈深する方向に一足飛びに向かおうとは思わない.本報告では,郊外第二世代のうち第二次ベビーブーム世代(1971~1975年生まれ)に焦点を絞り,第一次ベビーブーム世代(1946~1950年生まれ)を参照軸としながら,ライフコースの多様化が主にどのような次元において起こっているのかについての試論を展開する.こうした作業を行う理由は,人間の人生が無限に多様であるとしても,多様化が比較的少数の次元において起こっていることが見いだせれば,その軸に沿ってある程度一般的な議論が可能になると考えるからであり,ライフヒストリー研究などによって「生きられた大都市圏」を把握するにしても,そうした議論を踏まえたうえで行った方が実り多いと考えるからである. なお,本報告の実証部分は,中澤(2010)をもとに展開する.中澤(2010)は居住にほぼ限定した議論であるが,当日は可能であれば労働に関する側面も扱いたい. 文献 阿部和俊2003.『20世紀の日本の都市地理学』古今書院. 伊藤達也1984.年齢構造の変化と家族制度からみた戦後の人口移動の推移.人口問題研究72:24-38. 川口太郎1997.郊外世帯の住居移動に関する分析―埼玉県川越市における事例.地理学評論70A:108-118. 谷 謙二1997.大都市圏郊外住民の居住経歴に関する分析―愛知県高蔵寺ニュータウン戸建住宅居住者の事例.地理学評論70A:263-286. 富田和暁1988.わが国大都市圏の構造変容研究の現段階と諸問題.人文地理40:40-63. 中澤高志2006.多様化するライフコースと職住関係―晩婚化・非婚化との関係を中心に.地理科学61:137-146. 中澤高志2010.団塊ジュニア世代の東京居住.季刊家計経済研究87(印刷中). 中澤高志・川口太郎2001.東京大都市圏における地方出身世帯の住居移動―長野県出身世帯を事例に.地理学評論74A:685-708. 藤井 正1990.大都市圏における地域構造研究の展望.人文地理42:523-544. 森川 洋1988.人口の逆転現象ないしは「反都市化現象」に関する研究動向.地理学評論61A:685-705.
  • 倉田 陽平
    セッションID: S1401
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    観光立国推進基本法の施行(2007年)と観光庁発足(2008年)を受け,現在,日本では観光立国に向け,訪日観光客の誘致など様々な取り組みが行われている.急増する外国人旅行者の中には,サブカルチャー観光,100円ショップでの買物,B級グルメ巡り,人間ドック来訪など,従来の日本観光のイメージからは想像もつかない観光行動を取る者も生じはじめている.このように多様化する旅行者に対し,いかに情報サポートを行い,日本を「旅行しやすく,かつ奥の深い国」と印象づけていくかは,インバウンド市場の拡大を一過性に終わらせないためにも重要な課題である.そこで本稿では観光情報サービスのあり方と,そこにおけるGISの応用可能性について考察したい.
    観光情報には大きく分けて,人々を旅行へと駆り立てる発地型情報と,旅先で消費される着地型情報との二つに分類される.観光情報サービスを設計する際にはこれらの役割分担を意識しておくことが肝要である.従来,観光情報サービスといえば,携帯端末を介して豊富な情報を提供することに過度の注目が置かれていた.このため,現地の案内板の内容と同じものを端末画面上で表示したり,出発前に利用されるべき発地型情報までをごちゃまぜに提供したりするような事態も生じていた.本来,携帯端末に求められる情報は,鮮度の高い着地型情報である.また,操作性の悪さや現地での操作余裕を考えると,情報の段階的構成,ならびに利用者の特性や嗜好を考慮した情報の絞込みも重要な課題となってくる.
    クチコミ観光情報は新鮮さと多様性の点できわめて有用度の高い情報である.そこには観光地サイドが気づかなかった隠れた見所の情報や,あまり出したくはないが旅行者のリスク回避には有用な悪評情報も含まれる.カキコまっぷ(真鍋ほか 2003)のようなオンライン地図掲示板は,クチコミ観光情報を空間的に整理していく上で有用なツールである.また,セカイカメラ(Tonchidot 2008)のようなクチコミ情報を現実映像に重ねて見せる拡張現実型システムは,即地性・即時性があり,利用者の地図リテラシーを問わないという利点がある.ただし,情報提供場所に行かなければ情報を享受できないという拘束性や,いかに有用な情報を選択的に示せば良いのかという課題もある.とはいえセカイカメラに見られる拡張現実技術が今後発展すると,画面を介して古い町並みや破壊前の遺跡を現実空間に重ねて表示させたり,いまある街をミュージアムやゲームフィールドに見立てたりと,既存の空間を保全・活用しながら観光コンテンツの充実を実現することにつなげられる.この中でGISは現実世界と現実世界にマッピングされたコンテンツとを結びつけるバックボーンとして大きな役割を果たしていくことだろう.
    以上は着地型情報の話であるが,人々を旅へといざない観光振興をはかるためには,発地型情報の充実も重要課題である.従来の発地型情報は,テレビの旅番組・CMや,パッケージツアーのカタログなどにより,不特定多数の人々の旅行動機を刺激することに主眼が置かれてきた.これに対し筆者は,個々の利用者がオーダーメイドの観光プランを対話的に作成できる,GISベースの「旅行計画支援システム」の開発に取り組んできた(Kurata 2010).このようなシステムは旅先に着いてからプランを練るような着地型利用も可能だが,むしろ出発前に気軽に利用してもらい,「もし自分がその地を訪れたらどんな旅行ができるか?」というイメージをふくらませ,旅行手配のステップへと踏み出させるきっかけを与える役割も期待できる.
    最後に,観光現象の分析におけるGISの応用可能性も忘れてはならない.なぜならそのような分析をもとに,旅行者への情報提供のあり方や,マーケティングのあり方を議論していくことができるためである.特にGPSロガーを利用した分析(たとえば矢部ほか 2010)は,旅行者の行動実態をミクロスケールかつリアルタイムに把握することができるので,その利点を活かした研究成果が今後,大いに期待されるところである.
  • 中谷 友樹
    セッションID: S1402
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     19世紀中葉にSnowによって示された疾病地図による疫学的な分析の有用性は、2005年の所謂クボタショックのきっかけをなした中皮腫死亡の地図によって現代的な再現をみた。かつて石綿を利用するセメントパイプを製造していたクボタ旧神崎工場を中心とした近隣住民の中皮腫患者の集積が、地図上に描き出されたのである(Kurumatani and Kumagai, 2008)。なお、中皮腫とは、アスベスト(石綿)への暴露を通して発症するがんの1種であり、アスベスト暴露から30年以上の長い潜伏期間を経て発症すると考えられている。石綿使用の禁止措置はこれまで段階的に進められ、完全な禁止措置は2002年になされたにすぎない。
     この尼崎の事例をもって、アスベスト問題に対する社会的関心が高まり、アスベスト関連疾患に関する調査や情報の公開がなされるようになった。しかし、アスベスト被害の全国的な状況は十分に理解されているとは言い難い。公開されている資料が限られているとともに、「死亡数の一覧」を適切に吟味するための統計的な加工がなされていないために、公開されている統計資料からは、全国的な「中皮腫流行」の実態を理解することが難しいのである。
     ここでは、現代的な空間統計学の方法論を用いて、利用可能な資料を最大限に活用し、中皮腫死亡の全国的分布の推定を試みつつ、GIS環境におけるその効果的な視覚化をはかる(cf. 中谷, 2008)。中皮腫死亡に関する基礎資料としては、厚生労働省(都道府県)、環境省(市町村)からそれぞれ公開されている人口動態から得られた死亡数表を主に利用する。
     本発表では現時点で得られた中皮腫死亡SMR(標準化死亡比)推定値の市町村別分布からは、尼崎市とともにアスベスト関連工場や(旧)造船所の立地した地域における異常な死亡の集積が明瞭にみてとれる。各地域は人口(正確には年齢による調整を行った期待死亡数)に比例する面積となるように変換されたカルトグラムを基図とし、SMRに比例する高さをもったプリズムによって示されている。山の体積(底面積×高さ)は、人口(期待死亡数)×死亡比=死亡数に相当し、死亡の絶対数に応じた「中皮腫流行」の深刻さを視覚的に理解できる(Nakaya, 2010)。

    文献
    Kurumatani, N. and Kumagai, S. 2008. Mapping the risk of mesothelioma due to neighborhood asbestos exposure. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 178: 624-629.
    中谷友樹 2008. 空間疫学と地理情報システム. 保健医療科学 57(2): 99-106.
    Nakaya, T. 2010.‘Geo-morphology’ of population health in Japan: Looking through the cartogram lens. Envrionment and Planing A (forthcoming).
  • 貞広 幸雄
    セッションID: S1403
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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    本論文では,地理学における最も基本的な概念の一つである領域を取り上げ,複数領域間の空間関係分析を論ずる.特にここでは,明確な境界を持つ2次元閉領域に焦点を当て,多数の領域間の関係を可視化し分析する手法を提案する. まず最初に,2つの領域間の空間関係を記述する.位相関係については,1) 同一,2) 階層(一方が他方を包含),3) 重複,4) 分離,の4通りに分類する.さらに詳細な空間関係の記述のために,1) 面積距離(面積の差),2) 階層距離(完全な階層関係からの乖離度),の2つの指標を定義し,領域間の類似性を評価する. 次に,上記位相関係と類似性指標を用い,3つ以上の領域間の関係を記述する.位相関係の中でも特に重要な階層性に着目し,関係を明示的に可視化する方法としてハッセ図を利用する. 所与の領域群を全て重ね合わせると,多数の細分化した小領域群が得られる.全ての小領域を要素とする集合のべき集合と,小領域間の階層関係は束を成すことから,その構造はハッセ図によって可視化することができる(図1). ハッセ図は多数の領域間関係の可視化には適さないことから,ここでは部分グラフである準ハッセ図を提案する(Sadahiro, 2010).準ハッセ図では,領域の面積を縦軸とし,2つの木構造の組み合わせによって領域間の階層関係を可視化する.ハッセ図と比べてリンク数が非常に少なく,領域間関係の全体構造が容易に把握できるという利点を有する.また,2つの木構造を個別に利用することで,空間関係に基づいた領域の分類も可能である. 以上の手法を用いて,東京・青山地区のイメージ図の分析を行う.2008年11月,70名の学部生及び大学院生を対象とし,青山地区を白地図上に描かせる実験を実施した.イメージ図の分析の結果,A~D群の4つの大分類と,各1~3の小分類を得た(図2,3).A~Dの各群は,それぞれ異なるランドマークを中心としたまとまりを構成しており,各小分類は,ランドマークを共有するものの,その周辺地域への広がり方の異なるイメージ図群から成り立っている.C群は青山学院大学,A及びD群は青山1丁目駅や表参道駅を中心とするイメージ図から構成されており,それぞれ学部生,社会人大学院生によるものが多い.この結果は,地域イメージが来街経験に大きく依存することを示唆していると考えられる.
  • 石川 徹
    セッションID: S1404
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/11/22
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     空間と人間は、自然地理・人文地理という名称が示すように、一貫して地理学の主要な研究対象である。また、1960年代ごろからは、空間における人間の認知と行動という問題も、地理学の重要な考察対象となってきた。人間の行動は、物理的空間とともに、人間がとらえる空間(心理的空間)によることが理解されてきたためである(Golledge and Zannaras 1973)。
     一方、地理情報科学という学問分野が一般的に認知されるようになってから、20年ほどがたつ(Goodchild 1992)。地理情報の取得、管理、分析、表現に関わる諸問題を系統的に扱うこの分野においても、人間の認知的側面の重要性が最近注目されるようになってきた(National Research Council 2006)。空間あるいは空間に関する情報だけでなく、空間の中で行動する人間や空間の情報を利用する人間と、その認知プロセスを見ていこうという考え方である。
     このような背景を念頭に置き、本発表では、地理情報科学を空間・人間・情報の関わりという観点からとらえ、これらの関係を扱った研究について紹介する。
     まず最初に、私たちが日常生活を送っている空間(大規模空間、都市空間)の認知に関する研究を紹介する。このような大きなスケールの空間の知識を得るためには、個々の地点で獲得した知識をひとつの「地図」のようなものにまとめ上げなければならない。そのため、空間の位置関係を2次元的に把握することは、空間知識の獲得過程において大きなステップであり(Montello 1998)、「頭の中の地図」の正確さに関しては非常に大きな個人差があることが最近の研究でわかっている(Ishikawa and Montello 2006)。新しい場所でも周辺の知識が正確に「地図」の形で頭の中に入る人がいる一方で、このような地図状の知識は獲得されない人もいる。また、場所の経験を重ねるにしたがって知識の正確さが向上する人も見られる。このように、同じ物理的空間にいながら、人々がとらえる場所の知識に大きな個人差があることは、実際面でも大きな意味をもつと考えられ、それらの応用的示唆についても議論する。
     つぎに、場所に関する情報の提示法について、利用者の位置把握の程度に与える影響を調べた研究を紹介する。具体的には、言葉を用いた場合、および地図と写真を用いた場合で、空間能力・方向感覚が高い人と低い人の空間行動がどのように違うかを調べた実証研究を見る(Ishikawa and Kiyomoto 2008; Ishikawa and Yamazaki 2009)。言葉による場所情報の提示については、絶対参照系(東西南北)または相対参照系(前後左右)を用いたルート案内を対象とし、それぞれを用いた場合の歩行時間・距離・速度や迷って立ち止まった回数などを比較した。地図と写真による場所情報の提示については、携帯端末の画面サイズのものを対象とし、地下鉄の地上出口において、それぞれを用いて目的地までの案内をした場合での位置把握の正確さおよび判断の速さを比較した。これらの実験から、絶対参照系および地図を用いたルート案内は、とくに方向感覚・空間能力の低い人にとって難しいことがわかった。以上の結果が、最近普及が目覚ましい位置情報サービスやナビゲーションシステムの開発に与える示唆についても議論する(Ishikawa et al. 2008, 2009)。
     最後に、空間と情報の結び付きを少し違った視点からとらえたものとして、ユビキタスコンピューティング技術を実空間に応用した各種取り組みについて紹介する。具体的には、実空間と仮想空間を融合し、状況に応じた情報提供を可能にするという「ユビキタス」の目標を紹介し、場所情報を社会基盤(インフラ)として整備する取り組みを見る(坂村 2006)。また、これに関連して、都市の基盤施設(公物)の情報を、「場所」をキーとして整備・管理する取り組みを紹介し(石川 2009, 2010)、将来の「ユビキタス空間情報社会」についての展望をおこなう。
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