日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の335件中251~300を表示しています
要旨
  • 持続可能な観光の視点から
    稲田 道彦, 田上 善夫, 森脇 広
    セッションID: P094
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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     ニュージーランドでは観光が主要産業の一つであり、エコツーリズム・サステイナブルツーリズムを目標とする観光が目指されている。宿泊業のうち、比較的小規模の投資によるモーテルなどの宿泊施設が、地域の産業として成立している。自動車で通行する観光者をターゲットにし、家族などの小集団の旅行の受け入れ先になっている。キッチンで炊事ができるなど、観光者にとっても出費を抑えることのできるリーズナブルな宿泊先としての特徴を持つ。小規模のため郊外にも立地し、ニュージーランド全土に分散している。地方の住民に観光産業による利益をもたらすモーテルなどの小規模宿泊地が持続可能な観光を支える側面を発表する。
  • 林 琢也
    セッションID: P088
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.関心の所在と研究目的
    岐阜市長良地区は、市街化区域にありながら、ローカルなブドウ産地としての性格を併せもっている。ブドウ狩りを行う観光農園や県道沿いに広がる農家直売所で販売されるブドウは周辺住民の間で「長良ぶどう」の呼び名で親しまれている。当地におけるブドウ狩りの開始は古く、1961年に遡る。かつては、同時期にブドウ狩りを開始した岐阜県美濃加茂市や名古屋市守山区、岡崎市、大府市の産地の代表者が集まり、入園料や土産物の量などの調整を行う会議(通称、五者会議)が開催されるなど、東海地方のブドウ狩り観光農園の草分け的な存在でもあった。現在は、ブドウ狩りよりも沿道や庭先での直売の方が盛んではあるが、ブドウを介して生産者が消費者や観光客と直に接するアグリ・ツーリズムは重要な経営方法の1つである。 本研究は、長良地区でブドウ狩りやブドウの直売所を経営する農家への聞き取り調査をもとに、都市近郊農村におけるアグリ・ツーリズムの成立要件を検討することを目的とする。

    2.ブドウ狩りの現状と集客圏
    長良川畔観光園芸組合におけるブドウ狩り入園者数の推移をみると、観光農園数の半減する2000年代半ばの低迷期を経て、2012年以降は高水準で観光客を維持している。 2015年の団体予約は27組あり、岐阜市が10組と最多で、大垣市の5組、羽島市・名古屋市の3組と続く。岐阜市周辺および名古屋市や一宮市といった尾張地方からの来訪によって支えられているといえる。なお、岐阜地域はもとより西濃地域や中濃地域においてもブドウ狩りを行っている農園は他には無く、例年9月20~25日でブドウ狩りは終了となるが、10月に入ってからも問い合わせが続くなど、身近なレクリエーションの場として重宝されている。

    3.宅配の発送先と注文者の居住地を考える
    次にブドウの宅配についてみていきたい。同地区内で協力を得たA農園を例にすると、2015年は7月26日から9月21日までの約2か月間で200件の注文を受けている。 発送先として最も多いのは岐阜県内の34件で、愛知県の30件が続く。岐阜県内では岐阜市と高山市の7件が最多である。また、愛知県では名古屋市の9件、一宮市の4件が続く。それ以外では、関東地方の神奈川県、東京都、千葉県、近畿地方の京都府、兵庫県などへの発送が多い。その他は北海道から沖縄県にいたるまで全国に万遍なく発送されている。A農園のブドウの栽培面積は50aほどであるが、同地区は市街化区域に指定されているため、地区内のブドウ栽培農家の中では、比較的規模の大きい部類に入る。 一方、注文者を整理すると、95.0%(190件)が岐阜県内で、このうちの74.5%(149件)は岐阜市在住者である。多くの注文者は、農園を訪問し、自家消費用のブドウを購入するとともに、贈答用の注文をしていく。その意味では、直売・宅配の顧客は、ブドウ狩り以上に狭小な範囲の消費者によって支えられているともいえる。

    4.長良地区におけるアグリ・ツーリズムの存立要件
    これまでみてきたように、長良地区のブドウ狩り、宅配・直売を支える顧客の居住地は岐阜市を中心にかなり狭小な範囲に収まることがわかる。その意味では、ローカルな知名度を活かし、周囲に競合するブドウ産地も少ないことが、結果として岐阜都市圏の顧客の需要を一手に引き受けることを可能にしているのである。また、ブドウ狩りは近接する尾張地方からのレクリエーション需要も喚起している。都市近郊のため、産地規模は小さいものの、需給バランスをみると、均衡もしくは、やや需要過多の状況が生み出され、それが、生産者の意欲を継続させる上で大きな効果をもたらしている。さらに、岐阜市街地に車で15分程度の距離に位置することから、農外就業の機会も多く、子ども世代の同居も多い。このことは、農外所得も含めた世帯収入の安定を可能にし、農業で利潤の最大化を追究する必要性を減じさせている。すなわち、親世代の農業の継続にゆとりをもたらしているのである。とはいえ、地区内39戸のブドウ農家は、消費者への直接取引を行っているという観点からは、ライバルでもある。このため、適度な競争意識は存在し、それが日常的に栽培技術を研鑽し、産地内のブドウ栽培のボトムアップを可能にしているのである。 以上のような点が、小規模なブドウ産地である長良地区においてアグリ・ツーリズムを継続させることを可能にしてきた主な要件といえる。今後は農外就業中の同居・近居している子ども世代への技術や経営ノウハウの継承が最大の課題となるが、その点は、別稿に譲ることにしたい。
  • - 高校生が描く世界地図と通学路の事例から -
    栗山 絵理
    セッションID: P068
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    2007年度から地理Aおよび地理Bの授業にて、世界地図および通学路の地図を手描きする作業を通じ、生徒の地図理解を深めてきた。こうして蓄積された1,000を超える手描き地図の事例を、縦断的(同一人物による地図を経年的に比較する)・横断的(多数の人物による地図を比較して共通や差異を検討する)に分析し、現場での教育実践に活かすとともに、空間認知研究としても一考したいと考えた。今回、世界地図と通学路の地図の間となるスケールについて追加調査を実施した。これにより、同一人物の複数の異なるスケールの地図を比較して、世界地図という広く大きな範囲を示した手描き地図と通学路の地図という身近で狭い範囲を示した手描き地図の関係性を分析する試みを行った。さらにその前段階として、地図を手描きする作業の背景となることを尋ねた質問紙を回収し、地図を描く(空間認識をアウトプットする)際の傾向を把握する手がかりとした。ポスター発表では、特徴的な手描き地図を例示して説明する。
  • ―「ちばレポ」を事例に―
    中戸川 翔太, 瀬戸 寿一
    セッションID: 603
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ.はじめに
    住民参加と地図作成に特徴づけられる市民参加型GIS(Public participation GIS)が社会的に広まっている。市民参加型GISは、地図作成を通して市民の情報共有を促進したり、GISによってまちづくりにおける意思決定プロセスを改善したりする効果が期待される。近年では発達した情報通信技術を用いることで、より多様な住民の参加機会を実現しているものの、参加住民の社会属性には偏りが生じることが多い。しかし、共有される情報が参加住民の社会属性や生活経験とどのような関係を持つのかに焦点を当てた研究は限られる。
    以上の背景をもとに本研究では、千葉市役所の広報広聴課による市民協働で地域課題を解決する取り組み「ちば市民協働レポート(ちばレポ)」を基に、住民参加型ワークショップを行うことで、女性間の子育て期間の違いが着目する情報にどのような差異をもたらすのか明らかにする。

    Ⅱ.研究方法
    本研究の調査対象は千葉県千葉市緑区おゆみ野地区に在住の市民とし、調査方法はまち歩きと協議を取り入れたワークショップ及びアンケート調査とした。ワークショップは、9月19日、10月2日、10月11日の10:00~12:30で、3日間それぞれの属性集団に対して実施した。調査対象として就学児童の母親グループ、未就学児の母親グループ、自治会長のグループがそれぞれ6人ずつ参加した。ワークショップは、参加者が気になった道路が傷んでいる、公園の遊具が壊れているといった、地域住民にとって困ったインフラの課題をカメラで撮影し、筆者作成のまち歩きシートに内容を記入し、協議をした。

    Ⅲ.結果
    地図や投稿内容、協議を分析したところ、課題認識の差異があることが明らかとなった。
    就学児童の母親グループは、公園や小川について課題であると認識し、駅前は魅力であると評価した。自転車と遊歩道の関係性に着目し、利便性と自転車環境に注目した。
    未就学児の母親グループは、公園について課題であると認識し、駅前・小川について魅力であると評価した。自転車・ベビーカー・遊歩道・タイルの関係性に着目し、子どもを中心とした歩行環境に注目した。
    自治会長のグループは、道路について課題であると認識し、相対的に課題認識が低い結果となった。遊歩道を中心に様々なものに着目し、景観と道路環境に注目した。

    Ⅳ.考察
    女性間の課題認識は、子育ての期間によって差異が生じていると考えられる。就学児童の母親グループは、未就学児の母親グループと比べ、子育て期間が長く、子どもの成長にしたがってより多くの地域の活動に参加し、地域の様々な課題に意識が向くようになったと考えられる。一方で、未就学児の母親グループは、未就学児を育てることが生活の中心となるために、ベビーカーによる歩行環境という視点からインフラ課題を認識しているといえる。自治会長グループが投稿した課題は、ちばレポで投稿が多かった課題と類似する一方、他の2つのグループの投稿課題はちばレポに共有されていない課題であることが分った。本研究で明らかとなったように子どもの成長によって母親の課題認識が異なる。こうした課題認識の差異と参加者の属性に留意して共有される情報を批判的に評価し、多様な住民参加を促進していくことが求められる。
  • 田中 雅大
    セッションID: 518
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに
    近年日本では建築物,道路等のバリアフリー化が進展している.しかし,外出移動の妨げとなる物理的バリアは依然として存在しており,特に視覚障害者にとってその問題は深刻である.情報障害者とも呼ばれる彼らは道路上のどこに,何が,どのように存在しているのかを事前に把握することが困難であり,外出時の衝突事故が後を絶たない.先行研究では行動地理学の分野において空間認知の観点から視覚障害者の移動について検討されてきた.しかし,障害の地理学の誕生以降,障害を病気や怪我としてではなく社会的,空間的に作り出されるものとして捉える見方が強くなっており,物理的バリアについてもその観点から検討する必要がある.以上を踏まえて本研究では,歩行空間を取り巻く社会状況の変化に着目し,視覚障害者の外出における物理的バリアの実態について考察する.
    2. 研究方法
    本研究ではまず,認定NPO法人ことばの道案内が作製している視覚障害者向け道案内文(通称「ことばの地図」)を分析し,視覚障害者の外出において何が物理的バリアとなっているかを明らかにする.対象地域は東京都である.「ことばの地図」とは最寄り駅・バス停から各種施設までを道案内するテキスト形式の地図であり,全国各地で作製されている.当事者による現地調査を踏まえて作製され,Webサイトを通じて公開されている.「ことばの地図」には注意文と呼ばれる経路上の危険事項を警告する文が記載されており,その中には物理的バリアの情報が多数存在する.本研究では2015年5月5日時点で公開されていた東京都の1,167ルートの「ことばの地図」(往路のみ)を使用する.
    次に,視覚障害者や行政担当者への聞き取り調査で得られた情報,行政資料,新聞・雑誌記事等を使用して分析結果について考察する.
    3. 視覚障害者の移動を妨げる物理的バリア
    「ことばの地図」には1,468か所分の物理的バリアが記載されており,自転車,電柱,車止め,段差,路上看板が特に多いことがわかった.自転車,電柱,段差,路上看板に関する問題は多くの先行研究で指摘されているが,車止めについて言及されたことはほとんどないため,出現頻度第3位という結果は注目に値する.車止めとは高さ70㎝程度の細長いポールのことであり,主に歩道への車の侵入や駐車場に出入りする車と歩行者との接触などを防ぐために,歩道と車道の接合部分や歩道上に設置されている.しかし,それが視覚障害者の移動の妨げとなってしまっている.
    4. 歩車分離から歩車共存へ
    車止めという物理的バリアが生じる背景には「歩車共存」という道路設計思想があり,そのことが問題の解決を難しくしている.
    日本では1960年代にモータリゼーションが進み交通事故が頻発するようになったため「歩車分離」の思想が広まった.1970年に東京都が行った世論調査では回答者の多くが歩道と車道の分離を訴えている.道路は車の通行が優先され,ガードレールや歩道橋が多数設置された.これは歩行者に閉塞感をもたらしたとされている.しかし多様な価値観が承認される社会へと変化していくにつれ,次第に歩車分離から歩車共存へと道路設計思想が転換していく.それは東京都の交通政策に如実に表れている.1982年に東京都交通安全対策会議が発表した『東京都交通安全計画』では「人車分離を積極的に推進する」と述べられていたが,1996年の『第六次東京都交通安全計画』では一転して「コミュニティ道路や歩車共存道路等の面的整備」が目標として掲げられている.また,1998年の土木・建築系雑誌『日経コンストラクション』においても歩車共存に関する特集記事が掲載されている.こうした流れに沿う形で道路の敷設物も変化していった.1985年発行の土木学会編『街路の景観設計』では歩車共存策として車止めが挙げられている.車の侵入を防ぎつつ歩行者が自由に道路を使用できるようにするために車止めが重宝されるようになったのである.しかし,それは視覚障害者の物理的バリアの増加にも繋がってしまった.
    事故防止策としてはゴム製にするという方法もあるが,それには問題がある.東京都内のある自治体担当者によれば,当該自治体ではかつてゴム製の車止めに寄りかかった高齢者が転倒するという事故が起きて以来,車止めの軟質化には躊躇があるとのことである.
    以上のような問題は近年注目を集めているバリアフリー・コンフリクトの一種として位置づけられる.
  • 鈴木 比奈子, 田口 仁, 佐野 浩彬, 堀田 弥生, 臼田 裕一郎
    セッションID: 607
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    防災科学技術研究所 自然災害情報室では、故大矢雅彦氏(早稲田大学名誉教授)より2002年に寄贈された水害地形分類図を「水害地形分類図全集(全7巻、49編)」として所蔵し、「水害地形分類図デジタルアーカイブ」を構築した。本デジタルアーカイブの特徴は、Web-GISを用いた地図の閲覧、二次利用可能なフォーマットおよびライセンスで公開する点である。本稿では「水害地形分類図デジタルアーカイブ」の特徴と、オープンデータとして資料を公開するうえで生じた課題について報告する。
  • 上野 由希子
    セッションID: 707
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    はじめに
    本研究の目的は、鯨と地域との関わり方の変容を文化地理学的な視点により明らかにする事である。本発表では、産業的には衰退しているが、文化的には現在も利用が続いている鯨を取り上げ、山口県の長門市と下関市の鯨に関する文化の利用の違いを比較考察する。
    長門市通地区の事例
    鯨に関する文化を観光に利用している事例が山口県長門市の通(かよい)地区である。ここは江戸時代古式捕鯨を行っていた島の漁村である。捕獲した鯨に戒名を与え、解体の際に母鯨から出てきた胎児には墓を設けて供養した事が通地区の特徴としてあげられる。さらに鯨を供養するための法要が現在も続けられている。鯨墓建立300年を記念して1992年から通くじら祭りが行われるようになった。この祭りでは海で鯨の模型を捕獲する古式捕鯨の再現が行われている。翌年には、水産庁の沿岸漁業改善事業の一環でくじら資料館という博物館が設置され、旧鯨組主の早川家に伝わる捕鯨具などを収蔵展示している。通地区の小学生は古式捕鯨時代から伝わる鯨唄を習う時間がある。このように通地区では鯨に関する文化を地域文化資源として利用しているが、捕鯨自体すでに廃絶しているためその文化を継承することが目的となっている。
    下関市の事例
    下関は交通要衝の都市に位置し、大洋漁業(現マルハニチロ)の捕鯨部門とともに発展してきた町である。下関市は現在調査捕鯨のキャッチャーボートの母港となっているが、今後規模を拡大することを目指し、それに向けて行政主導で鯨を利用した地域づくりが進められている。鯨に関する研究機関として水族館の海響館、下関市立大学には鯨資料室があり、鯨に関する情報を収集している。そして食を通した住民への普及活動を実施している。大きなイベントでは鯨を食べられる場を設け、「鯨を食べる習慣がある地域」であることを舌で覚えてもらう。特に鯨料理教室や、学校給食に鯨を使ったメニューを復活させるなど日常的に鯨を食べる機会を増やし、下関の人々に対して、鯨に愛着を持ってもらう事を期待していると考察した。これらの鯨に対して親しみを持つよう働きかける活動は、調査捕鯨船団を受け入れやすい地域を形成することを目的としていると考えた。調査捕鯨母船の新船建造誘致を目指し、捕鯨がもたらす経済効果を狙って下関市は行政主導で鯨に関する文化を地域づくりに利用している。
    考察
    両地域の共通点は3点ある。時代が異なるが捕鯨基地として栄えたこと、鯨を食べる習慣があること、鯨に関する博物館施設が設置されていることである。しかし両地域には地域資源としての鯨の利用の仕方に違いがある。通地区では鯨墓や鯨唄などの鯨に関する文化の伝承を目的としている。一方下関では調査捕鯨船団を受け入れやすい地域を形成するため、行政主導で鯨に関する文化を地域づくりに利用しているという違いがある。つまり、通地区の鯨に関する文化の基盤は生業的な古式捕鯨で、捕鯨が廃絶した島嶼の村落に立地している。それに対し、下関の鯨に関する文化の基盤は企業的な近代捕鯨で、現在も調査捕鯨の基地である交通要衝の都市に立地している。これが両地域の違いが表れる原因であると考える。
  • 北島 晴美
    セッションID: 510
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
    発表者は,最近の都道府県別老衰死の地域差について,標準化死亡比(SMR),年齢調整死亡率,死因別死亡確率から分析し(北島,2015a),保健所別老衰死の地域差についても報告した(北島,2015b)。
    都道府県別,性別,5大死因(4大死因+老衰)別のSMR,年齢調整死亡率をそれぞれ主成分分析し,いずれも肺炎,悪性新生物,心疾患の変動を説明する第1成分,老衰,脳血管疾患の変動を主に説明する第2成分が抽出された(北島,2015a)。
    全国464保健所をケース,男女の5大死因のSMRを変数とする主成分分析から,保健所別の第1成分,第2成分は,都道府県別SMRの主成分分析結果と類似しており,第2成分は老衰,脳血管疾患の変動を主に説明するパターンである。第1成分は4大死因と関連した死亡率の総合的指標と言える特徴を持ち,老衰死亡率は独自の変動を示すことが示唆された(北島,2015b)。
    都道府県別老衰死亡率は,医療費と関連すると考えられる。本研究では,都道府県別老衰SMR,老衰死亡確率と医療費指標との相関関係を調べた。

    2.研究方法
    使用した老衰死に関するデータは,SMR(『平成20年~平成24年 人口動態保健所・市区町村別統計』,厚生労働省)(2010年と標記),死因別死亡確率(『平成22年都道府県別生命表』,厚生労働省)である。都道府県別の医療費に関するデータは,医療費の地域差分析(平成22年度基礎データ)(厚生労働省)に掲載された,都道府県別1人当たり医療費(後期高齢者医療制度)である。
    老衰死の99%以上は75歳以上であるため,後期高齢者医療制度の医療費データとの比較を行った。

    3.老衰SMR,老衰死亡確率と1人当たり医療費
    2010年の都道府県別,性別老衰SMRと後期高齢者1人当たり医療費は,男女とも有意な負相関である(図1)。1人当たり医療費が高いと,老衰死亡率が低下する相関関係がある(男r=-0.7462 p=0.0000,女r=-0.7497 p=0.0000)。
    2010年の都道府県別死因別死亡確率のうち,75歳の性別老衰死亡確率と後期高齢者1人当たり医療費は,男女とも有意な負相関である(図2)。1人当たり医療費が高いと,老衰死亡確率が低下する相関関係がある(男r=-0.6656 p=0.0000,女r=-0.6758 p=0.0000)。

    4.老衰死と医療費
    老衰死は他の死因による死亡と連動し,他の死因による死亡割合が多いと老衰死の割合は低下する。他の死因による病死の場合の医療費は,老衰死の場合の医療費よりも高額となると想定される状況を反映した相関関係が確認された。

    北島晴美2015a:都道府県別老衰死亡率の地域差,日本地理学会発表要旨集,No.87,184.
    北島晴美2015b:保健所別老衰SMRの地域差,日本地理学会発表要旨集,No.88,79.
    厚生労働省ホームページ.医療費の地域差分析(平成22年度基礎データ).

  • 中国人における「訪日ACG旅行」を事例に
    黄 晶晶
    セッションID: P097
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに

       近年、アニメ、コミック、ゲーム(以下ACGと称す)、映画、ドラマなどのコンテンツを動機とした旅行行動が多く見られる。日本国内の旅行行動はアニメを動機とした、アニメの舞台となった地域を探訪する「アニメ聖地巡礼」が挙げられる。国外から訪日旅行の場合、2009 年の中国映画『狙った恋の落とし方』の大ヒットにより、中国人観光客が大量に、映画の舞台となった日本の北海道道東地区に訪れた例が挙げられる。本稿では、コンテンツを動機とした、特に日本のACGを動機とした中国人の訪日旅行について、旅行者の旅行行動に着目して論じる。具体的には、日本のACGに強い興味を持ち、日本のACG関連商品の販売店やACG作品の「聖地巡礼」、また、ACGに関連するイベントの参加などを主な目的にし、日本を訪れる中国人ACG愛好者の具体例について分析する。本稿の「聖地巡礼」とはACG作品にまつわる「舞台探訪」であり、ファンが作品の背景となった場所を現実から見つけ出し、それらの場所を訪ねることである。さらに、日本のACGを動機とし、日本のACG関連商品の販売店を巡ること、ACG関連のライブや展示会などイベントの参加、またACG作品の「聖地巡礼」などを主な目的で日本を訪ねることを「訪日ACG旅行」として定義する。また、こういった旅行行動をおこなう、国籍は中国の旅行者を研究対象とし、彼らの訪日旅行行動について考察をおこない、「訪日ACG旅行者」と一般訪日旅行者、また、中国聖地巡礼者と日本聖地巡礼者の共通点や相違点を究明し、中国人ACG愛好者が日本における旅行行動の特徴を明らかにしたい。さらに、中国聖地巡礼者少量サンプルの実態考察に基づき、中国聖地巡礼者と日本聖地巡礼者の関係について一つの仮説を立てたい。

    2.調査方法

      「訪日ACG旅行者」は団体旅行者と個人旅行者に分けられる。団体旅行者はパッケージツアーで訪日する旅行者であり、交通・宿泊・食事・訪問先などの旅程が部分的、または全部主催者側に決められ、旅程を選択する自由がある程度に規制されている。一方、「訪日ACG旅行」の個人旅行者については、旅程内の交通・宿泊・食事・訪問先などがすべて自ら選択できる旅行者を個人旅行者として定義する。調査方法として、「訪日ACG旅行」のパッケージツアーのパンフレットにより宣伝用語について分析し、「訪日ACG旅行」のパッケージツアーの参加者へのアンケート調査や聞き取り調査、ツアー主催者への聞き取り調査をおこなうとともに、インターネット上で「訪日ACG旅行」の経験者へのアンケート調査と聞き取り調査を行った。また、インターネット上の旅行記について考察した。

    3.結果と考察  
       日本のACGを動機とした中国人の訪日旅行の特徴について、旅行行動に着目し、文献、アンケート、聞き取り、随行観察による調査結果を踏まえて考察を行った結果、中国人における「訪日ACG旅行」の特徴を1)「個人旅行」と「団体旅行」には、それぞれの違いがあり、また共通点もあること。2)インターネットの利用率が高く、特にSNSの利用がどのタイプの旅行にも見られること。3)中国の聖地巡礼者は「追随型聖地巡礼者」と「二次的聖地巡礼者」が多く、また、「アニメ聖地の写真や動画を、アニメに登場する風景比較ながら撮影すること」、「持ち運び可能な情報通信機器を用いて、聖地の様子を掲示板やブログ、動画サイトで公開すること」などの行動的特徴が見られること、以上の3点を提示した。さらに、中国人聖地巡礼者と日本国内の聖地巡礼者の関係について、訪日ACG旅行者の聖地巡礼経験の増加により、聖地巡礼に対する認識や態度、また行動には何らかの変化が起こり、意識的にまたは無意識的に日本国内の聖地巡礼者に近づくことを見られるようになると推測した。
  • VR,AR,360度映像の多産業活用を事例に
    原 真志
    セッションID: 610
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究目的
    CG技術の成熟,国際分業の進展,税制優遇などの要因によってバンクーバーなどの新興クラスターが急成長しロサンゼルスのCG産業が衰退する傾向がある中で,VR(仮想現実),AR(拡張現実),360度映像が,新たな市場を開拓し産業を変革して成長を牽引する大きな可能性を持つ技術として脚光を浴びている.筆者は,2015年8月にCGの学会兼展示会であるSIGGRAPH(LA開催),11月にSIGGRAPH ASIA(神戸開催)等に参加して情報収集するとともに,LAや東京でVR等関連企業の現地調査を実施した.こうした調査に基づき,本研究では,AR,360度映像を含むVR関連技術を「破壊的」技術と位置づけ(Christensen,1997; Currah, 2007; Albors-Garrigos, 2014),現時点で確認できるVR関連技術の影響範囲を概観して,課題を整理し,その地理的含意と今後の可能性を考察することを目的とする(Schroeder et al.,2001; Huang et al.,2001; Howells and Bessant, 2012).  

    2.第二次VRブーム

    「まるで現実であるかのように経験され,やり取りがなされるコンピューターで生成されたデジタル環境」と定義されるVR(=Virtual Reality)の歴史は古く19世紀に遡るとされ,1990年代に第一次VRブームがあり,現在第二次VRブームを迎えつつあるとされるが(Jerald, 2015),今VR等をめぐって起こりつつあることはインターネットやPCの登場に匹敵すると指摘する意見もある(ハリウッド映画VFXの重鎮Scott Ross氏のSIGGRAPH ASIAでの講演).ゴールドマン・サックス社はVR市場が2025年に12兆円規模になると予測している.実際「破壊的」になるかは推測の域を出ないものの,大きな影響の可能性への期待感は大きく高まっていると言える.SIGGRAPH 2015では,従来の“次世代技術(Emerging Technology)”に代わって”VR ビレッジ(VR Village)”という特設コーナーが設けられて半球のドームシアターが設置されるなど,VR関連技術への関心の高さが明確な展示スペースとなっていた.口頭発表関係でも,ゲーム・ライブ映像などのエンターテインメントから,科学教育,観光,スポーツ,医療,自動車産業まで様々なテーマが見られ,影響が広範囲の産業に及んでいることが確認された.

    3.VR関連技術の商業的応用開始
    AR(=Augmented Reality)は現実世界にコンピューターで生成した要素を付加するものである.360度映像は,文字通り360度全方位で映像を見ることができるものであるが,現実の映像あるいはVRやAR映像を表示することになる.表示の仕方も,HMD(ヘッドマウントディスプレイ),ドームシアター,スマートフォンなど様々な方式が試みられているが,特にFacebookが20億ドルで買収したOculus VR社やSONYなどが続々とHMD製品を市場投入することなどから2016年がVR元年になると言われている.初音ミクのARによるライブは有名であるが,2015年には近畿日本ツーリストの「江戸城天守閣と日本橋復元3Dツアー」や,AR恐竜王国福井などARの観光応用への試みも始まっている.  

    4.VR関連技術への期待と課題

    今,VR関連技術が期待されるのは,①CG技術の成熟したハリウッド映画産業の閉塞感を打破する市場成長の牽引,②コンテンツ産業だけでなく,教育・観光・医療・製造業など様々な産業に及ぶ広い影響範囲,③大きな没入感による深い情報伝達効果,④ネット連携との親和性によりSNS活用によるユーザーイノベーションの可能性といった点があげられる.ただし,期待されながら十分な市場成長に至らなかった3Dテレビの二の舞になるのではないかという懸念もあり,①ゲームマニアを超えたHMD普及への一般家庭利用の障壁,②4Kテレビなどと比較した解像度の不足,③長時間利用時の快適性と電源の確保,④市場が不透明でビジネスモデルが不確定といった課題が存在する.  

    5.VR関連技術イノベーションの経済地理学
    VR関連技術の影響は,基礎研究,応用開発,生産,流通,消費というサプライチェーンの川上から川下までの各段階のレイヤー毎に立地傾向があるが,産業応用では各産業の立地分布に依存する.初期段階のイノベーションはアーリーアドプターのユーザー立地にも影響を受けると考えられ,日本のユーザー市場への関心が高まっていることは興味深い.VR関連技術が新たな地域観光需要を喚起するか,遠隔医療サービスを高度化し地域医療格差を解消するかなど地域振興との関連性も注目される.
  • 逸見 優一
    セッションID: 922
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    ①はじめに 学校現場にICTの普及がはじまり数年が経過するが、学校校種別・設置者別の予算規模の制約が有り、全国的には格差が横たわる。一方、タブレット携帯端末とスマートホンの国内普及はこうした格差の是正策には、有効である。幼・こども園・小・中・高・大の年齢層ごとに、使用にあたってのモラル遵守観、各種端末機器別使用マニュアルと講習などが円滑になされることは大前提となる。現勤務校では、2005年にはPCとプロジェクター、スピーカを毎時間生徒の机のならぶ通路スペースに設置・撤収し、授業実施教室ごとに持ち込みながら実施した。黒板貼り付けの1/3スペースの模造紙上にスクリーン投影。自己流のICTでのぞんだ。黒板の両サイド1/3は板書スペースとした。プロジェクター輝度の性能上、教室環境の季節ごとの変化に生徒に迷惑をかけたがチャレンジした。教科書、資料集、地図帳、授業ごとに作製の自己流プリントで、黒板スクリーンの各種映像画面と両サイドのスペースへの略図、板書文字の配列が毎時間の勝負と生徒とともに学習環境を徐々に整えた。 ②高校での学習 授業設計の基本は1970年代前半からの社会科中・高現場からふりだすことができた時期。異年齢層を対象に試行錯誤。13歳の中学校1年次生と18歳の高校3年次生への教材づくりにある。略地図への添削作業がメインの授業スタイルにいきついた。1970年代頃からインテリア風の風船形式の地球儀の登場は幸いした。いかに球面を平面に投影し、リアルな地球像に迫るか、各種地図投影法を活かす略地図の描画を授業課題とした教材作りで、毎時間のぞんだ。メンタルマップ=頭の中の地図を活かす略地図描画実践。時代的にはグローバル化との結びつきが新たな授業課題であった。 「世界史AB」「日本史AB」「地理AB」、「現代社会」「政治経済」「倫理社会」など勤務校ごとそのつど担当しが、略地図と、世界の動きを毎時間教科科目ごとの進度に応じてアレンジしのぞんだ。 ③PC普及とPCアプリケーションの登場と高校での学習 ①earthBrowser (Lunar Software)、②Google Earth(Google Inc.)、③Marble(Marble Virtual Globe)、いずれもMac.版、Windows版対応アプリケーション。地球儀ソフトの出現と利用は、教室授業にPCを持ち込み、ICTの普及まえから理科・社会、地歴公民科各教科目の授業設計に大きな改善策を可能にしていった。インターネットの普及にはブロードバンドシステムと端末接続が全国各地に実現化するまでには様々に各種課題もあり続けた。 教室PC持ち込みへの経費捻出。PCおよび使用アプリケーションソフト操作スキルの習熟度。使用モラル共通理解。授業に取り込み導入していくうえでの児童生徒への対処。学習面での試行錯誤スキル力。育成観のあり方。様々なマニュアル化が議論された。今もなおある課題は、各授業現場で、学習者である児童生徒の実情に応じた状況があり、利用の仕方は今も日本国内では学校間格差がみいだされる。結局は、授業者と児童生徒との関係作りを各現場に応じて絶え間なく模索し、つくりあげるだけといえる。 ④PCアプリケーションを使用した勤務校での授業設計と課題 2015年度報告者は、現勤務校で「世界史A」、「地理B」、「現代社会」を担当。「世界史A」古代編を担当しPC地球儀ソフトと授業プリントに時代変遷史ごとに場所の確認を実施。現代との比較を毎時間実施する学習を展開した。授業作業では、略地図に地点位置をマークし、歴史的事象のメモ書きなども列記してゆく。毎時間提出義務を課し添削指導を実施した。授業中の質疑応答では双方向のやり取りを展開することを心がけ、時代ごとに、課題や展望を模索した。人類の登場、農耕の始まり、4大文明辺りまでを大観学習をし、古代から大航海時代あたりまでの概要を学習。「現代社会」は前半課題学習を設定。環境問題などの課題的学習が設定されるが、授業プリントに略地図を毎時間入れ、地点位置のマークに加え、発生事象などを列記の上、課題や展望を模索させた。世界史同様毎時間、課題評価添削作業を実施した。「地理B」は1H/3H分を担当し自然分野/農牧業/資源エネルギーの基礎編をPC地球儀ソフト、対応授業プリント、地図帳でグローカルスケール的学習を実施した。学習成果をベースに各自の課題を設定したレポートを夏の課題とし、添削指導、校誌への秀作掲載などを実施した。地理学習をメインにすえる社会科・地歴公民科授業設計例の最終達成目標は、人類史の理解と共生への展望であろう。
  • 河本 大地
    セッションID: 107
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ 背景と目的
    「持続可能な開発」は、「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす開発」とされる。そのための教育が「持続可能な開発のための教育」で、持続発展教育などとも呼ばれる。以降、本研究ではESDと呼ぶ。日本が大きく関わる形で、ユネスコが世界的に主導してきた。 ジオパークは、日本ジオパーク委員会(2014)によると「地球活動の遺産を主な見所とする自然の中の公園」で、「ユネスコの支援により2004年に設立された世界ジオパークネットワークにより、世界各国で推進されて」きた。  ESDとジオパークは、持続可能な開発を志向する点、ユネスコと密接な関係を持つ点が共通する。そこで本研究では、日本におけるESDとジオパークの関係のこれまでをふりかえり、今後の可能性を検討する。 なお、日本地理学会2015年春季学術大会のシンポジウムにおいて、発表者は「ESDとジオパーク」と題する発表の機会を得た。本研究は、その際にいただいたコメントや、その後の調査や経験等をふまえ、内容を整理しなおしたものである。

    Ⅱ 方法
    まず、ESDの考え方とこれまでの経緯をみる。次に、ESDとジオパークの関係のこれまでを振り返る。ここでは第一に、両者を掛け合わせた研究や実践事例のレビューをおこなう。第二に、ESDを実践展開する拠点として文部科学省が位置づけるユネスコスクールと、ジオパーク活動との関係を確認する。  続いて、ESDとジオパークの掛け合わせで社会にどんな可能性が開かれうるのか、そのためには何が必要かを議論する。ここではまず、2015年以降のESDのベースとされる「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」の「優先行動分野」が、ジオパークに関してどう実践可能かを検討する。そのうえで、ジオパークは地球科学と地域づくりの掛け合わせという視点から、ESDでジオパークに開かれる新たな可能性を考察する。

    Ⅲ 結果と考察
    ジオパークでは教育や持続可能な開発が重視されており、理念的にはESDとの親和性が高い。また、ESDとジオパークの双方にユネスコが深く関係している。しかし両者の関係や、ジオパークにおけるESDの実践について、明示的に書かれたものは少ない。また、日本のジオパークでは、文部科学省によってESDの実践拠点とされているユネスコスクールに関して、ほとんど意識されてこなかったことが判明した。ESDとジオパークは基本的にそれぞれ別の道を歩んできたと言える。  では、ESDとジオパークの掛け合わせで社会にどんな可能性が開かれうるのだろうか。そのためには何が必要だろうか。「ESDの可能性を最大限に引き出し、万人に対する持続可能な開発の学習の機会を増やす」ことを目的とするGAPの「優先行動分野」についてジオパークの場合を検討すると、学習環境を整え学習機会を充実させるための組織運営に関して、多くの改善すべき点が見出された。それはたとえば、ジオパーク学習をおこなう学校をユネスコスクールにするとともにESDの実践拠点としての機能を発揮させること、ジオパークに関わるすべての組織において組織全体としてESDに取り組む態勢を整えること、教員養成やスタッフ研修、ガイド養成等にESDを導入すること、ユースの主体的な動きを大事にすること、運営組織を多様な主体が参加できるようにすること、すべての人々がジオパークから学べるよう意識して様々な学習機会をつくることなどである。  一方、学習内容については、GAPからは、学習指導要領に盛り込まれている「持続可能な社会の構築」の観点でジオパークを扱うこと、地形・地質等と気候変動や生物多様性との関係を扱うこと、国際開発協力の視点を持つこと、資源の効率化や社会的責任等の観点を導入すること、ユースが変革の担い手となるよう参加型技能を習得できるようにすることなどが見出された。  続いて、地球科学および地域づくりの観点から、ESDとしてのジオパーク学習の内容を検討した。その結果、地球科学の観点からは第一段階として身近な地域の自然が、第二段階として地球活動のメカニズム理解が見出された。地域づくりの観点からは、第一段階として暮らしと自然の関わりが、第二段階として社会的「折り合い力」の育成が見出された。また、それらの第三段階として、ジオパーク活動を通じた国際理解・国際協力も重要なテーマとなることが示唆された。  以上から、ジオパークを活用して「持続可能な社会づくりの担い手を育む教育」であるESDを進めるには、組織運営と学習内容の変革が必要と言える。ESDの態勢を整え、地球科学と地域づくりから得られる学びを最大化することで、ジオパークを持続可能な社会づくりの担い手を育む場にすることができる。
  • 田中 誠也, 磯田 弦, 桐村 喬
    セッションID: 614
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    近年,新たな観光資源としてアニメ作品の背景として利用された地点をめぐる「アニメ聖地巡礼」が注目を集め,ファンに呼応する形で地域も様々な施策を行っている.本報告では,SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の1つであるツイッターの位置情報付きの投稿データを用いて,アニメ聖地と認められている地域内で巡礼者がどのような地点を訪れているのかを,時系列に見ていくことで地域の施策の動きと聖地巡礼者の動きの関係性を分析していく.
  • 平成27年9月関東・東北豪雨による鬼怒川破堤地形の計測事例
    内山 庄一郎, 泉田 温人, 須貝 俊彦
    セッションID: 802
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    平成27年9月関東・東北豪雨による鬼怒川破堤地形を対象として、民生用デジタルカメラ(Ricoh GR, APS-C, 16Mpix.)を小型の無人航空機(DJI式F550APM型)に搭載して対地高度150mから垂直写真撮影を行い、SfM-MVS解析によって高精細地形情報を作成した。さらに、現場でオルソ画像と0.1mコンターマップを作成し、その成果を堆積物の露頭調査に活用した。
  • 小口 千明
    セッションID: S0301
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    2004年、「ハザードマップを活用した地震被害軽減の推進に関する提言」が、日本地理学会より提出された(http://www.ajg.or.jp/disaster/suggestion.html)。これは、2003年3月および2004年3月に開催された一般公開シンポジウム「災害ハザードマップと地理学-なぜ今ハザードマップか?」と、「地震被害軽減に役立つハザードマップのあり方を考える」をふまえ、地域防災力向上のためにはハザードマップが有効であることを再確認したうえでの提言内容である。 その提言の実現に向け、日本地理学会は、被害軽減のための地震防災対策の構築やその実践に関わる関連諸機関および諸学会に対し、協働の取り組みとその推進を呼びかけるとともに、①活断層研究の継続的推進、②土地条件図や地理情報システム等、地理学的知見のハザードマップ作りへの適用、③生涯学習の場における防災教育、④地理教育における体系的防災教育の実現、等において具体的な取り組みを強化するよう要望してきた。 それから10年が経過し、防災行政による積極的なハザードマップ整備が進み、ハザードマップそのものは確かに身近になった。またGISの普及により、地図情報そのものを迅速に見ることができるようになった。一般の人々の災害に対する認識もいくらか高まったものと感じられる。しかし、ハザードマップの作成方法が隣同士の市町村で異なっているがために避難所の配置が適切に行われていないケースや、無理な避難経路を示している事例の存在も指摘されており、実際にの災害被害の軽減にどの程度役立っているのか、再考する段階にきている。 実際、2004年以降に、日本海中部地震や東日本大震災、伊豆大島や広島の豪雨による土砂災害がなど、多くの犠牲者がでる災害が発生した。昨年(2015年)9月の常総水害も記憶に新しい。これらの甚大な災害発生時には、ハザードマップは果たして役に立ったのであろうか? 十分活用しきれていない状況も散見されていないだろうか? ハザードマップを役立てるのは地理学者の責務でもある。過去のシンポジウムでもたびたび取り上げられてきたこの命題について、より効果的なハザードマップの在り方や適用方策について、いくつかの事例を取り上げ、俯瞰的・総合的見地から議論する。
  • 高橋 環太郎
    セッションID: 719
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    はじめに 本研究では小島嶼開発途上国(以下SIDS)を対象に観光客数および観光客一人当たりの消費額に関する分析を行った。SIDSとは国地球温暖化による海面上昇の被害を受けやすく,島国固有の問題(少人口,遠隔性,自然災害等)による脆弱性のために,持続可能な開発が困難だとされる小さな島国及び地域を指している(外務省ホームページ)。国連のリストによれば、おもに太平洋やカリブ海、アフリカに浮かぶ島々がメンバーとなっており、それらの島々は1990年代から定期的に会議を開き、温暖化による海面上昇の問題や貿易のような経済の課題等について話し合われている。SIDSを対象にした理由は観光産業がそれらの島にとって重要な産業であるからである。先行研究ではカリブ海や太平洋の島を対象に観光産業がそれらの島の経済成長に寄与していることが明らかにされている(Seetanah 2011)。このように観光産業が島嶼経済に影響していることが先行研究で明らかにされているが、さらに観光産業のサービスを受け手である観光客の流動や観光客の消費額を分析することは島嶼経済を議論する上で重要なことだと思われる。このような背景から研究の意義としてはSIDSを対象に観光客流動と費用に関する分析を行うことで、今後の島嶼経済が直面する課題に対して貢献できる可能性があることだと筆者は考えている。 データ  本研究で用いたデータはUNWTOが発行している観光統計である。公表されている期間は1995年から2013年であるが、国や地域によっては2011年以降の統計がとられていなかったため、本研究では対象期間を1995年から2010年とした。また、本研究で用いるデータは観光客数および観光客の消費額、平均の滞在泊数、宿泊施設の占有率、交通別の観光客数、目的別の観光客数とした。これらのデータが一年でも記載されている国や地域に絞って集めた結果、SIDSの中に27の国と地域が存在したた。それらの国を対象に分析を行った。また、一人当たりGDP、人口、人口密度といったデータは世界銀行およびIndexMundiのデータベースから引用した。 観光客数と観光客一人当たりの消費額 本研究では観光客数は統計資料の値を使用する。一方、費用に関しては観光客が年間に出費した額が統計書には記載されている。そこで16年間の費用の合計値と観光客数の平均値を求め、二つの変数間の相関係数を推計した。その結果0.976と高い正の相関が得られ、費用の値は観光客の規模に比例する関係がみられた。ところで、国内の付加価値の総額であるGDPは人口規模にある程度影響されることから、所得規模を表す経済指標としてはGDPを人口で除した一人当たりGDPを用いる場合がある。このことを援用して、観光客出費額を観光客数で割ることで観光客一人当たりの出費額と解釈することにした。 観光客数と観光客一人当たりの消費額の比較  二つのデータを値の大きい順に並べたときの5位までの国と地域を示したものである。この結果から観光客数の多い順はシンガポールのようなSIDSの中でもある程度、所得規模や人口が大きい島々示唆される。一方、観光客一人当たりの消費額は仏領ポリネシアのような一般的にリゾート島といわれる島々が垣間見える。  これらのことから観光客数はある程度地域の経済規模に比例することが予想される。これは重力モデルのような観光客流動を説明するモデルにおいても実証されている(例えば、Keum 2010など)。一方、観光客一人当たりの消費額はリゾート島のような観光地で大きい値をとる傾向にあることがわかった。一般的にリゾート島は人口や所得といった経済規模は大きくはないが、レクリエーション施設等が充実していることから、一人当たりの出費額が高くなる傾向にあることが結果から考察された。
  • 大上 隆史
    セッションID: 812
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    岩盤河川の河床縦断形を解析する意義
    岩盤河川の形状,特に河床縦断形は,基盤岩の特性・テクトニクス・気候変動等の情報を記録している可能性がある.近年では,ストリームパワー侵食モデルを基礎とした理論的枠組みを応用することによる,岩盤河川の河床縦断形を解釈するための新たな方法論の検討が進められている.たとえば,河床勾配(S)と集水域面積(A:河川流量を近似する)に着目したS−Aプロットにもとづく手法により,流路の位置や集水域の形状に依らずに河床勾配を比較できる(たとえば,Wobus et al., 2006).Perron and Royden(2013)が導入したχプロットは,S−Aプロットを解釈する上で問題となる河床勾配の微細なノイズをうけにくいことに加え,河床縦断形を連続的に解釈できるという利点を持つ.これらの手法では河床勾配の“急峻さ”(Steepness:隆起速度および岩盤強度を反映する)を定量的に求めることが可能である.それゆえ,岩盤河川の解析は山地におけるテクトニクスを検出する手段の1つとして注目されており,事例研究の蓄積が求められる.そこで,第四紀を通じて隆起してきた養老山地と鈴鹿山地を下刻する河川群を対象として,河床縦断形の解釈を試みた.本発表では特にχプロットを作成することで得られた知見を報告する.
    χプロットの作成と主流路セグメントの“急峻さ”の算出
    国土地理院が公開している数値標高モデル(10 mメッシュおよび5 mメッシュ)を直交座標系(UTM53)において再サンプリング処理し,10 mグリッドデータを作成した.χプロットの作成方法はPerron and Royden(2013)に従う.“平衡状態”にある流路では,横軸にχ,縦軸に標高をとるグラフ(= χプロット)は直線となる(Perron and Royden,2013).χプロットにあらわれる直線の傾きは流路の“急峻さ”を表し,隆起速度が大きいほど,また,岩盤の侵食されやすさを示す定数が小さいほど傾きが急になる.χの計算には未知の定数m/nが必要だが,対象河川のS−Aプロットや既存研究の報告をもとに複数の値を用いて計算を試行し,m/n=0.5を採用した.また,A0は10 km2とした.χプロットから直線を抽出し,その回帰直線を求めた.
    養老山地および鈴鹿山脈における河川の“急峻さ”の比較
    養老山地および鈴鹿山地の東斜面を流下する河川群(それぞれ,67本および153本を抽出)を対象としてχプロットを作成した.各山地は東麓を活断層(逆断層)に画されており,断層の上盤側で流路が“急峻”になりχプロットの傾きが大きい.また,尾根に近い最上流部ではχプロットの傾きが減少するが,集水域面積が小さい(<0.1 km2)これらの区間は河川侵食よりも土石流プロセスが卓越する領域と解釈できる.そのため,断層の上盤側に位置し,集水域面積が大きい(概ね>0.1 km2)領域におけるχプロットの傾きを各河川の“急峻さ”とした.
    養老山地における各河川のχプロットの傾きを図に示す.χプロットの傾きにばらつきはあるが,傾きが小さな河川を除くと,傾きは北部で大きく,中央部で減少し,南部で再び大きい,という傾向が認められた.これは養老山地の稜線の南北方向への高度変化と調和的であり,長期的な隆起速度の差を反映した岩盤河川が形成されている可能性を示唆する.
    引用:Wobus et al., 2006, GSA Special Paper 398, 55-74;Perron and Royden, 2013, EPSL 38, 570-576.
  • 高橋 日出男, 岡 暁子, 中島 虹, 鈴木 博人
    セッションID: 905
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    ◆はじめに
    陸上における局地的な強雨(対流性降水)の発現頻度は一般に午後に高くなり,頻度の増大や極大は山地で早く平野ではそれに遅れて現れる(たとえば齋藤・木村 1988)。佐藤ほか(2006)は午後に秩父山地で発生した降水システムが時間をおいて東京の都市域で再発達することを提示しており,またFujibe et al.(2009)は都区部の気象官署・アメダスを用いて昼から夜の始めにおける経年的な強雨頻度の増加傾向を指摘し,それぞれ都市による影響を示唆している。強雨発現頻度の日変化には,強雨をもたらすシステムの発生・発達の要因や場所・移動,都市の存在,あるいは局地循環に伴う可降水量の時間変化(佐々木・木村 2001)などの影響が想定される。しかしながら降水の局地性/広域性を考慮したうえで,局地的な強雨頻度の日変化を稠密な雨量計資料から系統的に調べた解析は乏しく,その詳細な地域性はよく分かっていない。高橋ほか(2011)では,多数の観測点における1時間降水量資料を用いて,夏季の都区部を対象に強雨の局地的な高頻度域の存在を指摘した。ただし,資料の期間が10年余であったため,強雨頻度の日変化については解析していない。本研究では,1991-2011年(1993年を除く20年間)の夏季(6-9月)を対象期間とし,降水域の空間的な拡がりを簡易的に評価して局地性を判定し,そのうえで東京を中心とした強雨発現頻度の日変化に関する地域性の提示を目的とする。
    ◆資料
    本研究では北緯35.5-36.0度,東経139.2-140.0度の範囲を対象とし,概ね標高400m以下の198地点(気象官署・アメダス18地点,国土交通省34地点,東京都112地点,JR東日本34地点)における1時間降水量を使用した。ただし,15%以上の欠測・異常値のある場合は不使用としたため,実際には184地点を解析に用いた。また,風系の解析にあたっては自治体の大気汚染常時監視測定局の風向風速1時間値を使用した。
    ◆降水の局地性/広域性の判定
    対象領域の1地点以上で20mm/h以上を観測した場合を強雨時(1300時間)とし,それを含む暦日を強雨日(401日)とする。高橋ほか(2011)に準じて強雨時ごとに全地点に対する5mm/h以上を観測した地点数の割合R(%)に着目し,各強雨日におけるその最大値RMを求めた。RMの5%ごとに強雨時回数の日変化を求めると,RMが65%を超えた場合に対流性降水の特徴と考えられる午後から夜半前における強雨時回数の増大が現れなくなった。このことから,RM≦65%の場合を局地的な強雨日(322日)と判断した。
    ◆強雨頻度日変化の地域性
    局地的な強雨日を対象に各地点における時刻ごとの強雨頻度を集計し,それに対して基準化したユークリッド距離を指標とするクラスター分析(Ward法)を施した。クラスター間の距離の増大を考慮して5個のグループに地点を分類したところ,同一グループの地点は多少の例外があるものの空間的によくまとまっていた。そこで5個の地域を設定し,強雨の日変化を平均した(付図)。これによると,強雨頻度の日変化は単純な一山型ではなく,都区部などでは16時前後のほかに22時と遅い時刻にも極大が現れている。強雨頻度の高い地点を含むRegion 4(都区部西部)では,特に明瞭な二山型の日変化を示している。そこで予察的にRegion 4において15-17時(27事例)および21-23時(18事例)に発生した強雨事例を抽出し,強雨地点の最多時を基準(0-hour)とした風系のラグコンポジット図を作成した。その結果,-1-hourにおける風系は,都区部で東寄り,埼玉県南部から多摩地域では北東から北寄りの風が認められ,両者はよく類似している。しかしながら,その前後の時間における風系はかなり異なっており,降水システムの発生・発達要因や移動などに差異のあることが示唆される。18時頃が頻度の極小となる理由を含めて,今後詳細な解析が必要とされる。
  • 山本 遼平, 奈良間 千之, 福井 幸太郎
    セッションID: P024
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    北アルプスの北部に位置する立山連峰は日本で唯一の氷河が存在する地域であるが,氷河の年間質量収支や形態,環境条件などは明らかにされておらず,例えば北アルプスの局所的に氷河が維持されている要因なども不明である.そこで本研究では,立山連峰における氷河の年間質量収支および,局所的に氷河と越年性雪渓が発達する環境条件を明らかにすることを目的として,現地調査や解析をおこなった.以下に研究方法と結果を示す.
    1),立山三山に存在する御前沢氷河に対し,融雪期末期の氷河上および氷河周辺の位置情報を高精度GNSS測量により取得した.また,冠雪の2日前の2015年10月9日に北アルプス北部で小型セスナ機からの空撮を実施した.現地調査により得たGNSS測量データと空撮画像からSfMで氷河表面の25cm解像度のDEMを作成した.作成したDEMから算出した融雪期末期の御前沢氷河の平均表面高度は2637.7m,末端高度は2502.0mであり,面積は0.112km2であった.また,作成したDEMの精度検証のために現地のキネマティックGNSS測量データと比較をした結果,氷河全体の平均鉛直誤差が0.55mであった.
    2),衛星画像と国土地理院の解像度10mDEMを用いて,北アルプス全域において主稜線から一定の距離にある点を流出点とする集水域を作成し,雪の涵養・消耗に関連する地形的要素を集水域ごとに比較した.解析の結果,北アルプスに現存する氷河はその周辺の谷地形よりも涵養に関わる要素の値が大きい結果が得られた.
  • 秋山 元秀
    セッションID: 911
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    現在の中国の都市において地下鉄建設が盛んである。大都市のみならず、地方の中規模都市でも建設を計画しているところが多い。広州においても全国レベルで見ても広範に地下鉄路線網が建設されており、その充実が都市構造の形成に深く結び付いている。本発表は、広州の地下鉄建設の実態を調査し、その路線網が広州の都市構造とどのように結びついているかを明らかにしようとしたものである。<BR> その結果、1997年に建設された1号線に始まり、2005年と2010年に地下鉄建設の画期が認められた。地下鉄網の充実とともに、既存市街地の主要な中心地が相互に結ばれ、都市の高機能化がはかられると同時に、新しい都心、中心軸の形成も地下鉄網と結びついている。また都心から郊外に向かう放射状の路線が増加するとともに、郊外への都市化が路線に沿って面的に展開し、衛星都市との結びつきも深まっている。とくに広仏線は、隣接する別の行政体である仏山市と結んで、広域の大都市圏を形成する軸線になっている。
  • 松木 駿也, 久利 美和, 磯田 弦
    セッションID: P096
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    本研究は,インターネットアンケートを用いて,一般消費者とジオパーク訪問経験者の観光志向を測定し,ジオパーク/ジオツーリズムにおいてどのような活動を提供しうるか、柚洞ほか(2014)で示された2つのジオストーリー、「地理学的なストーリー」と「地質学的なストーリー」に着目して,考察した. その結果、ジオパークへの訪問経験がある者はない者に比べてアクティブに観光旅行を行っており,興味の幅も広いということがわかった。そのような観光客に対して,「ハイキング」などさまざまな活動の中で,地理学的なストーリー,地質学的なストーリーを提示していくことにより,ジオパークへの理解を促すことができると考えられる.
  • 竹本 統夫, 小寺 浩二
    セッションID: P013
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    日本と比べ広い範囲で降雪が観測できるスウェーデンでは、春になると融雪によって河川の流量が大幅に増加し、時には水害を引き起こす。しかし近年ではその発生傾向に変化が見られる。 スウェーデンの主要流域をなす全国12箇所の河川周辺の過去約50年間の気象、水文データの推移を調査したところ、全国的にこの半世紀で気温が上昇傾向でありながら日照時間が減少傾向にあり、年間流出ピークの記録日については早期化傾向にあることがわかった。また、1994年を境に比例関係にあった気温と日照日数が反比例に転じていることが確認できた。
  • 上村 博昭
    セッションID: 204
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究の背景
    日本の流通業界において,スーパーマーケットの台頭が注目されたのは,1960年代の「第一次流通革命」とされる.当時の日本は,高度経済成長期にあたり,国民所得の上昇に伴って,その購買力が大幅に拡大した.スーパーマーケットは,比較的均質な「ボリューム・ゾーン」を対象に販売して事業規模を拡大し,新たな業態として定着してきた.
    しかし,2000 年頃になると,「社会の二極化」が進行したことで,スーパーマーケットの主な顧客層である大衆の分化が進んだとされる(荒井2005).それに伴い,小売業態も多様化が進み,安価な販売に特化するスーパー・センターや,高質食品の販売を主とする高級スーパーが注目されるに至った.その後,高級スーパーの店舗数は増加し,新たな小売業態として,定着しつつあるように思われる.
    地理学では,主に流通地理学の分野において,スーパーマーケット,ホームセンター,コンビニエンスストア等の業態別に,研究が進められてきた.そこでは,各業態の店舗の特性を整理したうえで,立地展開の過程を明らかにし,物流体系の実態分析を行う手順で,小売業態の検討を進めている.他方で,地理情報システムの研究においても,商業立地や商圏分析の観点から,小売業態が研究対象とされている.しかし,地理学において,高級スーパーの検討は,草野(2008),後藤(2004)等に限られており,実態は未だ明らかでない.本報告は,高級スーパーの立地展開の過程とその特徴を分析し,その業態特性について考察する.

    2.高級スーパーの概要
    高級スーパーという用語は,複数の既存研究で用いられている.たとえば,後藤(2004)は,高級スーパーが対象とするのは,百貨店地下食料品売り場のような「高級・高価格市場」と価格競争を基本とする「低価格市場」の中間にあたる「高質市場」であり,一部の中堅スーパーが,このニーズを捉えて事業拡大を図ったと説明している.他方,草野(2008)は,業態の特性が立地環境に反映されるとの観点から,「ジオデモグラフィックス」を構築し,GISを用いて一般スーパーと高級スーパーの立地環境の違いを検討するとともに,複数の店舗を例示し,高級スーパーの価格帯が,一般のスーパーよりも高いことを実証した.このほか,流通論の分野では,片野(2014)が高級スーパーを扱い,一般のスーパーよりも商品が高価格であること,専門的知識を持つ従業員を配置し,輸入食品のワイン・チーズ,PB商品を多く販売することに特徴があると指摘している.
    これらの既存研究や記事等において,高級スーパーとして例示されるのは,キノクニヤ,成城石井,クイーンズ伊勢丹,ザ・ガーデン自由が丘,ピーコックストア,阪急オアシス等で,いずれも,大都市圏を本拠とする小売チェーンである.このことは,高級スーパーが対象とする「高質市場」の市場規模が限られるため,人口規模が大きい大都市圏に限り,高級スーパー業態が成立することを示唆する.

    3.立地展開の特徴
    高級スーパーは,従来において,中小小売資本や百貨店資本を中心に展開され,青山・成城・自由が丘等のいわゆる高級住宅街,あるいは,郊外住宅地の一部に立地する傾向がみられた.これは,高質性を差別化要因とする一方で,腐敗性の高い食品を販売するため,その商圏は狭く,立地の適地が限られていたことが影響したと考えられる.
    しかし,近年になると,大手流通資本の傘下に入って,事業拡大を図る高級スーパーが存在している.従来の立地に加えて,ターミナル駅付近や大型商業施設内に,高級スーパーが店舗展開をするようになった.ここにおいて,従来からの経営方針を維持する企業と,経営方針を変更した企業に相違が生じている.また,個々の店舗をみると,規模や販売方針にも差がみられる.そこで,複数の高級スーパーのチェーンを取り上げて,立地展開の過程を比較することにより,高級スーパー業態の特性,近年の変容について明らかにする.なお,以上の分析について,詳細は報告時に議論したい.

    荒井良雄 2005. 社会の二極化と消費の二極化. 経済地理学年報 51: 3–16.
    片野浩一 2014. 小売業態フォーマットの漸進的イノベーションと持続的競争優位―クイーンズ伊勢丹の事例研究に基づいて. 流通研究 17: 75–96.
    草野邦明 2008. ジオデモグラフィックスを用いた高級スーパーマーケットの立地分析: 東京都を事例として. 地理情報システム学会講演論文集17: 615–618.
    後藤亜希子. 2004. 消費空間の「二極化」と新業態の台頭―高質志向スーパーとスーパー・センター. 荒井良雄・箸本健二編. 『日本の流通と都市空間』235-254. 古今書院.
  • -群馬県桐生市を事例に-
    関村 オリエ
    セッションID: 512
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに 大都市圏外縁部においては、郊外化の終焉やこれにともなう都市圏の「縮小化」傾向のもとで、過疎化・高齢化が急速に進行している(江崎2006;井上・渡辺編2014)。また人口や産業の大都市への一極集中が進み、地方都市においては、若年層の流出によって「消滅可能性」までもが指摘されている(増田2014)。北関東の一都市である群馬県桐生市もこのような都市のひとつとして挙げられているが、かつては日本の一大織物産地として栄え、群馬県内では高崎、前橋に次ぐ人口・経済規模を誇る都市であった。主力産業の衰退、そして人口減少、少子高齢化を経験するこのような地方都市においては、これまで成長路線の視点から、従来の復権を目指すような経済活性化や人口再生産の議論がなされてきたが、平常化(型)の議論は少なかった。そこで本研究では、群馬県桐生市を事例として、産業構造の変化や高齢化にともなう地域変容、住民の特性や地域との関わりの分析・検討から、大都市外縁部に位置する都市・地域の持続可能性について考察することを目的とする。

    2.分析方法
    本研究では、高齢化する地域の持続可能性についての分析を、以下の方法で行なった。イ)地域の高齢化・空洞化問題への取り組みを行う行政や自治会への聞き取り調査。ロ)当該地域に暮らす住民へのインタビュー調査の結果を踏まえた個別事例の検討。ハ)当該地域に暮らす住民の世帯構成、生活実態、地域との関わり方やコミュニティへの認識を把握するためのアンケートの実施。アンケートは、2015年1月上旬に対象地域である群馬県桐生市の中心市街地を対象として、全世帯(412世帯)の世帯主を対象に配布し、同年2月下旬までに郵送による回収を行った。総回答数は103世帯(25.0%)であった。

    3.調査結果の概要
    桐生市では2006年より、市内の空き家を活用するための斡旋型空き家事業(空き家バンク)をスタートさせた。近年では、学生やアーティストに向けて空き家を低コストで貸し出す計画も始まり、市は人口回復や観光産業の活性化への期待を寄せている。一方で、実施したアンケートからは、空洞化した中心市街地の現状や、少子高齢化してゆく地域コミュニティの将来に対する悲観的な見解が明らかになった。行政による一連の試みについては、買い物、交通、病院等の生活の利便性を求める住民のニーズに必ずしも合致しない側面もあり、高齢化をめぐる行政の施策と住民の認識との間には少なからず齟齬があることがわかった。少子高齢化する都市・地域において、今後重要になってくるのは、新たな若年層の呼び込みや、かつてのような経済成長ではなく、現に地域に残った人々の生活の質の確保である。そして、それこそが少子高齢化した地域の持続可能性の礎となってゆくものであろう。
  • 中央アジア・キルギス:イシククル湖を事例に
    齋藤 圭, 小寺 浩二, 前杢 英明, 濱 侃
    セッションID: 1004
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    乾燥地域に多く分布している塩湖は、蒸発による湖水の濃縮によって形成されると一般的に解釈されるが、そのメカニズムは複雑である。塩湖の水質を考えるとき、蒸発散量>降水量の関係から、湖水位が低下すればするほど塩分も高くなると考えがちであるが、実際は河川や地下水にも微量に塩は含まれており、湖水位が上昇していても湖に塩は蓄積される。しかし、流入した塩はそれらが飽和濃度に関係なく、化学的に粘土鉱物への吸着により、あるいは生物によって取り込まれ、それらが湖底に堆積することによって湖水から除塩される(中原ほか, 1999)。そのため、塩分の高低だけでも解釈は単純ではなく、河川及び地下水の流入による物質供給を含めた、水文学的研究が必要とされる。本研究では、半乾燥地域に位置し、一定の河川流入が認められる、イシククル湖を研究対象とし、その水質特性について考察を行った。結果として、イシククル湖への流入水の負荷量は、Na++K+は河川と地下水からの供給によるものであり、Cl-は地下水、SO42-が河川と地下水、Mg2+は河川からの供給による影響が多いことが分かった。また、それらの多くは湖南東部を水源とするものが多い。特に、Cl-は湖南東部に多く分布する温泉水の影響を強く受けており、それらの影響は湖東岸近辺の湧水でも確認することが出来た。また、地下水は、深層地下水が多いことから、湖へ直接流入している可能性も考えられる。イシククル湖に対するSO42-の負荷量は、河川と地下水とで同程度であり、Cl-の負荷量は地下水による割合が高い。湖南部に位置する、クンゲイ山脈を水源とする地点は、これらの化学成分を多く溶存している傾向があることから、天山山脈の存在が、イシククル湖の水質特性を決める上で重要であると考えられる。
  • アジアの中等教育における地理教育の相互比較をめざして
    高田 将志
    セッションID: P069
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    海外の地理学の現状に関しては、近年、地学雑誌において「世界の地理学(Part I)、(Part II)」と題した特集号が組まれた(地学雑誌、第121巻、4号、5号、2012年)。これは2013年に京都で開催された国際地理学会議に向けて企画された特集号であり(村山ほか、pp.579-585)、PartI(地学雑誌、第121巻、4号、2012年)では、イギリス(矢野、pp.586-600)、ドイツ(森川ほか、pp.601-616)、フランス(手塚、pp.617-625)、スイス(大村、626-634)、オーストリア(呉羽、pp.635-649)、スペイン(竹中、pp.650-663)、ポルトガル(池、pp.664-672)、スウェーデン(山下、pp.673-685)、フィンランド(湯田、pp.686-698)、ロシア(小俣、pp.669-716)、ポーランド(山本、pp.717-727)、スロヴァキア(小林ほか、pp.728-734)、ルーマニア(漆原、pp.735-742)、Part II(地学雑誌、第121巻、5号、2012年)では、オランダ(伊藤、750-770)、アメリカ(矢ケ崎、771-786)、カナダ(山下、787-798)、ブラジル(丸山、799-814)、韓国(金、815-823)、中国(小野寺、824-840)、台湾(葉、841-855)、ベトナム(春山、856-866)、インドネシア(瀬川、867-873)、インド(岡橋ほか、874-890)、オストラリア(堤、891-901)、ニュージーランド(菊池、902-912)である。これらの総説では、主に、地理学関連の学会組織や学術研究面の特徴について触れられており、地理教育の点では、主要大学の組織や教育など高等教育に関する記述が中心で、中等教育について触れられている部分は極めてわずかである。また東~東南~南アジアについてみると、韓国、中国、ベトナム、インドネシア、インドが取り上げられているものの、他の国々に関する情報は含まれていない。

    一方、海外の中等教育に関しては、大分古くはなるが1970年代末~1980年代初頭にかけて、帝国書院から「全訳 世界の地理教科書シリーズ」全30巻が刊行されている。これは、主要国の中等教育で用いられている地理分野教科書を全訳したもので、アジア諸国の中では、インド(第11巻)、タイ(第12巻)、インドネシア(第13巻)、フィリピン(第14巻、中国(第23巻)、韓国(第24巻)の6カ国について、取り上げられている。したがってこの6カ国については、教科書分析を行うことで、中等教育レベルの地理教育における時代的変遷についても、ある程度分析することが可能である。

    地理学における高等教育や先端研究の重要性は言うまでもないが、翻って日本の現状を顧みると、中等教育における地理教育は、高等教育や、その先の先端研究の場にも大きな影響を及ぼしていることは明らかである。このような点から、日本のみならず、各国の地理学や地理教育においても、中等教育の実情を明らかにしておくことは、当該国の地理をよりよく理解するために新たな視点を与えてくれるであろう。また、当該国における中等教育における地理教育の実態を明らかにする過程で、日本からの目線で見落としがちな地理的事項を認識できれば、当該国の地誌的記述や日本を含むアジア諸国との国際関係理解の面で、日本の地理教育に資するべきものが発見できることも考えられる。

    発表者は、将来的には、アジア、特に東~東南~南アジアに対象を絞って、各国の中等教育の現場で、地理学がどのようなテーマを扱い、どのような教育システムの下で教えられているかについて、主に、使用されている教科書や資料類の分析と、授業見学、教員へのインタビューなどから明らかにし、各国間の相互比較を行いたいと考えている。そしてその結果をもとに、中等教育レベルでは、国毎にどのような地理的知識・技術・考え方を重視しているのか、とくに自国の地誌や、日本を含む主要な国との国際関係について、どのような観点を重視して教育を行っているか、などを明らかにしたいと考えている。

    上記のような背景を踏まえ、今回の発表では、試みにまず、ブータンとシンガポールというアジアの国について、中等教育がどのような教育システム上の位置を占め、どのような教科書を使用して教育を行っているのかについて調べた結果について報告したい。
  • 作野 広和
    セッションID: S0104
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.農山村への人口移動
    近年,都市から農山村への人口移動が継続する傾向を「田園回帰」と称するようになった(例えば,藤山(2014)など)。一方で,その実態や持続性に対して,懐疑的な見解を示す研究もみられる(例えば,坂本(2014)など)。実際,20代~30代コーホート変化率の推移をブロック別でみた場合,1970年代~1990年と比較して,2000年以降における地方圏の人口吸収力は低下していると言わざるを得ない。これは,農山村を多く抱える地方圏からの流出が継続するとともに,いわゆる「地元」へのUターン率の低下が招いた結果である。それでは,「田園回帰」は虚構の現象かというと,必ずしもそうとはいえない。報告者は,「田園回帰」といわれる現象を以下の2点について整理する。
    第一に,「田園回帰」はこれまでネガティブに捉えられていた農山村に対して,都市住民がポジティブに評価しはじめたことによる,新たなパラダイムを提示する現象として捉えたい。その際,都市を否定的に捉えるのではなく,都市と農山村の共生を前提とする。新たなパラダイムの出現を意識した一部の都市住民が,農山村へ移動する現象が少なからず見られるようになった。このように,「田園回帰」は社会における価値の多様化に対する受け皿として評価されると考える。
    第二に,「田園回帰」現象は一部の農山村に限定されている点である。すなわち,都市住民が移住先に選ぶ地域は,全ての農山村を対象としておらず,特定の地域に集中している。例えば,島根県の離島である海士町では2008年の25~34歳人口が161人であったのに対し,5年後の2013年における30~39歳の人口は197人と,22.4%に増加している。このような現象は,島根県美郷町,徳島県上勝町,宮崎県諸塚村など離島や山間奥地の町村でみられている。このことは,従来の都市からの距離や,交通の利便性といった要素よりも,魅力ある地域づくりとその発信を行っているか否かで差異が見られていると思われる。

    2.「自己実現」を求めるための農山村への移動
    このような農山村への人口移動の要因として,「暮らしにくさ」による都市のプッシュ要因が挙げられる。一方で,農山村のプル要因はいかなるものであろうか。本報告では,諸富(2003)を参考にして,農山村が置かれたストックを,自然資本(1層),社会資本(2層),制度・組織(3層),人的資本・社会関係資本(4層)の4層に整理した。そして,個々人が求める「幸せ」の価値は最上位に位置づけられ(5層),それを求めようとする行動が「自己実現」であると整理した。かつて,農山村は閉鎖性や隔絶性などの要因で,当該地域に居住する人々のみで価値が再生産されてきた。しかし,今日では交通の利便性が向上するとともに,インターネットをはじめとする多様なメディアにより,農山村の価値は共有されることとなった。その結果,農山村以外の住民もその価値を求めて移動がみられるようになったと考えられる。
    したがって,人々は「自己実現」を求めて移動するため,その可能性が薄い地域への流入は少ない。その結果,モザイク的な人口増減の現象がみられるに至った。

    3.「暮らしの場」としての農山村の価値
    農山村は,伝統的に自然資本に基づく生業で生活を続けてきた。1950年代後半以降は産業構造の変化等により生活が成り立たなくなったため,激しい過疎化に見舞われた。その後は過疎対策等で社会資本はある程度整理された。また,社会における農山村への評価の高まりから「中山間地域等直接支払制度」や「地域おこし協力隊」など制度面での整備も行われている。さらに,地域内においても地域自治組織の設立など,現代的課題に対処できるような組織も整えられつつある。
    このように,農山村の基盤が整いつつある中で,その持続性を担保するのは,それぞれの地域における「地域づくり」が鍵を握っていると思われる。小田切(2014)は「地域づくり」に内発性,総合性・多様性,革新性を必要としていると指摘している。それにより,農山村における既存の生活に対して,新しい価値を上乗せすることで農山村が持続するとしている。これまで,農山村では人々が現実的に生きていくための「生活」から,自己実現を求める「暮らし」にその関心が移りつつあるといえよう。そして,その現場こそが「暮らしの場」であり,出身者以外の住民も関与できる余地が存在している。「暮らしの場」にこそ農山村の真の魅力があるといえる。
  • 池上 文香, 浅見 和希, 齋藤 圭, 小寺 浩二
    セッションID: P008
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    島嶼地域の水環境を把握することは、離島という閉鎖的な地域の水環境の把握の価値に加え、そこで暮らす島民の水資源の確保という観点において重要である。さらに、島嶼の水環境の保全は景観の維持と結びつき、持続性のある観光開発においても不可欠であるといえる。だが、空間的に制限があるために島自体の許容力は乏しく、島嶼の自然環境は人間活動に対し大きく影響を受ける。五島列島は、それぞれの島が比較的近い距離に位置していながらもその土地利用などの流域環境には島ごとに差異があるという特徴を持つ。そこで、本研究では7つの島の水質特性と、流域環境と水質組成の関係について比較しながら水環境の現状を明らかにすることを試みた。  主要溶存成分分析より、水質組成は全体的にNa⁺-Cl⁻型を示した。これは、離島という四方を海に囲まれた環境にあることから、海水飛沫や降水による風送塩の影響を強く受けるためである。例外的に、玄武岩質を流域に持つ福江島及び宇久島の河川や地下水で、水質組成はCa²⁺-HCO₃⁻型を示すという結果が顕著に現れた。これは玄武岩質由来の地下水の影響によるものと考えられる。流域が急峻な地形をしている中通島の河川水では、上流と下流で水質組成が大きく変化しないことが見受けられた。これは河口までの距離が短いために滞留時間が短く、流域からの物質の寄与を受けにくいということが示唆された。
  • 大八木 英夫, 五十嵐 聖貴, 深澤 達矢, 南 尚嗣, 小林 拓, 武内 章記, 藤江 晋, 田中 敦
    セッションID: 1001
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    北海道東部に位置する日本最大の閉塞湖である摩周湖では,結氷現象が生じなかった場合,春季循環期において安定的であった湖底水温の冷温化について指摘されており,結氷現象の有無による湖水循環への影響が懸念されている。そこで,本研究では,湖水の水収支・熱収支研究の視点より,摩周湖の長期的な水位変動による水量の変化について考察をする。
  • 中川 聡史
    セッションID: 525
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    オーストリア・チロル州の人口動態を検討すると、19世紀後半以降、人口が一貫して増加し続けていること、出生と死亡の差である自然増加については常にプラスであり、転入と転出の差である純移動(社会増加)についても1950年代以外は一貫してプラスの値を示してきた。本報告では、チロル州のが一貫して人口増加を実現してきた要因について考察し、今後の見通しを検討する。また、チロル州内部の郡ごとの人口変化についても、就業機会との関連から、人口がどのように維持されてきたのかを考察する。
  • 畠 瞳美, 奈良間 千之, 福井 幸太郎
    セッションID: P021
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    北アルプス北東部に位置する白馬大雪渓は日本三大雪渓の一つで,夏季には毎年1万人以上の登山者が通過する日本屈指の登山ルートである.白馬大雪渓上では岩壁の落石や崩落で生産される岩屑により毎年のように登山事故が起こっている.本研究では,落石・崩落の実態や大雪渓周辺の地形変化を明らかにすることを目的として,2014~2015年に現地調査を実施した.2014年の7月~8月に設置したインターバルカメラの撮像結果より,この時期に岩壁から生産された礫の雪渓への侵入はわずかであり,雪渓上に無数に点在する礫の多くは雪渓内部から融出したものであった.UAVの空撮画像を用いて作成した50 cm解像度DEMから得られた表面傾斜角をみると,大雪渓本流では緩傾斜地と急傾斜地が交互に存在し,インターバル撮像から急傾斜地で礫の再転動・再滑動が多く確認された.また,大雪渓上には6種類の礫を確認し,その分布は本調査地域の地質を反映していた.2011~2014年にかけて,大雪渓上流(白馬岳,杓子岳),2号雪渓,3号雪渓及び大雪渓下流右岸側において岩壁が部分的に後退していた.アイスレーダー探査の結果によると,雪渓の厚さは薄いところで約3 m,厚いところで約20 mであり,場所による雪渓の厚さの違いが確認された.
    白馬山荘において観測された気温・地温データから,気温が0度付近となる時期は4月末~5月末であり,凍結融解作用で岩壁から礫が生産される時期は非常に短く,7~8月は降水や再転動などの要因で落石事故が生じていると考えられる.さらに,融雪に伴い岩盤が露出することで,凍結融解作用によって生産された岩屑が落石へと発展することがわかった.雪が著しく融けて昨年の雪渓表面が出現する場合,少なくとも雪渓上には2年分の礫が存在するため,礫の再転動・再滑動による災害のリスクが高まると考えられる.本流において急傾斜地で再転動・再滑動が多く起こるという結果から,より急傾斜な2号雪渓と3号雪渓ではそのリスクは非常に高くなることがわかった.本調査地域の地質,大雪渓上の礫の関係及び岩盤の経年変化から,落石はほぼ全ての方向の岩壁斜面から発生しているが,特に杓子岳周辺では落石による激しい岩盤侵食と崖錐の形成が起こっていると考えられる.
  • 佐藤 浩
    セッションID: 804
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    2015年台風17・18号により,2015年9月初旬に茨城県・栃木県などは豪雨に見舞われ,常総市と下妻市に洪水をもたらした。鬼怒川の破堤地点(常総市上三坂)で氾濫堆積物と自然堤防堆積物,溢水地点(下妻市若宮戸)で氾濫堆積物と河畔砂丘堆積物を採取し,その粒度分布を調べて洪水の特徴を把握しようとした。破堤地点の近傍では,落堀から供給された細砂主体の自然堤防堆積物が堤外からの流砂(中砂主体)に混ざって堆積している可能性を見出した。また,破堤地点から約350m離れた地点でも,中砂が卓越して堆積しているところと,中砂が堆積していても,その下層は細砂が混ざっている場合もあり,地表面に露出した自然堤防堆積物の表層を剥がしつつ洪水流が流下したことを裏付けていると考えることができる。また,溢水地点の浮遊砂積物の粒度分布は,破堤地点付近の自然堤防堆積物と類似しているが,浮遊砂堆積物のほうが自然堤防堆積物よりもシルトが多く,その堆積環境は今回の溢水地点付近とは異なっていた可能性を指摘した。また,溢水地点付近の河畔砂丘堆積物の粒度分布は,破堤地点から約350m離れた地点の氾濫堆積物と似ており,河畔砂丘の給砂源の環境は,現在の河畔と類似していた可能性を併せて指摘した。
  • 塩崎 大輔, 橋本 雄一
    セッションID: 1017
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究目的
    日本は高度経済成長期以降、地方においては大型保養地やゴルフ場などといったリゾート施設と一体となった開発が進められた。そうした中で本州内陸部や東北地方、北海道といった積雪地域においてはスキーリゾート開発が積極的に進められてきた。しかしバブル崩壊以降、日本は長期間の不況期に陥り、その間にスキー観光の停滞、衰退が進んだことが指摘されている(呉羽,2009)。こうした状況の中、北海道内でも有数の大型スキー場が複数立地する北海道ニセコエリアにおいては、2000年以降外国人観光客、いわゆるインバウンドの増加が顕著になったことが明らかとなった(市岡ほか,2009)。しかし、ニセコエリアを対象とする研究では、この外国人観光客が増加を始めた2000年以降の研究が目立ち、その対象地域も特に開発の多い倶知安町字山田に着目した研究が多く、ニセコエリア全体の開発に関する研究は少ない。そこで本研究は建築確認申請データを用いてニセコエリアにおける開発の時空間構造を明らかにすることを目的とする。
    2.研究方法及び資料
    本研究の対象地域は北海道虻田郡倶知安町及びニセコ町である。本研究を行うにあたって、1995年から2015年における倶知安町及びニセコ町の建築確認申請建築計画概要書に記載されている、新規建築計画2,251件をデータベース化する。このデータベースを用いて新規建築の件数及び面積から開発の経年変化を分析する。次にニセコエリアにおける新規建築の分布変化をみることにより、ニセコエリアにおける開発の動向を分析する。最後に、これらの分析結果を総合し、ニセコエリアにおける開発の時空間構造を考察する。
    3.研究結果 
    (1)ニセコエリア全体の開発は大きく3つの期間に区分することができた。まず1995年から2004年にかけては総件数が増加と減少を繰り返しながらも、全体としては減少傾向にある期間である。その間に敷地・建築・延べ面積に関しても値を上下させながら、2004年には低い水準であった。次に2005年から2008年にかけて、総件数は増加傾向にあり、2008年には対象とした21年間で最も件数が多かった。最後に2009年以降、総件数は大きく減少し、2012年には逆に最も値が低くなった。 (2)地区別に見た場合、先に区分した2004年以前では、倶知安町市街地、次いでニセコ町市街地の開発件数及び開発面積の値が大きかった。しかし2004年には倶知安町ひらふ地区の開発件数及び面積がニセコ町市街地と逆転し、2006年には倶知安町市街地を抜いて最も開発が多い地区となった。2009年以降件数においては、倶知安町市街地、ひらふ地区、ニセコ町市街地が多いものの、開発面積では花園地区やビレッジ地区などで突出した値を示すなど、開発が広範囲に広がっていることが明らかとなった。 (3)建物階が地上6階以上の高層階を有する建築物は24棟あり、内23棟がひらふ地区に集中した。また大型商店といった大規模低層建物は倶知安町市街地に多く見られた。 (4)建築主の所在に着目したところ、1995年以降始めて国外在住の建築主が現れたのは2004年であった。その後2008年までオーストラリア在住の建築主による開発が増え、遅れてシンガポールやマレーシア、中国といった東アジア在住の建築主による開発が増加した。
    4.結論
    以上のことから、1995年以降は国内在住の個人や企業といった建築主による開発が、ニセコエリアの開発を占めており、また開発の中心も倶知安町やニセコ町の中心市街地であった。2004年以降は外国人による開発が始まったことにより、その構造が大きく変化した。特にひらふ地区は外国人建築主による開発が進み、土地の高度利用が図られるようになった。しかし2008年以降、特にオーストラリア在住の建築主による開発が減少したことにより、ひらふ地区の開発が停滞、加えてそれまでひらふ地区に集中していたリゾート開発が、花園やビレッジ地区、アンヌプリ地区に流れたと考えられる。
  • 小荒井 衛
    セッションID: 803
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    平成27年関東・東北豪雨について茨城大学で災害調査団が結成され、筆者は地圏環境グループの一員として参加している。既に中間報告をweb等にアップしているが、このうち筆者が直接関わったものを抜粋して紹介する。筆者は防災地質学の講義で、下妻市内の鬼怒川流域を対象に地形判読よる災害リスク評価を行っている。この際に洪水リスクの高い箇所としたところ(下妻市前河原、結城市水海道など)で、実際に浸水被害があった。旧河道でも浸水被害があり、なかなか水が引かなかった。旧河道と現河道の接合部で、漏水被害が認められた。河川の攻撃斜面側で、堤防の微小な被害が認められた。洪水リスクの高い箇所で、深刻でないにしてもいくつかの変状が認められ、場合によっては深刻な被害に繋がりかねないものもあった。地形を理解することの重要性を示している。
  • 松本 一希, 須貝 俊彦
    セッションID: 821
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに 一般に,表層崩壊の発生位置は無限長斜面の安定解析により推定されることが多い.この方法は土質試験・貫入試験を要するため,広域に適用することが難しい.本研究は,数値標高モデル(DEM)のみから表層崩壊の発生位置を検討するものである.2.地域 2014年8月に土砂災害が発生した広島県広島市安佐北区・安佐南区を対象とする.この地域では多くの斜面崩壊が発生し,そのほとんどが表層崩壊だと報告されている(土志田・新井場,2015;黒木ほか).3.方法 DEMを用いた地形解析を行った.解析したDEMは国土地理院が公開している5mメッシュDEMである.本地域におけるDEMは2008年に作成されたものなので,崩壊前の地形を考察できる.算出した地形量は傾斜,累積流量,断面曲率である.断面曲率については垂直断面形の区分に利用した.崩壊に沿った地形量の変化を追跡するため,各崩壊地に落水線を設定し,その線上で数値解析を行った.解析位置の具体例を図1に示す.すなわち,落水線を構成するセルのうち,崩壊地内の最高標高点にあるものを崩壊地源頭部,崩壊地源頭部から1セル山頂側を崩壊地上方部,谷側の2セルを崩壊地下方部とした.また,傾斜と累積流量については崩壊地源頭部の値を,断面曲率に関しては3か所それぞれの値を解析対象とした.4.結果・考察 崩壊地における傾斜と累積流量の統計値を表1に示す.ここから,傾斜と累積流量は多様な値を取ることがわかった.またこれらには弱い負の相関(r=-0.33)が見られた.垂直断面形に注目すると,崩壊の発生しやすさは,崩壊地上方部から崩壊地下方部にかけての断面形(凹型,凸型,等斉型)の変化パターンに依存することが確認された.上記の結果を踏まえ,崩壊・非崩壊の判定プログラムを作成した.このプログラムでは任意の地点が,崩壊が発生しやすい傾斜,累積流量,垂直断面形に合致するかを判定するものである.また,このプログラムの判定力をROC曲線により評価した.その結果,崩壊地を崩壊地と認定する陽性率が0.6,非崩壊地を崩壊地と誤認定する偽陽性率が0.4の値を取るとき,最も判定力が高くなることが分かった.

  • 台湾の曽文渓デルタを例に
    高橋 瑛人, 堀 和明, 田辺 晋, 陸 挽中, 黄 智昭
    セッションID: 814
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    はじめに:近年,サンゴ礁化石や陸棚堆積物を用いたMIS(Marine Isotope Stage)2から1にかけての海水準変動復元がおこなわれているが,14 ka以前の情報は少ない.また,サンゴ礁は生息水深に5 m以上の幅があり,海水準を復元する際の深度方向の精確性に欠ける.こうした不確実性の存在が,MIS2以降の海水準変動の正確な復元を困難にしている.
    テクトニックな沈降域では,海水準の上昇に対応する砕屑物の供給に対して常に堆積空間が上方に付加され続けるため,海進期・海退期の堆積システムともに累重的な堆積様式を呈することが知られており,時間間隙の小さい厚い沖積層が形成されている.これらの沖積層に含まれる潮間帯堆積物を用いることで,MIS2以降の海水準変動を高精度に復元できる可能性がある.
    しかし,沈降域はテクトニックな変位量の補正の必要性を嫌ってこれまで避けられてきたため,海水準変動に関する研究事例は少ない.沈降域の堆積物試料を過去の海水準の指標として信頼に足りうるものとするためには,これらの地域における沖積層の特徴を明らかにし,基礎事例として蓄積させることが重要である.
    方法:台湾西岸の曾文渓デルタ河口部で得られた掘削長250 mの2本のボーリングコア(漁光,台南)について,堆積相の区分,粒度分析,強熱減量測定をおこなった.なお2本のコアから12点の年代値が得られている.台湾は大陸-島弧衝突作用に伴う褶曲衝上断層帯に位置し,台湾西岸の平野部はおおよそ5 mm/yrで沈降している.
    結果:曾文渓デルタ河口部の沖積層は,岩相と生物化石層,粒度組成の傾向に基づいて,下位からおおむね蛇行河川堆積物,塩性湿地堆積物,沖浜堆積物,デルタ堆積物,干潟堆積物の5つの堆積相に区分された.蛇行河川堆積物から沖浜堆積物は海進期の,デルタ堆積物と干潟堆積物は海退期の堆積システムにそれぞれ区分される.
    蛇行河川堆積物および塩性湿地堆積物は,上方細粒化を示す極細粒砂ー中粒砂層とシルト層からなり,洪水堆積物とチャネル充填堆積物の互層をなしていると考えられる.沖浜堆積物は塊状シルトからなり,静穏な海底が堆積環境として考えられる.デルタ堆積物は極細砂から細砂へ緩やかに上方粗粒化傾向を示し,デルタフロントにあたる堆積物と考えられるが,途中急激にシルトへと粒度を減じる層準がある.干潟堆積物は,主に細粒砂ー中粒砂からなるが,デルタ堆積物と同様に途中にシルト層を挟在する.堆積年代は,蛇行河川堆積物中からそれぞれ25 kaをこえるものが得られている.なお強熱減量はすべての堆積相においておおむね粒度と逆相関を示す.
    考察:当地域においては沖積層の層厚が250 mをこえており,現在のデルタフロント末端付近の水深(約30 m)に比して大きな層厚(約60 m)を有するデルタ堆積物が堆積していることや,潮差(約0.6 m)に比して大きな層厚(約20 m)を有する干潟堆積物が堆積していることから,テクトニックな沈降の影響を受けて累重的に地層が形成されてきたことが示される.蛇行河川堆積物中から25 kaをこえる堆積年代が得られていることから,本地域では,海進期の堆積物中に最終氷期最盛期へ向かう海水準低下期の堆積物が保存されていると考えられる.
    また,デルタ堆積物や干潟堆積物の砂層中に挟在する泥層は,一時的な水深の増加や,河口の移動といった堆積環境の急激な変化を示すと考えられる.2本のコア中から同様の傾向が確認できるため,局所的な要因によるものとは考えにくく,これが水深の増加によるものであった場合,より広域に影響する地震性の沈降を示す可能性がある.
  • ―アルプス銀座の事例から―
    猪股 泰広
    セッションID: 408
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
    日本における山岳地域は,狩猟採集の場,信仰や修行の場,スポーツやレクリエーションの場として,古くから人間と密接にかかわりあい,時代背景や地域的背景を反映してその場所性が変化してきた.今日では,中高年登山ブームや山ガールといったキーワードに象徴されるように,老若男女を問わず多様な人々が観光対象として山岳地域を訪れている.しかし,こうした登山現象が地域論的に明らかにされた例は少なく,地域が登山者との関係の中でどのように変化し,登山を持続させうるのかについてはわかっていない.そこで本研究では,観光利用が顕著な北アルプス南部,常念山脈から槍ヶ岳にかけての通称「アルプス銀座」地域を対象として,登山者に対し山小屋の機能や役割がどのように変化し,観光登山を持続させているのかについて,山小屋関係者や登山者に対する聞き取り調査に基づく分析から明らかにした.
    2.登山者数の推移と山小屋の対応
    対象地域は,1877(明治10)年にイギリス人地質学者であるウィリアム・ガウランドの槍ヶ岳登頂やそれに続く知識人たちの登山を契機として,その存在が全国的に知れ渡るようになった.1918(大正7)年,地元松本市の商店街の青年たちによって,登山道の途中に山小屋「アルプス旅館」が開業された.この後の相次ぐ山小屋開業により,案内人雇用や宿泊装備持参を必要としなくなったことで,登山者数が増加した.第二次大戦後,登山者数がさらに急増した際には,各山小屋で選択的な規模拡大や新規開業がみられ,増加した登山者の受け入れを可能とした.1965年頃には,物資運搬にヘリコプターが導入されたことで,物資の需要増加に対応した.
    1990年代以降の中高年登山ブーム期には,登山者の総数は1960年代と比較して約半数に減少しており,規模拡大を実施した山小屋では収益の維持が課題となった.これに対し,各山小屋では利便性・快適性の向上やサービスの拡充と宿泊料金の値上げを実施したことで,客単価も上昇し,収益は維持されている.規模拡大を果たした山小屋では,安定した収容力を活かした団体登山(ツアー登山や学校登山)の受け入れも行っており,これが収益の安定化に効いていると考えられる.一方,小規模のまま維持された山小屋においては,サービスの拡充がそれほど顕著でなく,収益維持が困難な山小屋も存在する.しかしこうした山小屋も,遭難リスク対応の観点から存続が必要とされていることから,複数の山小屋をもつ株式会社の経営体により,大規模小屋の収益を補填することで維持されている.
    3.山小屋の機能と観光登山の持続システム
    登山者への聞き取り結果から,山小屋におけるサービスの拡充は,登山者の間での口コミを形成し,新規登山者を誘致することが示唆された.こうして誘致された登山者は,自身の経験や山小屋における多様な登山者との交流により段階的に登山の知識や技術を身に付け,難度の高い魅力的な山へと挑戦しようとする傾向もみられた.対象地域における山小屋の直接的・間接的な観光誘致が,登山者数の維持および増加に寄与している.こうして得られる山小屋の収益は,さらなるサービス拡充と合わせて環境配慮型トイレの新設や登山道整備など環境保全にも用いられており,環境負荷軽減にも結び付いている.以上から,利用と保全の両立による持続システムの一例が示された.
  • 移動販売ビジネス「とくし丸」とその利用者特性
    豊田 哲也, 高石 優衣
    セッションID: 717
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    急速な高齢化が進む日本では、生鮮食品や日用品の確保が困難な買い物弱者(あるいは「買い物難民」)の存在が社会問題としてクローズアップされるようなった。もともと交通の不便な中山間地域だけでなく、都市のインナーエリアでも食品購入へのアクセスが悪化した地域は「フードデザート」と呼ばれるようになった。この問題の解決に向けた手法には、新たな商店の誘致、ネットショッピングなど商品の配送、買い物バスの運行やタクシー利用など交通改善があるが、移動販売は有効な方法と考えられる。
    買い物弱者やフードデザートのようにローカルなコミュニティにおける課題に取り組むにあたり、従来の公共による福祉行政では行える事業に制約が大きく、市民による慈善活動では資金調達や人材確保に限界がある。そこで注目されるのが、営利の追及だけでなく課題の解決を目的にソーシャル・ビジネスを行う社会的企業であり、新しいアイデアである。本研究では、買い物弱者のニーズを市場としてとらえ移動販売事業を企画・運営する株式会社「とくし丸」を取り上げ、ソーシャル・イノベ-ションの創出と普及による課題解決の可能性を検討する。
    2012年に徳島市で社会起業家・住友達也氏の発案をもとに設立された「とくし丸」は、地道な市場調査などマーケティング戦略、地域スーパーとの連携による商品の調達、個人事業主による販売員の募集の三つを組み合わせることで採算の確保に成功した。2015年12月現在、徳島県内で20台の移動販売車を運行しているほか、全国25都府県でフランチャイズによる導入が進むなど、急速に事業を拡大中である。こうしたビジネスの意義について「とくし丸」の住友社長、地域スーパー・キョーエイの社長、販売員に取材を行った。また、徳島市内のインナーエリアにあたる矢三地区において、移動販売の利用者を対象にアンケートとインタビュー調査を実施した。
    「とくし丸」本部は、市場開拓や販売員研修など行い運営ノウハウを提供する。商品を供給するスーパーは、追加投資なしに販売額の増加を期待できる。販売員は自費で購入した軽トラックを運転し、担当エリアを3つに分けて週に2回ずつ巡回する。ルートやスケジュールはほぼ固定され、個人宅前の路上に停車し販売を行うが、病院や福祉施設に立ち寄る場合は一度に10人以上の客が集まる。客単価は2000円程度で、1日の売上げは8~10万円が目標という。売れ残った生鮮食品は夕方スーパーに持ち帰り、店頭で見切り販売するため廃棄によるリスクはない。食料品や日用品の販売だけでなく、カタログによる注文の受け付けも行う。
    利用者は60歳以上の女性がほとんどである。日常的な買い物は徒歩や自転車で地区内のスーパーに行くが、同居または近居する家族に送迎や同行してもらうケースも多い。そのため、生鮮食品・加工食品のうち「とくし丸」で購入する割合は1~3割程度で、移動販売は補助的に利用されていることがわかる。「とくし丸」の品揃えや利便性に関する満足度は高く、1商品につき10円を上乗せして販売する価格についても理解が進んでいる。「とくし丸」の利用で移動の負担が減ったものの、日常の食生活がはっきり改善したという人は少ない。一方、販売員を子どもや孫のように感じコミュニケーションを楽みにしている人もおり、定期的な訪問ときめ細かなサービスが高齢者の見守り機能を果たしている。
    移動販売事業「とくし丸」のビジネスモデルは、地域スーパーとの連携や個人事業主である販売員の組織化により、リスク分散と収益確保を実現した点にソーシャル・イノベ-ションとしての革新性がある。他方、高齢者から見ると移動販売は行商やご用聞きと同様になじみのある商習慣であることが、スムーズな受容を可能にしたと考えられる。今回利用者調査を行った地域は「とくし丸」が最初に運行を開始したモデル地域であり、ここでの試行がその後の展開に活かされることになった。サービスを利用する高齢者からの支持も強いが、購買行動全体から見るとなお補助的な役割にとどまっている。今後の課題は、需要密度の低い農村部など異なる条件の地域でも運営の方法や利用者の実態について調査を行い、移動販売事業の可能性を検討する必要があろう。
  • 田林 雄
    セッションID: 1009
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    河川流量を正確に計測することは流域の水収支を計算する上で重要であるが、野外において正確に計測することは難しく誤差も大きいと言われている。ひとつの原因として、河川流量は河川横断面に流量を乗じて算出するのだが、野外調査の限られた時間で河川横断面を精緻に計算することが難しいことが挙げられる。恋瀬川水系にある小桜川で写真測量の技術を用いることで精細な河川横断面の作成を試み、実測値とよい一致をみた。光条件や河川の濁度によっては計測が困難な場合もあるが、今後の応用が期待できる。
  • 曽根 敏雄
    セッションID: P022
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    大雪山の永久凍土分布の下限高度付近の風衝砂礫において、2013年秋から地表面温度および気温を1年間以上測定し永久凍土の存在の可能性を推定した。その結果1755m地点以上の標高の風衝砂礫地では永久凍土が分布する可能性があることが判った。1655m地点と1710m地点では地表面温度の年平均値が0℃を越えており、永久凍土が存在する可能性は低い。
  • 基本事項に関する教材の試作
    山内 啓之, 小口 高, 村山 祐司, 久保田 光一, 貞広 幸雄, 奥貫 圭一
    セッションID: 104
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    これまでGIS教育の充実のために、科学研究費を用いた複数のプロジェクトが行われ、基本となるコアカリキュラムと講義用の教材が整備された。しかし、実習に関する検討は少なかった。一方、GISを活用できる人材を育成するためには、実習を用いた教育が必要である。
    そこで、大学の学部や大学院におけるGISの実習授業を充実させるための教材を開発し、社会に公開するための新たなプロジェクトを開始した(科学研究費基盤研究A「GISの標準コアカリキュラムと知識体系を踏まえた実習用オープン教材の開発」、平成27~31年度、代表者:小口 高)。本報は、その経緯と現状の報告を目的とする。
    本プロジェクトでは、学部3~4年生の実習授業や自主学習を対象に、室内でのGISソフトウェアの活用、GISと関連した野外調査、インターネットの活用に関する教材の開発などを行っている。
    室内でのGISソフトウェアの活用に関する教材については、QGISのような無償で利用できるGISソフトウェアを用いて、GISの基本操作についてまとめている。教材の内容は、以前のプロジェクトで作成されたGIS教育のコアカリキュラムや講義用の資料に対応するように構成している。教材では、基盤地図情報やオープンデータなどの無償で利用できるデータの取得方法についても解説している。
    GISと関連した野外調査に関する教材については、野外調査で利用できる機器の操作方法などを教材としてまとめている。高価な機器については、機器説明や操作方法を解説した動画を教材として公開する。現在、ドローン(UAV)に関する動画を撮影し、教材化を行っている。動画教材は、5分程度のショート版と20分程度のロング版を用意し、利用者が必要な方を選択し閲覧できるようにする。動画中の説明については、要所部に字幕のような形でコメントを挿入し、利用者が理解しやすい教材になるように工夫している。
    インターネットの活用に関する教材については、Web GISの活用によるデータの作成や公開についてまとめている。Webを利用したGISデータの作成の際には、オープンソースの資源を有効活用しており、地理院地図やCartoDBなどを用いている。Webを利用したGISデータの公開についても、LeafletやCesiumなどとともにGitHubを用いている。GitHubはGISのデータやアプリケーションの関連づけや、Webページを活用した実習教材にも利用している。
    これらの教材は、PowerPointファイルとともに、記述が容易であるMarkdownファイルで作成し、GitHubで公開することを検討している。GitHubのPull Request機能を用いることで、利用者による教材改善案の提出が可能となる。利用者による教材の改善や更新は、ソフトウェアのバージョン更新に教材が対応していない場合に有効であり、効率的な教材の修正や補足が可能となる。また、GitHubのIssue機能を用いることで、教材改善の要望や質問の投稿も可能となり、利用者同士によるオープンなコミュニティを築くことができる。このように本プロジェクトで開発された教材やその管理については、GitHubを頻繁に活用するため、GitHubの基礎操作に関する教材も整備していく必要がある。
    本プロジェクトの成果は、試用と改良を経た後に学部や大学院のGIS実習や学生や市民の自習に利用できるように一般公開する予定である。
  • 藤塚 吉浩
    セッションID: 1021
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    プラハの中心部には、中世以降に形成された市街地が残っている。社会主義体制移行後には、住宅が接収されて再配分されるとともに、政府によりその配分は管理された。社会主義都市には不動産市場が存在せず、住居の変更は制限され、割り当てられた住宅にそのまま居住せざるを得ないことが通常であった(山本 2000)。社会主義体制下では、不足する住宅を補うために、周辺市街地に高層住宅が建設された(Sýkora 1999)。 <BR>  チェコでは経済体制変更後、旧社会主義政府が没収した資産を、所有者およびその後継者に返還した。所有者のなかには、その地を離れて外国へ移住した者もあり、資産を転売したり、修復してより高い賃料収入を得ようとする者も多かった。<BR>   社会主義体制では商業・サービス業に重点が置かれていなかったので、経済体制変更後には都心で商業化が進んだ。1区の旧市街では商業化が進展し、4分の3が非居住機能となった(Sýkora 1999)。居住機能を非居住機能が置き換えたため、人口が大きく減少することとなった。<BR>   プラハにおける2011年の不動産,専門・科学・技術,管理・補助サービス部門の就業者率についてみると、プラハ全市の比率は15.5%である。歴史的な市街地の1区や2区では、この比率が高い。一方、東部の周辺市街地ではこの比率が低く、社会的不均等になっていることが明らかである。<BR>   1区にある旧市街は景観保護地区で、新規のビル建設には制限が設けられており、1990年代末にはヴァーツラフ広場周辺に事務所が多かった(山本 2000)。西欧から進出した外国企業のオフィス需要を満たすためには、旧市街の建物の再利用だけでは不十分であり、旧市街の外側に大規模なオフィスビル開発が行われてきた。<BR>   ジェントリフィケーションは、社会主義への移行前の最も良好な住宅地、2区のヴィノハラディで起こった。西欧からの外国人を対象とした高級なアパートへの再生が主であり、住宅資産の3分の1に西欧の外国人が居住するようになった。1990年代後半から共同住宅は分譲に出されたが、民間の賃貸住宅は建てられなかった。1990年代後半以降の家賃の高騰により、再活性化された地域に住めなくなる人々もあり、その多くは市内他地区のよりアフォーダブルな住宅へと移った(Sýkora 2005)。<BR>   8区のカーリンはヴルタヴァ川沿いの工業地区であったが、1990年代初めより地区の西側からオフィス開発が進められてきた。川沿いの地域では、外国資本によりオフィスビルが開発されるともに、高級住宅開発が行われてきた(Cook 2010)。<BR>   本研究では、資本主義都市とは異なる都市構造の旧社会主義都市において、経済体制変更後の商業・業務地区の再編とともに、ジェントリフィケーションの進行がどのように都市の内部構造を変容してきたのか、その地理的位置と社会的影響について検討する。
  • 檜垣 大助, 李 学強, 岸本 博志
    セッションID: 822
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに 火山灰層に覆われることの多い火山体斜面では,豪雨による崩壊災害が発生しやすい.熊本県阿蘇火山では, 1953年以降4回,降下火山灰層中で多数の表層崩壊が発生した.ここでは, 1990, 2001, 2012年の浅層崩壊について,発生場の地形的特徴を把握し,崩壊危険斜面を把握する手法検討の基礎資料とした.  2.方法   3時期の崩壊発生前後の空中写真判読で崩壊地(崩土の流動化範囲を除く発生域のみ)を抽出し,2012年崩壊発生前・後 に国土交通省で取得されたLiDARデータに基づく1mDEMから作成した赤色立体地図上に表示した.対象は,3時期の空中写真が得られる範囲とし,その中で鉛直立体視写真の得られなかった2012年災害後は、LiDAR計測と同時に撮影された単写真のオルソ画像から崩壊地を判読した。その上で崩壊発生場の地形特性をArc GIS ver.10.2を用いて分析した. 3.崩壊の地形的特徴と崩壊危険斜面  対象は,阿蘇火山中央火口丘中岳(1506m)北斜面,阿蘇カルデラ外輪山内壁にある阿蘇市坂梨妻子ヶ鼻地区である.いずれの時期も崩壊地は面的な形のものが多く,牧野の草地で多発しているが,1990年の崩壊は林地でも発生が多い.既往研究(例えばMiyabuchi and Daimaru, 2004; Shimizu and Ono, 2015)では,地表下数m以内にある完新世降下火山灰層の特定の層準をすべり面に発生したとされており,面的な崩壊形態はそれに起因するとみられる.また,崩壊地は,開析谷の入っていない流域ではほとんど起こっていない.一方,崩壊箇所の頭部・側部は赤色立体地図上で明瞭な円弧状の遷急線として認められることが多い. 両地区についての崩壊地の面積頻度分布からは,どちらも,2001年と2012年はほぼ同じ規模(平均値160~200m2)なのに対し,高岳地区の1990年崩壊は規模の大きいものも多い(平均値530m).一方,対象地域での傾斜別分布面積に対する崩壊地の傾斜別発生率を見ると,妻子ヶ鼻地区で傾斜25°以上45°未満の斜面で約9割の崩壊が起こっている. 次に,2001年,2012年の崩壊がその前に生じた崩壊地とどのような位置関係で発生したかを,高岳・妻子ヶ鼻両地区で各時期の崩壊地を重ねあわせた図で調べた.その結果,いずれの時期もその前(2001年では1990年,2012年では1990年または2001年)発生の崩壊地には接せずに「独立」に起こっているケースが5~7割を占める.次に,前の崩壊地の上方や横に接して崩壊するケースが2-3割を占める.崩土が堆積している可能性のある前回崩壊斜面すぐ下方の斜面での崩壊は非常に少ない.  以上のことは,阿蘇山の降下火山灰層の被覆する斜面では,近年崩壊していない斜面とくに近年の崩壊地の上方・側方斜面や,開析谷の入っている小流域の未崩壊斜面(遷急線の背後)で次に崩壊が起こりやすいことを示す.  これらは,豪雨時にせん断されやすい層準とその上の土層のいずれもが残留している斜面と推定される. 4.まとめ  阿蘇山では,ある程度開析の進んだ累重する降下火山灰層の覆う斜面で,豪雨で浅層崩壊が起こりやすい.その地形条件として,開析谷が入り,過去の浅層崩壊発生を示す円弧状遷急線背後にあって,ある範囲の傾斜(ここでは25°~45°)を有する斜面と考えられる.今後の火山灰被覆斜面の崩壊危険斜面検討にこれらを要因としていく予定である.   本発表内容は,(公社)日本地すべり学会が国土交通省国土技術政策総合研究所から受託した同省河川砂防技術開発研究課題の一部として行ったものである.
  • ジオパークにおける科学と社会の交差
    鬼頭 秀一
    セッションID: S0401
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    自然災害が多発する現代において、自然災害に対する根本的なあり方の見直しが求められている。人間の自然との関係は、従来は、恵み多き自然との関係であり、保護するべき脆弱な自然環境との関係であった。しかし、自然は時として荒ぶる自然として自然災害の形で立ち現れる。自然災害に対しては、科学技術の力で自然を征服し、ねじ伏せるような形で対応するあり方が基本的なあり方として考えられてきた。しかし、恵み豊かな自然と荒ぶる自然を全体として捉えてその関係を探るような新たなあり方が求められるようになってきている。自然に対する人間の対応のあり方、その構えについてについてその新たな関係を捉えようとしている環境倫理学の中でも、災害も含めた「包括的な福利」で捉えようとするあり方も重要であると考えられている。そして、その考え方を背景として、持続可能な開発、持続可能な社会の構築も、自然災害に対するあり方も含めた全体としてのあり方が求められている。そのような荒ぶる自然環境を端的に表現したものとして、火山も含めた大地のダイナミックな動きである。その大地のダイナミックのあり方を象徴的に見ることができるものが中心になって、ジオパークが構想されてきている。ジオパークは、人間と荒ぶるダイナミックな自然との関係を表していると言ってもいい。そのようなジオパークの「資源」と人間が向き合うことで、自然災害も含めたダイナミックな荒ぶる自然との関係のあり方が示されるのである。そこにおいては、ダイナミックの自然を表現する科学の言語と、災害も含めて自然と関わりあってきた、また、これから関わろうとする人間の生活や営みの仕方がどのように関係を結ぶのがいいのかが問われている。自然災害も含めて、荒ぶる自然と人々との対応の中で、さまざまな伝承や言伝が活字の記録であったり、口伝のような形で残されている。荒ぶるダイナミックな自然との関係のあり方も、地域のローカル知、文化として現れているのである。そのような地域に根ざしたさまざまなローカル知と、地質学や火山学等の科学知の関係のあり方を捉えなおし、災害も含めた形での関係のあり方を模索していくことは、自然災害に同向き合い凌ぐのかという問題と密接に絡み合っている。ジオパークは、まさに、そのようなことが交差する中に存在している。そして、ジオパークが地域社会における資源として捉えられ、それを基にして地域社会づくりを行っていくために重要な役割をすることが期待されているが、それは、そのジオパークにおける、科学ちとローカル知、科学と社会の関係のあり方が問われているのである。そのような関係のあり方、今後のあるべきあり方などを明らかにしたい。 
  • 松四 雄騎
    セッションID: S0305
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    豪雨によって発生する表層崩壊について減災を実現するためには,崩壊の場所・時刻・規模の三要素を満たすような予測システムを実用化し,ソフト対策を高度化する必要がある.斜面に存在する水分量を相対的に指標化する実効雨量や土壌雨量指数は,斜面災害予測において有効であるが,実際に生起している水文地形プロセスをブラックボックス化しているため,精度・確度の向上には限界がある.斜面崩壊の時空間的予測には,地形・地質的な素因によって規定される崩壊予備物質の厚みや斜面勾配といった場の条件と,そこで生起する誘因としての斜面水文プロセスおよびすべり面の形成メカニズムを理解したうえ,斜面安定性の経時変化を定量的に評価できるプロセスベースドなモデリングが必要である.   山地の斜面を覆う土層がせん断破壊して発生する表層崩壊は,急傾斜 (>~30°) な斜面の浅層 (1–2 m深) に,せん断強度もしくは透水性の不連続面が存在する場の条件において群発的に生じる.花崗岩類や割れ目の少ない堆積岩類,成層構造をなすテフラなどからなる地盤でこうした条件は整いやすい.確度の高い表層崩壊予測を実現するためには,地質に支配された地盤状況に応じて,せん断破壊する層位が予め想定され,適切な水文–斜面安定カップリングモデルが設計・使用されることが重要である.近年の豪雨による多くの斜面災害の事例解析から,表層崩壊の一般的な水文地形学的メカニズムが明らかになりつつあり,場所・時刻・規模の予測システム実現に向けての知見が揃いつつある.斜面勾配と崩壊予備物質の厚みは,地理情報システム上での航空レーザー測量による細密地形データを用いた解析やシミュレーションによって得られるようになった.基盤岩の風化による土層の形成速度は宇宙線生成核種を用いた定量化が可能であり,尾根型斜面における地形曲率と土層厚の関係から谷頭凹地への土層の輸送蓄積過程をシミュレートすることができる.崩壊予備物質がテフラである場合は,周辺火山の噴火史と地形情報に基づく崩壊予備物質蓄積量の評価が可能である.これら崩壊予備物質の飽和せん断強度定数は不撹乱供試体の一面せん断試験により決定できる.また,すべり面が形成される深度での間隙水圧の変動特性は,テンシオメータによる観測に基づきモデル化できる. こうした理解の深化により,表層崩壊に関しては,降雨イベントの進行に伴う崩壊発生確率の時空間的変化を評価することができるようになりつつある.ただし,いかに高性能なプロセスベースドモデルを構築し得たとしても,全ての斜面崩壊を厳密に予測することは原理的にできない.これは過去の降雨や崩壊,地形発達といった履歴の効果,斜面構成物質の空間的な多様性,生物活動といった確率的振る舞いをもつ要因が存在するためである.決定論的な表層崩壊発生予測をベースにした,モンテカルロシミュレーション等を組み入れた確率論的な流域スケールでの土砂生産量予報の開拓が課題といえよう.これを地図上に具現化したものは,3次元的な地形や水文過程の情報に基づき斜面の安定性や流域からの土砂流出の発生確率が評価され,それが時間的にも変化してゆく4Dハザードマップとなる.本講演では,その方法論について述べる.
  • 赤坂 郁美, 久保田 尚之, 松本 淳, Esperanza O. Cayanan, Flaviana D. Hilario
    セッションID: P011
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに
    フィリピンにおける降水の季節変化は,主にモンスーンや熱帯低気圧,地形効果によって特徴づけられており(Akasaka et al. 2007),その年々変動は農作物収量や自然災害の発生にも密接に関連している.そのため,将来の気候変化に伴い,降水の季節変化パターンがどのように変わりうるのかを明らかにすることは重要な課題の一つである.同時に,これまでの降水の季節変化パターンの特徴とその年々変動及び長期変化特性に基づき,将来予測結果を評価する必要があるが,これらについては充分な研究が行われていない.そこで本研究では,その第一歩として,20世紀後半以降の地点降水量データを用いて,降水の季節変化パターンを分類することで,それらの特徴と長期変化傾向を明らかにすることを目的とする.   2. 使用データ及び解析方法 降水量データは,フィリピン気象庁(PAGASA)により観測された1952~2008年までの日降水量データの中から,対象期間中の欠測が2割以下である35地点を選び,半旬降水量データに編集して使用した.  まず,卓越する降水の時空間変動パターンを明らかにするために,35地点のはんじゅん降水量データに対してEOF(Empirical Orthogonal Function)解析を行った.次に,降水量の季節変化をいくつかのパターンに分類するために,EOF解析から得られた主要モードの時係数に対してクラスター分析を行った.クラスター分析の際には,ユークリッド距離とWard法を使用した.これらの結果から,各クラスター平均の時係数と半旬降水量の緯度時間断面図を作成し,各パターンの季節変化特性と出現パターンの長期変化傾向を考察した.   3. 結果と考察 EOF解析の結果,上位2EOFモードで累積寄与率が50%を超えたため,これらを降水量の時空間変動における主要モードとした.ここでは第1EOFモード(EOF1)の結果についてのみ述べる.EOF1はフィリピン全体で同符号となり,57年平均時系列は夏の降水量増加に対応したパターンを示した(図略).因子負荷量はルソン島西部からビサヤ諸島西部にかけて0.6以上と最も大きくなっていた.西岸域では夏季には南西モンスーンの風上側となるため,この時期が雨季となる.よって,EOF1は西岸域における降水量の季節変化パターンを表すものであるといえる.  この結果に基づき,EOF1の時係数に対してクラスター分析を行った結果, 降水の季節変化パターンを6つに分類することができた(C1~C6).クラスターごとに平均した西岸域における半旬降水量の緯度時間断面図をみると,これらのうち,雨季入りもしくは雨季明けが平均よりも遅れるC2パターン(図略)と,通常は1~3月(1~18半旬頃)にみられる乾季の間にも降水が見られるC3パターン(図1上)が,1990年以降に頻繁に出現していることがわかった(図1下).また,1952~2008年の間にC3パターンに分類された年は6年あったが,このうちの5年はラニーニャ現象が発生していた年であった.発表では,各降水の季節変化パターンと,下層大気循環場における風向風速,高度場との関係についても示す.
  • 西村 雄一郎
    セッションID: S1102
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    「ネオ地理学(neo-geography)」(瀬戸2010)が近年日本においても盛んになりつつある.ネオ地理学とは,地理学や地理情報の専門家でない一般の人々が,それぞれの興味関心や日常生活上の状況に応じて,インターネット上の地理情報を閲覧・検索・利用・作成することを指す語である(Turner 2006).2011年に発生した東日本大震災をひとつの契機として,地理情報や地理情報の地図化の重要性が一般の市民に認識されつつある.例えば,災害情報の地図化を行ったsinsai.info (http://www.sinsai.info)では,OpenStreetMapを用いたベースマップとなる被災状況の地図化や,災害情報のチェックや掲載などのモデレーティング活動が,OSMFJ(OpenStreetMap Foundation Japan)や多くのネオ地理学者からなるグローバルなボランティアによって担われた(Seto and Nishimura, 2016).また,OpenStreetMapプロジェクトは,日本ではネオ地理学としての実践を示す主要な活動の一つとなっているが,日本を主な活動場所としている登録ユーザは,2011年4月に大幅に増加し,その後も登録・アクティブユーザ数は継続的に増加している.
    オープンデータに関わる政策もネオ地理学的な活動を促している.2013年にG8オープンデータ憲章は合意されたものの,日本政府のオープンデータに向けての行動のペースは遅く,特に地方自治体のオープンデータ開放は限られたものにとどまっている(datainnovation.org, 2015).その一方で,日本においてオープンデータに関する市民のボランタリーの活動は盛んになっている.市民が主体となりオープンデータを活用した地域課題解決に取り組むコミュニティ作りやテクノロジーを利用した活動を支援する非営利団体であるCode for Japanは,Code for Americaをモデルとして2013年に設立され,公認ブリゲイド(ブリゲイドとはCode for Japanが提供する支援プログラムに参加している各地のコミュニティのことを指す)が33,公認準備中のブリゲイドが25を数える(2016年1月現在).またブリゲイドが関与し世界各地で同時開催されるイベントであるインターナショナルオープンデータデイでは,2013年には日本から8都市のみの参加であったが,2014年には35都市,2015年には62都市の参加により行われた.これらのイベントでは,ハッカソン・アイデアソン・データソン(オープンデータを活用して地域の課題解決につなげるプログラム・アイデア・データなどを丸一日作成するイベント)などのさまざまな種類のイベントが開催されたが,これらにおいて地理情報の作成や利用は中心的なトピックのひとつとなっている.
    オープンなGISデータやジオコード化されたデータは日本では未だ限られているため,こうした活動では,地域の課題を地理学的に可視化・分析するために,地理情報の作成を含む活動・地理情報の作成と利用の両者を行うためのイベントも多く行われている.オープンソースのGISソフトウェアであるQGISの利活用や開発に関わるイベントとして,2014年7月東京で第1回QGIS hackfest,2015年8月に第2回QGIS hackfestが東京・札幌・大阪の3年で開催されたが,これらのイベントは全てボランタリーにネオ地理学者が企画・開催を行っている.
    また,Code for X(Xには各都市名が入る)の活動の主要な目的は,ICTを利用した地域の課題解決であり,地理的なものの見方や分析がその中で重要になってくる.これは,狭い意味のGISの利用・分析にとどまらず,インターネットを利用したさまざまな地理的情報の可視化・共有化も含まれる.日本において,地域のオープンデータ活動で用いられるオープンデータプラットフォーム(図1)では,定量的なデータのみならずさまざまな定性的なデータの作成・共有などが行われており,地域で共有を行うべきであると住民自身が考える地理的な知の多様性を示している.
  • 菊地 俊夫, 杉本 興運
    セッションID: 403
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    研究の背景と目的  大都市内部の都市観光地は、都市住民という巨大市場を背景に、その需要に対応することで安定した観光地経営の基盤を築いてきた。しかし、都市開発、競合地域の成長、住民の世帯交代や人口移動、流行、国際化による外国人の流入などの諸要因による都市構造の変化に伴い、都市観光地としての様相や求められる魅力が刻々と変化し、様々な課題が浮上しているのもまた事実である。本研究は東京都の上野地域を事例に、都市観光地における観光地経営の現状と課題を明らかにし、今後の上野地域の再構築の方向性を検討することを目的とする。
  • ‐島根県隠岐郡海士町における3つの産業を基に‐
    玉木 裕介, 池田 祐子
    セッションID: 718
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ.はじめに
    国内では急速な少子高齢化が進展しており2008 年時点での高齢化率は全体の22%となっている。特に中山間地域や離島などの条件不利地域においてその進行が著しい。このような地域では存続が危ぶまれており、人口面のみならず経済面においても地域活性化が不可欠である。島根県隠岐郡海士町の高齢化率は、2005年ですでに37.6%となっており存続の危機に瀕している。その一方、海士町では、U・Iターン者の受け入れ事業が整備され、彼らによって、地域振興を図る様々な取り組みが実施されてきた。そして地域活性化の成功事例として話題を呼んでいる。 そこで本稿では、2015年10月21日から24日に島根県隠岐郡海士町にて聞き取り調査を行い、地域内で独自の発展を遂げた産業(隠岐牛・岩がき・干しなまこ)に着目し、行政・地域住民・移住者、各々の役割及び関係性についてまとめた。そして事例間の相違点と共通点を整理し、事例の主体関係の整理及び産業に関わる各アクターの協働関係について考察を行った。
    Ⅱ.調査結果
    各事例の業態に関しては、各商材が地域資源としてすでに産業という形を持っていたか否かで整理することができる。当初よりすでに産業としての形を成していたのは干しなまこ加工業と、隠岐牛の繁殖・肥育である。前者は県外業者からの委託で国外へ、後者は隠岐牛という名前ではなく、子牛の繁殖業として県外へ出荷し産業としての形を成していた。しかし、地域住民の高齢化と共にその将来を考える必要性を増してきた。そこへ外部人材の導入による主体の変化が起こり現在の形へ至った。干しなまこ加工業はIターン者により法人化され加工から販売まで一括して行うようになる。次に、隠岐牛は本業に苦しむ地元建設会社へと主体が移り、新規事業として繁殖から肥育、出荷まで行うことで今に至る。一方で、岩がきは海士町において産業としての形を持っておらず、天然資源として存在していたものの、島民が旬に食する程度のものであった。しかし、隣島で人口種苗が成功し、Iターン者を中心にゼロから産業化され現在のブランドを確立した。ここから、もともと存在した地域資源が、新たな担い手の出現(新規参入企業、Iターン者)によって各自で発展を遂げ、現在に至る。
    Ⅲ.考察
    海士町では、雇用の場を設けた上でIターン者を誘致している点が、他地域とは異なる特色である。また、もともと存在した地域資源が、外部人材(新規参入企業、Iターン者)によって各自で主体の変化・創出そして発展を遂げ、現在の産業を形成していることがわかる。さらに、協働関係について、各産業を取り巻く人たちと行政が、外部人材を、巻き込みながら協働関係を構築している。その中で特に“行政の積極性”が顕著に見られる。しかし、ここで注目すべきは、必ずしも積極性=主体性ではない点である。今回の事例に共通して見られることは、あくまでも主役は地域(住民、産業)であり、これに対して行政が、きめ細やかな内的(Iターン者の生活・産業基盤の整備)・外的(広報・営業、Iターン希望者の誘致など)活動を臨機応変に行っている。それはさながらコンダクターのような役割を担っていると考えられる。
  • 佐藤 善輝, 小野 映介
    セッションID: 828
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    I はじめに: 伊勢平野は養老山地,鈴鹿山地,布引山地によって区切られた海岸平野である.同平野中部(鈴鹿川~雲出川)では,丘陵・段丘の海側に東西約1 ~2 km幅の浜堤列平野が発達しており,雲出川などの河口部にはデルタタイプの沖積低地が広がる.雲出川下流低地では,3千年前頃に“弥生の小海退”(太田ほか 1990)に対応して浜堤列が形成された可能性が指摘されているが(川瀬1998),当時の海水準を復元する直接的な指標は報告されていない.本研究では志登茂デルタと,その左岸の浜堤平野を対象として,2~4千年前頃の地形環境を復元するとともに,相対的海水準変動について検討した.
    II 調査・分析方法: 計3地域において電動ドロップヒッター,ポータブル・ジオスライサー,ハンドコアラーを用いた掘削調査を行った.コア中の試料20点について,AMS法による14C年代測定を地球科学研究所およびパレオ・ラボに依頼して行った.珪藻分析は各試料200殻を目安に計数した.珪藻の生息環境は千葉・澤井(2014)などを参照した.
    III 結果: 3地域の層相と堆積環境は以下のとおりである.
    1)志登茂川デルタ 細粒砂~砂礫層とそれを覆う砂泥互層から成る.細粒砂~砂礫層はデルタ前置層堆積物と考えられ,同層上部から3,175-3,275 cal BPの年代値を得た.砂泥互層はデルタ頂置層で,標高0.0~-1.7 mでは平均潮位~平均高潮位の指標となるPseudopodosira kosugii(澤井 2001)が優占し,同層準からは3,230-3,365 cal BP(標高-1.3 m),2,920-3,060 cal BP(標高-0.2 m)の年代値を得た.
    2)浜堤Iの後背地 有機質泥層とそれを覆う砂層が認められた.有機質泥層は標高1.6 m以深に分布し,基底深度は不明である.この地層中の標高-0.1 m付近はTryblionella granulataを多産し,潮間帯干潟の堆積物と推定され,5,985-6,130 cal BPの年代値が得られた.
    3)浜堤IIIの堤間湿地 海浜堆積物と推定される砂礫層とそれを覆う泥層から成る.砂礫層最上部と泥層下部(標高-0.5 m付近)ではP. kosugiiが優占的に産出し,同層準から3,245-3,400 cal BPの年代値を得た.標高-0.15 m以浅は有機質な層相を呈し淡水生種が卓越することから,淡水池沼あるいは淡水湿地の堆積物であることが示唆される.
    IV 考察: 四日市港の平均高潮位を考慮すると,P. kosugiiの優占層準の標高から3,000~3,400 cal BP頃の海水準は標高-1~-2 m程度と見積もられる.さらに,雲出川下流低地の海成層中から得られた年代値とその標高値から(川瀬 1998),3,400~4,000 cal BP頃に1~2 m程度,海水準が低下したと推定される.3,000 cal BP以降,遅くとも1,600 cal BP頃までには標高0 m付近まで海水準が上昇した. 海水準が低下した時期は浜堤IIの形成開始時期と対応する.雲出川下流低地でもほぼ同時期に浜堤が形成され始めており(川瀬 1998),海水準の低下が浜堤の発達を促進した可能性が示唆される. 当該期における海水準低下の要因の一つには“弥生の小海退”が考えられる.また,対象地域が安濃撓曲と白子-野間断層(ともに北側隆起の逆断層)との中間に位置し,両断層が連続する可能性もあることから(鈴木ほか 2010),断層変位によって海水準低下が生じた可能性もある.白子-野間断層の最新活動時期は5,000~6,500 cal BPとされるが(岡村ほか 2013),陸域への断層の連続性や活動時期については不明な点も多く,さらなる検討が必要である. 本研究は,河角龍典氏(故人・立命館大学)と共同で進められた.
    文献:岡村行信ほか (2013) 活断層・古地震研究報告13: 187-232. 太田陽子ほか (1990) 第四紀研究29: 31-48. 川瀬久美子 (1998) 地理学評論76A: 211-230. 澤井祐紀 (2001) 藻類49: 185-191. 鈴木康弘ほか (2010) 国土地理院技術資料D・1-No.542. 千葉 崇・澤井祐紀 (2014) 珪藻学会誌30: 17-30.
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