1. 本発表の背景
日本学術会議(2007)は当時の防災体制に懸念を示し、短期的経済重視の姿勢から長期的安全確保を最優先とする方向への「パラダイム変換」の必要性を答申した。2011年東日本大震災はその証左であり、2019年からのコロナ禍でも同様の問題に直面している。
東日本大震災を引き起こした地震と津波は、発生直後には「予測不能」として扱われたが、実際には対策上の「想定外」だった。これにより回復不能な原発事故や、多くの人命を失う結果を招いたというのが東日本大震災の本質である。
地理学が今後ハザードマップに責任を持つのであれば、「想定のあり方」に対する社会的議論に真剣に向き合う必要があり、教育にも反映させなければならない。「予測」と「想定」は区別すべきという教訓も忘れるべきではない。
2. 東日本大震災の「想定外」
2-1.科学的予測
日本海溝ではM9が起きにくいとする「比較沈み帯モデル」と、宮城〜福島県沖においてはM8クラスの歴史地震も記録されていないということが地震前には重視されていた。しかし2002年に地震本部は、福島県沖だけM8が起こらないと考える理由はないとして、歴史に残る貞観地震の津波堆積物調査を集中的に実施し、2011年2月には大津波500年周期説を取り纏めていた。予測が対策に間に合わなかったという見方もある。しかし、地震発生があと10年遅かったとしても、「想定」に加えられていただろうか?
歴史記録や観測記録などの直接証拠がない地震・津波は防災対策に活かされにくい。自然地理学が提示する古地震や活断層は間接証拠として扱われる。間接証拠をどこまで重視するかは法的にも明確ではない(Suzuki, 2020)。
Nakata et al., (2012)は、日本海溝沿いに多くの海底活断層が分布することを明らかにした。これはおそらく深部のプレート境界面から分岐するもので、陸域の活断層とは解釈上の違いがあるが、過去の地震の痕跡であることは間違いない。こうした情報を地震ハザード評価にどれだけ活かせるか地理学者にも責任がある。
2-2.防災上の想定の問題点
「予測」の説明責任は科学にあり、「想定」の判断責任は行政にあるとも言われる。用語と責任の所在を明確にする必要がある。
また、「想定」の基本は「既往最大」である。地震直後には「理論上最大」まで考慮すべきという議論があったが、その必要性と妥当性には疑問がある。今一度基本は「既往最大」として、それをどう決めるかを整理すべきである。従来通り、直接証拠があり否定しがたいものだけを「既往最大」とするのではなく、間接証拠から可能性が高いと判断される事象までを既往最大とすべきではないか。経済との相克のなかで、明確な答えを出すハードルは高いかもしれない。
近年、行政における防災の道筋はある程度明確になったが、絵に描いた餅ではいけない。①ハザードマップを作り、②自らの危険性を知り、③対応を考え、④適切な行動をする、というのは防災の正攻法であるが、重要なことはそれぞれの段階がしっかり機能しているかを点検することではないか。
3. まとめ
いま求められることは、俯瞰的な点検である。短期的経済中心の価値観からのパラダイムシフトを遂げることも重要であり、それに貢献できる防災教育に対して地理学は責任を持っている。
文献
日本学術会議(2007):答申「地球規模の自然災害の増大に対する安全・安心社会の構築.」
Suzuki, Y., 2020. Active Faults and Nuclear Regulation:Background to Requirement Enforcement in Japan, Springer.
Nakata et al., 2012. Active Faults along Japan Trench and Source Faults of Large Earthquakes, Proc. Intl. Symp. Engineering Lessons Learned from the 2011 Great East Japan Earthquake. 254-262..
抄録全体を表示