上顎大臼歯の遠心舌側咬頭(hypocone)は,人類の進化の過程で徐々にその相対的大きさを減じてきた.その程度は歯により,または人種によって多少ともことなっており,人類学上重要視されている.
この咬頭は,強く発達したものからまったく消失しているものまでの強い変異を示すが,DAHLBERG (1949)はその退化の程度を4段階に分類し,4,4-,3+および3という記号によって表現することを提唱した.その後埴原(1961)は上顎第2乳臼歯の分類を試み,DAHLBERG の方法を改変して4,4-,3+A および3+B の4段階に分類する方法を紹介した.
しかしこれらの方法はいずれも研究者の主観が入りやすく,また連続量を非連続量としてとり扱うという非合理性を含んでいる.これとは別に,埴原(1956)は歯冠と hypocone の近遠心径による示数(hypoconeindex)を算出する方法を試みたが,これも,本来3次元的な hypocone の大きさを1次元的に表現するという不備な点をもつ.
今回紹介するのは,これを平面(2次元)に拡張して,hypocone の歯冠に対する相対的な大きさ(hypoconeの相対面積,relative hypocone area)を求めようとするもので,具体的には写真計測による方法である.撮影法ならびに計測法については本文を参照されたい.この結果,hypocone の退化に関してかなり合理的な研究が可能となり,より詳細な集団内,および集団間の比較を期待できる.結果を要約すると次の通りである.
1)標本として現代日本人の正常な上顎大臼歯(dm
2, M
1および M
2)を用いた.
2)各歯とも,hypocone の相対面積は正規分布をするものと考えられる.
3)一般に hypocone の相対面積は M
1でもっとも大きく,ついで dm
2, M
2の順に小さくなり,各歯の平均値の間には有意差が認められる(女性の dm
2-M
1間は例外).
4)dm2および M
1では性差が認められず,また M
2の性差は有意ではあるが比較的小さい.
5)双生児で計測した結果,この値は強い遺伝子支配をうけるものと思われる,その程度はI
1のシャベル型(埴原•田中•玉田,1970)よりやや強い.
6)従来の分類法と本法との間には強い平行関係がみられ,根本的に矛盾する点はない.
7)Australopithecinae,
Homo erectus などの化石人類では, hypocone の相対面積は現代人より大きく退化の程度の低いことがわかる.とくに前者では M
2の値の大きいことが注目される.一方,
Homo erectusはこの点でかなり現代人に近く,M
2における hypocone の退化も進んでいたと考えられる.
8)Hypocone の大きさはすでにのべた通り,本来3次元空間によって表現されるべきものである.今回紹介した方法は平面上の計測であったが,われわれは第3次元,つまり hypocone の高さの計測について,現在検討中である.
以上のように,この方法は従来の分類法より客観的,合理的であり,これによってより正確な比較と,より詳細な分析が可能になると考えられる.
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