広く本邦近海および湖川から採取した102種 (14目, 66科) の硬骨魚の脳を用いて, その下垂体の構成について, 比較解剖学的に検索し, 種々の形態学的, 組織学的見地から, その基本型を定めて分類し, 動物学的系統分類と対応させ, その相関を追究した.
使用したすべての魚類において, 下垂体はつねに無対の1個の器官としてみとめられ, 1本の下垂体茎によって間脳底に連絡されていた.
下垂体の形状は魚によって多様であるが, 位置的には視交叉, および血管嚢に対する前後関係から, それぞれ3型, すなわちA, B, C型およびa, b, c型が分けられた. また間脳底との接続の様式については, 下垂体茎の傾斜にもとづいて caudo-rostral, dorso-rostroventral, dorso-ventral, dorso-caudoventral および rostro-caudal の5型が, 下垂体茎の形によって breitbasig (X), spitzig (Y), langtrichterartig (Z), および特殊型として becherartig の4型が分けられた.
硬骨魚の下垂体は, 他の脊椎動物と同様, 腺性下垂体と神経性下垂体とからなり, さらに前者は3部 (rostaler Anteil der Pars distalis, proximaler Anteil der Pars distalis, Pars intermedia), 後者は2部 (漏斗と後葉) に分けられる. これら各部の配列, 大きさ, 構造などは, 魚種によって著しく相違する.
系統発生的に低級な科に属する魚では, しばしばR.P.D. が濾胞状を呈する魚種が存在し, サッパにおいては, その一部が腹側に開放し, 咽頭下垂体管の遺残をおもわせる像がみとめられた.
多くの魚類では, 主としてR.P.D. はη, ε細胞, P.P.D. はα, β, δ細胞からなり, 両者が全体として高等動物の前葉に相当すると結論することができる. しかし哺乳類の隆起葉に相当する部の存在は, 硬骨魚においてはみとめられない.
魚類の下垂体においては, 中間葉が後葉ときわめて密接な関係をもっていることが, ひとつの特徴である. 両者の接触の仕方は, 高等動物のように比較的単純なものから, 互いに複雑に入りこみあって, 板鰓類にみられるようないわゆる Pars neuro-intermedia を形成するものまで, 各種の段階のものがみとめられ, 4型に類型化することができた.
多くの魚では Pars distalis にも神経組織性突起が漏斗から侵入しており, その接触面も単純なものからきわめて複雑なものまで, 種々の型に分けることができた. この突起にはクロムヘマトキシリン嫌性の神経線維のほかに, 一部の魚では明らかにクロムヘマトキシリン好性の神経分泌線維の存在がみとめられ, そのあり方にも魚によって大きな差違がみられた.
以上の所見を総合して, 同じ科に属する魚の下垂体は, 一般によく似た形態を示すけれども, かならずしも近接する亜目に属する魚種において近似する構造がみられるとは限らない. したがって下垂体の構造の差異は, 系統発生学的分類と直接的相関を示すものではなく, むしろ魚の外的, 内的生活環境に関連して, つよい形態学的影響を受けるものとの結論を得た.
抄録全体を表示