歯冠の計測値はいずれも相互に高い相関を示し, 各個体, あるいは各集団の変異を客観的に要約することは困難である (Table 1) 。しかし一般に, 近隣の歯の間では相関が高く, 遠くなるにしたがって相関が低くなる傾向があり, このことから, 何らかの潜存的因子の存在が予想される。このような観点から, 今回はまず, 歯数の少ない乳歯列について, その歯冠近遠心径に関する因子分析を試みた。
分析の第1段階として, 日本人およびオーストラリア原住民のデータに, べつべつに因子分析をほどこした。その結果, これら2集団の間には, 歯の大きさならびに歯冠形態にかなり大きい差がみられるにもかかわらず同じような因子が抽出された°これは, 因子分析の結果に再現性のあることを証明するものと考えられる。
抽出された因子は, 1) 全体の大きさに関する因子 (いわゆるsize factor), 2) 前歯と後歯の大きさを対比する因子(いわゆるshape factor), 3) とくに乳犬歯の大きさに関与する因子が主たるもので, これら3因子の全体に対する寄与率は日本人で約75%, オーストラリア原住民で約82%である (Table 2) 。
第2段階として, 因子負荷量 (各因子と変量との相関係数, Table 3) より, 白人およびピマ・インディアンを含む4集団 (各男性15個体) について因子得点を計算した (Table 5) 。それらの平均値によって各集団の特徴を比較すると, 次のように要約される。1) 日本人の乳歯は全体として中等度の大きさであるが, 乳臼歯が比較的大きく, 乳犬歯は相対的に小さい。2) 白人の乳歯は全体として小さく (4集団中最小), とくに乳臼歯の小さいことが目立つ。乳犬歯の相対的大きさは中等度である。3) ピマ〃インディアンは全体としてかなり大きい乳歯をもち, 乳切歯および乳犬歯が比較的大きい。4) オーストラリア原住民の乳歯は全体としてもっとも大きく, とくに乳臼歯が大きいが, 乳犬歯は相対的に中等度の大きさで, その比例は白人とほとんど等しい。
以上のように, 因子分析の結果から, 乳歯の大きさに関する特徴をかなり明瞭に比較できることがわかった。もちろん, この報告は予報的なものであり, 今後は永久歯を含めて, さらに詳細な分析を行なう必要がある。
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