日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の160件中101~150を表示しています
発表要旨
  • 中山 大地, Khromykh Vadim, Khromykh Oksana, 松山 洋
    セッションID: 205
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    シベリアを流れる河川は冬期の5〜6ヶ月間の間結氷する.トム川はシベリアを流れるオビ川の支流であり,モンゴル・ロシア国境のアルタイ山脈を源流とする,全長827km,流域面積62000平方kmの河川である.トムスク市はトム川とオビ川の合流点の上流約50kmに位置する.トム川流域の水文学的な季節は以下である.(1) 春期から夏期にかけた融雪による高水位期.(2) 夏期から秋期にかけての降雨涵養のみの低水期,(3) 冬期の6ヶ月間にもおよぶ結氷による地下水涵養のみの極低水位期である.特に冬期の結氷期から春期の融雪期にかけては,河川が結氷して閉塞しているにもかかわらず融雪水が河川に流入するため, flash floodが発生する.近年では2004年と2010年のflash floodはトム川流域で大きな被害を起こしており,防災対策が急務となっている.Chernaya Rechka(Черная Речка) はトムスク市の南方10kmに位置し,トム川左岸にある集落である.2010年の春期に発生した洪水では,集落の西側を通る堤防を兼ねた道路より東側(トム川側)のほとんどが冠水し,370棟以上が被害を受けた.本研究では,Chernaya Rechkaを対象として,住民の避難行動に関するネットワーク分析を行った.

  • 瀬戸 真之, 中村 洋介
    セッションID: P026
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.はじめに

    2019年6月18日に山形県沖を震源として発生したM6.7の地震は、震源は海域であるものの沿岸部に近接した場所で発生した地震であったため、震源から近い山形県鶴岡市(特に旧温海町)や新潟県村上市(特に旧山北町)を中心に、住宅などに大きな被害が出た。震源は山形/新潟県境付近であったため、最大震度6強は新潟県村上市府屋で観測された。震源周辺は海に近いため塩害対策のため瓦屋根の住宅が多く、特に山形県鶴岡市の温海地域で大きな被害が出た。筆者らによる現地調査と鶴岡市役所職員への聞き取りによると山地などの斜面崩壊はほとんど発生していないものの、JR鶴岡駅近くでの液状化や鶴岡市大山地区の寺院の被害など様々な被害が発生したため以下にその概要を述べる。

    2.現地調査

     現地調査は地震発生から約10日後の2019年6月27日(木)〜28日(金)の2日間で実施した。6月27日は鶴岡市街地並びに同市の北部を中心に、6月28日は特に被害が大きかった鶴岡市旧温海町を中心に現地調査を行った。

    [JR鶴岡駅前の液状化]

     JR鶴岡駅南口付近の駐車場では、液状化現象が発生した。駐車場は未舗装であり、発表者らによる現地調査時点でも噴砂のマウンドとその中央に開いた地下水の噴出穴を明確に確認することができた。噴砂の痕跡はマウンド状のもの(点)、地表面に亀裂が入っているもの(線)が確認できたが、それらをつなげるとおおよそ北東〜南西方向に2〜3の筋状に分布しているように見えた。地下の堆積物と地震発生時の地下水位を調査が今後の課題である。

    [鶴岡市大山の寺院の被害]

     鶴岡市大山地区の寺院では墓石の倒壊や小さなお堂が倒れる被害がでた。発表者らは地震波が伝播した方向と墓石の倒壊方向を検討するため、敷地や墓地が南北に向いている寺院を調査した。これらの寺院では敷地の方向にあわせ、方形の墓石もほぼ南北方向を向いて建てられている。墓石や寺院の柱およびお堂の倒壊方向は東あるいは北方向が大部分であった。地震波は震源の位置から南西方向から到達した。したがって、この揺れは南西−北西方向の揺れであったが、墓石の南西端および北西端は方形をした形状の角にあたるため、この方向には倒れず、揺れに対して最も弱い方向の北か東方向に倒壊したと考えられる。

    [鶴岡市小岩川地区の住宅被害]

     鶴岡市のHPによると同市小岩川と近隣の大岩川と鍋倉を含む3地域の合計世帯数が235軒であるのに対し,一部損壊が195軒,半壊が10軒で合計205軒と9割近い家屋に被害が出た。上述の3地域を除いた温海地区の家屋被害は2509軒中194軒と被害率は約8%に留まっている。発表者らの現地調査でも鶴岡市小岩川では屋根瓦の崩落や住宅の壁の亀裂ブロック塀の崩壊などを随所で確認できた。特に屋根瓦の落下による被害が大きく,屋根全面がブルーシートに覆われている住宅も数多く見られた。

     建物被害が多く見られた一方で、道路への被害は比較的軽微で報告者らの調査時には通行止めの箇所もほとんど存在しなかった。また、鼠ヶ関港付近に鶴岡市が設置した災害ゴミの仮置き場の調査では、屋根瓦やブロック塀の瓦礫が特に目立った。

    3.まとめ

     今回の速報的調査では被害が顕著な場所は震源との距離に関連性があるものの、液状化現象や墓石の倒壊などを見る限りローカルな地盤条件が被害に影響したことが示唆された。

  • 長谷川 直子, 三上 岳彦, 平野 淳平
    セッションID: 101
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1. はじめに/研究目的・方法

     長野県諏訪湖では冬季に湖水が結氷しその氷が鞍状に隆起する御神渡りと呼ばれる現象が見られる。これが信仰されてきたことにより、その記録が575年にわたり現存している(石黒2001)。この記録には湖の結氷期日も含まれており、藤原・荒川によってデータベース化され(Arakawa1954)それらが長期的な日本中部の冬季の気候を復元できる資料として世界的にも注目されてきた(Gray1974)。

     しかしこれらのデータは複数の出典に分かれており、出典ごとに記載されている内容が異なるものであり(表1)、統一的なデータベースとして使用するには注意が必要である。また一部の期間についてはデータのまとめ違いがあることもわかっており(Ishiguro・Touchart 2001)、このデータを均質的なデータとしてそのまま使用することは問題と考えている。そこで演者らはこのたび、諏訪湖の結氷記録をもう一度改めて検証し直し、出典ごとに記載されている内容がどのように違うのかを丁寧に検討し、それらのデータの違いを明らかにしていく。

    2.諏訪湖の結氷記録の詳細

    写真1:現地調査で確認した原本の例

     諏訪湖の結氷記録は出典が様々であり、大きく分けると表1のようになっている。出典毎にそれぞれ、観測・記録した団体が別々のものであったり、観測者が記載したものから情報が追加されて保管されているものもある。表1に示した出典のうち一部は諏訪史料叢書に活字化されて残されているが、そこに掲載されていない資料もある。活字化されていないものについては原本に当たる必要があるが、現在ではその原本が所在不明なものもある。演者らは、活字化されていない資料を中心に、原本の所在を確認しているところである(写真1)。また世界的に広く使われている期日表は藤原・荒川のものであるが、田中阿歌麿が「諏訪湖の研究」(田中1916)の中ですでに期日表をまとめており、これと藤原・荒川期日表との照合も必要であると考えている。

    . 近年の気候変動と諏訪湖の結氷

     近年、諏訪湖の結氷が稀になっていることは気候温暖化との関連も考えられ、図1に示すように気候ジャンプとの関連もみられる。これについては諏訪湖を含めた北半球での報告もされており(Sharma et al. 2016)、最近数十年に限定した詳細な検討も必要だと考えている。

  • 磯野 巧
    セッションID: S102
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    本発表の目的は,日本国内におけるジオパークならびにジオツーリズムに関する既往研究を整理してその動向を確認し,観光地理学の立場から今後どのようなアプローチが可能であるのかを検討することである。ジオツーリズムに関する国内の学術的関心はジオパーク活動の隆盛とともに高まりつつあり,地理学に関する研究もある程度の蓄積をみせている。本発表では既往研究に基づきガイド研究とインバウンド研究に焦点を当て,ジオパークにおける有償のガイド活動とジオツーリズムによる経済的貢献の可能性について議論する。

  • 手代木 功基, 藤岡 悠一郎, 飯田 義彦
    セッションID: P011
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    はじめに

    トチノキ(Aesculus turbinata)は日本の冷温帯に広く分布する落葉高木である.発表者らは,滋賀県高島市朽木地域における胸高直径1m以上のトチノキの巨木が密生して分布する「トチノキ巨木林」の立地環境について検討してきたが,これまでは主に地域の中央部を流れる北川支谷に立地する私有地のトチノキ巨木林を対象としてきた(手代木他, 2015).本研究では,朽木地域の北西部,針畑川支谷の山地源流域に存在する,集落共有地に存在するトチノキ巨木林の特徴を明らかにすることを目的とする.

    方法

    調査は,朽木地域のM谷を対象に行った.M谷は安曇川の支流にあたる針畑川沿いに位置している.集水域全体のトチノキの位置をGPS受信機によって記録し,各個体の胸高周囲長を計測した.また,分布特性を把握するためにトチノキが生育する場所の地形環境の記載を行うとともに,谷底部からの比高をレーザー測量機によって算出した.また,トチノキが生育する集落においてトチノミや共有林の利用に関する聞取り調査も実施し,自然・人文双方の観点から立地環境を検討した.

    結果と考察

    トチノキは対象とした集水域に150個体が生育していた.そのうち30個体が巨木であった.トチノキが出現した地形面は主に谷源頭部の谷頭凹地,谷壁斜面,谷底部及び谷出口の扇状地であった.図1は,M谷におけるトチノキの胸高直径別の分布を示したものである.トチノキ巨木は谷の上流部にまとまって生育しており,谷頭凹地や谷壁斜面に分布が集中していた.一方で,集水域の下流部の谷底部や扇状地には小径木が分布していた.谷底からの比高は,小径木や中径木よりも巨木で高くなる傾向があった.これらの分布特性は手代木他(2015)で報告した北川支谷のトチノキ巨木林での傾向と同様であった.

     M谷の山林は,近隣のN集落が利用する土地であった.明治以降,朽木の多くの山林は私有地として分割されたが,M谷上流のトチノキ巨木林は集落の共有地として維持された.N集落では,他の集落に比べて比較的多くの共有地を残してきたが,トチノキ巨木林はこの場所のみで,他の山林は広葉樹を伐採し,スギの植林地となった.共有地のトチノキは,N集落住民のトチノミ採集の場として利用され,複数の世帯が昔からトチノミ採集を行ってきた.住民の一人は,トチノミ採集の用途のため,トチノキを伐らずに残したのだろうと語っていた.他方,隣の集落では,共有地をほとんど残さず,山林の大部分を私有地として分割した.山林の中には,M谷と同規模のトチノキ巨木林が存在していたというが,個人の裁量で植林地に変えてしまったという.すなわち,M谷においては,共有地という特徴が結果的にトチノキ巨木林の維持に繋がった可能性が示唆された.

  • 両角 政彦
    セッションID: P031
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    農産物の生産過程で不可欠の原材料となる種苗・球根類は,知識,技術,経験等を付加された知的資産であり,これらの調達方法の変更は農業経営の維持・成長・発展を左右する。種苗・球根類の輸入規制の緩和は,最終消費財の農産物の輸入とは異なる側面も有し,国内市場と産地・農業者に対して少なからず影響を及ぼすと考えられる。種苗・球根類の生産・調達過程においては,産地内部の組織的事業活動や産地間のネットワークへの影響も見逃せない。

    先行研究では,経済のグローバル化の視点で農産物の市場構造の変化や産地の品種転換の実態などが明らかにされてきた。しかし,市場構造と知的財産権の関係や,それらと相互に関わる産地の特性と地域的な条件の差異などについては十分に解明されてこなかった。本研究では,法制上の国境障壁の撤廃と企業の参入障壁の構築に着目し,ユリ球根の輸入規制緩和後における市場構造の特徴と知的財産権(新品種の育成者権)の取得行動について,時間的・空間的な変化から明らかにした。

    研究対象期間は,現行の種苗法の下で新品種の育成者権の保護が開始される1979年から2018年までの40年間と,主として1990年にユリ球根の輸入規制緩和措置(植物防疫法に基づく隔離検疫の免除措置)がとられ,輸入量が急増した後,2000年代に停滞・減少へと転じて現在に至るまでのおよそ30年間とした。使用した主な資料は,財務省『日本貿易月表』,農林水産省『花き生産出荷統計』,同『植物検疫統計』,同『品種登録ホームページ』,日本花普及センター『フラワーデータブック(暫定版を含む)』(1994〜2012年),同『花き品種別流通動向分析結果データ』(2006〜2011年)である。また,新潟県魚沼市における現地調査の際に関係機関から提供された資料と聞き取り調査の結果も使用した。

    1990年におけるユリ球根の輸入規制緩和後に球根輸入量が急増し,切花市場は拡大したが,国内産地・農業者による品種開発と育成者権の取得行動は減退してきた。2000年代に切花需要そのものが縮小し,現在は国内出荷量が輸入規制緩和直後の状態に戻りつつあるが,新品種の育成者権の取得行動は戻っていない。これらの背景として,オランダの育種会社が,新品種の市場性の有無に関わらず,矢継ぎ早に登録出願を行ない,育成者権を取得するなど,知財獲得の集中的な戦略を展開してきたことが影響している。一方,国内の新品種の開発者(魚沼市)は,安価でかつ高品質の輸入球根の増加によって,開発品種の市場性が相対的に低下したため,品種開発から徐々に撤退し,輸入球根を調達して,切花生産に集中する合理的な対応をとってきた。ユリ球根の輸入規制緩和措置は,球根自体の輸入と新品種の育成者権の取得行動とを促進させ,国内の切花市場を拡大させつつ,同時に国内の品種開発力を減退させるように作用した。国境障壁の撤廃は,海外資本(育種,流通)による新たな間接的な参入障壁の構築へと結びついたと捉えることができる。

  • 松尾 卓磨
    セッションID: 403
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.はじめに

     本発表で中心的な問いとなるのは、特定の都市を1つの分析単位としてジェントリフィケーション(以下GFと略)に関する研究を整理した場合、当該都市のGFをいかなるかたちで理解することができるのか、ということである。既往のGF研究では様々なかたちで理論的研究や事例研究が蓄積され、研究対象地域は欧州や北米、そして近年「プラネタリー・ジェントリフィケーション」(Lees et al. 2016)という視角で取り組まれている第三世界に至るまで大きな広がりを見せてきた。 そうした中で、多くの既往研究においてはGFの原因や過程、影響、そしてGFと他の要素の関係性に焦点があてられ、研究がレビューされる際にもそうした点が注目されてきた。それゆえに、様々な場面(学術論文やメディアの記事等)においてGFに関する言説が展開される中で、例えば「ロンドンのGF」といった表現が何を表しているのかということが不明確なままであり、さらに、特定の都市のGFの輪郭を描き出す際に拠り所となる包括的な議論もほとんど存在していないことが実態となっている。

    2.研究方法

     そうした現状を踏まえて、本研究ではこれまで十分に注目されてこなかった都市というスケールに着目し、都市を1つの分析単位として設定する。その視点に基づいて、GFに関する学術的研究やそれに類する報告を対象とし、それらを年代別・テーマ別・対象地域別に整理する。そして研究対象地域としては、GFという術語が造られ、種々多様なGF研究が豊富に蓄積されているロンドンを選定した。そして、それらの既往研究で示されている知見や定義、結果を精査した上で、ロンドンにおけるGF研究に関する1つの系譜を描き出す。

    3.結果

     多くの研究者によりこれまで何度も指摘されているように、ロンドンにおけるGF研究の大きな流れというのは、ルース・グラスによる1960年代中葉のインナーロンドン北部におけるGFの発見が端緒となっている。その後、1970年代からはクリス・ハムネットによりロンドンのGFに関する様々な事例研究が蓄積され、なかんずく彼は社会階層や就業構造の変容に着眼点を見出してきた。そして1990年代からはこのハムネットに加えて、今日代表的なGF研究者となっているティム・バトラーやロレッタ・リーズがGF研究の最前線に加わるかたちとなった。バトラーはハックニーにおいてミドルクラスに関する研究を実施し、リーズは北米都市とロンドンのGFの比較を行った。リーズのそうした研究は近年のGF研究に関する彼女の膨大な著作へと結びついている。2000年代にはローランド・アトキンソンがGFによる立ち退きに関する研究を発表しており、2000年代中葉にはDavidson and Lees (2005) において「新築のGF」が指摘されている。そしてその後は様々なテーマの研究が見られるようになった。例えば、GFの影響下におけるボランタリーセクターの実態に迫ったジェフリー・ドゥヴェルトゥイユの研究、商業空間の変容や小規模店舗の立ち退きに着目した「小売りのジェントリフィケーション」に関するサラ・ゴンザレスやフィル・ハバードの研究、イーストエンド地区の文化空間・消費空間に関するアンディ・C・プラットの研究などが挙げられる。さらに直近の研究事例であるPaccoud and Mace (2018) においては、ロンドン郊外へのミドルクラスの流入や郊外のアップグレードについて報告されている。しかしながら、ロンドンにおけるGF研究の特徴は、多くの既往研究の対象地域が総じてインナーロンドンに集中してきたということである。その例として、古典的なGF地域であるイズリントン、テムズ川沿いの地域、ハックニーやタワーハムレッツを含むイーストエンド、現在大規模な再開発事業が進められているエレファントアンドキャッスル、そしてブリクストンやペッカムといった南部の黒人移民地区等が挙げられる。

    4.結論

     言うまでもなく、上記の研究例がロンドンのGF研究のすべてではないが、2000年代より研究テーマや知見が多様化する一方で、研究対象地域は長きにわたってインナーロンドンに集中してきたということが明らかとなった。本研究においては特定の都市の研究を整理することができたが、これは対象としたロンドンにおいては研究が豊富に蓄積されてきたために可能なことであった。こうした条件がすべての都市に当てはまるわけではないが、他都市においても同様のレビューを行うことで、様々な都市のGFの比較研究を前進させることが可能となる。

    [謝辞] 本研究には日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費:課題番号18J23295)を使用した。

  • 藤岡 悠一郎, 手代木 功基, 飯田 義彦, 伊藤 千尋, 八塚 春名
    セッションID: P012
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    はじめに

     日本の森林の中には,直径や樹高がひときわ大きく,長い年月をかけて成長してきた巨木が,複数まとまって生育する特異な植生“巨木林”が存在する。一般に,巨木林は人の手が及びにくい奥山や国立公園,社寺林など特別な保護地区に成立することが知られているが,他方,炭焼きや刈敷採集が頻繁に行われる里山の一部には,トチノキを主要構成種とする“トチノキ巨木林”が成立している(手代木ほか2015)。トチノキ巨木林は,澱粉源であるトチノミの採集の場として利用され,地域の住民に育まれてきたが,食生活や産業構造の転換のなかで住民にとっての価値が変わり,山林の不利用や放棄が進行した。一方,巨木の材の価格が高騰し,業者が住民から購入した巨木の伐採を進める事態が全国的に生じている。巨木は水源涵養や土壌保持機能を有するため,その伐採は森林生態系の単純化や洪水防止機能の低下など,深刻な問題を生じさせうる。本共同研究は,トチノキ巨木林の全国分布と地域固有の成立要因を複数地域の現地調査から整理し,文化景観という視点を含めて巨木林の植生地理学上の位置づけを検証する。そして,巨木林の歴史・文化的価値を社会に発信し,巨木林の保全や地域振興と関連した再活用に繋げることを目的としている。本発表では、共同研究の枠組みについて提示し、これまでの調査で明らかになった点を予察として報告する。

    方法

     先行研究(谷口・和田2007)で公表されている,昭和30年代までトチノミ食文化が存在した地域を主な調査地とし,探索的な調査を実施した。これまでに調査を実施した主な地域は、京都府綾部市、滋賀県高島市朽木、奈良県下北山村、山形県庄内市、石川県白山市である。

    結果と考察

     トチノキの巨木は全国的に分布しているが、巨木が一定の範囲にまとまって生育する巨木林が現在も形成されている場所は、トチノミ食文化が広がっていた場所においてもそれほど多くない。少なくとも、京都府綾部市、滋賀県高島市朽木、奈良県下北山村、山形県庄内市、石川県白山市においては、トチノキ巨木林が成立していることを確認した。また、過去にトチノキ巨木林が形成されていたが、伐採して植林地にしたという語りが複数の地域で聞かれた。

     成立要因として、山形県では過去にトチノキを植林したという語りが聞かれたが、多くの場合、トチノキ自体を植えたという記録は無く、天然に生えてきたものが保護され、他樹種が材などに利用される過程で相対的にトチノキの割合が増加し、同時に巨木へと成長していくことで成立したものと考えられる。トチノキは渓畔林の構成種であるため、その立地場所は基本的に谷の源頭部であったが、岩塊斜面に成立する事例や谷壁斜面の比較的流路から高い場所に立地する事例など、複数のタイプが見いだされた。

     いずれの地域においても、近隣の山村集落でトチノミ採集の場所として利用されてきた歴史があり、人々がトチノミを拾う“採集林”として位置付けられ、その用途のために意図的にトチノキが保護されてきたことが示唆された。そのため、植林のような人工林ではないが、林の成立に人為が間接的に働いてきた半人為植生といえる。すなわち、トチノミ利用という山村の食文化を反映して形成された、文化景観として位置づけることができると考えられる。

    付記 本研究は、国土地理協会学術研究助成「トチノキ巨木林の分布と成立要因に関する地理学的研究:文化景観としての評価に向けて」(代表 藤岡悠一郎)の一環として実施している。

  • 平山 弘
    セッションID: 503
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    佐藤航社長へのインタビュー調査を通じて浮かび上がってくるさまざまな世嬉の一酒造の本質的価値や課題,またこれまで何度何度も危機的状況を迎えながら,その度に父祖伝来の蔵を守り抜こうとしてきたその歴史や現在の改革について,追究することで見えてくる,同社の遺伝子とも言える挑戦とブランド価値の創造について明らかにすることになる。

  • 古関 大樹
    セッションID: 424
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    電子付録

    1.はじめに

     明治の地籍図は,大蔵省と内務省2つの系譜がある。大蔵省の調査は租税改革を目的とし民有地が主対象であったのに対し,内務省の地籍編製事業は官有地を含めた調査を前提とし,地種の整理や接続町村の境界画定を重視した。各府県は内務省に「地籍」を提出し,近代移行期の国土把握の性質を帯びていた点が注目されている(島津2008年)。

     しかし,内務省の地籍編製は,近代移行期の国家的な土地調査であるにも関わらず,全体像がよく分からない事業である。内務省の指示は,明治7年12月に出されたが,実際には大蔵省の地租改正事業が優先され,明治10年の西南戦争の予算不足から多くの府県で中断となった。一部の府県では地租改正の成果を流用し,「地籍」の編纂が行われたが地図作製は本格的に行われなかった。内務省地理局は,明治16年に事業の再開を促し全国的に地図作製が進んだが,明治23年に同局が廃止となり,全国から収集された資料の所在も今のところよく分かっていない。

     確認できた範囲では,①明治8~9年に編纂した「地籍」を改訂して明治22年まで引き継いだ府県(宮城県),②明治16年より前に開始した府県(大阪府・福島県など),③明治16年~22年に実施した府県(滋賀県・岐阜県など),④途中で事業を断念した府県(京都府など)。⑤明治22~23年に実施した府県(奈良県)という地域差がみられる。

    2.兵庫県の地籍編製事業の展開

     兵庫県庁文書は戦災被害を大きく受けており,地籍編製事業に関するものはほとんど伝わっていない。しかし,加古川総合文化センターが県から伝達された「地籍編製心得書」(明治9年12月13日,甲第120号)を所蔵しており,県の方針を確認することができる。これは事業の具体的な手続きを定めたものであるが,各府県に伝達された内務省の「地籍編製地方官心得書」(明治9年5月23日)は,6章15条である。これに対して兵庫県の心得書は,15章80条と大幅に内容が増えている。内訳は,次の通りである(カッコ内が条数)。

     第一章「土地經界釐正」(3),第二章「字并番號」(2),第三章「地名并名請」(2),第四章「地図」(7),第五章「田畑宅地社寺」(2),第六章「畦畔并崖岸」(10),第七章「道路」(7),第八章「堤塘」(7),第九章「溝渠河川」(11),第十章「池澤沼湖」(2),第十一章「山岳原野」(2),第十二章「荒地新墾墳墓地等ノ類」(3),第十三章「沙濱島嶼」(5),第十四章「丈量及其帳製」(3),第十五章「村町地籍編製職員」(11)。

     下線が内務省布達の章と対応するが,兵庫県で増えた項目は調査対象や丈量方法などを詳しく記したものであり,実際の調査を意識して内容の充実化が図られたと考えられる。管見の範囲では,県内の地図の年紀は早いものが明治12年~13年,集中する時期は明治15年であり,全国的にみても非常に早い。明治15年7月24日には,大阪府が「地籍編製心得書附地誌編纂」を管下に伝達したが,条文の構成は兵庫県と同じ15章80条である。大阪府の地図は,兵庫県のものとよく似ており,モデルになった可能性が高いと考えられる。

    3.兵庫県の地籍編製地籍地図の特徴 

     明治9年の兵庫県の「地籍編製心得書」には,一村全図と字限図の雛型が添えられており,県内で確認される地図もこれに従っている。字限図は,外周の屈曲点を朱線で結び丈量値(方位と間数)が記され,一筆内の畦畔も描かれている。字限図を接続した一村全図も村界の丈量値が記されており,この時期の地図としては非常に精巧である。全国の先駆けとなるべく,詳細な土地調査と地図作製が行われたと考えられるが,景観復原の重要な資料として高く評価できると思われる。

    〔付記〕本研究を行うにあたり,兵庫県土地家屋調査士会に資料調査の協力をいただいた。また,日本土地家屋調査士会連合会研究所の研究費と科学研究費(平成30年度:奨励研究)の協力を受けた。付して御礼申し上げたい。

    【主な参考文献】

    ・島津俊之(2008),『明治前期地籍編製事業の起源・展開・地域的差異』(平成17~18年度科学研究費補助金基盤研究(C)研究成果報告書)

    ・飯沼健吾(2017),「岐阜県の地籍編製事業と公図との関係」,2017年度日本地理学会秋季学術大会発表要旨集。

    ・古関大樹・福永正光(2018),「奈良県下における地籍編製地籍地図」,日本地理学会2018年度秋季学術大会発表要旨集。

    ・古関大樹・江本敏彦・高橋順治(2019),『近畿地方の旧公図の成り立ちに関する調査研究』,日本土地家屋調査士会連合会研究所

  • 岩船 昌起
    セッションID: 202
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    【はじめに】 2019年7月に南九州では,「記録的な大雨」で「がけ崩れ」が多発した。筆者は,住民の避難行動等を現在検証中であり,本稿では,「がけ崩れ」等にかかわる基本的な情報を整理する。

    【降水量等の概要】気象庁の降水量データから,後述の2災害現場に最寄りの3観測所では,九州に停滞した梅雨前線との関係で6月26から7月4日に断続的に雨が降り続いていた。日降水量は,6月28日には鹿児島76.5㎜,八重山163㎜,輝北60㎜,7月1日には鹿児島121㎜,八重山327㎜,輝北248.5㎜であり,西南西―東北東に延びる線状降水帯が鹿児島と熊本との県境付近に停滞していたことと関連して,6月28日と7月1日の大雨時には県北部での降水量が相対的に多かった。一方,7月3日には,鹿児島368㎜,八重山206㎜,輝北402㎜であり,薩摩半島や大隅半島で降水量が多かった。

    628日概要】未明から雨が降り始めて早朝からその強度が高くなった。鹿児島県・鹿児島地方気象台(以下,県・気象台)では,6:50に県土砂災害警戒情報第1号を,7:25に同第2号を共同発表して,土砂災害への警戒を強めた。また,気象台も「県薩摩地方の早期注意情報(警報級の可能性)」を7:00に発表した。これらに応じて,鹿児島市(以下,市)では,7:30に災害警戒本部を設置し,土砂災害への警戒から7:40に「【市内全域(喜入地域を除く)】大雨に係る避難勧告」を,浸水への警戒から同7:40に「【新川・稲荷川流域】避難勧告」を発令した。また,8:30には市内83カ所に避難所を開設している旨を市公式HP上に掲載した。一方,気象台は,「鹿児島市[継続]大雨(土砂災害、浸水害),洪水警報」を8:56に発表した。しかし,人命にかかわる被害が生じることなく,10時過ぎに大雨の恐れがなくなり,県・気象台は10:50に県土砂災害警戒情報第3号を共同発表し,「全警戒解除」を鹿児島市,薩摩川内市,日置市,いちき串木野市,姶良市,さつま町に伝えた。また,気象台は11:20に鹿児島市等に「大雨警報(土砂災害)」を継続しつつも,警報から引き下げる形で「洪水注意報」を発表した。市では「大雨警報(土砂災害)」の継続を受け,土砂災害への警戒から,市南部の喜入を除く市全域に避難勧告を発令し続けた。

    71日概要】県・気象台では,1:45に県土砂災害警戒情報第1号が鹿児島市に対して発表された。これを受け,市では2:40に市北部「吉田,郡山,吉野,一色,中央,松元」各地区に土砂災害に対する警戒から「避難勧告(警戒レベル4)」を,市中部「桜島,谷山」各地区に「避難準備・高齢者等避難開始(警戒レベル3)」を発令した。前日30日から降雨がほぼ連続し,八重山で5時に時間雨量67.5㎜が記録される等,降雨強度が1日未明から早朝に高くなった。このため,7時過ぎに,比高約40~60mの斜面上部で幅約30mにわたりがけ崩れが生じ,家屋に入り込んだ土砂に70代女性が巻き込まれた。救出搬送されたものの,病院で死亡が確認された。この斜面は,土砂災害警戒区域に指定されており,斜面下部から中部では補強されていたが,斜面上部には“手当て”が及んでいなかった。線状降水帯の南下による「猛烈な大雨」に伴い,市では警戒を強めて7:45に「喜入を除く市内全域」に土砂災害への警戒から「避難勧告(警戒レベル4)」を,喜入地区に「避難準備・高齢者等避難開始」を同7:45に発令した。

    73日概要】前日2日の気象庁の会見等もあり,「特別警報クラスの大雨」への警戒を強めた。9:35に「市内全域」に「避難指示(警戒レベル4)」を発令し,特に「崖や河川に近い場所など,危険な地域」の居住者の避難を強く意識した。降雨強度は3日未明から4日未明までが高く,大雨警報(土砂災害)の危険度分布が3日19:10には市全域が「極めて危険【警戒レベル4相当】(濃い紫)」に判定される等,薩摩半島と大隅半島で土砂災害の危険性が高まった。曽於市大隅町坂元で80代女性1名が犠牲になった「がけ崩れ」は3日夕方から4日未明までに発生したと思われ,検証中である。がけ崩れが生じた斜面は,土砂災害危険区域に未指定の箇所であり,被災家屋横の車道造成時に掘削したのり面で,比高0~20m弱,幅約20mである。10m間隔の等高線では表現できない小規模の急傾斜地であった。

    【おわりに】7月3日9:35の鹿児島市全域への避難指示は,前年2018年7月7日に桜島古里で80代男女2名が犠牲となった土砂災害を顧みての判断であった。崩落土砂が入り込んだ自宅の住民が今回事前に避難する等,避難において一定の効果があったと筆者は考える。発表当日には,避難指示の発令や避難所運営のあり方,住民の避難行動等にも触れる予定である。

  • 大槻 涼, 村上 優香, 小林 護
    セッションID: P030
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    概要

     駒澤大学マップアーカイブズは、駒澤大学が所蔵する地図資料の周知、保存、活用を目的として、2004年に始まった、学生主体のプロジェクトである。設立から10年以上経過した現在も、新規地図資料の収集と整理作業を継続している。学生が主体であることと、現在も整理作業が続いていることの2点は他に例のないプロジェクトである。これまでに成果として2冊の目録、『駒澤大学所蔵外邦図目録』(2011)と『駒澤大学所蔵外邦図目録 第2版』(2015)を刊行した。刊行以降も駒澤大学の学内から外邦図を含む新たな地図資料の受け入れを行い、整理作業と目録編纂作業を行なっている。次期地図目録編纂にあたり現状を報告する。

    外邦図とは

     明治期から第二次世界大戦終戦まで、旧日本陸軍参謀本部・陸地測量部が作成した、日本領土以外の地域の地図である。駒澤大学には、多田文男教授(1966〜1977)より寄贈された外邦図を中心としたコレクションが所蔵されている。『駒澤大学所蔵外邦図目録 第2版』時点で、収蔵されている地域は、樺太千島126枚、朝鮮1277枚、台湾97枚、中国3196枚、インド1293枚、東南アジア1641枚、オセアニア地域188枚、アメリカ国内111枚、ヨーロッパ34枚、海図947枚など、地域としては中国が多い傾向にある。

    新規受け入れ資料

     駒澤大学外邦図目録 第2版の刊行(2016年)以降、新たに図書館と駒澤大学地理学科から新しく地図資料を受け入れた。この中には前述の外邦図ばかりではなく、国内を対象地域とした旧版地形図や、海図、兵要地誌、航空図のほか、関東大震災発生時の消失地域図といった主題図、海外の旅行図も含まれる。

    新規受け入れ資料の概要

    駒澤大学図書館から地理学科地図室へ移管:454枚(航空図7枚含む外邦図のほか、日本国内の主題図や中国の地質図などが含まれる。) 地理学科所蔵の旧版地形図:2234枚 駒澤大学外邦図目録に未収録資料:204枚

    外邦図22枚

    海外の領域の海図10枚

    旧版地形図23枚

    米軍作成都市計画図18枚

    駒澤大学 地理学教室からの受け入れ資料

    高木正博名誉教授から 79枚

    橋詰直道教授から 401枚

    (千葉県内の二万分の一正式図と全国の五万分の一の地形図など)

    学生主体の地図整理作業の意義

     駒澤大学マップアーカイブズの活動の特徴として、学生主体であることが挙げられる。作業方針や資料の収集、日々の整理作業は、課外活動として学生自身の自主的な活動で行われている。確かに目録の完成だけを目指すのであれば業者やアルバイトに依頼する方が短時間で完了することが期待できる。しかし、学生が時間をかけ、一枚一枚地図を読み取ってリスト化する作業の過程では作製年代や目的、作製方法、用途も様々な地図を直接読み取る経験を得ることができると考えられる。

    駒澤大学マップアーカイブズの活動

     現在、学部生17名(1年生1名、2年生5名、3年生2名、4年生9名)、大学院生1名が週1回(90分)集まり整理作業を行なっている。未整理の地図資料については駒澤大学での整理番号(駒大番号)を付け、図幅名、縮尺、経緯度、製作者などを読み取りリスト化している。すでにリスト化が完了している地図は地域ごとやコレクションごとに分類し整理を続けている。また、受け入れた地図資料のうち、未整理のコレクションは地図ケースに納め管理している。

     また、駒澤大学学園祭「オータムフェスティバル」や駒澤大学禅文化博物館での企画展示、地理学科の授業への資料提供を実施している。

    今後の展望

     これまでの外邦図、海図ばかりではなく、多くの地図資料を盛り込んだ、第3版の目録編纂作業を実施している。また、作製されてから70年以上が経過した地図も多く、退色や劣化、破損が目立つ資料も多い。今後はこうした地図の修復や管理も行う予定である。

  • 村山 良之, 小田 隆史, 佐藤 健, 桜井 愛子, 北浦 早苗, 加賀谷 碧
    セッションID: 222
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1 はじめに

     様々な自然災害の土地条件(物理的素因)として「地形」の指標性が高いことが,地理学界以外にも広く理解されるようになっている。学校防災や地域防災の基盤として,当該地域の地形を理解することが,学校教員と児童・生徒,地域防災のリーダー層と住民に求められている。しかし,地元の地形ひいてはハザードマップの理解は難しいとされてきた。防災のための最低限の地形の知識と,それを伝えるための取組が求められている。

     発表者らは,石巻市教育委員会が主催する防災主任研修会(宮城県では各学校に防災主任が置かれている)のうち2時間をいただき,「学校区の地形に基づく災害リスクの理解」のためのワークショップを行う機会を得た。参加者には,地形や地図について得意ではない先生方が含まれる想定される。本発表は,その内容について報告し,防災のための地形ミニマム・エッセンシャルズとそれを伝える方法も含めて,検討するものである。

    2 ワークショップの準備:地形と地図群

     地形や地図に関する基礎知識を有する者と教育を専門とする者を含む発表者らが協議を重ねて,防災のために理解すべき地形要素として,以下を特定した。山地・丘陵地については傾斜の大小と崖および谷線,低地については微高地(自然堤防,浜堤・砂丘)と後背湿地や旧河道である。言うまでもなく,これらは,土砂災害や洪水に関連する。

     上記の把握のために,以下の地図群を準備した。①作業用基図として,電子地形図25000に国土数値情報の小中学区境界を重ねて中学校区ごとにプリントアウトしたもの。学区によって異なるが,その縮尺はおよそ1/1~2万。②低地部の微地形を把握するための,治水地形分類図または土地条件図(地理院地図からプリントアウト)。③石巻市に関するハザードマップ:土砂災害(石巻市サイトからウェブGISで公開),北上川水系北上川および旧北上川洪水浸水想定区域図(国土交通省サイトからpdfで公開),津波避難地図(東日本大震災時の浸水深と避難場所等を示した地図,石巻市サイトからpdfで公開)。

     各学校から1名参加で,中学校区ごとにグループワークを行うこととした。上記の地図のうち②と③は中学校区ごとに関連するもののみ,グループに配付した。地図群の他には,中学校区別の避難所(緊急避難場所,避難所)リスト,ポストイット,カラーシール類,個人用ワークシートが配付された。

    3 ワークショップ「学校区の地形に基づく災害リスクの理解」

     ワークショップは以下のとおり進められた。①学区のハザードマップと地形図からわかることを考える(事前アンケート),②地形図を読み取るためのポイントを知る:読図の基礎として,地図記号(学校),等高線(混み合ってるところとあまりないところ),崖記号,等高線形状からわかる谷線等についてミニレクチャー,③微地形の理解を深めるために地形分類図の使用が有効なことを知る:等高線では地形がわからない低地部について地形分類図が有効であること,微高地(自然堤防,浜堤等),後背湿地,旧河道についてミニレクチャー,④学区の地形を読み取る:各グループの地形図上で学校の位置,山地と低地,崖,谷,微地形を確認してポストイット添付等グループ作業,学区の地形の特徴をワークシートに各自記入,⑤ハザードマップを読み取るためのポイントを知る:災害の種類とそれぞれの想定条件を確認した後,ハザードマップと地形(微地形)の関係についてミニレクチャー,⑥学区のハザードマップと地形図との関係を読み取る:起こりうる災害をグループで確認して,その種類と場所をワークシートに記入,⑦学区の緊急避難場所と地形との関係を理解する:災害種別ごとの緊急避難場所にシールを貼り,地形の特徴を踏まえて,ワークシートに記入,⑧研修のまとめ。⑨事後アンケート(記名と匿名)。

    4 おわりに

     参加者の反応等から,複数の改善点が既に明らかになっている。さらに,事前,事後のアンケート結果に基づく詳細な検討を行い,防災のための地形ミニマム・エッセンシャルズの特定とその伝達方法の改善に努めたい。

  • 中村 昭史, 栗島 英明
    セッションID: 510
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    我々の研究グループでは、社会の持続可能性を支える資本ストックとしての社会関係資本(Social Capital)に着目し、その維持・管理・活用(ストックマネジメント)を図るための手法開発を大きな目標としている。こうした目標に向かって、社会関係資本を測定する新しい手法の開発、およびその手法に基づく地域調査を、主に首都圏の各自治体で行ってきた(田中ほか2017など)。今回の発表では、離島というかなり条件の異なる地域でも、これまでの手法が妥当であるのか、抜け落ちてしまう観点や、より細かな調査が必要となる点は何かを検討していく。社会関係資本に対する研究者の定義・目的・期待が様々であることから、その測定手法や用いる指標もバラバラになりがちである。我々の研究グループでは、社会関係資本を「社会における人々の持つ人間関係(ネットワーク)と、そこから得られる直接的・波及的な効用」と定義し、個人の持つネットワークとその効用に関するデータを収集する方法としてリソース・ジェネレータ法を採用した。

     リソース・ジェネレータとは、チェックリストを用いて回答者がアクセスできる資源の種類を測定するものである。具体的には、「病気の時に代わりに買い物が頼める」や「親の介護や子育てについて相談できる」「事故や火事の際に駆けつけてくれる」など、他者に協力を依頼する項目をリスト化し、その協力を得られる知り合いの存在や関係性について質問を行うものである。質問票作成に先立ち、地域の多世代にわたる住民に参加してもらうワークショップを行い、リストづくりの時点から住民と共同で行った(Kurishima et al. 2018)。こうした手順は、首都圏内での各調査と種子島での調査で共通したものである。

     質問票調査は、2018年4月〜5月にかけて、層化無作為抽出した西之表市在住の20歳以上男女を対象に実施し822人から回答を得た。性別では、男性356人、女性454人、年齢は、20代42、30代82、40代129、50代194、60代前半108、60代後半124、70代以上132人の回答を得た。リソースリストには、「お金が足りない時に立て替えてくれる」や「島内・島外に顔が広い」「よく食事や飲みに誘ってくれる」などワークショップで挙げられたものと、他地域と共通するもの(道具的・表出的リソース)を含めた30項目について調査した。また、リソースの獲得相手先として、同居、近所、市内、市外に加え、校区(ほぼ小学校区に相当し、コミュニティ活動の単位となっている)および島外の指標で把握した。質問票調査の結果、男性よりも女性のリソース獲得率が高い、60代以降のリソース獲得率が低い、単身世帯のリソース獲得率が低いなど、他地域での調査と共通する特徴が明らかとなったほか、他地域と比較して全体のリソース平均獲得数のうち、近隣や校区、市内の割合が有意に高くなっている(対照的に他地域では同居者か市外に頼る割合が高い)など、離島における社会関係資本の特徴を示している結果も確認できた。調査結果の詳細については当日報告する予定である。

     社会関係資本の現状把握からは、以下のような検討課題が出てきた。島外への人口流出が広く見られる中で、近隣地区でのリソースが維持されているのはなぜなのか、近隣レベルで社会的紐帯を新しく形成・維持できるような特別な仕組みや制度などがあるのか、それとも離島という不利な地域条件がそうさせるのか。こうした課題に答えるには、地区・集落レベルでの詳細な調査が必要である。現在、中山間に位置する地区において、廃校校舎を利用した学習施設やコミュニティ空間の整備、住民の健康状態を把握するネットワーク地図を作成するなどの活動を行なっているF地区での調査を進めているところである。こうした地域活動が果たすリソース・ブローカーの役割(Small : 2006)についても検討していく予定である。

  • 清水 和明
    セッションID: P032
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.はじめに

    2007年度から実施された品目横断的経営案的対策(08年度より水田・畑作経営所得安定対策に改称。以下,「経営所得安定対策」と略す)において,一定の面積要件(20ha以上)を満たした集落営農が政策支援の対象となった。これによって,都府県を中心に集落営農の設立が相次いだ。当初は,助成金を得ることを目的とした形式的な組織も多く設立されたが,近年では,地域農業(とりわけ水田農業)の担い手として無視できない存在となっている(鈴村,2018)。また,集落営農は,農業生産以外にも高齢化が進む地域の農地維持に重要な役割を果たしていることが指摘されている(清水,2013)。その一方で,組織の設立から時間が経過する中で,構成員の高齢化への対応や,後継世代の確保が課題となっている(高橋,2017)。

    本報告では、水田農業が卓越し,全国の中でも集落営農の設立が進んでいる北陸地方(新潟県,富山県,石川県,福井県)を対象に集落営農の展開過程を整理する。合わせて,組織形態,経営規模,活動内容に注目し,当地域の集落営農の地域的な特徴を考察する。

    2.北陸地方における集落営農の展開

    水田農業が農業の中心である北陸地方では,農業政策において集落営農が支援対象となる以前より集落営農がみられた。とりわけ富山県は,1980年代から集落営農を農業の担い手と位置づけて,様々な支援を行ってきた。そのため,経営所得安定対策が実施される前の2005年には,北陸地方の全集落営農(1,912)の43.8%(837)が富山県に集中していた。

    その後,2007年度から実施された経営所得安定対策への対応として,北陸地方でも他の地域と同様に,集落営農が相次いで設立された。ただし,北陸地方では都府県と比べて集落営農の農業生産法人化が進んでいる。2010年の段階で都府県の集落営農に占める法人の割合は15%であったが,北陸地方はそれを大きく上回る28.7%であった。また,この時期には組織数の増加だけでなく,質的な変化もみられた。富山県では,経営所得安定対策の実施後に集落営農数が減少しているものの,経営耕地面積に大きな減少はみられない。それまでに存在していた集落営農が合併や統合を通した再編が進み,その結果,経営耕地面積の拡大がみられる。石川県では,それまでに多くみられた5ha未満の小規模な集落営農の割合が大きく減少し,経営所得安定対策の対象となる20ha以上の規模を組織へと再編されている。

    2010年以降になると,都府県の集落営農と同様に,組織数の増加は鈍っているが,組織形態の面で法人化の流れが加速していく。なお,新潟県の下越地域をはじめ,従来から集落営農以外の経営体が地域農業を担ってきた地域では,集落営農の設立やその大規模化といった動きは低調であり,集落営農と従来からの担い手は地域的にみて相互補完の関係にあることが確認できる。

    3.各県の集落営農の現状と地域的特徴

    2018年の段階で北陸地方には2,383の集落営農がある。このうち1,193(50.1%)が法人化されており,集落営農の法人化が全国でも最も進んでいる。いずれの県でも農事組合法人が多くみられるが,富山県では特にその傾向が強い。新潟県や石川県では,株式会社も一定数存在している。福井県はほかの3県に比べて,農事組合法人の割合が低いものの,株式会社以外の会社組織もみられる。

    集落営農の経営規模をみると,石川県を除いた3県で100haを超える集落営農がみられる。新潟県と石川県は,従来の傾向から大きな変動はみられないが,富山県と福井県では,5ha未満の小規模層の割合が減少する一方で,30〜50haと50ha〜100haの規模を有する組織の割合が増加している。

    集落営農の活動内容は,水田農業が中心である当該地域の特徴を反映して,水稲および転作作物の生産および農業機械の共同利用を中心としたものが多い。ただし,明確な地域差もみられる。新潟県と石川県は,集落内の営農を一括管理・運営している組織が少なく,農業機械の共同利用や,防除・収穫等の農作業受託などの作業を共同で行う組織が多い。さらに,集落営農を構成する農家の割合をみても50%未満のものが半数を占め,農地集積も限定的である。その一方で,富山県と福井県は,集落内の生産活動の一括化や,作付地の団地化による集落内の土地利用調整を行う組織が多く,地域農業の担い手として位置づけられる。

  • 柳澤 英明, 宮城 豊彦, 会田 俊介
    セッションID: 209
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1. はじめに

    潮間帯に成立するマングローブには、海洋からの津波インパクトを最前面で受け止め、陸域に広がる人間環境を保全するグリーンインフラとしての機能が期待される。特に東南アジアなどの沿岸域においては、経済的なコストや自然・生活環境の観点から、防潮堤のような人工構造物を多数建設することは難しく、グリーンインフラを組み合わせた総合的な防災対策が求められている。しかしながら、複雑な支柱根形状を有するマングローブの津波減勢効果を定量的に評価することは難しく、十分な研究がなされていないのが現状である。そこで本研究では、マングローブの支柱根形状を3Dスキャナによってモデル化するとともに、3Dプリンターで出力することで高精度なマングローブ模型を作成し、水槽模型実験を行うことで津波減衰特性を明らかとする。さらに、数値シミュレーションを行うことで、マングローブによる津波減勢効果を定量的に評価する。

    2. マングローブ形状の3Dモデル化

    ベトナム・カンザーで植林されたマングローブ(Rhizophora apiculata)を対象に3Dスキャンを行った。本研究では、植林後19年と39年経過したマングローブ林を対象とし、支柱根形状の計測を行った。その結果、株元径におけるメジャーと3Dモデルの比較において、cm以下の誤差で形状評価することができた。また3Dモデルによると、今回測定したマングローブの支柱根の総体積は、19年生と39年生でそれぞれ、0.0078㎥と0.19㎥であることが分かった。また5cm刻みで体積を測定して鉛直方向の体積分布の変化を評価したところ、根高の約4〜5分の1の高さまでの体積が大きいことが分かった。さらに体積の鉛直方向の累積分布について回帰分析を行った結果、ほぼ放物線で描かれることが分かった。

    3. 水理模型実験

    マングローブの3Dモデルから3Dプリンターを用いて、マングローブ模型を作成し、水理模型実験を行った。油圧式段波水槽(長さ17m、幅30cm)にマングローブ模型(19年生)を設置し、津波に模した段波を作用させた。マングローブの林帯幅の条件として1mと1.5mの2ケースを設定し、模型の前後に波高計を設置して水位の変化を計測した。実験結果から、マングローブ前後での減衰率および、前面での反射率を算定することができた。

    4. 数値シミュレーション

    水理模型実験の結果を再現するため、浅水流方程式を用いて数値シミュレーションを行った。水槽の底面摩擦則にはマニング式、マングローブの抵抗則にはモリソン式を用いた。またマングローブの抵抗を再現する上で重要となる投影面積と没水体積の評価には3Dモデルから作成した回帰式を用い、水位の変化に応じて逐次評価した。数値シミュレーションと実測波形を比較した結果、マングローブ模型による津波減勢効果を精度よく再現することができた。数値シミュレーションを用いることで、マングローブの津波減勢効果を定量評価することが可能となった。

  • 三上 岳彦, 長谷川 直子, 平野 淳平, 福眞 吉美
    セッションID: 102
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    青森県十三湖は日本海に面する汽水湖で、現在は冬季に結氷することはないが、江戸時代にはほぼ毎年結氷(と解氷)し、その連続的な記録が弘前藩庁日記に1705年〜1860年の155年間にわたって残されていることが明らかになった。十三湖には、南から岩木川が流入しており、江戸時代には津軽平野で産出された米輸送の舟運に利用されていたことから、長期間の結氷解氷期日が記録されたと思われる。

  • 平野 淳平, 三上 岳彦, 長谷川 直子, 財城 真寿美, 福眞 吉美
    セッションID: 103
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.はじめに

     湖の結氷に関する文書記録は, 公式気象観測資料が得られない19世紀以前の冬の気温変動を復元するための資料として活用されてきた.三上・石黒(1998)は, 諏訪湖の結氷日と冬季(12−2月)平均気温に有意な負相関がみられることに着目して, 1444年以降の冬季平均気温を復元した.一方, 湖の解氷日の記録はこれまで発見されていなかった.著者らの研究グループでは, 福眞(2018)によってデジタル化された『弘前藩庁日記ひろひよみ』に青森県十三湖における1705−1860年の結氷, 解氷期日が記録されていることに着目し,この記録をもとに冬春季の気温変動を復元することを試みた.

    2.資料と方法

     十三湖の結氷・解氷日の記録は1705−1860年なので,1899年以降の青森地方気象台の観測データとは重複していない.一方,東京では1825—1855年に非公式な気象観測が行われており,気候変動解析に使用されている(Zaiki et al.,2006).1839—1855年の十三湖の結氷・解氷記録と東京の気温観測記録をもとに,結氷・解氷期日と月平均気温との関係を月別に調べた.その結果,2月平均気温と解氷日にr=−0.76(p0.01),3月平均気温と解氷日にr=−0.73(p0.01)の負相関が認められた.また,2−3月平均気温と解氷日の相関係数はr=−0.76(p0.01)であった.一方,結氷日と気温に有意な相関関係が認められた月は無かった.結氷日の変動には,風速など気温以外の条件が関係している可能性があるが,この点については結氷日の天候についてさらに解析を行う予定である.上記の結果をもとに,十三湖の解氷日と東京の冬春季(2−3月)平均気温の関係を表す回帰式を作成し,1705年以降の2−3月平均気温を推定した.

    3.結果

     19世紀以前の推定気温は全体として20世紀前半と比べて高く推定された.気温推定式を作成した期間は,1839−1855と短いので,今後,他のプロキシデータとの比較することで,推定結果の信頼性を検証する必要がある.『弘前藩庁日記』には,結氷・解氷日の他に毎日の詳細な天気も記録されている.今後,これらの天候記録を用いた冬季気温変動の復元も行い,復元結果の信頼性について検討をさらに進める.特に,冬季の降雪率(総降水日数に対する降雪日数の割合)は気温の指標になる可能性が高いと考えられるので,『弘前藩庁日記』の降雪率を用いた気温推定も行う予定である.

  • 宮岡 邦任, 清水 将彦
    セッションID: P022
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    Ⅰ はじめに

     近年の涵養域における水田の減少は、流域における地下水の水位低下に大きな影響を及ぼしていることは、国内の複数の地域で報告されている。三重県では水田から小麦や大豆に転作が行われている地域は確実に拡大しており、他地域と同様に転作が地下水の水位や水質に影響を及ぼしていることが考えられる。流域における地下水資源管理を考えたときに、対象地域における地下水流動の実態と過去から現在にかけての転作と地下水の物理化学的特性の変化とその関係性を明らかにしておく必要がある。本研究では、三重県北勢地域を流れる員弁川中流域(東員町、いなべ市)を研究対象地域として、地下水涵養域の近年の転作の状況と涵養域から流出域までの地下水の物理化学的特性への転作の影響について調査した結果を報告する。

    Ⅱ 対象地域の概要

     本研究対象地域は、三重県北勢地域を流れる員弁川の中流域(桑名市西部、東員町、いなべ市東部)左岸の藤川、戸上川流域を主とした地域である。地形は、員弁川が形成した低位から高位の3つの段丘面に分類される。地質は扇状地性の砂礫層で構成されており、水はけは非常に良い。近年、水田から小麦および大豆への転作が進んでいるほか、農地から宅地への変更が進んでいる地域もある。

    Ⅲ 研究方法

     研究対象地域において民家および農業用井戸32地点、戸上川2地点、員弁川2地点において測水調査と採水を行った。調査は2018年8月と12月に実施した。現地において地下水位、電気伝導度、水温、pHを測定し、三重大学教育学部地理学実験室においてイオンクロマトアナライザを用い、主要8元素(Ca2+、Mg2+、Na+、K+、SO42-、NO3-、Cl-、HCO3-)の分析を行った。民家井戸32地点のうち6地点については、水位、水温、電気伝導度センサーを設置し、継続観測を行った。転作の状況の把握については、いなべ市および東員町の転作に関する資料を使用した。

    Ⅳ 結果と考察

     2018年8月と12月の地下水位の分布は、地域によっては最大で2m程度の季節変化が認められた。電気伝導度の分布は、河岸段丘上位面から下位面にかけて値の高い流れと相対的に値の低い流れが存在することが判明し、高位面から低位面にかけての地下水の水みちがあることがわかった。このうち、高位面から低位面を流れ員弁川に注ぐ戸上川の右岸側の中位面に掘削された民家井戸では、夏季の地下水位には大きな変化は認められなかったが、冬季の地下水位が2015~2016年冬季と比較して約3年間で0.5m程度低下しており、特に2018~2019年冬季の低下が顕著であることが認められた。また、戸上川左岸側については、2018~2019冬季の地下水位に、前年同期と比較して1m以上の低下が認められた。

     2008年~2017年の水田からの転作規模の変化についてみると、研究対象地域における転作の際の栽培作物は主に小麦であった。年によって地下水流動の上流部にあたる高位面の栽培規模にはかなりの面積の違いがあるが、一貫して転作が行われている実態が認められた。戸上川の右岸側(約1.5km2)と左岸側(約1.2km2)の地域につい転作面積の経年変化をみたところ、2008~2017年の各年において戸上川右岸側の地域では水田の約20~60%、左岸側の地域では約5~25%で転作が行われていた。過去10年間の年間降水量はほぼ変化していないことから、涵養域にあたる上位面から中位面における転作による地下への浸透量の減少が、地下水流動の下流にあたる中位面から下位面における地下水位の低下の原因の1つであることが示された。

     戸上川左岸側地域については最近の水位の低下に対して転作面積が大きくないことから、この地域において転作以外の地下水位低下の原因を探る必要がある。

  • 根元 裕樹, 夏目 宗幸
    セッションID: 409
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    はじめに

    高校では、2022年度より『地理総合』が必修となり、その柱として、GISが導入されることとなった。だが、GIS導入に際して、多くの問題が挙げられている(谷・斎藤 2019など)。谷・斎藤(2019)によると、これらの問題の解決策として、WebGISの活用が期待されている。しかし、そのまま地理教育で利用できる既存のツールは少なく、地理教育用のWebGISの開発が必要とされている。谷・斎藤(2019)の通り、WebGISに関しては地理院地図をはじめとして、多くのツールが利用できるようになった。しかし、利用者自身が自由にデータの追加や削除ができるものは少なく、ツールの機能によって利用の幅は制限される。

    ところで、WebGISを作成するためのjavascriptライブラリとして、Leafletがある。通常、WebGISは、サーバーが本来必要となるが、Leafletは、ライブラリをダウンロードすれば、ローカル環境だけでも利用でき、たとえLeafletの提供元がサービスを停止したとしても利用を継続できる。よって、Leafletを用いてWebGISを作ることができれば、継続性も含めて有用である。

    そこで筆者らは、Leafletを用いてWebGIS自体を利用者自身が作成することも可能ではないかと考えた。本研究では、Leafletを用いたWebGISを作成するための教材と作成システムを開発した。

    研究方法

    本研究では、第一にLeafletを用いたWebGIS作成教材を作成し、筆者らが関わっているGIS Day in 東京にて、講習会を行った。第二にLeafletを用いたWebGIS作成システムのプロトタイプを開発し、茨城県立水海道第一高等学校社会部に提供を行った。

    Leafletを用いたWebGIS作成教材

    Leafletを用いたWebGIS作成用の教材を作成し、Web教材として公開した(https://www.lab-nemoto.jp/lecture#leaflet)。プログラミングやWebサイトの作成などが未経験でもLeafletを用いたWebGISの作成の基礎から学べるようにソースコードをコピーアンドペーストできるようにし、それに画像付きの説明文を加えた。また、メモ帳等の利用するアプリケーションの操作方法も補足として教材に加えている。

    これを用いて、2018年度のGIS Day in 東京にて講習会を行った。行った内容は、WebGIS作成の最も基礎的な部分に当たる地図表示と点データの追加である。GIS初心者からGIS上級者まで幅広く受講者が集まった。普段利用しないアプリケーションの操作や複数のコンピュータでサーバーに同時アクセスをしたことによって速度が遅いなどの問題は発生したが受講者は講習会の目的であるWebGISの作成までは行き着いたため、修正点等はあるが、概ね教材としては有用であったと考えられる。ただし、プログラミング等に対する抵抗感も見られたため、幅広く用いることができるとは言い難いとも考えられる。

    Leafletを用いたWebGIS作成システム

    前項の通り、Leafletを用いたWeb教材は、プログラミング等になじみがない人間には抵抗感があると考えられたため、プログラミング等を必要とせず、Leafletを用いたWebGISのソースコードを自動生成するシステムのプロトタイプを開発した。

    このシステムを利用し、茨城県立水海道第一高等学校社会部は日本地理学会2019年春季学術大会にて『高等学校の立地がスーパーマーケットに与える影響〜水海道第一高等学校を事例に〜』として発表するための地図を作成した。同部のニーズに合わせ、茨城県内の小地域の階級区分図を作成できるようにシステムを調整した。高校生の操作でも無事に地図を作成でき、発表までこぎ着けることができた。高校生へのヒアリングの結果、改善の余地はあるが、一つのWebGISの利用案としては有用であると考えられる。

    謝辞

    2018年度GIS Day in 東京Dコース受講者の皆様、および茨城県立水海道第一高等学校社会部の皆様には本教材の実践にご協力いただきました。ここに記して御礼申し上げます。

    参考文献

    谷 謙二・斎藤 敦 2019. アンケート調査からみた全国の高等学校におけるGIS利用の現状と課題—「地理贈号」の実施に向けて—. 地理学評論 92: 1-22.

  • 大八木 英夫, 浅井 和由, 田中 敦
    セッションID: P023
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    日本最大の閉塞湖である摩周湖は,北海道東部に位置し,約7,000年前の摩周火山の噴火によって陥没したカルデラ凹地に水がたまって形成された湖である。本湖では,1917年より透明度が観測され始め,1931年には41.6mが報告されており,現在でも平均的に20〜30mと高い透明度が観測されている。また,摩周湖では,水収支解析として湖水位の計測が行われ,長期にわたる調査の結果,約5年で1.4m程の水位低下が認められた一方,2017年には,一転して異常な水位上昇が認められ高水位期間が長く続いた。本湖では,湖水水位上昇量は湖面積と流域面積の比が小さいため,降水量に影響受け,湖水位低下の主な要因は,本地域が寒冷な気候であることから湖面蒸発によるものではなく,流域外へと浸透していることが考えられる。また,流出河川がない閉塞湖で,その周辺の山麓では,約20 ヶ所程度の湧水が確認されており,その起源の一部には摩周湖の湖水からの浸透水の混入が考えられるものもあり,水位変動量が大きい近年の結果を踏まえると,湧出量への影響についても解明する必要がある。そこで,本研究では,揮発性有機化合物などを指標として,摩周湖およびその周辺の湧水の滞留時間について考察する。

  • 阪上 弘彬
    セッションID: 122
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1. はじめに

     2017・2018年告示の学習指導要領では「資質・能力」の形成が強く意識された.一方で,初等・中等教育を通じた教科の専門性を踏まえた資質・能力の在り方については現在も議論されている.本発表では,上記の議論のための基礎資料を提供するために,コンピテンシーに基づくカリキュラム改革に早くから取り組んできたドイツに着目し,教育スタンダードの検討から,初等・中等教育を通じてどのような地理的コンピテンシーの育成を目指しているのかを明らかにする.

    2. ドイツ初等・中等地理学習に関する教育スタンダード

     初等の教育課程において地理は明確に位置付けられてはいない.事実教授(Sachunterricht)の中で「地理的視点」が設定され,そこで地理に関連した学習が展開している(阪上ほか 2019).『事実教授の展望枠組み(Perspektivrahmen Sachunterricht)』(以下,事実教授スタンダードとする)は事実教授学会(GDSU)によって作成され,現在は第2版(2013年)が公開されている.中等の地理は,独立科あるいは社会科のなかに位置づけられている.『ドイツ地理教育スタンダード(Bildungsstandards im Fach Geographie für den Mittleren Schulabschluss)』はドイツ地理学会(DGfG)によって提案され,現在は2017年公表の第9版が最新である.

    3. コンピテンシーの構造(枠組み)

     『事実教授スタンダード』では「視点にかかわるコンセプト・テーマ領域」と「視点を網目状に結びつけるテーマ領域・問題設定」,および「視点にかかわる思考・活動・行動方法」と「視点を横断する思考・活動・行動方法」という二面的開示モデルが採用されている(原田,2014).一方で『ドイツ地理教育スタンダード』では6つのコンピテンシーの領域(「教科専門」「空間定位」「認識獲得/方法」「コミュニケーション」「判断/評価」「行動」)が設定され,各領域は相互に結びつき,空間形成能力地理の目標を一体的構造的に関係づくるものとして捉えられている(服部,2007).

    4. 特徴

     地理学習では「『人間―環境』関係に気づき,分析し,評価する,そしてこれに基づく空間に関連した行動コンピテンシーを発展させ,実行に移すことができる」人物の育成を目指しているHemmer(2013: 99).そのなかで地理的コンピテンシーに関しては,初等・中等地理学習ともに①空間における人間と自然の関係,②地図の取扱いを含む空間定位に関するコンピテンシーの育成が意図されている.また初等段階では,とくに②に関する育成の重点が置かれていた.

  • 杉本 興運, 矢ケ﨑 太洋
    セッションID: 426
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    研究の背景 

     都市間競争の時代において観光的魅力は都市の集客力を決定づける重要な要素の1つである。2010年以降のインバウンド政策によって、首都である東京都を訪れる外国人観光客は急増し、都内に立地する各観光地において外国語対応などのソフト面における国際観光への対応が進められている。また、2020年の国際的なメガイベントとなる東京オリンピック・パラリンピック開催を前にして、インフラ整備などによる都市・交通機能の更新といったハード面での対応も進められている。急速な国際観光の進展がみられる社会情勢の中、都市観光地がその受容基盤としてどのように対処し、また、その結果どのように地域が再構築されていくのかを検討することは、観光地理学のみならず都市地理学といった隣接分野からの関心も高いと推察される。また、観光機能が高く、観光が地域政策として比較的重要な位置付けにある都市観光地においては、地域変容とその要因を検討することは、中長期の施策評価や将来の都市戦略のための意思決定に資する知見となるという意味において実学的意義も有すると考えられる。

     本研究の目的は、東京を代表する都市観光地の1つである台東区の上野地域を事例に、国際化や都市間競争の波にさらされた大都市内部の観光地の変容とその要因を、特に観光や都市に関する政策や開発の側面から明らかにすることである。上野地域は、ここ数年間で訪れる外国人観光客の数が顕著に増加しており、かつ観光部門が長らく地域政策の中で重要な位置づけにある地域である。

    研究方法 

     観光地ライフサイクルモデル(Butler,1980)やツーリズムジェントリフィケーション(Gotham, 2005)といった地域の観光地への変容過程を示すモデルでは、観光地への変容過程にいくつかの段階があるとし、それぞれの段階で観光客層、観光事業推進主体、地域の景観・社会・文化などが異なる様相をみせることを仮定している。加えて、観光地の経済発展はグローバル、ナショナル、リージョナル、ローカルといった様々なスケールにおける観光振興施策などの取り組みの結実であるという見方がある(Milne & Ateljevic,2001)。

     これらの点をふまえ、本研究では上野地域の変容を検討していくにあたり、観光や都市に関する政策や開発の取り組みの重層構造に着目し、それらが上野地域においてどのように進められ、また、地域にどのような影響を与えたのかをみていく。調査では、観光や都市計画に関する行政資料や統計資料の収集、聞き取り調査、勉強会への参加などで得られたデータを組み合わせるかたちをとった。

     研究結果の詳細は当日の発表にて紹介する。

    参考文献 

    Butler, R. W. (1980). The concept of a tourist area cycle of evolution: implications for management of resources. Canadian Geographer/Le Geographe canadien, 24(1), 5-12.

    Gotham, K. F. (2005). Tourism gentrification: The case of new Orleans' vieux carre (French Quarter). Urban Studies, 42(7), 1099-1121.

    Milne, S., & Ateljevic, I. (2001). Tourism, economic development and the global-local nexus: theory embracing complexity. Tourism Geographies, 3(4), 369-393.

    謝辞 

     本研究は上野地区での地域史編纂や観光地マネジメントに関する産学官連携プロジェクトの一部である。研究遂行にあたり受託研究「昭和39年以降の上野地域の歴史の編纂」の研究費の一部を使用した。

  • 井口 豊
    セッションID: P005
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1. はじめに

     東日本における重要な火山灰鍵層の一つに,御岳第一テフラ(On-Pm1)がある。本研究では,諏訪盆地西部(岡谷市西部)において,その高度分布を調べた結果を発表する。

    2. 高度分布状況

    On-Pm1 の露頭の標高を示す。

    A. 勝弦峠の北西 380 m,標高 1020 m

    B. 塩嶺林間工業団地の東入り口,標高 958 m

    C. 岡谷工業高校グラウンド西斜面,標高 894 m

    D. 立正閣の裏 140 m,標高 859 m

    E. 川岸上2丁目の天狗社,標高 862 m

    F. 花岡城址の西 170 m,標高 803 m

    On-Pm1 の分布高度が,盆地北西部へ向かって増していることが分かる。ただし,C 地点がある小丘は,その西方のスケートの森付近から滑り落ちてきた地すべり地形の可能性があり(井口,2015),もしそうならば,C 地点の元の分布高度は,さらに高くなる。

    B,C 地点の On-Pm1 の高度が,A 地点に比べて相対的に低いのは,B,C 地点付近を通ると思われる糸魚川−静岡構造線系の活断層の影響があるかもしれない。事実,B 地点では,On-Pm1 を切る多数の正断層(最大落差 5 m )が認められている(井口,2013)。

    参考文献

    井口豊 (2013) 長野県岡谷市の塩嶺西山地域における断層と地すべり地形. 日本活断層学会2013年度秋季学術大会講演予稿集: 60-61.

    井口豊 (2015) 3次元画像で得られた長野県岡谷市塩嶺山地における地形地質学的特長. 日本活断層学会2015年度秋季学術大会講演予稿集: 56-57.

  • 小寺 浩二, 浅見 和希, 齋藤 圭, 猪狩 彬寛, 矢巻 剛
    セッションID: 110
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    Ⅰ はじめに

    日本は高度成長期に全国で水質汚濁が問題となったが、法整備や社会全体での環境意識の高揚などもあり、急速に水質は改善されていった。しかし、現在も郊外地域へと都市化が進み、自然環境を破壊し続けている。かつての点源汚染は面源汚染となって広がって、大河川流域では下流部よりも上流部に汚染地域が目立つ状況となっている。

    行政によって1971年から継続されている「公共用水域の水環境調査」に加え、市民団体を中心に2004年に始まった「身近な水環境の全国一斉調査」といった全国規模の観測記録から読み取れる日本の河川の水質変化について考察する。

    Ⅱ 研究方法

    国立環境研究所のデータベース「公共用水域の水質調査結果」を用いて1971年以降の水質変化(特にBOD)について整理し、「身近な水環境の全国一斉調査」については、「実行委員会」のHPから入手した2004年~2018年のCODの調査結果を整理して長期的な変化について考察した。特に、一斉調査に関しては全国・地域毎の分布図を作成し、水質の空間分布についても検討した。

    Ⅲ 結果と考察

    1.公共用水域の水質調査結果

    1971年には約1,000点だった観測地点が、15年後の1986年には5,000点を超えており、その後6,000点弱の地点での観測が継続されている。CODの観測結果には欠測が多いため、BODの値で経年変化を見ると、当初3以上が半数を占めていた(1971年)が、1976年には2以下が半数となり、最近では、2以下が約8割を占める(2018年)ようになった。1~4の地点数はあまり変わらないものの4以上が減少し、1以下は約半数に増えている。

    2.身近な水環境の全国一斉調査

    調査が始まった2014年は約2,500地点だったが、2005年には約5,000地点となり、その後6,000地点前後で推移するものの、2018年には約7,000地点となった。COD4以下が約半数となっている。

    3.東京都のCOD分布

    広い地域で、COD6以上の点が分布し、8以上の地点も多い。

    Ⅳ おわりに

    全国規模の長期的な観測結果から日本の河川水質の変化を明らかにすることを試みた。各観測値の特性が明確となり、全国的な傾向が明らかになった。引き続き、一般水質の変化について検討したい。

    参 考 文 献

    小林 純(1961):日本の河川の平均水質とその特徴に関する研究.農学研究,48-2,63-106.

    小寺浩二・浅見和希・齋藤 圭(2019):東京の水環境の変遷と課題-河川環境を中心に-.法政地理,51,61-70.

  • 田中 雅大
    セッションID: 412
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    いまやデジタルなものはあらゆる場所に行き渡り,社会を構成する重要な存在となっている.そこで人文社会科学の分野ではデジタルなものに関する存在論的・認識論的・方法論的な議論が活発化している.本発表では英語圏を中心に展開されている「デジタル地理学」という取組みを概観し,特にソフトウェアの役割に着目しつつ,デジタルなものに関する地理学的議論の動向を紹介する.

     重要なのは,デジタル地理学はその名の通り「デジタル」なもの(ソフトウェア等)に注目するということである.技術的にいえば「デジタル」とは数値によって離散的に情報を表すことを意味する.あらゆるデジタルなものは「数値」という点で同質・等価であり,すべて分け隔てなくコンピューティングの対象となる.また離散的であるためソーティング(整列)のような操作を施せる.突き詰めればデジタルなものは物理的実体のない数値という抽象的存在である.人々は様々なモノをインタフェースにすることでデジタルなものと物質的に関わっている.

     コンピュータの処理速度が飛躍的に向上し,様々なインタフェースが日常空間のあらゆる場所で登場するようになったことで,デジタルなものが有する上記のような性質が社会-空間的問題を引き起こしている.ここでは都市空間におけるソフトウェア(コード)の役割を論じたThrift and French(2002)を筆者なりに解釈しつつ,デジタルなものと地理学の関係を整理したい.彼らによればソフトウェアの根幹は「書くこと」であり,それには3つの地理学的含意がある.すなわち,①ソフトウェアを書くことの地理,②ソフトウェアが書く地理,③書き込みの場としてのソフトウェアの地理,である.

     ①については,どこの・誰が・どのようにソフトウェアを書くのか,またそれに参加できるのか,という経済・文化・政治に関わる問題がある.また,人間はソフトウェアを書く行為を通じてデジタルな空間的知識(デジタルなまなざし・世界観)を身に着ける,という認識論的問題もある.

     ②は空間の監視や管理の問題と関係している.デジタルな存在であるソフトウェアの働きを人間は直接知覚できない.ソフトウェアは常に「背景」や「影」として存在し,人間の無意識の領野にある.その意味でソフトウェアは人間を超えた存在more-than-humanである.それは様々なアクターとの布置連関の中で行為主体性agencyを発揮し,都市のような空間を自動的に生産している.都市に存在するあらゆるものが様々なデバイスを通じてデジタル化され,数値として一緒くたに扱われ,ソーティング等の操作を施される.それはすぐさまインタフェースを介して物理空間に反映され,新しいかたちの社会的不平等・排除を引き起こしている.2000年代以降,こうしたポスト人間中心主義的な「空間の自動生産」論が展開されている.

     ③は人間と空間の関係に関わる問題である.ソフトウェアは創造性を発揮できる実験的な場でもある.たとえばThrift and French(2002)は,創造的なソフトウェアプロジェクトの多くが人間の身体に関心を寄せていることに注目している.ソフトウェアは五感の拡張(拡張現実,仮想現実等)や記憶の保存(過去把持)に関わっており,「人間」や「文化」なるものはどこに存在するのか,という問題を喚起する.

    Thrift, N. and French, S. 2002. The automatic production of space. Transactions of the Institute of British Geographers 27: 309-335

  • 乾 睦子
    セッションID: 501
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    江戸時代までの日本では,石材の利用は寺社関連,工芸品や石垣などがほとんどで,建築物の壁等に使われていたのは限られた産地付近でのみであった.継続的に採掘・整形して出荷する形の建築石材産業が成立したのは西洋建築が導入されてからである.特に国会議事堂の建設工事とそのための資源調査をきっかけに,明治時代の末期から大正,昭和初期にかけて国内に新しい石材産地が多く誕生した.このように比較的新しい時代に成立した近代石材産業が,日本の都市の近代化において大きな役割を果たしたことはもっと知られてよいことである.また,その国産石材が用いられた近代建築物も改修時期を迎え,文化財への登録やそのための評価・調査が行われている.用いられた石材資源やそれを供給した産地のことを知っておくことは,正しい評価のためにも重要である.本稿では,首都圏にもっとも近く,首都圏の近代建築物や東京の都市基盤に大量の花崗岩石材を供給した茨城県の真壁・稲田産地について,近代的な石材産業が始まって首都圏で使われるようになっていった経緯を報告する.

     茨城県中西部の稲田(笠間市)および真壁(桜川市)産地は,近代化(鉄道敷設)に伴って成立してきた.これらの産地が開発される前の東京には,花崗岩は瀬戸内海沿岸より運び込むしかなく,花崗岩が入って来る前は小田原から伊豆半島にかけての安山岩や,千葉の房州石,栃木の大谷石などの凝灰質石材が主に用いられた.稲田および真壁産地の開発を後押ししたのは1889(明治22)年の水戸線(小山駅〜水戸駅)の開業である.水戸線の敷設にも石材を出したとされ,また,開業後は鉄道を利用して首都圏に出荷できるようになったからである.

     真壁石は加波山西麓を中心に丁場(採掘場)が分布している細粒〜中粒の花崗岩石材である.関東産の花崗岩を使った近代建築物のうち最初期の代表的なものが1909(明治42)年竣工の迎賓館赤坂離宮であるが,この外装に全面的に真壁石が用いられている.国策の大規模工事であることから,このために産地の開発が進められた様子が推測できる(川俣, 2017).真壁石の出荷経路は,水戸線岩瀬駅より鉄道で鬼怒川の上流に出,そこから水運で都内まで運ばれていたものと考えられる.その後大正時代に入ると筑波鉄道(岩瀬駅〜土浦駅)が開業し,真壁石の輸送を担っていたと考えられる.

     稲田石は,水戸線稲田駅周辺に分布する稲田花崗岩を採掘しているもので,粗粒で白がちな花崗岩である.水戸線の開業当初は駅がなく,地元の有力者による採掘がうまくいかないこともあったが,その後外部から来た事業者の貢献もあって稲田駅を開通させることに成功し(1897(明治30)年に貨物駅が開業),採掘場から駅まで軽便軌道も敷いて出荷できる体制を整えた(小林,1985).稲田石は1909(明治42)年竣工の表慶館,1929(昭和4)年竣工の三井本館など数多くの近代建築物に用いられた.しかし,稲田石が東京に進出するきっかけとしてもっともよく知られているのは1904(明治37)年までに敷かれた東京の市電の軌道に使われたことである.その後1923(大正12)年の関東大震災からの復興でも稲田石は大きな役割を果たしたと言われている.

     稲田および真壁産地のどちらにも石材産業を興そうとする外部の力があり,首都圏至近な石材産地が商機として魅力的であった時代背景がうかがえる(小林, 1985; 川俣, 2017).

    《引用文献》

    乾 睦子 2017. 稲田花崗岩地域における採石産業の成立について.遺跡学研究 14: 117-125.

    川俣正英 2017. 明治期における茨城県産花崗岩石材業の展開: 桜川市・笠間市域を主として.茨城県近現代史研究. 1: 40-53.

    小林三郎 1985.『稲田御影石材史』稲田石材商工業協同組合.

  • 乙幡 正喜, 小寺 浩二, 浅見 和希, 矢巻 剛
    セッションID: P021
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    Ⅰ はじめに

    埼玉県内の新河岸川流域は、かつて水質悪化が顕著な地域であったが、近年は流域下水道や親水事業で水質が改善しつつある。しかし、狭山丘陵に位置する支流の上流部においては依然水質が改善していない地域も存在し、汚染源の特定や水質改善を図っていくには源流域における調査・研究が重要である。今回は、狭山丘陵周辺において河川を調査した結果をもとに、水質を中心とした水環境の特徴を考察する。

    Ⅱ 対象地域

     狭山丘陵は、東京都と埼玉県の5市1町にまたがる地域である。丘陵の周辺地域では高度経済成長期から都市化が急速に進む一方、多摩湖や狭山湖の周辺には森林が分布し、里山の環境を残している。河川のほとんどは新河岸川水系に属する支流で、狭山丘陵はそうした水流の源流部である。残堀川は南東に流れ多摩川水系となっている。

    Ⅲ 研究方法

     既存研究の整理と検討を行った上で、現地調査は2017年11月から月に1回行っており、これまでに19回行った。現地では、水温、気温、電気伝導度(EC)、比色pHおよびRpH、を計測し、採水して実験室に持ち帰り、全有機炭素の測定と主要溶存成分の分析を行なった。

    Ⅳ 結果・考察

     ECは、100-300μS/cm前後の地点が多かったが、不老川の上流域の大橋付近では隣接する雨水調整池からの放流により2000μS/cm以上の高い数値を示している。一方で、南西部の一部河川・湧水では100μS/cmを下回る良好な水質を示す地点あった。pHは7.2前後であり、空堀川中流域の下砂橋では8.0を超えている。これは滞留時間が比較的長いことが考えられる。RpHは、ほとんどの地点で8.0前後である。これは河川水に対する地下水の寄与が大きいもの考える。

     水質組成は、多くの地点においてCa-HCO㎢型を示しているが、北西部の河川を中心に硝酸が多く検出された。北西部においては近郊農業が盛んであり、下水道普及率が比較的低いことで硝酸多く出ていることが考えられる。東部の六ッ家川や南東部の空堀川、野火止用水の地点では極端なNaCl型の水質組成となり、生活排水や下水の処理水が多く流れ込んでいることがわかる。また、南部を中心にアンモニアが出ている地点があり、生活排水の影響が考えられる。

    Ⅴ おわりに

    都市域であるためECが高い地点があり、依然として水質が改善していない地点が見られ、また農業による硝酸の影響が残る地点も多く分布していた。瑞穂町の雨水調整池のECの数値の高さが際立っている。今後も継続的に調査を行い、季節変化などを注意深く考察する必要がある。

    参 考 文 献

    森木良太・小寺浩二(2009):大都市近郊の河川環境変化と水

    循環保全―新河岸川流域を事例として―. 水文地理学研究報告, 13, 1-12.

  • 木口 雅司, 岡見 菜生子, 田上 雅浩, 林 泰一, 沖 大幹, 松本 淳
    セッションID: P015
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    アジアモンスーンは、明瞭な季節風と乾季・雨季を持つ降水特性を特徴とする。雨季の多量の雨は、農業の恵みとなる一方、極端な洪水や干ばつは人命や資産の損失をもたらす。産業革命以降の気候変動による極端な降水現象の変化は、人間活動に直接影響する。南アジアで総じて言えるが、近年の人口増加と経済発展が著しく、モンスーン変動の影響が顕著で、脆弱性も高い。Germanwatch (2017)は1997~2016年の気候リスクを国別に指標化し、モンスーンアジア域の多くの国がTop20に入っている。Jayawardene et al. (2005)では月降水量ではあるが100年以上のデータを用いたトレンド解析を実施し、Alahacoonet al. (2018)では21世紀以降の日降水量データを用いたトレンド解析を実施したが、気候変動の影響、特に農業分野における影響を議論するには、日降水量での解析と解析期間の延長が必要である。

    そこで本研究では、デジタル化されていないスリランカにおける旧英領時代を含む日降水量のデータレスキューを実施し、まず1917~2016年のデータを用いたスリランカ全体の降水特性の変化を明らかにする。

    対象領域は、現在のスリランカの領土とし、現在の観測地点と連結可能な21地点のデータを用いた。19世紀は観測点が少ないため、一部の地点では1868年からデータがあるが、今回は使用していない。データの均質性を4つの統計テスト(Wijingaar et al., 2003)を実施し、最終的に13地点を以降の解析に用いた。

    Endo et al. (2015)に倣い、年降水量(PRCPTOT)、日降水強度(SDII)、年間最大日降水量(RX1day)、年間最大5日間降水量(RX5day)、日降水量95パーセンタイル値(R95%)、日降水量99パーセンタイル値(R99%)、連続無降水日数(CDD)、連続降水日数(CWD)、日降水量10mm以上の日数(R10mm)、日降水量20㎜以上の日数(R20mm)、日降水量50㎜以上の日数(R50mm)、日降水量1~3㎜の日数(R03mm)、年間降水日数(WDAY)の13個の指標について計算した。トレンド解析ではMann-Kendallテストを用いて評価した。

    本研究の初期結果によれば、年を通じて強雨の日数と強度は増加し、弱雨は若干減少傾向である。また季節ごとに見ると、プレモンスーン期(3~5月)には降水日数や弱雨の減少に伴う総量の減少が見られる。一方、モンスーン期(6~9月)には降水日数や弱雨が減少傾向である。このような季節による様々な指標の変化は、特に農事暦などに影響する指標については重要と言える。

    本研究ではデータレスキュー活動を通じた100年間のスリランカにおける降水特性を解析した。本稿では初期解析の結果のみを示したが、今後、1)スリランカが北東モンスーンの影響を受けている地域と分けた解析と、2)20世紀再解析データ等を用いた、その背景要因を明らかにする解析を実施予定であり、その成果を当日に紹介する予定である。

  • 澤 祥
    セッションID: 228
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    2019年6月18日22時22分に山形県沖の日本海(北緯38.6度、東経139.5度、深さ14 km,酒田の南西約50 km付近)を震源とするMj 6.7(Mw 6.4)の地震が発生した.鶴岡駅前にある山形県鶴岡市末広町7番地の駐車場で明瞭な液状化が発生した.液状化発生地点は,大型商業施設を2006年以降に解体更地化した際に,地階部分と基礎部分を地表下約8 mまでを掘り撤去し、そこを砂で埋め戻した場所である.埋戻し部分で行われた小型動的貫入試験によれば,その換算N値はいずれも十数未満で軟弱な状態であった.液状化発生場所は,底部には砂質シルトとその下の中砂が露出し側面を透水性の低い人工の側壁が取り囲む「水槽」の様な状態になっていたと推測される.液状化発生地点は,人工的に埋設された層厚8 m近い粒度の揃った中粒砂からなり地下水位が高かったので,局所的に液状化が発生したと解釈される.

  • 包 慧穎
    セッションID: 401
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    本報告では、中国内モンゴル通遼市における馬頭琴文化の伝統と発展の様相を分析することで現代社会において馬頭琴がいかに民族文化として伝承・発展していくのかを明らかにすることを目的とする。

    研究対象地域として、中国・内モンゴル自治区の東部(チンギスカン時代はホルチン地域と称する)にある通遼市を取り上げる。とりわけ世界一とも評価されている馬頭琴演奏家のチー・ボリコーの出身地であり、漢民族、モンゴル族、満州族、他の少数民族による混住地域であることにより多様な民族文化が融合しながら伝承されてきた地域である。

  • 池田 千恵子
    セッションID: 523
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録

    本研究では,金沢市におけるゲストハウスなどの簡易宿所が急激に増加した背景ならびに簡易宿所の増加が地域に及ぼす影響について報告する.

     金沢市内の宿泊施設数は,2011年から2018年の間にホテルは59件から81件に増加,旅館は49件から58件と微増の中,簡易宿所は13件から175件と7年間で約13.5倍(増加率1246.1%)と急激に増加している.

     宿泊施設数が増加している要因として,宿泊客の増加がある.金沢市は,2015年3月の北陸新幹線開通後の2016年には,宿泊客数が308万4854人と300万人を突破した後,2018年時点で330万5090人と宿泊客数を伸ばしている.2016年度においては,宿泊客数の増加17万9650人に占める外国人宿泊客数の割合は78%であり,海外からの観光客の増加に伴い,宿泊需要が拡大している.

     簡易宿所が増加している地域には特徴がある.一つめは,観光地への隣接である.金沢市内で簡易宿所が多い地域は,東山18件,野町14件,小将町13件となっているが,東山は,金沢市の屈指の観光地の「ひがし茶屋街」のある地域,野町は「にし茶屋街」に隣接した地域,小将町は「兼六園」に隣接した地域である.二つめは,交通のアクセスである.どの地域も観光地に隣接しているため,交通の利便性が高い.三つめは,空き家や空き店舗など簡易宿所へと転用できる遊休不動産である.東山の簡易宿所は,従前が空き家だったものが多く見られた.このような条件が備わった場所で,簡易宿所の開業が進行したと推察される.

     また,簡易宿所にもさまざまなタイプがあるが,金沢市東山と野町では,町家をリノベーションした町家ゲストハウスが多く,簡易宿所に占める割合は,東山で66.7%,野町で46.2%であった.

     このような観光振興が進むとツーリズムジェントリフィケーションが発現する.ツーリズムジェントリフィケーションとは,地域住民が利用していた日常的な店舗が減少する一方で,娯楽や観光に関わる施設や高級店が増加し,富裕層の来住が増えることにより賃料が上昇し,低所得者層の立ち退きを生じさせる現象である(Gotham 2005).金沢市における,ツーリズムジェントリフィケーションの兆候について,既にその兆候が生じている京都市と対比させながら報告する.

  • 目代 邦康
    セッションID: 527
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ 自然保護の目的

     現在,国際的に取り組みが進められているSDGs(持続可能な開発目標)においては,「13. 気候変動に具体的な対策を」,「14. 海の豊かさを守ろう」,「15. 陸の豊かさも守ろう」と,自然環境を良好な状態に保つ活動が必要であることが示されている.こうした自然保護に関する活動を行う理由は,自然から人類は様々な恩恵(生態系サービス)を受けており,その恩恵を受け続けるためには,自然環境が良好な状態にあるべきだという功利主義的な考え方による.この功利主義的な考え方は,多くの人に受け入れられやすい一方で,対象となる自然の経済的価値が問われることとなる.

     生物多様性は,遺伝子レベルでの多様性,種レベルでの多様性,生態系レベルの多様性の3つの多様性を包括した概念である.この生態系レベルの多様性とは,その生態系の基盤である地学的環境も含まれる.そのため,生物多様性という言葉で,自然環境全体の多様性を示すことが可能である.しかしながら,この生物多様性という言葉は,生物学的な視点である.地球科学者からは地球科学的評価を基盤とするジオ多様性(geodiversity)という観点も取り込んで,生物多様性とともに自然界の多様性を表現すべきという意見もある.

    Ⅱ 地学的情報の記述方法

     生物学的な自然保護を進める際に基礎となった情報は,植物であれば種や群落の分布といったものである.生物の種の分類は,生物学の歴史とともに蓄積されてきた情報が存在する.そして,生物種,群落とも,それぞれが独立したものとして分類され,A種でありB種であるということはない.一方で,ジオ多様性の評価の対象となる地形や地質では,典型的なものはこれまでの研究の蓄積のなかで整理はされているものの,地学的現象の性質上,複数の分類が可能となるものが多い.地形でいえばスケールの異なる現象で分類可能となる.例えば,扇状地であり段丘面であるという記述の仕方である.そのため,ジオ多様性を記述していくためには,生物学的な分類方法を援用せず,独自の方法論を構築していく必要がある.

    Ⅲ ジオサイトの評価

     これまで,日本においては,天然記念物や国立公園,ラムサール条約,ナショナルトラストなど様々な方法で,価値のある自然現象の保護がなされてきた.近年では,ジオパークにおけるジオサイトという枠組みが示されている.

     ジオパークにおける活動は,地学的自然遺産の保護と,教育,持続可能なジオツーリズムを三本柱とし,それらが全体的に(holistic)に行われるものである.こうした目標が掲げられているため,ジオパークの認定審査の際に,地域の地学的自然遺産の評価がジオサイトの評価として行われるようになった.しかしながら,これまでそうしたものの評価が,ほとんど行われてこなかったため,認定を受ける地域もその評価をする研究者も厳格な議論ができてこなかった.近年,ジオサイトという概念についての理解が進み,いくつかのジオパークでは,ジオサイトの整理を行っている.

     ジオサイトの評価では,それぞれの場所の地球科学的価値とともに,教育対象としての価値,ツーリズムの対象としての価値も評価されている.自然資源として考えた場合,その保護と利用という保全の方法が重要であり,その際に複数の視点から,その価値を評価するという枠組みは重要である.

     価値のある地学的自然遺産を保護していくためには,その情報が市民に公開され,アクセスできるようにする枠組みも必要である.これはオーフス条約で取り決めがなされているが,日本は批准していない.今後は,各地の価値のある自然について情報をデータベース化し,公開していく必要がある.

  • 内海 巌, 橋本 暁子
    セッションID: 511
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    本格的な人口減少時代の中、各地域においては地域固有の特徴的な地域資源に着目し、シビック・プライドの醸成や地域ブランドの構築に資する地域政策を推進することは極めて重要と考える。 本研究では、新潟県・長野県の県境地域を対象地域とし、地域政策に資する学習材料としての「地域情報資源」に着目し、その編集方法について考察する。

    本研究における対象地域は、新潟県と長野県の県境に接するかその付近に位置する自治体で構成され、概ね新潟県の上越地方と魚沼地方、長野県の北信地方、長野地方および大北地方の一部の範囲を指す。 この県境付近は、中部山岳国立公園、妙高戸隠連山国立公園、上信越高原国立公園などを擁する山間部が中心であり、国内トップクラスの豪雪地帯でもある。一級河川の姫川、関川、信濃川(千曲川)が県境を横断し、新潟県側の日本海に注いでいる。また、1982年開業の上越新幹線に加え北陸新幹線が2015年に開業し、在来線を含めた鉄道のアクセス性が大きく変化した地域でもある。

    筆者らは、上記の広域エリアにおいて、地域づくりに資する学習・交流プラットフォームの形成を目指しており、その端緒としての「信越県境地域づくり交流会」を2015年度から計7回開催した。また、この交流会で培われた人的ネットワーク等を活かし、昨年度から当該地域の特徴とその因果関係を示した「地域資源情報」の編集作業を行った。今年度は、両者のプログラムや体制の見直しを行いつつ継続する予定である。

    ここでいう地域資源情報では、地形・地質、自然、社会資本、食、産業、民俗文化などのあらゆる分野において、全国的な動向との比較によって概ね客観的に説明可能な特徴に着目した。また、それぞれの地域資源の特徴をもたらした背景・要因や、その特徴が地域に与えた影響など、地域資源同士の因果関係にも焦点を当てている。情報収集方法は、各自治体に関係する郷土資料や市町村史、地誌関係の文献、地域資源に関する全国的な動向を記した文献等の調査のほか、関係機関や有識者等へのヒアリング等による。

    このような地域資源情報の編集に当たっては、地理学、特に地誌学に関する知識が大いに役立つとの実感を持っているが、地域政策分野における地誌学の認知度・浸透度は発展途上であると思われる。このことから、本報告では対象地域における地域資源情報の編集プロセスを通じて、地域政策の立場から有用と考えられる地誌学的視点やその導入方法などについて考察する。

  • 佐藤 浩
    セッションID: P006
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    2015年ゴルカ地震(Mw7.8)の後の地表変動を,2017年2月18日と2019年3月2日に観測されたALOS-2/PALSAR-2データから生成したSAR干渉画像から判読した。これは,地震から2年が経過し,その後の2年間の変動を判読していることになる。カトマンズ北方についてはパス157,フレーム550を,カトマンズ南部については,パス157,フレーム550を利用した。その結果,カトマンズ北方についてはトリスリ川沿川に局所の地すべり性地表変動を見いだした。カトマンズ南部のヘタウダ付近では,GPSによる先行研究では,地震後1.6年間に1.5mmの隆起を観測しているが,生成した干渉画像からは,少なくとも隆起を示す余効変動は観測期間においてみられなかった。

  • 張 紅
    セッションID: 512
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    歴史的街並み景観にみられる地域アイデンティティの創出メカニズム

    Creation mechanism of residents’ regional identity in the historical street landscape

    張 紅(筑波大・院)

    Hong ZHANG(Graduate Student of Tsukuba Univ.)

    キーワード:歴史的街並み景観 地域アイデンティティ 経済性 公共性 社会性

    Keywords:Historical street landscape, Regional identity, Economic viewpoint, Public viewpoint, Social viewpoint

     歴史的街並み景観は,歴史の積み重ねの中で地域住民が取捨選択を繰り返し,作り出してきたものであり,住民の量的/質的な変化に対して敏感に反応する。そのため,現在日本において進行中の少子高齢化は,歴史的街並み景観に対しても大きな影響を及ぼし,それが顕著な中山間地域の歴史的街並み景観は崩壊の危機に瀕している。それが崩壊することは,地域アイデンティティの崩壊を意味する。景観を望ましい形で保全するためには,地域アイデンティティの創出メカニズムを知り,住民に適切な地域アイデンティティを根付かせるような方法を考えていかなければならない。そこで,本研究では,福島県南会津郡に位置する下郷町の大内宿と南会津町前沢を事例にして,地域特性の異なる2つの地区の保全方法を明らかにした上で,そこから生まれる地域アイデンティティを比較することによって,望ましい地域アイデンティティを創出する保全方法を提案することを目的とした。研究方法は,両地区の住民と行政側に景観保全の経緯や現状などを聞き取り調査し,これらに基づいて地域アイデンティティを決定する因子を抽出し,相互に比較を行い分析した。

     大内宿は宿場町で,地区を南北に走る会津西街道の両側に茅葺きの寄棟造の住居が軒を連ね,全戸の妻壁が街道に面するというような景観を呈している。前沢は山村集落で,茅葺きの曲家が集まっている。冬の北風が強くて,そのほとんどが南東向きである。

     この2つの地区では3種類の地域アイデンティティが創出されている。大内宿は,観光地化から生まれる経済効果を追求し,活気のある街並みを形成,維持することによって,「生活できる」という実感から経済的な地域アイデンティティが創出され,街並み景観を保全している。しかし,一部の景観が犠牲になり,「形だけの街並み」になりかねないという問題点もある。また,重伝建地区の意味が見失われ,地域アイデンティティの本質も見失われやすい。これに対して前沢は,住民の意見を尊重し,景観保全に重点を置き,急激な観光開発を行わなかったため,経済性に基づく地域アイデンティティが低いまま推移してきた。けれども,このように行政が住民を巻き込み,政策を実施する中で公共的な地域アイデンティティが誘導され,街並み景観が保全される。公共性による地域アイデンティティは最も有力であるが,住民意識の高揚が課題となる。政策提言の出発点への妥協や,担当者の交代による政策実施の不徹底が住民の不公平感を招き,反発が起きる恐れがある。最後に,共有意識や地区への憂慮などによって住民主体に社会的な地域アイデンティティが育まれ,街並み景観が保全されていくといえる。これには,コミュニティ内の中心的人物による牽引,または住民個々人の自覚が必要である。このような社会性に基づく保全の効果は経済性に基づく保全より強いが,少子高齢化の背景があり,現状では社会性だけに頼ることは難しい。

     結論として,地域特性や歴史的経緯が異なる大内宿,前沢では,それぞれに地域アイデンティティの創出に作用する因子(経済性・公共性・社会性)のバランスが異なるため,結果的に現地で感じる住民のアイデンティティには大きな差異が生じていると考えられる。経済性・公共性・社会性によって創出される地域アイデンティティは,それぞれ独立したものではなく,相互に関連がある。社会性による地域アイデンティティの創出が望ましいが,その主体である住民の継続的な関与が難しい状況にある中では,生活が確保されなければ(経済性),行政による誘導(公共性)を進めていくことはできない。3つのうちどれか1つに頼らずに,それぞれのメリットを最大限に発揮し,デメリットを抑え,行政と住民が一体となって複合的な対策を取ることで,当該地域の特性に合わせた地域アイデンティティが創出され,歴史的街並み景観を望ましい形で継続的に保全することができると考えられる。

  • 浜田 崇, 連 美綺, 大和 広明
    セッションID: P019
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    小学校児童への熱中症対策の一つとして,教室へのクーラーの設置があげられる.長野市では近年の気候変動やヒートアイランドにより気温が上昇していることから,児童の学習環境の改善を目的に市内の小中学校普通教室へのクーラー導入に向け,その優先順位を検討するため2018年に長野市立の全小学校における夏季の教室内温度の測定を行った.本研究では,この教室内温度のデータと百葉箱で測定された外気温のデータを用いて,長野市内における小学校の教室内温度の空間分布の特徴について報告する.

     長野市立小学校54校において,各学校の1教室に温湿度計(Onset社製:UX100-003)を設置し,30分間隔で教室内の温湿度の観測を行った.温湿度計は教室内廊下側の中央の壁(柱)で,床面から約1.5〜2mの位置に取り付けた.また,各学校の百葉箱内に温度計(T&D社製:おんどとりRTR-502L)を設置し,10分間隔で外気温の観測を行った.すべての温湿度計および温度計の器差補正を行ってある.解析対象期間は2018年7月および8月である.

     教室内温度の空間分布をみると,教室内温度は長野盆地内の学校で高く,盆地外の中山間地など標高の高い学校で低い傾向にあった.また,盆地内でも,犀川より北の長野駅周辺からその東側にかけての地域,篠ノ井や松代付近の地域で特に温度が高かった.この分布傾向は百葉箱内で測定された外気温の分布とよく似ている.

     教室内と外気温の関係は直線的であることから,教室内温度はおおむね外気温に影響を受けていると考えられる.しかし,盆地内の学校ではばらつきもみられ,この要因として校舎の構造,周囲の土地利用などの影響が考えられた.

  • 福島 義和, 西 歩夢
    セッションID: P044
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    日本の地方都市の中心市街地の衰退化が顕著である。人口減少やストロー現象などがその原因と考えられるが、イギリスと比べ一貫した地域政策の不在が指摘できる。2010年以降、地方都市圏を含めた市街地再生策として「エリアマネイジメント」の導入に期待感が高まっている。

     このエリアマネイジメント政策は一定のエリアに対し、清掃、治安維持から街並みや景観保全等の公共的サービス(公共空間)の増大により、疲弊化する中心市街地の活性化を公民連携(エリアマネイジメント組織が中核)からアプローチするものである。本研究の対象都市である地方都市新潟市の中心市街地では以下の3点が課題として挙がっており、この対応策として

    エリアマネイジメントの立ち上げなどが進行中である。

     ① 歴史的街並みや町屋の地域資源を生かした街づくり

     ② 消費者の回遊性や古町~新潟駅までの都市軸の有効性

     ③ 空き店舗や空き地の利活用と商店街のテナントミックス

     特に本発表では古町地区の実態と政策の乖離状況を報告する予定である。

  • 大和 広明, 武藤 洋介, 原 政之
    セッションID: P018
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1 はじめに

    都市特有の気候であるヒートアイランド現象やそれに伴う気圧や相対湿度の変化などを観測する際には,現象の空間スケールが小さいために多地点での観測が必要である.そのためには,多数の測器を準備する必要があるが,最も安価である小型のロガー付きの温度計でも最低1〜2万円程度かかり,気圧や相対湿度を観測するためには,別の観測測器が必要となり,金銭コストが大きくかかる.酒井ほか(2009)では独自に気象観測装置を開発し,短期間の都市気候研究のための観測に使用できるシステムを紹介している.これに対して,本研究では長期の観測に耐えるシステムを目指し,装置のIoT化および太陽光パネルからの給電を行うことを考えている.IoTによりリアルタイムに空間的に高密度な気温,湿度,気圧のデータが得られれば,短時間強雨などの局地的現象の発生要因などの解明に役立つ可能性がある.また,既製品の安価な測器では観測データの保存データ数が少ないことから,観測間隔が長くなってしまう問題点もある.そこで,IoT化の一歩手前の観測装置のSDカードに大量のデータを保存できる独自の気象観測装置を試作したので,その観測精度について発表し,発表の場にて将来的な都市気候研究への応用についても議論したいと考えている.

    2 試作型気象観測機器

    入出力(GPIO)ポートを搭載したマイコン(Raspberry Pi3 Model B+)に入出力ポートに温度・温湿度・気圧センサーを接続し, SPIまたはI2Cでマイコンと通信してマイコンのSDカードにデータを記録する気象観測装置を試作した(図,表).

    温度センサーにはサーミスタを用いて,16ビットのADコンバーターを介してSPI通信でマイコンにデータを転送する.温湿度センサーおよび気圧センサーはデジタル出力をI2C通信でマイコンにデータ転送する.観測データの記録間隔は10分であるが,マイコンとセンサーの間の通信は1分ごとに行い,10分間の平均値を記録するようにプログラムした.これは,センサーの観測誤差を少なくするためである.

    都市気候の解析に耐えうる観測精度として,温度センサーは±0.1℃,湿度センサーは±1.5%,気圧センサーは±0.1hPaを目指した.センサーのスペックおよびマイコンでの出力における分解能はこれらの精度を目指せるものであるので,センサーとマイコン間の通信においてノイズの影響を受けないように回路を設計し,既存の高精度の気象観測測器と比較することで観測精度を検証する予定である.この結果を学会にて発表する予定である.

  • 渡来 靖, 中村 祐輔, 鈴木パーカー 明日香, 中川 清隆, 吉﨑 正憲, 榊原 保志, 浜田 崇
    セッションID: 104
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    長野県長野市街地は長野盆地の北西端に広がり,その北西側には裾花川が刻むV字谷の谷口が位置する.その谷口から吹き出す強い北西風が,主として晴天夜間にしばしば観測される.我々のグループでは,この強い山風の詳細な立体構造や形成過程等を明らかにするため,2017年10月と2018年11月に2回,ドップラーライダー(以下,DL)やGPSゾンデ等を用いた集中観測を実施した.2017年10月の観測結果については2018年春季大会にて,最大で250〜300 mの厚さの山風が夜間に観測され,ピーク時には谷口から約1 km程度まで山風が侵入したことなどが示された.今回は,2018年11月に実施した集中観測で捉えた山風事例の特徴について,観測結果を中心に報告する.

    2.観測の概要

     集中観測期間は,2018年11月2日18時から3日18時までとした.2台のDL(LR-S1D2GA:三菱電機社製)を,裾花川谷口付近に位置する長野商業高校グラウンド(以下,長商;標高約390 m)およびそこから東北東約0.4 kmに位置する信州大学長野キャンパス理科棟屋上(以下,信大;標高約410 m)にそれぞれ設置した.長商DLでは,北西–南東方向に沿ったRHI走査を行なった.視線方向の距離分解能は150 mであるが,オーバーラップさせてデータ間隔を37.5 mとし,最大787.5 mまでのデータを取得した.時間分解能は約5分である.長商,信大の両地点には,複合気象センサーWS500-UMB(Lufft社製)を地上(屋上面)から約1.5 mの高さに設置した.観測項目は風速・風向,気温,湿度,気圧であり,サンプリング間隔は約1秒とした.風向風速センサーは二次元超音波式である.さらに長商においては,GPSゾンデ(iMS-100;明星電気社製)を集中観測期間中に1.5時間間隔で計17回放球し,温度,湿度および風の鉛直プロファイルを観測した.

    3.結果および考察

    集中観測期間における長商の10分平均風速・風向および最大瞬間風速の時系列を見ると,2日夕方以降3日7時30分頃まで,風向は西北西でほぼ固定され,風速は最大で3〜5 m/sと比較的強く,裾花川谷口からの山風が吹いていたと考えられる.山風は2日22時前後が極大と見られ,3日1〜2時頃にはやや弱化が見られる.長商から東北東に約1.6 km離れた長野地方気象台(標高418 m)では,夜間の風向はほぼ西風であったが,風速は測定高度(気象台では地上高18.8 m)を考慮すると長商よりやや弱い.

    2日夕方〜3日朝にかけての地上付近の温位プロファイルの時間変化見ると,地上付近の強い安定層が2日18時にすでに現れており,時間とともに成長している様子が見られる.山風ピーク時間に近い2日22時30分には,強安定層が地上から約150 mの厚さとなり,地上と上空150 mとの温位差は約7 Kに達する.22時30分の風の鉛直プロファイルを見ると,強安定層の風向はほぼ西風で風速は強く,ピークは地上高約50 mにあり約12 m/sを示す.長商DLでのRHI観測結果では,地上付近の強風層の厚さは約150〜200 m程度と見積もられる.RHIからは,強風層の厚さが谷口から離れるほど薄くなる傾向も見られた.

    今回観測された,裾花川谷口から吹き出す山風とみられる強風層の厚さは約150〜200 mであり,2017年10月の事例や他のこれまでの報告に比べてやや薄い.強風は寒気移流を伴い,寒気の強さと風速が関連していると思われ,重力流の特徴が示唆される.今後,信大DLの観測値や数値モデル結果などにより,本事例における山風の形成メカニズムを考察していく予定である.

  • 岸本 誠司
    セッションID: S105
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    ジオパークは「持続可能な地域社会へ貢献するしくみづくり」を進めるプログラムである。「地質遺産の保護」,「教育」,「持続可能なジオツーリズム」の3つが活動の柱となるが,ジオツーリズムは,観光客数の増加や経済効果といった既存観光への貢献とともに,「地質遺産の保護」,「教育」,「持続可能なジオツーリズム」のそれぞれの活動がどのように関連し合い,互いの効果を高めているのかを検討しなければ客観的な評価は得られにくい。

     ジオツーリズムの担い手はガイドである。ジオツーリズムの醍醐味は,ジオパークの理念を理解した質の高いガイドを介して,地域の地質遺産の価値や,地域の自然や社会を成立させているジオストーリーなどを楽しむところにある。児童・生徒を対象としたジオツーリズムでは,教職経験を持つガイドが「教科書と地域をつなぐ」教育的効果の高い内容のガイドを提供し,ジオツーリズムを通じてジオサイトを何度も訪問することで,それぞれのガイドが現場の小さな変化に気付くことができるモニターとして保護・保全の担い手にもなっている。さらにガイドが有する防災や安全管理に関するスキルは,ツーリズムにおいて観光客を守る「観光防災」の役割を果たす。このようにジオパークガイドには,ツーリズムのみならず,保護・保全,教育,防災など多面的な役割を期待することができる。

     「海洋プラスチック」問題が社会的な注目を浴びている。日本において海洋プラスチックを含む「海ごみ」が問題視され始めたのは1990年頃のことで,飛島をはじめとした全国の離島の現状が発端となり,2009年に超党派による議員立法「海岸漂着物処理推進法」が制定された。飛島では来年で20年目となる「飛島クリーンアップ作戦」が行われ,近年では海の環境学習と保護・保全活動がセットとなった「とびしまクリーンツーリズム」が実施されている。

     現在,飛島では避けがたい人口減少と向き合いながら,IUターンの若者たちを含む地域住民や,行政,大学,研究者,NPO,ボランティア団体,ジオパーク協議会などが協力しながら,未来志向の地域づくりに取り組んでいる。多面的な役割を担うツーリズムは,島に関わる多様な主体を吸引し,持続可能な地域社会に貢献する新しいツーリズムのかたちとして期待されている。

  • 後藤 寛
    セッションID: 505
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    Ⅰ 目的

    地域市場の特性を店舗の立地分布を通して読み解く試みの一環としてほとんどがナショナルブランドであるファッションブランドショップの立地と集積に注目する。現在のファッション市場では年齢層を基本としつつライフステージを組み合わせた顧客セグメントを想定し、それぞれにターゲットを絞ったブランド展開がされている。それを踏まえてショップ群の立地と対象とされる顧客層の居住地分布を比較することにより最終的には同じ趣味関心をもつ群の実態を捉えようとするものである。

    Ⅱ 対象とデータ

    大規模小売店舗の各企業系列は都市システムに対して各々不完全なカバーしかしないが、業態をひとつのシステムと解釈することで各ナショナルブランドの動向、立地選択の全体像の理解が可能となる。平成30年5月~7月にかけて主要アパレルメーカーのサイトの店舗リストをもとに作成した婦人ファッションショップ370ブランド14859店(ラグジュアリーブランド数53,1628店,百貨店系アパレル99,4637店,SC系228,8594店)を用いる。ここでは規模・品揃えの差は捨象してショップの有無で論じる。

    Ⅲ 分析

    販路として百貨店向けとSC/モール向け、顧客セグメントとしてヤング向け,キャリア、ファミリー,ミセスと大別されるサブマーケットごとのショップは大規模小売店舗の立地に制約されて出店するが、その立地状況の分析から、たとえばすそ野の狭いヤング向けショップは上位都市都心部への極端な集中を示して購買のための広域移動の存在を伺わせ、逆に百貨店を販路とするミセス向けはマクロには全国に均等に立地しミクロには百貨店の立地に依って各都市都心にみられるなどの特徴が指摘できる。だが百貨店の撤退後そのまま空白地帯になる例などをみても消費者分布すべてを均等にカバーするものではない。このような特性も踏まえた店舗の成立条件、それらの集積する消費の場面にみられる都市の体系を明らかにすることを目指している。

  • 猪狩 彬寛, 小寺 浩二, 浅見 和希
    セッションID: 111
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    Ⅰ はじめに

     草津白根山の周辺諸河川では、温泉排水・鉱山排水の影響を受け、酸性・高EC値の水質を示す。また、2019年1月噴火によって山体周辺に堆積した火山灰からは、今現在も、一定の濃度の水溶性成分が溶出していることが認められた(猪狩ほか 2019)。約20回におよぶ水環境調査と成分分析の結果から、草津白根山周辺水環境の水質特性・形成要因を明らかにするとともに、地質学を合わせた他火山との比較の中で、当火山の水文地理学的特徴を検討した。

    Ⅱ 研究方法

     2017年5月から2019年5月にかけて21回の現地調査を行った。調査地点は山体の東側と南側を流れる河川を中心に、約45地点ほどである。現地では気温、水温、pH、RpH、EC(電気伝導度)、流量の測定を実施した。2018年2月6日に草津町の協力の下、今回噴火が発生した本白根山東麓の火山灰の分布域・降灰量の調査、サンプリングを行った。河川水以外にも、降水や積雪、温泉水の現地調査とサンプリングを行っている。

    Ⅲ 結果と考察

    周辺河川水(白砂川・万座川流域)

     吾妻川の左岸側に位置する草津白根山を流れる諸河川には、草津温泉・万座温泉などの温泉排水や、白根硫黄鉱山跡からの鉱山排水が流入し、水質の形成に大きな影響を与えている。また発電利用の為の導水や貯水も広く行われており、こうした人為的影響による急激な水質の変化も著しく見られる。主要溶存成分としては、陰イオンではSO4Clの卓越、陽イオンではNa、Caの卓越が際立ち、温泉排水・鉱山排水の元の水質が大きく影響しているほか、吾妻川合流直前の下流域ではNaCl型の水質を示す河川もあり、処理水も水質形成要因に関係していることが示唆される。白砂川最下流地点では、中流域とは全く異なる水質となる時が多く、草津温泉地域(品木ダム)からの導水管を通した影響が、日時による導水の有無によって現れている。

    2.浅間山との比較

     火山体周辺の水環境では、最終火山活動・地質形成年代と水質との間に一定の相関があることが国内外で報告されており、同じ吾妻川に位置する浅間山でも同様の研究を行った(猪狩ほか 2018)。

     同じ吾妻川流域にありながら、草津白根山では地表近くまで熱水系が発達していることから、山体から流出する強酸性水の水質が、周辺水環境にも強く出ている。

    Ⅳ おわりに

     草津白根山を中心に、浅間山の比較の中で、水文学と地質学を融合した水文地理学的な観点で草津白根山の水質特性をまとめた。今後は採取した試料の分析を進めるとともに、地質データの収集・解析、他火山での先行研究、分析データを整理し、今回の成果に加えて考察を進める。また、水質組成比と最終火山活動との関係性に関する検討も、さらに発展させていく必要がある。

    参 考 文 献

    猪狩彬寛, 小寺浩二, 浅見和希(2019): 草津白根山周辺地域の水環境に関する研究(4), 2019年度日本地理学会春季学術大会発表要旨集.

    Francisco J. Alcalá, Emilio Custodio (2008):Using the Cl/Br ratio as a tracer to identify the origin of salinity in aquifers in Spain and Portugal. Journal of Hydrology, 359(1-2), 189-207.

  • 飯田 義彦, 手代木 功基, 藤岡 悠一郎
    セッションID: P013
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    はじめに

    トチノキ(Aesculus turbinata)巨木林の成立要因として、トチノミの利用ととともに、周辺植生の薪炭林利用のような人為的な攪乱によりトチノキが選択的に残されてきたことが滋賀県高島市朽木での事例研究により明らかにされている(手代木ほか2015)。一方で、トチノキ分布の一大センターの一つ(谷口・和田2007)である環白山地域を構成する石川県白山市の白山麓(旧白峰村・旧吉野谷村)には、国指定天然記念物であり日本最大の幹周囲長をほこる「太田の大トチ」をはじめ、15個体のトチノキ巨木が確認されている(石川県巨樹の会2008)。白山麓は、トチノキの巨木や巨木林の成立過程を理解する上で極めて重要な対象地として考えられるが、網羅的な研究蓄積はこれまで少ない。本研究では,石川県白山市の白山麓地域を対象に,トチノキの巨木や巨木林の分布状況を把握するとともに、その成立過程に影響すると思われるトチノキを含む景観タイプについて分析することを目的とした。

    方法

    既存文献のセンサス情報に基づき白山麓のトチノキ巨木の分布状況を把握した。加えて、石川県白山自然保護センターや石川県立白山ろく民俗資料館での文献収集や担当者へのヒアリング、山林利用に詳しい複数の住民に半構造的な聞き取り調査を実施した。既存文献や聞き取りによって明らかになった主なトチノキ巨木や巨木林について現地調査を行い、1/25,000地形図や航空写真を利用しトチノキ巨木を含む景観タイプを評価した。また、K集落B谷に成立するトチノキ林において毎木調査を実施し、トチノキの位置をGPSにより測定し、胸高直径を計測した。なお、株立ち個体については、個体全体の胸高断面積合計を求めた後、個体の胸高直径に換算した。

    結果と考察

    白山麓において、既存文献により確認されたトチノキ巨木のうち、半数以上は国有林内に生育しており、残りは個人所有や神社の境内地に生育している特徴がある。しかし、巨木センサス情報では、トチノキ巨木林の分布状況を把握することは困難であり、綿密な現地踏査が必要となる。

    例えば、「太田の大トチ」は、比較的平坦な場所で焼畑地として利用されてきた場所に生育しているが、現在では周囲にスギ植林地が広がり、約数十メートル離れた「子トチ」以外にトチノキ巨木は分布していない。一方で、両白山地を構成する別山道チブリ尾根や雄谷清水谷上流の千丈平での現地踏査により、既存のセンサス情報において報告されているトチノキ巨木を含む多くのトチノキ巨木が生育していることがみとめられ、比較的高い標高帯でのトチノキ巨木林の成立を確認することができた。

    ところで、手取ダム近傍のK集落に近いB谷でのトチノキ林の毎木調査から、斜面上部の礫質の傾斜地上に200個体を超える小中径木を主体とするトチノキが帯状に生育していることが確認された。B谷ではかつて焼畑耕作が行われており、人為的な植生への影響が大きかったものと推測されるが、トチノキ巨木はほとんど確認されなかった。

    白山麓に生育するトチノキ巨木は、神社境内地や出作り跡地などに比較的多く分布しているが、巨木林はむしろ焼畑地の高度限界を超える地帯において認められる傾向にある。今後は、低標高地での過去のトチノキの伐採履歴や高標高地における森林の禁伐政策などを明らかにし、白山麓でのトチノキ巨木林の成立過程を検討していく。

    付記 本研究は、国土地理協会学術研究助成「トチノキ巨木林の分布と成立要因に関する地理学的研究:文化景観としての評価に向けて」(代表 藤岡悠一郎)の一環として実施している。

  • 呉 咏楠
    セッションID: P042
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.はじめに:研究背景と目的

    近年,ビザの緩和などの原因により,外国人観光客数と消費額が急増し,インバウンド需要が高まっている.国別外国人旅行者行動特性調査によると,新宿周辺は,最も外国人訪問者数が多い場所として挙げられる.この新宿周辺のターミナルである新宿駅に着目し,インバウンド観光の実態調査及び分析をする.

    2.研究対象地域

    本研究では,研究対象地域として新宿東口を中心に周辺地域を設定した.東京の副都心新宿に位置する新宿駅の東口や東南口、新宿三丁目駅周辺を研究対象地域として選定した.この地域は,世界有数の乗降客数と外国人観光客訪問者数が集中している.研究対象地域に設定される理由としてインバウンド観光により街路景観変化が著しく変化されている.

    3.研究方法

    研究方法として以下の方法を用いる.GISを用いて新宿東口周辺地域における業種を調査し,ベースマップを作成する.

    現地調査には,建物1階の業種、建物の外観と外国人観光客向けの標識、決済方法、免税サービスの利用状況等について,現地調査を行い,対象地域におけるインバウンド観光の現状を明らかにする.現時点では,外国人観光客の主体である中国人観光客について調査を行なう.

    4.分析結果

    対象地域内全建物の種類を判明し,建物ごとの業種の分布図は、地面1階の業種を示すものになる.現時点で作成した分布図を判読し,飲食店や洋品店には集中する傾向がある.

    いままでの研究では,外国人観光客が利用する免税サービスと決済方法について調査、分析を行った.免税サービスについて,建物外部に設置する免税表示の実態を図に示す.現地調査により,言語数と表記言語の詳細について現状図を作成し,分析を行う.免税の表示は主要街路に沿って分布し,中国語を含む免税表示が多数設置した.免税不可の店舗を除く,新宿通り沿いの商業施設に免税表示が多数分布している.

    次に,決済方法に関するマップは主に中国人観光客が利用する銀聯カード(クレジット機能付もあり)と電子マネー(アリペイやWeChat Payなど)の利用現状を解析した.決済方法を示す看板の有無について分布図を作成し,分析を行った結果銀聯カード利用可能の表示が多く設置され,利用者が多い.一方,電子マネーの利用は普及段階であることが分かった.

    さらに,中国人観光客向けの免税サービスや決済方法などの観光客が利用するサービスと対象地域に立地する店舗の業種について関連性の分析を行った.免税サービス表示、決済方法表示の有無と業種には関連性があることが分かった.店舗の免税表示と決済方法表示の有無が中国人観光客の買い物する業種を限定していることが分かった.

    5.今後の研究

    現在,ドラックストアなどが販売する中国人観光客に人気のある商品について調査を行っている.中国のSNS、旅行会社、観光局のホームページなどの情報源に中国人観光客の消費動向を分析し,現地調査により,商品種類と基本情報を採取し,中国人観光客の消費動向との関係性を分析する予定である.また,対象地域の観光案内所に利用者の質問、観光案内所の対応の仕方などについて聞き取り調査を行い,中国人観光客の利用実態を分析する予定である.

    このような実態を踏まえ,新宿駅周辺地域を訪問する外国人観光客を国籍、地域別に団体旅客と個別手配旅客が行い行動によってどのような観光を行っているのかを明らかにする.

  • 熊谷 圭知
    セッションID: 405
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.報告の目的と背景

     本報告の目的は、男性性と身体の関係を、私自身のフィールドワークの知見に基づきながら、場所論の視点から再考することである。

     フェミニスト地理学の勃興とともに、地理学は(白人)男性優位の学問であると批判されてきた(Rose 1993,Blunt and Rose 1994, Longhurst 2001, Blunt and Dowling 2006) 。欧米の地理学においてはこうした批判が、斯学にすでに内在化されているが、残念ながら日本の地理学界では、その認識が共有されているとは言えない(Kumagai and Yoshida 2016)。それを阻んでいる背景の一つは、地理学に根強い論理実証主義への志向性であろう。その中では、客体と主体、客観と主観、そして観念・論理と身体・感情が分離され、前者に重きを置き、後者を排除する構造がある。本稿はそれを乗り越えるための試論を提供するものでもある。

    2.ジェンダー/男性性と身体

     フェミニスト地理学は、地理学の中で看過されてきた身体の問題に注目してきた。地理学で身体が注目される一方で、その議論が生身の身体(material body)の議論を欠いていたとするLonghurst(2001)は、Douglas(1966)の枠組みを援用しながら、女性の身体が持つ流動性(fluidity)——身体から滲出する経血、母乳…——が、境界を侵犯する特質を持つことにより、男性からの惧れや、公的場所からの排除をもたらすとする。

    男性(性)と身体の関係性には、両面価値的な性格がある。一方で、男性性(男らしさ)は、しばしば肉体的な屈強さ、身体接触を伴うスポーツ、また暴力と結び付けて語られてきた(Connell 1995)。他方で、身体や自然を女性に割り当て、男性を文化的・理性的存在とみなす二項対立が通文化的に存在する(Rose 1993; Longhurst 2001; Ortner 1974; Ortner and Whitehead 1981)。西洋文化においては、白人成人男性が身体の軛からより自由な(あるいは自らの身体的ニーズを他者によって満たされ得る)存在であるのに対し、女性や同性愛者、人種的・民族的マイノリティ、同性愛者、障碍者、老人や子供…は身体と深く結びついた存在として語られててきた(Longhurst 2001:13) 。

    もちろん男性性は時間的にも地理的も偶有的なものであり(Berg and Longhurst 2003)、男性性と身体の関係性には、空間的な変異と、時代的な変化が存在する。ジェンダーを論じる地理学者の重要な仕事は、空間や場所がどのように男性性と身体との関係性を構築・規定しているかを、現実のローカルな場所において具体的に検討することだろう。

    3.パプアニューギニアの男性性と瘢痕文身儀礼

     本報告が取り上げる瘢痕文身は、パプアニューギニアのセピック川流域の男の成人儀礼に広くみられる慣習である。腹から背中にかけて、刃物で無数の傷を彫り込み、ワニを模した瘢痕を作り出す苛酷な儀礼である。キリスト教の布教により、未開で残酷な風習として禁止された地域が多いが、セピック川南部支流域にあたるブラックウォーターの村々では、伝統文化に寛容なカトリックが布教したため、残されていた。私が1986年以来通ってきた村で、この儀礼にはじめて立ち会ったのは、2018年8月、21回目の訪問でのことだった。

     当日の報告では、この儀礼が、具体的な場所との関係性の中で、どのように執り行なわれ、それが男性性と身体の関係性をいかに構築しているか、そしてそれが場所の文脈の中でどのような意味を持ち、またその意味がいかに変容しているのかを、 参与観察に基づきながら語ることにしたい。

  • 山本 隆太, 中村 洋介
    セッションID: 528
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.課題設定

     SDGsやFuture Earthにおいて重要視されるシステム思考は,地理学および地理教育でも改めて注目されている。日本地理学会(2018)は新ビジョンにおいて,自然科学的な性格と人文・社会科学的な性格を合わせもつ総合の科学としての地理学は,諸事象の複雑な動態を帰納的に解き明かそうと試みる点や,俯瞰的な思考や関係性の解明といったシステム的見方・考え方を重視する点が特徴であるとした。自然地理学領域において岩田(2018)は,統合的自然地理学の考えを示した。地理教育では,地理総合で育む資質・能力として「地球規模の自然地理システムや社会・経済システムに関する理解」(中央教育審議会2016)と明記された。また,日本地理教育学会の地理教育システムアプローチ研究会は,地理システムコンピテンシーの育成に関する理論研究と授業実践(古今書院「地理」連載等)を進めている。こうしたシステム思考(システム的見方・考え方)を取り入れた地理学習を展開するにあたり,地理学研究者による学術的な支援が不可欠である。本発表では,自然地理学におけるシステム論に着目し,自然地理システムの学習を実現するための予備的考察を報告する。まず,自然地理学におけるシステムの議論を整理した上で,自然地理システムに関する学習の現状と課題を合わせて整理し,今後の展開に向けての論点を整理した。

    2.地理学の区分

     地理学におけるシステムの議論を進めるべく,差し当ってはドイツ語圏の地理学議論を参考にした。2000年代のドイツ語圏の地理学統合性議論において,Weichhartは第三の柱モデルを示した。この思想はその後の地理教育スタンダードを介して地理教育にも影響を与えた。とりわけ,地理学はシステム科学であることを明記し,地理教育においては地理システムコンピテンシーとして,システム的な見方・考え方を育む教育が中核的な基礎であるとした。この考えは地理教育において広く受容されている。本発表では,Weichhaftの示した第三の柱モデルに倣い,自然地理学,人文地理学,社会環境研究の3領域区分を採用した。そのため,本発表で扱う自然地理学については自然システムあるいはそのサブシステム(大気圏,岩石圏など)に限定した。そのため,人文地理学とともに,第三の柱モデルの社会環境研究に位置付けられる自然と人間の関係性や,古典的な地誌学については別途検討することとした。

    3.自然地理学における「システム」

    岩田(2018)は,統合自然地理学の構築において,システム論的アプローチの有効性を認めている。1970年代以降の自然地理学におけるシステム論を検討し,自然地理学でのシステム論的アプローチとは,形態システムにより現象の関係性を明らかにした上で,流下システムで流れを量的に解明することで検証するものとした。また,こうしたシステムにより,領域別自然地理学で達成された成果を,類型化や総合化,モデル化することで最大限利用できることを示唆した。また,その実証的な報告も行った。小泉(2018)は高山帯の植生景観を中心とした自然環境のつながりをいわゆるシステム図で示している。

    4.自然地理学習における「システム」

    中村(2019)は,以下の2例を高校地理Aで授業実践した。「地形系から海岸浸食を考える」では,土砂移動システムと各地形種間のつながりから地形変化を捉えさせた。「アムール川と親潮と漁業資源とのつながり」では,白岩(2011)を基に,各要素のつながりを地図上に示し,変化を予測させた。

    5.地理教育での自然地理システム学習の推進に向けた論点

     自然地理学の統合的な動向を踏まえ,システム思考を介して自然地理学の研究成果を中等教育の自然地理学習に取り入れる必要がある。そのための論点としては,a) 地理学者と地理教育研究者・実践者の間でえの統合自然地理学的な見方・考え方の共有,b) スタンダード化された自然地理システム図および空間的表現の双方の利用,c) 既存の研究成果の教材化,d) 人文地理システムとの共生,e) 自然地理システム内の多様なサブシステム,といった点が挙げられる。また,地理教育現場の意見としては,人文地理的要素を含めない地理授業は非常に困難であるという声もある。

  • 上村 博昭
    セッションID: 506
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1.はじめに

     日本では,人口,政治・経済的諸機能などの、東京一極集中が進んでいる.その一方で,多くの地方都市や農山村地域では,人口の過疎化や高齢化が進行し,人口減少対策や産業振興,地域づくりなどが求められている.このような状況をふまえて,近年の日本では,「地方創生」として,地方の地域特性を活かした対策を進めることが提唱されてきた.実際に,国が主導して政策を展開するなど,この問題に対して,社会的な関心が高まっていると考えられる.

     他方で,従来から,地域内の活性化や産業振興を図ってきた地方自治体は,上述の情勢をふまえて,こうした政策展開を強化していることが予想される.これらの政策は,地域内で実施される場合が多いが,それにとどまらず,大都市圏を中心として,地域内の生産物や観光資源のPR活動などを行う政策も存在する.その代表的な政策として,本研究では,アンテナショップ関連事業に着目する.

     アンテナショップは,元来,製造業などの企業が.製品の試売,ブランドイメージの浸透,顧客情報の収集などのマーケティング活動を目的として設置する店舗であるが,自治体が設置する施設の呼称としても用いられる.このうち,都道府県が設置する施設の件数が多く,規模も大きいといわれる.以上から,本研究では,都道府県アンテナショップの現況および変容を分析し,地方圏の自治体による,大都市圏での産業振興政策の実態を明らかにする.

    2.都道府県アンテナショップの特徴

    既存研究や各種の記事をふまえると,都道府県アンテナショップには,以下の特徴がある.

    立地先の選定,施設整備や運営方針については,都道府県が決定し,現場での運営業務を民間業者へ委託する.設置目的は,地域のPRや生産物の販路拡大支援などであり,施設形態は,小売店舗であることが多い.主に,各都道府県内で生産された加工食品や工芸品を販売している.一部の施設では,生産者を招いてイベントを実施するほか,レストランや観光案内を併設する施設もある.立地先は,中心性の高い地点が選ばれており,東京都区部,とりわけ中央区の銀座地区,日本橋地区や,千代田区の有楽町駅付近に集中している.他方で,年間販売額は約10億円から1000万円未満までと幅広く,施設面積も多様となっている.

    既存研究で指摘された,このようなアンテナショップの施設,ならびに政策的位置づけの変化を探るために,筆者は,2018年11月〜12月に,都道府県を対象として,アンケート調査を実施した.その結果,東京都区部にアンテナショップを持つ36道県のうち,29道県からの回答を得られた(回収率80.6%).さらに,このうちの12県に対してインタビュー調査を実施し,現況の詳細を確認している.

    なお,筆者は,2012年6月〜12月に,同様の調査を都道府県に対して実施して,当時のアンテナショップの実態を分析した.この調査結果と,今回の調査結果を比較することで,都道府県アンテナショップの変容を捉える.

    3.分析結果

     上記の分析を通じて,いくつかの変容を確認することができた.第1に,アンテナショップ数の増加が続くなかで,中央区の銀座地区,日本橋地区への集中傾向が強まっている.第2に,施設数の増加に伴って,形態は多様化している.今般,高級化を企図した施設や,飲食・宿泊機能を伴う施設などが出現している.第3に,都道府県が,アンテナショップ関連政策の見直しが始まっている.2000年以降,アンテナショップの施設数は増加している.しかし,中心性の高い地点に立地するために賃料が高いことや,都道府県の地域経済へ与える影響を測定しづらいことから,立地やコンセプトの見直しを始めた都道府県が散見される.

     本研究を通じて,都道府県アンテナショップは,国の「地方創生」政策と,直接には関係しないことが明らかとなったが,こうした社会的背景に伴って,施設数は増加し,形態は多様化した.一部の都道府県は,見直しを始めているが,当面,都道府県アンテナショップは,中心性の高い地点に立地し続けるであろう.東京一極集中のなかで,地方圏の自治体は,相互に協力しつつも,施設の規模,コンセプト,形態などで差別化を図りながら,政策的に大都市圏でのPR,販路拡大に向けた支援を進める状況にある.

  • 山縣 耕太郎
    セッションID: 226
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
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    1614(慶長14)年に松平忠輝は,関川河口右岸にあった福島城から約8km南に位置する内陸の高田に城を移した.高田城移設の理由については議論があるが,沖積平野の地形を利用して城の護りを固めるためであったと考えられる.一方で内陸の氾濫原に築城したことから,水害のリスクが生じた.ここでは,高田城の築城と地形条件との関係を明らかにし,江戸時代における水害の変遷と地形改変との関係について検討を行う.

     高田城は,高田面(高田平野団研グループ,1981)と氾濫原の境に造られている.また,高田城付近は,矢代川,櫛池川,青田川,儀明川などの支流が集まってきて関川に合流する場所でもある.この付近の氾濫原には,多くの旧流路が認められることから関川は,かつてこの付近で大きく蛇行していたと考えられる.

    高田城周辺の地形分類を行った結果をもとに築城前の流路を復元した(図1).築城時に大きく蛇行していた関川や矢代川の流路が大きく変更され,城下町の周辺に新たな流路が開削されたことがわかる.関川本流は,大きく蛇行していた部分をAおよびBの部分でショートカットして蛇行部分を閉め切り,その一部を高田城の外堀とした.儀明川の下流部および青田川の一部(E)を,人工的に開削して付け替えた. このような大規模な河川改修の結果,城の周囲が三から四重の流路や堀で守られることになった.

    高田城は,防衛のためにあえて水害の危険性が高い氾濫原に建てられた.しかし,築城後78年間は,洪水記録が見つかっていない.これは,築城時に関川の蛇行部分を直線化したことによって,この部分の河床勾配が急になり,その影響で河床が掘り下げられた結果,一時的に洪水が起こりにくくなったのではないかと考えられる.しかし,その後,元禄6年(1693)から元治元年(1864)までの171年間には,51回もの水害が起こっている.これは,平均して約3年に1回という高い頻度である.これは,江戸時代の中期にショートカットした流路から東の旧流路跡に流路が移されたことによって再び洪水が起きやすい状況になったものと考えられる.

    築城後間もない正保年間(1645-1648)の絵図を見ると,武家屋敷や町人町の分布は,全て低位段丘や自然堤防の上に限られている.当時の人たちは,氾濫原の危険性を十分認識していたものと考えられる.しかし,寛文5年(1665)以降につくられた松平光永時代の絵図を見ると,城下町が氾濫原にまで広がってきている.おそらく築城時から18世紀末までの78年間には,ほとんど洪水が発生しなかったことから,安心して氾濫原まで城下町を広げてしまったのであろう.しかし,その後の松平越中守時代(1700年代初め)の絵図では,この時期に増えた住家の描写がすべて消えている.おそらく,この間に起こった水害で壊滅的な被害が生じたのであろう.

  • 常田 公和
    セッションID: 203
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/09/24
    会議録・要旨集 フリー

    2018年7月の西日本豪雨で倉敷市真備町の浸水被害について、バックウォーター現象を念頭に越水や決壊につき、地理院地図による標高の表示や、被災後の空中写真などを活用し、如何なる過程で発生したかを考察した。

    箭田橋付近の決壊は、3つの決壊があり、内2つには関連性があり小田川の堤防の決壊要因を考察した。原状の確認にはグーグルのストリートビューを使い要因の推定に用いた。

    末政川の決壊は、同じ場所の両岸が決壊しているが、目撃情報によると時間をおいて発生した。先に決壊した右岸の要因は、堤防が周辺より低いことによる越水と判断された。対岸の堤防は標高が高いので越水以外の要因を考えた。右岸が先に決壊したことより、洗掘されやすい状態になった上、古くからある水路が末政川の下を通っていることから、流れ出る水流がおき護岸の下を洗掘して決壊に及んだであろうと考えた。

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