日本地理学会発表要旨集
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  • 中村 努
    セッションID: S709
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ.はじめに

     従来の地理学は,経済空間や公共空間,生活空間といった別個の空間を対象としてきた。それぞれの空間の主要なアクターとして,市場(民間企業),公的機関,家族やボランティアが位置づけられ,個々の行動原理とその空間的帰結が議論された。しかし近年,いずれの空間においても満たされない多様かつ個別化する生活ニーズが増えてきた。ここで対象としたいのは,個々の空間では対処しきれないが,複数のアクターが協同して潜在的な生活ニーズに対応することで事業化を目指す動きである。こうした従来の個別の空間とは異なり,複数のアクターがそれぞれの強みを発揮して,協同で生活を支える空間を「協同空間」と呼ぶ。

     地縁・血縁に基づく支援が期待しにくい都市部では,核家族化やコミュニティの希薄化による社会的孤立問題がケアニーズとして潜在化しているとされ,多様なアクターの協同によって対処しうる。そこで,本発表は,都市部のケアニーズに対応している愛知県豊明市のケア供給体制を事例として,協同空間の可能性と意義を論じてみたい。

    Ⅱ.豊明市におけるケア供給体制の展開過程

     豊明市は愛知県のほぼ中央に位置する名古屋市のベッドタウンである。前期高齢者に人口の山があり,今後10年間で後期高齢者の急増が予想されるという地域特性をもつ。医療資源は豊富であるが,訪問系の介護資源に乏しく,介護行政を担う自治体にとって,高齢者を中心に在宅生活のための環境整備が課題となっている。

     こうした課題は市内の組織や企業にとって共通している。藤田医科大学では,地域包括ケアを教育に導入するため,2012年に豊明市と包括協定を締結した。新設された地域包括ケア中核センターは,医療介護の連携支援の拠点と位置付けられたが,住まいや予防,生活支援の拠点整備が課題であった。そこで豊明市と,団地の空き家対策や高齢化に苦慮し,医療福祉拠点整備を目指すURの三者が連携し,2015年に「ふじたまちかど保健室」を設立し,健康相談や介護予防の拠点とした。2016年以降,隔週で開催されている「多職種合同ケアカンファレンス」は,保健室の拡大版ととらえられており,中核センターが設置した豊明東郷医療介護サポートセンターと豊明市によって共同で運営されている。実事例から,生活課題や自立支援の手法が医療介護専門職,行政や民間企業に共有される。生活支援コーディネーターは毎回出席しており,回数を重ねるごとに地域資源への理解と課題解決能力の向上が図られる。

     また,一人の困りごとをお互いに支えあう取り組みである「ちゃっと」は,市と3つの協同組合との共同運営によって,2017年に開始した。「ちゃっと」に配置された6人の生活支援コーディネーターが窓口となり,新規の利用希望には自宅を訪問したうえで生活サポーターに支援を依頼する。利用はチケット制で30分以内は250円で利用できる。豊明市には従来,協同組合が核となった住民主体の支え合いの仕組みがあった。そのため,市長のリーダーシップのもと,医療生協が事務局となって,事業開始当初から200人の生活サポーターが登録した。依頼内容はゴミ出しや除草,買い物・通院支援が多いが,処方薬の受け取り代行もみられる。利用者の同居家族への支援も可能である。

     加えて,豊明市では交通弱者対策を行うアイシンなど,18の民間企業と公的保険外サービスの創出・促進に関する協定を結んでいる。いずれの協定内容も地域に密着した健康寿命の延伸につながる活動としてとらえられている。

    Ⅲ.協同空間の意義と可能性

     自治体は地域の課題を熟知し,既存の支え合いの仕組みや企業活動を生かしながら,市民の生活を支える,ローカルな協同空間のプラットフォームを下支えしている(図)。とりわけ,住民のニーズの精確な把握と関係者間の共有を可能とするコーディネーターの存在が,各アクターの強みを発揮した,行動原理に基づく目的の追求を可能にしているものと考えられる。

  • 田部 俊充
    セッションID: S201
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本シンポジウムのテーマは「次期改訂に向けての小中高地誌学習の新たな方向性」で,第45回地理教育公開講座として開催する。2023年春季学術大会シンポジウム(第43回日本地理学会地理教育公開講座)においては,①小学校において系統地理学習が重要視され,地誌学習が十分には位置づけられていないために中学校から本格的な地誌学習が開始されるという課題,②グローバル化する社会において,特に世界の学習に関しては,小学校のより早期から世界地誌学習を位置づけ,基礎世界像の形成を充実させることが望まれる点,③中学校・高等学校での動態地誌的学習を推進し,事象の関連性が解明できる地誌学習とする点,④「個別最適な学び」と「協働的な学び」などを志向した最近の中央教育審議会答申の議論を踏まえる点,とくに方法としてICTを活用する点などが提案された。第45回地理教育公開講座のテーマも「次期改訂に向けての小中高地誌学習の新たな方向性」としたい。日本地理教育学会小中高一貫地理教育カリキュラム研究会(2022年度~ 吉田剛代表)では一貫地理教育カリキュラム理論の構築を目指して,一貫軸とそれらの関係性や実践的知見などの議論の掘り下げを行ってきた。研究会の成果を加え,さらに議論を深めたい。

  • 高橋 直也, 石村 大輔, 太田 凌駕, 荒井 悠希, 山根 悠輝
    セッションID: 814
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    研究背景

    河床材料の形状は粒子の運搬条件を規定しており, 基盤岩石の力学的な特性や,流域内での土砂生産過 程を反映する.河道における下流方向への粒子形状 の変化は,単純な傾向(例えば,ステルンベルグの 法則)を示さないことがあるため,河道の幾何特性 や土砂生産過程との関係性を明らかにすることが河 川地形の発達を考える上で重要となる.粒子形状の 変化傾向を検討するには,地質が比較的単純な地域 を対象に詳細な計測を行うことが望ましく,粒径に 加えて粒子の円磨度を定量することで,河床材料の 生成・輸送過程をより精緻に議論できるようになる だろう.そこで本研究では,青森県津軽山地の母沢 において河床材料の粒径と円磨度を岩種ごとに計測し,流域地形の形成過程を粒子形状の変化傾向から 検討した.

    対象地域・手法

    母沢は津軽山地の玉清水山から西に流下する河川で あり,源流部から下流に向かって約4 kmの区間を調 査対象とした.この区間の上流側には玄武岩類が, 下流側には硬質頁岩が分布し,ダムや擁壁などの構 造物は存在しない.この区間において15地点で粒径 の計測を行い,そのうち6地点で円磨度を計測した. 粒径は,各地点で100–200 m程度の区間に存在する複 数の砂礫堆を対象として線格子法で計測し,その区 間の代表的な粒径が得られるようにした.各地点で 300粒子以上の中間軸を計測し,岩種ごとに粒径と存 在比を求めた.その結果14地点において頁岩の計測 数が100に満たなかったため,同じ手法で頁岩の計測 数が100になるまで計測した.円磨度については,4 粒度階(2–4 mm, 4–8 mm, 8–16 mm, 16–32 mm)の粒 子をふるい分けして採取し,画像解析(Zheng and Hryciw, 2015; Ishimura and Yamada, 2019)によっ て計測した.同様の調査を支流,崖錐において実施し,支流由来の粒子と,斜面から河道へと直接供給される粒子の形状について検討した.

    結果・考察

    河床材料の粒径および円磨度の変化傾向は,岩種に よって異なり,玄武岩類の粒子は,D30以上の粒径ク ラスで下流細粒化し,それよりも細粒のクラスはほ とんど変化しなかった.円磨度は,粒度によって傾4.向が異なっていた.16–32 mm,8–16 mmの粒子は上流 側の4地点において円磨度がほとんど変化せず,玄武 岩礫を含む支流から比較的円磨の進んだ粒子が流入し た後に円磨度が増加した.4–8 mm,2–4 mmの粒子は流 下方向に向かって円磨度が一度増加したのち徐々に減 少した.その後,最下流の計測地点に向かって少し円 磨度が増加したが,その増加量は8 mmより大きい粒子 の変化量よりも小さかった.これは,粒子の破砕によ って生まれた低円磨度の粒子は,粒径の小さいものが 多いことが原因だと考えられる. 頁岩粒子の粒径は,上流から5番目の調査地点より上流ではほとんど変化しないのに対し,それよりも下 流にいくにつれて徐々に増加する.粒径が増加し始 めた地点は,頁岩が渓岸に広く露出し始める地点と概ね一致する.これは,粗粒物質が渓岸から継続的に供給された結果,頁岩の粒径が全体的に増加した ことを示唆する.円磨度は,全粒度について最上流で急増するが,頁岩が広く露出し始めるとあまり変化しなくなった.粒径の変化と同様に,斜面から供 給される粒子の影響を強く受けたことで平均円磨度があまり変化しなくなったと考えられる.最下流の 計測地点では,粒径8 mm<の粒子の円磨度が増加した 一方で,8 mm未満の粒子の円磨度はあまり変化しな かった.玄武岩と同様に,破砕によって生まれる低 円磨度の粒子の影響が粒度によって異なることを示 唆する.

    まとめ

    山地河川の源流部では河道を運搬される堆積物の総 量が比較的少ないため,粒子形状の変化要因が狭い 範囲内で変化する.本研究の結果は,岩種ごとに粒 子形状の変化が大きく異なることを意味しており, その原因を明らかにする上では,粒径と円磨度の変 化を同時に調べることが有用である.

    謝辞 本研究は,公益財団法人国土地理協会2022年度学術研 究助成を受けたものである.文献.Ishimura and Yamada (2019) Scientific reports, 9, 10251. Zheng and Hryciw (2015) Géotechnique, 65(6), 494-506.

  • 大和田 春樹, 大和田 道雄, 三輪 英
    セッションID: 212
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    研究背景・目的

     地球温暖化に伴う近年の異常猛暑や山火事,洪水,干ばつなどの異常気象は,世界各地で頻繁に報告されている。その原因が温室効果ガスの排出によるものであることはIPCCや環境省の報告でも明らかである。しかし,これらの研究は,地球規模での研究が中心であるため,人々が生活する身近な地域の変動を反映しづらい面がある。

     そこで,本研究会では,地球温暖化に伴う気温上昇の過程を,気象庁のアメダスデータだけでなく,気象観測を併用することで,日本の地域の気候学的特色を明らかにしてきた。特に,人口の集中する都市部では,ヒートアイランドの形成が都市の高温化に拍車をかけており,近年では矢作川中流域で海陸風の影響を受ける愛知県安城市や,矢作川上流域で内陸の盆地に位置する豊田市のヒートアイランドが夏の暑さに及ぼす影響を調査してきた。

     研究対象地域である愛知県一宮市は,木曽川中流域に位置し,市街地を対象にした夏季の早朝及び日中の移動観測により,市街地中心部に高温域が出現することを明らかにした。また,猛暑日(最高気温35℃以上)や異常猛暑日(最高気温37℃以上)の出現日数は,一宮市で近年増加傾向が顕著であることも示したが,季節毎の特徴は確認できていなかった。

     したがって,本研究では,2015年に一宮市内に設置したデータロガーの気温データをもとに,一宮市の気温分布の実態を気圧配置ごとに調査し,海陸風との関わりを含めヒートアイランドの出現特性を季節別に明らかにすることを目的とする。

  • 山本 卓登
    セッションID: 332
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I 研究の背景と目的

    現代日本の中山間地域における主要な問題の1つに,自家用車の自由な利用ができない者の移動手段や移動機会の確保の問題がある.公的部門は,事業者に対する補助金を交付してサービスレベルや路線の維持を図る,自身を運行主体とする代替の交通サービスを提供するなど様々な対策を行ってきたが,根本的な問題解決には至っていない.こうした問題に関しては,実際に施策が行われている各市町村(あるいは旧市町村)を事例として取り上げ,現状や成果,課題について明らかにする研究が進められてきた.しかし,地域住民の移動手段・移動機会の確保が局所的問題でないことは広く認識されている一方で,課題や対応の現状を単独市町村よりも広い範囲で把握する試みは不足している.本研究では利用可能性(availability)に着目し,長野県における振興山村指定地域における公共交通サービス供給と利用可能性の実態を,GISを用いた分析から明らかにする.

    II 分析手法

    山村地域の公共交通の主たる担い手であるバスに関するGISデータは長らく更新されておらず,研究の可能性が極めて限られていたが,2023年に国土数値情報バス停留所データの更新が行われ,2022年作成のデータの入手が可能となった.また,人口データに関しても国勢調査基本単位区境界データのオンライン公開が始まり分析が容易となった.本研究においては,国土数値情報バス停留所データと自治体公開の自治体が供給する交通サービスの情報(2023年10月時点)を中心に,長野県内振興山村指定地域で供給される乗合交通について,デマンド交通に関しては供給範囲のデータとして,定時定路線の交通に関しては停留所データとして整備を行った.定時定路線の停留所データから経路距離バッファを発生させ,デマンド交通供給範囲と合わせ,乗合交通の利用可能な地域のデータとした.このデータと2020年国勢調査基本単位区データを重ね合わせ,利用可能性に関する分析を行った.またタクシーに関しても,最新年次のタウンページを基に事業者の拠点に関するデータを整備し,経路距離バッファを発生させることで利用可能性に関する分析を行った.なお,ネットワークデータは数値地図(国土基本情報)に収録されている道路中心線データを用いた.なお,本分析の途上において,国土数値情報におけるバス関連データには,データ整備上の問題点が複数観察され,自治体公開のデータや過去の停留所データを参照し,対応を行った.このデータ整備上の問題および背景に関しては別の機会に報告を行う予定である.

    III 分析結果

    乗合交通について,歩行可能距離を1000mとした場合の人口カバー率は99.81%となり,ほぼすべての国勢調査基本単位区で乗合交通が利用可能と判断できる.さらに,カバーされない基本単位区は,スキー場や山岳観光地が中心の基本単位区,居住型福祉施設のみ存在すると考えられる基本単位区,がほとんどであり,これらに該当しない基本単位区の人口は10に過ぎない.縁辺部の集落であっても一般の住宅が存在する集落に対しては,現状としては何らかの乗合交通が供給されることがほとんどであると言える.ただしこの分析においては,運行頻度や時間帯を捨象しており,サービスレベルが捨象されている点に注意が必要である.こうした点を踏まえると,移動手段の確保の必要性に関しては実務上の合意があり,移動手段・移動機会の確保に関する問題の焦点は,保障すべき移動機会と現実の供給実態の関係性,民間サービス縮小時の公的部門による供給への移行の問題,公的部門による供給の安定性(特に財源やノウハウ)の問題,にあるように思われる.一方で,タクシーに関しては事業拠点が都市部に集中していることから,利用可能性の低い基本単位区が多く検出された.また,こうした基本単位区は,自治体が供給するデマンド交通の供給範囲に含まれないことも多く,時間帯や経路が比較的自由なタクシー型交通の利用可能性が極めて低い地域があることが明らかとなった.

  • 近藤 祐磨
    セッションID: 805
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに

     本州・四国・九州における主な海岸マツ林は,海岸部の集落・田畑に対する防災・減災を主目的として,近世以降,藩や有力農民,行政によって計画的に造成・管理されてきた.海岸マツ林は,同時に周辺住民によっても,高度経済成長期まで生活燃料や肥料などの資源供給地として利用されてきた.その後,住民による利用とそれに伴う人為的攪乱が減ると,植生遷移や激害型感染症(マツ材線虫病)によるマツ枯れが拡大した.しかし近年,景観上の変化への憂慮や環境意識の高まりにより,海岸マツ林の意義の再評価と,管理・保全の活性化,新たな形での利活用の模索が広く行われるようになった.本報告では,海岸マツ林をグリーンインフラととらえ,そこで行われる利活用の内容や背景を概観する.そのうえで,その意義や影響を,生態系サービス(①供給,②調整,③生息地・基盤,④文化的)という観点(一ノ瀬2021)から考察する.

    Ⅱ 利活用の内容とその背景

     海岸マツ林の利活用には,保全活動で発生する落葉落枝や松かさなどの副産物を活かすタイプと,マツ林そのものを利活用のフィールドとするタイプとに大別され,それらが両立する場合もある(岡田 2020; 児玉 2021).

     前者の例として,保全活動で発生する副産物を堆肥や炭,燃料,あるいは加工して洗剤や化粧品,食品などの商品に再資源化したり,アート作品の材料にしたりすることが挙げられる.

     後者の例として,ウォーキングや散歩,自然観察や保全活動などを通した公教育や私教育,アート,スポーツ,その他遊びが挙げられる。その場合の主体は,個人から住民・市民団体,そして自治体や学校など幅広い.林内の生態系に親しんだり,自由な発想で遊んだりすることを通じて,海岸マツ林の機能や重要性を理解することにもつながる.

     以上のような海岸マツ林の活発な利活用の背景を立場に分けて考える.まず,住民・市民の立場では,かつて資源採集の慣習があった時代とは異なり,松葉かきや下刈り・集草などを通した林の保全そのものが自己目的化する可能性のある現代において,終わりなき任意による人為的攪乱を持続させる動機づけや楽しみが必要となるためと考えられる.加えて,保全活動の参加者の確保につなげるためでもある.

     一方,行政や企業の立場では,海岸マツ林を地域の象徴として位置づけた地域活性化や,エシカル消費や企業の社会的責任(CSR)に対応した新たな商機が見いだされたためと考えられる.とくに地方自治体では,農林系とは異なる産業振興系などの部署が担当することも多い.

    Ⅲ 利活用の意義・影響

     海岸マツ林の活発な利活用の現状を,生態系サービスという観点から考える.高度経済成長期以降,住民・市民から見放されてきた海岸マツ林に再び注目が集まることで,生態系減災(Eco-DRR)を中心とする②調整サービスや,より広く③生息地・基盤サービスのみならず,保健・休養を含む④文化的サービスもより広く理解される好機となることが期待される.

     一方で,留意すべきこともある.現代の利活用のあり方は周辺住民による生活と密接に関連していた頃とは大きく異なり,全国企業も含めて一部に市場化の動きもみられる.それに対応して,現代において少しでも①供給サービスとしての経済的価値を海岸マツ林に見出し,利益の一部を海岸マツ林の管理・保全に充てるなどの循環的な仕組みの構築も目指されている.しかし一般に,経済的なメリットがない限り企業による長期的な関与は期待しにくい.加えて,そもそも多面的な公益的機能を果たす林で私的利益を得ること自体の是非や,権利上の課題も残る.

     海岸マツ林は,海と人間の生活圏の間にある緩衝地帯であり,②調整サービスが第一の機能である.①供給サービスや④文化的サービスとしての利活用は,あくまでも従たる機能であることに留意が必要であろう.ただし,むろんこれは管理者側からの視点であって,利用者としての住民・市民の側からは,自らも②調整サービスの受益者であるとはいえ,認識されづらい.海岸マツ林の管理にあたっては,①供給サービスや④文化的サービスの利用者である住民・市民に等しく公平に開かれて,かれらの自由な発想が可能な限り尊重されると同時に,海岸マツ林による②調整サービスや③生息地・基盤サービスが損なわれずに発揮されることの両立が求められる.

  • 小中高一貫地理教育カリキュラムを構築するために
    河本 大地
    セッションID: S203
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ.はじめに

     本研究の目的は、小学校・中学校・高等学校の地理教育カリキュラムを、「地誌」と「系統地理」の二者の関係で一貫してとらえることである。

     地理学は古典的に、地誌学と系統地理学(自然地理学と人文地理学からなる)からなるとされることが多い。学校教育における地理教育は地理学教育ではない。しかし、特に中学校と高等学校については、「地誌」と「系統地理」という異なるアプローチを組み合わせたカリキュラムの策定が意識されてきた。

     とはいえ、地誌と系統地理とは、それぞれ独立して機能するわけではない。系統地理は、各地の事例を参照しながら組み立てられる。地誌では、特定の地域のさまざまなテーマ・事象を複眼的にみて地域の特性を理解する。

     そこで本研究では、表1で示した小中高の社会系教科の学習指導要領における地理関連の内容を中心に、両者の関係を把握する。

    表1 小中高の社会系教科の学習指導要領における地理関連の学習内容

    小学校 生活 1・2年

    〔学校,家庭及び地域の生活に関する内容〕

     (1) 学校生活に関わる活動

     (3) 地域に関わる活動

    〔身近な人々,社会及び自然と関わる活動に関する内容〕

     (4) 公共物や公共施設を利用する活動

     (5) 身近な自然を観察したり,季節や地域の行事に関わったりするなどの活動

     (8) 自分たちの生活や地域の出来事を身近な人々と伝え合う活動

    小学校 社会 3年

    (1) 身近な地域や市区町村の様子

    (2) 地域に見られる生産や販売の仕事

    (3) 地域の安全を守る働き

    (4) 市の様子の移り変わり

    小学校 社会 4年

    (1) 都道府県の様子

    (2) 人々の健康や生活環境を支える事業

    (3) 自然災害から人々を守る活動

    (4) 県内の伝統や文化,先人の働き

    (5) 県内の特色ある地域の様子

    小学校 社会 5年

    (1) 我が国の国土の様子と国民生活

    (2) 我が国の農業や水産業における食料生産

    (3) 我が国の工業生産

    (4) 我が国の産業と情報との関わり

    (5) 我が国の国土の自然環境と国民生活との関連

    小学校 社会 6年

    (3) グローバル化する世界と日本の役割

    中学校 社会 〔地理的分野〕

    A 世界と日本の地域構成

     (1) 地域構成(① 世界の地域構成 ② 日本の地域構成)

    B 世界の様々な地域

     (1) 世界各地の人々の生活と環境

     (2) 世界の諸地域(① アジア ② ヨーロッパ ③ アフリカ ④ 北アメリカ ⑤ 南アメリカ ⑥ オセアニア)

    C 日本の様々な地域

     (1) 地域調査の手法

     (2) 日本の地域的特色と地域区分(① 自然環境 ② 人口 ③ 資源・エネルギーと産業 ④ 交通・通信)

     (3) 日本の諸地域(① 自然環境を中核とした考察の仕方 ② 人口や都市・村落を中核とした考察の仕方 ③ 産業を中核とした考察の仕方 ④ 交通や通信を中核とした考察の仕方 ⑤ その他の事象を中核とした考察の仕方)

     (4) 地域の在り方

    高等学校 地理歴史 地理総合

    A 地図や地理情報システムで捉える現代世界

     (1) 地図や地理情報システムと現代世界

    B 国際理解と国際協力

     (1) 生活文化の多様性と国際理解

     (2) 地球的課題と国際協力

    C 持続可能な地域づくりと私たち

     (1) 自然環境と防災

     (2) 生活圏の調査と地域の展望

    高等学校 地理歴史 地理探究

    A 現代世界の系統地理的考察

     (1) 自然環境

     (2) 資源,産業

     (3) 交通・通信,観光

     (4) 人口,都市・村落

     (5) 生活文化,民族・宗教

    B 現代世界の地誌的考察

     (1) 現代世界の地域区分

     (2) 現代世界の諸地域

    C 現代世界におけるこれからの日本の国土像

     (1) 持続可能な国土像の探究

    河本・牛垣・金田(2023)の表を一部修正して転載。

    Ⅱ.方法

     表1に示した教科・分野・科目について、それぞれ採択率1位・2位の教科書を対象に、「地誌」と「系統地理」の学習内容のマトリックスを作成する。地誌の項目は、中学校の指導要領にある世界の諸地域と日本の8地方区分に、「身近な地域」を加えた形とした。系統地理の項目は、日本地理学会編(2023)の第Ⅱ部「自然領域―自然地理学」と第Ⅲ部「人文領域―人文地理学」の各節(気圏、水圏、経済関連、社会関連など)を基本にした。うまく収まらない内容は、第Ⅰ部「地理学の基礎」と第Ⅳ部「地理学の応用と現代的課題」の節構成を参考に「地図・GIS」「地理学のフロンティアと環境システム」「災害・防災・復興」「観光・ツーリズム・余暇活動」などの項目を設け、位置づけた。

    Ⅲ.結果と考察

     小学校における「身近な地域の学習」は、その後の地誌学習における地域比較の基盤となる位置づけにある。他方、中学校における「地域調査の手法」「地域の在り方」や、高校「地理総合」のAやC(2)も「身近な地域」を主な対象としており、よく言われる「同心円的拡大」だけでは説明がつかない。その他については当日報告する。

    文献

    河本大地・牛垣雄矢・金田啓珠 2023.地理学の体系と小中高一貫地理教育カリキュラムとの関係を探る試み.地理,68(12): 86-93.

    日本地理学会編 2023『地理学事典』古今書院.丸善出版.

  • 川久保 篤志
    セッションID: 506
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     わが国のワイン消費は、赤ワイン人気に牽引された第6次ブーム(1997~98年)以降は低迷していたが、2012年からは日本ワインの消費拡大もあり、第7次ブームが到来して国内製造量は高水準で推移している。では、日本ワインブームは継続できるのか。その鍵を握るのは醸造用ぶどうの増産だが、わが国の果樹作は従来から生食向けが中心で、ぶどうでもワイン専用種の栽培は限定的であった。そこで本研究では、近年の醸造用ぶどうの増産実態とワイナリーへの供給構造を検討し、日本ワインブーム下で生じつつある原料調達における構造的問題を明らかにする。

    2.日本ワインブームと醸造用ぶどう栽培の成長

     2000年代の醸造用ぶどうの出荷量の推移を生食兼用種(甲州・マスカットベーリーA・ナイアガラ・コンコード等)と加工専用種(メルロー・シャルドネ等)別みると、日本ワインブーム下で出荷量を伸ばしたのは主に兼用種で、専用種の伸びは緩やかである。しかし、2015年以降は専用種が減少傾向に転じる一方で、専用種は増加傾向を続けている。中でも長野県では専用種の出荷量が長期的に継続しており、全国の40%近くを占めるまでになった。そこで以下では、長野県における醸造用ぶどうの栽培とワイナリーへの供給実態について、老舗の大手ワイナリーが集積する塩尻市と、新興の小規模ワイナリーが集積する東御市を事例に分析する。

    3.長野県における醸造用ぶどうの供給構造

    1)塩尻市における大手ワイナリーの原料調達の実態

     塩尻市には、中央・地元資本の大手ワイナリーが計6社あるが、原料ぶどうの大半は地元農家との契約栽培で調達しており、面積でみた自社園の割合は約30%(2019年、塩尻市農林課資料)に過ぎない。また、6社の原料ぶどう使用量は2019年をピークに若干減少傾向にあり、品種的には兼用種であるナイアガラが2022年までの過去5年で30%以上減少する一方で専用種は増加しているが、自社園で栽培している品種の80%以上は専用種である(2019年)。したがって、近年の兼用種の減少は主に契約栽培の減少に起因しているといえるが、その主要因は①農家の高齢化、②兼用種の耐病性の低下(粗放的栽培の困難化)、③シャインマスカットなど高収益品種への転換であり、構造的問題といえる。これに対して6社は自社園を拡大しているが、契約栽培の減少を補うには至っていない。

    2)東御市における新規参入者の醸造用ぶどう栽培の実態

     東御市には、2003年以降に開業した小規模ワイナリーが14社ある。筆者のアンケート調査(2023年2月、回答数5)によると、原料ぶどうは基本的に自社園(1社平均400a)から調達しており、主要栽培品種5種の中に兼用種を挙げたワイナリーはなかった。園地の75%は元荒廃園・遊休地であり垣根栽培を行っている点でも、塩尻市の契約栽培農家とは異なっている。また、醸造用ぶどうを栽培し、ワイナリーに委託醸造して自家ワインを販売する農家(通称ヴィンヤード)も11はあり、筆者の聞き取り調査によると(2023年11月、回答数9)、栽培面積は1農家平均200aで兼用種の栽培は皆無であった。やはり園地の大半は元荒廃園・遊休地だが、過去4年以内の開園地が60%を占めており、今後、成園化する中で収穫量が急増する可能性が高い。

    4.おわりに

     以上のように、日本ワインブーム下の長野県では兼用種の栽培が減少する一方で専用種の栽培が増加傾向にあるが、産地ではどのような支援策が取られているのか。発表当日は、行政の園地整備をはじめとする支援策にも言及しながら、今後の醸造用ぶどうの供給構造の変化を展望する。

  • 中川 清隆
    セッションID: 211
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    中川ほか(2003)は,新潟県上越市の上越科学館屋上におけるドップラーソーダ観測に基づく1997/10/09~2001/11 /25の海風侵入時刻海風侵は日出後4.5時間を中心にして起こるが,日出時気温(ほぼ日最低気温に等しいと見做せる)が海水温 を上回らない限り海風侵入は発生せず,昇温の熱源が日出後の日射量 であり,前日降水量が熱容量を増加させ,地衡風風速が向い風か追い風かで海風侵入時刻が影響を受けることを示した. 海水温には上越水族博物館の取水海水温を用いたが,終日海風を示唆する日が頻発し,海陸風を支配する海水温としての広域代表性に懸念が残った.

     2018/8/7,気象庁は,1982/1/1~の毎日の上越沿岸域海面水温として,衛星・ブイ・船舶観測値から求めた日別海面水温解析値(緯度経度0.1度格子)の第317海域28格子点の面積加重平均値の公開を開始した.一方,海上保安庁日本海洋データセンター(JODC)定地水温データが2002~2009年の上越水族博物館の取水海水温を公開している.1997~2009年の両海水温データの比較・検討を行った結果の概要を報告する.

  • 石村 大輔, 馬場 俊孝, 近貞 直孝
    セッションID: P023
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     2010年ハイチ地震や2018年インドネシア・スラウェシ地震ではM7クラスであったが,海岸付近の比較的平坦な地盤が崩壊して海に突入したため大津波が発生した.このような現象は地震を伴わない非地震性津波に分類され,揺れが弱いために避難行動にすぐさま繋がらないため,厄介なタイプの地震である.2011年東北地方太平洋沖地震以降,様々な津波対策が日本各地で実施されているが,非地震性津波への対策は困難であり,実施されていないのが現状である.そこで我々は,徳島県沖を対象に地震による臨海部の崩壊メカニズムの解明,地盤崩壊に伴う誘発津波の予測精度向上と対策の高度化を目指している.本発表では,地震・津波により水没した伝承が残る徳島県小松島沖,亀磯周辺の海底地形計測結果を報告する.

    2.調査地域

     調査地域では,「亀磯の伝承」が知られている.島田(1932)では,複数の古文書記録を採録し,亀磯の水没について議論されている.現在の亀磯は,小松島沖の小島であり,かつては西の芝山と一続きであったと言われている.そして,多くの人が居住していたが,津波により一面海と化したという伝説が存在する.このように亀磯には,地震や津波に関連した伝承があり,現在も亀磯の伝承が伝わっていることが現地の方の証言からもわかった.そこで,本研究では,亀磯の水没を検証するために亀磯とその東側の岩礁部を対象に海底地形計測を実施した.また,調査地域の地質は,西の芝山から連続する三波川変成岩類に属す泥質片岩や苦鉄質片岩からなると考えられる(牧本ほか,1995).

    3.研究手法

     本報告では,2022年9月22〜25日に実施されたマルチビーム測深機(Sonic2022)を用いた海底地形計測の結果を示す.計測範囲は,亀磯とその東側の岩礁の2ヶ所(それぞれ約2 × 1 km)である.マルチビーム測深機のスワス全角120°で水深5~10 m に対してラップ率50%,水深10~20 mに対してラップ率20%の確保を目安に測深間隔を設定した.水深6〜8 m以浅に関しては,船が入れなかったため測定できていない.得られた結果は,0.2 mグリッドで出力した.得られた標高データに対して,Kaneda and Chiba (2019)の赤色立体地図作成ソフトウェアを用いて,赤色立体地図とそのステレオペア画像を作成し,地形判読を行った.

    4.結果・考察

     亀磯では,基盤岩と思われる東北東―西南西に伸びる台地状の地形が連続し,水深8〜10 mに定高性が認められる.また亀磯の北西側には,南東からの流れで形成されたと考えられるマウンド状の高まりが確認される.また,計測データを見る限り,人工的な地形は認められなかった.

     亀磯の東側では,亀磯同様に東北東―西南西に伸びる地形が連続する.こちらでは,水深6〜15 mの間に何段かの平坦面が認められる.こちらも亀磯ほどではないが,北西側に南東からの流れで形成されたと考えられるマウンド状の高まりが認められる.以上のことから,計測を行った2ヶ所で津波を引き起こすような地盤崩壊の痕跡や水没したと思われる人工的な地形・構造物は認められなかった.

     一方,何段かの平坦面が認められたことから,沈降によって海面付近で形成された地形が水没した可能性がある.本地域で沈降を起こすテクトニックな現象は,南海地震と中央構造線活断層帯の地震が考えられる.1946年南海地震の際には,小松島では広範に認められる地盤の昇降はなかったようである(小向,1948).また測地記録では,水準測量でもGPS観測でもほぼ安定(檀原,1971;村上・小沢,2004)で顕著な隆起・沈降傾向を示していない.中央構造線活断層帯の地震による沈降は,中西ほか(2002)や佐藤・水野(2021)で議論されており,断層南側で継続的な沈降が認められている.しかし,本研究対象地域は断層から約15 km離れ,どの程度の沈降量となるのかは不明である.

     このように現段階では,その沈降の要因を特定することはできなかったが,長期的な沈降を反映した地形である可能性があり,今後現在の海岸部の地形との比較を通して検証を行なっていく.

    引用文献: 島田 1932. 徳島市郷土史論. 113-140. Kaneda and Chiba 2019. BSSA 109, 99-109. 牧本ほか,1995. 20万分の1地質図幅「徳島」, 地質調査所. 小向 1948. 水路要報,増刊号. 檀原 1971. 測地学会誌 17, 100-108. 村上・小沢 2004. 地震 第2輯 57, 209-231. 中西ほか 2002. 地学雑誌 111, 66-80. 佐藤・水野 2021. 地質調査総合センター速報No.82, 21-27.

  • 矢ケ﨑 太洋
    セッションID: S304
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    災害はいずれの地域においても度々発生するもので,その影響の大きさから,地理学では古くから扱われてきたテーマである.本発表は,地理学における災害に関連する概念や理論を整理し,災害地理学の体系化を目指した議論の材料を提供することを目的とする.災害は系統地理学や地誌学のいずれにも位置付けることができる.自然地理学の場合,自然現象の一部として,そのメカニズムに着目してアプローチする.人文地理学の場合,地域社会における文化や経済などへの災害の影響を扱う.地誌学の場合,災害に焦点を当てることにより地域の特徴や課題を明らかにする.災害を視点とした地誌学は,自然地理学と人文地理学を融合した災害地理学の1つの形である.

  • 白坂 蕃, 渡辺 和之, 渡邉 悌二
    セッションID: 419
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    ●研究の目的 ネパールのヒマラヤ山脈東部、クンブ =ヒマール地域は伝統的に農耕に加えて, ヤクの放牧 が行われており,季節的に異なる標高でヤクが放牧さ れてきた(von Fürer-Haimendorf 1964, Bjønness 1980, Brower 1991, Stevens 1991, 鹿野 2001 など)。本稿では クンブの生業としての農牧複合 (agropastoralism)に ついて、ツーリズムの浸透による地域変容の一端とし て 1990 年代以降の変容を明らかにしたい。そして、 山岳社会の生業としての agropastoralism の分析を通 して、伝統的な agropastoralism の意義と、持続可能な 山岳社会について考察する。なお、家畜種は yak (♂: yak; ♀: nak), 高地ウシ (♂: kirkhong; ♀: pham), そして nak と kirkhong の交配種 (♂: zopkiok; ♀: zom)である。とくに zopkiok は輸送家 畜として去勢したヤクとともに重要な地位を占めて いる。しかしながら、近年、この地域にミュール(mules; オスのロバとメスのウマの交配種)が進出し、地元の シェルパ族との間に軋轢を生んでいる。 ●二種の農牧複合 従来からクンブの家畜所有に は、大きく分けると二つのタイプがある。そのひと つは zopkiok や zom、そして高地ウシ(kirkhong)を 数頭だけ所有する小規模家畜所有家族である。もうひとつは, 主にヤクやナクを所有する家族 で、この家族は, 本村と夏村の間の異なる標高で農 牧複合 (multi-altitude agropastoralism) を営む家族 で、裕福な家族であり、クンブには 100 家族以上 (推定)あり、輸送家畜としての zopkiok や去勢し たヤクを生産し、この地域を表象する景観を作りだ している(これについては発表時に説明する)。なお、クンブにおける基本的作物はジャガイモとダ ッタンソバだけである。耕地には二種があり、作物を 栽培する畑 gyashing と採草地 tsitsa である。それらは、 いずれも石垣に囲まれている。

    ●Agropastoralism の維持機構:放牧圏とナワ クンブで agropastralism を営む住民の放牧する範囲は常住 集落ごとに決まっている。一方、家畜の移動と資源利用には多くの厳しい慣例 的規制があり、筆者らはナワ制度 (Nawa system)とよ んでいる。その実践のひとつは家畜による略奪行為か ら居住地の畑の作物を守るために, 作物の生育期間 内に一定の期間を設けて, 指定する区域から家畜を 排除することである(この排除の期間を Di という)。 家畜の移動の時期は集落ごとに選ばれたナワ(nawa: settlement officials)という管理者に委ねられる。このような Nawa system は Namche Bazar を含む一 部の集落では崩壊したが、現在でも多くの集落では強 固に維持されている。

    ●若干のまとめ クンブの multi-altitude agro- pastoralism は裕福な家族によって維持されてきたが、 その家族数は減少している。また一戸当たりのナク飼 育規模は 50 年前に比べて縮小している。クンブ=シ ェルパは、そのアイデンティティを喪うことなく、こ んにちでも文化的、社会的体系における多くの基本的 特徴を保持し続けているが、いくつかの深刻な問題に 直面している。近い将来のクンブ=シェルパに関する二つのシナ リオがある。その一つは、クンブ=シェルパが強い文 化的アイデンティティを持ってきたヤクを将来にわ たって維持することである。もう一つのシナリオは、 クンブ=シェルパがヤクという文化についてのアイ デンティティを維持できなくなり、クンブにはヤクが いなくなり, 将来的には, 輸送が, 人間, ミュール, そしてヘリコプターになるというものである。地元のシェルパ族がヤクに対するアイデンティテ ィを維持できる力がなければ、短期間にミュールがク ンブ=ヒマール全域に侵入することが想起され、将来 的にはヤクが絶滅してしまう可能性を排除できない。 それは筆者らの考えたくないシナリオである。

  • ~神戸大学附属中等教育学校卒業生へのインタビュー調査から~
    志村 喬, 山本 隆太
    セッションID: S404
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.本報告の背景・目的 ジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities) ・プロジェクトが国際展開する中,地理を学習したことが学習者にどのように評価され,進路・職業選択にどのように作用したか,換言すれば,どのような地理教育が「Powerful Geography(力強い地理)」なのかを調査解明する国際研究・出版計画が進展している.同研究・出版計画は,ジオ・ケイパビリティズ・プロジェクトを第1期から牽引してきた一人であるSolem, M.(Texas State University,AAG地理教育担当理事)を中心とした全米地理教育研究センター(The National Center for Research in Geography Education: NCRGE)により遂行されている.発表者らは本計画へ日本から参画し,全体調査方針に沿いながら高校で地理を学習した大学生へインタビュー調査を遂行したため,その結果を報告する.

    2.調査・分析方法  調査対象者は地理歴史科総合科目を開発研究してきた神戸大学附属中等教育学校へ2015(平成27)年度に入学し2020(令和2)年度の卒業後,大学進学した生徒6名である.対象者は,高校1年生段階(同校では第4学年次)に開発研究中の「地理総合」「歴史総合」双方を履修後,2年生・3年生段階では「地理B」「世界史B」を選択履修した学習経歴を有している.質問内容は,次項目である.①印象に残っている高校の地理授業は何か.その理由は何か.②a)高校の地理の授業で,何を学ぶ・学びたいと思っていたか.その期待は,結果的にどうだったか.b)「地理総合」の後に「地理B」を選択した/しなかった理由は何か.③「地理総合」(+「地理B」)を,中学校の地理や高校の歴史系科目と比べてみた場合,違いや特色は何か.④「地理総合」(+「地理B」)の学習は,進路選択や現在の大学での勉強(専攻分野)・将来の職業設計等に影響を与えたか否か,並びにその理由.⑤高校で「地理を学ぶ」のは役立つ・意味のあることか否か,並びにその理由.インタビューは,在籍大学別に3人ずつ集まり,前述の質問項目について発表・相互意見交換をしてもらう形式で2022年12月に2回に分けて実施した.時間は,各回とも90分程度である.インタビューでの会話は,文字起こし後,同プロトコルに木下(2003)の修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を適用して分析した.

    3.分析結果 M-GTA分析の結果,抽出された20個の〈概念〉をもとに8つの【カテゴリー】が設定され,これをもとに構造図及びストーリーラインが作成された.具体は発表時に報告するが,「大学生になった被験者が考える【高校地理学習の意義】は,旅行といった〈日常生活〉で役立つことはむろん,〈深いレベルの思考〉,〈世界の多様性の想像力〉をもたらすこととされた.このような意義を持つ地理学習は,高校生時代の〈進学先選択への影響〉は直接的にはなかったが,〈大学での学修・生活〉での有用性は認識されており,大学での専攻分野・科目選択といった形での【進路選択への影響】がある.」ことが導出された.

     文献

    木下康仁(2003):『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践』弘文堂

     本研究は「力強いペダゴギーを組み込んだケイパビリティ論の拡張による教科教員養成国際共同研究 」JSPS科研(基盤B)21H00861(研究代表者:志村喬)の成果であり,報告内容は次に掲載予定である.Shimura, T., Takagi, S., Yamamoto, R. and Ida, Y. (forthcoming) Prospects for Powerful Geography in Japanese Schools: Practical Development Research on Japanese National Curriculum's Compulsory Subject "Geography". In Solem, M., Boehm, R. and Zadrozny, J. eds, Powerful Geography: International Perspectives and Applications, Springer

  • 安倉 良二
    セッションID: S706
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに

     地方都市における商業活動の変化を論じる場合,大型店の出店規制緩和やモータリゼーションの進展に伴う郊外の隆盛と中心市街地の衰退という視点で説明されやすい。だが,地方都市の中でも人口規模が大きな県庁所在都市クラスの中心市街地では,広域集客が可能な高次な買回品の販売を通じて,郊外との差別化がなされているところもある。こうした動きがどのような形でみられたのかについて大型店の立地を手がかりに述べることは,商業活動から中心市街地活性化の方向性を捉える上でも看過できない。

     そこで本報告では,地方都市の中でも738,181人(2023年11月現在)と,九州で3番目に人口が多い熊本市の中心市街地における大型店の立地再編について2010年代後半以降の動向から示す。なお,本報告の中心市街地は,改正中活法に基づく第4期中心市街地活性化基本計画(2023年4月~2029年3月を予定)で定められた範囲とする。

    Ⅱ 中心市街地における大型店の立地再編

     立地再編は2つのパターンに分けられる。1つ目は,中心商業地(桜町)とJR熊本駅前の再開発によるものである。前者は,熊本交通センター(1969年開設)と県民百貨店(1973年岩田屋伊勢丹ショッピングセンターとして開業)の建て替えに伴って2019年に開業したサクラマチクマモトがあげられる。ここには,大型店のほかマンションやホテル,ホールなどが併設されると共に,芝生と広い幅員の通路からなる広場が新たに整備された。後者はJR九州によって2021年に開業した駅ビル「アミュプラザくまもと」が該当する。アミュプラザくまもとは2011年の九州新幹線開通後,熊本駅の建て替えや在来線の高架工事など鉄道に関わる一連の整備を進める中で建てられた。 2つ目は,中心商業地の下通における大型店の建て替えである。1つは旧大洋デパート跡地で系列の百貨店を経て総合スーパーの営業を続けたダイエー撤退後の2017年に開業した「COCOSA」があげられる。もう1つは,2023年下通北口にあった熊本パルコ(1986年開業)跡に開業したHAB@熊本である。パルコは地下1階~地上2階の店舗を管理する一方,3~11階は星野リゾートが展開するホテル「OMO5」に利用されている。これらの大型店に入居するテナントの多くはファッション系の専門店である。

    Ⅲ 大型店の立地再編がなされた背景

     熊本市は,2006年郊外におけるイオンモールによる大型店(店舗面積は約70,000㎡)の出店計画を却下したのをはじめ,準工業地域における大規模集客施設の立地規制をかけることで改正中活法に基づく中心市街地活性化基本計画の認証を受け続けている。このように大型店の郊外立地に規制がかかる中,中心商業地では熊本市電が走る通町筋で1952年に開業した鶴屋百貨店が建物の増床を繰り返しながら高い集客力を保っていた。他方,通町筋の周辺に当たる桜町や下通に立地する既存の大型店は建物の老朽化に加えて,百貨店や総合スーパーによる店舗運営は行き詰り,それに代わる業態による大型店の立地が求められた。また,熊本駅前はターミナルであるにも関わらず,中心商業地と競合する大型店がなかった。そこでJR九州は,九州新幹線の開通を自社所有の不動産を活用した再開発を進める好機と捉えた。そして,鉄道事業に依存しない収益を確保すべく2000年代以降,九州各県の県庁所在都市クラスの駅前で立地を続けてきたアミュプラザを熊本駅前にも建てることで,中心商業地と同様にファッション系専門店の集積による広域集客を目指したと考えられる。

  • ~神戸大学附属中等教育学校の実践記録から~
    高木 優
    セッションID: S405
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     上越教育大学の志村喬教授を研究代表者とするグループは,どのような地理教育が「Powerful Geography(力強い地理)」なのかに関連して,高等学校における地理学習が学習者にどのように評価され,進路選択にどのように作用したのかを調査した。そのインタビュー調査対象者として,筆者が勤務する神戸大学附属中等教育学校の卒業生が選ばれた。本校は2013(平成25)年度より,文部科学省から研究開発学校の指定を受け,途中で科目名の変更はあったが,4年生(高校1年生に該当)全員に,「地理総合」を実施してきた。現在,大学に通っているほとんどの学生は,平成30年告示の高等学校学習指導要領実施前に高校生であったため。高等学校における地理学習経験が無い場合もあり得る。しかし,本校生は全員が,地理を学んでいるため,調査対象者として適していた。調査対象者は,2018(平成30)年度に,「地理総合」を履修した。そこで,実践記録から,調査対象者がどのように「地理総合」を評価し,授業者がどのように「地理総合」を実践してきたのかについて報告する。

    2.実践記録から

     研究開発学校は,実績報告の中で,研究開発の結果及びその分析について,資料・根拠に基づいて実証的に記述する必要があるため,毎年,生徒意識調査を行ってきた。「地理総合」実施学年の,4月,10月,3月に,中学校社会科との比較や,「地理総合」の学びについて,さらに,6学年(高校3年に該当)に,「地理総合」の学びが大学での学習に役立つかなどについて調査した。

     4学年でのおもな調査項目は,以下の通りである。

    ①中学校社会科と「地理総合」の比較

    ②「地理総合」学習前の期待と学習後の結果

    ③中学校社会科と「地理総合」の感想

     6学年でのおもな調査項目は,以下の通りである。

    ①「地理総合」は,生徒参加型であったか

    ②「地理総合」は,大学などでの学びに役立つか

    ③「地理総合」は,社会で必要な力が身についたか

    3.「地理総合」の実践について

     研究開発学校は,専門的見地から指導助言,評価を受けるとともに,公開授業などを開催し,他校における研究に資するよう,情報提供を行う必要がある。そこで,毎年,授業公開し,指導助言をふまえ,「地理総合」を改善してきた。そのため,授業者は,生徒の資質・能力をどのように育成するのかとともに,どのような授業を見てもらうべきかという,2つの命題を抱えながら授業実践してきた。

    3.おわりに

     学習者が授業をどのように感じるかは,授業者がどのように実践しようとしてきたかに,大きな影響を受ける。学習内容を伝えたかったのか,学習活動を深めたかったのか,どのような資質・能力を伸ばしたかったのかなどについて,年間の見通しをもって授業実践することが,これからの授業実践ではよりいっそう大切になってくる。

    文  献

    神戸大学附属中等教育学校 2014.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理基礎」「歴史基礎」実施報告書vol.1』神戸大学附属中等教育学校.

    神戸大学附属中等教育学校 2015.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理基礎」「歴史基礎」実施報告書vol.2』神戸大学附属中等教育学校.

    神戸大学附属中等教育学校 2016.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理基礎」「歴史基礎」実施報告書Vol.3』神戸大学附属中等教育学校.

    神戸大学附属中等教育学校 2017.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理基礎」「歴史基礎」実施報告書Vol.4』神戸大学附属中等教育学校.

    神戸大学附属中等教育学校 2018.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理総合」「歴史総合」実施報告書vol.1』神戸大学附属中等教育学校.

    神戸大学附属中等教育学校 2019.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理総合」「歴史総合」実施報告書vol.2』神戸大学附属中等教育学校.

    神戸大学附属中等教育学校 2020.『文部科学省指定研究開発学校高等学校地理歴史科「地理総合」「歴史総合」実施報告書Vol.3』神戸大学附属中等教育学校.

  • 新科目「歴史総合」と英国PGCE教材「Human Being?」を事例に
    二井 正浩
    セッションID: S407
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    ケイパビリティおよびケイパビリティ・アプローチが歴史教育の領域で論じられることは稀である。本報告では,このケイパビリティおよびケイパビリティ・アプローチを「レリバンスの構築」の論理を用いて歴史教育に架橋することを試みる。

     具体的には,①高等学校地理歴史科の新科目「歴史総合」のカリキュラム,②ロンドン大学ホロコースト研究所のPGCEプログラムで使用されているP.サーモンズ氏の「Human Being?」の授業を取り上げ,報告する。

  • 阿部 康久
    セッションID: 404
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    社会主義市場経済とは,「社会主義国家において政府によるコントロールの下で,市場が資源配分において重要な役割を果たす経済システムである」と理解されている。改革開放(1978年)以降の中国を,何らかの形で時期区分するならば,まずは資本主義的経済活動に対する政府の関わりの変化に基づいて,何らかの区分を行う必要がある。社会主義市場経済という概念は,鄧小平の南巡講話が行われた1992年に提起された概念で,類似する国家資本主義という用語に比べて,社会主義国家による市場のコントロールをより強く維持した状態で,市場経済を導入している経済システムというニュアンスを持つ。しかしながら,このような国家が「市場経済」をコントロールするという政策については,その実行可能性や課題について,より地域的・空間的な視点から検討していく必要がある。すなわち「市場経済」とは,それが部分的にでも導入されると,都市やその他の地域において,強大な政治権力を持つ社会主義国家ですらコントロールが難しいほどの大量な金融資本の蓄積や投下がなされることになる(ハーヴェイ,2019)。その結果として,特に1998年の住宅制度改革以降,四大都市(北京・上海・深圳・広州)やそれに次ぐ特大都市(城区人口500万人を超える都市)レベルの都市においては投機的資金の大量投下による不動産価格の高騰という現象が顕著になった(表1)。報告者が2005年頃から,中国各地で行ってきた人々の労働移動に関するいくつかの調査結果を考慮する限り,中国の地域構造を,一般的に理解されているような「都市と農村」という二分法で見ることは難しいと考えている。実態としては,上記の四大都市のような「大都市」は,農村部出身の出稼ぎ労働者や中小規模都市出身の大卒ホワイトカラー層が一時的に就業・居住を希望する地域である一方で,このような人々がマイホームを購入して定住することが可能とは考えづらい地域になっている。そのため,むしろ「都市」を投機的資金の流入により一般的な所得水準の外来人口(あるいは現地の戸籍を持つ住民ですら)では手が届かないレベルまで不動産価格が高騰し,定住の場というよりは「あこがれ」の対象となっている「大都市」と,人々の「生活世界」の中心である住宅の取得が可能なレベ ルにある「中小規模都市」に区分することで,「農村」地域を加えた三層構造的な地域構造が存在していることを論じていきたい。具体的には,他地域出身者の大都市からの出身地に近い中小規模都市への再移住や,これらの地域から元々移動しない人々の存在への注目,さらには中小規模都市における居住者の住宅購入と定住という現象に着目することで,社会主義市場経済下での中国の地域構造を検討していく。

  • -日本地理学会の災害対応開始から四半世紀の歩みと今後の展望-(シンポジウムの趣旨)
    鈴木 康弘, 田中 靖, 八反地 剛, 石黒 聡士
    セッションID: S301
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    シンポジウムの趣旨:日本地理学会は2001年に災害対応委員会を立ち上げ、四半世紀が経過する。この間、東日本大震災など多くの災害に学会として対応し、ハザードマップや地形分類図の普及、地理教育における防災教育について、地理学的視点から検討してきた。日本社会の持続可能性が改めて問われ、地理学にも貢献が求められている今日、これまでの取り組みを振り返ると共に災害地理学の発展をめざした今後の展望について議論したい。この間、地震・洪水・斜面崩壊等、様々な大災害が発生した。2024年元日には令和6年能登半島地震が起き、その直後から災害対応を開始した。本学会の災害対応のあり方は今後も検討され続ける必要がある。また、災害地理学としての学理の追究や、防災教育への反映も期待される。本シンポはそのあり方を展望する。

    災害対応委員会の立ち上げ:1995年阪神淡路大震災をきっかけに本学会の災害対応のあり方が議論され、社団法人化に伴う公益活動の強化の必要性もあって、90年代後半の常任委員会(委員長:米倉伸之)や企画専門委員会(委員長:戸所 隆)が災害対応の方針を示した。その結果、2001年3月に災害対応委員会(初代委員長:遠藤邦彦)が発足した。その後、災害対応委員会は、災害対応のあり方を再確認するとともに、具体的実施内容を協議した。その結果、50名以上の会員からなる災害対応グループを2002年7月に立ち上げ、MLによる情報交換をスタートさせた。また、組織的な災害調査が可能になるよう、全国10の地域拠点を設け、「日本地理学会災害調査」と明記した腕章とシールを貸与した。2002年11月に学会ホームページ内に「災害対応ページ」を立ち上げ、災害時には現地情報や学会員の見解を掲載した。2003年春には「ハザードマップと地理学-なぜ今ハザードマップか?-」、2004年春には「地震被害軽減に役立つハザードマップのあり方」を開催し、ハザードマップを重視する姿勢を明確にした。2004年には「ハザードマップを活用した地震被害軽減の推進に関する提言」を発出し、関係省庁へ送付した。また2003年には日本地理学会のグランドビジョンに「災害対応を通じて社会連携する地理学」が明示された。

    災害対応委員会の活動:その後も本委員会は、毎年のように起きる自然災害に対する会員からの情報を収集し、発信に努めた。また学術大会において継続的にシンポジウムを開催した。その回数は、2024年3月までにシンポジウム(緊急シンポジウムを含む)32、特別セッション2、緊急報告会1である。内容は、大災害、ハザードマップ、復興、地球環境変動、災害の地域性、国土・地域計画、災害基礎情報など多岐にわたった。また2010年以降は地理教育や災害地理学について議論した。2003年九州豪雨災害、2004年新潟県中越地震に際しては地域活動拠点を置いた。前者は西南学院大学の磯 望 教授(当時)、後者では上越教育大学の山縣耕太郎准教授(当時)が中心となった。こうした経験に基づいて、2009~2010年に災害対応委員会(委員長:平井幸弘)において、大災害時における本学会の対応が提言として取り纏められた。この提言が、東日本大震災直後に活かされることになった。災害直後に災害対応本部が初めて設置され、ホームページで調査情報等を発信した。また写真判読による津波被災地図を作成し、救援や復旧・復興に役立てられた。その後、熊木洋太、久保純子が委員長を務め、2016年熊本地震、2018年西日本豪雨、2019年東日本台風の際に災害対応本部が設置された。2021年には東日本大震災10年にあたり見解を発出し、シンポジウムを報道機関に広く公開し、オンライン記者会見も行った。2024年の能登半島地震に際しては、鈴木が委員長を務めるなか、本学会はこれまでの経験に基づいて速やかに災害対応本部(本部長:箸本健二理事長)を3日後に立ち上げ、金沢大学の青木准教授が地域拠点として現地で対応したほか、広島大学の後藤准教授を中心とした緊急調査グループが活動を開始し、その成果や見解が連日報道された。本委員会のホームページにも注目が集まった。

    今後に向けて:これまでの活動により、地理学ならではの災害対応の重要性が明らかになった。とくに広域災害は地域性を有し、その理解が防災の基本であるが、一般には俯瞰的把握が難しいため、これを補う地理学的視点が求められる。また地域性は自然と人文の相互作用から生まれるため、その解明はまさに地理学のテーマでもある。本学会の新ビジョン(2018)においては、「持続可能な社会づくり」への積極的発言と実績に基づく地理教育の充実」が目標として掲げられている。本学会の活動は、我が国の災害対応力の強化につながることを信じて、今後ますます研究力と発信力を高める必要があろう。

  • –ウィーン「聖地巡礼」の場合–
    河野 光浩
    セッションID: 544
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    2019年9月に行った前回発表「地理教育改革序説1」では,実社会において地理を意識的・無意識に取扱う者を,大学教授や学校教員等の伝統的地理学者のほかに,その業務の一部が結果的に地理に関係している地理実務者と,学生時代に地理を専攻し地理とも関係がある業務に就いている地理系社会人(以下「地理実務者等」)とに分類したうえで,伝統的地理教員の専攻分野が自然地理と国内地理に偏在しているため,特に外国の人文地理が手薄になりつつある傾向を指摘し,改善策として地理教育への地理実務者等の知見や経験の取込みを提唱した.

     上記発表では問題意識の提示に終始してしまったために,今回は「地理教育改革序説2」として,上記発表直後から4年間にわたった発表者のウィーン勤務の経験を踏まえて,近年に盛んとなっている「聖地巡礼」と呼ばれる行為を題材として,地理の学術論文と地理に関するエッセイの違いを明らかにする.

     前者は主として伝統的地理教員,後者は地理実務者等によって執筆される機会が多いと考えられることから,現地調査や現場の状況が他の学問より重視されるほか,いわゆる文科系と理科系との双方にまたがるイシューが多い地理学という学際的学問においては,両者の分水嶺を明らかにし,これを地理学以外の学問と比較して低めに設定することで,伝統的地理教員と地理実務者等との垣根を取り払うことが特に外国地理の知見の強化につながり,学問及び学会の発展に寄与すると考えたからである.

     今次発表で取扱う「聖地巡礼」は,元来は宗教上の聖地を当該宗教の信者が訪問する行為を指したが,21世紀に入るとアニメーション作品で取上げられた場所をファンが訪れる行為も包摂し,コンテンツツーリズムの一部となった.他方,映画やドラマのロケ地探訪や古戦場等を観光資源として活用する行為,特定の歴史上の人物のゆかりの地を巡る行為は従前より行われており,これらも広義の「聖地巡礼」と捉えて,場所をウィーンに求めて幾つかの事例を紹介してみた.具体的には,リンツ出身の作曲家ブルックナーのウィーンでの足跡を辿り,歴史上の複数な人物たちの住居の意外な相互関係を示し,映画「男はつらいよ」のウィーンでのロケ地を解説する.

     ウィーン市の面積は約415平方キロであり,約437平方キロの横浜市とほぼ同規模であるが,実際に住んでみるとそれより遥かに小さく感じる.これは,23ある行政区のうち住宅街である第22区と23区が極端に広いからであり,体感としてのウィーンの規模は山手線の内側とほぼ同じ感覚で,大抵の場所には電車等で30分以内に到達できる.また,ウィーンに限らず欧米諸国の都市部では建物の耐用年数が長く,当該建物にゆかりのある人物を顕彰する記念プレートが取付けられていることが多いため,単に街を散歩しているだけでも多くの意外な発見がある.一部は先達の知見を借りつつ,一部は自分の力で歩き回って発見したウィーンの「聖地」を紹介することを通じて,地理の学術論文と,他の論文からの引用が少なく外国の現場で得た情報や知見を中心に構成されることが多い地理実務者によるエッセイとの境界線とは何かを考察する.

  • 奈良県吉野地域の製材業者を事例に
    秦 洋二
    セッションID: S701
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    日本の木材流通は地域差が大きい。原木(丸太)は形状及び重量の点から長距離移動にコストがかかるため,地元の原木市場に集約されることが多い。2010年に公共建築物等木材利用促進法が施行され,国が整備する低層の公共建築物については原則木造化する方針が定められた。2021年には「脱炭素社会の実現に資するための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(「改正木材利用促進法」)が施行された。同法には木材建築を増やすことで市中に「第2の森林」を作り,二酸化炭素の減少に繋げるという目的があり,公共建築だけでなく大学,病院,民間建築物についても木材の利用が推奨されている。特に公共建築物については,設計段階で当該施設が設置される地域の木材が指定されることが多く,木材の地産地消が図られている。本研究は,このような木材の地域循環型流通システムにおいて,製材業者が果たしている役割と機能を明らかにすることを研究目的とする。奈良県の吉野地域は木材のブランド化に成功しており,吉野杉,吉野檜は高級材として知られている。吉野地域では一般的に,山から切り出された丸太が原木市場に集まり,そこに製材業者が買い付けに来る。製材業者は丸太を板や柱といった形に製材し,これらが材木問屋や工務店などに販売されていく。本研究では吉野地域の製材業者である吉田製材株式会社(以下,吉田製材)を事例として取り上げる。

     本研究では企業のステークホルダーとの関係性の分析装置として制度派経済学におけるエージェンシー理論を援用する。エージェンシー理論では,依頼人から対価を得て業務を代理する者を「エージェント」と定義する。依頼人とエージェント間には限定合理性,情報の非対称性,相互の利己的利益の追求といった諸前提が置かれる。本研究では製材業者をエージェントとして捉える。現在,公共建築物の建築資材として各地の地域材の使用が奨励されている。吉田製材では各地の公共建築物を建築する事業者に代わって当該の地域材を各地の原木市場から仕入れ,木材の地域循環型流通システムを実現している。

     吉田製材では,障がいや難病のある方が軽作業などの就労訓練を行う,B型就労に対する支援を行っている。吉田製材が支援する施設では,胡蝶蘭などの鉢植えの後ろに立てる棒などを製作しているが,そこで使用する材料は,吉田製材が自社工場の中で出てくるものを無償提供したものである。また,当該施設で使用している機械も吉田製材が,自社で使用しなくなった機械を無償提供したものである。更にその施設が生産した商品を全量買取りして販売している。以上により吉田製材は,吉野地域における地域循環型流通システムと協同空間の創出を実現していると言えよう。

  • 毛 鳳雨
    セッションID: 345
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本研究は、「中国企業トップ500」と「2021年胡潤による中国外資系企業と香港・マカオ・台湾系企業トップ100」の統計データを用いて、中国の国有企業、民営企業、外資系企業を対象とし、時系列で本社立地、規模(売上高)、業種の変化及び立地特徴を分析したうえで、中国都市の特徴を明らかにすることを目的とする。

    この20年の間、国有企業、民営企業、外資系企業の働きにはそれぞれの特徴があった。まず、国有企業は、国務院の国有資産監督管理委員会(国資委、1988 年発足)管理下の中央企業と地方政府(省・自治区・市政府)管理下の地方国有企業、さらには国有企業が100%の株を持つ子会社と最大数の株を持つかつ決定権を有する企業の4種類ある。2001年、2010年、2019年の「中国企業トップ500」を用いて分析した結果、企業数からも、規模からも、業種からも、いずれの年次も、首都である北京は絶対的な優位性を持っていることは否定できない。また、2位の上海、3位の広州は匹敵するほどでもない。一方、北京に本社を置いた国有企業の中で、三分の二は中央企業であることが指摘されたほか、2015年に『京津冀協同発展規划網要』では、一部の非首都機能を北京以外の都市へ段階的に移転することを発表された。その非首都機能の一つは、企業の本社機能である。したがって、中国政府の政策のもとで、国有企業の本社は、全国の各都市へ移転することによって、これから中国の都市構造は大きく変わっていくであろう。

    民営企業は国有企業、港澳台企業、外国企業を除いたすべての企業とする。民営企業は主に社体企業、郷鎮企業のもとで発展してきた企業形態である。ここに2001年、2010年、2019年に「中国企業トップ500」に入った民営企業を分析した結果、この20年間で企業数は倍増、規模は約40倍拡大し、民営企業に参入できる業種は幅広く広がったことから、堅調に成長している民営企業の姿を見えた。民営企業の企業数から、明確な本社の集積傾向は見られなかったが、売上高を合わせてみると、より規模が大きい企業は深セン、北京に本社を置くようになっている。また、深センは北京よりも民営企業の本社を進出させる力が強いと言えるだろう。

    一方、1978年に改革開放政策が実施されて以来、多くの外資系企業(港澳台企業を含む)は次第に中国市場に参入した。2001年に中国は膨大な低賃金労働力が魅力で、「世界の工場」の特徴が色濃く、特に深セン、北京、蘇州は電子情報製品の製造をはじめとする製造業に依存していた。一方、2020年には「世界の市場」へ変化しつつ、産業構造も医薬品製造、金融や情報通信関連のサービス業へシフトしつつある。外資系企業は生産部門だけではなく、研究部門などより中枢管理機能に近い部門を中国に置くようになった一方、進出先は上海、北京に特化する傾向が現れた。今後、中国経済に占める外資系企業の比重もより高まっていくと考えられる。

  • -2023年6月の大分県由布市湯布院町川西における土砂災害の事例-
    岩佐 佳哉, 鶴成 悦久, 三﨑 貴弘, 山本 健太郎
    セッションID: P043
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 災害対応において地理空間情報は不可欠な情報になりつつある。地理学では災害の要因となった現象を広範囲において迅速にマッピングし,公表することで,被災地域の把握や緊急車両の通行ルート策定などに資する情報を提供してきた(松多ほか 2012; 後藤ほか 2020など)。また,高解像度地形データを迅速に取得することで捜索活動や災害要因の特定に活用されている(内山ほか 2014; 鈴木ほか 2021)。本発表では,2023年6月30日に発生した土砂災害における高解像度地形データを活用した災害対応支援の過程について報告し,高解像度地形データが果たす役割と課題について議論する。なお,今回の災害対応支援の全体像は三﨑ほか(投稿中)において報告している。

    2.災害の概要 梅雨前線の南下と暖かく湿った空気の流入によって,2023年6月30日から7月1日にかけて大分県由布市の湯布院観測点では最大1時間降水量が68.0 mm(観測史上最多),日降水量は346.5 mm(6月最多)を記録する降水量となった(福岡管区気象台 2023)。この大雨により,由布市湯布院町川西の上津々良川左岸側で大規模な斜面崩壊が発生し,1名が行方不明となった。由布市湯布院町川西は湯布院盆地の西側の山間地に位置する。斜面崩壊の発生地点の大部分は急傾斜地の警戒区域および特別警戒区域に指定されている。

    発表者らが所属する大分大学減災・復興デザイン教育研究センターでは,大分県との連携協定および由布市からの災害派遣要請により,6月30日から7月11日の期間で由布市現地対策本部における災害対応支援を行った。

    3.高解像度地形データを活用した災害対応支援 災害は6月30日の夜に発生し,翌朝には大分県との災害時のドローン活用に関する協定に基づいて,地元業者により空撮映像が撮影・提供された。この映像を判読し,崩壊発生範囲を推定し,被災家屋と地形および地質図,土砂災害警戒区域の情報を重ね合わせた図を作成した。7月3日に新たなドローン空撮映像が提供され,捜索活動の難航と二次被害発生への懸念から,空撮映像をもとにSfM-MVSにより生成したDSMと5 mDEMの差分解析図を作成し,堆積土砂量の分布と土砂移動方向の推定に基づいて,効率的かつ安全な捜索方法・位置を提案した。7月4日にはUAV-LiDARにより発災後に取得されたLiDAR DEMが大分県から提供され,5 mDEMとの差分解析図を新たに提供した。7月5日には発災前のLPデータが由布市から提供され,発災後のLiDAR DEMと発災前のLPデータの差分解析を0.5 m格子で実施し,捜索活動への助言と災害の要因となった現象の推定を行った(図1)。この間,断続的に降雨があったこと,最大6 mの厚さの土砂が狭い谷の中に堆積したことから,行方不明者の捜索は難航し,7月11日に行方不明者が発見された。

    4.高解像度地形データの活用への課題と展望 今回の災害対応では,発災前のLPデータの利用までに5日を要した。一部の都道府県では高解像度地形データがオープンデータ化され,国土地理院は一部地域の高解像度地形データの提供を開始した。オープンデータ化の拡大により,データへのアクセスが容易になり,捜索活動のベースマップとしての利用,高精度かつ迅速な堆積土砂量や分布の推定に基づく効率的かつ安全な捜索活動が可能となる。また,ドローンの活用により発災後の高解像度地形データを迅速に取得できたが,ドローン空撮に関わる規制や災害時の空域制限・飛行調整など,災害現場でのドローンの飛行には多くの障壁が存在する。近年,安価なモバイルLiDARが普及しており(岩佐ほか 2022),災害現場における安全なデータ取得方法が確立されれば,ドローンに加えて高解像度地形データの取得方法の一つになりうる。

    文献:松多ほか(2012)E-journal GEO 7(2).後藤ほか(2020)広島大学総合博物館研究報告 12.内山ほか(2014)CSIS DAYS 2014研究アブストラクト集.鈴木ほか(2021)都市防災研究論文集 8.三﨑ほか(投稿中)砂防学会誌.福岡管区気象台(2023)災害時気象資料.岩佐ほか(2022)活断層研究 57.

  • 吉田 剛
    セッションID: S202
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    小中高の学習指導要領にみる地理教育は,様々な「地域」の枠組みから諸事象を理解させる学習となるが,必ずしも「地域」の枠組みを何らかの論理をもとに小中高を一貫して学習する方法が取られてきたわけでない。そこで本稿は,小中高一貫地理教育カリキュラムにおける地誌学習のあり方を探ることを通して,その課題に応えることを目的とする。方法は,各学校種の学習指導要領および吉田(2023)の地理的概念を主柱にした幼小中高一貫地理教育カリキュラムのフレームワークなどをもとに検討する。小学校学習指導要領社会には,学習内容のまとまりの基礎に「地域」の枠組みが意図されている。「地域」の枠組みの地理的な規模には,学習主体となる児童の生活を見据えて,学年段階に沿って拡大する「環境拡大」(学習者の発達段階を沿って,学習対象となる生活環境の規模が広がる)原理が用いられている。ただし「地域」の地理的な規模が大きくなればなるほど,「地域」を構成する場所およびより小さな「地域」から説明される機会が増え,様々な地理的な規模の「地域」を重層的に取り上げる地誌学習として取り上げられる。他方で小学校社会における第3学年から第5学年までの大単元内の単元のいくつかには,地理領域の区分が明確に指示されている。これらは,大単元の冒頭部か終末部に指示され(第6学年では皆無),大単元の冒頭部では,空間的な広がりの中で位置や分布の把握が求められ,終末部では,単元の学習成果を空間的な広がりの中でまとめ上げる意図が窺える。このような地理領域の区分の指示と,前述の「環境拡大」原理の意図とは異なる。前者の「環境拡大」原理には,「地域」の枠組みから取り上げる地域的な特徴を理解するための地誌学習として意味づけられるが,それは,小学校社会の「総合社会科」としての特徴に地理学習の側面からみる潜在的な文脈としてみられる。ただし吉田(2023)によれば,小学校学習指導要領社会のほとんどの単元内容が潜在的に地理的概念に関与するものとして解釈することができ,一貫性を伴う階層性・順次性が見いだせるとの考察も得られている。これらの考察を踏まえ,また吉田(2023)による幼小中高一貫地理教育カリキュラムのフレームワークをもとにして地理的概念を主柱にして小学校社会の地理学習の系統をかたちづくると,「地域」の枠組みからの地域的な特徴の体系的な理解が求められ,その中で系統的な地誌学習が描かれる。そして中学校学習指導要領社会の地理的分野での地誌学習につなげられ,「地域」の枠組みの地理的な規模が拡大・複合化していく。ところで「地域」の枠組みの地理的な規模は,中学校地理的分野「日本の諸地域」で縮められ,学習主体をもとにする「環境拡大」原理に背く部分となるが,日本国内の地域認識のために学習を深化させる意図が持たせられている。しかし吉田(2023)によれば,中学校地理的分野の単元には,地理的概念が関与する指示とその階層性や順次性が明確に意図され,それが高等学校学習指導要領地理歴史科地理の単元につなげられている。よって小学校社会から続く潜在的な地理的概念による系統は,中高で顕在化し,一貫性に関する論理的な説明を持って維持されることになるが,他方で中高の「地域」の枠組みの地理的な規模に関わる系統は,一貫性を司る論理からの説明が難しい。この課題を乗り越えるためには,「環境拡大」原理に沿って,小中高一貫の大局的な視野から論理的に説明することを求め,各学校種の大枠となる大単元間の「地域」の枠組みに関する意味づけを整理し,再構成することが考えられる。例えば「環境拡大」原理や国民教育的な視点から考えると,小学校社会の早期から日本国の近隣諸国(韓国・中国),関係諸国(米国・豪州・EU・インド)の学習が必要であろう。中学校でも「環境拡大」原理に沿って,一貫の大局的な議論から小学校社会の地誌学習のスパイラルをとり,日本から世界への側面からなる内容の系統も検討する余地がある。これらを踏まえ,高校の「地理総合」と「地理探究」における地理的な規模の系統を考えると,必修科目の「地理総合」を最終到達点とする場合の地理的な規模の複合的な扱いの検討が必要となる。他方で幼稚教育や小学校生活での「位置や分布」「場所」などの地理的概念を中心とした地誌学習の前提となる学習のあり方も見定めることによって,幼小中高一貫地理教育カリキュラムがさらに進展していく。以上から本報告では,幼小中高一貫地理教育カリキュラムにおける地誌学習の枠組みとなる系統についてやや具体的に提案したい。

    吉田剛2023. 近未来社会型の幼小中高一貫地理教育カリキュラムのフレームワーク. 宮城教育大学紀要, 57:137-157.

  • -椎葉村を事例として-
    中村 周作
    セッションID: 613
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本報告の目的は,宮崎県椎葉村を事例に,①当地の伝統料理にどのようなものがあるのか,②それらの伝統料理摂食は,昔と比べて変化しているのか,③摂食地域の地域的展開にみられる特徴を明らかにすることである。研究の結果,以下のことが明らかになった。すなわち,1.多様な椎葉村の伝統食の中で,特に重要なものを23品目に絞り込むことができた。2.これらが現在,どれくらい食べられているかに関する得点化することで順位付けを行った。3.得点より,23品目を第1グループとして広く良く食べられているもの,第2グループとして,第1グループほどではないが,今日でも地域で愛されているもの,第3グループとして消滅危機の状況にあるものに分けることができた。4.これらの摂食に年代による違いはほぼみられず,特に第1,第2グループの品目は,地域に長く根付いたソウルフードと言える。5.23品目摂食の地域的展開を分析すると,6つの地域展開パターンが見られることがわかった。

  • 和田 崇, 麓 穂乃佳
    セッションID: 307
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     日本では2010年代以降,政府や自治体による地方創生関連施策の後押しもあって大都市圏から地方圏への移住が増加傾向にある.2020年代初頭にCOVID-19パンデミックへの対応策として企業等が導入したリモートワークは,こうした地方移住の動きを加速させた.地方圏への移住は,ふるさと回帰とも呼ばれる出身地やその近隣へ移住するケースや,自然環境や職業,移住支援策等の充実度により移住先を決定するケースに加え,近年は趣味やスポーツを含めた理想的な暮らしの実現を優先するライフスタイル移住,アニメ作品の舞台などを選好する聖地移住といった新たな移住形態も生まれ,研究対象としても注目されつつある.

     そうした中で本研究は,聖地移住の1事例として,人気ロックバンド「ポルノグラフィティ」のファンが,アーティストの出身地であり,歌詞にも地名が登場する広島県尾道市因島(=聖地)を旅行(=巡礼)し,そこでの経験をもとに因島に移住する動きに注目し,特定アーティストのファンが聖地巡礼から聖地移住にいたるメカニズムを解明した.そのために本研究では,資料調査に加えて,実際に因島等に移住したポルノグラフィティのファン12名と因島の移住支援組織等4団体への聞取り調査を行った.

    2.因島への聖地巡礼

     曲を聴いたり,友人に薦められたりして好きになり,CD・グッズの購入,ライブ・コンサートへの参戦,SNSを介した情報交換などを楽しんでいたポルノグラフィティのファンの一部は,アーティストの郷土愛にも惹かれ,SNSでのファン同士の情報交換のほか,因島を訪れたことのある友人や因島観光協会などから因島のポルノグラフィティ関連情報を収集し,因島への訪問意欲を高める.その後,実際に因島を一人で,あるいは友人等と訪れ,歌詞に登場する場所やアーティストに縁のある場所,アーティストの家族や親戚に関係する場所,アーティストのサイン等が飾ってある場所,映像作品のロケ地などをめぐり,写真を撮ったり,サインが飾ってある飲食店で食事をしたり,店主や他の客との会話を楽しんだりする.そして,その様子を巡礼中または巡礼後にSNSに投稿し,他のファンとの情報交換を楽しむ.

     こうした巡礼者に対して,因島観光協会はファンマップを制作して聖地を紹介したり,島内移動のルートや手段を提案したりしている.また,中心商店街に立地する飲食店や宿泊施設の経営者は巡礼者に因島独自のポルノグラフィティ情報を話したり,聖地を実際に案内したりしている.こうしたサポートも受けて,巡礼者は聖地を訪れたことに満足するとともに,住民の温かさや自然・生活環境の充実を実感し,因島移住を視野に入れ始める.

    3.因島への聖地移住

     因島移住を考え始めた巡礼者は,巡礼時にサポートを得た住民や団体から因島での暮らしに関する情報を収集する.また,そこで紹介された移住支援組織から,仕事や住居,自動車販売店などに関する情報提供や斡旋を受けたりする.さらに,すでに移住していたファンから移住体験談やファンコミュニティの存在を聞いたりして,同志の存在も心強く感じて移住を決断する.

     移住後は,聖地に暮らしていることに喜びを感じながら,ほとんどの者が島内で仕事を得て,休日はロードバイクやSUPなどで因島の豊かな自然を満喫したり,島内および隣接市の商業施設で買物を楽しんだりしている.また,DVD鑑賞会や忘年会,ライブ参戦などを通じて移住者同士の親睦を深めたり,自身らに続く聖地巡礼者と飲食店で交流したり,彼らを聖地に案内したりするなど,聖地移住者ならではのファン行動を楽しんでいる.

     このように因島では,巡礼者や移住者の受入れに寛容で,直接的・間接的支援を行う住民や地域団体の存在と,ファン(移住者)がファン(巡礼者・移住者)を呼び込む芋づる式の移住メカニズムが確認できた.ただし,ポルノグラフィティの聖地であることだけが彼らに因島移住を決断させたわけでなく,因島の自然・生活環境に魅力や安心を感じたこと,彼ら自身がライフイベントや人生の転機というタイミングにあったことも因島移住の決断材料となっていることに留意する必要がある.

  • GeoCapabilitiesの視点からの考察
    ベネカー タイン
    セッションID: S402
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    GeoCapabilitiesの理念から、カリキュラム作成者である教師は、学問的知識を使って生徒を有意義に思考に関与させるという重要な任務を担っている。カリキュラムの文脈の中で、教師は学問的な知識を選択・使用し、生徒の予備知識(および日常的な知識)と関連付け、授業で応用する。これらはすべて、若者の能力に貢献することを目的としている。教育における地理学のケイパビリティの視点は、若者の「『世界の知識』、世界の人々や場所に対する関係性の理解、社会・経済・環境の未来について考える傾向や性質」に貢献できる教科であることを想起させる。学問的知識と学校での知識の関係については多くのことが書かれてきたが、最近では、学校での知識と若者の日常的な知識の関係についても書かれるようになってきている。GeoCapabilities 3プロジェクトでは、教師がカリキュラム作成においてこれらの異なるタイプの知識を活用できるよう、小規模な試みを行った。オランダの学校の教師たちは、移民の背景を持つ生徒が多い生徒たちの日常生活にこそ注意を払うよう動機づけられた。GeoCapabilitiesのアプローチを実際に適用する試みから、カリキュラム作成者としての教師とその専門的能力開発に関する、より一般的な見解で締めくくることは有益である。さらに発展させるべき分野の一つは、強力な学問的概念の選択と指導を、生徒がすでに持っている経験的知識とどのように組み合わせるかということである。これは、単に「教育学的な細かさ」(「生徒がいるところ」から始める)ではなく、PDKを使って教えることは解放的であるというGeoCapabilitiesの主張の核心に関わるカリキュラム作りの問題である。次のステップは、このようなカリキュラム作りを実証するために貢献できるような、具体的な実証的研究プロジェクトを特定し、組織化することであろう。

  • 前田 竜孝
    セッションID: S702
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    問題の所在と課題の設定 離島では,資源の狭小性,市場の狭小性,規模の不経済性,主要市場からの遠隔性(嘉数2019: 51-56)などを原因として,第1次産業の脆弱さが指摘されてきた.そのなかでも,比較的漁業の振興は優位とされる.理由として,沿岸域の開発が少なく豊度の高い生産基盤が維持されていることと,離島振興により港湾整備が十分にされていることがある.このほか,漁業の生産性は自然環境の豊度に依拠しているため,人口減少の影響を受けにくい(工藤2021)ことも利点として挙げられる. 他方,水産物の出荷と販売については課題が多い.人口規模が小さく島内での消費量が少ないうえに,本土へ出荷するためには船便を利用しなければならず,時間的・金銭的コストがかかる.また,長時間の輸送による鮮度の劣化も問題となる(工藤2021).このように,生産に関する優位性と,流通・販売に関する不利性が離島漁業の特徴といえる. 島外への出荷に課題を抱える一方で,生産地と消費地が近接しているため,島内には水産物が豊富に供給される.この点に関して,島外からの来訪客を受け入れる観光業にとって,離島は新鮮な水産物を観光客に提供でき,観光客が求める「離島らしさ」も演出できる条件が整っているといえる. そこで,本報告では,長崎県佐世保市に位置する宇久島の観光業をめぐる小規模な水産物の流通と消費の実態を明らかにする.観光業を本業としない民泊事業者間での食材の交換に焦点を当てる.これにより,住民間の交流やコミュニティづくりといった非経済的な水産物の流通にも分析を広げたい. 調査地と民泊事業者による食事の提供 宇久島は長崎県佐世保市に位置する人口1,888人(2020年国勢調査)の島である.アクセスはフェリーまたは高速船に限られている.フェリーでは佐世保港から約2時間30分,博多港から約4時間かかる. 昭和初期までは,属島の寺島に「出買い基地」があり,東シナ海漁業の根拠地として栄えた.しかし,それが昭和初期に廃止されて以降,繁殖牛経営を除いて主な産業が育たなかった.戦後,復員により島内の人口が急増し,1950年代から1960年代にかけては1万人を超える人々が島で生活していたが,その後は現在まで人口は一貫して減少し,高齢化も同時に進んだ. 観光業では,2013年より宇久町観光協会が中心となって体験型の民泊事業がはじまった.2023年の調査時点で,22の民泊事業者が宿泊客を受け入れている.事業者には,漁業者,畜産農家とともに,飲食店経営者,元行政職員なども含まれる. 事業者宅での夕食・朝食には,島内で栽培された農産物と漁獲された水産物が多く使用されている.ここで扱われる食材は,それぞれが自家栽培したものと,島民間で譲渡・交換されたものが多分に含まれる.調査を通じて,島民間の交流を基盤とした民泊事業者による宿泊客への食事の提供が確認できた.観光客へ「宇久島らしい食事」を提供することが可能となる背景には,こうした島民間での食材の融通があった.文献嘉数啓 2019. 『島嶼学』古今書院工藤貴史 2021. 人口減少時代における漁村再生の意義と課題」漁業経済研究64(1)・65(1)合併号: 61-76.

  • 村岸 純, 佐藤 裕亮
    セッションID: 733
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1 目的と問題の所在

    本研究は,学校経営のために作成された資料を活用し,近現代に発生した災害による学校や学校所在地域への被害と災害対応を解明することを目的としている.

     災害研究で学校資料を活用した例として,濃尾地震の研究(岐阜県歴史資料保存協会:1991)や奥山(2020)がある.

     学校史の分野では,学校資料の保存と活用の可能性が模索されている(地方史研究協議会:2019).学校資料が保存・公開されている地域もあるが,学校の統廃合や文書保存期間の経過等により散逸してしまっている事例が多数ある.

     近代に入ると,災害記録は増加するものの,よりローカルな被害や対応を把握するためには,多くの資料が必要となる.そこで本研究では,学校資料の資料的価値を提示するために,災害という視点で学校資料の調査を実施した.

    2 研究対象地域

     長野県安曇野市の文書館には,各小中学校の資料が収蔵されている.安曇野市は2005年に南安曇郡豊科町・穂高町・堀金村・三郷村・東筑摩郡明科町が合併して発足した.各町村にあった小学校(旧制も含む)と中学校の資料がある.年代のばらつきや欠落している資料もあるものの,同時期の資料が安曇野市全域で残されているため,広域で被害や対応を調査できる環境にある.

    3 災害に関する記述

    ①関東大震災

     長野県は,被害が甚大であった南関東からは離れており,篠ノ井駅等で避難者の対応を行っていた地域である(北原:2011).

     『南穂高尋常高等小学校 大正十二年度学校日誌』に,被災地域への支援が以下のように行われたことが記載されている.

    「9月1日 東京横濱等名古屋以東東海道筋強震及大火」と地震の情報が入ってきた.

     「9月4日 東京地方罹災ニ付各戸児童ヨリ茄子徴集塩漬トシテ賑恤ノ旨通牒ニ付児童ヲ帰宅セシメ本日授業ヲ休ム 徴集ノ所、寺所神社 細萱組合 重柳集会所 踏入役場 右計一万五千個送附」と,食料の支援として茄子の塩漬けを徴集するため休校にしている.

     「9月10日 震害義捐金トシテ各生一名弐銭以上據金ノ旨本朝通告」と,義捐金の募集を生徒に行っており,9月13日には廿九円五拾銭が集まった.

     9月15日には,郡より古本寄贈の通知が来て,9月20日 には313冊が集まり郡に発送している.

     このように発災後早い段階で,生徒へも働きかけ支援を行っていたことがわかる.

    ②第二室戸台風

    1961(昭和36)年9月8日に発生した台風18号により,近畿地方および新潟県に大きな被害が発生した.

    北穂高小学校では,「9月16日 颱風18号午後1時ごろよりけん内に入る.午後6時30分頃大風来たり.体育館北廊下ふきとばされる」(『北穂高小学校,昭和36年度学校日誌』)と,渡り廊下が風により吹き飛ばされる被害があった.

    この被害に対して,国庫負担金による公立学校施設の災害復旧事業に申請を行っている.申請理由として,「本校の渡り廊下は屋内体操場と北校舎との主要通路となっており他に体育館への連絡がなく殊に当地は積雪寒冷地であり又雨天等通交にも児童の教育のうえにも甚しく支障をきたします」とし,申請書を提出している.この申請書を含め,工事設計書,図面,被害写真等が一綴りにされ残されている(『穂高町教育委員会 昭和36年度北穂高小学校災害関係綴』.

     このように行政側に学校の災害に関する資料があることもあり,学校と行政の両資料を調査することで,学校の対応を把握することができる.

    4 おわりに

     対象地域の代表的な災害を中心に災害記録の調査を行い,学校内や地域の被害が記載されている資料を確認することができた.また,学校資料の資料的価値の一つの指標を提示することができた.

    学校日誌を通覧することで,これまで明らかになっていない災害の情報を得ることができる可能性がある.近隣の地域では開智学校(松本市)の学校日誌があるため,被害や対応の違いを比較することができる.

    今後も継続的な調査をし,行政資料と学校資料の両方から,地域の被害や対応の復元を行っていく必要がある.

  • 滋賀県愛知川中流域・猿尾の事例
    小倉 拓郎, 島本 多敬, 水野 敏明, 山内 啓之, 片山 大輔, 八反地 剛
    セッションID: S602
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    湿潤変動帯に位置する日本では,集中豪雨に伴う土砂災害・洪水が頻発しており,気候変動に伴う災害の激甚化が懸念されている.水害から身を守るために,人々は伝統的に霞堤や水害防備林などの生態系を利用した災害リスク低減に資するEco-DRR施設を設けてきた.これらは,地域住民らが災害から身を守るための伝統知の賜物であり,昨今注目されている流域治水の考え方にならったものである.Eco-DRR施設の分布については,絵図や古地形図等の歴史史料を用いることで,おおよその分布や規模を把握できる.しかし,都市化による改変・損失や,長期間の放置による植生の過度な被覆など,Eco-DRR機能の低下に留まらず,その存在や位置,分布そのものが忘却の彼方にある.そこで,本研究では滋賀県愛知川流域を事例に,UAV-LiDAR, -SfMによる高精細地理情報と歴史史料,住民からの聞き取り調査から,忘却の彼方にあるEco-DRR施設の分布や規模を再評価した.本研究の対象地は,滋賀県東近江市を流れる愛知川河口から15.2 km付近にある河畔林である.河畔林南東部には,猿尾と呼ばれる古い石積の堤防が1基築かれていることが地域住民より伝承されていた.まず,UAV-LiDAR(DJI Matrice 300 RTK + Zenmuse L1)を用いた河畔林の林床計測を実施し,点群データを作成した.作成した点群をフィルタリングソフト(Locus Blue社,ScanX)で読み込み,地表面の抽出を実施した.また,UAV-LiDARを用いた計測後に,地域住民から河畔林の南側にある農地にも猿尾があるという情報を得た.そこで,写真測量用UAV(DJI Phantom4 RTK)を用いたSfM写真測量を実施し,同様に地形計測を実施した.2つの地形データをGIS上で合成し,判読できた凸地形(猿尾)を地図上にプロットし,規模(幅・長さ・高さ)を記録した.次に,猿尾が描かれている絵図を選定し,地形データと比較した.1874年に発行された神崎郡各村絵図(神崎郡6区北村)を滋賀県立古文書館貯蔵資料デジタルアーカイブよりダウンロードしGIS上でジオリファレンスを実施した.位置が一致している猿尾を絵図から抽出し,絵図に書かれている規模(幅・高さ・長さ)を記録した.また,地形データと絵図に書かれている猿尾の位置・規模について比較を行った.さらに,高精細地理情報と絵図から作成した地図を携行して踏査し,凸地形が円礫から構成されている石積堤防であるどうかを目視で判断し,猿尾であるか検証した.地形判読の結果,河畔林の林床において6つの凸地形を確認した.全ての凸地形は絵図に位置と規模の記載があった.そのうち3基については.現地調査で猿尾であると判別できた.2つについては絵図に記載されている規模よりも小さくなっているものの,明確な石積堤防となっておらず,猿尾であると断定できなかった.さらに,1つについては絵図の記載よりも規模が大きくなっていた.明治期の地形図と比較すると,絵図に描かれた以降にできた近代の堤防であることを確認できたため,猿尾を改変して新しい構造物を作成した可能性がある. 以上の結果より,高精細地理情報と絵図によって少なくとも新たに2基の猿尾が現存することを明らかにした.現存する全ての猿尾は,絵図の記載よりも長さと高さが短くなっていた.これは,絵図が作製された1874年以後に発生した洪水による土砂の堆積や,河川整備に伴う土地改変の影響が考えられる.今後は,自然情報(Eco-DRR施設を加味した河床変動シミュレーションによる洪水逓減効果検証など)や人文情報(地域住民への聞き取り調査など)を含めた流域内の水害伝統知を1つのプラットフォームに統合し,それぞれの連結性(コネクティビティ)について検討する. 謝辞:本研究は,令和5年度河川情報センター研究助成(課題番号:令5-5)および科研費21H00627,22H00750,22K13777の助成を受けて実施した.

  • 三浦 エリカ, 小寺 浩二, 植 遥一朗
    セッションID: P037
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに

     日本では1971年に水質汚濁防止法が施行されて以降、河川の水質は急速に改善された。都市河川での事例では、横須賀市を流れる岩戸川で水質汚濁が進み、生息していたホタルが絶滅したが、改修工事により水質が改善され、ホタルなど水生生物の回復が実現されたと述べられている(水系環境を考える会 1989)。しかし流域全体の水質特性については明らかになっていないため、本研究では平作川を対象に水環境の特徴を把握することを目的とした。

    Ⅱ 研究方法

    2023年8月から毎月、定点22地点の河川水を中心に現地で気温、水温、電気伝導度(EC)、pH、RpH、COD、流量を観測した。また、イオンクロマトグラフによる主要溶存成分およびTOCの分析を行った。

    Ⅲ 結果・考察

     ECは、塩水遡上が確認できた7地点を除き、本流では400-500μS/cm、一方、支流では600-700μS/cmと高い値を観測した(図1)。pHは、8.7以上の地点が多く、アルカリ性を示している(図2)。また、変動係数は、0.01~0.05で、pHの最高値は8月と9月に多く検出された。RpHは、8.2以上の地点が多く、変動係数は、0.01~0.04であった。最高値はpHと同様8月と9月に多く検出された。RpH-pHでは、0.0または0.2が多かった。水質特性においては、Ca-HCO₃とCa-SO₄型の境界付近に分類され、地質的要因を反映しており、前者では日本の河川の大部分が属している。またCa²⁺の値が高く検出された地点では、宅地が広がっており、HCO₃⁻の値が高く検出された地点では、宅地以外にも農作地や高速道路が広がっている。

    Ⅳ おわりに

     平作川の支流では、本流よりも比較的ECの値が高く、かつ水質特性においてもCa²⁺やHCO₃⁻が多く検出されている。しかし、横須賀市の下水道整備率はほぼ100%に近いため、特に宅地周辺と高速道路付近でのECの値が高い要因について、今後も継続した調査が必要である。

    参考文献

    水系環境を考える会(1989):都市河川の再生-横須賀市岩戸川-,横須賀市博物館研究報告(自然科学), 9-28.

    山形えり奈・小寺浩二(2023):阿武隈川流域の流域特性と河川水質-1年間の調査をもとにした水質形成要因の推察-,陸水物理学会誌,5(1), 3-15.

    原久雄(1988):横須賀市秋谷の河川水・地下水の水質調査,化学と教育,36(1),98-99.

  • 安比高原・胆沢川上流部・森吉山麓高原における比較研究:第2報
    大貫 靖浩, 小野 賢二, 森下 智陽, 野口 麻穂子, 延廣 竜彦, 山下 尚之, 星崎 和彦, 新田 響平, 和田 覚
    セッションID: 808
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    東北地域に広く分布するブナ林土壌の保水機能について、演者らは前回、岩手県北部の安比高原、同南部の胆沢川上流部、秋田県北部の森吉山麓高原での調査結果を報告した。その際に、土壌の保水機能の2つの能力(通常時に使える土壌中の水の「貯金(保水力)」と、もしも(大雨)の時に水を容れることのできる「保険(貯水能)」)を量的に評価したが、今回はそれぞれを「渇水緩和機能」、「洪水調節機能」として、土層厚および土壌物理特性の解析結果から再評価を行った。さらに、演者らが過去に調査を行った、ブナ林以外のいくつかの森林土壌においても両機能を定量化し、東北地域のブナ林土壌との比較を試みた。その結果、ブナ林かそうでないかを問わず、土層の厚さは気候条件や地質、火山灰の影響の有無に左右されることがわかった。また土壌物理特性については、ブナ林土壌の特徴として、一般的な森林土壌と異なりA層の飽和透水係数がB層よりも低い土壌が多いこと、特にB層で現場含水率および細孔隙率が高いことが明らかになった。このことは、土層厚が同程度の場合、ブナ林土壌は渇水緩和機能が高いことを示唆している。

  • 小松原 琢
    セッションID: 837
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

    日本列島の多くの場所で,海岸に平行して活断層が存在する.しかし,その平均変位速度を求めた研究例は多くない.海陸境界に分布する活断層の上下変位速度を算定する方法について検討する.

    2. 問題の所在

    海陸境界の活断層については,従来海成段丘の旧汀線高度など旧潮位指標を基に隆起側における相対隆起速度を算定する方法と,沈降側の海底堆積物を対象とする音波探査とボーリングを併用した海底地質調査法によって,変位速度が求められてきた.しかし,海陸にまたがる構造全体やごく浅海の活断層の変位速度を求めた研究例は少ない.ここでは海陸境界断層の上下変位速度を求める2つの方法を提案し,議論を求めたい.

    3. 上下変位速度算定の2つの方法

    3-1. 最終間氷期海成粘土層上面を変位基準とする方法

    最終間氷期最盛期(MIS 5e)の海面高度は,現海水準よりも数m高かったため,至る所で当時の海成層が陸上まで追跡できる.特に内湾に面する河口段丘(小松原,2020)では,地表踏査やボーリングによって海成粘土層(プロデルタ堆積物)上面を正確に把握できる.それと海底ボーリングを組み合わせることによって,ほぼ同一期に一連の堆積面として形成された基準面の比高を明らかにし,最終間氷期以降の上下変位量を算定することは可能である.しかし,プロデルタ堆積面はどこでも把握できるとは限らないことが難点である.

    3-2. 旧潮位指標と古水深指標化石に基づく方法 海底堆積物について貝形虫,底生有孔虫,貝などの古水深指標化石によって古水深を把握し,地殻変動を論じることは可能である(たとえば増田,1998).同一期に形成された陸側の隆起旧潮位指標と海底堆積物の古水深を比較することによって上下変動量を算定することは,原理的に可能である.

    3-3. 最終間氷期海成粘土層による伊勢湾断層の変位速度 3-1の方法により伊勢湾断層の変位速度を再検討した.隆起側の知多半島西部では最終間氷期のプロデルタ粘土層上面は標高+16~32mに認められる一方,沈下側の伊勢湾西部で同層は-60~63mに分布する(岡田ほか,2000).このことから,平均変位速度は0.6~0.8m/千年と求められる.

    4. 断層評価に向けた提案 食い違いの弾性論(たとえばMansinha and Smylie, 1971)の単純計算によると下限深度15km傾斜45度の逆断層で顕著な隆起が生じる範囲は,断層線から10数kmに限られる.逆に言えば,広域変動場を除き,海岸段丘が認められる場所では海岸から10数km以内に活断層が存在する可能性があると考えるべきであろう.この観点から,海成段丘が存在する地域で,活断層が存在することを前提とした調査を行うことは地震防災上意義があることと演者は考える.議論を乞う.

    文献

    小松原琢 2020.「河口段丘」の提案.2020年日本堆積学会プログラム・講演要旨,30-31.Mansinha. and Smylie 1971. The displacement fields of inclined faults. Bull. Seism. Soc. Amer., 61: 1433-1440.増田富士雄 1998.高密度で測定された14C年代測定値による完新統のダイナミック地層学.地学雑 107: 713-727.岡田篤正ほか 2000.知多半島西岸の伊勢湾断層.地学雑 109: 10-26.

  • 高田 勇気
    セッションID: 606
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 研究背景・目的

    第二次世界大戦末期の日本では,空襲による火災の延焼防止や避難場所の確保といった目的により,あらかじめ都市部の建物を解体して空地を作る「建物疎開」が行われた。この政策は第二次改正防空法に基づき,1943年12月の「都市疎開実施要綱」閣議決定以降,1945年8月の敗戦まで実行され,当時日本統治下の台湾や朝鮮でも実施された。しかし,日本本土以外の建物疎開に着目した研究は不足している。本研究は,台湾で実施された建物疎開事業を対象とし,日本統治時代末期に発行された史料を用いて,その指定実態の解明を目的とする。

    2. 台湾における建物疎開の政策的過程

    建物疎開の実施根拠である防空法は,同法は「防空法台湾施行令」(昭和12年11月4日勅令第643号)により,一部の条項を台湾の行政制度に合わせた上で適用された。

    台湾総督府内では,1944年前半には建物疎開に対しては消極的であり,1944年4月に黒澤平八郎(台湾総督府防空課長)が台湾で人員疎開を行う方針を表明した際,「内地とは大分事情を異にしてゐる本島では,現在内地で相当思ひきつて行はれてゐる生産疎開,防火都市構成のための建物の疎開は原則として行はない。」と述べている。内地と異なる「事情」が何であるかの記述はないが,同時期の『台湾新報』(1944年4月16日,6月28日)は,台湾ではレンガ造りの家屋が多く,また湿度の高い気候のため火事が起こりにくいこと,さらにレンガ造りの建築は木造やコンクリート造りと比較して爆撃に脆弱であることを指摘した上で,都市部の人口を地方に移す人員疎開の必要性を主張しており,「事情」とはこういった台湾の建築様式や地理的条件の違いを指しているものと考えられる。

    しかしながら,1944年8月23日に台湾総督府内で開かれた防空協議会においては一転して建物疎開を実施することが決まり,「防空空地造成要綱」が決定された。1944年11月から1945年5月にかけて,台北市・基隆市・台南市・高雄市・台中市・彰化市の計6都市で指定が行われた。

    3. 台湾における建物疎開の事例

    防空空地造成要綱では,一空地の面積は0.3 ha(約1,000 坪)前後を標準とし,必要ある場合幅員20 m程度の空地帯を設けるものとされた。また,空地の配置基準としては約110 haごとに1か所を配置し,「なるべく危険家屋,不良住宅の密集せる地域を選ぶ」ものとされた。この基準は避難・消防路線の確保を念頭に置いたものと考えられる。1944年11月から12月にかけて指定された都市では概ねこの基準に沿って指定されていたが,1945年4月に台北市で第二次指定が行われた際は規模が拡大され,その全てが空地帯として指定され,幅員もほとんどが40-70 m程度に広がった。指定の理由について『台湾新報』(1945年4月27日)は,「台南,嘉義両市の焼夷弾による被害状況に鑑み,さらに徹底した空地帯を増設する必要がある」と報じており,実際の空襲被害の状況からさらなる規模拡大の必要性が認識されたとみられる。

    また,この第2次指定の空地帯は1932年の都市計画「台北市区計画」との関連がみられ,建物疎開の機会を利用して都市計画を前進させようとする意図があったことも示唆される。

    引用文献

    黒澤平八郎 1944. 臺灣でも都市疎開 防空非常措置 さあ急がう.新建設 3(4): 8-9.

  • 豪雪域と同緯度の非豪雪域福島県南相馬市における高校生を対象として
    川島 朋佳, 澤田 康徳, 古川 武尊
    セッションID: P025
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    目的:季節に関する学びは,幼児期から始まり,中等教育段階にかけて地理や地学分野を中心に展開されている.季節変化は,気温や降水量を中心に学ばれる一方,その他の気候要素にも季節変化を伴うものは多い.中等教育最終段階の高校生は,これらを総合して季節をとらえていることが想定されるが,高校生における季節判断について十分に分かっていない.本研究では,豪雪域と同緯度の非豪雪域に位置する高校の生徒にアンケートを実施し,冬季に関する季節判断と他季節および自他地域の判断の関係を明らかにする.方法:アンケートは,福島県南相馬市に位置する高校の地理履修生徒(263名)に実施した(2023年7月上旬).質問内容は①自然環境等への関心やそれに関わる情報源,②各季節判断に関わる気候要素(気温,湿度,降水量,日照時間,風速,空の色,空の澄み具合)の関与程度,③自他地域の冬季判断の内容およびそれらの領域などである.回答方法は①と②は5段階評価,③の自他地域の冬季判断の内容は自由記述,自地域と冬季判断の内容が異なる他地域は網域で示させた.②で得られた各季節判断の要素の得点に主成分分析をした(分散共分散行列).さらに,冬季の主成分得点に基づきクラスター分析をし(Ward法),冬季判断を類型化した. 結果:各季節判断に関わる要素の主成分(固有値1.00以上)は,冬季は第4主成分までと春~秋季より判断に関わる主成分が多い.主成分負荷量は,各季節とも第1主成分で要素全体が正を示し,第2主成分で空が関連する要素が負,湿度・降水量が正を示し絶対値が大きく,空が関連する要素はいずれの季節判断にも関わりうる.(図1).冬季判断の主成分得点に基づくクラスター分析から,判断群をI~IVに類型化した結果,冬季判断への関与程度が高い要素は,気温のほか,I・IIは多くの気候要素が関わり,Iは降水量や風速,IIは日照時間や湿度の関与程度が他の判断群より高い.IIIおよびIVは,日照時間および湿度・降水量と限定的である(図2).冬季と他の季節判断に関する要素の得点に対する順位相関係数は,いずれも正,大半で有意であった.I・IIは冬季と夏季で値が大きく,IIは冬季と春季・秋季で小さかった.III・IVはいずれの季節とも値の大小の差が小さかった(図なし).すなわち,冬季判断に関わる気候要素が多いI・IIは,季節により異なる要素を判断に活用する傾向がある.冬季判断の内容が自地域と異なる他地域は,全平均よりも特に割合が大きい領域がIは会津,IIは中通り以西である.IIIは新潟県沿岸,IVは浜通り内の学校周辺西側や山地域を除く広範囲を他地域と判断する傾向が認められる(図3).他地域の冬季判断の内容に関する語の割合は,III・IVのうち,IIIは特に割合の大きい語は降水であり,他地域が限定的に新潟県沿岸と判断された可能性がある.他地域が広範なIVは割合の大きい語はその他である.一方,I・IIでは,気温や降水量のほかIは風速,IIは湿度の割合も他の判断群より大きく冬季判断との対応が認められる.さらに,I・IIで地域名,IIは社会に関しても語の割合が大きい.それゆえ,IIは社会や文化的異なりを念頭に中通り以西を,Iは相対的に降雪量を念頭に多雪な会津以西を他地域と判断する傾向を示したと考えられる(表).I・IIは,冬季や自地域の気候に対する関心が高く,多様な情報源を季節判断に活用していた(質問①).冬季判断に関わる気候要素の多少は,他地域の判断内容の要素の多少と概ね対応する.一方,空に関連する要素は,季節判断に関わるものの他地域の判断への活用程度は低い.したがって,季節とその地域的広がりの判断の連関性を踏まえ,季節やその地域性の理解を育む必要があろう.

  • 広島市の混住化地域と新興住宅地におけるコミュニティ・レジリエンスの差異
    池庄司 規江, 齊藤 龍斗, 渡 龍大
    セッションID: P045
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.問題の所在と研究の目的

    近年,ゲリラ豪雨と呼ばれる局地的大雨や線状降水帯による集中豪雨など,発生予測困難な気象現象による都市型水害や土砂災害などが全国各地で多発している.災害発生直後,特に大規模な災害の際には,地域を詳細かつ的確に把握する地域住民自身が消防や警察よりも力を発揮することがある.例えば,阪神・淡路大震災では,市民による救助者は警察・消防・自衛隊による救助者の 3 倍以上にのぼる1).本研究の目的は,この災害時の共助,古くは互助と呼ばれる地域コミュニティの果たす役割に着目し,コミュニティ・レジリエンスがいかに地域防災に資するかを広島市の混住化地域と新興住宅地域の比較から考察することである.

    2.研究対象地域と研究方法

    広島県は全国のなかで最も多い47,743カ所の土砂災害警戒区域を有する(国土交通省 2023).広島市も例外ではなく,太田川をはじめとする河川の河口部を有する中区と南区を除くと,西区,東区,安佐南区,安佐北区,佐伯区,安芸区はいずれも,河川と旧河道沿いに細長く広がる自然堤防と氾濫原低地,山地斜面地,毛細血管のように筋状に広がる小河川沿いの狭小な谷底低地からなる.とりわけ,600~1000mの山地部が市域面積の約3分の2を占め,東西北の三方から平地部を取り囲む.本研究は災害復興への対応力差を考察するにあたって,戦後における市域人口の大幅な増加によって山裾の斜面地まで住宅開発が進んだ広島市のなかでも,混住化地域の安佐南区梅林地区と新興住宅地域の安芸区矢野地区を研究対象地域として選定し,この2地域における住宅開発およびコミュニティ活動について比較考察する.前者は空中写真と人口統計,後者は町内会の役員を中心とした聞き取り調査によって明らかにする.

    3.研究対象地域における災害

    安佐南区梅林地区は平成26(2014)年8月豪雨によって甚大な被害を受けた地域の一つである.安佐南区域においては,太田川,古川,安川,山本川の旧河道を含む河川沿いの八木,緑井,祇園,山本,長束,西原などの農業集落が江戸時代までに形成されていた.梅林でも江戸時代から続く旧家の存在が認められるものの,多くの住民は昭和40(1965)年以降の住宅開発によって流入した,いわゆる新住民である.一方,安芸区矢野地区は平成30(2018)年7月豪雨による被災地の一つである.矢野は,マツダ株式会社による従業員向け住宅地として1970年代に開発され,宅地化した新興住宅地域である.発表では,コミュニティ・レジリエンスに反映した地域差に加えて,町内会を超えた地域コミュニティの役割に重要性について言及する.

  • 土屋 日菜, 松山 洋
    セッションID: P027
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本研究は,2023年日本地理学会秋季学術大会にて筆者たちが発表した『方向別バリオグラムを用いた線状降水帯の長軸・短軸比の抽出』の第2報である.前回の発表では,気象庁が2021年6月に発表を開始した「顕著な大雨に関する情報」の発表基準の1つである長軸・短軸比2.5以上という値に着目し,方向別バリオグラムを用いた線状降水帯の長軸・短軸比の抽出方法を提案した.

    本発表では,2022年に「顕著な大雨に関する情報」が発表された全17事例について降水量の閾値を設け,方向別バリオグラムを計算した.その結果,降水量の閾値を80mm/3hに設定したとき,気象庁より発表された値に最も近い値となった.しかし,閾値を設けても,線状降水帯と考えられる強雨域とは別の降水システムによって発表された値に対し過小な値をとった事例があった.このことから,対象範囲の定量的な検討が今後の課題として挙がった.

  • 水野 一晴
    セッションID: 841
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.ケニア山の氷河縮小

     ケニア山(5,199m)のティンダル氷河の後退速度は、1958-1996年には約3m/年であったが、1997-2002年は約10m/年、2002-2006年は約15m/年、2006-2011年は約8m/年、2011-2017年は約9m/年、2017-2022年は約6m/年であった。このまま縮小していけば、10年以内には氷河は消滅すると推測される。

    2. ケニア山の生態系の変化

     氷河の後退を追うように、先駆的植物種4種は、それぞれの植物分布の最前線を斜面上方に拡大させている。とくに、氷河が溶けた場所に最初に生育できる第一の先駆種セネキオ・ケニオフィトウムSenecio keniophytumは、氷河の後退速度と類似する速度で前進している。長年、第一の先駆的植物種はセネキオ・ケニオフィトウムであったが、2016年と2017年は氷河末端に一番近い場所に生育していたのは地衣類のチズゴゲだった。

     コロナ禍で3年ぶりに調査できた2022年は、氷河末端から、先駆的植物種7種の最前線の個体までの距離が、2019年とほぼ同じであったことには驚かされた。7種がほぼ同じ速度で前進していることになるが、このような前進過程は過去30年間の調査で一度もなかった。

     1996年に氷河末端に接して設営した永久区画において、2011年にはセネキオ・ケニオフィトウムの個体数と被度が著しく増加していた。氷河が消滅したばかりの氷河末端付近では、植物の個体数と被度が急速に増加したが、氷河が消滅してから10年以上経つと、その増加傾向は鈍化した。

     ヘリクリスム・シトロスピヌムは、これまで氷河末端付近では観察されていなかったが、2009年に標高4470mのラテラルモレーン上で初めて生育が確認された。この種の分布変化は、気温上昇と直接関係があると推測される。

     大型の半木本性ロゼット植物であるセネキオ・ケニオデンドロンの2個体からそれぞれ3カ所の枯葉を採取し、それらの放射性炭素年代測定の結果、セネキオ・ケニオデンドロンの2個体の成長速度は、それぞれ3cm/年と4.5cm/年であった。高さ5mのセネキオ・ケニオデンドロンの樹齢は100年以上と考えられる。

    3.キリマンジャロの氷河縮小

     キリマンジャロ(5,895m)の氷河は近年急速に後退している。キリマンジャロの氷河の後退は、氷が直接気化する昇華によっていて、気温上昇による融解の影響はあまり受けていないとされてきた (Kaser and et al., 2004) 。実際に、2000年頃まではキリマンジャロではそのような氷河縮小の形態である階段状の氷河や氷壁が見られたが、近年は、大量の氷柱が見られるなど、昇華による氷河縮小より、融解による氷河縮小のほうが進行していることが推察される。

  • 舘野 宏彰, 須貝 俊彦
    セッションID: 816
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     栃木県西部に位置する今市扇状地は,大谷川が形成した扇状地で,大部分が段丘化している.段丘面の区分は研究により異なり,3面に区分した研究 (宮岡, 1995)と,2面に区分した研究(山元, 2010)がある.また,扇状地の南側には流れ山がみられ,140 ka頃の女峰山の山体崩壊(行川岩屑なだれ)起源とされる(橘,2004).岩屑なだれ堆積物と最高位段丘の構成礫層の層序関係は,前者が整合で後者を覆うとする説(鈴木, 1993; 阿久津,1957)と逆順の説(山元, 2010)があり,詳細は不明である.

     今市扇状地の段丘形成年代と形成過程の解明は,MIS6以降の東日本における河川地形発達に与えた気候変化の影響や,山体崩壊が流域に与える影響を評価するうえで重要な課題である.

    2.研究手法

    国土地理院公開の5mDEMを用いた地形判読,火山灰試料の主成分化学組成分析,砂礫層の円磨度判定・礫種分析を行った.

    3.結果・考察

    (1)地形判読結果

     高位から順に,鹿沼面,大室面,宝木面の3面に区分した.両面の比高は1~2 mとわずかだが,ローム層の層厚と開析谷の発達の程度に差が認められた.

    (2)火山灰試料の分析結果と段丘化年代

     鹿沼面構成礫層(褐色亜円礫層)の直上に認められた層厚8 cmの軽石層(Loc.2)は,SEM-EDSによる磁鉄鉱の分析結果から,赤城折口原テフラ(Ag-OrP:150 ka(山元, 2016))に対比され,段丘化年代は150 ka頃と推定された.

     宝木面構成礫層との間に層厚1.1 mのローム層を挟んで認められた層厚35 cmの軽石層(Loc.1)は,火山ガラスの分析結果から赤城鹿沼テフラ(Ag-KP:45 ka(青木ほか, 2008))に対比された.Ag-KP以前のローム層の堆積速度を以後~現在(7.8 cm/kyr)と同等と仮定すると,段丘化年代は60 ka頃と推定された.

     なお大室面には,山元(2010)が詳細な火山灰編年を行った露頭があり,120~110 ka頃に段丘化したと考えられる.

     同時期の段丘は周辺地域でも報告(例えば田力ほか, 2011;渡辺, 1991;幡谷, 2006)されており,一連の気候変化に応答して形成された気候段丘である可能性が示唆される.

    (3)砂礫層の円磨度の判定・礫種分析の結果

     Loc.2では,分析した軽石層を含む層厚1 mのローム層の上位を黒色砂礫層が覆う様子を観察できた.黒色砂礫層は,Loc.2の露頭が不安定だったため,2 km離れたLoc. 3で採取したが,層相と地形的連続性から確実に同一層に対比できる.黒色砂礫層の礫は,29個中24個が角礫・亜角礫であり,礫種は全て玄武岩ないし安山岩だった.この特徴は,亜円礫・円礫を主体として流紋岩礫を多く含む鹿沼面構成礫層(Loc.4)とは異なり,女峰山で発生した行川岩屑なだれ堆積物に対比される.ただし,Loc.2, 3では斜交層理が発達した砂層を挟むことから,岩屑なだれの二次堆積物だと考えられる.

     以上から,鹿沼面構成礫層と岩屑なだれ堆積物は層相から区別でき,Loc.2で層厚1 mのローム層が両者の間に挟まることから,鹿沼面構成礫層の堆積後,行川岩屑なだれが堆積するまでに1万年程度の時間があったと考えられる.

  • ー東京都調布市の保育所を事例にー
    畔蒜 和希
    セッションID: 634
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.問題の所在

     経済地理学の下位分野として発展した労働の地理学は,フェミニスト地理学の知見と交差しつつ,その射程を社会的再生産の領域へと広げつつある.とりわけ近年は,ジェンダーやエスニシティに目配りした多様な労働者の経験を描き出すこと,家事,育児,高齢者介護といった再生産労働に従事する者の行為主体性を前景化することなどが主要な論点となっている.

     日本においても,ケアサービスの供給過程を労働力や労働市場の視点から検討した研究が蓄積されつつある.中でも保育に関しては,主に新卒保育士を対象として,養成校を介した採用ネットワークの実態や,保育所側の労働力確保の戦略が明らかにされている.本報告ではこのような知見を踏まえつつ,よりミクロな時空間スケールにおける保育労働需給の様相を明らかにする.具体的には,保育所で働く就業者個人の経歴や経験,労働過程の内実についてインタビュー調査をもとに描き出し,保育所側の採用や労働力配置の状況との関係を検討する.なお本報告では,特にパート就業者の役割とパートという働き方の位置づけに焦点を当て,日々保育を提供する保育所の労働がいかに編成されているかを検討する.

    2.調査対象および保育所の労働編成

     調査対象は,東京都調布市に位置する社会福祉法人と株式会社法人の認可保育所2園である.インタビュー調査は両園の園長および保育士をはじめとした就業者(無資格者を含む)37人に対して実施し,このうちパート就業者は11人,さらにこのうち無資格者は5人であった.

     保育所の業務は,子どもの年齢や登降園の状況に応じたシフト制勤務のもとで展開される.クラス担任を持つ正規雇用の保育士は業務時間のほとんどを子どもと共にするため,休憩や事務作業は主に午睡の時間に充てられる.パート就業者はその間に,子どもの見守りや玩具の片付け,清掃などを行う.加えて,パート就業者は配慮が必要な子のサポートや担任欠勤時の応援に従事する場合もあり,1日の保育を円滑に進める上で不可欠な存在となっている.

     パート就業者もシフト制のもとで勤務するが,業務内容は日によって変動することが一般的であり,午前と午後で別のクラスを補助する場合も多く,また登降園時のクラス補助のみを担うような勤務パターンも存在した.このような柔軟な勤務体制を可能にするためには,きわめて狭域な範囲で求人を展開する必要がある.調査を実施した社会福祉法人の保育所では,無資格者までを募集の対象としつつ,近隣施設や市報への求人広告掲載を行っていた.

    3.就業者の経歴・経験とパートという働き方

     インタビュー対象者の多くは,雇用形態によらず,転職を繰り返しながら現在の保育所に至っていた.中でも正規雇用の保育士については,出産や育児を契機に保育の現場から一時的に離れ,その後,育児や家事といった家庭の状況を鑑みて再び保育士へと復帰する,という経歴が多い.またその際に,正規職員の業務負担や自身の子どもの送迎などを考慮しつつ,勤務時間の融通が利きやすいパートでの復帰を主体的に選択する傾向が見受けられた.

     出産や育児の経験は,無資格者を含む中途採用者が保育労働市場に参入する契機にもなっている.資格の有無を問わないパート(保育補助)の求人は他業種からの参入を後押ししており,中には無資格で就職したのち保育士資格を取得して,新たなキャリアを歩み出す事例もみられた.

     また,出産や育児の経験,および過去の転職を通じて得た就業経験は,日々の保育におけるさまざまな場面に反映される.たとえば,同僚の子どもが急に発熱した場合に別のクラス担任やパートが積極的にサポートに入ったり,自身が育児を経験したことで保護者目線に立ったアドバイスが可能になったりと,職員間の連帯や保育の質向上に結実するような実践が見受けられる.これらが示唆するに,保育サービスが提供される空間は,単に働き手を集めた結果ではなく,保育労働者一人ひとりの経歴や経験に基づく行為主体性の所産であり,保育所側の採用や労働力配置と相互に規定し合うことで存立するものといえる.

  • 小川 滋之
    セッションID: 504
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    研究の背景と目的 落花生が日本で本格的に栽培されるようになったのは、明治時代に米国カリフォルニア産の品種が導入されてからのことである。しかし、落花生が日本に初めて伝来した時代というと、それは江戸時代まで遡る。「南京豆」という名前で、油料作物としてわずかに流通する程度であったためか、現在の品種とは異なるということ以外の情報はほとんど伝わっていない。一方、落花生の豆果をみると、日本国内では莢に2粒の豆が入る品種が多いが、中には多粒型といわれる莢に3、4粒の豆が入る品種がある(図1)。これらは、各地で古くから作られている在来作物などと呼ばれることがあるが、その起源や来歴は不確かなものが多い。産地の中には、断片的ながら江戸時代に伝来した「南京豆」につながりそうな情報もある。本報告では、多粒型落花生の産地分布と各産地の来歴や利用についての情報をまとめ、その特徴と「南京豆」との関係を考察する。

    多粒型落花生の分布 既存文献などの産地情報をもとに現地調査を行った。静岡市葵区井川、長野県南牧村、立科町、群馬県沼田市、片品村、川場村、昭和村、長野原町、福島県いわき市、新潟県小千谷市、長岡市山古志で栽培を確認した。産地は、標高が高い山間部(標高50-1064 m)に多く、種まき時期(5・6月)と収穫時期(10月)の気温が、一般的な落花生の生育温度(15℃以上)に満たない地域もみられた。

    品種ごとの収量の違い 千葉県の圃場で品種ごとの栽培実験を行った。オオマサリ2.1L、多粒型(井川産)1.3L、千葉半立1.2L/1苗であった。多粒型は、平地で栽培すると生育不良が起こるとの情報もあったが、他品種と比較しても十分な収量があった。

    来歴と利用 各産地の生産者に聞き取りを行った。栽培開始年は、すべての産地で昭和時代以前であり、静岡県葵区井川や群馬県長野原町では明治時代以前の可能性があった。すべての産地で乾燥豆、煎り豆として食用にされていたが、群馬県長野原町や昭和村では「油豆」という名前があり、古くは油料作物として作られていた。

    考察 多粒型落花生の産地は、標高が高い山間部に多かったが、これらの地域で栽培される植物としての必然性は認められなかった。冬場の保存食や油料として用いられてきたことが、山間部に多い要因であると考えられた。また、複数の地域で明治時代以前からの栽培歴があることや、油料作物として利用されてきたことの共通点からは、この多粒型が日本に初めて伝わった「南京豆」である可能性を高める結果となった。

  • 一ノ瀬 俊明
    セッションID: P084
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    「ファンダメンタルズ プログラム」(2021~:fundamentalz.jp)は、科学・アート・社会を新たに結びつけ直し、新たな文化を形成することを目指すものである。ここでは科学者とアーティストとの交流成果が、ファンダメンタルズ フェスなどの行事や、動画配信などのオンライン行事を通じて公表されてきた。発表者はフィールドサイエンティスト(都市環境学)として初年度より参加し、アーティストとの間で以下のコラボレーションを行ってきた。

    映像作家・澤崎賢一「マルチモーダルな共創/研究プロセスにおける情動」(2021~)。

    「対話の記録:科学者の研究について 一ノ瀬俊明×澤崎賢一」(澤崎,2022:75分)などの短編映画に主演した。この作品で発表者は、サーモカメラを片手に東京駅の周辺を歩きまわり、表面温度の空間分布などから、当該地域の都市構造、自然環境、地理歴史などを読み解いている。本作品はNHKの著名番組「ブラタモリ」をサイエンス寄りに仕上げたような内容となっている。

    写真家・大槻唯我「“風景”と社会課題」(2022~)。

    発表者は1990年に、農林水産省林野庁足尾治山事業所主任として足尾荒廃地(現在栃木県日光市足尾町)の治山事業に従事した(一ノ瀬,1994)。大槻は2019年から「生と死」をテーマに足尾荒廃地の撮影を手掛けており、発表者が撮影した1990年の写真との比較や、発表者が施工を担当したエリアのUAV空撮(可視および熱赤外)を行い、当該緑化(自然回復)事業の効果が確認できた。

    ミクストメディア作家・ヒロイクミ「環境未来予測」(2023~)。

    Ichinose and Yasui (2004) には、1990年代半ばにおける日本の環境学者数十名による2050年までの環境未来予測がまとめられており、2023年段階における振り返りとともに、環境未来予測をテーマとしたカードゲームを試作した。

    当日は、(地理学などの)フィールドサイエンスと他の学術分野との相違や、アーティストの視点の特徴、コラボレーションの発展可能性などについて発表する。

    参考文献

    澤崎(2022)YouTube Living Montage 2022年3月16日:https://www.youtube.com/watch?v=whPpBKpMbD0

    一ノ瀬(1994)足尾の荒廃と緑化. In 中村ほか編:日本の自然 地域編・第3巻 関東. 岩波

    Ichinose and Yasui (2004) Future Scenarios: Predicting Our Environmental Future.; In Himiyama Eds.: Area Studies - Regional Sustainable Development: Japan.; In Kiel Eds.: Encyclopedia of Life Support Systems (EOLSS). Developed under the Auspices of the UNESCO

  • 大阪市の事例を中心に
    本多 忠素
    セッションID: 638
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     「家」制度の解体や人口動態の変動,都市的生活様式の拡大等の重層的な社会変化に伴い,今日の葬送や墓制に変化が表れていることは,社会学を中心とした多くの既往研究が示すところである.そのなかでも,世代間の継承を必要としない納骨堂は,継承が前提の従来型の墓に代わって,現在では受容されつつあり,都市部では郊外・農村部に比べ開設数が多い.一方で,墓地や納骨堂は,日本では一般にNIMBY施設として捉えられ,こうした「墓の都心回帰」(槇村 2022)は,周辺住民の嫌悪感情による問題化のリスクをはらんでいる.実際に2015年以降,納骨堂の建設に対する周辺住民らによる反対運動が全国各地で散見されるようになっている.そこで本研究は,納骨堂の建設とそれに対する住民反対運動が生じた事例を取り上げ,納骨堂の立地過程および立地状況を分析し,問題化する場合としない場合とで,いかなる差異があるのかを考察すると同時に,納骨堂に反対する周辺住民は,どのような抵抗戦略をとっているのかを明らかにすることを目的とする.

    2. 研究対象と調査手法

     本研究では,これまでに納骨堂の建立に対して周辺住民による対立が生じた6件の事例を取り上げ,それらの共通項から問題化の要因を考察した.加えて,そのうち大阪府大阪市淀川区における納骨堂に対する周辺住民の反対運動を調査した.本事例では,2017年に大阪市淀川区の住宅街に大規模なビル型納骨堂の建設計画が立ち上がり,建立計画当初から住民による反対運動が生じた.一部の周辺住民らは,納骨堂の経営許可を出した大阪市を相手取って訴訟を起こし,2024年現在も裁判が続いている.本調査では,当該の納骨堂の運営事業者と反対運動を行う住民への聞き取りを行ない,問題化の要因を空間的に検討するとともに住民側でどのような抵抗が行われているのか調査した.

    3. 結果と考察

     納骨堂の建立が,問題化する場合と問題化しない場合とを比較すると,前者では販売や管理の業務委託というかたちで民間企業が経営に関与し,かつ,納骨堂が寺院本堂の建つ境内地とは異なる飛び地に立地する傾向がみられた.業務委託される納骨堂は,建設規模が大きいうえ,民間企業の資本投入がみられ,資金回収の点から利用者を広く募る必要がある.そして,納骨堂の利用においては,広範な受益圏を形成する一方,受苦圏は納骨堂の寺檀関係のない周辺に局地化し,こうした空間的な受益/受苦の「分離」が問題化の一要因であると推察される.

     大阪市淀川区における周辺住民の反対運動は,他地域での納骨堂の反対運動とも協力関係にあり,反対運動の経験に基づいた有効な抵抗手法等の情報が、ある地域から他地域へと共有されていることがわかった.そして,協力関係による納骨堂への抵抗戦略のみならず,一地域での反対運動の結果が他地域での建設計画に影響を及ぼしていることが確認され,これらの反対運動は一地域を超えた社会運動として捉えられる.問題化する要因をさらに詳しく検討するには,寺院と住民側との信頼関係や,立地する地区の地域的特徴といった諸要素も考慮する必要があると思われる.

    参考文献 

    槇村久子 2022. 近代公共墓地の成立と変遷――大阪の都市史としての墓地. 山田慎也・土居浩編『無縁社会の葬儀と墓――死者との過去・現在・未来』. 吉川弘文館152–177.

  • 小坪 将輝, 中谷 友樹
    セッションID: 301
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    人口移動は年齢選択的なプロセスであり,都市から農村といった移動の方向や選好は年齢によって変化する.海外における国内人口移動研究では,若年層や高齢層で都市階層の下位から上位への移動が卓越するのに対し,中年層では上位から下位への移動が卓越することが報告されている.本研究では,都市階層に着目し,日本における年齢階級別国内人口移動のパターンを明らかにする.さらに,海外の研究ではなされていない男女別の分析も行う.

  • 小野 映介
    セッションID: 731
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    令和6年能登半島地震によって,越後平野においても地盤災害が生じた.震度は,新潟市中央区・南区・西区・西蒲区で震度5強,北区・東区・江南区・秋葉区で震度5弱であった.

    建物被害は新潟市西区に集中しており,全壊9件,半壊340件,一部損壊316件である(2024年1月12日午前8時現在.新潟市発表).建物被害の大半は,地盤の液状化によるものとされている.

     越後平野における建物の液状化被害は,1964年の新潟地震時にも生じた.その際は,新潟市中央区の信濃川沿いで大規模な被害が確認された.今回の地震においても中央区の一部で液状化被害が生じたが,上述したように被害が集中したのは西区である.

     本発表では,新潟市西区において地盤災害が生じた要因について,地理学的な観点から調査・検討した結果を報告する.

    2.調査方法

     新潟市西区を対象として,複数時期に撮影された空中写真の判読を行い,地形分類図を作成した.加えて旧版地形図と,過去に撮影された空中写真をもとに土地利用変遷図を作成した.

     また,被災から5日後の1月6日にフィールドワークを実施し,地割れや地盤の液状化が発生した箇所,建物の被害地点とその状況を確認した.範囲はおもに県道16号線沿いの内野四ツ角から青山水道遊園までの間である.

    3.新潟市西区の地形と土地利用

     新潟市西区の地形は臨海部に発達する砂丘と,その内陸側に広がる氾濫原とに大別できる.氾濫原には信濃川や西川によって形成された自然堤防,後背湿地,旧河道といった微地形の発達が認められる.

     砂丘の土地利用についてみると,1960年代までは小針や内野といった集落が点在する程度で,その他は畠であった.一方,氾濫原に発達した信濃川や西川の自然堤防上には集落が古くから立地していた.また,後背湿地は水田として利用されてきた.

     1970年代に入ると市街地の拡大にともない,砂丘のみならず信濃川や西川の氾濫原の後背湿地が宅地などとして開発され,現在に至る.

     ところで,新潟市西区に広がる氾濫原の大半は,1950年代から1960年代にかけて人為による著しい地盤沈下を受けて形成されたゼロメートル地帯である.砂丘との境界部では,付近を蛇行しながら流れる西川と,砂丘からの水分の供給と相まって地下水位が高い.

    4.県道16号線沿いの被害状況

     新潟市西区のなかでも建物や道路の被害が大きかったのは,県道16号線の大野郷屋から小針にかけての地域である.県道16号線は,砂丘と氾濫原との境界部に位置する.砂丘では,構成物が滑り落ちた際に形成された地割れが多く観察された.

     また,砂丘が氾濫原へと遷移する箇所では,地盤の液状化によって生じた噴砂の痕跡が広範で認められた.大規模な地盤の液状化被害を受けて,メディアで取り上げられた新潟西郵便局は砂丘の末端,氾濫原との境界に位置する.県道16号線の車道と歩道の境界部では地盤の隆起や陥没が生じており,沿線の一部の建物は傾いていた.なお,新潟市西区における地盤の液状化被害は,県道16号線から離れた氾濫原においても生じた(例えば新潟工業高校).西川の旧河道に形成された新興住宅街は,地盤の液状化の発生にともなう建物被害が危惧されたが,厚い盛土が施されており被害は生じなかった.

    5.新潟市西区において建物被害が生じた要因

     当地域で生じた地盤災害は2つのタイプに分けて考えることができる.①地震の揺れによって砂丘構成物が下方へとずり落ちたことによる地割れ災害.②地震の揺れによって生じた氾濫原における地盤の液状化による災害.

     県道16号線沿いの浅層地質は,氾濫原を構成する有機物を含んだ細粒堆積物(泥~細粒砂)と,砂丘を構成する堆積物(おもに中粒砂)から成り,先述の通り地下水位が高い.こうした地形・地質条件が地盤の液状化被害の拡大を招いたと考えられる.また,県道16号線沿いで地盤の液状化被害が大きかった理由として,砂丘構成物が下方の氾濫原へとずり落ちたことが影響した可能性がある.

     1964年の新潟地震の際にも,現在の西区に相当する砂丘と氾濫原との境界部で地盤の液状化が生じたことが知られている.しかし,上述したように当地の市街地化が進んだのは1970年代に入ってからのことであり,1964年時にはそれほど注目されなかった.以後,急速な市街地化によって砂丘の末端や氾濫原といった地盤の液状化が生じやすい地域が開発された.そうした人的要因が新潟市西区において多くの建物被害を生じさせた原因でもある.

     今後の課題として,砂丘との境界から離れた氾濫原において地盤の液状化が生じた地点がどのような地形・地質条件であったのかを調査する必要がある.

  • 魚沼「豪雪は百合籠」と沖永良部「GIえらぶゆり」
    両角 政彦
    セッションID: P073
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    国内農業の維持が危ぶまれる中で,産地のブランド戦略は国際機関や国・自治体等による各種の認定・認証制度化と産地間の登録競争を経ながら,現在新たな段階に入っている。先行研究では理論的・実証的に研究が蓄積されており,産地構成員の変化にともなう組織再編とネットワークの再構築や,製品差別化の持続性の創出のほか,産地主体からみた産地の発展段階の地域差などに研究課題があると考えられる。ブランド戦略の実態と状況変化を把握しつつ,社会経済的意味や地域的効果を継続的に検証することも求められる。

    本研究では,ユリ切花のブランド戦略を展開する二つの産地(新潟県魚沼市,鹿児島県沖永良部島)を事例として,地域農業の展開過程と存立基盤をとらえた上で,製品の高付加価値化に向けた産地組織の連携による取組みと課題を比較考察し,産地振興の可能性を明らかにした。

    JA北魚沼と魚沼花き園芸組合によるブランド戦略は,独自のブランドの構築にあり,地域特性を考慮した名称も取り入れている。管理制度の下に無いブランドの場合,万一名称が使用されても法的に直接保護されない反面,農協-組合間や農協間の連携などによって市場のニーズに柔軟に即応できる側面もある。他方,JAあまみと沖永良部花き専門農業協同組合によるブランド化は,島内の主要な組織の連携によって,自然環境と伝統文化の地域特性を活かす制度化されたブランドからはじまった。独自ブランドと制度ブランドは,産地ごとの存立基盤や発展段階の差異を背景に当面は市場で併存すると予想される。産地に適合したブランド戦略の選択と組織的な革新の継続が産地振興につながる可能性が示唆された。

  • 位置と空間
    高阪 宏行
    セッションID: 601
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    21世紀に入って,地理学では,自分が何者であるかを問い直す研究が進んでいる。イギリスやアメリカは,地理学が盛んな国で,「地理学的思考」という題目の書物が4 冊出版されている。このような地理学の思考に関する研究が進んだ結果,地理学には五つの基本的研究テーマがあることが知られるようになった。それらは,位置,空間,場所,移動,自然と社会,である。本発表では,はじめの二つのテーマを取り上げ、基本的概念を考察する。

  • 宇佐見 星弥, 川上 源太郎, 石丸 聡, 藤原 寛, 乾 哲也, 奈良 智法
    セッションID: P013
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    平成30年北海道胆振東部地震(以下「H30地震」)の被災域に見出したH30地震以前の崩壊地形について、形成の誘因と年代を調査した。ハンドオーガーによる掘削調査の結果、崩壊地形の源頭部付近では降下テフラに特徴的な級化構造をもつTa-b(1667年)の下位でTa-c(2500年前)とTa-d(約9000年前)が欠如していた。崩壊右側崖のトレンチ調査の結果、テフラ層序を保ち非変形のTa-c~Ta-d(不動層)の上位に、テフラ層序をある程度保ちながらも強く変形したTa-c~Ta-dからなる崩壊堆積物が複数回累重するのが確認された。崩壊堆積物の直下、トレンチ壁面内で不動層最上部のものと考えられる黒色有機質土中には火山灰のパッチが認められ,EDS 分析の結果B-Tm(946 年)の組成を示した。これらの結果から、崩壊地形の形成年代はB-Tm降下後Ta-b降下前であると考えられる。また、H30地震によるテフラ層すべりで、本研究のトレンチ調査で確認したものと酷似する、崩壊したテフラ層が成層構造を保ったまま積み重なるように堆積する構造がみられたことから、対象地形は地震により形成された可能性が示唆された。すなわち、本研究で得られた知見は、対象地域における地震及び地震性斜面崩壊の履歴の一端を示すものだと考えられる。

  • 主旨説明
    荒木 一視
    セッションID: S501
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1 シンポジウムの主題と企画の背景大規模災害が発生した時に,いかにして迅速で効果的な救援活動を展開するかは喫緊の課題である。こうした立場から本シンポジウムでは南海トラフ地震を念頭に,被害が想定される地域において,迅速で効果的な活動を実施するための救援活動拠点や避難所の配置に関して人文地理学,自然地理学およびGISの観点から議論する。ハザードマップをはじめ,災害発生前の防災対策や発災後の復旧活動支援に関しては少なからぬ地理学の貢献が蓄積されている。その一方,発災直後からの救援活動に関しても地理学の貢献の余地は少なくないのではないかというのが,報告者らの立場である。こうした問題意識からオーガナイザーである荒木はこれまで被災地への救援物資輸送に着目した取り組みを行ってきた(荒木他,2017)。その過程で,救援活動拠点や避難所の配置に関する課題と地理学からの貢献の余地にも着目した(荒木,2022)。本シンポジウムはそうした流れから企画されたものである。また,時あたかも内閣府では「避難生活の環境変化に対応した支援の実施に関する検討会」が開催され,避難所支援から避難者の支援へとの考え方の転換が進められている。従来的な避難所と避難者という枠組みではなく,避難所外の避難者という視点が議論されている。こうした点においても地理学の貢献の余地はあると考える。2 救援活動拠点配置,避難所配置 本シンポジウムが対象とするのは救援活動拠点と避難所である。ここでいう救援活動拠点とはオーガナイザーらのこれまでの研究を踏まえて,救援物資や人員を被災者世帯や避難所へと中継する拠点である。内閣府の広域防災拠点,東京都の大規模救出救助活動拠点など類似の概念とは同義ではなく,寧ろ包括的な意味合いで用いている。また,避難所についても自治体等の指定する避難所や避難場所に限定するものではなく,それらの機能を果たすものを避難所と位置付けている。例えば,荒木はそもそも避難所ではないJRの駅舎をはじめとする鉄道施設に,災害時に救援活動拠点や避難所の役割を担わせることが可能かという観点からの研究を進めている。従来の狭義の避難所の配置では災害時に十分な支援活動を実施できないのではないかという問題意識によっているからである(荒木,2022)。こうした点からの配置論を提起したい。3 地理学(人文・自然・GIS)からの貢献 本シンポジウムで提起したいもう一つは,地理学の個別の分野からのアプローチではなく,分野横断的なアプローチである。無論,自然地理学からの貢献もあろうし,人文地理学からの貢献あるいは経済地理学からの貢献,GISからの貢献なども有効であろう。大いに取り組むべきであるが,それらを束ねるアプローチはより効果的ではないかと考えた。 ここでは,自然地理学を下敷きにした紀伊半島南部において航空写真を利用した救援活動拠点や避難所の配置の検討(楮原・桐村),GISを下敷きにした南海トラフ被災想定地域での避難経路と避難所の配置の検討(田中)や新宮市を事例とした避難行動支援と防災計画の策定,訓練の実施などの検討(熊谷)をラインアップするともに,栄養学の立場からの効果的な炊き出しや食事提供に関する検討(保井)も議論に加えた。また,最後に政策動向を踏まえた提言(菅野)を配置し,コメンテータおよびフロアを交えて有意な議論が持てれば幸いである。主旨説明を脱稿後,能登半島地震の報に接した。避難所への救援物資輸送が困難な状況にあることや孤立した集落・避難所,また,被災者に占める高齢者の多さなどに関するニュースが連日伝えられている。こうした半島部の状況は,南海トラフ地震の際の紀伊半島や室戸岬,足摺岬周辺においても同様であることが想定される。本シンポジウムがそうした状況を改善する一助になれば幸いである。

  • ウェルビーイングとエージェンシーの活用に注目して
    金 玹辰
    セッションID: S403
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    ジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities)・プロジェクトの展開において,「力強い知識(Powerful Knowledge)」や「カリキュラム・メーカー」として教師の役割を強調した第2期(2013~17年)に比べ,授業実践をも視野に入れた第3期(2018~21年)では残されたカリキュラム・メーキング(の3要素の一つである学習者により注目を集めるようになった.本発表でも学習者に焦点を当てて,ケイパビリティ・アプローチに基づく地理教育について論じたい.そのため,最近今後の教育の方向性を論じるキーワードとしてよく耳にする「ウェルビーイング」と「エージェンシー」に注目する.これらの用語は,OECD Future of Education and Skills 2030 プロジェクトで提案された学習の枠組みである「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」において,それぞれ2030年教育目標と学習者の主体性を示すために用いられ,これから世界各国の教育政策へ多く影響を与えると考えられる.そこで,本発表では,これらが一体どのようなものであり,これからの地理教育を考える際にどのように活用すべきかを,ケイパビリティ・アプローチの理論から考察する.

    2. ケイパビリティ・アプローチとウェルビーイング

    インド出身の経済学者・哲学者であるアマルティア・センによって提唱された概念である,ケイパビリティとは,「『様々なタイプの生活を送る』」という個人の自由を反映した機能のベクトルの集合として表す」ものであり,ここでいう機能とは,「ある状態になったり,何かをすること」を意味し,「『適切な栄養を得ているか』『健康状態にあるか』『避けられる病気にかかっていないか』『早死にしていないか』などといった基本的なものから,『幸福であるか』『自尊心を持っているか』『社会生活に参加しているか』などといった複雑なものまで多岐にわたる」と説明されている(Sen 1992=2018:67-68).このことから人々の生活の質としてウェルビーイングを評価し,比較できる効果的な指標となる.一方,センと共にケイパビリティ・アプローチを開発したマーサ・ヌスバウムは,「単にケイパビリティを比較のために用いられるだけではなく」,「人々が政府に対して要求する権利を持つ中心的基本原理となりうる」概念として捉えている(Nussbaum 2000=2005:14).そして,①生命,②身体の健康,③身体の不可侵性,④感覚・想像力・思考力,⑤感情,⑥実践理性,⑦連帯,⑧ほかの種との共生,⑨遊び,⑩自分の環境の管理の10項目を中心的ケイパビリティのリストとして提示した(Nussbaum 2000=2005:92-94).このような具体的リストを提案することにより,ケイパビリティ・アプローチは,世界各国の開発状況を分析し,ウェルビーイングの実現に向けた人間開発を促す枠組みとして用いられ,理論のみならず,実践にも大きな影響を与えるようになった.

    3. ウェルビーイングとエージェンシー

    センは人々の価値や繁栄を評価する指標の4つの要素を挙げている.まず,社会における人の立場は,「その人の実際の成果」と「それを達成するための自由」の2側面から評価できる(Sen1992=2018:53).また,個々人の境遇を評価する次元では,「エージェンシー」と「ウェルビーイング(福祉)」の2側面がある(Sen 1992=2018:97).①ウェルビーイングの成果:その人自身の価値実現の成果(機能の総合).②ウェルビーイングの自由:その人自身の価値実現のための選択可能性(ケイパビリティの反映).③エージェンシーの成果: その人自身の価値を超え,他の人々への影響力を持つ目標実現の成果.④エージェンシーの自由:その人自身の価値を超え,他の人々への影響力を持つ目標を追求する自由.センは,①ウェルビーイングの成果より,そのための②自由やその人自身の価値を超えた③④エージェンシーの方を強調している.このような自由や行為主体性を重視する点はヌスバウムも同様である.ヌスバウムは,中心的ケイパビリティのリストの中で,個人が自らの生の計画に批判的に省察できる能力としての⑥実践理性および共通のウェルビーイングの実現に向けた他者との⑦連帯について,「他のすべての項目を組織し,覆うものであるために特別に重要であり,それによって人は真に人間らしくなる」(Nussbaum 2000=2005:96-97)と主張する.

    4.ウェルビーイングとエージェンシーの地理教育への応用

    学会当日のシンポジウムでは,第3期ジオ・ケイパビリティズ・プロジェクトの理論の考察などを通して, 地理教育におけるウェルビーイングとエージェンシーの活用を示す。

  • 中田 高, 熊原 康博
    セッションID: P009
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    これまで氷河研究者からも指摘されなかったヒマラヤの主分水界に沿ってチベット高原南部に向って北に流下する氷河が南に流下するヒマラヤ側の氷河によって系統的に争奪される顕著な氷河争奪(Glacier Piracy)が確認した.

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