Ⅰ.問題意識と研究目的
戦後の農業政策は,農業基本法の施行(1961年)以降,農地流動の進展による「生産性向上=構造改善」が目指されてきた.本研究は,日本における農地政策と農地流動の展開過程を追ったうえで,それぞれの時期における農地流動の地域的特徴について明らかにすることを目的とする.
Ⅱ.戦後農地政策と農地流動の全国的展開
戦後日本における農地流動は,農業政策との関連から3時期に整理できる.
第1期(1952~1974年):「農地法」の下で,1960年代半ばまでの農地流動は売買を中心に展開した.しかし,これ以降,売買による農地流動は約7万ha台(全体の約65%,以下同様)にとどまった.賃貸借による流動は1952年の5,948ha(21.0%)以降,1970年には1,838ha(1.7%)へと減少しつづけた. このような農地流動の停滞を打開し,とくに賃貸借による農地流動を促進させるため,「農地法」が1962年に一部改正された後,1970年に大幅に改正された.ここでは主に農地取得の上限面積の制限を撤廃するとともに,賃貸借関係の規制が緩和された.しかし,農地流動は依然として停滞を続けた.
第2期(1975~1992年):1975年以降における農地流動は,面積的には約10万haで停滞を続けたが,「農用地利用増進事業」とその法制化を契機として,賃貸借が1975年の5,920ha(全体の6.1%)から,1992年の58,708ha(52.8%)へと拡大した.
第3期(1993年~現在):当時期における農地流動の最大の特徴は,「農業経営基盤強化促進法」の施行(1993年)を受けて,第2期をとおして停滞していた農地流動が,賃貸借を軸としながら拡大基調へと転じたことにある.1993年時点で113,420haであった農地流動面積が,2000年には146,173ha,2010年には191,893haへと拡大した. 賃貸借面積は,1993年に64,157ha(71.0%)であったものが2000年には103,875ha(71.1%),2010年時点では154,506ha(84.6%)と拡大した.これに対して,売買面積は1993年以降,約3万ha台(15%台)を推移しており,横ばいの傾向にある.
Ⅲ.農地流動の地域的展開
第1期(1955・1970年):売買率(耕地面積に対する売買面積の割合)の全国平均は,1955年の0.72%から70年の1.26%となり,賃貸借率は55年の0.10%から70年の0.06%となった.第1期をとおして売買率が全国平均よりも高い地域は,北海道および南九州地方の諸県であり,大阪府や京都府といった大都市部においても進展していた.賃貸借率が全国平均よりも高い地域は中国地方の諸県であり,これらに北海道が次いでいた.
第2期(1980・1990年):第1期に比べ,売買率の全国平均が低下した一方で,賃貸借率は上昇した(売買率;80年:0.75%,90年:0.67%,賃貸借率;80年:0.47%,90年:1.18%).売買が進展する地域は,北海道および南九州の諸県に限定されるようになった.一方,賃貸借は,中国地方を筆頭に北から北海道,北陸地方,沖縄県を含む九州地方諸県などで,進展地域の拡大がみられた.
第3期(2000・2010年):売買率(2000年:0.68%,10年:0.71%)は停滞し続けている一方で,賃貸借率(2000年:1.72%,10年:3.18%)はさらに上昇している.売買の進展地域は北海道および沖縄県に限られているのに対して,賃貸借は,中国地方を筆頭に北海道,北陸地方,北九州地方の諸県で進展している.とはいえ,これら諸地域の賃貸借率も約3~5%台であることに注目しておきたい.
Ⅳ.結論
①日本における農地流動は,1970年代までは売買を軸に進展していたが,これ以降は賃貸借を中心としたものに変化した.農地流動は第3期以降,大幅に拡大している.
②農地流動の進展地域は売買と賃貸借とで異なるものの,北海道や北陸地方など特定の地域で進展する傾向にある.
しかし,農地流動が進展している地域でさえ,耕地面積に対する農地流動面積の割合でみれば,わずか数%に過ぎない.このことは,農業政策上の課題として農地流動の進展が長期的に掲げられている以上,看過できない事実である.このような現状のなかで,農地流動の進展による「生産性向上=構造改善」の方向性が問われているといえよう.
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